第二十九話「彼女の決意」










 ロイガーを装備した秋人が構えを低くとると、左手にある爪が鈍く光った。

 それが合図になったかのようにヴィータは動き、足元のアスファルトを踏み砕きながら突撃を開始した。

グラーフアイゼンを振りかぶり、秋人の脳天めがけて振り下ろすが、砕いたのは秋人ではなくコンクリートの壁だった。

どこへ? と考えるよりも早く首筋がピリっと痺れ、横に飛び退く。

 今までヴィータが立っていた場所に一筋の光が走った。

それを追いかけるかのように、光線の走った跡をなぞって風が舞う。

風が止むよりも早く、また風が吹く。

二筋、三筋、四筋……と増えていき、その場には暴風が荒れ狂う。

 渦巻く風を叩き潰すように鉄槌を振るうが、凪いだのは一瞬、ほんの一瞬でしかなかった。

 爪を防ぐために防御壁(パンツァーヒンダネス)を張ろうにも、その隙を与えてくれるはずもなく、グラーフアイゼンを盾にする形で猛攻を防ぐ。

速度を重視して威力が軽いからなのか、グラーフアイゼンは一欠けもしていない。

 だが、このまま攻撃を受け続けているのは得策ではない。

なにより、いくら頑丈であっても同じ部分を重点的に攻められては、防御力に関係なく突き崩されてしまう。


「――だぁッ!」


 鉄槌を振り回し、そのまま排莢(エジェクト)し、ラケーテンフォルムへと変化させ、回転を殺さないように、もう一度排莢(エジェクト)

魔力が爆発的に上昇し、噴出口(ブースター)から火が溢れ、回転速度はバカの一つ覚えのように上昇する。

 グラーフアイゼンの突起部分が速度をグングンと上げながら、秋人に狙いを定めて猛威を振るう。

それを嫌がったのか、秋人はジリジリと後退し、ついには壁際に追いつめた。

グンッ! と力を込め、壁に背を預けている秋人目掛けてグラーフアイゼンを振りかぶる。

 しかし、秋人は壁に左足を置き、その足で壁を蹴りつけ飛び退き、ヴィータの背後に回り込んだ。

 グラーフアイゼンは秋人が先程まで背を向けていた壁を砕き、しかし速度はそのままに背後に回り込んだ秋人を殴りつけようとしたが、
秋人は両足を広げてしゃがみ込みそれを避け、爪をヴィータの顔目がけて振り上げる。

 迫ってきた狂爪を柄部分で弾き、二人は距離をとり、仕切りなおした。

 睨み合いが続く。

ジリジリとした、言いようのない焦りが生まれてくるが、それをグッと飲み干し構え続ける。

 ヴィータがそのような状態なのに対し、秋人はあくまで涼しい顔だ。

まるで、ヴィータが胸に抱き続けているモノがないような、そんな顔を。

 こちらが動かなければ動かないと言いたげな秋人に痺れを切らしたヴィータが先に動く。

鋼球を三つ手のひらから生み出し、それを鉄槌で弾く。


「シュワルベフリーゲンっ!」



 叫び、言霊を乗せた鋼球が発射される。

 三発同時の鋼球発射。

しかし、いくら同時にと言っても時間差(タイムラグ)は存在する。

 それを見極め、フェイントを織り混ぜられた鋼球を避ける。

一発目は頬をかすめ、二発目は頭部があった場所をすり抜けた。

三発目は一、ニ発を避けるために固定された腹部を狙っていた。

そのため回避行動が遅れ、脇腹を浅くだがかすっていく。

 これで終わりだと思い顔を上げると、さらに三つの鋼球を構え、今まさに射出しようとしているヴィータが目に入る。

 舌打ちをし、回り込もうと足を動かすが、先ほどかすった脇腹がズキッと痛んだ。

一瞬気が取られ、しまったと思った時には、時すでに遅かった。

 三つの弾丸が飛来してくる。

どうにか一発はロイガーで弾くが、二発、三発目は体に突き刺さった。

当たった瞬間はさして痛みはなかったが、時間を置くにつれジンジンとしたイヤな痛みが生まれてくる。

 表情で読み取ったのか、はたまたチャンスと感じたのか、ヴィータが突撃してきた。

 しかし、この間合いはヴィータの距離ではない。

秋人の距離だ。

 迫って来たグラーフアイゼンを左腕で受け止め、右腕に渾身の力を込め顔を殴りつける。

 以前の秋人ならば少女、ましてやヴィータの顔面を殴るなどはできなかったはずだ。

しかし、今の秋人はなんの躊躇もなくしてみせた。

 それの意味することを知っているからか、少女は殴られた痛みからくるモノではない痛みを感じていた。

 目が死んでいない少女が気に入らないのか、またはその目が怖いのか、執拗に目を狙い拳で殴りつける秋人。

少女の額からは血が溢れ、少年の拳も裂け血が吹き出していた。

なのに、二人とも頑としてその場を動こうともせずに、ただ殴られただ殴りを続けている。

 それは意地くらべなのかもしれない。

どちらが先に根を上げるかの、意味のない意地くらべ。

 やがて少女の顔は血で真っ赤に染まり、少年の拳は骨が砕けたのか骨片が突き出していた。

二人とも、息が上がり肩で息をしている。

 なのに。

 だというのに。

 少女の目はまだ死んでいない。

 まっすぐにこちらを見つめている三白眼に恐怖を感じ、少年は奇声を発しながら拳を振り上げる。

勢いをつけ振り下ろした拳。

その拳から突き出した骨片が少女の目に突き刺さり、イヤな感触とともにハジけた。

 眼球があった箇所からは真っ赤な鮮血が滴り落ちている。

穿たれた眼孔はもうなにも見えていないはずなのに、それでも、彼女はこちらを見つめ続けていた。

 彼女の信念に負けたのか、掴んでいたグラーフアイゼンを放し、距離をとる。

 支えを失いフラフラとしているが、彼女はグラーフアイゼンを杖替わりにしてどうにか立っている。

 秋人がいるところとは見当違いの場所に顔を向けているが、それでも睨んでいるかのように感じられる。

少し押せば倒れてしまいそうな彼女だが、それはできない。

近づくことへ恐怖を感じていた。

 あんなにボロボロなのに。

あんなに血が吹き出しているのに。

あんなに、あんなに――生きているのが。

 彼女よりはるかに軽症の秋人だが、負けている。

なにが、というよりも、まず生きていないのだ。

 彼女は今を生きている。

少年よりも悠久の時を生きてきた彼女だが、彼女は今を生きている。

過去よりも今を大事にし、今持っている大事なモノのために戦っている。

 秋人はまるで逆だ。

数えるばかりしか生きていないにもかかわらず、過去に縋っている。

今を見ずに、過去に持っていたモノをもう一度手にするために戦っている。


 ――戦っている?


 果たしてそうなのだろうか。

これは戦っているのだろうか。

ただ、逃避しているだけなのではないだろうか。

 失ったモノは二度と手に入らない、そんなことはわかっているはずだ。

しかし、どうしてももう一度この手で抱きしめたい。

叶わないと、頭ではわかっている、理解しているはずだ。

だが、心がそれを拒否してしまっている。

 彼女は、そんな葛藤の末に今を受け入れたのだろうか。

それとも、そんな葛藤などする価値もない過去だったのだろうか。


 ――悔しい。


 羨ましい。

そんなにも素晴らしい出会いがあったことが。


 ――憎らしい。


 次に湧き出した感情は、嫉妬だった。

自分にはそんな出会いなどなかったのに。

同じ選べない立場だったはずなのに。

 なんで……。


「なんでお前ばかり……」


 一歩、踏み出す。

また一歩、また一歩と、足音を消し、気配を感じ取られないように慎重に。

少女の目の前まで歩みを進めると、無言で左手を振り上げ、そのまま振り下ろした。

 ……つもりだった。

ロイガーは少女の首を狙い定めて振り下ろしたはずだった。

だがしかし、邪神の爪は二振りの小太刀によって受け止められていた。





   ☆   ☆   ☆





 止めようと思えばいつでも止められたはずだ。

でも、体が動かなかった。

壁に手をつきながらどうにか立ち上がることはできたが、それ以上は足が動かなかった。

 怖かった、といえばそれは言い訳になるかもしれない。

いや、実際、二人の魔法による攻防は怖かった。

幾多の人にとっては絵空事の魔法を息をするかのように扱っている二人が怖かったのだ。

しかしそれ以上に、彼女の必死な顔を見てしまったから。

悲しみに満ちた表情、憤怒に満ちた表情、困惑している表情……それらがクルクルと代わる代わるに現れ、一向に安定しない。

以前会った時に感じたことだが、彼女は良くも悪くも単純ないい子なのだろう。

だから、心の不安が表情に簡単に現れてしまう。

 このままではいけない。

これ以上、二人を戦わせてはいけない。

そうは思ったが、なにをどうすればいいのかまったくわからなかった。

 けど、秋人が呟いた言葉が聞き捨てならなかった。


 ――なんでお前ばかり。


「それって、秋ちゃんが言えることかな」


 違う。

絶対に違う。

断言できる。

お前が言うな。

お前がそれを言っちゃあダメだろう。

お前の周りに集まった人に失礼だ。


「私がヴィータちゃんに出会えたのは、秋ちゃんがいたからなんだよ?」


 秋人が架け橋となって、本来出会うことのなかった人たちが繋がった。

これは素晴らしいことじゃないのだろうか。

その出会いを蔑ろにするコイツに腹が立つ。

なにもわかっていないって顔がまたイラつく。

 ああ、もう。


「泣きながら睨まないでよ」


 もちろん、本当に涙を流しているわけではない。

でも今の秋人の表情は悲しみのそれだ。

今にも涙をこぼしそうである。

 表情を変えないまま、秋人はガチガチと爪を鳴らしながら押し込んでくる。

それを両手に持った小太刀で受け止める。

 身体が軋む。

血を吸われすぎたからか、視界が歪む。

しかし、ここで引いてしまってはヴィータがどうなってしまうかは自明の理だ。

たとえこの身が傷つこうとも、引くわけにはいかない。


「ねぇ。覚えてる? 私たちが最初に逢った時のこと」


 今思い出しても、アレはないなと思う。

だって、ゴキブリがきっかけで出会ったのだ。

いくら美由希でも年頃の女の子だ、夢のある出会いをしたかった。

でも、実際はあんなロクでもない出会いだった。

 あの騒動の元が秋人だったと判明した時は、わりと本気で怒ったものだ。

ちょっと叩いてしまったかもしれない。

 それに怒った秋人が叩き返してきたので、少しばかり大きなケンカになってしまった。

その時は恭也が間に入ってくれたから騒ぎは収まったが、しばらくの間、二人は口を聞かなかった。

 一週間ほど経った頃だろうか、それまでチラチラと顔色を伺っていたが美由希が顔を向けると視線を背けていた秋人が綺麗にラッピングされた小さな箱を手渡してきたのだ。

受け取ると同時に駆け出してどこかへ行ってしまい、なにが入っているのかは聞きそびれてしまった。

だが走りながら「早めに開けろ」と叫んでいたので、部屋に戻るなりさっそく開けてみた。

入っていたのは、不恰好なシュークリームが一個。

もし母が経営している翠屋で販売したとしても、誰も買わないであろうシュークリーム。

 なぜ、こんな物を渡してきたのだろう? と思いながら、一口食べてみた。

シューは固く、クリームも舌触りがよろしくなかった。

しかし、この味には覚えがある。

母が作るシュークリームの味だ。

 気がついた時には母のもとに駆けていた。

翠屋で働いていた母にロクに説明もせずに秋人が渡してきたシュークリームのことを聞いてみると、母は苦笑しながら教えてくれた。

仲直りのきっかけが欲しい。

そのきっかけとして、母がお菓子を送ったらどうだ? と助言したそうだった。

どうせなら手作りがいいと思い作り方を教え、母監修のもと作り、美由希に渡した。

 だが母が手伝ったのなら、なぜもっと綺麗に作らせなかったのだろうか。

そのことを聞いてみると「アレがあの子らしさだから」と答えてくれた。

 最初はよくわからなかった。

けど、今ならわかる。

不器用ながらも一生懸命なのが秋人なのだ。


「覚えていないな」

「そう。だったら――」


 ――お前は秋人じゃない。


 秋人の腹を蹴りつけ、距離を開ける。

傷でも負っていたのか、意外と簡単に後ろに引く。

 苦々しげに美由希を睨んでいる秋人。

それを冷めた瞳で睨み返す。

 気に入らなかったのか、それとも憎しみからか、素早い動作で手甲部分から排莢し、地面に向けて爪が放たれ、
硬いはずのアスファルトを砕きながら、美由希の足元から伸びる。


山嶺鳴鎖(ガンナクロス)ッ!」


 避けようとして、思いとどまった。

後ろにはヴィータがいるのだ。

逃げようとしていた足を踏ん張り、どっしりと構える。

 小太刀を使い迫り来る鎖を弾こうとするが、鎖はたわむだけで軌道を変えようとはしていない。

 自分に向かってくるものは別にいい。

しかし中にはヴィータを狙っている鎖もあるのだ。

これだけは逃すわけにはいかない。

 ならば、と鎖ではなく尖端の爪を弾く。

かすっただけ……でも、それだけで鎖は軌道をあらぬ方向へと変化させた。

 舌打ちをし左手を引き、鎖を手元に戻そうとする。

その過程で爪に数カ所引っ掻かれるが、大丈夫、たいした傷じゃない。

 秋人は手元に鎖がすべて収まる前に足を動かし、自分の距離に持ってきた。

秋人の距離、それと同時に美由希の距離だ。

 身を低くして接近してきた秋人に狙いをつけ、小太刀の柄部分で殴りつける。

防ぐと思ったが秋人は防がず、逆に攻勢に転じようとしていた。

 地面を削りながら爪を振り上げる。

半ばアッパーカットのようだ。

アッパーカットと違う部分は、頂点に辿り着く前に手のひらを返す。

今度は振り下ろす気だ。

 降りてきた爪。

美由希は狂爪に臆すことなく、手のひら部分に柄を置き、それ以上降ろせないようにする。

 ガチガチと、耳障りな音が響く。

まるで爪そのものが生きていて鳴いているかのように不気味だ。

 いや、実際、生きているのだろう。

だから、二人ともあんなにも自分の武器(デバイス)を信頼していたのだ。


 ――ああ、そうか。


 鳴いているんじゃない。

泣いているのだ。

主の不甲斐なさに対して。

なぜこうなってしまったのかがわからなくて。

それ故に、すべてを憎むしかなくて。

それに従うしかない自分に対して。


 ――なんだ、簡単じゃない。


「そんなバカに付き合わなくてもいいよ」

「なにを――」


 秋人ではなく、今まさに振り下ろされようともがいている爪に話しかける。


「違うって思ってるんなら、従う道理はないよ」


 だって、あなたも生き足掻いているんだから。

理不尽に従うしかない自分に怒っているんだから。

 だったら――


「そんな理不尽、その怒りでねじ伏せちゃいなよ」


 その瞬間、ロイガーから光が溢れた。

光が織りなすオーロラ。

実際のオーロラと違うのは、色が七色ではなく、黒と白、そして灰色の三色だったこと。

 見る人が見れば、それは恐怖を呼び起こすような光景だったかもしれない。

でも、美由希にはそれはなかった。

だって――彼女はこんなにも笑顔を向けてくれているのだから。

 キィン……――と小さな音を立て、ロイガーはどこにでも売っているただのオイルライターの姿に戻った。

 信じられない。

お前まで裏切るなんて、ありえない。

 そんな表情をして動けない秋人に代わり、ロイガーを大事に拾いポケットに入れる。


「……嘘だ」

「嘘じゃないよ」

「何をした?」

「何もしてないよ」

「だったら――」

「何も≠オなかったから、愛想をつかしちゃったんでしょ」


 その言葉を聞いた途端、まるで親と離れ離れになり、狼狽している子供のような表情で美由希を見てくる。

彼女に何を見出したのか、縋りこうと手を伸ばしてきた。


「だって……怖かったから。ただ、怖かっただけなのに……」

「そうやって、目を背けているからじゃないかな? 世界が変わっていくのを怖がって、何も見ようとしないから怖いんじゃないかな?」


 その手を振り払う。

いつもだったら受け入れていただろう、その手を。

でも、その手は受け入れてはならない。

甘やかしてはならない。

甘やかしたら、また同じことの繰り返しになる。

あの人の二の舞になってはならない。

だから、あえて冷たく突き放す。


「秋ちゃん自身が変わろうとしないと、何も変わらないよ」


 変わることは怖い。

それは美由希自身、痛いほど理解している。

変わることには勇気が必要なのだ。

でもその勇気は、誰かに分け与えてもらうようなモノじゃない。

自分で掴み取らなくてはならないのだ。

例え、誰かを傷つけたとしても。

 変わるためには、ある種の犠牲が伴う。

その犠牲の中には、大切なモノが含まれるかもしれない。

でも、いいじゃないか。

変わってから、傷つけてしまったモノを包めるようになれば。

傷つけてしまったモノをより幸せにできるようになれば。

 これはただの理想論だということは理解している。

だが、理想も抱けないようなモノに、誰が付いていくというのだ。

誇大妄想、大いに結構。

そこに自分の未来(ゆめ)を見いだせたのなら、妄想だとしても一個の立派な理想に変わる。


 ――だから、あなたも。


「強くなってよ」


 ――今度はあなたが。


「誰かを救ってよ」


 ――そして。


「私を守ってよ」


 今度はこちらから手を伸ばそうとした。

だが、その手は秋人に触れることはなかった。










 あとがき

はい、どうもー。鈍筆なことに定評のあるシエンでございまーす。

前回あたりから、表現方法を少し変えてみました。

自分としては、こちらの方が好みだったりしますが……いかがでしょうか?

あと、今回からフォントをMS明朝からMSゴシックに変更しました。

なぜかというと、私は――をよく多用します。

ですが、MS明朝ですと
――になってしまうのです。

今まではこの部分だけをゴシック体に変更していたのですが――面倒くさい(ぁ

という訳で――どういう訳で?――今回からゴシック体でいきたいと思います。

話は変わりますが、ニコ×コ動画での実況動画――「片翅の蝶」厨二病の友人にそそのかされて「実況」――を見ていただいて、誠にありがとうございます。

楽しんでいただけたのなら、私としても本望です。

では、ありがとうございました!


拍手はリョウさんの手によって分けれらています。
誰宛てに送ったのか、または作品名を明記して送ってくださると助かります。
宛先や作品名などが明記されていないと、どこに送っていいのかが分からなくなるそうです。
ご協力のほど、お願いいたします。


作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。