第二十七話「七つの大罪」












    七 つ の 大 罪       





    Pride:傲慢:ルシファー

       Envy:嫉妬:リヴァイアサン

 Gluttony:暴食:ベルゼブブ

      Lust:色欲:アスモデウス

      Sloth:怠惰:ベルフェゴール

    Greed:貪欲:バハムート

  Wrath:憤怒:サタン
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 Justice:正義:父なる神












 美由希が立ち去ってから一人自室に篭り、ベッドの上で考えに耽っていた。

自ら足を運んだのではなく、ヴィンセントが自室へと放り込んだのだ。

しかしいくら考えても考えても答えは見つからず、悶々とした時間が流れていく。

そして答えに行き詰ると、いつもこの自問自答を繰り返す。


「今のボクと前の秋人。どっちがボクだ……?」


 今の秋人と前の秋人。

その境界線は曖昧にして希薄。

一概にどちらが正しいとは言えない。

今迷っているこの問題を、前の秋人なら答えを出すだろうか?

……それさえも分からない。

 では、今の秋人と前の秋人、より人間に近かったのはどちらだ?

考えるまでもなく、後者だろう。

前に秋人は悩むことはすれども、歩むことをやめなかった。

一度は躓きうずくまっていたが、また歩み出せた。

 今の秋人はどうだ?

相談する相手もなく、歩むことを止め、ただ自分の殻に閉じこもっている。

いや、歩こうとすらしていなし、殻を破ろうともしていない。

いくらこちらの方が本当の秋人だとしても、これでは偽物はこちらではないか。

 過去に縋る自分と未来に縋っていた秋人。

過去はどうあっても過去、どうやっても変えられるものではない。

だが未来はどうだ。

未来は自分が変われば変えていけるもの。

どちらに縋った方が有意義なものかは明白のはず。

それなのに、過去の呪縛から逃れられないでいる。

贖罪、過ち、悔恨
――恐怖。

それらから逃れられず、ただ燻っているだけ。

 果たして、今の自分は
――ニンゲンなのか?

 それともただの
――バケモノなのか?


「……分からない」


 アザトースというロストロギアを体内に宿しながらも、前の秋人は生きていた。

たとえ知らなかったとしても、内なる自分に恐怖することなく他人と接していたれた。

知っていると知らない。

この差はとてつもなく大きい。

 もし、以前の秋人がアザトースのことを知っていたら、以前のような態度で他人と接しられただろうか。

四季と同じように、狂ってしまっただろうか。

それとも、自分と同じように諦観し、絶望し、物事を斜めからしか見られなくなっただろうか。


「……ボクの手」


 手のひらを蛍光灯に翳して見つめる。

冬二として生きていた頃は、その手はいつも赤く染まっていた。

何人もの人を殺し、その魂を喰らっていた手のひら。

魂を喰らいに喰らい、冬二魂は、魂の重圧により人間のそれではなくなった。

 だが、今の自分はどうだ?

冬二の記憶を持っているにも関わらず、その存在は何より薄っぺらい。

これでは生まれ落ちたばかりの赤子の方がよっぽどマシじゃないか。

記憶を持っているとしても、それはしょせん他人の記憶。

今の自分の記憶ではない。

自分という個が経験、体験してきた記憶ではない。


「前の秋人は、どうだった……?」


 少なくとも、今の自分よりも生き生きとし、それなりに人生を楽しんでいた。

仲間と触れ合い、友人と戯れ、人生を謳歌していた。

たとえその素性が人を殺すことしかできない最低の暗殺者だとしても。

だが、今の自分はどうだ。

まるで、年老いた老人ではないか。

人生に疲れ、諦め、逃げることしか考えていない。

これではまるで
――


「ボクの方が……」


 ――偽物じゃないか。

 身体中から力が抜け、上げていた手がはたとベッドに落ちた。


「これから……どうするべきなんだ……?」


 四季と決着をつける。

それは当り前だ。

だが、その後は?

四季との決着が終わったら、何をする?

その隣には、誰かいるのか?

……いないだろう。

今のままの自分では、例え誰かが傍にいたとしても傷つけてしまう。

美由希がいい例だ。

秋人は今日、美由希を傷つけた。

目に見える身体の傷ではなく、目には見えない不可視の傷を。

身体の傷はやがて時が経てば癒えるが、不可視の傷は癒えることはない。

できることといえば、緩和することくらいか。

そういえば、彼女も傷つけていた気がする。

こんな自分を好きだと言ってくれた
――彼女を。

だが自分は、彼女を愛するあまりその手をさらに血に染めた。

それは裏切り。

いくら彼女のためだといっても、長くない命、傍にいるだけでよかったのではないか?

安らかに眠る彼女の傍にいつもいて、目が覚めた時に傍にいて、眠りにつく時にも傍にいて……それだけで彼女は満足だったのではないか?


「ボクは、間違っていた……?」


 誰に問いかけたのかも分からぬ言葉は、空気に霧散し消えていった。

 思わず苦笑する。

ああ、そうだ。

ボクが彼女を
――苦しめていたんだ。


「クッ、ククク。カハ……アハハハ……」


 笑っているはずなのに、涙があふれるのはなぜだろう。

それさえも分からぬまま、秋人は闇に落ちた。

目覚めたばかりで疲れていたこともあるのだろうが、色んなことを考え、彼女のことを思い出してしまったことが決定的になったのだろう。

その表情は、悲しみに歪みながら、笑みに歪んでいた
――





 ☆ ☆ ☆





 どんなことがあったとしても、憎らしいくらいに朝は来る。

だが、起きたくない。

動きたくない。

そういう時に限って、コイツはやってくる。


「さ。起きて学校へ行きなさい」


 「なんで?」という前に、ヴィンセントは布団を剥ぎとり続ける。


「一日のサイクルを狂わせるのは一番よくない。それに、今のキミは学生だ。学校へは行く義務がある」

「高校は義務教育じゃない」

「それでも、だ。今、キミの異変を周囲に感どられるのは得策じゃない」


 何度か文句を言い返したが、結局は叩き起こされてしまい階下へ降り、洗顔し歯を磨く。

たったそれだけの行為のはずなのに、酷く平凡だと感じたのはなぜだろう。

既に用意してあった朝食を食べ、制服に着替える。

本当にこれだけの行為のはずなのに、酷く新鮮に感じる。

まるで自分ではないみたいな錯覚。


(バカな。ボクが本当の相沢秋人だ)


 自分にそう言い聞かせ、階下へまた降り、靴を履き玄関を開ける。

そこでふと違和感を覚えた。

足りない。

いつもそこにあるはずなのに。

いつもそこにいるはずなのに。

いつも傍にいたはずなのに。

何かが、足りない。


「…………」


いつもと同じように、洗顔し歯を磨き朝食を食べ、制服を着て靴を履いた。

それなのに、何かが決定的に足りない。

口元に手を当ててみるが、タバコが吸いたいわけではない。

鞄はきちんと持っている。

なのに手持ちぶたさなのはなぜだろう。


「……いったい」


 何が足りない?

 その場で考えに耽っていると、ヴィンセントの声がした。

もう学校へ行かないと遅刻してしまうらしい。

結局、答えを得られぬまま秋人は学校へと足を向けた。

 隣に寂しさを漂わせながら
――





 ☆ ☆ ☆





 授業を聴いたのは久々だった。

無論、学校に来るのも久々だ。

昨日も通ったはずなのに、酷く懐かしく感じるのはなぜだろう。

 授業はすべて終わり、部活のない者は教室の中で小声なり大声なり、様々な音量で騒いでいる。

それは他愛のない会話ばかりだが、嫌でも耳に入ってくる。

それは、美由希たちの会話内容も同様である。


「ねぇ。今日の相沢おかしくない?」

「そう、かな?」

「そうよ。無愛想なのはいつものことだけど、今日はなんていうか……あからさまに壁を作ってるっていう感じしない?」

「私はいつもと同じように見えるけど」


 嘘だと分かった。

声が微かにだが震えている。


「そう? ま、アンタがそう言うならそうなんでしょうね。何だかんだで長い付き合いみたいだし」

「そうでもないよ」


 そう、そうじゃない。

会ったのは昨日が初めてだ。

決して慣れ合ってなどいない。


「ところで、美由希と相沢ってどこまで行ってんの?」

「どこまでって?」

「とぼけるんじゃないわよ。アンタたち付き合ってんでしょ? だったら、セ×クスの一回や二回くらい
――

「そんなんじゃないっ!」


 突然の怒号により、教室内でざわめいていたクラスメイトたちの視線が美由希に注がれる。


「ちょ、ちょっとどうしたの!? いきなり怒鳴ったりして。もしかして、あたしなんか気に障るようなこと言った?」

「あ……ううん、そうじゃないよ。私と秋ちゃんはそんな関係じゃないって言おうとして、つい大声出しちゃっただけ。ごめんね」

「そう? それならいいんだけど」


 「あはは」などと愛想笑いをしながら横目で秋人の席を見てみるが、そこに当人は既にいない。

 美由希が怒鳴った辺りで見切りをつけた秋人は、人が疎らに通る廊下を歩く。

窓の外を見てみると、部活動で汗を流している面々の姿が目に留まり、足が止まる。

 輝いている。

最初に思ったことはそれだ。

次に思ったことは、儚い。

青春なんて、一瞬で過ぎ去ってしまう脆い時代を精一杯に生きている姿を見ていると、酷く胸が締め付けられるような気がした。

 自分にも、こういった時代があったのだろうか?

思い出せない。

脳の引き出しを必死に漁ってみても、出てくるのは曖昧な記憶ばかり。

それに、まともに出てくるモノも少ない。

殆どのモノは、幾重にもフィルターがかけられているように霞んでよく見えないでいた。

朧気にも見えてもいいんじゃないか。

こんなことも思い出せないほどに昔になってしまったのか。

そんなことを考えたりしたが、どうせろくな思い出じゃないから思い出せないんだ。

 そう結論づけ、再び足を動かす。

いや、動かそうとした。


「…………」


 視界の端に何かが写り込んだ。

意識しなければ分からないような微細な変化。

タイミングが少しでもズレれば見逃してしまう異質。

違和感。

 それを確かめてしまってはならないと警報が鳴っている。

だが、それを確かめずにいられない。

 それがあった場所に目を向けてみるが、すでにそれはない。

近くにあるかと思い、飛耳長目をもって探してみるが、どこにもそれはない。

 やはり見間違いだったのか。

それならばそれでいいのだが、どこか引っかかる。

なぜここでアレが見えたのか。

アレと学校とでは場違い過ぎる。

魚が陸で生活しているくらいにあり得ないことだ。

いや、あってはならない。

それがここにあっては、すべてが終わってしまうような気がするからだ。

 念のためにともう一度見渡してみるが、やはり見当たらなかった。

考えすぎか、そう思い、前に向き直ると、それがそこにいた。

 ここにあるはずがないモノ。

 ここにいてはならないモノ。

 四宮四季。

 それがそこにいた。


「やあ」


 御丁寧にも制服をちゃんと着、裏のないような屈託の無い笑顔を浮かべながら手を振り、こちらにゆっくりと近づいてくる。


「嫌だなぁ。そんなに身構えなくてもいいよ。僕らの仲じゃないか」

「どの口がそんなことを話す?」

「この口」

「黙れ」

「酷いな。そっちが話を振ってきたのに」


 まるで友人かそれに親い者に話しかけるように自然に振舞っている四季。

だが、四季の存在はこの場にあまりにも不釣合いで、違和感を生んでいる。

まるで切り取った絵を、別の絵に貼りつけたようにその部分だけが浮いている。

しかし、目立っているというわけではない。

むしろ溶け込みすぎて際立っているように見える。

 四季の足は、秋人の数歩先で止まった。

 反射的に身構えるが、四季に攻撃的な気配はまるで感じられない。

それよりも、温和な空気を纏っているように感じられた。

そんな秋人の態度をおかしく思ったのか、クスクスと声を忍ばせて笑っている四季。

それが面白くなく、思わず睨みつけると、少し慌てたように表情を戻した。


「何をしにきた?」

「青春をエンジョイしに学校へ」

「何をしにきた?」

「可愛い弟の顔を見るためにお忍びで」

「何をしにきた?」

「やれやれ。冗談が通じないね、秋人は」

「何をしにきたっ」


 名残惜しそうにため息を一つ吐くと、振り向きながら言った。


「ここじゃ人目に付くから、場所を変えよう」





 四季の後ろにつきながら校門を出て、二人は駅前に来ていた。

なるほど、人目があるこの場所なら戦闘などという派手なことはできない。

話しあうにはうってつけの場所と言えた。


「ずいぶん変わったね、この街も」


 周りを見渡しながら感慨深そうに四季が呟いた。

秋人もそれに習い、辺りを見渡す。

確かに、ここは知っているものとはかなり違っていた。

駅の外観はもちろん、駅ビルなどというものは存在していなかったはずだ。

 二人のオリジナル、四宮冬二という人間はこの街で生まれ落ちた。

まったく、どうしてヴィンセントは逃亡先にこの街を選んだのか。

しかもご丁寧なことに、今住んでいる家はかつて自分が住んでいた家だ。

どこでこの情報を掴んだのかはヴィンセントだからと割愛するが、趣味が良いとはお世辞にも言えない。

 二人は適当な場所に背中を預けると、相手を見ないままに話を始めた。


「どう? 気分は?」

「最低だ」

「そう。僕は最高だよ。やっと君に会えたんだからね」


 この場合、四季の言う君とはこちら側の秋人のことなのだろう。

 偽りの記憶に封じられていた秋人に対し、四季は本来の記憶のまま過ごし、秋人の帰りを待っていた。

それはどんな気分だったのだろう。

あちらはこちらのことを知っているのに、こちらはあちらのことをまるで知らない。

四季にとって、秋人という存在は唯一の肉親といえる。

肉親に忘れられるということは、自分の存在を否定されるのに等しい。

それに耐え、やっとのことで秋人は四季のことを思い出した。

それは、暗闇のなかで見つけた一条の光のように感じたのだろう。

 だから、四季は今涙を流している。

迷子になり、やっとの思いで親に巡り合えた幼子のように、隠すことなく泣いている。

近くを通った人々が何事かと横目で見ているが、泣き止む様子は今のところない。

 時間を置くためにタバコを取り出し、火を点ける。

紫煙が肺に巡り、肺から血液に流れ込む。

そしてすべてを吐き出すように白煙を吐き出した。

 それを幾度か繰り返すと、聞こえていた泣き声は鳴りを潜めていた。

ポケットに突っ込んだままだったハンカチを取り出し、無造作に渡してやると、嬉しそうに笑う顔が見えた。

なぜだか胸の辺りがむず痒くなる。


「で、一体なんの用なんだ?」

「戻ってくる気はない?」

「答えるまでもない」

「そう」


 もっと粘ってくるかと思ったが、四季は意外にもすんなりと引いた。

 奇妙だ。

四季は秋人を求めていたはずだ。

さらには記憶が戻ったのだ、なおさら手元に置いておきたいはずなのに。

何か企んでいる? 一体何を?

 四季の顔を見てはみるが、何が楽しいのかニコニコとしており、その奥に潜む心を読み取ることはできない。

 秋人が四季の元に戻ると、アイツらが得られるメリットはなんだ?

まず、四季の精神が安定する。

そして戦力が手に入る。

一番のメリットは、秋人の中に存在するロストロギアが手に入る。

 では、その逆は?

四季の精神は安定せず、その扱いに労を要する。

秋人が敵勢力に加わるとなると、四季というカードが相殺されてしまい意味がなくなってしまう。

さらに、ロストロギアを体内に内包している秋人を管理局が見逃すはずはない。

 じゃあ何故、四季は力づくでも秋人を味方に引きずり込まない?

……分からない。


「僕はね、君が自分からこちら側に来て欲しいんだ」


 元が同じクローンだからだろうか、考えていることが分かったようだ。


「君の考えが変わるまで、僕は待つつもりだよ」


 そんなことがあるはずがないのは分かっているはずなのに、まるで結果が分かっているかのようにその目には余裕が浮かんでいる。


「僕はね、分かるんだ。君が今の状況を好ましく思ってないことが」

「どういうことだ?」

「君は、アイツらのことを好ましく思っていない」


 それはそうかもしれない。

確かに、秋人は美由希やはやてにどこかで苦手意識を持っている。

どうしようもなく真っ直ぐで、人を疑うということを知らない彼女たち。

眩しいと思った。

羨ましいと思った。

憎らしいと思った。

そうなりたいと思った。

でも、自分はそうはなれない。

心が擦れてしまっているのだ。

冬二として生き、秋人として十数年また生きて、まるで老人のようになってしまった。

老人が若いものを羨むように、しかし若い頃には戻れないように、秋人もまた羨むことしかできないようになってしまった。

生きるということに希薄、いうなれば無頓着になってしまっている。

だから、だ。


「君はアイツらの側にいても、自分を殺すことしかできない。だったら、僕らの側にきた方がいい」


 そう、なのかもしれない。

このまま逃げ続けているのも限界がある。

また、どこかに居続けるのにも限度がある。

それに、今の状態では美由希たちの側にいることもできない。

だったら、いっそ
――


「……ダメだ」


 何を考えている?

悪魔の手先になるというのか?

そんなことが許されるとでも思っているのか?

許されるはずがない。

 でも、どこかで四季の提案を受け入れてしまってもいいのではないかという誘惑に駆られてしまう。

このまま四季と共に行けば、安寧とした日々を送れるのではないか?

例え、この世に誰もいなくなったとしても、たった一人の肉親が側にいるのではないか?

それが、大勢の他人を殺すことだとしても。


「そうだ。君、七つの大罪って知ってる?」


 今思い出したかのように、四季はポツリと呟いた。


「……七つの大罪? それがどうした?」

「七つの大罪、人を罪へと導く可能性があるとされる欲望や感情のことだよ」

「それくらい……」

「僕はその七つを背負って生きている……。そして、この七つの大罪≠ノもう一つ、八つ目があると言ったらどうだい?」

「八つ目……?」

「正義≠セよ」


 正義? 正義のどこが大罪だというのだろう?

理解出来ないという顔をしていると、少し笑みを浮かべながら四季は続ける。


「この世には悪にしか裁くことのできない罪があるんだ」

「それが、正義、か……?」

「そう、行き過ぎた正義は立派な大罪だ。……でも、一番の罪は何だと思う?」

「……一番の罪」


 それを、秋人は知っている。

そう、それは
――


「無関心だよ」


 無関心。

その文字の通り、他人に対してなんの関心を持たないことだ。

他人を他人のままにする。

関わろうとすらしない。

極端な話だが、もし目の前に水がなくて息も絶えたえな者がいるとする。

そしてもう一人、その者は水を沢山持っていて、家に帰ればまだまだある。

なのに、その者は水がない者に水を分け与えようと考えもしなければ、見向きもしない。

それは、許されざることだ。


「君はその許されざる無関心を貫こうとしている。それはとってもいけないことだ」

「そんなことは
――

「だってそうでしょ? 君は彼女たちを振り払ってここにいる。彼女たちの心を傷つけてまで。ほら、立派に罪を犯しているんだ」


 確かに、そうかもしれない。

美由希やはやてたちに背を向け、裏切り、傷つけた。

体の傷は時が経てば癒えるかもしれないが、心の傷はそうはいかない。

時が経てばたつほど悪化する可能性もある。

最悪のことをしたのだ。

 しかし、あのままあそこにいたとしても、傷つけてしまうだろう。

心を。

だが、離れたとしても心を傷つけてしまう。

どうすればいい?

どちらの答えを選べばいい?

 ……ダメだ、答えが見つからない。

どの答えを選んでも、最後には自分は壊れてしまう。

どうしようもないと思う。

結局は自分が一番可愛いのか。

自分本位の考えしかできない己が憎らしく思う。

でも、分からない。

何が正しいのか、何が間違っているのか、自らを守るのを第一にして生きてきた秋人にはヒントでさえ見つからない。

 頭が混乱している。

落ち着くためにタバコを取り出すが、タバコに火を点けては捨て、点けては捨てを繰り返す。

口が乾く。

前を向いているはずなのに目線は下を向いている。

頭に手を置き、バリバリと髪の毛を掻き毟っている。

落ち着こうと思うほどに混乱の度合いは増していき、ついには真っ白になってしまった。

 白い世界で、秋人は途方に暮れていた。

どこに何があるのかさえ分からないその世界で、秋人はたった独りで座り込んでいた。

右を見ても、左を見ても、上を向いても下を向いても、誰もいない。

誰も側にいない。

秋人にとってそれは、一番の恐怖だった。

ガタガタと肩が震える。

怖い。

怖い怖い。

怖い怖い怖い。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


「大丈夫。落ち着いて」


 優しい声が聞こえてきた。

その声は形を作り、秋人の肩を掴み、抱き寄せた。

見上げると、自分と同じ顔がそこにあった。

同じ顔は諭すように続ける。


「僕は裏切らない。僕を信じて」


 同じ顔が笑った。

釣られるように笑うと、何故だか涙が溢れてきた。


「さあ、一緒に行こう」


 不安感や嫌悪感はなかった。

しかし、安心感や信頼感もなかった。

でも、四季と一緒なら、何もかもがどうでもよくなった。



 二人が去った跡には、タバコの吸殻だけが残されていた。










 あとがき

猫よ、そんなに煎餅が美味いのか? どうもシエンです。

PCを新調しましたところ
――何、このサクサク感は? と、感動に打ちひしがれました。

と、関係ない話は置いておき。

今回は、四季の四季による、四季のための先導です。

収集つくのか? と若干不安感に苛まれながらフェードアウト。

ありがとうございました!


拍手返信

※シエンさんへ最新話、待ってました。自分としては、このまま続いて欲しいです。

>お待たせしました。このような感じになってしまいましたが、いかがでしょうか?
月イチのペースで投稿できるようにしますので、どうかよろしくお願いします。


拍手はリョウさんの手によって分けれらています。
誰宛てに送ったのか、または作品名を明記して送ってくださると助かります。
宛先や作品名などが明記されていないと、どこに送っていいのかが分からなくなるそうです。
ご協力のほど、お願いいたします。


作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
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