第十五話「偽家族」










ああ、僕は君をこんなにも愛しているのに……君は僕を見てはくれない。

これが君の愛なんだね。

ならば、僕は甘んじてその愛を受けよう。

君が僕に振り向くまで……ずっと。











秋人たちが汚染獣を撃破した場面を何度も再生する。



「ヨハネの黙示録、第一の災い……『血の混じった雹と炎』、か。フフフ、ピッタリだね」



汚染獣の血が飛び散る戦場。

そして秋人の紅い瞳と鋼糸の光は、まさに『血の混じった雹と炎』。

守護騎士には目もくれず、秋人をアップで映し出す。

恍惚とした表情で見つめるその瞳は、愛おしき者を見つめる顔。



「第二の災い『火で燃えている山のようなもの』は、いつ起きるかな? フ、フフフ……アハハ……」

「そんなまどろっこしいことはしなくていいの。第七の災い『最終戦争(アルマゲドン)』を起こせばそれで全て解決よ」



女の言葉に、少年はクスクスと笑いながら反論する。



「それじゃあつまらないじゃない。世界を滅ぼすんなら、七つの封印を解かないといけない。そしてそれに対応した七つの災いが起こらないと楽園への扉は開かれないよ」



女は呆れ顔で少年の言葉を覆す。



「何を言っているの。キリストを裏切ったユダのくせに」



少年は「ああ」と悲観し、涙を流した。

本当に悲しそうに。



「そう、僕は彼を裏切った。僕しか彼を救えないというのにもかかわらず……主よ、罪深きこの奴隷をお許しください」



許しを請いながらも少年は笑っていた。

女はため息を吐いた。

まったく、この少年は扱い辛い。

彼の片割れだということだけはある。

そしてもう一人のあの男(・・・・・・・・)だということだけはある。



(まあ、いいわ。コイツを巧く使えば、世界は私のものになる。そう私だけのものに……フフフ……)



二人のクツクツとした笑いがその場に響く。

蠢くように動く闇は、二人を包み込んだ。

笑い声だけを残して……。




















「ん……?」



見慣れぬ天井を眺め、秋人は起きたということを実感した。

ここはどこだろう?

眠る前のことを思い出そうとするが、(もや)が掛かったように何も思い出せない。

時間を確認しようと部屋を見渡すが、時計らしきものは見つからない。

しかし窓の外を確認すると、今が夜中だということが予測できた。

そしてここは病院かと考えるが、ここは病院のようには見えない。

病院のように寒々しい印象を受けないからだ。

置いてある家具は少ないが、そのどれもが微かに温かい。

だが、自分の家でもない。

そもそも秋人の家に家具はあまりないのだ。

ではここは……と考え、とりあえず起きることにした。



「ぐっ……かはぁ……」



身体を動かすと、節々が痛む。

どうやら汚染物質に相当やられたらしい。



「汚染物質……? あっ、昨日汚染獣と……」



ここで来てようやく思い出せた。

シグナムを助ける為に異世界に行き、汚染獣と戦いそして勝利した。

成体の汚染獣を倒したところまでは覚えているが、それ以降は思い出せない。

どうやらそこで記憶が途切れているようだ。



「まあ、生きているんならいいか。とりあえず……此処はどこだ?」



ベッドの下に置いてあったスリッパを履きドアを開けると、そこではシグナムとヴィータが互いの肩に頭を乗せ眠り込んでいた。

よほど疲れていたのか、ビクリともせずに泥のように眠っている。

そこで気が付いた。

ここは八神家であると。

秋人は二人の顔を見ると、微かに微笑んだ。



(守れた、んだよな……)



そう考えると、胸に何とも言えないものが溢れていることに気がつく。

この正体はなんだろう?

まだ汚染物質が残っているのだろうか?

などと考えるが、そんな考えはすぐに消え去ってしまった。

ヴィータが寒そうに身じろぎしたからである。

夏にさしかかったとはいえまだ夜は冷える。

秋人は部屋に戻り毛布を二人にかけてやった。

二人を起こさないようにその場から離れ、階段を降りる。

リビングには明かりが灯っていた。



「秋人さん! ああ、良かった無事で……」



シャマルはそう言うや否や身体中を触ってくる。

何をしているのかと思ったが、どうやら触診をしているらしい。

的確に汚染物質の浸食が激しかった箇所を探る。

しばらく触診をしてたが、身体に異常がないことを確信できたのか笑顔で離れた。



「秋人、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ。お前、心配症だったんだな。意外だ」



「フンッ」と鼻を鳴らし、ザフィーラは再び瞑目した。

だが、嬉しいのか尻尾が少し揺れている。

苦笑し、シャマルに訊ねる。



「俺どれくらい寝てた?」

「丸三日ほど」

「三日か……昔は一週間とか平気で寝込んだのにな。回復魔法をかけてくれたのか?」

「ええ。でも、もうあんな無茶はしては駄目ですよ? 汚染物質が蔓延した地下に潜るなんて真似は」



「アハハ……」と何とも曖昧に笑う。

まったく反省の色が見えず、シャマルは大声で怒鳴った。



「あはは、じゃありません! もう少し遅かったら死んじゃってましたよ!?」

「いや、でも生きてるし……」

「でもじゃありません! もう、はやてちゃんたちがどれだけ心配したか……分かっているんですか!?」

「……ごめん」



そこまで一気に捲くし立てると、シャマルは今が夜中だということを思い出したのか顔を真っ赤にして口を押さえた。

だが、何も物音はしない。

どうやら三人とも寝入っているようだ。

ホッと息を吐く。

そんなシャマルに向い、秋人は頭を深々と下げた。



「え……?」

「ごめん。本当に迷惑かけた。俺がもっと早く駆けつけていれば、こんなことにはならなかったのに……」

「……反省しています?」

「……してる」



秋人の真摯な態度に感化されたのか、シャマルはため息を一つ吐き、



「それなら、もう無茶はしないで下さいね?」

「……善処する」



素直に言わない秋人に、シャマルは苦笑した。

そして、せっかく起きたのだからお茶にしようと言い、台所へと入っていく。

ソファに座って待っていると、ザフィーラが近づいてきた。



「秋人」



いつもと変わらぬその声は、何故だが安心できた。



「どうした? そんな真面目な顔して。と言っても、いつもと変わらないけどな」

「茶化すな。本当に大丈夫なのだな?」



確認というより、脅迫に近いくらいの勢い聞いてくる。

秋人は縦に頷くが、ザフィーラは離れようとしない。

一体どうしたのだろう?

聞いてみると、



「お前は無茶を平気でするタイプの人間だ。だから心配なのだ」

「無茶なんて……」

「しているのだろう?」



二の句を告げる前に告げられる宣告。

確かに秋人は無茶を平気でする。

昔からそうなのだ。

誰かの為に行動する時ほど特にそれは顕著に現れる。

ヴィンセントもよく言っていた。

君は人が殺されそうになっていたら相手を殺すのか、と。

もちろんこれは極論だ。

だが、これが一番秋人の心を現すにはうってつけの言葉だった。

手の平をしばらく眺め、ザフィーラの目を見て話す。



「今回は……大丈夫だ」

「…………」

「安心しろって。これは本当だ」



秋人の言葉を真実と受け取ったのか、ザフィーラは「そうか」と短く言うとその場から離れた。

天井を眺めながら、ザフィーラの言葉を心の中で反芻する。



――――お前は無茶を平気でするタイプの人間だ。だから心配なのだ。



目を瞑り、三日前のことを思い出す。

汚染獣に単身で立ち向かったこと。

汚染物質が蔓延する地下に何の準備もなく潜ったこと。

いくら出産により弱っているとはいえ、成体と戦ったこと。

なるほど、確かに無茶ばかりしている。

これでは身体がいくつあっても足りないではないか。

苦笑する。



(だからこその……仲間か)



仲間という意味が、少し分かった気がした。

今まで仲間という言葉とは無縁だった秋人。

だが、此処へ来てやっと仲間というものに巡り合えた。

この縁は大切にしよう、と心に刻みつける



「お待たせしました。あら? ザフィーラは?」

「アイツなら寝たよ」

「あらそうなんですか? もう、ザフィーラの分も淹れちゃったのに」

「ああ、いいよ。俺が飲むから」

「そうですか? じゃあ、お願いしますね」



秋人の前に紅茶が入ったカップが二つ置かれる。

カモミールティーのようだ。

香りもよく、なんとも美味しそうだ……少なくとも見た目は。

シャマルには料理が下手という前例がある。

ゴクリと喉を鳴らしてから、カップに口を付け一口。

シャマルはその間、ジーッとこちらを窺っていた。

カップから口を離すと、秋人は、



「……美味しい」



と、言った。

その瞬間、シャマルの表情は華やいだ。

喜びのあまり興奮し、秋人に抱きつく始末である。

抱きつかれたことにより身体が痛むが、今はそんなことは無視しよう。

だって、何だか心地がいいから。

母に抱かれているような、そんな感触に浸りながら秋人は再び闇に落ちた。




















夢を見ている。

だが、自分ではない他の誰かの夢を。



「これはお前の為でもあるんだ」



男の声が聞こえる。



「このプロジェクトが成功すれば、お前は神の親になれる。そう、このプロジェクトF・Aが成功すれば」



クツクツとした男の笑い声。

無償にそれが癇に障る。

殴り飛ばしたいと思うが、それはできない。

何故なら彼は、ポッドの中に居るからだ。

強化ガラスで構築されたこのポッドには素手では傷一つ付けられない。

それが分かっているから、彼は甘んじて男の言葉を聞き続ける。



「ああ、もし成功したら……私はお前の息子の親となろう。そうだ……それがいい。アハハ……」



この男が何を企んでいようと関係ない。

彼の望みはただ一つなのだから。

そのためならば、たとえ悪魔を造り出してしまおうとも構わない。

そう、願いが叶うのならば。



(僕の望みは)



ただ一つ
――――




















耳に届くのはトントンという軽い音と、ジュウジュウと何かが焼かれる香ばしい香り。

眼を開けてみると、眩しい陽光が差し込んできた。

もう朝らしい。

だが、何やら肩が重いことに気がつく。

隣を見てみると、シャマルが秋人の肩に頭を乗せ眠っていた。

何んとなく髪を梳く。

サラサラとした絹糸のような感触がし、何とも心地よい。



「あ、起きたんやな。なんや? 起きてからそうそうシャマルに抱きついたりして、甘えん坊やなぁ」



クスクスと笑うその声を聞き、秋人は心底ホッとした。

いつもと変わらぬ姿のはやて。



「おはよう、はやて」

「うん。おはようさん、秋人。ちょっとまっててな、すぐご飯できるから」

「ああ、俺も手伝うよ」



しかし、はやては首を振る。

「怪我が治りきっていないんだから無理はするんやない」と言い、再び調理に取りかかる。

秋人は苦笑し、再び目を閉じた。

眠る為に閉じたんじゃない、この時間に浸る為に閉じたのだ。

この温かな時間にずっと浸っていたい。

そう考えるのはいけないことなのだろうか?

だが、そんな静かな時間はドタドタという騒がしい足音によってかき消されてしまった。

バタンと、ドアが乱暴に開かれる。



「大変だ! アキトがいない!」



慌てて入ってきたのは八神家の末っ子、ヴィータ。

血相を変えてそう捲くし立てている。

そんなヴィータに、秋人は片手を上げて挨拶をする。

秋人が無事な姿を見て、ヴィータはその場に座り込んでしまった。



「どうした? そんなに顔をコロコロと変えて」

「お前がいきなり居なくなるからだ! 怪我が治りきっていないのに動くな! 動くんなら、アタシたちに一言断ってから動け!」

「いや、お前ら寝てたじゃないか」

「うっ……でも!」

「こら。あまり相沢に負担をかけるな。怪我に触る」

「おはよう。シグナム」

「ああ、おはよう。怪我はもう大丈夫か?」

「ああ、おかげさまでな」



「そうか」と素っ気なく言うが、どこかホッとして嬉しそうなシグナム。

ヴィータはぶちぶちと何か呟いているが、嬉しそうなのに変わりはなかった。

苦笑する。

ああ、なんて温かいのだろう。

独りでは味わえないこの感覚は、なんとも心地よい。

ヴィータの大声で目を覚ましたのか、シャマルも起きだした。

秋人の前で眠っていたことに顔を紅潮させていたが、どこかはにかんだ笑顔を見せている。

しばらくすると朝食が完成し、ザフィーラもその場に現れる。

どうやら散歩に行っていたらしい。

椅子に座り、手を合わせる。



「いただきます」

「今日はご飯とおみそ汁に、アジの開きとお漬物や」

「うむ。とても美味しそうです」

「うん。やっぱり日本人の朝食はアジの開きだよね」

「そうですね。うふふ、私が言うもおかしいですけど」

「早く食おうぜ!」

「…………」



……おかしい。

今、この平和な食卓に必要ない奴が居た。



「おい! ちょっと待てっ!」

「なんだい? 大声を出して」

「なんでアンタがここに居る?」

「独りでご飯を食べるのは寂しいからねぇ。武士は相身互いって言うじゃないか?」

「残念ながら、うちの先祖は名主なんでな」

「男はみんなサムライなのさ」

「誰だよこんなの入れた奴!」



立ち上がった秋人が指差す人物は、本来この場にいない筈の人物、ヴィンセント・クロイツァー。

ヴィンセントは秋人の指を無視し、美味しそうに味噌汁を啜っている。



「このミソスープのダシは熬子(いりこ)ダシかい?」

「そうやで。よく分かったなぁ」

「ハハハ、こう見えても日本食には少しうるさいのさ」

「あ、ほんなら、このお漬物も食べみて。自家製や」



何故かはやてとヴィンセントは意気投合し、食について語り合っている。

はやてはヴィンセントが何者かは気にしていないようだ。

椅子に座り項垂れていると、ザフィーラが近づいてくる。



「どうした。箸が進んでいないが」

「あの馬鹿が平然と馴染んでいるのが不思議なんだよ」

「ヴィンセントなら私が招いた」

「……え? 今、何て?」

「ヴィンセントは私が散歩中に偶然出会ってな。秋人を探していると言っていたので招いたのだ」

「すると何か? はやてには話したのか、ヴィンセントさんのことを?」

「無論だ」



どうやらヴィンセントが八神家に来ていることを知らなかったのは秋人だけだったらしい。

仲間外れにされたようで少し悔しいが、そんなことは関係ない。

そもそも、ザフィーラは狼形態で散歩していたはずである。

にもかかわらず、ヴィンセントは話しかけている。

傍から見たら異常者ではないか。

そのことをザフィーラに聞いてみると、ヴィンセントはザフィーラが人間ではないことを見抜いたうえで話しかけてきたということらしい。

……どこまで常識外れなのだろうか、あの男は。



「……とりあえず。ヴィンセントさん」

「なんだい? 愛しい弟子(マイ・スィートボーイ)

「何故、俺を探していたんですか?」



その言葉に、ヴィンセントはキョトンとした顔をし、首を傾げる。

何かおかしなことを言っただろうか?



「君はおかしなことを言うんだね。息子を心配しない親がどこにいるというんだい?」

「俺達は父子じゃない」

「私は君のことを本当の息子だと思っているよ。君は、私のことを父親だとは思えないかい?」

「それは……」



思ったことは何度もある。

この人が父親ならば、安心して夜眠ることが出来ると考えたことは一度や二度ではない。

離れ離れになっている間も、夜にヴィンセントのことを考えていたこともあったくらいだ。

だが、本当の父と母のことを考えると、軽はずみにそう思ってはならない気がする。



「君が私のことをどう思っていようが、私にとっては君は愛しい息子(マイ・サン)に変わりはない」

「…………」



ヴィンセントの言葉を素直に受け入れることができず、秋人は下を向く。

そんな秋人を心配するようにヴィータが顔を覗き込んでくるが、秋人は顔を背けた。

こんな顔、見られるわけにはいかない。

赤くなって、涙が滲んでいる顔なんて……。



「ほらほら。元気出しましょう? せっかくのご飯が冷めちゃいますよ」



シャマルが明るい声で秋人にそう言う。

目元を拭い、秋人も食事を再開した。

なんだか味がよく分からないが、美味しいのは確かだ。

みんなの顔を見渡すと、不思議な錯覚に陥った。

家族のように見えたからだ。

ヴィンセントが父親。

シャマルが母親。

シグナムは長女でザフィーラが長男。

秋人は次男、はやてが次女。

ヴィータは末っ子の三女。

このように見えなくともない。

苦笑する。

なんだ、もうあったんじゃないか。

一番欲しかったものが
――――ここに。




















 あとがき

家族っていいですね、どうもシエンです。

家族……大好きです。

でも大家族もののテレビは見ません(ぁ

では、また次回お会いしましょう。




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