第十一話「繋がれた絆」










ヴィンセント・クロイツァー。

俺の身元引受人にして暗殺術の師匠。

だが、その実態は……。











    
マイ・スイートボーイ
「やぁ、愛しい 弟子」



秋人は我が目を疑った。

見間違うことのない奇怪な姿。

耳にいつまでも残るこの声。

ヴィンセント・クロイツァーが目の前に居た。

秋人は無表情でヴィンセントへと近づく。


           
マイ・スイートボーイ
「やぁ、久しぶりだね。愛しい 弟子
――――いぃぃぃぃぃっ!?」



全力で殴り付けた。

座っていた椅子から転げ落ち、尻もちをつくヴィンセント。

頬を抑え、秋人を見上げる。

修羅が居た。

肩で息をし、目が血走っている鬼が居る。

鬼は叫ぶ。



「何で此処に居るんですかっ」



ヴィンセントは立ち上がり、服に付いた埃を落とす。

そして秋人の目を見据え言い放つ。

偉そうに。



「フフン。それは私だからさっ」



手を胸の前で広げ舞台役者のような格好をする。

きっと頭の中では拍手喝采が鳴り響いているのだろう。

秋人の苛立ちは更につどり、また殴った。

今度は反対側の頬だ。



「何故あなたはいつもいつもやることが唐突なんですか!?」



そして、ヴィンセントの襟を掴みガクガクと頭を揺さぶる。

脳がシェイクされヴィンセントは目を回していた。

手を放つと独楽のようにクルクルと回る。

やがて崩れ落ちるジェンガのように倒れた。

完全に目を回している。

だが、いらない気力を振り絞ったのかその状態で言う。



「そ、それは私だからさ〜」



ため息を吐く。

何なんだろうか、この人は。

いつもやることが突拍子もない。

せめてワンアクションくらい入れて欲しいものだ。

……いくら望んでも無理なのだが。



「それで? 一体何しに来たんですか?」



その言葉が発せられた瞬間、ヴィンセントは真剣な目つきになる。

いつも見ていたヴィンセントの顔付きではない。

例えるならば、肉食獣や猛禽類の類いだ。

思わず肩が震える。

恐怖を感じている?

あのヴィンセントに?

ゴクリ、と生唾を飲み込む。

それでも恐怖感は拭えない。

足はカタカタと震え、落ちつかない。

ヴィンセントの唇がゆっくりと動く。



「実は
――――

「実は……?」



俯くヴィンセント。

表情を隠すように仮面で顔を隠している。

だが、やがて顔を上げた。

爽やかな笑顔を携えて。



「暇だから来たのさっ」



……おかしい、耳の調子が悪いようだ。

今何と言った?

暇だから来た?



(ふざけるな!)



心の中、大声で叫ぶ。

今の俺の心境は何だったのだ。

怒りが高まる。

いつもはクールを装っている秋人だが、ことヴィンセントの前では素顔をさらしてしまう。

本当は熱血漢だったのだろうか?

そう疑いたくなるような心境だ。

思わずため息を吐く。

と、その場で見守っていた美由希が秋人の服の袖を引いた。

見てみると困惑した表情をしている。



「どうした?」

「えっと……この人が秋ちゃんが話していたヴィンセントさん、だよね?」



その語尾は尻つぼみになりよく聞こえない。

確信がないのだろう。

美由希にはヴィンセントは尊敬すべき人物と伝えていた。

それが本当の姿はこんな訳のわからない人物だったのだ。

その動揺も尤もだ。

秋人は頬を掻きながら美由希に向き合う。

何と言っていいやら迷っていると、不意に隣から突拍子もない声が聞こえる。



「その子は秋人君のガールフレンドかい?」

「…………」



もう一発殴ってやろうか?

そう考えるが、身体は言葉に反応してしまったのか動かない。

美由希も同じようで、頬を紅潮させ俯いていた。

ヴィンセントは満足げに頷くと、二人に向かい祝福の言葉を送る。



「おめでとう! でも注意しなさい。避妊は絶対にするんだ。出来ちゃった婚なんて、パパ絶対に許しませんよっ」

「なに訳の分からんことを!」



ヴィンセントの馬鹿な言葉に正気に戻った身体はすぐさま殴り付けていた。

クリーンヒットしたのか、ヴィンセントは奇声を上げ吹き飛ぶ。

それを見届けると秋人は美由希の手を取り、呟く。



「美由希、行くぞ」

「あと……いいの? アレ」

「いいんだよ、あんなの」



尻を高々と上げる無様なヴィンセントを一瞥し、二人は家を後にした。




















息を上げながら公園までやってきた。

少しでも早く、あの異常空間から逃げたいが為に走って来たのだ。

美由希をベンチに座らせると、秋人は缶ジュースを買う為に自販機の前まで来た。

自販機に硬貨を入れると、なにやら視線を感じた。

そしてこの気配は……。

後ろを振り返ると、見知った顔が居た。



「何やってんだ、ヴィータ?」

「お前こそ何やってんだ、息切らして?」



巧い言い訳が思いつかない。

まさか奇人から逃げてきたなどは口が裂けても言えない。

脳裏に浮かんだことをそのまま言うことにした。



「ジョギングだ」

「嘘吐くな! バレバレなんだよ!」



バレてしまった。

当り前だろう、表情は苦笑いを浮かべ、口元は引き攣っているのだから。

何か巧い言い訳はないものかと思考を巡らせる。

だがしかし、そんなに都合よく浮かぶものではない。

秋人が思案していると、ヴィータの方から口を開いた。



「学校帰りか?」

「ん? んー……違うような気がする。一度家に帰ったし」



ヴィータは秋人の服装を指差し、



「じゃあ、何で制服なんだ? 着替えなかったのか?」



触れられたくないことを聞かれてしまった。

秋人の表情が澱む。

と、そんな時
――――



「秋ちゃん、何やって……って、ヴィータちゃん?」



美由希がひょっこりと現われた。

秋人が遅いので様子を見に来たのだろう。

……この状況は喜ぶべきことなのだろうか?

確かに秋人独りでは巧い言い訳は見つからない。

だが、だからと言って美由希に期待するのは無謀な気がする。

正直な美由希では、あのキ○ガイのことを包み隠さず話してしまうだろう。

秋人は咄嗟にこう言った。



「ふぅ、バレテしまったか……」



ヴィータは「何がだ?」と、首を傾げながら訪ねてきた。

美由希も訳が分からないようで、キョトンとしている。

髪を掻き上げ、キザッたらしく言う。



「まさか、隠れてデートしているのを見つかってしまうとは……予想外だ。俺の見通しが甘かったか」



「フフフ」と、意味ありげに含み笑いを見せる。

秋人の言葉が理解できずに、脳がフリーズしていた二人だったが、暫くすると脳が情報処理を終え動きだす。



「はぁ!?」

「……え? ええぇ!?」



ヴィータはまさに訳が分からないというように間抜けな声をあげ、美由希は耳まで真っ赤にしうろたえている。

言い慣れないことを言ったせいか、秋人の腕には鳥肌が立っていた。

正直に言おう。

自分を殺したい。

この口に対戦車ライフルをぶち込み、ふっ飛ばしたい。

出来れば時間も戻せるとありがたい。

と、馬鹿なことを考えていると、美由希が近づき耳打ちをしてくる。



「行き成りどうしたの? で、デートって本当? でも……秋ちゃんが本気なら……私も」



デコピンをこの勘違い女にぶち込む。

美由希は額を抑え何か唸っているが、その状態のまま話しかける。



「阿呆。これは言い訳だ。ヴィータにヴィンセントさんのことを知られたくないからな。
 あの人のことだ、今度は『幼女か、いい趣味をしている。なら、これを読みたまえ。光源氏を参考に私が独自に考察したレポートだ。きっと役に立つ』
 とかなんとかぬかすに決まってるんだから」



想像し納得がいったようで美由希は深く頷く。



「お前ら何やってんだ? 耳元で話し合って」



その言葉に二人は慌てて離れる。

二人とも顔が真っ赤だ。

初心なのが手に取るように分かる。



「何でもない。ああ、何でもないさ」

「本当に?」

「本当に」

「嘘だろ」

「今日はいい天気だな。実にいい散歩日和だ」

「誤魔化すな!」



いけない。

この負のループをどうにかしなくては……身の破滅だ。



「お、お前こそ何してたんだよ? 独りなんて珍しいじゃないか」

「アタシは……」

「いつもはシグナム達とべったりな癖に。ハブられたか? とうとう愛想をつけられたか?」



秋人の言葉に、ヴィータは耳まで真っ赤にして反論した。



「違う! シグナムは鍛錬に行っただけだ!」

「鍛練? どこに?」



その言葉を聞くや、ヴィータは美由希に視線を向け言いごもる。

そして、秋人の袖を掴むと美由希から離れた。

少し離れた所まで行き、何度も美由希の方を窺う。

そして大丈夫と判断したのか、耳元で話し始めた。



「異世界に行った。ここじゃ鍛練しようにも人目があって身が入らないからって」

「何で行き成り? ああ、出来るならもう少し離れてくれ。息がこそばゆい」

「ふーっ」

「あっ……んん……って、なにやらすんだ!?」

「耳弱いのか?」

「ああ、少し……ってそうじゃなくて、何で行き成り鍛練なんかしだしたんだ? 昨日までは普通だったのに」



そこまで聞くと、ヴィータは秋人を忌々しそうに睨む。



「お前のせいだ……」

「俺の……?」



何かしただろうか?

シグナムとは特に何か話をした覚えはない。

では一体……。

突然、秋人が「あっ」と、声を出した。

そういえば思い当たる節がいくつかある。

一つは、秋人との模擬戦。

本調子ではないといえど、デバイスに振り回されている秋人に負けたのだ、プライドが傷付いたことだろう。

二つ目は、なのはの存在。

潜在魔力が高く、もしかしたら、何かの拍子に戦わなければならなくなるかもしれない危険分子。

三つ目は、秋人が話した魔法生物の事件。

もしはやての前に現れた場合
――終息しているが――、衰えたこの身体で守りきれるのか? という疑問が浮かんだのだろう。



「なるほどね……それで」



シグナムの性格を考えれば簡単なことだった。

実直で真面目。

そのような性格のシグナムが、あのような経験をし、己を超えるやもしれない存在が居り、
さらには己の主が危険にさらされるかもしれない敵が居る状況でのうのうと暮らしていける訳がない。

だから今、鍛錬をしているのだ。



「じゃあ、お前は行かなくて良かったのか?」

「アタシは……はやての護衛だ」

「今、此処にいるじゃないか。ザフィーラ達もいる。アイツらも行っているのか?」

「……ザフィーラは家にいる」

「じゃあ、お前が残る意味ないじゃないか。お前も行けよ」



ヴィータは俯き、スカートの裾を握りながら小さな声で呟いた。



「知っているくせに……」

「無意味に戦いたくない、か? 例えはやてと自分に一切関係のない者だとしても」



小さく、コクンと頷く。

秋人はヴィータを見つめた。

小さく、儚い印象のある身体。

その手も小さく、武器を握るには不向きな綺麗な手。

性格は好戦的だが、その実優しい心を持っている少女。

そう、少女なのだ。

例え闇の書というロストロギアから生まれたプログラムだとしても心は少女、戦いに向いているとはお世辞にも言えない。

秋人はため息を吐くと、ヴィータの頭に手を置いた。

キョトンとしているヴィータを尻目に、その手をゆっくりと動かし、頭を撫ぜる。

不器用なその手は髪の毛をクシャクシャにしていくが、ヴィータは止めなかった。

顔をさらに下に向かせ、秋人に見せないようにする。

だって、見せたら絶対に笑うから……。






「落ちついたか?」

「……うん」



秋人の顔を見るその目は赤くなっていたが、あえて触れないでおいた。

触れたら、また怒るに決まっている。

秋人はヴィータの背に手を当て、押し出すように歩きだした。



「秋ちゃん、何の話していたの?」



長い間放っておかれた美由希は心配そうに秋人達を見つめる。

秋人はふっと笑みを見せ、「何でもないさ」と呟いた。

その時、夕方を知らせる鐘が鳴った。



「あ! 今日、お店手伝う日だった……急いでいかないと」



そう言うなり、美由希は走ってその場を後にした。

手を振りながら消えていく。

その場に残された二人は顔を見合せ、どちらからともなく「帰るか」と言った。

自然とその手は相手の手に繋がる。

その姿は紛れもなく
――――




















「少し休んでいくか? その顔じゃ帰りにくいだろ?」



相沢家の近くまで来た時、秋人が不意にそう言った。

少し渋ったが、確かにこの顔のまま帰ったら何か言われるかもしれない。

そう判断し、ヴィータは頷く。

ドアを開け玄関に入ると、ドタドタと喧しい足音が聞こえてきた。

秋人は額に手を当てると「忘れてた……」と呟く。



「お帰り秋人君! おやぁ? その子は……秋人君、ロリはヤバいよ? 世間体を考えると。でも……私は受け入れよう。ああ、なんて寛大な親の愛なんだろう……。
 そして、これを受け取りたまえ。光源氏を参考に私が独自に考察したレポートだ。きっと役に立つ」



ため息しか出ない。

このヴィンセントという人物は、秋人が思い描いていた人物そのままのようだ。

ヴィータが繋いでいる手を引き、秋人に訊ねる。



「なぁ、このおっさんは何だ?」

「……変なおっさんだ」

「失礼な! 私はまだ三十四歳だ!」



享年三十四歳にしてやろうか? などと考える秋人だった。




















 あとがき

また書きました、どうもシエンです。

またエロ小説を書いてしまいました。

今回は秋人×美由希で、HAPPYENDとBADEND、二通りの最後があります。

もし読みたいという寛大なお心を持つ方がおりましたらメールにてお知らせください

その場合、HAPPYENDとBADENDのどちらが欲しいかも明記してください。

ある方々の読んでいただいたところ、『b』『糞あめぇw』という評価をいただきました。

最後に。

美由希はとらハ3のメインヒロインなのに、どうして目立たないんでしょう……?

二次小説でも、美由希がヒロインはっているものもあまりないし……。

ではまた次回。




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