私は大きく息を吸い、目の前の虚空を睨んだ。
其処に広がるモノは無音の闇
されども私には思い描いた仮想の人物が私と同じ構えをとる姿がクッキリと見える。
身長、体重、流派や構えは同じ。
力量も同等。目立った隙も見当たらない。
そんな相手に私は静かに近付き、相手の構える前手の甲に私の前手の甲を重ねる。
数秒の無言の対峙の末、私は体と一緒に後手をゆっくりと前に打ち込んだ。
「ふ〜〜〜〜………ふっ!」
そう、ゆっくりと吐きだす吐息に併せ、息を出し切った所で丁度掌打が伸びきる様に。
あくまでゆっくりと、しなやかに、しかし力強く――――
私は素早く息を吸うと、今度は相手の側頭部に向かってゆっくりと吐きながらハイキックを繰り――――
「くおぉら〜、カヤー!何やっとんやー!!」
「きゃっ、ちょっとはやて義姉ちゃん!?」
――――を繰り出そうとしたら後からいきなり女性が飛び付いてきた。
うっ、酒臭っ!
もう誰よ、この人にここまで飲ませた人は!?
つか、義姉ちゃん!アンタ、人の何処を掴んでるのよ!?
「……可愛い可愛い義妹の為に企画した折角のパーティーを抜け出して、暗い部屋の中で片足開いて妄想を相手にしとる悪いチチは…………こいつかー!!」
「こらー!真面目な遊手をいかがわしい表現で説明するなー!!つか、胸を触るな、揉むな、弄るなっ!!!」
「嫌や、誰が此処までカヤのお胸の成長に貢献しとると思うとんねん!その功績を讃えて、このチチの所有権の半分は私んや!」
「私のチチは私んだ!義姉ちゃんは何時もセクハラしてるだけしょうが!」
「な、何やとっ!?漸く人様に顔向けできるくらいに成長させたこの私の功績を蔑ろにする気かいっっ!!」
「アンタに言われたくないわよ!私は平均よ、年相応よ!!シグナムさんが異常なのよっ!!!」
いきなり何を言い出すか、この義姉は!?
少なくとも私が今日卒業した日本の中学同級生じゃあ凡そ平均。
だけど発育の良いミッド人の平均からみると平均よりやや劣る。
だからせめて、平均よりやや劣る、と言え、やや劣る、と!!
つか、あいつ等可笑しいわよ!美男美女率も高いしっ!!
それより先ず、私の胸から手を放せ〜〜!
「はやてちゃ〜ん、何を騒いでるですか?」
「おっ、リィン!アンタからも一言、言ったってや!」
義姉妹揃って下らない言い合いをしていると、フヨフヨと身長30センチくらいの女の子、リィンフォース・ツヴァイちゃんが心配そうな顔をしながらやって来た。
「はやてちゃんのお話は後で聞きますから、カヤは早くこっちに戻ってきて下さい。ヴィヴィオが寂しそうにしてたですよ?」
「うっ、でも私ってば明日から局の研修先に出向だし、あんまりあの魔窟には……」
「やっかましい!そやったら篠宮カヤ研修生、一佐として命令するわ―― 一発芸で場を盛り上げてきぃ」
「……地獄に堕ちろ、カーネル」
「宜しい、それではリビングにレッツ・ゴーや♪」
数時間前まで日本の中学校の卒業式でセンチな気分だったのに、何よこのカオス空間は?
明日、無事に起きれるかな?
目の前に見えるものは、白紙の道標
これより始まるは、新たな旅路
世界は私の為にあるっ!――――始めます
第一話「門出、時々、腐れ縁の始まり」
今日から三ヶ月間、私は管理局の新人合同研修会というものに参加する。
何でも本年、新暦80年より始まった新人研修の一環らしい。
その為、私はこれからの為にと、昨日付けで借りてるマンションから研修場所に現在向かっているのだけど……
「遅刻だ〜〜っ!!」
昨日の中学卒業兼局勤め兼ミッド引越し歓迎会が盛り上がってしまって、やっぱり寝過しちゃいました――しかも昼まで、てへ♪
……ゴメン、キモかったわね。言った私もイタかった。
いやね、やっぱり十五歳にウォッカのストレートは不味いでしょ?
皆も助けてよ……あんなに面白がらずにさ。
兎に角っ!まだ何とか遅刻決定じゃない!
次の電車の発車時刻に間に合えば何とか繋がる筈!!
初日から遅刻、ってそんなギャグキャラ認定受けたくないのよ、切実に!!!
諦めちゃ駄目!
諦めたらそこで遅刻決定なんだからっ!!
「いけるっ!まだいけるっ!このままのスピードでいけば大丈夫っっ!!」
《はぁ、誰に向かって叫んでるのよ、マスター?》
「うっさいわね、気合入れてんのよ!つか、今朝はなんで起こしてくれなかったのよ、トレア!?」
《……何回も声をかけたわよ》
地球から見たら近未来風のミッドの町並みを私は中学時代から愛用しているローラーブレードを使って全速全開で爆走する。
そんな姿を私のブレスレット型の待機状態の我が相棒(デバイス)たるトレアが溜息混じりな声を掛けてくる。
設計コンセプトの所為か、アギトちゃんやリィンちゃん達ばりにお喋りなのよね、この娘。
まぁ、私も頼もしいし面白いからいいんだけど。
《後……今のマスターを見てるとアンタの兄貴を思い出すわ》
「うっさいわね!緊急事態なのよっ!!」
《私達が組んだ時に約束したでしょうが――常に『優雅に流麗に』って》
「いいのっ!今は『優雅に大爆走』な時なの!!」
《…………それでいいの、自分?》
時々ムカつくけどね。
てか、トレアもあの兄貴と比べないでよ。
私はもっとお淑やかよ!
《はいはい、ブチブチ言ってる間にステーションが見えてきたわよ?》
「よっし、コレに乗れば間に合うわ!」
神は見放していなかった。これなら初日遅刻は逃れられる。
いやー、昨日ヴィヴィオと一緒に仲良く寝てた甲斐があったわよ。
聖王さま〜ありがとう♪
そんなことを言いながら私は駅の改札を通り抜けて出発間際のレールウェイに飛び乗ることが出来た。
後になって思い返すと、このレールウェイに飛び乗った事が腐れ縁の始まりだったんだよね〜。
田舎育ちの僕にとってミッド都市部はまるで近未来の世界のように感じる。
だから、この結果も然るべきモノだろう。
……迷った。盛大に道に迷いました。
お陰で遅刻ギリギリのレールウェイに飛び乗る事になり、何とか初日遅刻の汚名だけは防ぐ事が出来そうな事だけが救いだ。
「……はぁ、初日から何て様なんだろ、僕?」
動き出したレールウェイを見計らって僕も自由座席車両の中で座れそうな席を探す。
僕は色々な事情が重なり、家族はいない。
今までは亡き両親の遺産を食い潰して何とか生活してきたけど、魔導師訓練校の授業料で殆ど使い切ってしまった。
要するに貧乏な僕には指定座席やグリーン席に座る贅沢は許されない。
そんな金があったら食べ損ねた昼食のお金にでも回した方が遥かに建設的だ。
とまぁ、こんな自虐的な話はさて置き、座れそうな席を見つけたので座ろうとした時――――
「ギ、ギリギリセーフ……」
《……無様ね》
「うっさい!」
何やら騒がしい声が聞こえたので後ろを振り返り―――― 一瞬思考が止まってしまった。
僕と同じ研修生なのだろう、管理局の地上部隊の制服に研修生IDを着ている。
よっぽど急いできたのだろう、壁に手を着いて息を整えている。
走っていた為か、制服は僅かに乱れ、荒い呼吸をしている姿はだらしなく見えるかもしれない。
しかし、
絹の様な濡羽色の髪を白いリボンで一つに束ねられ、
可愛らしい顔立ちにオニキスの様な瞳が印象的で、
すらっと伸びるその手足は若木の様に瑞々しさを感じさせられ、
僕と同じ位の年齢にも拘らず、堂々としたその姿が恐ろしく様になっている。
更には彼女から漂う仄な【甘い】匂いも相まっていたのだろう。
普段は奥手な僕が、
「隣、空いてますよ?」
こんなキレイな女の子に声を掛けていたのだから。
「ありがとうねナンパ君。丁度、席を探していたところなのよ」
「いえ……別にそんな意味で声をかけた訳じゃないんだけど……」
《その割にはあんなにニヤけた顔で誘っていたじゃない?》
「僕、そんな変態っぽい顔してた!?」
「あははっ、嘘、嘘。でも私だけが遅刻予備軍じゃないのは気が軽くなったのは本当よ?」
「はぁ、それはどうも……」
私がレールウェイに滑り込んで息を整えていたところを目の前の男の子、スティール・カルヴァン君が声を掛けてくれた。
どうやら、私と同じ研修会に参加するらしくこのレールウェイに乗っているそうだ。
……良かった、私だけが遅刻予備軍じゃなかった。
そんな訳で私は目的駅に辿り着くまで馬鹿話をしながらのんびりと電車の旅を満喫していた。
「へぇ、訓練校の中期プログラム、って事は半年で卒業したんだ。しかも本格的に鍛えたのってそれ含めて三年だけなの?」
「いえ、その……僕って長期を通えるお金が無かったの、と偶々Aランク相当の魔力があっただけで、そんなに自慢できるほどの事は……それに僕がやってたのは殆ど体造りだけですから」
「ふ〜ん、つまり5年も掛けてCランクからB+になるのが精一杯な私に対するあてつけ、と?」
《マスターってあんまり魔導師としての才能は……ねぇ?》
「そ、そんなつもりじゃ!寧ろ、5年も嘱託で活躍していたシノミヤさんの方が凄いですよ!!」
いや〜この子、面白いわ。なんて言うか、からかい甲斐があるっていうのかな?
私と同じ歳だって言うのもあるけど、眼の色は茶色だけど、私と同じ黒髪っていうのが親近感も持てるしね。
やっぱ私も日本人だから、そういうシャイな部分もあるのよ。
……何か文句ある?
まぁ、他にも体つきも、如何にも肉体派!みたいなゴツイ体付きでもなく少し細身に見える所や、どっちかっていうと『受け』っぽい性格(変な意味じゃないわよ!)もあるんだろうけどね〜。
「冗談よ。まぁ、よければ向こうでも私と仲良くしてね?ああ、それと私の事は別にカヤでいいわよ?」
「は、はい!僕の事もステイで良いです。向こうでも宜しくお願いします」
そんな事を言いながら私達は互いに握手をした。
――――へぇ……結構凄いじゃん。
「かなり鍛えこんでいるじゃん、ステイって」
「へ?カヤって握手をしただけでそんな事が分かるの?」
「まーね。これを三年で鍛えたんなら素直に凄いと思うよ?」
「あ、ありがとう。でも僕の目標まではまだまだ遠いよ」
ふむ、自分の才能に溺れないでまだまだ先を求めるタイプ、か。
いいじゃない。戦友としては申し分ないわね。
でも――――さっきの握手の瞬間に何か違和感があるのよね?
何かチグハグというか、噛み合っていないっていうか、しかも何処か良く知った……何だろ?
まぁ、いいや。この事は頭の隅に追いやって私は拳を軽く前に突き出す。
「うん。私も自分の思い描く功夫に到達したいから頑張っているんだしね」
「そうだね……お互い頑張ろう」
そういってステイは私の拳に自分の拳を軽く触れさせる。
といった感じで新しい親交を深め合っている中、大きく都市部から離れて山間部に入って数刻後に――――
「お客様には大変申し訳ありませんが、当レールウェイに重大な故障部位を発見しましたのでこれより緊急停車いたします」
そんな絶望的なアナウンスが流れてきた。
当然、こんな山の中じゃあタクシーもバスもないわよね?
聖王さまの馬鹿やろう……やっぱこうなるんじゃないの。
今度、ヴィヴィオに山盛りのチンジャオロース(肉抜き)を振舞ってやる。
「ねぇカヤ?本当にやるの?トレアも反論は無し!?」
《別に。良いんじゃないの?》
「当たり前でしょ?それともステイは初日に遅刻、なんてギャグキャラ認定を受けたいの?」
「それはまぁ……でも何処となく強硬すぎる臭いが……」
「気にしない気にしない。現行犯でバレなきゃなんとかしてみせるわよ」
《それに男女一緒な今の状態なら更に面白そうな噂が流れそうね?》
「つー訳で、アンタも諦めなさい」
「はい、宜しくお願いします……」
レールウェイが止まってしまった以上、このままなら遅刻は確実。
ならば、やるしかない――――全力滑走を。
爆走ではない、滑走である。
幸いな事に目的地までは直線距離に換算したらそれほど離れていない。
しかも近くのハイウェイまでの道のりは、この山を下れば見えてくる。
さぁ、行くわよ!!
「ねぇ、カヤ?僕も降りて走った方が良いんじゃない?」
「アンタ、私の滑走に走って付いて来る気?無理に決まってるじゃない」
《それに滑走は体重が加わればその分、早く滑れるじゃない。だから――》
「《私に(マスター)に素直におんぶされてなさい!》」
「はい……」
ホントは飛行魔法使えれば文句無いんだけど、こんな理由で飛行許可なんて下りないだろうから、今やれる事をやりきるのみ!
そんな訳で私の愛機、ローラーブレードに軽く油をさして、ステイをおんぶする。
「さぁ、行くわよ……しっかり捕まってなさい――さもないと死ぬわよ?」
「へっ?今なんかおかしな発言しなかった、カヤ?」
「無問題♪んじゃま、――Get ready――Go!」
20分後――
「到着〜」
「……」
「ん?如何したのよステイ?そんなに黙りこんじゃって??」
「…………ゴメン、軽く酔った」
まぁ、私も全力でかっ飛ばして来ったからね〜。
取り敢えず私はステイを背中から下ろしてあげた。
「……どうやったら只のローラーブレードで、20メートル近い高さから着地できたり、ハイウェイを走れるのさ?しかもそのローラー、完全に魔力使用無しの人力駆動だよね?」
「何よ、さっきまでそれを体験してたじゃない?それに最短距離をつっ走ったんだから多少の悪路はある、って言ってたでしょ?」
「いや、悪路って……明らかに殆どが車道どころか歩道ですらない場所を走っていたよね!?」
「はいはい、男の子ならその位で一々目くじら立てない……の?」
うん?何か周りの視線が可笑しいわね?
何かこっちをまるで珍獣みたな目で見てるし。
ふと、ここで特に強い視線を感じたので後ろを振り向く。
そこにはいかにもゴッツイ感じのヘリから降りようと足を一歩踏み出したままで固まってる金髪の女の子がいた。
え〜っと、もしかして私なんかKYな事、しました?
第一話、了。
後書き
初めまして、今回無謀にもStsの半年後という時間軸で話を書き始めました、てんユウといいます。
先にも書きましたが、この話は第四期とは一切関係ありません。
一種のパラレルワールドみたいなものと割り切って頂けると幸いです。
後、何と無く予想はついていると思いますが、あんまり原作の主要キャラが出て来ません。その癖に、原作でのモブキャラの一部がアホみたいに強化されて出てきます。
何分、人様のサイトで掲載する形でSSを書くのは初めてですので、私の趣味丸出しの内容や書き方ですが寛容して頂けると幸いです。
最後にこんな話を読んで頂いた事に説に感謝します。
それでわ!