Mission 01 / 02 / ----



ARMORED CORE BELKA STRIKER

Mission 00 : Phantasm Battle




依頼主:ジェイル・スカリエッティ
依頼 :聖域突入
報酬 :前払 デバイス用パーツ

『この依頼のメールが君に届いているという事は、私の望みは叶わなかったのだろう。それも最悪の形で。
私が私であるが為の証明である『聖王の揺り籠』の復活。その為に私はこの計画が失敗するなど微塵にも思ってはいない。
しかしこのメールが君に届いている以上、それも叶わなかったとしか言えない。敗因は恐らく、君が――いや、止しておこう』

深淵の世界の静謐。何人をも寄せ付けぬ静寂の地下世界。
かつて反映した文明の地で、その中を一人の人物が光を帯びて飛行していく。

『――計画の否定にもなるこの依頼を君に頼んでいるのは、最後の保険の為である。
私が成そうとした希望……その切り札である"彼"を撃破して欲しい』

一目で騎士と、連想させるに事足りるバリアジャケットを身に纏い、最深部へ向けて飛行を続ける。
その手にはインテリジェントデバイス。体の要所にアームドデバイスらしく突起が幾つも見受けられる。

『――私の夢。その不始末を君に押し付ける形となってしまうのは心苦しい。
だが、君以外に――"ストライカー"である君以外にこの依頼を完遂可能な魔導師は居ない。管理局のエースでは不可能なのだ』

唐突に開ける世界。地下の、それも一体幾世紀放置された地であるにも関わらず、光に満ち溢れていた。
地上へと降り立ち、眼前にあるターゲットを視認する。

『――……本当に済まない。
"彼"が本格的な活動に入る前に、全てを終わらせて欲しい。
返事を聞けないのが残念だが―――宜しく頼む』

ベルカの王が、其処には居た。
デバイスが戦闘モードに移行。いつものあの、無機質な音声で戦いの狼煙が上がる。

『メインシステム、戦闘モードに移行します』

彼の、レイヴンの、ストライカーとしての、本当のJS事件の結末が始まった――。


 


Mission 01 : Dark Flight



依頼主:レイヴンズ・アーク
依頼 :レイヴン試験
報酬 :----


次元世界を監督する管理局の本拠地の一つである、ミッドチルダ地上本部の地方都市の一角でそれは走っていた。
何の変哲も無い一台のトラックが、都市の中でも一般人が決して侵入しない区画を走行している。

『間も無く目標地点に到着する。最後にもう一度だけ、ミッションの確認を行なう』

荷台に座する二人に、盗聴の恐れが極端に少ないテレパシーにも似た念話によって声が届く。

『目標はこの先にある旧次元通信開発社オフィスビルの地下に潜伏しているテロリストの排除だ。
質量兵器である武器を保持する民間テロリスト及び、低級違法魔導師が数名確認されている』

トラックが停止し、荷台のカーゴが開放される。
寂びた町並みに相応しい、澱んだ空気が二人の鼻を突く。

『このミッションが達成された時、キミ達はレイヴンとして認められる』

手にしている杖が、その中心に嵌め込まれている宝石が煌いた。

『失敗した時は―――死ぬだけだ』

二人の身体を光が包む。光が晴れた時には、先程までの変哲も無い服装から何処かの儀礼服へと変貌を遂げていた。

『それではミッションを現時刻より開始する』

新たなレイヴンの門出が今、咆哮を上げた。


   ◆


「お互いに健闘を祈りるとしようか」

ビル内部へと投入した片割れが、話をかけてきた。
名前――本名か偽名か、レイヴン名かは不明――がエヴァンジェという男は同じタイミングで試験を受けた事で、こうして共同して試験を受ける事と相成った。
だからと言って馴れ合う事も、一々付き合う必要も無く、目的を果たす為だけに同じ方角を飛行している。

レイヴン。それは管理局の魔導師ではない。
元々は管理局のならず者を利用するだけ利用する為に作り上げられた収監所。
今では破格の報酬と引き換えにあらゆる依頼をこなす傭兵組織へと変貌を遂げた組織、レイヴンズ・アーク。
建前上は管理局下の組織ではあるが、最早それは意味を成さない。

依頼は随時レイヴンズ・アークを介する事で承認され、それ故にあらゆる犯罪組織・管理局極秘情報が蓄積されている。
既に管理局では手に終えない組織にまで膨れ上がり、ならず者たちも一騎当千にまで力を付けていた。

「私は右を担当しよう。ではな」

エヴァンジェが二つの道の右を行く。
元より共に戦うなどと決まってはいない。単に二人同時の試験だからこそ、敵の数が多めなだけである。

と、通路の先に地下の入り口を視認。杖を、インテリジェント・デバイス正面に構えて撃ち放つ。
小さな魔方陣が切っ先で展開するや否や光の奔流が迸り、扉を粉砕。それだけは飽き足らずにその先に待ち構えていた数人を吹き飛ばした。

「ぎゃぁぁぁぁあああああああ?!!」

余波で負傷した者達の悲鳴が木霊す。管理局の魔導師ならば、非殺傷設定で気絶こそすれど死人は驚く程に少なく済んでいただろう。
だが生憎、レイヴンにはその必要は無い。ミッションは敵の"排除"なのだから。生かす理由は、皆無。

破壊した扉の先は広大なスペースが広がっていた。恐らく通信実験にでも用いられていたのだろう。
今はテロリストの武器や違法取引の物資が一角に積み上がっているだけで、非常に戦い易い空間である。

「か、管理局の魔導師じゃないのか?!」

一人が手に持っている機関銃を撒き散らしながら叫んでいる。
扉の前で待ち構えていた仲間がミンチになったのを見た為に、パニック状態に陥っていた。

「管理局の犬じゃない…!? まさか―――レイヴンなのか!!?」

侵入者の姿を見止め、その容姿から正に事実である言葉で叫んだ。
そしてその言葉を肯定するかの様に、一人のテロリストの背後に回ったレイヴンが、デバイスより発振する魔力の刃で胴体の上下を分断。
魔力的な素子で構成されたバリア・ジャケットを羽織っていない人間など、試験で支給されたイニシャライズ・デバイスの出力でも十分である。

レイヴンは謂わば戦争屋。護る事もあれど、基本は人殺し。
金さえ払えば何でもするのがレイヴンなのだ。それを知るが故に、テロリストの魔導師は青褪める。

相手がレイヴンであると言うだけで、最早自分達が誰かに排除されようとしている現実を突きつけられる。
だからこそ、悪足掻きの魔力弾を目の前のレイヴンに叩き込む。広いスペースとは言え、実弾と魔力弾の飛び交う中を掻い潜れる広さでは無い為、その身に数多の弾幕を受け止めた。
魔力の爆発で煙が濛々と立ち込め、天井のスプリンクラーが廃れたビルの残された機能を発揮して鎮火していく。

「やった…!」

周囲が沸き立つ。だが、煙の晴れた先の現実に絶望が叩きつけられる。
顔を庇う様に突き出されたデバイスに、前面に焦げ目が目立ったバリア・ジャケット。

ダメージは、皆無に近かった。

レイヴンとなる為の試験を受けている彼の魔力値は今、管理局のBランクにも及ばない。であれば通常、殺傷設定の攻撃を受け止めて生きている筈が無い。
障壁を展開せずにジャケットだけで実弾・魔力弾を防いで損傷らしい損傷を防いだのは単衣にデバイスの性能が一般とは一線を介していたからである。
使用魔力の高効率化を図り、背面のジャケット装甲を極限まで薄めて全面に集中。例え管理局Bランククラスの砲撃の直撃でさえ、剥がし切れないジャケットを実現している。

それは攻撃の面においても同様であり、例え赤ん坊でさえもほんの小さな魔力指令で、鉄板を貫く砲撃を可能とする。
デバイス単体だけでも、サポートするにしては余りにも高性能。だが、それがレイヴンである者が扱う"武器"なのだ。

「うわぁぁあああああああああああああああ!!!!!!?」

勝てないと悟ると、我武者羅に撃ち捲くるテロリスト一同。
撃てど当たれどジャケットを削る事無く弾かれ続け、魔導師の一人が砲撃で朽ち果て、計らずしも一か所に固まった者達に誘導弾二発を叩き込んで魔力爆発で一掃。

このイニシャライズ・デバイスは基本的な砲撃・誘導弾(ニ発同時発動可)・ブレード発振の三つの機能しか展開出来ない。
新たな魔法を編み込む事は不可能。デバイスのAIも能力補助・高効率化の為にサポートの能力は低い。
当然、様々な機能を組み込む事は可能だが、それはこの試験を乗り越え、レイヴンと成らねば意味が無い。

最後の一人。違法魔導師だけがこの場の最後の獲物となった。

「く、来るなっ! こっちに来るなぁあああああ!!!」

半狂乱の悲鳴と共に彼の足元に展開する魔方陣。そこから出現する魔獣は、召還を意味していた。
低級としては破格の召還魔法を成功させ、それに対してレイヴンは舌打ちをする。
幾らデバイスが高性能とはいえ、魔獣を相手にするには装備も経験も足りない。

だがこれを排除し、後ろの魔導師も屠らなければレイヴンにはなれない。
不足の自体にも常時デバイスを通じて監視している試験官は何も言わない。否、今通信が入った。

『情報に不備があったようだな。だが試験に変更は無い。そのまま続行だ』

くっ、と笑いを零す。砲撃を放つ。振るわれる腕で意図も容易く弾かれたではないか。
誘導弾は性質上、砲撃よりも威力が数段劣る。となれば、ブレード以外に有効な攻撃手段は彼には無い。

自分か魔獣か。先に倒れるのはどちらか。

「此方の方に大物が居たようだな」

予期しない方角から、壁を貫いて最後の魔導師が蒸発した。
使役し、魔力供給で存在を維持していた魔獣も消滅し、全てが終わった。
隣の地下区画からのエヴァンジェの砲撃。同じく支給されたイニシャライズ・デバイスであるが為の同じ形のデバイス・服装の彼が、貫いた壁より出て来た。

『テロリスト全撃破を確認。それなりの腕前だな』

試験官から結果に対する評価が成され、

『認めよう。キミ達は今この瞬間よりレイヴンだ』

新たな二人の鴉へと賛辞の言葉が告げられた。


   ◆

メール受信:3件


 送信者:シーラ・コードウェル
 件名 :よろしくお願いします

 初めまして、レイヴン。
 貴女の担当オペレーターとなりました、シーラ・コードウェルです。

 以後はレイヴンズ・アークの管轄の下でのみデバイスの使用が認められます。
 時空管理局とは異なり、依頼以外でのデバイスの所持及び使用は認められておりません。

 また依頼の是非はレイヴン自身に委託されておりますが、
 私の報酬がレイヴンの依頼の是非によって定まりますのでご理解の程をお願い致します。

 最後になりますが、ようこそレイヴン。レイヴンズ・アークは貴方を歓迎致します。


 送信者:エド・ワイズ
 件名 :初めましてだ。レイヴン

 リサーチャーのエド・ワイズだ。
 あんたに回される依頼の事前調査や依頼後のレイヴンへの事後報告を任されている。
 言ってみればアドバイザーだな。

 早速だがこの間あんた達が壊滅させたテロリスト組織だが、依頼主は管理局からだ。
 極秘開発中のデバイス資料が奴等に盗まれ、犯罪組織に売買される前にレイヴンに依頼を回したらしい。

 場所を掴んだのはいいがあそこは管理局地上本部の管轄化とかの理由で後手後手に回っていた為に、
 業を煮やした一部官僚が漏洩を恐れてレイヴンに依頼した。こんな所だ。

 管理局内部の軋轢が顕著に表れている良い例だ。
 試験ついでに資料を頂いておけばあんたのデバイスに組み込む事も出来たのに、勿体無かったな。

 目標達成後、事態を嗅ぎ付けた陸上部隊が資料を回収。
 表向きは管理局が犯人の潜伏場所を発見、激しい抵抗にあった為に全員を射殺。
 違法物資を押収したとなっている。

 自分たちの所から盗まれた物まであったとはとてもではないが公表出来んな。全く都合の良い奴らだ。

 今後も管理局の尻拭いやら汚れ仕事が来るだろう。舐められない様にすることだ。



 送信者:エヴァンジェ
 件名 :これからはお互いにレイヴンだ

 お互いに無事にレイヴンになれたな。
 今後の依頼次第で互いに共闘することや戦うことになるかもしれない。
 だがお互いにレイヴンとなった身だ。既に覚悟済みだろう。

 では、健闘を祈るよ。

 私は上を目指す。邪魔をするのならば、その時は容赦はしない。
 覚えておきたまえ。




 


Mission 02 : Duck March





 依頼主:UNKNOWN
 依頼 :移送部隊護衛
 報酬 :30000


 緊急の依頼である。

 我々は管理局の目に付かぬように常に拠点を転々としていた。
 だが今回ばかりは此方の情報が漏洩した可能性が浮上し、今現在転移に奔走している次第だ。
 取り敢えずは人員と殆どの機密物資の移送が完了しているが、やはりまだ少し手間取っている。

 そこで万全を期してレイヴンには移送部隊全てが撤退するまでの護衛を頼む。
 杞憂であるのならばそれに越した事は無い。勿論、何事も無かったとしても報酬は支払う。
 もし管理局の連中などが嗅ぎつけて来た場合は戦果に応じてレートを設ける事も約束する。

 では、頼む。


 依頼主がUNKNOWNとなっているのは小規模なテロリスト集団だからだ。
 奴等も奴等なりに頭を捻って頑張っているのだろうが、やっている事は小悪党だな。

 依頼が護衛だからな。部隊に損耗が生じた場合は当然報酬が減額になる。もし戦闘にでもなったとしても気を配れよ。
 例え管理局が嗅ぎ付けたとしても、それ程大規模な部隊を展開する程も無いだろう。だから新人のお前にこの依頼が回ってきたんだろうな。
 労せずに報酬を頂けるかもしれない依頼だ。デバイス強化の足しにするのもいいかもしれん。




ミッドチルダ都市部より離れた森林地帯。嘗て鉱石採掘場として蟻の巣の如く張り巡らされた地下に、彼らのアジトがある。
レイヴンが到着した時点では周囲は慌ただしくも、移送方陣を幾つも展開して物資の移送を行っていた。

『随分と慌ただしいわね。それだけ彼らも必死なんでしょうけど』

(念話)通信より担当オペレータであるシーラの声が届く。デバイスの低いサポート能力の代わりに、彼女がレイヴンのサポート全般を請け負う。
念話だけでは周囲の情報は取得できないが、デバイスが常時周囲の情報をシーラの下にリアルタイムで転送し続ける事で解消している。
レイヴンのイニシャライズ・デバイスの容姿は相も変わらず支給された時のままの無骨な形ではあるが、そこに翼の様な突起物が付加されていた。

『レーダー機能に問題は無し。彼らの生体情報を今転送するわ』

不意に眼前にモニターが展開し、この地下道のマップ上に緑の光点が点滅する。
それは今周囲に居る彼らであり、動きに合わせえて殆どタイムラグ無しで追尾していた。

「――レーダー機能に問題は無い。全て順調だ」

付加された突起物はレーダーパーツ。レイヴンとなった彼に支給された登録祝いとも言えるなけなしの金を使って購入したものだ。
依頼が護衛なのだから常に周囲の情報を得る必要がある。金額をそのままに単純な機能しか備わっていないが、索敵間隔が短いのが長所だ。

『此方でも確認したわ。移送している部隊の他に入り口付近に防衛部隊が展開しているわ。
私たちは侵入者を確認次第、現場へと急行。但し、飽く迄も私たちの目的は移送部隊の護衛。忘れないで』

「分かっている…」

物資を運び続けている彼らをじっと見詰めながら、シーラとのやり取りをする。
レイヴンとなっての初陣とはいえ、こうも何もする事が無いというのも拍子抜けである。

一端のテロリストを間近にして尻尾を巻いて逃げている姿を傍観するのは常人には味わえない新鮮さだ。
魔力探知や消費を抑える為に繁華街で歩いていてもおかしくは無い服装で待機しながらそう思った。

『随分と暇そうね』

「…事実暇だ」

『レイヴンになったばかりの血の気の多さはいいけど、いざ襲撃の際には怖気付かない事ね』

シーラは彼の前に幾人もレイヴンを担当していたのだろう。経験からの助言には重みがあった。
無論、彼女が今こうして新たなレイヴンの担当になっているという事は、先人達の末路は言わずもがな。

轟音。

天井の岩から土が舞い落ちて来る。

『――来たみたいね。楽して報酬だけ頂けるなんて夢は、現実の前には儚いものね』

そう愚痴りつつもオペレータである彼女に届く防衛部隊の情報が次々と彼の目の前にモニターとして表示されていく。

『……管理局のようね』

最前線の部隊がものの数分で全滅。それは殺されたのではなく、捕縛されていた。
モニターには目の前の仲間が突如として生じた光の輪によって縛り上げられる姿が映した次瞬にブラックアウト。

『バインド』と呼ばれる魔術的拘束魔法によって相手の動きと共に魔力の使用すら封じる管理局の十八番。
非殺傷設定の攻撃によって相手の魔力とともに精神力も削り、弱った所でお縄に掛ける。笑えないジョークだ。

『依頼主から通信が入ったわ。
防衛部隊はこのまま後退して外に通じる坑道を全て爆破するそうよ。私たちはそれを突破して来た部隊を迎撃。
移送部隊の撤退に合わせて最後の移送魔法陣で帰還、それと同時に坑道内に仕掛けられた爆弾を全て起爆させるプランが提示されたわ』

かなり物騒なプランである。だがそれ以外に弱小であるテロリストが出来る手段がないのだろう。
その上、依頼を受けたレイヴンが新人。実力があるかどうかすら分からぬレイヴンに命運をかける程に彼らは馬鹿じゃない。

「了解した。これより作戦行動に移る」

光が彼の身体を包み込む。何一つ試験の時と変わらぬ、無骨な儀礼の服を身に纏う。

『レイヴン、"ハヴメル"。ミッション開始』


   ◆


『A-1区画に穴が開いたわ。急行して』

光の無い坑道を眼前に展開したモニターによるナビゲートに沿って飛翔する。
目標ポイントに到着ととともに、未だに中の暗さに慣れていない部隊の一人を砲撃で奢る。
流石は訓練された部隊と言うべきか。二撃目の砲撃態勢を此方に取らせる前に反撃の砲撃の連射が返ってきた。
来た道の坑道に身を隠し、デバイスのレーダーを頼りに誘導弾を二発放つ。

目標に激突寸でで自爆し、闇の中の閃光に図らずしも目を眩ませる部隊に身を隠しつつ砲撃を連射。
相手のバリアジャケットを貫通出来ずとも、エネルギーの熱量が人体を焼くので連続して被弾する者は火達磨となっていた。

『レイヴン。その区画を封鎖するので撤退を』

『了解』

敵を殲滅し切る前に来た道を引き返す。
数秒後には背後で激震が走り、再び穴が塞がれた。

シーラが提案したプランは封鎖した坑道を突破した敵部隊を足止めしつつ、その都度新たに穴を塞ぐものである。
殲滅しつつ穴を塞いでいく事は経験も武装も足りない今のハヴメルには不可能。殲滅に手間取って護衛が襲撃されていては意味が無い。
適度に相手を消耗させ、坑道内に仕掛けられた発破で新たに穴を塞ぐ。責めて来る時間を稼ぐこの案は、実に効果的である。

『向こうはどうやら此方の意図を漸く察したようね。坑道内から完全に撤退しているわ』

安価であるレーダーでも全ての坑道の入口を把握する位置に居ればその役割を十分に果たしてくれる。
管理局の部隊を示していた赤い光点が全て外へと撤退していったのを確認して既に十分以上経過している。
死者・負傷者共に十名近くも出ている。小規模な部隊であれば過半数が失われた計算だ。故に撤退も頷けた。

『――移送部隊が撤退を開始したわ。防衛部隊が最後の発破の準備に掛かってる。レイヴン、撤退を開始して頂戴』

どうやら出番はこれで終わりのようだ。初めての依頼にしては緊張感がそれ程なかった。
管理局の魔導師も大した事は無いのか、と思って了解の旨を伝えようとした次の瞬間。

激震が走った。

『――?! レーダーに感!……一人?

でもこの魔力値は―――!?』

安物のレーダーの観測魔力値は振り切れている。
それは即ち、管理局が認定するランクBクラスの魔導師が出張って来たのだ。
だが観測した数値はそれだけではない。

『速い! 増援にしては単独行動でるからして、執務官の可能性があるわね…。レイヴン、急いで撤退を』

全速飛行で撤退しているが、向こうはそれを数段上回る速度で追撃していた。
それが可能な航空魔導師ならば集団のはずだ。となれば、執務官以外には考えられない。
執務官は常に凶悪犯罪を管轄するエリート。最低でもAランククラスの魔導師ばかり。

実績と経験の差は歴然。新人レイヴンにとって天敵の一つである。

「!!?」

身体の周囲に取り巻く見知らぬ魔力を感知して急速旋回。
案の定、何も無い虚空でバインドを展開している。詰まる所、捕捉されてしまったのだ。

『まだ区画を一つ隔てていたにも関わらずの精密なバインド。気休めだけれど、そこに通じる行動を閉鎖するわ』

眼前の坑道が閃光を伴って爆発し、落石で埋まる。だが数瞬後には雷光が穴を貫いて開通してしまった。

『――レイヴン、このままでは部隊が完全に撤退する前に捕捉されてしまうわ。そこで一分だけ足止めして』

「…それ以外には道は無い様だな」

『部隊の過半数は既に離脱しているわ。無理はしないで、相手の注意を此方に向け続けるだけで十分よ』

強引に抉じ開けた坑道より出でたのは、漆黒の少女だった。
レオタードの羽織るマント。そしてその手に携えている閃光の斧が非常の物々しい。

「――私は時空管理局嘱託魔導師、フェイト・T・ハラオウン」

デバイスであろう斧の切っ先を、此方に向ける。

「貴方を公務執行妨害及び、過失傷害の容疑で拘束します。直ちに武装を解除して投降してください」

笑止。彼女はあろう事か、レイヴンである彼に対してそんな事を宣った。

「貴方には黙秘権があります。不利になる証言は――」

当然、その返礼は魔力砲撃という形で返される。
長く柔らかなツインテールを靡かせて障壁を展開して防ぎ切る。
立て続けに誘導弾を二発左右より放ち、再度砲撃の体勢を取る。

フェイトとか名乗った少女は区画内を大きく旋回して二発の魔力弾を引きつけ、その光の刃で叩き落とした。
直後に届く砲撃を高速移動で回避。ハヴメルは舌打ちをして後退をする。此方に接近しつつ火花を散らした魔法弾を構えるフェイト。

「――ショット!」

その数は十数個。レベルが違う。

三次元を駆使した多方向からの接近は対応し切れない。
誘導弾でどうにか二つを撃墜し、砲撃でも二つを消滅。だが今だに半数以上が顕在している。
展開する障壁に重い一撃を貰い立て続けに着弾。魔力の圧力に耐え切れず、障壁は粉砕。

「ぐぁはっ!!?」

バリアジャケットを容易く引き千切り、身体から加速的に抜けていく魔力に精神が蝕まれる。
全てが着弾した後、優秀なデバイスの高機能のお陰で気絶を免れたハヴメル。

続く少女の斬撃をデバイスの発振するブレードで受け止め、勢いを殺せずに吹き飛ばされて地面を転がされる。
最早、バリアジャケットは装甲の意味を成さずに刈り取られ、魔力も今ので殆どを持っていかれた。
急激に遠のいて行く意識を辛うじて現実に留めておくのが精一杯である。

「――もう貴方は抵抗する力は残っていません。今直ぐに投降してください」

地面に横たわる此方を赤い瞳で見下ろす少女。こんな年端も行かぬ少女に呆気なく敗れるレイヴン。
滑稽だ。あまりにも滑稽だ。この世の不条理が正に今此処にある。悔しいのではない、情けないのだ。こんな惨めな自分が。

『部隊の完全撤退を確認! レイヴンっ、オーバードブーストを起動して離脱して下さい。鉱山を爆破するわ!』

坑道内と言わずに山全体を揺るがす激震に目の前のフェイトは驚いて周囲を被り見る。
その隙を見逃さずに、デバイスのコアが激しい発光に帯びる。続く苦痛を伴う増幅される魔力に従い、爆発的な加速で得てその場を離脱。

驚いたフェイトだが、職務に忠実に追撃して来る。だが爆発的な加速を得たハヴルムと、坑道内の地理に疎い彼女では流石に追い付けない。
況してや激震が酷くなる一方の現状で地理に疎いのは致命的。それに気が付いた彼女はハヴメルに大声で何かを叫んでいるが、周囲の音の前に掻き消されていた。

後ろを顧みずに目指す先は残された移送方陣。
辛うじて魔法陣のある箇所だけが原型を留め、そこ目掛けて身体を叩き込む!

『座標固定! 転送を開始!!』

こうして廃鉱の山が陥没した。


   ◆


メール受信:2件


 送信者:エド・ワイズ
 件名 :災難だったな

 お前をコテンパンにした相手はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。最近頭角を現し出した嘱託魔導師だ。
 管理局提督のリンディ・ハラオウン。そして執務官のクロノ・ハラオウンとは家族関係にある。
 尤も、養子縁組としてついこの間席を入れたのだとか。

 詳しく調べてみると、PT(プレシア・テスタロッサ)事件の関係者だとさ。
 最近まで続いていた裁判では酌量の余地があると無罪を勝ち取り、嘱託として管理局で働いている。
 管理局のランクはAAAクラス。あんな小娘ではあるが、実際に戦ったお前の方が実感した事だろう。

 それからお前のデバイスだが、オーバードブースト(OB)の使用でオーバーホールが必要だ。
 その前にも小娘にかなり酷使されたからな、酷い有様さ。

 OBは文字通りデバイスのリミッターを解除して機能が赦す限り、最大出力で機能する。
 その代わり際限なく術者から魔力を吸い上げるから、諸刃の剣だ。
 今回は撤退時の飛行のみだったからいいものの、まだ初期設定のデバイスには少し荷が重過ぎた。
 まぁ、初期状態だからこそ必要予算が少なめで済んでいるとも言えるが、今後も使う時はタイミングは誤らない事だ。



 送信者:シーラ・コードウェル
 件名 :初ミッション、お疲れ様です

 貴方にとっての初めての依頼は中堅レイヴン並のものとなってしまいました。
 ミッションの詳細はエドから聞き届くので省きますが、今回のミッションは本来ならば赤字でした。

 ですがレイヴンズ・アークは今回の全戦闘データを提供する事でデバイスのオーバーホール費用の全額負担を約束してくれました。
 貴方が相対した嘱託魔導師。レイヴンズ・アークが丁度彼女のデータを欲していたのが何よりでした。

 管理局の魔導師はレイヴンという存在が現場で遭遇した時、犯罪者ともども捕縛しようとします。
 捕まってしまい、場合によってはレイヴンの資格が剥奪される可能性があるので今後は注意が必要です。
 現行犯でなければ、例え顔を覚えられていても管理局とレイヴンズ・アークの取り決めで捕まる心配はありません。

 ですが依頼以外では此方はデバイスを保持していないので、油断は禁物です。




収支結果
 報酬 30000
 特別報酬 3500
 支出(レイヴンズ・アーク負担) - 0
 合計 33500





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