教科書、ノート、筆箱――おおよそ学園生活に必要な物を己の通学鞄に放り込んでいく。

忘れ物は無い、提出する課題は氷雨に借りたノートを丸写し(※しかも適度にワザと間違えている辺り姑息だろう)

している為、課題提出を教師に求められた場合、にこやかに笑いつつ提出することが可能、最早『グゥレイトォ!』

と言う何処かのチャーハンの如しセリフしか出ない程に完璧、パーフェクトすぎる状態。

ウィザードとしての生活は否応無く現実での生活を圧迫し、さもすれば単位が足りなくて留年すると言う危機に真なる

意味で隣り合わせ(※有名な某・魔剣使いは何度も留年したそうな……)の為、提出物はキチンと行って少しでも平常点。

試験での点数が望めない以上、こう言った所でポイントを稼いでおかなければ容赦なく進級できなくなってしまうのだ。

 

 

「――ふふふ、今の俺に抜かりは無い。

 明日の準備も問題ない、仕事の電話は掛かってこない、厄介事を起こす奴も居ない!」

 

 

鞄を枕元に置き、近くのハンガーに指定された制服――輝明学園・海鳴校の制服を掛け、明日に備えて寝る為、ベッドに潜る。

ココの所、任務の連続でロクな休暇など無かったからゆっくりと寝られる事を嬉しく思いつつ、空原は部屋の電気を消そうとして……。

空原は『何か』を感じ、気配を感じた方へと頭を向けると……。

 

 

「…………」

 

 

そこには巨大な本を両手で抱え込んでちょこんと座っている少女が居た。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……誰?」

 

「私は秘密公爵リオン=グンタです。」

 

「あ、そう。秘密公爵……ん?秘密……公爵……!?」

 

 

秘密公爵・リオン=グンタ。

 

一見すると大きな本を抱え込んだだけ(?)の少女、丁度――氷雨とそんなに変わらない位の年齢の少女にしか見えないが

彼女も列記とした『魔王』の一人、ベール=ゼファーと共にファー・ジ・アースに現れ、一緒に行動する姿の目撃例もある。

……そんな事よりも何故、彼女の様な強大な力……前述のベール=ゼファーや最近、復活が囁かれている最高位の魔王。

金色の魔王・ルー=サイファー程の強力な力は無いにしろ、一般の侵魔や冥魔等とは比較にならない程の強さを持つ事は解る。

そんな魔王が何ゆえにこんな場所、しかもよりによって自分の家に居るのだろうか?

 

 

「うおおおおおおおい!?な、何で魔王が俺の部屋に居んだよぉぉぉぉぉ!?」

 

「用があるから来ました。」

 

「く、来るならアポ取って欲しいんだけど!?」

 

「あなたの電話に掛けても出てくれなかったので、こうして出向いてきました。」

 

「んなバカな!?てか、何で俺の携帯の番号しってんだよ!」

 

「全てはこの書物にある通りです。」

 

 

リオンは両手に抱えた本を開き、指を指す。

 

……その本には何が書かれてるんだとツッコミたくなったが、余計な事を聞くと死亡フラグが成立しそうな予感がする。

こう言う時の予感の的中率は80%を超えると解っているからあえて聞かない、聞かない方が身のためだ。

とりあえず、いきなり現れた意外……と言うよりも予想外すぎる相手に敵意は無い様だから空原は一応『客』として扱おうと

お茶請け(※殆どがメイオルティスに食べられた様だが、まだ残っている)を差し出し、ポットの電源を入れる。

その後で寝室兼リビングに戻ると、本を抱えながら両手でせんべいをかりこり齧る彼女を見て和む――が、表情を引き締めた。

彼女は『自分に用がある』そう言ったが、普段から『自分に用がある』系の出来事でロクな目に遭っていない為、今回もまた

ロクな事じゃ無いだろうなと思い、早々にお帰り頂く為に口を開こうとした瞬間……。

 

 

「申し訳ありませんが、あなたを連れて来いとの事ですので。」

 

 

ジーザス、この世には神も仏も無いのか。

 

やっぱりロクな事が無いと内心で思いつつ、この世界で崇め奉られている神々に対して罵詈雑言を並び立てるが、意味は無い。

黒いオーラを発しながら神々に恨み言を吐いている空原を尻目に、リオンは勝手に急須にポットのお湯を注ぎ、湯飲みに緑茶を注ぐ。

そしてそのまま『ずずず』と啜り、飲み干して一息つくと……ドス黒いオーラを絶好調で周囲に撒き散らす空原をつかんだ。

 

 

「では、行きましょう。」

 

「――は!?ちょ、待て!?俺は一言も行くなんて言ってな……」

 

 

どんっ

 

静かな微笑みを浮かべるリオンに押し出された空原の足元にあるのは……穴。

家の中に何でこんな漫画みたいな落とし穴があるのか、と言う疑問を口にするまでもなく空原は奈落へと落ち――はしない。

咄嗟に穴の端をつかみ、奈落に落ちていくのを踏ん張るのだが……そんな事はリオンが許すはずも無く……。

 

 

「えい」

 

 

手に抱えた大きな本、その『角』で、もう一度言おう『角』で落とし穴(?)の端を必死につかむ手を突き刺す。

角による一撃を加えられた空原は『痛ぇ!』と叫んだ後、手を離してドップラー効果な悲鳴(?)をあげつつ深淵へ――。

底が全く見えない程深い穴の中に落ちて行き、その後でリオンも本を抱えて続くように落とし穴へと身を投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の機嫌は非常に悪かった。

 

 

幻夢神・ゲイザーが倒れ、世界を覆う結界の力が弱まった――それは良い、喜ばしい事だ。

だが、そのお陰で昔……気が遠くなるほど昔、至上神が封印した世界・冥界から招かれざる者、冥魔と呼ばれる者が現れ始める。

冥界から現れた冥魔達はウィザードや侵魔等もお構いなしに襲い掛かり、あまつさえ――裏界の大公たる自分に牙を向いた。

自分の力を狙い、我が物にせんと襲い掛かる勇気の在るチャレンジャーの挑戦を快く受け入れ、キッチリと原子レベルで灰にする

私は何と律儀な事だろうか、と自画自賛するのも束の間……次々に現れる冥魔達は際限なく喧嘩を吹っかけてくるのだ。

刺激はあったほうが楽しいが、ここまで来ると楽しいと言う感情を通り越してイラついてくる。

本来ならこう言った手合いを始末するロンギヌスはラース=フェリアへの対応に追われ、ロンギヌスの主たるアンゼロットは不在。

何度も何度も何度も煮え湯を飲ませてくれた柊蓮司もまたラースへと出張中、他のウィザード連中は『うわー、もうだめだー』だし。

 

さて、どうした物かと彼女……ベール=ゼファーは考える。

 

思考を張り巡らせながら何時も愛用している輝明学園の制服(※何で彼女がこの制服を着ているかは不明)を脱ぎ、真っ白な肢体を

晒し、用意しておいたもう一着の制服に袖を通そうとした時……丁度、彼女の頭上にぽっかりと穴が開いた。

普段の彼女であれば気がついただろうが、今の彼女は着替え中故に頭上の空間、真っ黒な穴に全くと言って良いほど気づいてない。

魔王とは思えない可愛らしい笑顔を浮かべつつ、鼻歌を歌いながら輝明学園の女子生徒制服に袖を通そうとして―――。

 

 

「〜〜〜ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああッッッッ!!!?」

 

 

声が聞こえて来たときには既に遅い。

 

ベール=ゼファーはハッとした表情になり、頭上の空間に膨大過ぎる自身の魔力にモノを言わせた魔法をブチ込もうとするが

それよりも早く災厄……先程、リオンの手で落とし穴(?)に落とされた空原が降って来て、そのまま無防備な彼女にメテオストライク。

裏界に存在する彼女の、ベール=ゼファーの居城、しかも彼女以外立ち入ることが許されてない部屋に轟音が轟いた。

 

 

「―――うぐぉ……何だよ、ド畜生め……。」

 

 

落下の衝撃から回復した空原は落着した場所がドコなのか確かめようと周辺を見渡そうとして――自分が少女、しかも半裸。

そんな状態の女の子を押し倒している事に気づき、思考が本気で因果地平の彼方までブッ飛ぶのだが、ここで彼の危険察知能力が

全力でアラートをかき鳴らし、空原もそれに従って押し倒している少女から飛びのくと――魔力の閃光が彼女の手から放たれる。

『轟ッ!』と言う音と共に彼女の手から放たれた銀色の光は天上を容易くブチ抜き、盛大に瓦礫の雨が降ってきた。

 

 

「んなッ!?な、何だ!?どーなって……どぉあぁあぁあぁぁぁ!!!?」

 

 

次々に放たれる凶悪な威力――最早、生半可なウィザード程度ならば即座に消し飛ばされかねない致死レベルにまで達した魔力砲。

空原は必死になって、それこそ恥も外聞もへったくれも何も無い、命さえ無事なら御の字と言わんばかりに走り回り、床を這いずり

迫り来る魔力砲の速射から逃れ、そしてガツン!とある物体……言うなれば衣装ケースとも言うべきソレに直撃し、無意味に厳重に

封印されていた扉が開き、その中から数々の服……否、衣装が雪崩れの如く『どささささー』と崩れてきた。

 

一つ、薄いピンクのナース服。

 

一つ、ふわふわ、ひらひらのフリル過多な白と黒のメイド服。

 

一つ、丈が短い……いわゆる、ミニスカ型の着物。

 

他にも色々と――何と言うか、コスプレ衣装的な物があったのだがそれらに対して訝しげな表情を浮かべた瞬間……。

 

 

「み、見るなぁぁぁぁぁぁッッッ!!!忘れて!忘れなさい!!今すぐ見たものを忘れなさい!!!」

 

 

切羽詰った少女の声が聞こえたかと思えば、ガシッと首を掴まれた。

スリーパーホールド?そんな生易しいものではない、このまま首を圧し折るぞコラ的に全力で力を込められている。

 

 

「ぐぇぇぇ……解った……解ったから手ぇ……離せ……し……死ぬ……。」

 

「るっさい!!あんたが!記憶を!失うまで!シメるのを止めない!!」

 

「記憶を失う前に……命を失う……ぐぇ……。」

 

 

空原が最後に見たのは――顔を真っ赤にした涙目の魔王の姿だったとか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で?あんたは何でココにいるワケ?ここは私の城なんだけど?」

 

 

あれから数分後、ベール=ゼファーが空原を本気で殺す寸前でリオンが現れ、彼女の頭に本の角による殴打を加えた

事で何とか正気を取り戻し、生死判定が必要そうな空原へと回復魔法を放って蘇生処置を行った後、ベール=ゼファーは

米神に青筋を張り付けながらも復活した空原へと『何故、ここに居るのか?』を尋ねた。

 

 

「いや、俺もリオン=グンタ?にいきなり来いって言われて、部屋の中に落とし穴作られて突き落とされたらココにいた。」

 

「……エラい脈絡に欠ける説明ね。」

 

「事実は小説より奇なり、とは良く言ったモンだ。」

 

 

ベール=ゼファーことベルは自分の玉座(?)に腰を掛け、ジト目で空原(※正座状態)を見ながら――ふと、ある事に気づく。

空原の中に強烈な力を放つ『何か』が存在し、その『何か』が彼の至る所――全身に魔力的な力を張り巡らせている事に……。

その事実に気づいたベルはニヤリと子悪魔的……言わば何時もの悪巧みを思いついた時の様な笑みを浮かべて空原に手を伸ばした。

何事かとたじろぐ空原を『大人しくしなさい』と一言で押さえつけ、空原の胸に手を当てた瞬間――。

 

バヂンッッ!!

 

雷が弾けた様な強烈な火花と閃光が迸り、ベルがかざした白く美しい手から滴り落ちる――鮮血。

ベルは空原の中に流れる力を探ろうとした瞬間、彼の中に流れる力――『夜明けの光の如き金色の魔力』によって阻まれる。

体内に侵入してきた魔力のラインを通じ、空原の中の魔力はベルへと攻撃をしかけ、そして……彼女を傷つけるのだが理解した。

 

空原が『金色の魔王・ルー=サイファー』の強烈な加護を得ている事に。

 

 

「――驚いた。アンタ、ルーの落とし子だったの?それも飛び切り強力な……」

 

「ほぁ?……って、その手どーしたんだよ!?」

 

「大したこと無い――うきゃっ!?」

 

 

大した事は無い、と官能的な表情を浮かべて滴る血を舐め取った瞬間に……空原が月衣から取り出したと思われるハリセンが

振り下ろされ『スパーンッ!』と果てしなく爽快な音がベール=ゼファーの、魔王の城に響いたと同時にベルは頭を抑えて

『何すんだコルァ、ディバイン・コロナで焼くぞ?』的な視線を空原に投げかけるが空原は既にいない。

何時の間にか怪我をしている手の傷口を何らかの薬品で殺菌消毒し、そしてガーゼと包帯を巻いている始末。

 

 

「礼は言わないわよ。」

 

「ハイハイ、ツンデレツンデレ。」

 

「――あァン?」

 

「嘘です、ごめんなさい、お願いだから魔法撃とうとしないで。真面目に死ぬ。」

 

 

治療(※する必要は無いのだが)が終わった後、ベルは空原に問いかける。

 

 

「アンタ、自分が落とし子なのは解ってる?」

 

「んー……漠然となら。でも、俺って落とし子って言うの?それと別な気がする」

 

「どうして?」

 

「落とし子ってさ、何か体に悪そうな技使うだろ?俺にはそれが無いんだよ。」

 

 

体に悪そうな技と言う何とも微妙な表現をする空原に内心ツッコミたくなるが、それを精神力で押さえつけた。

それよりも――自分と同じく魔王と契約する事で力を得て、強大な力をもたらす代償として様々な害悪が降りかかる『落とし子』

人でありながら侵魔に限りなく近い彼等が侵魔の力を完全に振るう事は出来ない、人である部分が侵魔の力を拒む事による反応が

様々な害悪となって蝕むのだが、空原はそれが無いと言っている。

 

 

「どう言う事?私達、魔王と契約する事で限りなく侵魔に近い存在になるとは言え、あんた達は人間。

 人間が私達の力を振るう事は出来ない、それを出来るようにする代償としてあんた達で言う害悪が付きまとうんでしょ?」

 

「一般的にはそうだよなぁ、でも、俺の場合――何かさ、ワケの解らん光が『ぱー』って溢れて消し飛ばしちまうんだ。」

 

「ワケの解らん光……興味深いわね、ちょっと見せてくれる?」

 

「誰に技使うんだよ。」

 

「私に。」

 

 

好奇心をバリバリ刺激されてますと言わんばかりの表情を浮かべるベルに何を言っても無駄だろう。

そう理解した空原は『どーなっても知らんぞ』と一言呟いた後、自分の月衣からウィッチブレードを取り出して構える。

対するベルは涼しげな表情で得物を構える空原を見据え、ニコニコしながら『早く撃って来い』と暗に言っている様だった。

……空原はそんなベルの要望に応えるべく、両手で握るウィッチブレードを振りかぶり――その刀身に呪われた力を。

侵魔のドス黒い力を纏わせ、一気に振り下ろすと同時に刀身から闇色の剣圧を彼女に向けて飛ばした。

『闇翔ける殺意』と称されるこの技、侵魔の瘴気と己の殺意を敵へと向けて放ち、対象を呪い殺すのだが――相手は魔王。

絶滅社ともう一人のハードワークによって数々の戦いに参加し、それなりの力はあるのだろうが……魔王に通用するのか?

答えは『NO』であり、空原が放った漆黒の刃は彼女の、ベール=ゼファーのかざした手に弾かれ、霧散する。

彼が放った攻撃は見事に無効化された物の、ウィッチブレードに残る瘴気と呪いの残霧が力の代償を欲し、得物を握る空原へ

襲い掛かった瞬間――それは起こる。

 

 

「――!」

 

 

ベルは見た。

 

黒い瘴気と呪いが空原へと襲い掛かった瞬間、彼の体から一瞬だけ黄金の光が発せられ、瘴気と呪いの残霧を焼き払う様子を。

……大なり小なり加護と力を魔王より授けられる落とし子でも、彼が『特別な力』を与えられた存在である事は理解できた。

問題は彼の保護者(?)であるルー=サイファーが何の目的で彼に力を授けたのか、何を企んでいるのか……。

 

 

「これで良いのかー?」

 

「ええ。……アンタの力は良く解ったわ。」

 

「それは良かった……あ、あと聞きたいことあるけど、良い?」

 

「何よ?」

 

「落とし子ってさ、プラーナの力使えないの?」

 

「……はぁ?」

 

 

何言ってんの?的な表情を浮かべるベルに空原はこう答える。

 

 

「いや、他の皆がバンバンプラーナの力使ってるのに、俺だけ?

 何かさー、プラーナの力を使おうとしても使えないんだ。」

 

「プラーナが使えないって……あんた、今、生きてるわよね?」

 

「何だよそれ。」

 

「プラーナは生きている物――人間、侵魔、冥魔、動物、草木、何でも備わってる物。

 ウィザードともなればその含有量は今言ったそれ等よりも多い筈だし、使う事も容易い。

 そのプラーナが使えないとなると……あんた一体、何者?」

 

「俺はガンダムだ!」

 

「殺すわよ?」

 

「嘘です、ごめんなさい、謝るから魔力を収束するの止めて。マジで怖い。」

 

 

ふざけた事を抜かすアホを黙らせつつ、ベルは再び空原へと魔力を走らせた。

とりあえず、彼の中にもきちんとプラーナ、生命の根源たる力は普通に存在している物の、それは――別の力。

ルー=サイファーの魔力によって強固に封じられている様な状態である事をベルは突き止める。

恐らく、プラーナを強固に縛るこの魔力の存在があるからこそ、空原はプラーナを使う事が出来ないのだろう。

 

――使う事が出来ないのならば、奪う事は出来るのか?

 

何気なく生まれた疑問を解決すべく、ベルは空原からプラーナを抜き取ろうと――再び魔力を走らせる。

一般の、あえて言うならばザコ級の侵魔・冥魔が行うプラーナ収奪では無く、一級の魔王が行うプラーナの収奪。

生半可なウィザードであれば即座に存在すら消し飛ばされるだろう、その行為を……空原はやはり受け付けない。

ベルよりも上位の存在、ルー=サイファーの加護は彼女の力ですら跳ね除け、宿主のプラーナを守っていた。

 

 

「……ふぅん、そう言う事ね。」

 

「何?何か解ったのか?」

 

「簡単な事よ。ルーの力があんたのプラーナをガッチリ掴んで離さない。

 つまり、あんたは何者にもプラーナを奪われない代わりにあんた自身もプラーナを使えない。」

 

「……なんちゅー微妙な力だ。」

 

「体内にヤンデレを飼ってると思って諦めなさい。」

 

「うげぇ」

 

 

しかし、プラーナを奪われないとはとんでもない稀有な能力……プラーナを奪われない?

 

ベルは『空原はプラーナを奪われない』と言う能力、最強クラスの魔王である自分からもプラーナを奪われなかったと言う

空原の力の使い道を見出し、ニヤリと子悪魔的な笑顔を再び浮かべ、うんうん唸っている空原を引っつかむ。

 

 

「ぐぇ……ちょ、何しやがるんですかい?」

 

「あんたに仕事をあげるのよ。」

 

「ちょ!?タダでさえハードワークなのに、これ以上仕事が増えると仰るか!!」

 

「あんた、私の裸見たでしょ?それ、言いふらして良いの?」

 

「絶望したッ!!神も仏も無いこの世に絶望したッ!!」

 

「はいはい、解った解った。……リオーン、電車の時刻表見てないであんたも来るの!」

 

「――はい、大魔王ベル。」

 

 

部屋の隅で電車の時刻表を眺めていたリオンは立ち上がり、空原を掴んで飛ぶベルを追う――。

 

 

 

 

 

 

 

空原の襟首を掴んだベル、そしてリオンの二人が来た場所は――何も無い、裏界特有の禍々しい草木も、侵魔の気配も無い。

真なる意味での荒野……死の大地、万物に宿るプラーナが吸収されて命の宿る事の無い地へとやって来た二人(+1人)

ベルはこの地に来てから僅かではあるが自身からプラーナが流失している事を理解するが……『何時もの事』なので放っておく。

そんな中でちらりと空原を見てみるが、やはり彼の体からプラーナが流れる事は無く、淡い金色の光が彼を覆い、一面に広がる

不毛の大地、その『主』たる存在の力……生命の根源たるプラーナを際限なく吸収すると言う力から守っていた。

 

 

(――アゼルのプラーナ収奪まで受け付けない……ルーは何を考えてコイツに力を与えたのかしら?)

 

 

荒廃の魔王・アゼル=イヴリス。

 

周囲から無差別に、そして無尽蔵にプラーナを吸収し、ルー=サイファーへと供給する一種の『プラーナタンク』とも呼べる存在。

強烈と言う言葉が馬鹿らしくなるほど強力極まりないプラーナ収奪能力を黒い帯状結界にて押さえ込んでいるが、それでも完全に

プラーナ収奪能力を押さえ込める事は無く、周囲から徐々にプラーナを吸収し続けていた。

……そんな彼女は事あるごとに付け狙われる事が多く、挙句の果てに誘拐される事もしばしば起こったりする。

彼女のプラーナ吸収能力を狙っての事なのだろうが……彼女のプラーナ吸収能力、吸収したプラーナの供給のプログラムと言うべき

物はルー=サイファーによって作られた物だから、一連のシステムを書き換える事は不可能だと断言しても良いだろう。

それよりも問題なのは――何の因果か、それともルーの気まぐれかは解らない、とにかくアゼルは『ヒロイン生命体』なのだ。

先程にも述べたとおり、事在るごとに誘拐されるわ、悪巧みに利用されるわ、その力を狙われるわ……。

最早、魔王の一人と言うよりもどこぞの配管工が出てくるゲームの毎度毎度同じ存在にさらわれる姫の様な存在。

手っ取り早く自分の近くに置いておけば良いのだろうが、プラーナが思いっきり吸われて遠かれ早かれ枯渇するのは想像できる。

 

そこで出て来たのが空原だった。

 

プラーナ収奪の影響を全く受けないコイツをアゼルの傍に置き、護衛させる。

……まぁ、自分やリオンに比べると余りにも弱いのだが、無いよりはマシな程度?

番犬やセ○ム程度には役に立ってくれるだろう、と言うのがベルの見識だった。

 

 

「さて――問題の人物は……っと。」

 

「どーでも良いけど、めっちゃ苦しいんスけど?」

 

「我慢しなさ――あ、居た居た。」

 

 

目的の人物を発見したベルは高度を下げつつ、手荷物代わりに抱えていた空原を放り投げ、笑顔で――オロオロしている彼女。

荒廃の魔王・アゼル=イヴリスへと手を振るが……彼女はベルと打ち捨てられた空原を交互に見て……こう、何ていうのだろうか?

保護欲と加虐心をかき立てる表情を浮かべているアゼルへと『何時もの様に』挨拶をする。

 

 

「やっほー、アゼルー。」

 

「べ、ベル……。」

 

「どうしたのよ、そんなにうろたえて。」

 

「だ、だって……。」

 

 

雨に濡れた子犬の様な表情(?)でアゼルは裏界の大地に突っ伏している空原を見た。

 

 

「ここに居たら危ない。あの人、消えちゃうよ?」

 

「あー、大丈夫。あいつ、特別製だから。」

 

「――え?」

 

「あいつね、何でか知らないけどプラーナを奪われないのよね。

 私でもあいつのプラーナを奪えなかった位だから、問題は無いと思うわ。」

 

 

ベルはそう言いながら『ほら、さっさと起きなさい』と地面に突っ伏した空原にゲシゲシ蹴りを入れる。

その様子を見たアゼルはやはりオロオロして、ベルと一緒に付いて来たリオンに助けを求めようとするが彼女は読書中。

今度はどこかの地方のローカル線、その時刻表と線路図を眺める事で忙しいらしく、完全にノータッチ、孤立無援。

ど、どうしよう……と呟いてやっぱりオロオロしていると、ベルの蹴りを喰らっていた空原が起動した。

 

 

「――神よ、俺が何をした?」

 

「日ごろの行いが悪いからよ。」

 

 

ベルの蹴りを喰らっていた脇腹をさすりながら立ち上がり――オロオロし続けているアゼルと目線があった。

……そのまま互いに静止する事十数秒、いきなり鼻を押さえて顔を真っ赤にした空原は自分の月衣から服。

任務に着ていく絶滅社製の特殊作戦で使用されるベストを取り出し、アゼルに放る。

 

 

「あ……え、えと……?」

 

「その格好、どーにかしてくれ!目に毒過ぎるぞ!!」

 

「ど、どうにかしろって言われても……私、この格好以外できないから……。」

 

「んなバカな!?」

 

 

ぶっちゃけ、アゼルの格好は――素肌に下着もつけずに包帯でぐるぐる巻きにしただけ、と言えば早い。

少女から大人になる過渡期、あどけなさと美しさが両立する年頃の少女の姿形ではあるが――その体は既に成熟している。

特に胸に膨らみに掛けては最強クラスの魔王・ベール=ゼファーですら太刀打ち出来ない『圧倒的じゃないか……』と言わん

ばかりの大きさを誇り、アゼルが動くたびに柔らかくソレも動くが……女性にとって羨望のまなざしを集めるソレは青少年。

年頃の健全な男子たる空原にとって凶悪な代物、正に凶器に過ぎない、色々な意味を含めて。

 

 

「と、とりあえず――ベール=ゼファー!」

 

「何よ?」

 

「俺をここまで連れてきた理由は何だ!?この子に俺の持ち芸を披露しろってのか!?」

 

「自虐ネタなら十分披露してるじゃない。」

 

「うるせぇよ!?」

 

 

ベルが連れてきた空原――ベルと似ているようで全く違う、怒ったかと思えば落ち込み、落ち込んだかと思えばまた怒る。

表情がコロコロと変わる彼を見たアゼルは自分が『友達』だと思う誰とも違うタイプの人間に興味を引かれ、彼を観察する。

 

 

「ほら、アンタの性でアゼルが呆れてるでしょ。」

 

「俺か!?俺の性なのか!?」

 

「あんた以外、誰が居るの?」

 

「目の前のへっぽこ。」

 

「んなッ!?だ、誰がへっぽこですって!!?」

 

 

低レベルな漫才はそのまま低レベルの喧嘩に発展し、空原はベルのこめかみに『うめぼし』を食らわし、ベルは空原の頬を

思いっきりつねっている。……なお、リオンはやはり『我、関せず』の姿勢なのだろう、今度は別の鉄道雑誌を読んでいた。

アゼルは苦笑交じりに二人の間に割って入り、とりあえず頭に血が上っているベルを引き剥がそうとするが、剥がせない。

……どうしよう、と再びオロオロし始めた所で雑誌を読み終えたのだろう、リオンが本を閉じて立ち上がると徐に二人へと

近づいて――閉じた本で頭を軽くハタき、二人を鎮圧した。

 

 

「落ち着いてください、二人とも。このままでは話が出来ません。」

 

「り、リオン……あんたねぇ……。」

 

「空原勇、あなたにお願いがあります。」

 

 

今まで沈黙を保って(※ただ時刻表や鉄道雑誌を読んでいただけだが)いたリオンが口を開き、依頼してきた。

聞いた内容はこれまた凄まじく、何でも彼女・アゼル=イヴリスは事在るごとに狙われたり、誘拐されたり散々な目にあっている。

保護者(?)たるベルの手元に置いておけば一番安全なのだろうが、アゼルのプラーナ収奪の影響を否応無しに受けてしまう為に

遅かれ早かれプラーナは彼女に吸収されてしまうから手元には置けない、精々、一定期間ごとに彼女に会いに行く事しか出来ない。

 

……そこで、アゼルの強烈なプラーナ収奪の影響を一切受け付けない空原の出番と言う訳だった。

 

彼女の影響を全く受けない彼を傍に置く事でアゼルを危険から遠ざけようと画策しているらしい。

だが、この行為は当然――人間、ウィザード達への裏切り行為にも等しい行為なので、それ相応の報酬の用意もあると言う。

ついで言うならアゼルは魔王だが『手出しさえしなければウィザード達に攻撃をしかける事は無い』比較的、穏やかな魔王らしい。

 

 

「――解って頂けたでしょうか?」

 

「……解ったけどさ、もしも俺が『アゼル=イヴリスの討伐』なんて命令が降りたらどうすんの?」

 

「その時はあなたの判断にお任せしますが……あなたが武器を振り上げるなら、我々もそれ相応の態度を取らなければなりません。」

 

「うへぇ、魔王を敵に回したくねぇなぁ……命が幾らあっても足りゃしねぇ。」

 

「どっちを選んでもあなたにとって危険である事に変わりないとこの書物に……。」

 

「絶望したッ!!」

 

 

どの道危険である事に変わりないらしい。

 

溜息をつきつつ、ちらっと問題になっている魔王、アゼル=イヴリスの表情を伺うと……どこか不安げな表情を浮かべている。

……魔王と接触しただけでなく、魔王の護衛を依頼されるなど、絶滅社の上に知られたらまず抹殺されかねない事だろうが

頼まれた物を断るのも気が引けるし、依頼を断ればここに勢ぞろいしている魔王三人に『フルボッコ☆』される事も十二分に

考えられる、選択肢などあって無い様な物じゃねぇかと溜息をつきつつ、空原はアゼルに歩み寄る。

 

 

「ええと?俺、勇。空原 勇。一応、ルー=サイファーの落とし子らしいんだ。」

 

「――え?」

 

「自己紹介、長い付き合いになりそうだからまずは自己紹介から。」

 

「あ、う――うん。

私はアゼル、アゼル=イヴリス。……その、迷惑をかけるかもしれないけど……よ、よろしく……お願いします。」

 

 

保護欲をかき立てて仕方が無い不安げな表情を浮かべつつ、空原に自己紹介を行ったアゼル。

 

 

「――――」

 

「……どうしたの……な、何か……不味かったかな……?」

 

「き――」

 

「……き?」

 

「君の存在にィッ!!心奪われたァッ!!!」

 

「いきなり何を言い出すのよアンタはッ!!」

 

 

不毛の大地に魔法と悲鳴と――笑い声が響く。

空原がボケてベルが突っ込み、そしてアゼルがそれを見ながら笑顔を浮かべる様子を見たリオンは優しい表情で三人を見守る。

……こうなる事は初めから解っていたが、実際に目にしてみると関係の全く無い自分まで嬉しく思えてくるから不思議。

さてと、と彼女は呟いて本を抱え――突っ込みにしてはあまりに痛そうな魔法を連射するベルを止めるべく、彼女の元へと向う。

 

 

 

 

こうして二人は出会った。

 

 

そして――世界滅亡の危機を告げる時の歯車が真に動き出す。

 

 

孤独な魔王と金色の加護を受けた者。

 

 

彼等二人と裏界、そしてファー・ジ・アースと言う世界を舞台にした物語は真の意味で幕を開けた……。

 

 

 

 

 

 

<あとがかれ>

 最近、NWを打てば尺が長くなるという妙な現象に陥り、落としどころが解らなくて困るユウでございます。

セブン=フォートレス・メビウスのアドバンスも出て、トドメにシェローティアの空砦も発売され、ますます過熱気味

ではありますが、それ等の一切を無視して(?)ひたすら我が道突き進む私のシナリオ……。

さて、今回ですが――皆大好きな魔王三人に出てもらい、今後の伏線というかなんと言うか……も張りました。

これからもなるべく、面白いと思われるモノを打って行きたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

 

>>ゼンザイ様

 人のダイス目すら手中に収める小暮様のキャラ――と言うか、原作で活躍したウィザードは基本的に出るか解りません。

これは『私の暴走と妄想と浪漫の詰まったナイトウィザードを喰らえ!』と言う訳の解らんコンセプトと隠し味(?)で

造られているから……でも、アンゼロット様は出したいなァ(ぁ

 

 

>>パープルアイスウルフ様

 クレさんのスタイルは言うまでも無くアタッカーでございます……どんだけアタッカー居るんだよ orz

パソコン版については一応、パソゲーを扱う店を回って探したのですが……HPを見て、やる気が消え失せました。

石田先生、みかき先生のキャラ画・イラストに引かれて入門したNW、何ですかあのキャラ画はぁぁぁぁぁ!

特に主人公のやる気の無いツラを見て、一気に興味のきの半分まで削り取られました。








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