「おい、氷雨ェッ！！何なんだよ『アイツ』はァッ！！！」
「解らん――が、少なくとも私達にとって友好的な存在ではないらしいな。」
空から降り注ぐのは雨――その一発一発が明確な敵意と殺意を以って放たれた魔力の矢。
禍々しい黒と紫の『闇』を凝縮して槍状にして放たれた物、虚無を圧縮して弾丸とした物。
二種類の魔力砲撃が雨のごとく降り注ぎ、氷雨と空原を追い詰めていた。
「冗談じゃねぇ！野良ウィザードってレベルじゃねーぞ、アイツは！！」
「それどころかウィザードでもない……全く、得体の知れない敵ほど厄介な物は無い！」
二人して闇の槍、虚無の弾丸の雨を掻い潜り、偶然にも存在していた岩……二人分位なら何とか身を隠せそうな
大きさの岩影に滑り込み、呼吸を落ち着かせながらも敵対している者――本来、自分達が戦う筈だった者とは
『明らかに違う』存在……しかし彼らが知り、ウィザード達の共通の敵である『侵魔』でも無い、今までと違う
異質な敵に戸惑いつつ、前方から攻撃を仕掛けてくる『奴』を倒さない限り、自分達がやられてしまうと言った事は
十二分理解しているのだろう、二人は何を思う訳でもなく『時』を、目の前の敵が隙を見せるその時を待ちながら
作戦を立て始める。
「――勇、これは私の推測だが……ここに居たのだろう、野良ウィザード達は………。」
「俺達の前でバカバカ魔法をブッ放すあの気色悪いスライムだか何だか解らん奴に喰われた、とでも言うのか？」
「ああ。私達はここに野良ウィザードの排除ないし、キツイお灸を据えにやって来た訳だが……居たのは『奴』のみだ。」
「――召還されたのか、紅い月を通ってやって来たのか解らんが『あっち』から『こっち』に来てみれば目の前には餌。
とりあえず、それなりに強いプラーナを持ったウィザードが目の前に居たから、とりあえず喰ってみた――な乗りかよ。」
「その通りだ――で、とりあえずウィザードを食ったのは良いが、まだまだご満足していない様子。
そんなところにやって来た私達……後は言わずとも解るだろう？」
「解りたくもねーけど、アイツは俺たちを餌として見てる訳か。」
「ご名答、その通りだろうな。」
氷雨は自分が纏う月衣―――現実と言う概念から自分の周囲を切り離す結界より……六連装の大きなシリンダーを備える銃。
否、銃と呼ぶには少々大きすぎるその得物、リボルバー式のグレネードランチャーを取り出し、そして構え、前方から絶え間無い
魔法攻撃を行ってくる『敵』に対して発射し、攻撃ないし動きを抑制する目的で次々と装填された榴弾を放ち続けた。
激しい爆発音と共に巻き上がる土煙、そして襲い掛かる爆風と火炎が容赦無くスライム状の敵に押し寄せるが、決定打には程遠い。
氷雨は強化人間特有の常人よりも遥かに優れた眼で土煙の中に居る敵が健在である事を見据えた後、六発撃ち切ったグレネードランチャー
を素早く月衣の中に放り込み、長い銃身と無骨極まりない概観を備えた携行可能な大砲とも言うべき代物――アンチマテリアルライフルを
取り出し、流れるような動作で初弾を装填し、トリガーを引く。
「勇、私が援護するから君は―――」
「あいよ、了解。……ご、誤射だけはすんなよ！？」
「誤射してしまったら私の胸を触らせてやる、それで良いだろう？」
「………割に合わねーと思うのは俺だけか！？」
爆音を撒き散らしながら下級のエミュレイター程度ならば一撃で粉砕する事が出来るだろう代物を苦も無くバカスカ撃つ氷雨に
言葉を投げかけ、空原も自分の月衣から己が使う武器――両手でも片手でも扱える長剣、バスタードソードを抜き、構え、そして敵に。
強烈極まりない砲撃を喰らって体勢を崩している（※スライムの様な液体状の物に体勢があるのか不明だが）敵に突っ込んでいく。
……剣を構え、突っ込んでくる空原に気づいたスライムは攻撃の態勢、魔法による砲撃を放とうとするが、氷雨の砲撃がそれを許さない。
「ありがとな、氷雨！」
氷雨の支援砲撃によって苦も無く接敵する事に成功した空原は握る剣の柄を両手で掴み、振り上げ、そして振り下ろす。
風を、空を切り裂きながら振るわれる刃はドコとなく禍々しさを漂わせるスライムの一部を容赦無く斬り飛ばし、彼の者の体の一部だった物
は暫くの間、宙を舞い、そして大地へと『ベシャッ！』と言う液体を地面に叩きつけた様な音を立て、溶けるように力無く広がっていく。
空原は敵の体の一部を斬り捨てた後も行動を止める事無く、全身と腕を連動させた――熟練の剣士の如し動きで更に握る剣を振るった。
横一文字、袈裟、唐竹……空原の刃が敵を切り裂く度に体の一部が地面に叩きつけられ、粘性の液体で構成された敵の姿は徐々に小さくなる。
………だが、ここで異変が生じる。
空原の攻撃で斬り落とされた敵の体の一部が――その姿を人型へと代え、一斉に襲い掛かってきたのだ。
「げぇッ！？そ、そんなのアリかよ！！？」
現れた多数のスライム人間（※仮称）に驚愕しつつ、襲い掛かるそれ等と応戦しながらその場を離れ、体勢を立て直そうとするが――出来ない。
物量に任せて四方八方から襲い掛かって来る為、迎撃する事も回避に専念する事も困難な状況にある為、打開策を頭で考えながら剣を振るう空原。
――そんな僅かな思考時間の隙を突き、スライム人間の一匹が手にあたる部分を針状にして突き出す……事は出来なかった。
絶妙なタイミングで氷雨の援護砲撃が入り、空原を攻撃しようとしたスライム人間の上半身をふっ飛ばし、貫通した砲弾が更にもう一匹を吹き飛ばす。
「すまねぇ、氷雨！」
「礼は良い！離脱して体勢を立て直すなり、君の力で一網打尽にするなりしろ！」
ライフルとは名ばかりの大砲を抱え、そして何事も無くトリガーを引いて人間は愚か、建造物の壁ですら容易くブチ抜く凶悪な銃弾……。
否、砲弾のレベルに達しているだろうソレを吐き出させつつ、空原の周囲に存在するスライム人間の頭、胴体を吹き飛ばして行く氷雨。
――完全な乱戦状態にあるにも関わらず、自分を誤射する事無く、そして確実に敵を射抜いていく氷雨の能力に感謝しつつ、空原は自分の
握っているバスタードソードに意識を向け……己の『力』を、敵対する存在を喰らい、破壊する力を振るう『限りなく侵魔に近い存在』で
ある『落とし子』としての力を解放し、手にした剣から――いや、全身からドス黒く禍々しい闇のオーラを立ち昇らせ……。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ！！！」
空原が吼えると同時に体から立ち昇っていた闇のオーラ……あらゆる者を等しく蝕み、滅ぼす瘴気がスライム人間達に襲い掛かった。
落とし子が持つ力、侵魔が持つ瘴気を開放する事で広範囲の敵を攻撃し、呪いにも似た力でその動きを束縛する『惑乱の渦』と呼ばれる
一撃に晒された彼等の大半は黒き瘴気の喰らわれたか、辛うじて耐える事が出来た固体も居たが直後に氷雨の砲撃によって存在を否定される。
……一通りのスライム人間を喰らい尽くした黒き瘴気は役目を、哀れな供物を喰い散らかしただけで飽き足らず、まるで意思を持っている
かの様に今度は空原へと纏わり着き、空原からも代償を奪い去ろうとするが――瞬間、空原の『内側』から放たれた『金色の光』
万物に宿る生命の力『プラーナ』の輝きとは全く違う眩い光が放たれ、空原に纏わり着こうとしていた黒き瘴気を完全に焼き尽くした。
「―――っしゃ！氷雨ェ！！」
「任せてくれ――では、これでＳｈｏｗ Ｄｏｗｎと行こうか、スライム君？」
両手で抱えているアンチマテリアルライフルを片手で回した後、右手で銃のグリップを掴み、左手を本体に添えた。
――砲口の先に存在するのは謎のスライムの姿、しかも何か行動を起こそうとしているのだろう、粘液状の体がぶるぶると震えている。
何を仕出かそうとしているのかは解らないが、少なくとも自分の一撃によってこの世から『サヨナラ』する事は確実だ。
氷雨は殺意も何も排除した無色透明、ある意味では無我と言って差し支えない意識の中、己が手にしている無骨な得物のトリガーを
引き、目の前に、砲口の先に存在する敵を葬らんとするが……彼女がトリガーを引くよりも早く、スライムは行動を行う。
空原に斬り飛ばされ、そして無残にも斬り落された自らの体を代償にして手駒を揃えたのは良かったが、それも瞬く間に倒された。
最早、戦う力すら残ってない様に見えた敵だが、それは早計だったと氷雨は思い知るのは敵が攻撃を放つ瞬間を直に見た時だ。
スライムの『核』に相当する部分だろう球体から闇を凝縮した巨大な波動が撃ち出され、自分目掛けて飛んでくるのが目に入る。
しくじったと認識した時にはもう遅い、今からでは放たれた攻撃を避ける事は難しいだろうと認識した氷雨は咄嗟にライフルを掲げて
迫り来る闇の波動に………耐えようとした所、横から何者かに突き飛ばされる。
「―――なっ！？」
「貸し一って事にしておいてやるよ！！」
何時もと変わらない笑みを浮かべ、氷雨を突き飛ばした空原はそのまま闇の波動の『直撃』を受ける事になった。
スライムの核より放たれた闇の波動は空原に襲い掛かった瞬間、どす黒い紫色の魔力が爆裂して周辺に崩壊した魔力の傷痕を刻む。
……先程の魔力の爆裂によって抉り取られた大地を見れば解るだろう、スライムが放った攻撃が凄まじい威力があった事を。
一般の人間ならば原子レベルで吹き飛びそうな、例えウィザードであっても喰らえば致命傷になりかねない一撃を貰った空原は
『何とか生きている』と言う状態であり、気休め程度の盾として使用したのだろうバスタードソードは刀身が折れ飛んでいた。
「勇ッッ！！！」
「―――俺は良い！まだ死んでねぇ！！」
「しかし―――！」
「構うな！！ンな事より、アイツをぶちのめせ！！
あの攻撃を二度も受けたくねぇし、今度喰らったら俺が消し飛ぶ！！」
片膝をつき、荒く息をしながら空原は氷雨に叫んだ、敵を倒せと。
「………勇！」
「―――ぁ？」
「後一分我慢しろ。その間に………奴を始末する！」
ドン！と言う音と共に氷雨の体から吹き上がる金色の……プラーナの輝き。
その金色の輝きは意思を持っているかの様に彼女が手にしたアンチマテリアルライフルの銃口へと集まって行く。
……準備は整った、氷雨はそう言わんばかりにライフルのマガジンに収められていた砲弾を装填。
『ジャコンッ！』と言う凶悪な音を立てながら銃身内部の機構がマガジンから砲弾を押し上げ、砲撃準備を行った。
「幻想舞踏・第一幕！」
ガゴォンッッッ！！！
周辺の大気もろとも大地をブチ砕かんばかりの爆音がぶちまけられたと同時に銃口から一筋の閃光。
黄金の光を纏い、音速の壁を突破して衝撃波を伴いながら飛翔する――砲弾は銃口の先に存在する哀れなターゲット。
再び収束した闇を放たんとしていたスライムを貫き、現存していた体の半分を吹き飛ばした。
「幻想舞踏・第二幕！！」
しかし氷雨の攻撃は終わらない。
続けて次弾が放たれ、更に粘性の半固体・半液体で構成された体が吹っ飛ばされる。
「――――幻想舞踏……終幕ッッ！！！」
体の殆どと言って差し支えなかった粘性の液体の様な物質、彼の武器であり防具でもあった物は剥ぎ取られて
核の部分のみとなった所で――核に慈悲の無い、手加減も何も無い、本気で『殺すだけの一撃』が加えられる。
強化人間として生み出された存在が一度の戦闘行動で三回のみ使用可能な技巧――『幻想舞踏』
自身のプラーナを使用する事で自身の能力を極一時的に極限まで引き出す事を可能とするこの技巧は掛かる負担が
凄まじいが自身が望む時に発動させる事が出来ると言う強みを持っている……よって氷雨は使った。
目の前に居る怨敵を抹殺せんが為に最大級の殺意を込め、命の輝きを糧に発動する幻想舞踏三発による攻撃をスライム
にぶち込み―――最後の一発、終幕と叫んだその攻撃がスライムの核を容赦無く粉砕し、敵は断末魔を上げる事すら許されず
その存在が否定され、まるで『初めから何も無かった』かの様に消え去った………。
「―――私の『友達』を傷つけてくれた礼だ。地獄があるならそこで懺悔しろ。」
存在を否定されたスライムが包容していたプラーナが結晶となり、かつんと硬質な音を立てて地面に落ちる。
氷雨は砲口から硝煙立ち昇るアンチマテリアルライフルを月衣の中に放り込み、代わりに円筒状の物体。
……シンプルだが妙に頑丈そうな外観を持ったソレの蓋を開け、地面に転がっているプラーナの結晶体を蹴り上げて
結晶体を円筒の中に収め、流れるような動作で蓋を閉め―――。
「む、無駄な動作と共に物品回収は良いが……俺の事、忘れてないか……。」
ゾンビが現れた。
「―――何を言う、私が君の事を忘れる訳無いだろう？」
「その空白は何だよ！？」
「気にするな、私は気にしない――と言う奴だよ。
君も小さな事に一々カリカリせずにもっと大きな心をだな……。」
「こっちは死に掛けてるんだっつーの！？」
「その割には元気そうだが――っと。」
がくん、と力が抜けたように崩れ落ちる空原をとっさに抱える氷雨。
とりあえず、ボケる段階はもう終わったと言わんばかりにプラーナを回収した容器を月衣に収納。
次に懐に入れていた０−Ｐｈｏｎｅを取り出し、自分の仕事場――絶滅社にコールする。
「……すまねぇ。」
「気にする事は無い――もしもし、桐村だ。
……ああ、イレギュラーな事態は起こった物の任務自体は完遂した。
早く迎えを寄越して欲しい、連れが重傷……何？何時もの事？
うむ、否定できないのが痛いな。」
「そこは否定しろ！？ってか、俺がいっつも重傷なのはテメェの性だろうが！！」
「私なりの愛情表現だ。」
「普通な愛情表現をしやがれ！！」
空原に肩を貸し、先程の連絡で知らされた――迎えが来るポイントまで足を進め、他愛も無い会話を行う一方で
氷雨は先程の敵……強化人間として今まで、様々な能力・形状を持った侵魔と戦った事があるのである程度の者は
判別つくのだが、今回交戦したスライムは自分が戦ってきた侵魔、特にスライム状の物とは『違う』敵だった。
……スライム系侵魔の亜種なのか、とも思ったがやはり『違う存在』であると彼女の思考は演算結果を弾き出す。
「――雨、氷雨？」
「……ああ、すまない。ちょっと考え事をしていた。」
「さっきの奴の事か？」
「うむ。……アレはただのスライムに順ずる姿の侵魔では無い、明らかにそして極めて異質な存在だ。
今までに戦った事のあるスライム種侵魔の新種か亜種かとも思ったのだが……どうだろうな。
絶滅社に戻った時、データベースを見て調べてみる事にしよう。」
「……そ、その前に俺の回復を……」
「そんな事はどうでも良い！」
「良くねぇよ！しかも断言すんじゃねぇ！！」
―――氷雨が感じた『何か』
それは決して彼女の勘違いで無ければ、思い違いと言った物でも無い。
この世界に現れる侵魔と言う存在とは『異なる闇からの使者』は確実に存在する。
彼等が何の目的でこの世界に現れようとしているのかは解らない。
――ただ、彼らが新たな火種となる事は明らかだろう。
だが、今は……傷ついた彼らに休息を―――。
後書かれ
おはようございます、こんにちは、こんばんは、ユウでございます。
『私的のＮＷの偉い人』に相談して氷雨のマイナーチェンジを図る度に彼女が重武装化するのはこれ如何に？
……いや、ぶっちゃけると強化人間は射撃系の戦闘職だからあかりんが如く、射撃系の箒を持たせるのが一番
だと言う事は解りますが、そうなると今度は『あかりん乙』と言われかねないので、それを避ける為の処置と
して作者大好きのアンチマテリアルライフルを持たせたり、一通りの銃火器類を所持させたり………。
最早、遣りたい放題好き放題やってます、フゥハァハァハァー キャラ製作は地獄だぜ！（何
……こんなダメ作者ではございますが、どうぞよろしくお願いします。