「なのは、待って―――!」

 「待ってられない! 待ってられる訳がないよ!!」




  フェイトの制止も振り切って、なのはは全速で空を駆けていた。

  陣耶の転移魔法で街の反対側まで跳ばされた彼女たちはその直後、湾岸部方面で光が天と地を貫く光景を目撃している。

  街への被害が無かったのは奇跡と言えるだろう。だが、あの場に一人残った彼はどうなった?




 「陣耶くん……!!」




  最悪の光景が浮かび、頭を振ってそれを拭う。

  違う、そんなはずはない。きっと無事だから、何でもなかったかのように笑ってくれるはずだから。

  そしたら、また心配かけさせてって思いっきり文句を言って、これからは無茶しないようにって注意して。




 『……』




  レイジングハートは応えない。

  何故なら、彼女自身既に結果が分かっているからだ。機械ゆえに、同じものの反応を感知することができるから。

  そのセンサーが残酷な事実を告げている。だがそれを言ったところで自分の主は止まらないし、信じようとしないだろう。

  分かっているからこそ彼女は押し黙る。何の助けにもなれない自分を不甲斐なく思いながら。




 「っ、見えた……!」




  ほどなくして視界に入る湾岸部。

  全速で駆け抜け、辿り着いたその場所に―――




 「……ぁ」




  ただ茫然と、なのはは立ち尽くすことしか出来なかった。

  陣耶もいない。無色もいない。

  やって来た彼女以外、誰一人として存在しない海鳴の湾岸部。

  冷たく吹く潮風が、気温の影響を受けないはずの身体を冷やした。

























  始まりの理由〜the true magic〜
        Stage.25「取引しましょう」

























 「陣耶くんがMIA、なあ……」




  やって来た報告に一同は押し黙らざるを得なかった。

  MIA。戦場におけるそれは実質的な戦死扱いのそれである。

  普段はポジティブシンキングなはやてでさえ陽気な声はなりを潜めていた。




 「申し訳ありません。私が居ながらもあいつの行動、止めることが出来ませんでした」

 「……ええ、しゃあない。私らの中で誰が一番勝手に突っ走るかなんて、論ずるまでもないし。本気で動いたら止めるのも難しいし」

 「しかし、そのような問題では……」

 「分かっとる。分かっとるから」




  シグナムを手で制し、下がらせる。

  報告が終わったそこに降りる沈黙に誰もが途方もない重みを感じていた。

  一人―――正確には二人と一機が居なくなっただけでこの雰囲気。これがもし死んでいたならなどというのは正直考えたくもない。

  そんな中で。




 「あ……あの」




  おそるおそる、今まで沈黙していたエリオの手が挙がった。




 「陣耶さんを捜索することって、できないんでしょうか……せめてあの付近を徹底的に調べるくらいは」

 「ん、当然その程度はやるつもりや。とはいえそれ以上に手を出せへん状況でもある。具体的な状況が分からん限りはそれで打ち切るしかない」




  冷酷に言えば、そんな程度に構っている暇がないのだ。

  人が死んだかもしれない。確かにそれは調べる必要があるだろうが、何も分からなければそれ以上をする意味もないのだ。

  誰か一人が死んだとしても、世界や社会は滞りなく回り続ける。

  ただの一市民に対して時間を割き仕事を滞らせることと、そちらに対して割り切って仕事をこなすこと。社会で言う正義は後者だろう。




 「ただ、流石に嘱託魔導師の行動をそこまで束縛する権利もこっちにはない。そこに関してはなのはちゃんの好きにしたらいいんやけど……」

 「大丈夫。私もみんなに迷惑を掛けるような真似をするつもりはないよ」




  おや、となのはの答えにはやては思う。

  彼女のことだから今すぐにでも飛び出して駄目元で探しに行くのではと思っていたのだが……予想していたよりも彼女は落ち着いていた。

  一緒に現場まで行ったフェイトから聞いた話では、あの場に着くまでのなのはの焦りようは滅多に見ないものだったらしいが。




 「……無理、してへん?」

 「……ほんと言うと、やっぱり心配なんだけどね」




  でも、と彼女は続ける。




 「もしも陣耶くんが彼にあのままやられちゃったのなら、何も見つからないってことはないと思うんだ。

  それにあの時見た光景が確かなら、陣耶くんはあの攻撃に対して確かに対抗していた。そのまま跡形も残らず、っていう可能性はやっぱり低いし。

  何より、あの場で死んじゃうような無茶をトレイターさんやクラウソラスが許すとは思えないから」




  それは確かにそうなのだろう。だが同時に希望的観測であることに違いもない。

  なのは自身、それは分かっている。それでもなお信じると言ったのは彼女なりの譲れない一線なのだろう。

  そして彼女がそう決めた以上、はやてが言うことはもう何も無かった。




 「ん、了解や。そんなら私からはもう何も言うことは無いよ」

 「ありがとう」

 「……ほんとに、いいのかな」




  特に親しい人物はそれでいいらしい。が、エリオとしてはやはりもう少し捜査してみるべきではないのかとどうしても思ってしまうのだ。

  子供らしく上の人が言っているからいいやと思えないのは彼自身の美徳か、それとも心配性なのかはさておき、道徳的に考えればエリオの意見は正しい。

  それを超えるのが信頼なのか、そういうものをまだよく知らないエリオには分からないし理解ができない。

  アニメや漫画のような展開といえば聞こえはいいが、実際に目の当たりにすると違和感ばかりが付き纏う。




 「そんな顔しなくても大丈夫だよ」

 「スバルさん……」

 「不安なのは誰だって一緒。だけどそんな顔してたらさ、陣耶さんが帰ってきたときに笑われちゃうよ?

  『なに馬鹿なことで心配してんだ。子どもは子どもらしく元気に笑ってりゃいいんだ』ってさ」

 「……確かに、ほんとにそう言われちゃいそうですね」




  付き合いは確かに短いが、それくらいは普通に言われそうだと思う。

  それでもってそう思えば笑われてたまるものかと反骨心が頭を上げてくるから不思議だった。

  つまりは、慰められたのだろう。暗い顔をしているものだから心配させたらしい。




 「……大丈夫ですよ。心配しているだけじゃ駄目ですよね」

 「心配するのもいいけどね。それで暗い気分になってちゃ悪い結果しか出ないからさ、信じよう。そしたらきっといい結果が待ってるからさ」

 「そうですね……うん、スバルさんの言うとおりです。心配するよりも信じた方がいいんですもんね」

 「そうそう。きっと何食わぬ顔して帰ってくるからさ、そのときは一緒に言ってあげよう。『なにみんなに心配かけてるんですか』ってさ」

 「はい」




  そうだ、心配し続けるよりも信じる方がずっといい。

  大丈夫だ。あの人はきっと生きている。そう信じると決めて、エリオはビンの牛乳をヤケ飲みしているキャロの元に向かった。

























                    ◇ ◇ ◇

























  最初の感覚は痛みだった。

  身体の中をムカデでも這いずり回っているかのような、それでいてざくざくと刺されるような痛みがおぼろげな意識を無理やり引き上げてくる。




 「……ぁ、っは……っ」




  漏れ出た声は掠れてまともな音にすらなっていない。

  ヒュ、と吐き出すような荒い吐息だけが出てくる全てだった。身体の感覚など痛み以外に存在しない。

  どうにも自分は倒れているらしい、と他人事のように思考が働く。

  悶絶したくとも出来ないような痛みに苛まれながらそんなことを考えている辺り余裕があるのかないのか……もしくは慣れか。

  慣れだとすれば嫌過ぎる慣れだなあと考えて……




 「―――ぁ」




  皇陣耶は目を覚ました。




 (どこ、だ……?)




  声は出ない。身体は動かない。

  かろうじて動かせるのは首と眼球程度。魔力もほとんど尽きており、リンカーコアもまともに働いてはいなかった。

  首を動かす。

  視界に移ったのは自然だった。生い茂る木々と、頭上から差し込む木漏れ日が今の彼には場違いすぎる印象を与えた。

  さて、いったい自分はどうしてここにいるのだろうか。それを考えようとして、




 (あー……そういや、そうか)




  秒も待たずに思い出す。

  あの時、あの瞬間、あの場にいた他の者たちに残らず退場してもらってから無色の攻撃を迎撃するために向かったのだと。

  とはいえ取れた手段もそう上等なものではない。

  未だ未調整だったリミットブレイクで出力を底上げした全力放射をぶつけ、軌道を上方へと転換させたというだけである。

  しかし、その余波だけでも至近距離にいた陣耶には途方もない威力だったのだ。

  皮膚が焼け落ち、骨が砕け、肉が千切れる。致命的な音ばかりが耳に届いていた。だけどそれでもと必死に軌道をそらし続けて……

  気がつけばここに倒れていた。前後の記憶があやふやで思い出せるのはそこまでだ。




 (トレイター、かね……ったく、頭が上がらねえ)




  おそらくは最後の瞬間。攻撃をそらし切るか否か、自分の身体が砕け散るか否かの瀬戸際で自分を転移させたのだろう。

  吹き荒れる魔力の煽りを受けて思い通りに跳ぶことは出来なかったようだが……生きを拾えただけでも上等と言うべきだ。

  だが状況は決して楽観視出来そうにない。誰もやって来そうにない森の中に一人きりという今の状況は非常にまずい。

  トレイターに念話で呼びかけようにも魔力はなく、リンカーコアも動かず身体も動かない。ないない尽くしで泣きそうになる。




 「が……ぁ……」




  それに加えて今でも身体はぎちぎちと悲鳴を上げている。気を抜けば意識を持っていかれそうなほどの激しい痛みが思考を妨げる。

  しかしなんとかして止血だけはしないといけない。このまま気を失って出血多量など冗談ではないのだ。

  そう思ってどうにか身体を動かそうとして―――




 「あ……れ……?」




  包帯が巻いてあった。というより、既に応急処置はされていた。

  これもまたトレイターだろうかと考えたが、違う。彼女の魔力と気配は自分の中にしっかりと感じている。

  だとするなら、これはいったい誰が……?




 「あら? もう目を覚ましたのね」




  そして唐突に響く声。高さからしておそらく女性。




 (誰、だ……?)




  軋む首を声の方角へと向ける。

  木々の向こうからこちらを見やる女性―――ピンクの長髪が特徴的な女性が両腕に何かを抱えながらこちらにやって来ていた。

  地球の一般と比較して、更にこの森林の風景を鑑みてもあまりに不自然な近未来的なジャケットを着込んで。




 「ぁ……た……」

 「はいはい、無理に喋ろうとしない。あの状態からここまで回復しただけでも十分奇跡的なんだから、ちゃんと横になってないと知らないわよ」




  言って、陣耶の傍に屈んだ女性は両手に抱えた草花、木の実などを広げていく。

  それらを慣れた手付きで扱いながら血で濡れた包帯を取り換えていく。

  持って来たのは薬草の類なのか、傷口に絞った汁などを落としてきて悲鳴を上げそうになった。




 「……これでお終い。まだまともに喋れないだろうから寝ていた方が建設的よ? 心配せずとも疑問には答えてあげるから」

 「……はい、そーですか、と……言え、る……かよ……」




  黙っていた分だけ気力が回復したのか、どうにか言葉を音にするところまでは出来るようになった。

  まだ話せる程には回復していないと思っていたのか、女性は途切れ途切れでも言葉を発した陣耶に若干驚いた表情を向けている。

  まだ気を抜いてはいけない。

  トレイターもクラウソラスも共に全く反応がないこの状況で安穏とはしていられない。

  何より、逃がした者たちの安否も知れずに寝こけることなど陣耶にはできない。




 「手当……ありがと。また、ちゃんと……礼は、する……」

 「あのねえ、そんな様ではいそーですかと行かせられるわけないでしょ」




  無理やり起き上がろうとする陣耶を彼女はやんわりと押し止めた。

  今の陣耶は動くだけでも相当な痛みを伴い、ほんの少しとはいえ力を入れて押されればその激痛たるや想像を絶するものである。




 「がっ、ぐ……っ」

 「悲鳴一つ洩らさないなんて気丈ねえ……それだけ痛みを我慢できるならもうちょっとだけ辛抱してくれない? ちゃんと動けるようにしてあげるから」

 「……」

 「嫌だ、って顔してるわね……まあそれもそうか」




  その少女は未だに動こうとする陣耶を指先で抑えながら……




 「置き去りにしてきた人たちが心配でならないものね」




  そんなことを口にした。




 「……ぁ?」




  なんだそれは。それは確かにその通りだが、おまえがそれを知っているのは違うだろう。

  心配なのは事実だ。置き去りにしたのも事実で、帰ればお説教は免れないだろうという確信がある。

  だけど、どう考えても初見の女性がなぜ、俺があいつらを置き去りにして来たことを知っている―――?




  ただでさえ薄い思考が混濁していく。

  疑念、焦燥、困惑。感情と思考がない交ぜになりより意識を遠ざけていく。




 「あら、当たり? 適当に言ってみても結構当たるものね。なんにせよ、あなたはここに居てもらわないと困るんだけど」




  その言葉の意味も、真意も分からない。

  冗談なのか裏があるのかの判別もつかず、鈍る至高に合わせて瞼も重さを増してくる。

  ただ静かな笑みを浮かべてこちらを抑える女性を、陣耶は見ていることしかできない。




 「お休みなさい外れた人。休む時はきっちり休まないと後悔するわよ」




  そこが限界だった。

  明滅を繰り返していた視界は完全に落ち、再び眠りの暗闇に沈んでいく。




 「ってあー! ちょっと、怪我人にナニしてるんですかーっ!?」




  最後に聞いたのはそんな、やはり雰囲気にそぐわない騒がしい声だった。

























                    ◇ ◇ ◇

























 『―――システム復旧開始』

 『過負荷より回復。停止していた機能を逐次再起動』

 『機能走査―――異常なし。外装走査―――破損あり。自己修復を開始します』

 『システム走査―――エラー』

 『正体不明のプログラムを感知。消去します』

 『―――エラー。消去できず』

 『エラー。消去できず』

 『エラー。消去できず』

 『エラー。消去できず』

 『エラー。消去できず』

 『エラー。消去できず』

 『―――対処を保留。システムに影響を与えないように隔離したのち、走査を再開します』

 『システム走査―――異常なし』

 『システムを再起動します』




















 『プログラム起動』

 『認証を承認。回路を形成します』

 『―――接続』

























                    ◇ ◇ ◇

























 「……」

 「どうかしたか、『理』の」

 「いえ……」




  ふと、『理』の構成体はあらぬ方角へと顔を向けていた。

  何か見えたわけでもなく、何かを聞いたわけでもなく、それでも弾かれたようにその方向を見ていた。

  いや、正確には方向などない。ただ全く分からない方向から何かを感じたから振り返ったのだ。




 「なぜか……呼ばれた、気がして」

 「呼ばれた、か」




  『理』の構成体の言葉に『王』の構成体は腕を組む。

  態度は尊大に、しかし決して見下すわけでもなく問いに対して返答する。




 「砕け得ぬ闇が我らを催促しているのかもしれぬな。あれもまた、我らと同じく闇を望んでいるのやもしれん」

 「……私たちと同じく、ですか。確か砕け得ぬ闇というのは」

 「我の記憶が正しければ『大いなる翼』と呼ばれていた代物のはずだ。システムU-D―――アンブレイカブル・ダーク。

  読んで字の如くだな。まったくもってそのままだ」

 「ええ、何の捻りもあったもんじゃないです」

 「ホントにねー」




  呑気に返ってくる声はレヴィ―――『力』の構成体から。

  彼女ら三人は行動する場合、基本的に一組になって動く。今回もその例に漏れず全員が同じ目的の下に動いていた。

  遥か上空から見下ろす地上には遺跡。かなりの年月を過ごしたのか、遺跡そのものは殆ど風化している。

  その場所に三人は重力を感じさせない動きで降り立った。




 「……物体の風化具合から見て八百年、といったところでしょうか」

 「ちょーどベルカの騒乱時代の物だねー。あの博士もわざわざこんなところ見つけるとか物好きだなー」

 「こんな場所だから、だろうさ。この地には未だにかの戦乱の残り火が在るということだ」




  遺跡の周囲には見事に何もなかった。

  建築物はおろか、木々の一本も生えてはいない。砂のみが広がる世界―――いわゆる、砂漠という場所だ。

  降り注ぐ日差しの強さは普段彼女らが感じるそれとは段違いの強さで照り付けている。とはいえ、バリアジャケットの関係であまり暑さは感じていないのだが。




 「こんな砂漠のど真ん中にぽつんとある遺跡……確かに意味ありげだけどさ、そんな大昔の物が今も生きているのかな」

 「さて、それは実際に調べてみないことにはどうとも」

 「そうだな。それではとっとと目的を済ましてしまうとしようか」




  言うが早いか、『王』の構成体は魔法で風化した遺跡の一角を吹き飛ばした。

  派手な爆音と衝撃が響いて、それだけで遺跡が軋みを上げる。




 「……もう少し加減されては。遺跡が崩れて目的の物が埋もれてしまうと掘り返すのに骨が折れます」

 「そんなヘマはせぬよ。まあいざとなればレヴィが掘り返してくれるだろうさ」

 「ぬ、僕は雑用じゃないんだけどな」




  穿たれた大穴から堂々と三人は遺跡の内部へと侵入する。

  そこは何とも殺風景な石造りの通路だった。役目を終え打ち棄てられ、朽ち果てるのを待つばかりの死んだ場所。

  光も射さず、風が吹くままに風化し続けてきた壁や天井は触れればそれだけで崩れてしまってもおかしくはない。

  そんな倒壊寸前の遺跡を三人は気にも留めずにひたすら奥へと歩いていく。

  途中にあったであろう罠などは例外なく機能が壊れていた。長年放置され続けた、これも朽ちていく歴史の一部なのだろう。

  だから―――奥に辿り着くまで、それほど苦労はしなかった。




 「……着いたな」




  視界が開ける。

  石造りの通路が終点を迎え、遺跡の奥にあった一つの部屋へと足を踏み入れる。




 「広いですね」

 「思いっきり走り回れそうだなー」




  『理』の構成体とレヴィが言うように、そこは広大な空間だった。

  既に朽ち果てるのを待つのみだった遺跡の奥に未だ存続していたのが不思議なほどに広大で、かつ整った空間。

  広さにしておよそ五百メートル四方。

  それだけの広さを誇っておりながら床や壁、天井には亀裂や劣化、風化などの老朽化など見て取れない。

  それどころか、ここが作られて間もないような―――まるで出来立ての工芸品を見せられているような錯覚に陥るほどこの場は整っていた。




 「これもまた、今は喪われた古代の技術と言ったところですか」

 「だろうな。あの大戦から数百年もの間、人の手も無しにこの場を保つなど今の時代の誰も成し得ぬだろうよ」




  これこそまさしくオーバーテクノロジーと言って構わないだろう。

  既存の枠を超えたもの、かつて存在し失われたロストテクノロジーの一端がここにある。

  ある、たった一つの物を残すためだけに。




 「そして―――それ程の技術を用いてまで残し、後世に伝えたかったものが……これですか」




  呟き、見上げる。否、見渡す。

  この空間を。一面に広がる石の壁を。

  そこに描かれた、刻まれた―――




 「―――これが、古代ベルカ戦争」




  大いなる災厄を呼んだとされる古代ベルカ戦争。

  それが、この空間一帯に描かれていた。

























                    ◇ ◇ ◇

























  陣耶が目を覚ましたのは、あれから丸一日経過してからだったらしい。

  らしい、というのは目を覚ました時にやはり傍にいた桃色の髪の少女に聞いたからであり、もしかすると多少のズレがあるかもしれない。

  とはいえそんなことを気にしていられるような状況でもなく、それなりに回復した陣耶がまず第一に取り組んだことといえば―――




 「うへえ……この実、にがぁ……」

 「文句言わないの。この辺りに群生している物で栄養価は高いんだから」

 「へーへー。良薬口に苦しと言いますからね」




  もっしゃもっしゃと身体に栄養を取りこむことだった。ぶっちゃけて食事である。

  手にする木の実は件の少女がそこらから獲ってきた物であり、曰く栄養価だけは結構なものなので腹に詰め込むならこれにしろと勧められたのだ。

  その物言いに嫌な予感を覚えながらも口にした結果、壮絶な苦味に襲われた訳だが……




 「しっかし……ほんと、ここどこなんだ?」




  見渡す限りの木、木、木。

  樹木が鬱蒼と生い茂る森のど真ん中にでもいるのだろうか。陣耶も地面に落ち葉を積んでシートを敷いたところに寝かされていた。

  一日経ったらしいが、だというのに風景が変わっていないのは果してこの場に放置されていたからなのか単純に森が広すぎるのか……

  その答えを期待して少女に問いかけてみたものの、




 「さあ? まあ管理世界じゃないことだけは確かね」

 「って、おまえも分からないんかい!」




  トーゼンよー、と胸を張る少女。そんな反応返されても困る。

  管理世界云々を語る以上はそっちの関係者であることは確実なのだろうが、それだとどうして吹っ飛ばされた自分を保護するなんて流れになったのかさっぱりだ。

  わざわざ知らない場所に赴く必要性があって、偶然そこに飛ばされてきたなどという偶然が果たしてまかり通るものなのか。




 「……ま、疑問については相方が帰ってきたら説明するから」

 「相方?」




  そういえば意識を失う直前になんか騒がしい声を聞いたような、と今更ながらに思い出す。

  視界も霞んでいてよく分からなかったが、声からしてやはり女性なのだろうか。

  ……ほとほと女性と縁多い人生だと陣耶は思う。そのうちホントに刺されやしないだろうかと寝ぼけたことを考える辺り見た目以上に余裕はあるらしい。




 「相方、ね。どういう奴なの?」

 「そうねえ……お節介で、お人好しで、熱血で、猪突猛進?」

 「なんという主人公属性」

 「あー、そうねえ。確かに性別違ったら題材にして主人公張れそうな漢気あるわー。正直もう少し女性としての嗜みってものを持ってほしいんだけどねえ」

 「そーいうキリエはもう少し自重というものを覚えるべきだと思います!」

 「お?」




  ぐわーっ、と吠えるように戻ってきたのはやはり女性だった。声からして、おそらく寝る前に聞いたものと同一の。

  桃色の長髪をウェーブにして伸ばしている方とは違い、赤い色の髪を三つ編みにして伸ばしている。

  チシャ猫の印象を受ける桃色だが対してこちらは元気はつらつといった風な―――彼の知り合いで例えるならばスバルに近いものがあった。




 「どうもすみません。妹が何やら失礼なことを言っていませんでしたか?」

 「ああいや別に……って妹? つまり相方っておねーちゃんな訳?」

 「イエース。私の姉、アミティエ・フローリアンでーす」

 「ちょ、普通それは自分から言うものでしょうに……!」




  喚く姉―――アミティエの抗議もなんのその。妹であるらしい桃色少女はどこ吹く風で右から左に聞き流している。

  そんな状況が陣耶を置いてけぼりにして五分ほど展開されて―――疲れたアミティエはゼーゼーと肩で息をしながら一応の停戦を申し込んだ。




 「くっ……とりあえず今日のところはここまでにしておきましょう。いい加減に話を進めないといけませんし」

 「あ、俺忘れられてなかったんだ」

 「えー、私がアミタの言うことを聞く義理なんてないしぃー」

 「うう……私、おねえちゃんなのにこの扱い……と、とにかく話を進めましょう。

  改めまして、私はアミティエ・フローリアンと申します。気軽にアミタと呼んでください。

  そしてピンクで桃色なこちらが妹のキリエ・フローリアンです」

 「よろしくー」




  こんな空気で全く物怖じしない辺りそういう性格なのかよっぽどの大物なのか。

  チシャ猫の印象は間違ってなかったなと思いながら陣耶もまた自己紹介を返す。

  いや、正確にはしようとした。




 「治療してもらって助かった。俺は―――」

 「皇陣耶さん、ですよね」

 「は……?」




  思わぬ事態に間抜けな声が漏れた。

  こちらから名乗った覚えはない。だというのに相手はこちらの名前を寸分違い無く当ててきたのだ。

  まさか財布の中の適当な証明書でも見られたのかと考えて思わずポケットに手が伸びる。

  それをキリエは面白そうにケラケラと笑っていた。




 「やーねー。いくら治療したからって他人の財布を勝手に覗いたりしないってばー」

 「どこまで本気なのだか……」

 「む、失礼するわね。何ならほんとに治療費を請求した方が良いのかしら」

 「マジすんません治療して頂き誠にありがとうございます」

 「よろしい」

 「えー……説明、よろしいでしょうか?」




  どぞどぞ、と先を促されてアミタが咳払いを一つ。




 「とりあえず、なぜ貴方の名前を私たちが知っているかというと……端的に言って調べたんですよ、貴方のことを」

 「調べた?」

 「そう、なにもこうして私たちが貴方を見つけたのは偶然ではないんです。確固たる目的があり、そのために貴方に接触を図った」




  つまり彼女は陣耶の持つ何かしらに用があるということだ。

  人脈か、知識か、経験か、目的か。

  中でももっとも単純かつ分かりやすい、理由としては妥当なものを一つ、陣耶は保有している。




 「わざわざ俺に用ってことは―――目的は白夜の書か?」

 「お察しの通り、私たちは白夜の書―――正確にはそれの保有する解析の機能をお借りしたいんです」




  白夜の書の持つ高速学習機能。

  物質、非物質に関わらず情報を集積、解析し記録することで学習していく白夜の書の持つ特化機能。

  古代遺失物として扱われるほどの魔導書だけはあり、その集積速度や精度は現存する技術に追随を許してはいない。




 「わざわざ解析を頼むってことは、何か不発弾みたいなもんでも抱えてる訳?」

 「いえ、別段特に危険があるという訳ではないのですが私たちにとって死活問題になると言いますか……」

 「用件だけ述べるとね、それを使ってあるエネルギーの解析をしてもらいたいの。その上で、魔力をそのエネルギーに効率よく変換する術が欲しい」

 「魔力を、別種のエネルギーに変換……?」




  別に、それ自体は何も珍しくはない。

  魔力の変換資質など有るくらいだ。炎だの電気だの氷だの風だの、魔力はやり方次第で大抵のエネルギーに化かすことが出来る。

  だというのにわざわざそんなことを持ちこんでくるとすれば、全く未知のエネルギーか研究所でしか扱わないような危険なものか……




 「ま、いきなりこんな話を持ちかけられても困るわよね。怪しさ満点なのは自覚してるし」

 「そらあ、なあ……」

 「とはいえ、こっちには危ない所を治療してあげたっていう貸しがあるんだけどお……」

 「ぐ……」




  流石にそこを突かれては陣耶も唸るしかない。

  受けた借りは返すのが主義だ。とはいえ何も分からずに手を化すのも少々躊躇われる。

  それ以上にトレイターが了承するかどうかという問題もあるのだが……




 「だから、チップを一つ追加させてもらうわ。出血大サービス」




  と、そこでキリエが悩む陣耶を見透かしたように燃料を投下する。

  さながら消えかけた火に薪をくべるかのように。

  上手く乗せられている、と思いながらもオウムのように聞き返すことしか出来ない。




 「チップ……?」

 「ええ、そう」




  ニヤリ、とまたもやチシャ猫のような笑みを浮かべるキリエ。

  薄く笑いながら、彼女は続く言葉を口にした。




 「取引をしましょう」



























  Next「そんな人に嘘、つきたくないじゃないですか」
























  後書き

  明けまして滅尽滅相―――もとい、おめでとうございます。ツルギです。ていうかもう二月だぜー!

  更新止まったと? しかし書くのだ、どれだけ時間が掛かろうとも……!

  はい、いつもながらの亀ですみません。

  今回はまたもや陣耶が遭難しました。どんだけ遭難好きなんだろこいつ。

  あと二年ほど前のクリスマスに投下していた小ネタにあった通りにギアーズ登場! 出せた、出せたよこの二人を……!

  さて、あとはユーリだ(ぇ

  あくる三月には2ndA'sが発売ですねー。今月は禁書ラッシュがありますが、楽しみです。



  それではありがたい拍手へお返事をば



  >とりあえず、このシリーズのカリムさんが好きすぎるw


  自分もカリムさんは大好きですッ!

  金髪清楚なお人がこうもぐーだらだったりしたたかだったりだとギャップ萌えがしますよね?



  >ここまでいくと第三期くらいが凄いことになりそうですな。

   楽しみにしてますぜ、いろいろと(笑)


  ヒィ!? き、期待に添えるように頑張ります。

  しかしもう三期デスヨ。もしかして作者間違えちゃったオチとか……あります?



  それではまた次回に―――







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。