「まずは余興だ。凌いでみせろ」
第二幕の火蓋を落としたのは無色の方だった。
空間が軋み悲鳴を上げる程の魔力が解き放たれ、彼の足下に魔法陣が展開する。
色は黒。そして、重なるように一瞬明滅する黄色。古代ベルカではなくミッド式の魔法が奔る。
「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」
瞬間、冗談じみた光景が展開される。
陣耶たちの周囲を取り囲む形で夥しい数のスフィアが出現したのだ。帯電し黄色く輝くそれは数えるのが馬鹿馬鹿しくなる程で、もはや壁と言って差し支えなかった。
だが何より、彼らの肝を抜いたのはそこではないのだ。
今展開された魔法は元々はフェイトの物である。もっと厳密に言うならば蒐集したその魔法を広域型に調整した物だ。
夜天の魔導書の管理人格である、リインフォース・アインスの手によって。
「テメエっ―――！？」
叫びに返される声は無く、それが意味するところを考える暇もない。
掲げられた無色の右腕が降り下ろされ、都合ニ千五百もの弾丸が一斉に火を吹いた。
強大な魔力で編まれたそれらは一つ一つが必殺の威力を秘めている。常人ならば五十を捌ければ上等だろう。百を捌ければ奇跡に近い。
だがしかし、これはそんなものすら有無を言わさず押し潰す純然たる暴力だ。
奇跡ですら届かず、一撃でもまともに受ければ撃墜は必至。
何であろうと叩き潰すであろうそれに―――しかし彼らは臆しなかった。
「レヴァンティン」
『Jawhol』
まずシグナムが動いた。
鞘に納められた愛剣からカートリッジが硝煙と共に勢いよく吐き出される。
次いで、抜刀。
蛇のようにとぐろを巻き、連結刃がその姿を現した。
―――シュランゲバイゼン・アングリフ。
担い手の意思を受けて空を旋回する刃の蛇が、襲い来る雷槍の雨を縦横無尽に食い荒らす。
そして無論、それだけでは終わらない。
「フェイトちゃん！」
「コンビネーションN&Fスプレッド、セット！」
星光と雷光が戦場を眩く照らす。
二人の周囲にも次々とスフィアが形成されていき、迸る魔力の波動が突風のように吹き荒れた。
「「シューーートッッ！！」」
瞬間、乱れ飛ぶ砲撃と射撃の嵐が槍の壁を迎え撃った。
それは必殺の威力を持った大群を撃ち抜くだけには留まらず、貫いた先から誘爆を引き起こして周囲もろとも粉砕する。
しかし全てではない。迫る槍の壁は虫食いとなっても未だ健在だ。
単純に規模が違うのである。小隊で一個師団に挑むようなものであり、どう足掻こうが結末は蹂躙以外にありえない。
だが、この場に立っている者はいずれも数多の死地を潜り抜けてきた猛者たちだ。
ならばこの程度の逆境、凌げずとしてなんとする。
「轟天爆砕！！」
「斬り裂け、極光！！」
一撃の強烈さでは現在このメンバーの中でも一、ニを争う二人が吼えた。
鉄槌の騎士と真価を発揮した白夜の主従が己の愛機を振りかぶる。
「派手に！」
「ブッ飛べやァッッ！！」
そして振り抜かれる鉄槌と光剣。
巨大すぎるそれらが、穴が開き脆くなった槍による壁を過たずして呑み込んだ。
「凌いだか……いいだろう」
対する無色の態度に変化はない。
眺めるように、見極めるように、余裕を崩さずに立っている。むしろ、この程度は凌がれるのが当然とすら思っている。
圧倒を見せると言った。
その言葉に嘘偽りはなく、ならばこそこの程度でどうこう反応するようなことは決して無いのだ。
「ならば来い、共に闘争の幕を開けようか。より壮烈に、華々しくな」
宣言と共に無色の魔力が天井知らずに跳ね上がる。
総てを呑み込まんとする意思と力が高まり、飽和して―――
闘争の第二幕。
無色の進撃が始まった。
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.24「予言なんて、私は認めません」
考えてみれば、それは初めて無色がとった能動的な攻撃だっただろう。
「がァ……ッ！？」
僅か一息。たったそれだけの間に無色はシグナムとの距離をゼロにし、打ち込んだ拳の一撃で海中まで音速で叩き落としていた。
しかしその程度がなんだという。もとより無傷で事が済むなどこの場の全員が思ってはいない、傷を負うなど百も承知だ。
だから無色の動きに反応できなかったのは不意を打たれたとか、そんなことではない。
ただ単純に速すぎただけなのだ。こちらの知覚を、置き去りにしてしまうほどに。
「このっ―――！」
だからこそ、真っ先に反応できたのは陣耶たちの中でも速度が頭一つ抜けているフェイトだった。
誰よりも早く無色の接近に気付き、大剣へと姿を変えたバルディッシュを叩き込んだ。
リミッターを解除し術者、デバイス共に全開の一撃が振り抜かれる。
「温い」
しかし、それも届かない。
冗談じみた反応速度で動いた拳が叩き込んだ大剣を打ち落としたのだ。
そして、その刹那に瞬きの間もなく叩き込まれる陣耶の一撃。
フェイトには劣るものの彼も速度においては目を見張るものがある。付け加えて、パワーで言うならフェイトよりも上だ。
内部で同調しているトレイターの存在がそれを増強している。
その一撃が攻撃を防いだ直後、刹那にも満たぬ間隙を突いて放たれた。
「足りんぞ、その程度では」
だがしかし、やはりそれすらももう一つの拳で叩き落とされる。
瞬間、返し様に閃く腕の一払い。
「がぁッッ！？」
「ぐぅ……！？」
その一撃とも言えぬ一挙動で二人纏めて吹き飛ばされた。
軽く百メートルは吹き飛ばされていく二人。その背後から、巨大な桜色の魔力が顔を覗かせる。
幾つものスフィアと、構えた杖の先端に宿る光。
「シューティングスフィア、スタンバイ！ ディバインバスター・ファランクスシフト！！」
吼える砲撃魔導師の閃光が夜空を裂く。
それは彼女の友達の魔法を借り受けた彼女なりのファランクスシフト。展開した数多のスフィアと共に放たれる一点集中の砲撃だ。
『Full Charge』
「ブラストォ、シューートッッ！！」
放たれた光条が本流となって無色の姿を呑み込む。それだけでは終わらず、砲撃が途絶えた次の瞬間には再び砲撃を放って攻撃の手を緩めない。
戦艦の装甲すら纏めて撃ち抜くそれがただの個人に注がれるなど悪夢じみた光景だろう。
―――ただそれも、この男が相手でなければの話だが。
「足らんと、そう言ったはずだが」
男の声が響く。
砲撃の集中砲火の只中に在ってなお、彼はその余裕を崩しはしない。この程度、蚊に刺されたほどにも感じぬとでも言っているようだった。
その声に滲むのは落胆か、嘲笑か、それとも彼の本質からかけ離れた慈愛か。
無造作に振るった腕で砲撃を総て吹き散らしながら、彼は続ける。
「来るならば全霊でと言ったろうが。迷いを捨てろ、恐れに臆するな、他のことなど外に追いやれ。
基となる基盤が俺とおまえ達では違うのだ。限界のその先、単独では届かぬその地平に踏み入るためのデバイスだろう。
貴様ら、本懐を遂げずしてなんとする」
こちらを鼓舞するかのような物言いをしながらも攻めの手は微塵も緩むことはない。
猛り高まるドス黒い力が差し出された右手に集う。
限界にまで圧縮され押し固められた魔力の塊。それがなのはに向けて放たれる。
防ぎ、そして爆発。
「うあぁぁあああああぁぁあああっっ！？」
さながらミサイルの直撃でも受けたかのような重い衝撃と痛みが、莫大な熱風と共に襲いかかってきた。
シールド越しだろうが関係ないと言わんばかりに致命に至りかねない力が襲いくる。
もしも直撃を受けていたかと思うと、それだけでぞっとする。
「あまり白けさせるな。かつて呪われた魔導書と謳われた夜天の因果、断ち切り破戒したのは他ならぬおまえ達だろう。
その力を、運命すら覆すその在り方を魅せてくれよ。やはりおまえ達なのだと、俺にそう思わせてくれ」
「訳分かんねえことをゴチャゴチャと……だけどいいさ、お望みなら見せてやるよッ！！
吼えろ、アイゼンッッ！！」
『Explosion』
ヴィータに応え、グラーフアイゼンがその真価を発揮する。
鎚が巨大化するその様はまるでギガントだが、しかし決定的に違っている。フォルムそのものはむしろラケーテンに近い。
片側に巨大な噴射口を、片側に巨大なドリルを装備したそれは鉄槌を超えた破壊の象徴。
ツェアシュテールングス―――鉄槌の騎士たるヴィータの本懐、即ち叩き壊し貫き通すことを体現した必殺の一撃だ。
「ツェアシュテールングス―――ハンマーーーッッッ！！！！」
そして、破壊の槌が振り下ろされる。
放たれたそれはただ巨大というだけで破壊の塊でもある。そこに籠められ、ドリルの螺旋運動と共に叩き込まれる全開の魔力。
これを受ければたとえなのはとてただでは済まない。下手をすればこの一撃だけで墜ちてしまうだろう。
徹底的に破壊という概念を突き詰めたその一撃が、それを迎え撃とうとする無色へと落ちていく。
その一撃に対して―――翳されるのは右腕。
「―――そう。全開とはそういうことだ」
衝突と共に衝撃と爆音が周囲を揺るがす。
激しくスパークし明滅する衝突点は翳された右腕と振り下ろされた鉄槌を境にして微動だにすることはない。
互角。拮抗。膠着。ただの右腕一つだけでヴィータの全力がそこで止まった。
「だが全霊ではない。違うだろう、全開と全霊は。それとも……誰か一人失わんと気が入らないか？」
とてつもなく鈍い大音響と共に鉄槌が弾かれる。
大質量の急な方向転換にヴィータはたまらず身体を引っ張られ体勢を崩してしまう。
それをフォローするために焼け石に水と分かっていながらも杖を構えるなのは。
その瞬間に、無色がなのはの目前へと踏み込んでいた。
「なっ……」
声を上げる暇すらもない。
驚愕が行動に繋がらないなのはに、無色の手が迫る。
「……ぁ」
避け得ない距離、速度、タイミング。
あ、詰んだな……、と。頭のどこか冷めた部分が冷酷に告げていた。
視界が手の影に潰される。同時に、身体全ての感覚が消え失せる。
―――その寸前。
「シッ―――！！」
なのはと無色のごく僅かな隙間を縫って、真下から剣戟が閃いた。
無色の手へとぶつかり、その動きを止めた物は鞘だ。シグナムの持つレヴァンティンを収めるための鞘である。
左腕で持ったそれで無色の手を打ち、残る右腕に握られた本命の愛剣が紫電の炎を纏い渾身の力を以て振り抜かれた。
「先程よりも幾分かはマシ、といったところだな」
しかしそれすらも腕の一本で事足りるものでしかない。
頑強にして堅牢。そして苛烈にして強大。もはや移動要塞そのものといっても差支えない無色の戦闘能力は常識を逸脱して余りある。
そしてそれを一連の攻防で悟っているからこそ、攻め手を与えてはいけないとこの場に居る誰もが理解している。
ゆえに次の瞬間、無色を襲ったのは陣耶とフェイトによる死角から放たれた十を超える斬撃の嵐だった。
「ほう―――速いな」
無色すら気付かない速度での奇襲―――それすらも総て両の手で捌き、いなし、凌ぐ。
だが、この程度は想定済みだと断じる陣耶とフェイトは攻撃の手を緩めない。
疑似神速を使用する陣耶とソニックへと移行したフェイトの速度域はここに来て更に上昇を見せていた。
音すら置き去りにして振るわれる銀閃と金閃が幾重にも奔る。
剣が空を切った音すら斬撃の後からやって来るほどだ。速度だけならば、今の二人は確実に無色を上回っていた。
事実、彼にはもはや剣筋など見えてはいない。襲いくる斬撃の乱舞は壁が押し寄せるようにすら見えている。
だが届かない。
いくら攻め手を変えようと、いくら死角を突こうとも、いくら速度を上げようとも届かない。
まるで予め攻撃位置を知っていたかのように、総ての攻撃が無色の持つ両腕のみで尽く捌かれていく。
「今の状態からさっきと同じように防げるのかどうか、試してやるよ―――！！」
なのはが離脱するのを確認したヴィータが、攻撃を捌き続ける無色に今一度仕掛ける。
体制を整え、狙うは先程と同じ降り下ろし。下手な駆け引きなどこの場面では悪手にしかならない。
だからこそ妥協はせず、最大限に自分を活かす選択を採る。
唸る海すら叩き砕く大鉄槌が空を潰しながら再び迫る。
両腕は斬撃の防御に使っている今、この一撃の防御は不可能。腕を使って防いだとしても斬撃をまともに浴びることになる。
それが叩き付けられる間際―――
「―――放て」
「―――！？」
無色の足元、何もない空間から突如として無数の竜が顔を出した。
総て一様に、図ったように同じ顔、同じ色の、紅い目と黒い体皮を持った竜。その数、実に百以上。
振り下ろされる鉄槌に向けて、無数に開かれたその口から炎弾の一斉掃射が開始された。
「がッ、ぁぁああああああッッ―――！！？」
百以上の砲口から矢継ぎ早に放たれる炎弾は必砕の一撃を数の暴力をもって押し返される。
無色の足元に展開された召喚陣。そこから無限数の黒い竜が濁流の如く溢れて陣耶たちに襲い掛かる。
「この―――！！」
だがその程度で今更止まるような二人ではない。
向かってくるならば纏めて斬り伏せるのみと奔る刃が一瞬にして三十の首を刈り飛ばした。
そうすることで出来た、刹那の隙間。攻撃の手が緩められ無色の両腕が僅かの間だけ防御から解き放たれる。
つまり、それは守勢と攻性の反転。進撃と蹂躙の再開である。
「さあどうした、それで終いか」
「がっ……！！」
膨大な魔力の爆発と共に放たれた拳が防御の上から二人の身体を軽々と吹き飛ばす。
そこから更に閃いた拳が距離を無視してなのはとシグナム、ヴィータを打ち抜いた。
体勢が崩れたところを狙い、再び群がる竜の群れ。
「こ、のォッ……！！」
弾き飛ばされ、しかし次の瞬間には竜の群れを薙ぎ倒し再び踏み込んで陣耶が斬り掛かる。
振るわれた拳と刃がぶつかり、火花を撒き散らしながら互いを弾いた。
「聞かせてくれよ。これだけの負の想念、怨念を見せられたおまえは何を想う」
「何っ……？」
群がる竜がフェイトの音速を超えた乱舞によって落とされる。なのはの砲撃が、シグナムの連結刃が、ヴィータの鉄槌が数を増し続ける竜を駆逐する。
その只中で、刃と拳を交えながら語る無色はいっそ穏やかとさえ言えた。
奥底で渦巻く濁りきった汚濁のような負の想念からはとてもそぐわず、だからこそ恐ろしいほどに。
「この負を総べる俺に何を求める？」
「んなもん―――！！」
全力の斬り込みで拳を打ち返し、陣耶が吼える。
「大人しく捕まりやがれに決まってるだろがッ！
訳の分からねえことをペラペラぐだぐだと正味鬱陶しい！！ あんな毒にしかならないようなもんと誰が好き好んで関わるかッ！！
とっとと倒れてそのまま何もせずに裁判でも受けてろこの怨念野郎！！」
「なるほど。つまりは排除、拒絶、廃絶……負を拒絶しながら負を望むか。矛盾だな」
「悪いのかよッ！！」
「いいや、悪くはない。古来より生物は矛盾を抱えながら生きてきたからな。かく言う俺も実際に矛盾を抱えているし、今もそれを感じているぞ」
振りかざされる右腕に収束する漆黒の魔力。
秒も待たずに海すら底まで抉り取る魔力を収束させ、その拳が陣耶ただ一人に向けて振り下ろされる。
「ヅ、がァッ……！？」
その重さに弾かれ飛ばされ、速度をこそ頼りとしていた彼のあらゆる動きが一瞬とはいえ停止した。
生まれるのは致命の隙。襲いくるのは必殺の一撃である。
流れ出る負の想念を隠そうともせず、狂いに狂い狂気に染まった意思が獲物に向けて牙を剥く。
堕ちろ、沈め、朽ちろ、倒れろ、散れ、果てろ、砕けろ―――死ね。
万象滅相。総てを憎み総てを妬み総てを恨み、総てを消し去らんと億を超える怨念が吼え猛る。
「殺したい、命を奪いたい、肉を裂き骨を砕き臓を引きずり出し血を啜り―――その魂までも喰らいたいと俺は渇望している。
しかしな、同時にこうも思うのだ。死んでくれるなよ、と。
この程度で終わってくれるな。おまえがその程度で終わるようなら興覚めにも程があるからな」
相反する渇望の言葉と共に、ついに避け得ない絶命の一撃が叩き落された。
「―――がぁ、ァあああああああああああああッ！！！」
刀身の腹で受けた距離を無視した一撃の衝撃は想像を絶したものだった。
受けているだけだというのにまるで全身を核爆発にでも見舞われたような衝撃と大灼熱が嬲っている。
腕の血管が破裂する。肉の千切れる音が響く。まともに受ければ絶命は必至の一撃は受けているだけで命が物理的に削られていく。
「ふざ、けろッ……！！」
死んでたまるか。
その一念が衝撃に吹き飛ばされそうな意識と身体を繋ぎ止める。
そうだ、こんなところで死んでたまるか。まだやりたいこともやってないことも山ほどあるんだ。それをしないまま死ぬなんて嫌すぎる。
『気張れよ……！ 奴の望む全霊とやら、見せてやろうじゃないか―――！！』
『いい加減に弾かないと身が持ちませんよ。という訳で早いこと終わらせましょう。それでもってメンテです』
それに、今この一撃を受けているのは陣耶独りではない。
中にいるトレイターが、手に握るクラウソラスが、共に力と意地を振り絞って暗黒光に抗っている。
この先にある勝機を、たとえどれほど小さいものだろうと掴み取るために―――
「誰が、テメエなんかに殺されてやるかァ―――ッッ！！！！」
文字通り全霊を賭した一撃が、絶命の一撃を真っ向弾き返した。
その代償は決して軽いものではない。必殺を凌いだところでその余波が身体に深刻なダメージを刻んでいる。
しかしこの程度の無茶、陣耶からすればいつものことだ。無理と無茶と無謀を力技で押し通し、それを他者がフォローする。
そう、絶命を狙った一撃を弾かれた代償は無色にもある。
強大な一撃を弾かれた反動、それによる硬直がもたらす隙の大きさは先の比ではない。
その狙い澄ました好機を彼女らが見逃すはずもなく―――
「シュランゲバイゼンッ！！」
「撃ち抜け、雷刃ッ！！」
間合いを無視したフェイトとシグナムの一撃が竜の大群の中を突き抜けて無色へと突き刺さる。
だが揺らがない。完全に無防備なところへ打ち込んだ一撃だというのになんらダメージを与えられてはいない、揺るがない。
しかしそれも想定の内であり、
「テメエら、邪魔だ。ブッ潰れろッッ！！！」
ヴィータの振るう鉄槌の一振りが群がる竜を薙ぎ払う。
衝突する大質量に砕かれ潰され、羽虫のように吹き散らされる竜たちの向こう―――開けた視界の中央にいる無色に向けて、なのはが一気に飛び出した。
―――マニューバA.C.S.と呼ばれる高速突撃砲撃。
本来は防壁を抜いた上でのゼロ距離砲撃を行うためのものであり、素の防御力で防がれている今、接近するなど愚の骨頂である。
だから狙いは別。
「繋ぐよ、陣耶くん！」
「頼む！」
本来の用途とは別に行うべきものがあり、それを成すためにあえてなのはは無色の懐へと飛び込んでいく。
「A.C.S.―――ドライブッ！！」
解き放たれる魔力を引き金に弾丸となって突撃する。
構えた愛杖に形成された圧縮魔力刃がその速度を貫通力へと変えて無色へと突き刺さる。
だがそこまでだ。やはりダメージなどなく、鋼鉄の壁を押しているかのような手応えだけが返ってくる。
「ぐぅ、づっ……！！」
「命懸けの突撃も無意味だったな。とはいえその不退転、流石としか言い表す言葉が無い。
ゆえ、今はここで墜ちておけ。その命は来たる日に憎悪の中へくべるのが相応しい」
動き出した無色の拳に再び致死の魔力が収束する。
一秒後に降りかかる致命の一撃を前に、しかしなのはは逃げられない。単純な話、撃ち出された弾丸は失速しない限り止まれないから。
碌に防御も出来ずに受ければどうなるか分からない彼女ではない。これを受ければ確実に墜ち、最悪な結果すらあり得るだろう。
それが分かっていながらも、しかし彼女は臆しない。攻撃を避ける素振りも、逃げるそぶりも見せずにただ貫けと矛先に魔力を籠める。
―――なぜなら。
「誰が、そんな真似を許すかよ」
彼女が攻撃を恐れる理由など何一つ無いのだから。
「短距離瞬間移動か―――」
「遅ぇッ―――！！」
硬直が解ける間もなく転移を用いて無色の背後に回った陣耶が白銀の剣を振り下ろされようとしている右腕目掛けて閃かせる。
魔力の収束が必要な分だけ無色の行動は遅れ、ならば攻撃速度で今の陣耶が遅れを取ることはない。
しかしそれだけでは意味がないのだ。相手の肉体はこちらの攻撃の尽くを防ぎ、弾き、受け付けない不落の城塞壁。ただの攻撃では貫けない。
『レイジングハートからの直結データを解析』
それを覆すために、白夜の書がその真価を発揮する。
筋肉、神経、皮膚、骨、電気信号、血管、血液、内部物質、細胞組織―――そして魔力。
ありとあらゆる無色の身体データが接触しているレイジングハートを通してリアルタイムでトレイターへと送られる。
それら諸々のデータを纏めて統計し、瞬時にパターンを演算し、割り出していく。
高速学習機能と呼ばれる超々高精度ラーニングシステムを用いての脆弱個所の割り出し―――
いかに固いとはいえ、それは均等ではない。万物に脆い個所とは存在し、動きのあるモノならばそれは特に顕著である。
（斬れ―――！）
ゆえ、願うのはただ一つ。断ち切るための刃を。
強く、固く、何よりも研ぎ澄まされた総てを切り裂く無謬の一太刀。目の前の壁すら切り捨てる至高の剣を彼は望む。
相手は正体不明の危険人物。それも自分たちが束でかかっても歯牙にも掛けないような怪物だ。
まともにやり合い、このまま続ければ全滅は必至。どういう目に遭うか、この街がどうなるかなど考えたくもない。
放置など愚の骨頂。だからここで倒すと決めて―――
（なにより、だ）
視線の先―――無茶にも程がある無色への突撃を何の躊躇いもなく実行してくれた彼女と目が合う。
恐れはない。迷いもない。疑いなど一切ない。
ただ一心にこちらを信じ、自分の役目を果たしてみせると気張る彼女は命の危機すら気にしていない。
そのひた向きな、愚直なまでの信頼。それを裏切るなど陣耶には不可能だし出来はしない。あんな目を見せられたらついつい応えたくなってしまう。
そして、脳裏に過るのは幼い時の一幕。
（あいつが命の危機の矢面に立ってるってのに、それを護れねえのは青臭い約束的にどうなんだよって話だッ―――！！！）
爆発する魔力と過去最高の純度で研ぎ澄まされる白銀の剣。脳に叩き込まれる情報の渦から流動する脆弱個所を割り出し―――
「おおおおおォォォッ―――！！！」
振り抜いた剣が、ついに無色の右腕を斬り飛ばした。
◇ ◇ ◇
「うわ、ほんとにやりおった……」
自らも騎士甲冑を身に纏い、空中で魔法を起動させながら待機しているはやては目の前のパネルの中で繰り広げられる光景に思わずそう漏らした。
見ている限りでも出鱈目ぶりがよく分かるあの頑丈な身体を叩き斬ったのだ。その異常さをリアルタイムで見せつけられては何か一つ言いたくもなる。
だが、楽観してはしていられない。
今のは奇襲だからこそ通りはしたが、同じ手が二度も通じる相手とは思えない。
加えて―――
「カリム、またどっかに行ったし……」
無駄な隠密スキルの高さに頭を抱えたくなる。
ここにいるのが半ば非戦闘要員とはいえシャマルにすら感知されずに姿を消すなどはっきり言って変態技である。
更に言えばこちらの管理問題にも問題があると思えてくるわけで上に立つ人間としては頭痛の種の尽きないことに涙ものである。
「まあ、それだけならまだしも美由希さんまで居なくなるなんてなあ……ああ、ほんま頭痛い」
こめかみをグリグリと弄りながら憂鬱な溜息を吐く。
こちらもやはり気付けば誰も知らないうちに姿を消しており、これが魔法の使えない一般市民の所業だというのだからやはり変態技と言う他ない。
気付いた時点でシャマルにサーチを掛けてもらってはいるものの成果は芳しくない。
そこまでの変態性能なのか、もしくはグルか。どちらにせよ厄介な話である。
「なんにせよ……何事もなければいいんやけど、な」
小さく呟きながら、しかしそれは在り得ないと理性は冷酷に判断していた。
何かがある。何かが起こる。わざわざカリムが出てくるような何かが。
予言の成否など座して待てば簡単に分かる。報告の際に少し話を聞く程度で判断できるだろう。極近未来というのならなおさらだ。
しかしそれをしない。つまりはそれが出来ない、もしくはしない理由があるということになる。
だが自分は司令塔で、部隊のみんなを指揮する必要があるから下手に動くことは許されなくて。
結局、危ない役を自分の大切な人たちに任せている。
助けを入れられるように準備だけはしているが、しかしそれだけだ。本心は不安で不安で仕方がないし正直怖い。
「なんだかなあ……こーいうの、なんかちょっと違うんよ」
守りたいと思った、導きたいと思った。
恩も返したい、受け取ったたくさんのモノをいろんな人に伝えたい。そう思ったのは確かだけど。
「それでも、危険なところにみんなを送って自分だけ奥で指示っていうのは……応えるなあ」
だから、出来得るせめてもの手を打つだけ打つ。
大丈夫だと、みんなならきっと無事に帰ってきてくれると、そう信じて祈って―――
「……え」
パネルに映し出される光景に、彼女は言葉を失った。
◇ ◇ ◇
斬り飛ばされた無色の右腕が宙を舞う。
放物線を描いてくるくると回るそれはやがて―――夜闇に溶けるようにして消失した。
まるで理屈の通らない物理現象など無視した事象。目の前の相手が普通ではないということを改めて認識させられる。
肩口から吹き出す血もなく、だというのに傷口を抑えているその様は不自然極まりないものだった。
「あれだけやって、やっと腕一本かよ……」
捨て身の攻防を経て無色に与えられた損害は腕一本だ。
ギリギリの綱渡りをして得られた結果がこれだけという事実が重くのしかかる。それだけの力の差があるのだ。
半ば奇襲のような今の攻撃はもはや通じないだろう。ここから先の戦いは更に熾烈を極めることになる。
だがそのことを鑑みても無色の戦力を大きく削れたことは事実だ。
右腕一本。それだけでも接近戦闘での危険性は遥かに違ってくる。そのはず、なのに―――
（……なんだ？）
陣耶は、いいやここにいる誰もが一様に言い知れぬ不安を感じていた。
右腕を失い、俯きながら傷口を逆の腕で押さえ言葉一つ発しない無色を見て第六感が警鐘を鳴らしている。
そう、まるで。
「ふ……くく……はははははは」
まるで、あの程度など奴にとっては損害を受けたうちに入らないなどという根拠のない考えが浮かんで―――
「くはははははははははは、ははははははははははははははははははははははははは！！！！」
空間を揺るがす極大の哄笑と共に、切り落とされたはずの無色の右腕が瞬時に再生された。
「なっ―――！？」
異常極まるその光景に一同は思わず目を剥く。
普通の人間は切れた腕を再生などできない。だというのに傷口からずるりと生々しい音と共に生えてきたのはどういうことか。
「冗談きついぜ……再生怪人か何かかよおまえ……！」
この時点で陣耶は勝負を捨てた。単純に言って分が悪すぎる。
圧倒的な魔力とそれを活かした攻撃力の高さ、防御の堅牢さ、召喚される無尽蔵の竜、そこに加えてこの回復能力。
相対するにはあまりにも情報が足りなさすぎた。戦いとはそういうものではあるが、そんなことを言っている場合でもない。
「いいぞ、ああいいぞいいぞ素晴らしいな！ やはりそうでなくては！！ 確かに見せてもらったぞ、資格有りし！！
終わりを飾るのに相応しいのはおまえ達しかいない！！ それ以外に有り得ない！！！」
放たれる歓喜の叫びはそれと同等の憎悪に染まっており、それが余計に狂的な様相を駆り立てる。
狂人。怪物。自ら色の無い者と名乗りながらも負の一色に染まった異常者。
その異常な雰囲気に呑まれ誰一人として迂闊に動けない中、突如として空間に異常が発生した。
「ずっとずっと狂してきた。何も知らず、何も分からず、この身に宿るものは純然たる増悪のみ。
ゆえに破壊を。総てのモノに等しく憎悪と羨望と殺意を贈ろう。
その果てにこそ……」
突如、空間が罅割れる。
正体不明の圧力がその空間に在るモノ総てに、等しく絶大な力をもって襲い掛かった。
「がっ……！？」
「な、に……これ……！？」
次元の湾曲とも違う、何かもっと別の位相から正体不明の圧力がこの空間を押し潰そうとしている。
崩れ落ちる天蓋のように大きく亀裂が奔り、それはなお規模を広げていく。
だというのに圧力は弱まる様子を見せず、それどころか秒増しに強さを増していた。
「だから、なあ、もっと見せてくれ。おまえ達が本当に抗えるのかどうか、今ここで試させろ」
そして―――天が割れた。
ガラスのように砕け散った空間の中で、何かが蠢いている。
暗く、淀んだ空間の底に―――形容しがたいナニカが在る。
「っ、アレは……！」
いや、正確に言えば彼らは全員これを知っている。
かつてレリックの回収任務で目の前の男と遭遇した際―――砕け散る空間に呑まれて辿り着いた場所はどこだったか。
そしてそこで、自分たちは何を見た―――？
「ぁ……あぁ……」
誰かが、言葉を失って茫然と空に開く孔の中を見ている。
わざわざ確かめるまでもない。底にいるナニカは間違いなく―――
―――死ネ
「づぅ……！！」
見ただけで、圧倒的な殺意の想念が脳髄を突き抜けた。
殺意。悪意。この世のありとあらゆる負の想念が無色のそれを遥かに凌駕する規模と質量をもって直接意識を磨り潰しに来る。
望みは命の淘汰。生在るモノ万象の滅相。堕ちて溶ける悪意の坩堝。
無限数の渦巻く悪意の混沌が押し寄せる。ただの人ならば見た瞬間に気が触れ、壊れて砕けるのが道理だろう。
だが、ここにいる者たちはただの人でなく、幾度となく戦場を潜り抜けた猛者である。
押し寄せる悪意の濁流に呑まれず毅然と無色と穴の中を見据えている。
それに愉悦の相を隠さない無色。
「ああ、そうだそれでいい。折れてくれるな、呑まれてくれるな、立ち向かって来い俺と戦え。
そのために、まずは―――」
再生した右腕が掲げられる。
集い始める漆黒の魔力光。無色のものだけでなく穴の向こう側からも震える暗黒から力が流れ込む。
その負荷で、空間が更に軋みを上げた。集う魔力の規模はもはや先程までの比ではない。
その気になれば彼らの後ろにある海鳴市を丸ごと吹き飛ばせるほどの力が収束していた。
「今回の幕だ。まさか、逃げはせんよな」
「野郎……っ」
そんな選択など有って無いようなものだ。
退けば街が消し飛ぶなど、許容できるはずがない。
だからといって―――
「―――」
この場に居る誰もが、あの圧倒的なまでの暴虐に抗えずに斃れると予見している。
しかし退く訳にはいかない。背には守るべき、護りたいと願うものがあるゆえに。
「―――皆、覚悟を決めろ。あれは生半可なもので止められるものではない」
誰よりも早く、剣を握り矢面に立ったのはシグナムだった。
言葉と共に解き放たれる魔力にもはや加減や後先のことなどありはしない。
ただ、一撃に総てを籠めるとなによりも雄弁にその背が語っていた。
命すら、彼方に在る主のために燃やし尽くしてみせると。
「―――レイジングハート、スターライトブレイカー、スタンバイ！！」
『All light』
なのはも、抗うだけ抗ってやると、諦めないと力を奮う。
それに続いてフェイトも、ヴィータも。
「そうだよ―――まだ負けるって決まった訳じゃない。私たちの底力を見せてやろう」
「当たりまえだっての。舐められっぱなしでいられる質じゃねえんだ……攻撃諸共ぶっ潰す！！」
それを見て、陣耶も腹を括った。
ここまでやっておきながら今更途中下車っていうのはないだろう。流石にそれはダサすぎる。
何より、女を矢面に立たせるわけにはいかないだろう。それは男である自分の役目だ。
男の見栄だと笑わば笑え。男なんてものはそうしなければ生きていけない生物なのだ。
「上等―――だったら一発、派手にぶちかましてやる」
『付き合おう。おまえだけでは流石に不安が過ぎる』
『無茶が過ぎるマスターをもってなんていうかアレです、心躍りますね。やってやりますよ』
そして、この状況ですら軽口を叩ける相棒共がいるのだ。
これでやってやれないなんていうのは、嘘だろう。
だから―――！！
「さあ―――魅せてみろッッ！！！！」
解き放たれる漆黒の破壊光。
立ちはだかる彼らを、背後に立ち並ぶ街すらも呑み込もうと悪意の破壊が唸りを上げて空間そのものを呑み込んでいく。
それを前に、全霊をもって立つのは計五人の魔導師と騎士。
「いくぜええええええええええええええええええぇぇェェッッ！！！！！」
真っ先に飛び出したのは騎士の三人。
鉄槌と、烈火と、白夜が先陣を切り空を駆ける。
「ツェアシュテールングスハンマーッッ！！」
破壊槌が唸りを上げる。
「紫電一閃ッッ！！」
紫電が烈火となり燃え盛る。
「グランシャリオ・エクスキューションシフトッッ！！」
白夜光が集い空を照らし上げる星が連なる。
放つのは全霊。掛け値なしの全力全開。加減などなく総てを賭けた一撃が叩き込まれる。
「おぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォ―――！！！」
全霊を振り絞った一撃が連続して暗黒光と衝突し、火花を上げた。
比類なき破壊力を持った攻撃同士が真正面からぶつかり合い、結果として巻き起こされるのは衝突点におけるエネルギーの蓄積である。
互いにぶつかり合ったそれらは押し負けた方へと一気に押し寄せることになる。
ただでさえ桁違いのエネルギーなのだ。押し負けた側が塵一つも残らないのが道理だろう。
鬩ぎ合うエネルギーは膨大で、それだけで彼らの心身に深刻なダメージを与えている。
だが無情―――そこまで身を捨てているにも拘らず、彼らの乾坤一擲は届かない。押し寄せる破壊光には及ばない。
待ち受けるのは必然の破滅だ。力の差が歴然としているゆえに耐えられず、凌げない。気合は根性論でどうにかなる問題でもない。
後方に構えるなのはとフェイトの援護を待つまでもなく、このままでは全滅は免れないだろう。
―――だからこそ、それを埋めるための一手がここに放たれる。
「―――む」
彼方より飛来する白光を真っ先に察知したのは無色だった。
巨大な魔力反応と、次いで迫る砲撃を認識する。
超長距離―――アウトレンジからの巨大砲撃。機動六課部隊長、八神はやてが得意とする戦術だ。
新たに加わったエネルギーの奔流が陣耶たちのそれと重なり無色の破壊光と拮抗していく。
「いくよ―――スターライトブレイカーッッ！！！」
「プラズマザンバーブレイカーッッ！！！」
続く星光と雷刃も放たれる。
集い来た星は総てを撃ち抜く光となり、降り注ぐ雷は総てを断ち切る刃と変わる。
これこそ真の全力全開。総てを結集した彼らの誇る至高の一撃であることに疑いはないだろう。
それをもって漆黒の破壊光と拮抗が始まった。
勢いを完全に殺し、互いに互いを呑み込まんと魔力の奔流が唸りを上げる。
「ふ、はははは、はははははははははは……ああ、眩しいな。友情、親愛、忠義、恩義、絆……どれも尊く輝かしい。
おまえ達は光輝いて見えるぞ、素晴らしい」
全霊の叫びに対し、しかし無色は微塵も余裕を崩しはしなかった。
いや、もしくはそれ以外に表情を知らないのか。彼の笑みはこの場に現れた時から何ら変化を見せていない。
―――そう、変わっていないのだ。
彼の態度も、笑みも、余裕も、目的も―――力の差すらも。
何も、何一つ変わっていない。変わることなどなかったのだ。
だからこそ、訪れる結末はただ一つしかない。
「がぁ、ぐ……！！」
「抑え、きれ……ない……！！？」
暗黒の破壊光は止まらない。
炎も、鉄も、星も、雷も、刃も、光も、総てを呑み込み壊していく。
抵抗など何の意味も成さないとでも言うように無慈悲に、無思慮に、加減無く飲み込まれる。
止められないし、止まらない。
呑み込まれようとする中、迫る破壊の光を前にして心が折れそうになる。
「―――ざ、けんな」
このまま呑み込まれろと？ 何をするでもなく、絶望し壊れることを甘受しろと？
並び立つ仲間を、背後に立つ友達を、彼方に待つ人たちを、この街にいきる人々を―――
殺されることに、納得しろと？
「ふざ、けんな……」
そうだ、納得できるはずがないだろう。そんな理不尽を許していいはずがないだろう。
何のために自分は剣を持った。その動機を、始まりを、誓いの根源を思い出せ。
俺はなんだ？ 何のためにここにいる？ 何のために存在している？
その意義を、戦いの理由をここに示せ―――！！
「ふざけんじゃねえぞ、テメエえええええええェェ―――ッッ！！！！」
理不尽など認められない。そんな残酷に降りかかる運命など断じて否。
それが是だというなら良いだろう、俺がそれに反逆する。
全滅は必定。生き残るだけならば容易だがだからといって退けば街の総てが消し飛ぶ四面楚歌。
上等だ。その程度、覆せずして何のための反逆者だという。
足りないならば引きずり出せ。限界を超えて回路を回せ。炉心に火を、刃を何よりも鋭く磨ぎ上げろ。
やるべきことはただ一つ。この場からの生還とあの攻撃を潰すこと。
「―――トレイターァァッ！！」
『了解した―――！』
溢れ出る白銀の光が陣を描く。
破壊光に立ち向かう他四人を包むように現れたそれは転送陣。この場より離脱させるための脱出装置である。
「なっ―――！」
「陣耶くん、何をっ！？」
その問い掛けに答えを返す暇などない。
文字通りの一瞬で、彼の特性通り彼女たち四人は全く別の場所へと跳ばされた。
瞬間、膨れ上がる破壊光。阻むものがなくなったと解放に打ち震えながら勝利の号砲を上げて陣耶へと迫ってくる。
『陣耶！？ あんた何を―――！！』
「悪いなはやて。あと頼むわ」
『ちょい―――！！』
返事も待たずに通信を一方的に切断する。
支援砲撃はそのままに、しかしもはや焼け石に水でしかない。
「さて―――無茶しに行くぜおまえら。覚悟しろ」
『無茶など何を今更。おまえと共に居て無茶でなかったことが一度でもあるものか』
『波乱万丈上等です。最後まで付き合ってあげる物好きがここに居るんですから感謝してください』
「―――ああ」
握る剣に力を籠める。
生存の確立などないに等しい。今から行うことなど博打以前の問題だ。
だからといって、やらないよりはマシだろう。そうであるなら答えは一つ、やるだけだ。
ゆえに今、陣耶は自身の総てを賭けて破壊光に真っ向から勝負を挑む。
諸共に全てを呑み込まんと迫る、その漆黒の破壊光。
それを眼前に見据えながら―――陣耶は最後の勝負を挑んだ。
「リミットブレイク―――ッッ！！！！」
―――瞬間。
黒と白の光が爆ぜ、海と天を纏めて貫いた。
その場に残っていたものは元々存在していた風景以外に何もない。
何も……残ってはいなかった。
◇ ◇ ◇
その一部始終を彼方より眺め終えた彼女は、静かに口を開いた。
まるでもう堪えきれないとでも言うように。
「ほんと……知らされていたとはいえ出鱈目ね。これで全開じゃないっていうのはもう悪夢の類だわ」
憂鬱そうに彼女はくすんだブロンドの髪をかき上げた。
あれに勝てるかと言われれば確実に無理だろう。というより不可能だ。
それどころか今まで無色に立ち向かっていた者たちほどにも善戦する自信がない。そもそも自分は戦闘向きではないのだ。
戦力を整えたところで跡形も残らずに消し飛ばされるのが関の山だろう。
少なくとも、今は。
「ひよっ子たちは……なんだ、特にトラブルもなく終わったのね」
出したガジェットも全部おじゃんにされてるわねー、と至極気楽に呟きながら手を動かす。
連続して現れたいくつかのパネルを操作していき、最後にエンターキー。
完了を示すダイアログボックスが表示されると、展開していた全てのパネルを閉じた。
「まあお陰で貴重なデータがいろいろと取れたし。これで妹たちも更に充実すること間違いなしね」
「あら、それは素敵ですね。具体的にはどんなデータで、どのような妹たちがいるのでしょうか」
途端、響く第三者の声。
咄嗟に周囲に向けて視線を巡らせるが、見えない。声の主は影も形も無い。
（迂闊―――まさか擬装が見破られるなんて）
「あなたは今、きっと『迂闊』と思いましたね」
凛とした声の指摘に思わず思考が停止する。
思考が読まれている？ だとすれば危険すぎる。
自分の知る限り、思考走査の使い手は聖王教会所属の―――
「ああ、別にそう焦る必要はないですよ。私はこのタイミングで声をかければ誰もが思うことを口にしただけですし。
ですので―――」
そこで一度区切られる言葉。
同時に、首筋に生まれる刃の感触。
「せっかくですので、今から焦ってくださいな」
いつから居たのか、彼女の背後に一つの影。
目を向けた先には髪を三編みで纏めた小太刀を握る女性だった。
高町美由希。高町なのはの姉であり、特に魔法関連の才能はなかったはずだが―――
「いやあ凄いですね彼女。私も武道はそれなりに嗜んでいるつもりですが、気配を察知できませんし。
現にあなたも気付きませんでしたし？」
「―――確かに、この子の実力は凄いわね」
暗に、別に凄いのはおまえじゃないだろうと挑発する。
しかしこんな単純な挑発に乗る相手でもないのか、返ってきた声はさっきと全く変わりないものだった。
「さて、あなたには色々と聞きたいことがあります。大人しくついて来てくれると有り難いんですけど」
「そう素直に首を縦に振ると思っているのかしら」
「いいえ」
返される言葉は簡潔に。
しかし同時に離脱と捕縛を目的とした両者が動いた。
距離のアドバンテージは確実に美由希が握っている。速度も、力も、まず間違いなく彼女の方が上だろう。
しかしそれを覆す第三者―――ガジェット・ドローンが美由希の背後から襲いかかる。
当然それを予測できていない御神の剣士ではない。奇襲や防護策など有って当然のものであり、その上で目的を完遂するのが一流だ。
振り向くこともなく左手に持った小太刀で襲ってきたガジェットを半ばから横一文字に音も無く断つ。
続けざまに振るわれる右に握られた逆刃の小太刀。
確実に捉えた。そう確信した一撃はしかし、突如として彼女の手に現れた金属製の爪によって弾かれた。
「デバイス……っ」
「残念だけどそこまで便利な物でもないわっ！」
続けざまに彼女の手からエネルギー弾が美由希目掛けて放たれる。
が、しかしそこは御神の剣士。速度にこそ重きを置く御神の使い手にとって至近距離からの不意打ちだろうが避けるだけなら容易なことだ。
脅威的な動体視力と反射神経をもって半歩横に身体をずらすだけで放たれた弾を回避する。
「凄いわねほんと……だけど、この場は私の勝ち」
「……？」
その言葉に美由希が訝しんだ直後、後方で爆発と爆煙が盛大に巻き起こった。
「なっ……！」
放たれたエネルギー弾がガジェットの残骸へと着弾し巻き起こされた爆発により、視界が一転して最悪の一言に尽きるものへと変わる。
爆煙に呑まれ、相手の姿を美由希は見失ってしまった。
「それじゃあね。機会があればまた会いましょう」
その一言を最後に急速に遠ざかっていく女性の気配。
……追撃は不可能だと判断するしかなかった。
未だ燻る爆煙の中でぽりぽりと頭を掻きながら溜息を一つ。これはどう見ても自分の油断が招いた事態だろう。
「すみませんカリムさん。彼女、逃がしちゃいました」
「いえいえ、会話だけでも情報をいくつか得られることが出来ましたし、気にしないでください」
物陰から美由希に指示を出していた女性―――カリムが姿を現す。
あの場所から美由希共々姿を消してこうやって相手の不意を突いたのはいいものの、取り逃がしたという事実は少々痛い。
これからは相手も奇襲を警戒してくるだろうし、尻尾を掴むのはこれまで以上に困難を極めることになるだろう。
それに加えて、今回こちら側が被った被害も無視できないものがある。
―――皇陣耶、MIA。つまりは行方不明。
あの場を探索したところで彼が見つかることはないだろう。文字通り彼はどこかへと消え去ったのだ。
被害を被る寸前で逃げたのか、それとも巻き込まれて消えたのか―――その場で見ていない自分には判断がつかないことだが。
言えることはただ一つ。もうあの場所に彼はいない。そうなのだとカリムは既に予知したのだから。
あの時、あの場所で、彼はどこかに消え失せる。彼女に見えたのはそれだけだった。
それは実際に起こってしまい、その先がどうなるかなど分かりはしない。
「―――だとしても」
死んだ、ということはないだろう。
彼は生きている。あの程度で死ぬような人ではないと、カリムは見聞きして知っている。
ならばそれを信じるだけだろう。彼は必ず生きて戻ってくるのだと、強く信じて待てばいい。
「陣耶さん……」
―――もしも。
もしも、彼があの闇に呑まれたのだとしたら。
もしも、総ての命が滅びる運命なのだとしたら。
そんなことは認められないだろう。そんな理不尽、許せずはずがないだろう。
だから。
「予言なんて、私は認めません」
足掻いて見せよう。
彼がそうするように、どこまでも。
結界が解ける。
夜空に瞬く星々が寒々しいほどの輝きを放っていた。
Next「取引をしましょう」
後書き
よーし一万字だそろそろ終わるなー、とか思ってたらいつの間にか文量が1.8倍にまで膨れ上がっていた。なんでだ。
どうもお久しぶりです、ツルギです。
今回は海鳴探索編決着―――なんですがもう原型留めてねーやこれ。なんでこんな序盤から死闘を繰り広げてるんだろう。
ほんとにリリカルか、これ。
ていうか自分でもなんだけど無色さんが暴れすぎである。街一つ軽く吹っ飛ばすとか凄いインフレ具合だ。いや、それに集団でとはいえ普通に対抗した六課もおかしいけど。
ではありがたい拍手に返信をば
＞ちょいと早い暑中見舞いに、拍手を。見ていますぜ、といってみるオールドファン。
オールドファンとか嬉しすぎるんですけど……！
これからも頑張ります、ウス。
しかし拍手貰った時期はともかく、返信の時期は残暑である事実。書くの遅いなあ自分。
＞こいつ、やべええええええええええええええええ！？ よし、主人公も無双するんだ！
無双するどころかぷちっと潰されましたの巻。
さー、我らが陣耶くんはあんなチート様に勝てるんでしょうかね。
出した以上、もう後戻りは効かないでござる。うひひ。
それではまた次回に―――