「肉持って来い、肉ッ! あいつら肉ばっか食って焼く端からなくなっていきやがる! 野菜があっての肉だろ、野菜も食えよ野菜も!」
「はいそこ野菜焼いて! あと串も作って! ついでに肉にタレ付けて!」
「うぅ、スバルだけかと思ったらエリオが伏兵だったなんて予想外だよ……!」
そこは大食漢(?)との戦いの場と化していた。
次々と焼かれていき、その端からそれ以上の速度で消費されていく肉、肉、肉。
野菜も徐々に数を減らしていくものの肉の速度はその比ではない。亀と兎の勢いで差がついている。
大人数が集う事になったこのバーベキュー。
それに対応するためにそれ相応の食材が用意されていたにも拘らず、この状況を生み出しているのはたった二人の少年少女だった。
スバル・ナカジマとエリオ・モンディアル。
片や年頃の少女、片や年端もいかぬ少年であるはずの二人はその年齢や性別にそぐわぬ苛烈さで次々と目の前に出されていく料理を平らげている。
「「おかわりー!」」
「はええよ!? ええい、アリサ次!」
「既に投入中! なのは仕込みは!?」
「はやてちゃんに援軍を頼んだ! あ、そっちの野菜切って」
「りょーかいやー」
「くそっ、追いつかねえ。ランスター! スバルの手綱握っててくれ! フェイトとキャロはエリオ!」
「食事中のアレを止められるとでも……」
「私はエリオくんからちょくちょく貰っていますから、むしろこのままゴーゴーです」
「え、ええと、食べる子は育つって言うし……?」
「ほんと、賑やかですねえ……教会の寂しい執務室とは大違いですよ、ええ」
「おい陣耶ー、肉まだか肉」
「てめえも眺めてないで手伝えよヴィータ!!」
対策を講じてもまるで意味を成さない。むしろ更に加速を見せて貢物を食していく。
その光景、まさしく暴食と言う他にない。尽きることの無い食欲と底が見えることの無い胃袋。
たった二人の食の化身。ただそれだけの存在にこの食卓は確実に支配されていた。
「だーーーっ!! 俺らの分はちゃんと残るんだろうなーーーっ!!?」
「あの二人の胃袋に聞きなさい……」
「毎日こんな騒ぎなんですかね。羨ましいですよ、割と本気で。私も誘って欲しいです」
「いつもはもっと普通だわ!!」
「陣耶くん、そこまで手が着かないなら私が味付けの方を支援に……」
「それはいい、そして調理の方はスペースの問題でもういいからシャマルはのんびりしててくれ、うん」
「なにか私だけ扱いが違わないかしら……?」
そんな感じで。
機動六課の出張任務における夕食は終始賑やかに過ぎて行ったのだった。
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.22「やっぱりサプライズがないと」
夕食という名の戦闘を終えた陣耶は辛うじて残っていたもも串をむしゃむしゃと食べていた。
完全に冷めきった訳ではないがそれでも残り物。多少の熱が抜けて少し微妙な味に感じられた。
「他の連中はスーパー銭湯に行っている中、残った俺達は残飯処理。いったいどこで差が付いたのやら」
「前線組は普段からハードトレーニングなんだし、ターゲットが見つかったらすぐにでも動くでしょ。息抜きできる時にちゃんとやっておかないと」
「……なら何ではやてやらフェイトやら、訓練関係無い連中まで行っているのかね」
文句を垂れても仕方がないのは陣耶も分かっている。
しかしいつの時も予想外と不測の事態というのは付きものだ。待機できる者はできるだけさせておきたいというのも理解している。
が、やはり銭湯は魅力的なのだ。
マンションのように一人入るのが限界のような小さい物ではなく、広大な風呂桶にどっぷりと浸かりたいのだ。
「まあまあ、抑えてください陣耶さん。そう言うなら私だって行きたかったんですよ」
「あんたは普段がダメダメだろ」
「ダメダメとダメ出しされるからこそダメな事に挑戦したくなるんじゃないですか」
スーパー銭湯へと向かったのは機動六課の面々のみであり、残りのメンバーはそのまま夕食の後片付けである。
陣耶となのは、アリサにすずか、途中参加したエイミィ、アルフ、美由希、トレイター。
そこに呼んでもいないのにやってきたカリムを加えた九名がこの場にいるメンバーだ。
各々が気ままに残飯処理をしながら要らなくなった紙コップや紙皿などをごみ袋に放り込んだり残り物をタッパーに纏めたりしている。
「それで、こっちには予言の内容を確かめに来たって言ったよな。どういう内容なんだ?」
「ふふふ、気になりますかー? でもダメでーす」
あっさりと断られた。
予言の正否を確かめるのなら『予言を成就させる』のが一番手っ取り早い。
そして、それを狙うなら余計な情報はかえって予言成就の邪魔になる可能性もあるだろう。それでは本末転倒だ。
「ま、あくまで天気予報レベルなんだし、気にしなくてもいいか」
「随分あっさり引き下がりますね。ふむ……仕方ありません」
カリムがチシャ猫のようにニヤリと意味あり気に視線を陣耶に流す。
その仕草に何か猛烈に嫌な感覚を覚えて、何が仕方なくなんだと問い質す前に、
「その潔さに免じて、これから明け方までたっぷりどっぷり私の夜のお相手をしてくれるなら教えてあげ」
「はーいTPOと発言の内容を省みようなー。微妙に誤解を招くような発言をするんじゃないぞー」
微妙に危ない台詞をのたまったカリムの頭にアイアンクローをお見舞いした。
ぎりぎりと頭に指をめり込ませながら痛い痛いと呻く金髪はすっぱり無視する。
この場にはこの手の下手な冗談が通じない者がいるのだから、余計なある事ない事を吹聴される前に封殺するべきなのだ。
「今から明け方までって……え、え? にゃっ!?」
「たっぷりどっぷり夜のお相手って……陣耶くん、大胆……」
「純真なのは良いけどね? いい加減にこの手の冗談に対応できるようになろうぜ……?」
既に手遅れだと分かりつつも弁解だけはダメもとでやってみる。
ただ、この場合は自然の成り行きに任せて誤解が解けるのを待つしかないと痛感しているので半ば諦め気味だ。
下手に弁解するようなら余計な誤解が更に深まるだけだと陣耶は経験済みである。
が、そんな逃げを許さないのが今回の相手だったのが不幸だと言わざるを得ないだろう。
「冗談だなんてそんな……あんなに激しく嫌がる私を攻め立てて危うく新たな境地に目覚めかけたあの夜は遊びだったんですか……!?」
「遊びも何も徹夜で桃電鉄に俺が付き合わされただけだろーが!? あと、ビンボー神攻めはそれの鬱憤晴らしだ!!」
「私の具合は……どうでしたか?」
「そんな潤んだ目で頬を赤らめながら見上げられたって騙されないもんね! ついでに具合で言うなら仕返しの手がえげつなくて二度とやりたくないと言っておく!!」
「そんなに恥ずかしがらなくても……言ってくれればいつでも私は応えますよ」
「聞けよ人の話!? 騙されないっつったろ!?」
まったく自重しない物言いに場の混沌ぶりは加速していく。
もはや当然のように弁解は照れ隠しや誤魔化しとしかとってもらえず、やはり当人の口から冗談だと言ってくれるのを待つしかない。
「うわ……うわぁ」
「へ、下手すると私もそんな目に遭っちゃう……?」
「誰が止めろよこの脳内桃色二人組!?」
「いや、だってさあ。ねえ美由希さん?」
「うんうん。妹のああいう反応は初々しくていいよねえ」
なんかもう自分の味方なんか一人もいない宇宙だということを理解する。
気分はまな板の上の鯉。このままあちらの気が済むまで弄られ続ける事を覚悟した。
そこに、ポンとアルフが気遣わし気に肩を叩いてくる。
「骨は拾ってやるからさ……安心しろよ。な?」
これ以上はないというほどの優しい声が今日一番のダメージだった。
エイミィを見ればサムズアップを笑顔で返された。トレイターには―――期待をする方が無理な話である。
八方塞を自覚してもうやけとばかりに残った串を口の中に放り込む。
―――今度こそ冷めきった味がした。
「いやいや、我が主は人望があるようで何よりだ」
「こんな嬉しくない人望があってたまるか……なんでヴァイスかグリフィス辺りを連れてこなかったんだよ」
「連れて来ていたところでスーパー銭湯に行っただろうからこの状況は変わらんだろうがな」
「ちくしょうっ!?」
そんな陣耶の様子を眺めながらアリサや、エイミィはニマニマと笑っている。
この状況を一番楽しんでいるのはもしかすると彼女達三人なのかもしれない。
陣耶も陣耶で一々反応するからからかわれるのだと気付くべきである。
「しっかし、実際陣耶のポジションって複雑なのよね。そこのところ、エイミィさんとか何か聞いてません?」
ほとんどコネだけで作られたような部隊の機動六課。
そこの部隊長と密接な関わりのある彼は、直接機動六課に協力するのではなく聖王教会経由で力を貸している。
なのはは嘱託魔導師として直接協力している状態だが、それとはまた話が違うのだ。
「んー、聞いてはいないけどやっぱり命令系統や行動の制限の違いかな? 機動六課で一纏めにすると陣耶くんもそれを強制されるし」
「彼、以前からそんな節はあったからねえ。下手に自分の独走で周りに迷惑かけるよりは元々別だって区切った方が楽なんじゃない?
ならそもそも自重しろって話だけど。その辺りにブレーキが付いていないのが欠点で、だからある程度の幅が利かせられる枠を用意したんじゃないかな」
現在、陣耶の指揮権は聖王教会所属の騎士カリムに一存されている。
機動六課に協力する形をとっているものの、いざとなればカリムが独自に陣耶を動かす事も可能なのだ。
それは裏を返せば陣耶がどんな行動をとったとしてもその責任が機動六課に向く事はなく、カリムに向くという事になる。
「なるほどね……いかにもあいつらしい。カリムさんはその事を?」
「承知済みなんじゃないかな? そんなリスクを分かっていながら許容する辺り、彼女もうちの旦那に負けず劣らず中々のお人好しだと思うよ」
エイミィのどこか誇らしげに語る表情は頬に少し赤みがさしていた。
照れているのか高揚しているのかは分からないが、ともかくその様子を見て他一同が思ったのは一つ。
「はい、こうやってしっかり惚気るのを忘れないエイミィであった」
「あーもう、アルフったらからかわないでよー」
「いーなー、私もエイミィみたいにそういう相手が欲しいなー」
「大丈夫だって。美由希にもいつかきっといい人が現れるって」
根拠のない言い分に何だか生き遅れ感を感じて美由希はガックリと肩を落とした。
一〇年前から勝ち組だったエイミィに言われたくないやい、などと彼女が思ったかどうかは定かではない。
そんな一部始終を眺めていたカリムは楽しそうな笑みをこぼして―――ふと、何かに気付いたようにその視線をあらぬ方向に向けた。
「どした?」
「いえ、そろそろだなと思いまして」
何がそろそろなんだ、とすまし顔のカリムに陣耶が問いかけようとした時だった。
和やかな空気を裂くように、設置されていた機材から機械的なアラートが周囲一帯に鳴り響く。
緊急を知らせるそれにエイミィがすぐさま飛びつき、展開されたパネルに何度か触れて様々な画面を表示させる。
「これは……反応ありだね。仕掛けていたサーチャーの一つに掛かったみたい」
「なるほど。つまりは、お仕事の時間って訳だ」
エイミィの一言を皮切りにそれぞれが各々の役割を果たすために動き出す。
今回の任務のメインはフォワードチームだ。この場にいる人員は全てそのフォローに回るための人材である。
そのための準備を進める中、ただ一人だけ全く役目を与えられていない人物は同じく本来部外者であるはずの者に語りかけた。
「もしもし。えーと……高町美由紀さん、でよろしかったでしょうか?」
「はい。それでいいですけど……どうかしましたか?」
やることがなくて暇でも持て余したのだろうか、と女剣士は首を傾げる。
そんな相手の仕草に教会騎士は悪戯を思いついた子供のようにクスリと笑った。
◇ ◇ ◇
陣耶たちがアラートに気づいた頃、スーパー銭湯で一浴び終えた機動六課の面々もまた同じようにアラートによる知らせを受けていた。
このアラートの役目は単純明快、標的が網に掛かったことを知らせることだ。
いよいよ本番の時が来たとフォワード四人はデバイスを起動させて夜の街を駆けている。
既にバックアップチームとシャマルが封鎖結界を一帯に展開しているので人目を気にする必要も無い。全力で現場に急行中だ。
そんな中、楽そうな任務でも油断しないことを信条にするティアナが気を引き締める意味でも口を開く。
「移動しながらになるけど、一応対象の情報をもう一度確認しておくわよ」
「うん。まず対象は個人所有物のロストロギアで、別段害があるわけじゃない」
「それは大変貴重な物なので、出来れば傷付けずに回収して欲しいんでしたよね。
うーん、なんだってまたロストロギアなんて物騒な名前を付けられているのを持っていたんでしょう?」
んー? と首を傾げるキャロ。
実際、ロストロギア=危険物というのが一般認識であり、それを個人が所有しているとなると多少なりと首をかしげたくなるのは人情だ。
安全な物だ、と言われてもいまいちピンと来ないのが本音である。
そんなキャロに合いの手を出したのは、年長者二人ではなく意外にもエリオだった。
「ロストロギアっていうのは今の管理局では解明できないテクノロジーの総称なんだ。
例えばレリックは単純に高密度のエネルギー結晶体で、不明なのはその精製技術。
今の管理局じゃあれだけの規模のエネルギーをあのサイズの物質として精製するのはまず無理だから、未知の技術の産物としてロストロギアになる訳なんだ」
「ふむふむ。じゃあ今回のロストロギアも私たちにとっては未だに解明できない未知の技術が使われているのでロストロギア認定されているんですね」
「うん、正解」
「……あんたほんとに一〇歳なのか疑わしくなってきたわ」
とても年端もいかぬ子供のものとは思えない弁舌を披露する赤毛の少年に何とも言えない気持ちになるティアナだった。
キャロもその説明を聞いてきちんと理解できてしまっている辺り、やっぱり将来有望なのかもしれない。性格というか、普段が酷くアレだが。
褒められたことが嬉しかったのかエリオは照れたように笑って、しかしそれは違いますよと否定した。
「これ、フェイトさんの受け売りなんです。僕が根掘り葉掘りフェイトさんの話に突っ込んでいくものだから、その過程で解説してもらって」
「はあー、つまりはフェイトさん直々に授業を付けてもらってた訳だ。美味しいポジだねえエリオ」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよスバル。もうそろそろ現場に着くから気を引き締めなさい」
スーパー銭湯からノンストップで走り続けた四人が辿り着いたのは―――聖祥大付属小学校。
海鳴出身の魔法関係者が示し合わせたように通っていた、今にして思えば何とも数奇な学校にそれはいた。
一言で表すのなら、スライム。
妙に柔らかそうな青くて丸い大量の軟性物体がグラウンドを埋め尽くすような勢いでそこらじゅうを跳ね回っていた。
「……何、あれ」
「ぷにょぷにょスライム?」
「確かにスライムっぽいですけど……何だか、現在進行形で数が増えてません? ほらあそこ、なんか分裂しましたよアレ」
「おおー……な、なんだか『汚物は消毒だー!』とか言いたくなってきますね」
何やら良く分からない戦慄に震えているキャロは放っておき、ティアナは素早く通信をバックヤードと繋げる。
まずは対象を発見し、その後の指示はまたその時に。
そう言われているからにはそうするべきだし、さっき話した事以外の情報を四人は持っていない。
何をするにしてもあのロストロギアがどういう物かが分からなければ捕まえるも何もないのだ。
「こちらスターズ04。対象を発見しましたが学校のグラウンドを埋め尽くす勢いで増殖しています、指示を」
『こちらロングアーチ00。対象は危険を感知するとダミー体を作り出してそれを無尽蔵に増殖させる能力を持っているんや。
つまり、目の前に広がってる大量の青いのはほとんどがダミーで本物は一つだけ。その本体さえ封印すればダミーも消えるはずや』
「この中から、ですか」
『せや』
要するにこの中から本物の一体を見つけ出せ、ということらしい。
グラウンドを埋め尽くす勢いで増え、所構わず跳ねまわるあの青いのを、である。
放っておけば今にもグラウンドの外に飛び出しかねない。ぶっちゃけてここまで規模が大きくなると完全に止められる自信がない。
「……万が一、この空間内から漏れ出た物が出た場合は?」
『そっちは心配しなくてもええよ。本物は常に群れの中で行動して、出来るだけ集団の中の方に紛れるようにしているはずや。
せやから本体が集団から逃げ出すっていう事はないやろうし、逃げるにしてもダミーの集団ごとになる。
漏れ出たダミーに関しては空戦チームが対処するから、フォワードチームは本体の特定と封印、頼んだで』
「了解です」
言って、ティアナは一旦通信を切った。
この中から本体を特定するのは骨が折れるだろうが、しかしそれでもやるしかない。
求められているのはこの程度はこなせるレベルなのだろう。できないなんてレベルの訓練はしていないし、できるはずだと。
ずいぶんと期待を寄せてくれるものだと人知れず息を吐く。
軽く、肺の中の空気を入れ替えて―――
「よしっ」
やるべきことを見定める。
とにかく、挑戦しなければ何も始まらない。やるからにはやり切る気概で挑むのみだ。
クロスミラージュの調子は良好。スーパー銭湯に行く前に軽くメンテは済ましてあるし、自身のリンカーコアも正常に働いている。
他の三人にも特に異常は見受けられない。
ならば、自分のやるべきことは。
「私たちのやることはあの大量にいるダミーの拡散阻止と本体の特定、そして封印。
本体自体は集団の中心にいる習性があるみたいだから、そこを私とキャロで重点的に調べるわ。スバルとエリオはダミーの拡散阻止をお願い」
『了解っ!』
ティアナの呼び掛けに三人が応える。
危険性は無いにしても手間取る訳にはいかない。迅速に、手早く対処する。
左右に分かれて飛び出したスバルとエリオに合わせ、ティアナもクロスミラージュの引き金を引いた。
◇ ◇ ◇
結界の中で多くの魔導師が奔走する。
ロストロギアの回収を滞りなく行うためにそれぞれが役割をこなし、専念している。
フォワードチームは任務の主軸としてロストロギア本体の封印を。隊長陣は拡散するダミーの確保と万が一のフォロー。
バックヤードは一般人への干渉を防ぐための封鎖結界を展開し、全体の管制を行っている。
一般人は関係者を除いて立ち入ることのできない異空間。そこで立ち回る地球の常識とは掛け離れた摩訶不思議な力の使い手。
それはまるでおとぎの国のお話のような、夢現の世界。
普通の人間は原則として立ち入る事ができずに誰も気づかず、知らず、過ぎ去っていくだけの切り離された時間。
―――しかし。
「ん……始まったわね」
そこに、いるはずのない人物が紛れ込んでいた。
他のビルを見下ろせるだけの高さを持った建造物の屋上に佇む人物は、見た目が二十代程度の女性である。
ゆったりとした青いTシャツと黒のロングスカートで身を固めており、風に大きく揺られる金髪がどこかちぐはぐな雰囲気を作っている。
鋭く細められた目には眼下―――ロストロギアの回収に奔走する魔導師たちが映っていた。
それを見て彼女はほんの少し、唇を釣り上げる。
「ここまで近づいても気付かれる兆候は無い……試運転としては上々といったところかしら。
まさかロストロギアが落ちてくるとは思わなかったけど、おかげで楽に実地テストができたわね」
呟く声は冷徹に、瞳には嘲笑と愉悦を覗かせて眼下で繰り広げられる喜劇を眺める。
健気に奮闘する少年少女はまだ幼く、その動きもまだまだ無駄があり未熟極まりない。とてもではないがあれが自分たちの脅威だとは彼女には到底思えない。
ただそれも、今のままならばという話なのだが。
稚拙な動きながらも最善を尽くし、常に前を見て打開策を見出そうとするその姿勢は成長する者そのものだ。
今はまだつたないが、あれらがこのまま順当に成長していくのならばなるほど、それは脅威足り得るだろう。
そしてそれを脅威と感じるのは、きっと自分たちだけではないはずだ。
「なら、ちょくちょく刺激しておくのも悪くないかしら。適度に育ってもらわないとこちらとしても困るしね」
愉しそうに女が嗤う。
まだまだ始まったばかりなのだから、きっちり終わりまで役割をこなせるようになれと言う。
「そのためには……やっぱりサプライズがないと」
一陣の風が吹く。
思わず目を瞑ってしまいそうな冷たく空気を裂くそれが通り過ぎる頃には、女性はその場から姿を消していた。
もはや影も形も見当たらない。その場にはただただ不気味な静寂のみが残されていた。
◇ ◇ ◇
異変は唐突だった。
何の問題もなかったと思われていたロストロギアの回収任務―――そんな甘い幻想は新たに鳴り響いたアラートによって打ち壊されることになる。
再び鳴り響いたそれに耳を傾けながら億劫そうに陣耶はどっこらしょと立ち上がる。
「で、何があったん」
「ガジェットやね。たぶんロストロギアの反応をレリックと勘違いして出てきたんやろうけど……なんで海鳴に出てきたんやろ。気になるわ」
「考えたってしょうがない。とりあえずは俺とトレイターとなのはで迎撃に出るから他の連中はそのままでいいだろ、そのための遊撃ポジなんだし」
「ん……反応を見たところT型だけやし、とりあえずはそれでいこか」
了解、と指示を受けた二人はデバイスを起動させてバリアジャケットを展開した。同じくトレイターも騎士甲冑を展開する。
イレギュラーの数と進行経路を確認する。別にそれほど多いという訳ではないが、標的は大きく二手に分かれていた。
付け加え、ここからそれなりに距離もある。
「俺とは自前の転移魔法でトレイターと行くわ。おまえはどうする?」
「そうだねー……私は速度が速いわけじゃないし、それなりに距離もあるしね」
「そういうことなら私に任せて」
思案顔のなのはの前に笑顔で進み出たのはバックアップチームとして待機していた一人のシャマルだ。
彼女自身のアームドデバイス、クラールヴィントのペンデュラムが碧の軌跡を描いて宙を舞っている。
「シャマル先生」
「転送魔法ならサポート役の私の出番よ。流石に速度は陣耶くんのようには行かないだろうけど、転送距離なら負けません」
「うーん……なら、素直にご厚意に甘えちゃいます。よろしくお願いしますねシャマル先生」
「はい、任されました」
方針が決まった一同はそれぞれの魔法を即座に起動させる。
陣耶のそれは僅かな魔力光の残滓のみを残し、一瞬でその姿が掻き消えた。短距離瞬間移動にも似たそれは長距離にすら適応されるイレギュラーである。
対してなのはの方はシャマルの碧色の魔方陣から立ち上る光に包まれて、徐々にその姿が薄れていく。
その像が完全に薄れて消える前に、なのははその場にいる全員に向けて手を振った。
「それじゃあ高町なのは、行ってきますっ」
大丈夫だよ、という意思表示の笑顔と共になのはの姿はその場から掻き消えた。
それを確認してからはやては海鳴の状況を示すマップに目を向ける。
突如として二か所から出現したガジェットドローンにはそれぞれ陣耶とトレイター、なのはが向かった。
それでさしたる問題は無いはずなのだが……
「んー……なんやろ。何か見逃してるんか、漠然とした不安が……」
何を、とは具体的には言い表せないが、妙な引っ掛かりを感じる。
いったいこの違和感は何なのか……思考を巡らせても中々答えは出ない。
分からないことはいつまで考えても仕方ない。一つ息を吐いてはやては手を振り空間に投射されたパネルを閉じる。
「ガジェットくらいならあの三人が向かえばすぐに片付く、とは思うんやけど」
「陣耶さんですしねえ……思わぬトラブルが発生して手間取る、なんて事態が起きても不思議じゃないと思えるのがもう不憫でならないですよ」
本人が聞けば食って掛かってきそうな言葉を口にしながら夜空を仰ぎ見る二人。
その時だ。
鳴り止んだアラートが再びけたたましく音を上げ始めたのは。
「だーもうっ、次はなんやっ!?」
「ちょっと待ってねはやてちゃん、今から確認するから……」
シャマルが素早くパネルを開いてアラートの原因を探り出す。
警告用の画面が彼女の目の前に開かれ―――次いで、その目が驚愕に見開かれた。
何故、と。驚愕と困惑がない交ぜになった表情。尋常ならざるその様子にはやてもこれがただ事ではないと察する。
場に緊張が奔った。
「シャマル? どないしたん」
「……海鳴市に展開した封鎖結界に侵入する魔力反応を感知しました。数は、一」
「また少ないな……余程腕に自信があるのか偶然こっちに来たのかは分からんけど放置していいようなもんでもないし。
それで、反応はログにある?」
一度記録された反応はログとして残る。
次に同じ反応が現れた場合はそこからデータを検索できるためだ。こういう手法は地球と比べて科学技術が進歩したミッドでも使われている。
そして、それに対してシャマルが返した答えはイエスだった。
莫大の緊張と畏怖を湛え、彼女はログに残されたその名を告げる。
「魔力反応は過去の交戦データ一件と一致。結界に侵入した者は―――」
かつて、守護騎士四人とリイン姉妹、なのはたち三人に加えて陣耶とトレイター。
それだけの数を相手にしても一歩も退くことのなかった、奴。
その名は、
「無色」
地獄がやって来る。
その名はまさに、悪魔の到来を告げる宣告だった。
Next「圧倒的というものを見せてやろう」
後書き
超お久しぶりです、ツルギです。
アテリアルだのまほよだの再世篇だのなんだのとやっていたらいつの間にかこんなに間が空きました。
待ってくださっている方々、すみません。え? 待ってない? でも書くもんね! 書き出したし!
といことで海鳴探索編で無色さん登場。もはやギャグレベルの戦闘能力を発揮してくれるのか、次回は。
しかしDiesとフツウノファンタジー……楽しみだなあ(ぁ
それではまた次回に―――