「また処理が面倒な顛末ですね……」
「しゃーねーだろ、実際そうなってたんだし」
「我々が到着した頃には既に事が終わっていたようだしな」
陣耶とトレイターは惨殺現場から戻ってカリムへの報告を済ませていた。
あの後も施設内の捜索を続行していたが、不意に入ったトレイターからの『生存者ゼロ』の通信を受けてそれも切り上げた。
最終的な結果としては施設内にあれ以上の仕掛けは存在せず、生存者もゼロ。
そして、当初の目的の意味合いでならあの世界は黒だった。
トレイターの発見した『プロジェクトG』なる文書。それに加え、加えて施設内で遭遇した明らかにあちらの世界の技術とは主旨も次元も違うキメラの存在。
更には、カレンと名乗る女性がコピーして施設から持ち出したデータ。
「何を研究してると思えば、エネルギーの研究施設だったとはな」
「雑多に過ぎますけどね。電力、風力、火力、熱力、太陽光、原子力、果てには魔力に手を出しエクリプスだの次元力だの」
「キマイラの方はレリックから出力されたエネルギーで作ってたんだって? よくやるわ」
おそらくはエネルギーの生産効率と利用効率の実験でもやっていたのだろう。
つまりはその過程で生まれたのがあのキメラであり、機械兵器という事になる。そういった事を貪欲に吸収していたと思われる。
尤も、それを何に利用するつもりだったのかは検討がつかないが。
それに関してはデータを洗い流して他の部署が検討する事なので、陣耶にとってはどうでもいい事だ。
「じゃあ俺らはそろそろ行くぞー」
「えっと、聞いた話によるとこれから海鳴の方で出迎えの準備をするとか」
「おーう。まあちょっとした実戦訓練みたいなもんだとは聞いてるが……お前もやる事が少し黒くないかね?」
「いえいえ」
適当に答えながらトレイターを伴ってドアを開ける。
……背後から一身に注がれる期待の視線は全力で無視した。構っていると時間がいくらあっても足りないのは身に染みている。
「では陣耶さん、トレイターさん、また後日」
「失礼する」
「またなー」
ガチャン、と木製の扉が閉じられた。
近くの窓から外を眺めれば青い空と照りつける太陽。
さて、あいつらが来る頃のこっちの空模様はどうなっているのか……できれば晴れてればいいんだがと思って、陣耶はその場を後にした。
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.21「結構、お茶目だから」
翌日、松田と武内を除いたいつもの面子がすずかの家に集まっていた。
庭の森の中には木製のコテージが一軒建てられており、そこに食材や布団やらを運んでいる。
「えーと、肉の類は全部冷凍庫に突っ込んでおいて、野菜は野菜室……ていうか離れのコテージに何故にこんな高価な冷蔵庫があるのやら」
「部屋の整備終わったよー。シーツとかは宿泊施設みたいに自分達でやってもらうって形が良いかなー」
「なんなのその微妙なサプライズ精神……」
「なのはちゃんもきっと嬉しいんだよ。私達がこうやって集まる機会って中々ないから、ちょっとはしゃいじゃってるんじゃないかな」
四人で騒がしくあーだこーだと言いながらコテージに生活用品を整えていく。
軽い掃除から始まり、備品のチェック、食品や生活用品の運び込み、調理器具の調達等々―――朝から動きまくっていた。
というのも本日の午後にミッドチルダから機動六課フォワード部隊の面々がこちらに来ることになっており、その受け入れ準備のためだ。
拠点はすずかが提供し、その他生活に必要な者なども全てこちらが調達する事になっている。
流石に掛かった費用はあちら側の経費から差っ引かれるらしいが、とりあえず四人は宿泊施設の整備に勤しんでいた。
「食材の運び込み終了ー。そっち何か仕事あるかねー」
「じゃあ布団を干しといて。長い事使ってないからいろいろお願い」
「うーい。どうにかあいつらが来るまでに終わらせねーとなー」
そうして慌ただしく動き回り―――お昼時。
朝から始めたコテージの清掃作業は滞りなく終了し、作業を終えた四人はコテージのリビングで盛大にだれていた。
元々定期的に手入れはしていたものの、外世界のお客様を招くのは初めての事なのでいろいろと不安だったのか気合が入ったのだ。
気の知れた人ならいざ知らず、相手には年頃の少女もいる。いろんな意味で遠慮のない子供もいる。
これは舐められちゃいかん、と妙にアリサが熱を入れた結果だった。
「しゅーりょー!」
「みんなお疲れ様ー。差し入れで店からいろいろ持ってきたからそれでお昼にしよっか」
「さんせーい。私お腹空いたのよねー」
「じゃあ私飲み物用意するねー」
「あ、俺もやるー」
そもそも、何故機動六課の面々がこちらにくるのかというと―――話は少し前に遡る。
なんでもとある人物がロストロギアを次元航行で運んでいる最中にそれを落としてしまったらしい。
そして、そのロストロギアの落ちた先がこの地球の海鳴市なのだという。
落とした本人の話によれば危険性は皆無。ためしに照会してみればロストロギアと言っても趣向品の類で認可されている物の一つだった。
依頼を受けたカリムは丁度良いと新人の実戦訓練のために依頼を機動六課に回した……というのが事のあらましである。
「それまで出来る限り対象には手を出すなとは……あいつも考えている事が大概だな」
「ほら、そう言い切れるくらいには安全が保障された物品だったって事じゃないのかな。陣耶くんも一応確認したんでしょ?」
「トレイターもな。ま、あいつも大丈夫だと太鼓判押してたからあまり心配してない」
言いながら適当なコップを取り出して飲み物を注いでいく。
こういう時に各人が何を欲しがるかは付き合いが長すぎて既に知り尽くしていた。
入れ終わったら容器を冷蔵庫の中に片付けて、コップはトレイに乗せてテーブルまで運んでいく。
すずかと二人で戻った頃にはなのはとアリサがテーブルに昼食を広げていた。
なのは曰く、店から持ってきたというサンドイッチのランチセットである。
「という事で、本日のお昼はお母さんとお父さんのお手製サンドイッチでーす」
「「「おー」」」
様々な野菜や卵、ハムなどを挟んだパンが色とりどりに並んでいる。
その中の一つを手に取りぱくりと口にすると、途端にいろんな食材の味が中で一気に広がった。
素材一つ一つの味が際立っており、しかしそれでいて他の素材の邪魔をする事無く味を上手く引き立てている。
「うん、いろんな意味でうまい。流石は高町夫妻だなあ……俺もこのレベルを目指してはいるが、まだまだ遠い」
「駄目だよ陣耶くん。お母さんに挑むなら同じ程度を目指すんじゃなくて超える気概で行かないと。ほら、お母さんってチャレンジ精神旺盛だから」
「ま、私達が揃ってバイトに突っ込んでもらってる目的の一つでもあるしね」
「桃子さん、『どんどん盗んでいってちょうだい』ってばかりにいろいろ見せてくれるからね」
まだまだ現役を張るわよー、とばかりに日々試行錯誤に挑戦している高町桃子の姿を四人はよく知っていた。
新たなレシピ開発に精力的に取り組んでおり、元々洋菓子職人だったところが今では万能のシェフである。
しかし、やはりというかその中でも群を抜いて完成度が高いのが洋菓子であり、喫茶翠屋における不動の看板ジャンルだ。
この場にいる四人の中でも特になのははいつか洋菓子で絶対唸らせるという野望っぽい目標を掲げている。本人曰くまだまだ先だそうだが。
「ていうか陣耶ってさ、意外と料理に熱心よね」
「美味いもんは好きだし」
「そんな理由かい」
「料理だって好きだが? じゃねーとわざわざこんなバイトやってねえって」
他愛のない雑談が続く。
それからしばらくテーブルを囲んで談笑しながら昼食を摂り終え、その後片付けが済んですぐに本日の来賓がやって来た。
設置されている次元転送ポートが起動し、そこから光が吹き上がる。
やがて光が収まり―――現れたのは機動六課の面々だった。
「どうもー、お久しぶりでーす」
「ご無沙汰してます」
「スバル、ティア、久しぶりだねー」
まず出てきたのはスバルとティアナ。二人は面識ある面々と再会の挨拶を喜んでいた。
続いてエリオとキャロ、それにフェイトがやってくる。
小さい二人は初めての管理外世界に物珍しそうな視線を向けていた。
「ここが地球……フェイトさんの実家のある世界」
「想像してたよりもずっと普通だねー。なんていうか、もっとこう各地で戦火が飛び交うのを想像してたんだけど」
「おっしフェイトお前ちょっとこっち来い子供の育成について話し合おうじゃないか」
「何でっ!?」
何で人の故郷を人外魔境と言われなあかんのだー、とは陣耶の談。
確かに特級のロストロギア事件が年に二回も発生したりAランクオーバーの魔導師が素で三人ほどいたりHGSがあったりするのだが……
が、やはり人の故郷をそんな風に言うような教育をする者には一言しっかりと言わねばならないとそんな意気込みでフェイトを引きずる陣耶。
そしてドナドナでも聞こえてきそうな雰囲気でコテージへと消えていく二人を眺める中、機動六課の部隊長とその守護騎士が転送ポートから現れた。
「みんなー、久しぶりー! ……ってありゃ、フェイトちゃんは? ついでに陣耶くんは?」
「教育について話があると陣耶さんに引きずられていきました。何の事でしょうね?」
十中八九あんたが原因だ、とその場にいた全員が思ったかどうかは、定かではない。
しばらくして、二人がぐったりとした様子で帰ってきてから今回の件に関する打ち合わせが簡単に行われた。
街のどこかを移動しているであろうロストロギアを街中にサーチャーをばら撒く事で見つける、という内容は至極単純なものだ。
つまり網を張り、あとは獲物が掛かるのを待って回収作業に移る事になる。
「エリオとキャロとフェイトちゃん、スバルとティアナとアイン、街中を捜索するのはこの二組に任せる。
シャマルとツヴァイ、それと私はバックでの管制担当。副隊長と協力者二人は不測の事態に備えて待機や。
何かあったり、目的のロストロギアを発見した場合はこちらに連絡を入れる事。
以上。各員、何か質問は?」
特に質問は挙がらない。
なら早速行動開始と、はやてによる号令が下される。
指示を受けて散り散りに去っていく隊員を眺めて―――バックヤードも行動を開始した。
「じゃあ、私達は夕食の準備に取り掛かりましょうか。陣耶ー、網だの炭だのコンロだのトングだのお願いできるー」
「よーわ一式持って来いだろ、ややこしい」
本日のメニュー、野外バーベキュー。
アウトドア用のテーブルや紙コップ、紙皿などは事前に用意して一纏めにした上で完備している。
サーチャーを撒く作業にどれだけ時間が掛かるかは分からないが、一応夜中まで掛かるだろうとは予想されている。
ならば食事を用意しなければならず、どうせならパーっとやってしまえというアリサの提案だ。
それにすずかが乗って『なら食材の調達は任されたっ』とか言い出したので結構な物が揃っている。
この後、すずかの屋敷からもノエルとファリンが調理の援軍として駆けつける予定もあった。
「え、何々ー? 晩御飯作るん? うちも混ぜてー」
「だーめ。はやてちゃんは部隊長のお仕事があるんでしょ? そっちをちゃんとやってもらわないと」
えー、とはやては不満を隠そうともしない。
部隊長としての書類仕事でかなり根を詰めていて、気晴らしで料理がしたいとか。
そういう手を使われてはすずかとしても弱いのだが……
「すずかちゃん、出来る人間というのは仕事と娯楽の両立をこなせる人間なんよ」
「そうそう、その通りです。だからもうちょっと休暇が欲しいと私は思う訳ですよ」
「うぐ……って、あれ?」
ふと知らない声がした。
いったい誰だ? と思いながら辺りを見渡す。
はやても同じくそれに気が付いたらしくすずかと同じように―――いや、どこか引き攣った表情で首を回していた。
この場にいる人物を確認する。
はやて、すずか、アリサ、なのは、陣耶、ツヴァイ、シグナム、ヴィータ、シャマル、そしてフリード。
どこにも声を発したであろう人物が見当たらない―――と思った矢先、
「ふふふ……こっちですよ」
声がした。
今度ははっきりと方角が分かって、バッと二人して首を勢いよく向ける。
……シグナムの真後ろに、何やら見慣れない金髪が揺れていた。
「えと……シグナム?」
「主、察して頂けると助かります」
ああー、とはやてが何かを悟ったように思いっきり項垂れた。
心なしかシグナムもどこか遠い目をしており、哀愁を漂わせている。
そして、特に反応が顕著な人物が一人。
「んなっ……!」
陣耶が、顔を思いっきり引き攣らせて金髪を見る。
すずかと違いシグナムの背後にいる人物をはっきりと見れる位置関係だからか―――その驚愕もひとしおだったようだ。
そんな風に口を戦慄かせながら指を指す彼に向けて放たれる、実に気楽な一言。
「どうも、こんにちは陣耶さん。本日はお日柄も良く―――」
「何でアンタがこっちにいるんだよ仕事はどうした!?」
「ご想像にお任せします」
「駄目だ、絶対逃げて来たよこいつ……ッッ!!」
一部の人物の間にとてつもない哀愁が満ち満ちていた。
そんな雰囲気など一切気に介さず、突然現れた金髪の女性はにっこりと笑う。
「さて、初めての方は初めまして。会った事のある人はお久しぶりです。私はカリム・グラシアと申します」
カリム・グラシア、到来。
我が道突っ切るフリーダムなハリケーンが海鳴市に上陸した瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「次、あっちの方に向かうわよ」
「りょーかーい」
探索エリアの北半分を請け負ったスターズ分隊は順調にその作業を進めていた。
要所にサーチャーを設置して、移動を繰り返す単純な作業。罠を仕掛けるだけなので大した労力も必要ない。
特に目立った問題も無く作業は進行していった。
と、その様子を見守っていたアインが―――ふむ、と頷いた。
「ところでお前達、一つ聞きたいのだが」
「はい?」
「何でしょうか」
突然降ってきた声にも二人は即座に反応した。
性格は真逆といっても良いこの二人だが、これ以上ないと言う程に息はピッタリである。
そしてそんな二人が自分の知り合い、なのはと陣耶の知り合いでもある。
つまりは単純に興味が湧いたのだ。あの二人と出会ったいきさつは知っているが、この二人がコンビに至った経緯というものに。
「二人は確か、訓練校で同期だったのだな。今のコンビはそのからか?」
「そうですね……お互いデバイスが自前の特殊型だったので組まされて、そこからはなし崩し的に腐れ縁です。
特にその頃のスバルは魔法歴がまだ一年しかなくって、私がサポートで走り回る羽目になりましてね……?」
「ちょ、ティアー。あの時は本当に悪かったって思ってるんだからー」
一見、愚痴のようにも見えるがその表情に角は無い。むしろスバルをからかっているような調子だ。
普段からこんな感じなのだろう。気の知れた相手というのが窺える。ついでにどんな立ち関係なのかも大体把握した。
だから、多少の茶目っ気程度は許されると思うのだ。
「そうか。私から見てもスバルは四人の中でも飛びぬけて突撃思考だからな……お前の苦労、察するよ」
「分かってくれますか隊長。この馬鹿ときたら頭は良いくせして突撃思考なものだから余計に性質が悪くて」
「アイン隊長まで!? って私はそこまで猪突猛進じゃないってば! ちゃんと状況を見て戦術を考えたりしてるよー!」
故に始まるのは天邪鬼二人による天然のいぢり倒し。
どこであろうと反応が豊かな人物は総じてからかわれやすいというのはコミュニケーション上仕方のない事だろう。
「ぐぬぬ……アイン隊長、私からも質問宜しいでしょうか!」
「却下だ」
「何でー!?」
不敵な笑顔で一刀両断されるスバル。
からかわれているなど百も承知なのだがそれを止めるだけの術がないだけに実に歯痒い思いをする羽目になっている。
「うー、絶対私で遊んでるよ……」
「良いじゃない、それだけ好意的に見られてるって事なんだから」
「喜べ、お前は人生の中で成功するタイプだよ。ああ、三〇〇年の検眼からもそれは保証しておく」
「それってこれからも弄られるって事ですよね! それも人生レベルで、ずっと!! そうなんですか、私ってずっとそーなんですか!?」
うがー、と吠えるが二人は全くとりあう気がなかった。
くくくと低く笑い声を抑えながらスバルの反応にご満悦である。はっきり言って性質が悪い。
このまま作業が終わるまで弄られ続けられるのだろうか……
そんな光景を想像して、スバルは深く溜息を吐きたくなったのだった。
◇ ◇ ◇
その頃のライトニング分隊。
スバルが他の二人に弄り回されている一方で―――
「フェイトさん、アレなんですかっ!」
「懐かしいなあ……あれは私やはやて部隊長、それになのはやジンヤが通ってた中学校なんだ」
キャロが物珍しげに辺りの物が何かをフェイトに質問していた。
知っている物も多いはずなのだが、管理外世界という先入観故になにやら新鮮に映っているのかもしれない。
フェイトも懐かしい少女時代を思い返しながらキャロとの触れ合いを楽しんでいる。
が、
(昔話は良いんだけど……延々として作業が進まない……!)
その隣でエリオが思いっきり頭を抱えていた。
別に思い出に浸るのは悪い事ではない。むしろ多忙な仕事に忙殺されてる立場を考えればちょっとくらい羽目を外しても許されるだろう。
が、しかしだ。キャロがフリーダム過ぎてそれに引っ張られている現状はどうにかしなければならないと思うのだ。
でないと、日が暮れても終わらないかもしれない。
「フェイトさん、そろそろ指定のポイントですけど……」
「うん。情報によれば捜索対象は人目を避ける傾向があるらしいから、そういうところに重点的にサーチャーを敷いて行こうか」
目標ポイントが近づくとそこに探査用のサーチャーをばら撒く。
フェイトも思い出に浸って仕事を忘れた訳ではなく、エリオの指摘があれば即座に反応を返してくれている。
その仕事ぶりを見てエリオも考え過ぎだろうかと思った。
考えても見れば彼女は自分達よりも二倍近く人生経験が豊富なのだ。これくらいの事は当然のように思い至っているのだろう。
まだまだ小さいからこんな風にいろいろ気になってしまうのかな、と安心して息を吐いて、
「じゃあ次は翠屋に行こうか。美味しいお土産をみんなに買って帰ろう」
「はーい」
「ってお仕事が先じゃないんですかぁ!? ていうかキャロも嬉しそうに手を上げる前にそこ気にしようよ!?」
結局こうであった。安心した傍から思いっきりカミングアウトである。
仕事はちゃんとこなせるのだろう。そこに疑いを持つ気はない。ないのだが……隣で笑っているキャロの存在が不安過ぎるのだ。
この今にもどこかに行きそうな我が道突き進むスパイラルなドライバーをどうにかして抑えないと悲惨な結末しか浮かんでこない。
具体的には始末書とか。何で一〇歳でこんな事を心配しなきゃならないのだろうとエリオはついつい空を見上げる。
世界はいつだって、こんなはずじゃなかった事ばっかりだよ。
そんな言葉が聞こえた気がした。
「とにかく、僕が防波堤になるしかないのかなあ……フェイトさんは区別するだろうけど、キャロがどんな行動をとるか全く予想できない」
「私がどうかした?」
「……ああ、うん。そうやって目の前を歩いていたのに急に後ろにいるのも、なんだか慣れたよ」
たぶん召喚魔法の応用か何かなのだろう。技術の有効活用というか無駄活用というか、とにかくその手のネタには事欠かない子だと思う。
一緒になって騒ぐのならきっと楽しいと思うが……止める側に回ると気苦労が絶えないのは間違いない。
「せっかくのフェイトさん達の故郷なんだからもっと満喫しようよ。見てるだけでも楽しいよー」
「まあ、じっくり見たいのは僕も同じだけど」
いざとなれば僕が全力でキャロのフォローをすればいいか、と考えて今はとりあえず作業をこなす事にする。
自分の後見人がキャロの暴走に巻き込まれないように気を付けてさえいれば一応は大丈夫だろう。
万が一巻き込まれたとしても、やっぱり自分がフォローすればいいのだ。
……目から何か流れた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「じゃ、行くよ。ついてきて」
「「はーい」」
……無事に帰れるといいなー。
そんな淡い希望を抱きながら、エリオは先導する二人につられて歩き出した。
◇ ◇ ◇
現在、バックヤードは思わぬ事態に見舞われていた。
機動六課の後継人の一人、カリム・グラシアの突然の来訪。当然彼女はそれなりの地位に就く者であり、それに伴う業務も発生している。
本来ならこんな場所にいるはずもなく、仕事部屋で書類仕事に没頭しているはずなのだ。
はずなのだが……どういった理由か、彼女は今ここにいた。
「そんで、何でアンタがここにいるんだ……?」
「んー……結構、お茶目だから?」
「何で疑問形なんだよっ!? ていうか理由になってねえし! そもそもお茶目関係ねえし!!」
「あ、あはは……」
陣耶の問い詰めにも彼女はマイペースを崩さない。言葉の数々は暖簾に腕押しの如く右から左へ聞き流されていく。
カリムにしてみれば普段からシスターシャッハのお小言を喰らい続けてきたのだから、この程度はそよ風程度にすぎないだろう。
それを理解しているだけにはやては頭を抱えており、陣耶もツッコミを入れる以上の事をできずにいる。
そんな自分の上司を目の当たりにしてなのはもなのはで苦笑いするしかなかった。
「しかたないですねえ……じゃー理由を教えてあげます」
「お茶目は理由じゃないのかよ……」
「あんなの冗談に決まってるじゃないですか。それとも、まさか本気で私がお茶目で行動すると思ってるんですか?
流石の私もそんな理由で仕事を放りだしてわざわざ管理外世界にまで来るなんて、そんな明らかにシャッハにばればれな行為はしませんよ」
「思えるからここまでお前に振り回されてるんだろうが……! というかお前はばれなけりゃやるのかよっ」
ダメだこいつ、止まらない。
ここまでマイペースを貫かれるとどうしても気力が折れてしまいそうになる。こんなのを相手にしてめげないシャッハさんを彼は尊敬していた。
兎にも角にも、彼女がここに来た理由とやらを聞かなければ事は進みそうになかった。
そして、その気になった彼女は教師のようにピンと指を立ててその理由を語り始めた。
「私がここに来た理由―――それは、私の持つスキルに関係してきます」
「あんたのスキルってーと……預言書か」
カリムの持つ希少技能、預言者の著書―――プロフェーティン・シュリフテン。
その機能はミッドに存在する二つの月の魔力を用い、どこかしらの観測データから先に起こり得る事象を予測演算するものだ。
どちらかといえば預言というより天気予報、とは使用者本人の談である。
だが、その予言で来たと言うのなら陣耶には気になる事があった。
「けど預言書の作成は一年に一回だったんじゃ……前のからまだ一年も経ってないよな?」
「せやせや。その予言に対する対策も既に打ち立てているし、何かあったん?」
彼女のレアスキルはその膨大な処理演算の都合上、途方もない量の魔力を要求される。
故に二つの月が重なる時に発生する魔力を利用して起動するのだが……その周期は一年に一度だけ。
一度発動すればもう一年待つ必要がある。しかし前回の発動からはまだ一年も経過していない。
つまり、予言関連と言われても陣耶達としては首を傾げるしかないのだ。
カリムもそれは承知しているのか、玄妙な顔を向ける。
「はい。実は……」
「「実は……」」
ゴクリ、とその場にいた誰もが息を呑む。
彼女はその視線を一身に受けながら……
「この度、魔法の改良に着手しまして」
「……はい?」
そんな事をのたまった。
「ですから、改良ですよ改良。短所を潰して長所を伸ばすんです。なんならバージョンアップの方が良いですか?」
「ああいや、そーではなくてだな……」
突飛な事をきらきらした目で語るカリム。正直に言って陣耶は反応に困ってしまった。
なにせ言い出した事が突飛もなければそれ以上に常識外れだ。
カリムが改良したと言ったのは預言者の著書―――つまりはレアスキルである。希少技能である。
前例がなく、ものによっては詳しい仕組みすら分からないものである。陣耶のスキルもその部類だろう。
当然、カリムのものもそれに該当する。特に謎なのが演算処理に用いる観測データがどこに蓄積されているかなのだが……今は置いておこう。
とにかく、そんなものをよりにもよって改良である。
異常や奇想天外を通り越して、もしやこいつ天才なのではとすら思えてきてしまう。
「で、改良って、具体的には……?」
「いや、流石に年一回って不便じゃないですか。だから魔力消費量を抑えてみようと四苦八苦しましてね?
やってみたところカチリとうまく嵌ったという訳ですよ」
「何その行き当たりばったり……」
感覚で魔法を組んでしまう人物を実に身近に持っている彼だが、やはり目の当たりにすると呆れるしかない。
「まあその分、予測できる範囲も極々近未来に限られたんですけど」
「本末転倒じゃん!?」
「まあまあ。それで今回、私はその未来予測がちゃんと当たるかどうかを確かめに来たんです」
ああ……、と一同はそこでようやく納得した。要するにこれは魔法の実施調査だ。
そのためにわざわざ危険要素の無いロストロギアの一件をわざと放置し、しかる後に六課に任せたのである。
六課ならば顔が効く上に事情も理解しやすいので行動が取りやすいと考えたのだろう。
そして事実、ここからはそうなる。
「あー、つまり? これから俺らが処理する事件で何かを予言したから、それについて確認に来たと。そういう事でおーけー?」
「はい、それで間違っていません」
はあ、と陣耶は溜息を一つ吐いて六課の総責任者を見る。
彼女も肩を竦めてそれだけだった。なら問題ないのだろう。
とにかく、ここにやって来た上司の面倒は自分が見なければならないらしい。
「なーるほど。これが噂に聞く陣耶の上司ね……なるほどなるほど?」
「個性的というかなんというか……まあ、何か納得かも」
「そこっ、何か不吉な事言ってるんじゃないっ」
―――五月も下旬に差し掛かるこの頃。
こうして、海鳴のロストロギア探索ミッションは開始されたのだった。
Next「やっぱりサプライズがないと」
後書き
ドラマCDの海鳴探索編です。ツルギです。
原作? 知った事かとけたぐるような勢いでカリム登場。キャロといいこの方といい、うちの女性にはフリーダムなのが多い……
そういえばvividとforceでフルカラーコミックが出るとか。何か追加特典みたいのがあるらしく、ちょっと期待ですね。
しかし、アレだ。まさか6〜7話間の話になるまで二〇話もかかるなんて予想だにしませんでした。何故ここまで長くなる。
まあ途中でやりたいネタとか浮かんだ瞬間にぶち込む作者が悪いんですがね、ハイ。
それではまた次回に―――