切断の嵐が巻き起こる。
縦横無尽に振るわれる無数の牙と爪、そして二つの刃。
一度に襲いくるのは八つの爪と三の牙。それら一つ一つが鋼の壁を紙のように引き裂く必殺だ。
対する刃はただの二振りのみ。威力以前に数に圧殺されるのが目に見えている。
単純な引き算の問題で、八のうち二を防いでも残った六を防ぐ事ができない。数というものには覆せない不文律がある。
たが、
「うーん、まだまだ」
「シッ―――!」
それは刃を振るう者が普通であった場合の話だ。
事も無げに言葉を漏らし、その一息の間に閃く剣戟の数は一五。その全てが爪を、牙を例外無く寸断する。
行き場を失った脚や頭部が宙を舞い、血飛沫が景色を紅く彩っていた。
数の不文律を徹底して無視する二人がそれらに触れる事は一切無い。
返り血に濡れる事無く、更なる剣戟が巻き起こる。
瞬きの間に四を裂く。一息の間に八を断つ。築かれていくのは骸の山だ。原型となった素体の面影など見当たらない合成獣の山である。
「ったく、数が多いな。いったいどんだけ抱え込んでるんだか」
『下手な藪をつついたのかもしれませんね。ひょっとすると現地の悪の組織だったり』
「くそ、これで巻き込まれるとか冗談じゃねーぞ」
死が乱発する戦場の只中、余裕とも取れる態度で自らのデバイスと言葉を交わす陣耶。
その辟易とした物言いに応えたのは、同じく戦場の只中を駆け巡るカレンだった。
「いやいや、そうとも限らないよ」
「あん? どーいう事だ」
問い掛ける陣耶に、カレンは得意気な笑みさえ浮かべている。
それは戦場において酷く場違いで―――そして、どこまでも彼女は戦場に適応していた。
「こういう手合いは見覚えがあるの。各生物の部品を組み合わせて、必要以上に兵器として完成させているこの形にね」
鋭い爪と牙。筋肉質な四足歩行獣であり、全長は二メートル程の巨体だ。
五体それぞれの部位に統合性は無く、全く別の生物の部位を接合されている。
完全にちぐはぐな、正しくキメラと言えるその生物はその性能こそが凄まじい。
まず巨体に似合わず動きが俊敏である。例えるならチーター並の速度に加えて機動性があると言えば良いのか……速い巨体はそれだけで驚異だ。
次に前述した牙と爪の殺傷力と単純な腕力だ。
そこらの刃物とは比べ物にならない切断力と五センチ程度の鉄の壁なら貫通させそうなバワーは紛うこと無き凶器である。
だが最も厄介なのは、やはり痛覚が存在しない事だろう。
痛みを感じる事のない獣は獲物を仕留めるか命が尽きるまで止まる事はない。
爪を無くしたなら牙を、牙を無くしたなら腕を、顔を、尾を、自らの身体を。
道徳観に則るならばこれは確かに非道な行いだ。一般世間において許される事はないだろう。
しかし、ここはそんな常識の存在しない場所であり、何よりこの獣は敵を殺すために生み出された兵器である。
そして、この獣は敵を効率よく殺す生体兵器としては基本の完成形とも言えるだろう。
「ここまでちぐはぐなパーツでここまでの性能を出すなんて、ちょっと普通じゃないと思わない?」
「つまり、こいつには生命学に秀でている誰かが関与していると?」
「いえす♪ たぶん間違ってはいないと思うんだけどね」
軽快に、快活に、次々と有象無象を狩り散らしながら変わらぬ調子で彼女は言葉を放つ。
ほんの少しの小さな手掛かりから、まるで公式でも紐解いているかのように確信に満ちた推測を述べていく。
「ここまでバラバラなモノを一個の兵器として完成させる並外れた技術の持ち主―――本人か漏れ出した技術の一端かはともかく、Dr.スカリエッティ辺りじゃないかな」
「……スカリエッティ、ねえ?」
胡散臭さに満ちた名前になんとも言い難いものを感じながら、いっそ鮮やかとも言える手際で陣耶は襲いくる獣の首を刈り取る。
最近、知人のフェイトから入った連絡によるとあのガジェットを製作したのはスカリエッティらしいと聞いている。
もしそれが事実なら、件のスカリエッティはどこまで手を伸ばしているのか分かったものではない。
ガジェットを製作しているのが確実視された現在、それはマテリアルやトレディア、更にこちらは微妙だが無色との関係もあるのだろう。
流石に、ここまで関わってこられるとストレスが加速しそうだと軽く胃の心配をしてしまう。
だが、
「けどまあ、それなら別に遠慮する必要は無い訳だ」
頭が切り替わる。
手にしている剣に魔力が宿り、その刃が眩く白銀に輝き始めた。
音無き唸りが戦場に轟く。
刀身へと注がれた魔力が収束と加速を際限無く繰り返し、自らの力を磨き上げ昇華する。
即ち、切断のただ一つを具象するモノへと。
故に掲げられるのは太陽と見紛う程の月光。遥か太古より森羅万象を魅せる魔性の光が本来持っている凶暴性を遺憾無く解き放つ。
「斬り裂け、極光―――ッ!」
極光を目前にして獣の群れは完全にその動きを止めていた。
強すぎる輝きに目を潰されたか、それとも月光に魅せられたか、後に訪れる結末を既に理解したのか。
時間すら凍ったかのように光を見上げる獣の群れ。
光の担い手は、両の手で柄を握り―――
「ディバイン、セイバァァァアアアアアアアアアアアアアアア―――ッッッ!!!」
解き放たれた極光が、目前の尽くを一文字に断絶させた。
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.20「やっぱり相性悪いかな?」
その時、彼女の持つ人ではまずありえない感覚が異変を告げた。
電子の海に接続し、情報を探っている彼女―――トレイター。
警備システムにも手を伸ばしていた彼女はたった今、陣耶が向かったはずの場所の地下で何かの騒動が起きている事を感知したのだ。
即座に適当なカメラと繋いで状況を確認する。ただ、接続したカメラから流れてくる映像は砂嵐しか存在しない。
近場のいくつかのカメラも試してみたが、結果は同じだった。これではどういう経過を辿っているのかは分からない。
「うちの主はどうにも派手にやりたがるな……それが悪いとは言わんが、突っ走りすぎない事を祈るとするか」
そうぼやきながらも陣耶の現在位置付近の警戒システムを次々とシャットダウンしていく。
システムが独立している部分はどうしようもないが、あれのしぶとさはよく知っているので大して気にする事もない。
それよりも、だ。
「生命医学に始まり、科学兵器、魔法理論、古代遺失物とまあ……随分と節操の無い事だ」
トレイターが次元世界と関わりを持っていた者達の得た情報が纏められたデータベースにアクセスした途端に出てきた情報の数々だ。
果てには民俗学や食文化などがあったりする。統一性など異世界の情報という点以外に見当たらない。
「しかし……ここまで情報に纏まりがないのは逆に怪しい気もするが……」
ふむ、と一つ頷いてから再びデータを洗い出す。
幾つものウィンドウに様々な情報が濁流のように流れていく。
絶え間無く頭の中を流れていくデータを眺めながら……
「ん?」
ふと、とあるデータが彼女の感覚に引っ掛かった。
データの流れを止めて、そのデータをウィンドウの一番手前に表示させる。
それはどうやらテキストデータの集まりらしい。
特にロックが掛けられている訳でもないが、それなりの量の文章であるらしい。
概要だけでも目を通そうとテキストファイルを開いてみる。
が、
「……読めんな」
まったくの未知の言語で記述されていてちっとも読めなかった。
とはいえ、こんな事は異世界を渡り歩いていると対して珍しい事でもない。似通った文字を探して文体や流れから内容を紐解いていく。
そうやって読み取れる内容はそう多くはない。手段が即興の辞書や翻訳機、それも適当に過ぎないのだから当然なのだが。
しかしそれでも読み取れる情報はいくつかある。そんないくつかの情報の中に―――
「……プロジェクトG、か」
その記号が何を意味しているのかは全く分からない。
何かのコードネームか略称か、それとも全く別のものか。
それの意味するところを知るのは、もう少し先になる。
だから今は―――
「っ―――」
データの海を漁っている最中、脳裏に飛び込んできた光景に意識が向いた。
◇ ◇ ◇
「うわお、派手にやったねえ」
「ま、これで一丁上がりだ」
地下空間での戦闘はたった一撃で終了していた。
陣耶の放ったディバインセイバーが獣の大群を纏めて両断し、壁の向こう側まで貫通して先へ続く道を無理やり抉じ開けたのだ。
ここまで派手にやったからには何らかのアクションがあるものだと思っているのだが……
獣達の行軍も絶え、何らかの障害が新たに現れる訳でもない。正直に言って拍子抜けも良い所だった。
「物静か、っつーには静かすぎるよなあ、流石に」
『ここまで露骨だと逆に不気味ですね。鬼が出るのか蛇が出るのか』
剣を担ぎ、切り裂かれた壁の向こう側へと踏み入る。
黒髪を揺らしながらカレンもそれに続き―――目に入った光景は実にシンプルかつ殺風景な物だった。
目の前続く直線。視界の果てまで一本道のそこはやはり無機質に整えられている。
先程の斬撃で撒き散らされた大小様々な瓦礫がそこらじゅうに転がって入るが、それだけだ。また物静かな空間だけが続いている。
「んー。なんて言うか、不気味だねえ」
「不気味が過ぎるお前に言われたらお終いだな」
「あ、ちょっとー。それってどういう意味ー」
詰め寄る彼女を無視して陣耶は悠然と通路を進みだす。
仕切られた空間に反響して足音が遠く響いていく。
進みながら壁に手を当て、耳を澄まし、気配を探る。
罠が無いのかどうかを警戒しながら、それでも速度は全く落とさずに。
傍から見れば素人のような探り方だが、陣耶は白夜の書の主だ。簡単な挙動だけで周囲の構造を解析し、反応を探る事ができる。
そういったものを誤魔化されてはその探知も意味はないのだが、その他にも戦場を駆け抜けた経験と勘を彼は駆使している。
性能や知識、勘を活用した探索の結果は―――白。特に目立った仕掛けや伏兵がある訳ではなかった。少なくとも近くには。
「キメラを大量に保持していたからにはその戦力を使う意図があったって事だよね。それにしては警戒網が手薄すぎるけど」
「俺が知った事かよ。予測として挙げられるような例はいくつかあるがな」
『こちらの勘違い……は無いとして、戦力は全て投入した、奥の手がある、ここの施設は蛻の殻。ざっと上がるだけでも選り取り見取りですね』
実際、それのうちのどれかなのかは分からない。もしかしたらもっと別の答えがあるのかもしれないが……
トレイターがいない以上は現場の真っ只中でそれを考えるしかない。俯瞰位置で眺められる人物がいないというのは中々に堪えていた。
その中で、手探りで相手の目的を看破しようとするのならばどうすれば良いのか。
―――簡単だ。
鋼鉄が破砕される爆音が響く。
回線の奔っていた部分が斬撃によって砕け散り、轟音と共に瓦礫が辺りにばら撒かれた。
選んだ手段は至極単純。
選択肢など、片っ端から潰せばいい。
「うっわあ、派手だねえ」
「出口が他にあるか知れねえけどな」
が、そこはどこからかトレイターが何か対策でもしているだろう。自分の従者はそういう奴だ。
本当ならこういう事に向いていない陣耶でもやりたいようにやれるのは、単に有能な従者のおかげでもある。
それを自覚しているからこその信頼があり、自負があり、従者もそれを望んでいるのを知っているからこそ彼は彼らしくやっていく。
奥の手があるなら出すまで追いつめる。逃げるようなら出口を塞ぐ。蛻の殻なら小さな手掛かりを。為す術がないなら容赦なく蹂躙しよう。
だから破壊する。必要最低限、何らかの効果を上げられる手段として壁の中に隠されている配線を断つ。
どこかに繋がっているであろう何らかの機材。そこに僅かなノイズを溜め込ませていく。
「さって、これでどっかの機材が不調でも起こしてくれれば儲けもんなんだが……」
呟いて、その言葉を神が叶えでもしたのか。
どこかで何かが組み変わるかのような音がけたたましく鳴り始めた。
「あ?」
ガリガリゴリガリギリガリギリギリギリゴリ、とまるで鉄でも削るかのように不快な音が途切れる事無く漏れ出している。
パーツ同士を無理やり組み合わせ、噛み合わなかったから互いに互いを削り落としている―――そんな言葉が浮かんで消える。
背筋から無数の蟲でも這い上がってくるかのような不協和音。嫌悪感を掻き立てる騒音に顔を顰めて何も無い前を睨む。
「ちょっとー、何か変なスイッチでも押しちゃったんじゃないの」
「んなこたあない、と思いたいが……」
この状況じゃそんな言い訳も無駄か? と思って歩みを再開しようとする。
するとふと、不協和音が唐突に鳴り止み……
ゴガンッッ!! と後方に巨大な質量が落下した。
その衝撃に通路が大きな揺れに晒される。
「おっとっと」
「新しくお客様がおいでなすったってか……?」
落ちてきた物体を確かめるために二人が背後を振り返る。
そこにいたのは、やはりと言うか鉄の音に反する事無く機械が鎮座していた。
まず戦車のような車体に取り付けられている武骨な二問の大型砲門が目を引いた。
両側面からサブアームが伸びており、巨大なハサミを連想させる意向のクローが鈍く光る。更に小型のバルカンがこちらに狙いを付けていた。
四つの歩行用アームが動き、キャタピラを回しながら重々しくこちらに向かってくる。
アレは何か―――などと、もはや論じるまでもない。
『歩行戦車がログインしました』
「暢気に言ってる場合かっ!」
「回避回避ー!」
瞬間、巨大二連装ガトリングが火を噴いた。
円環状に配置された銃口が高速で回転し、空気を砕く勢いで轟音を撒き散らしながら次々に銃弾を吐き出していく。
その弾数たるや、実に秒速七〇発。一分間に四二〇〇の殺傷が壁のように解き放たれる。
「なっ―――!?」
「ちょッ―――!」
一瞬にして通路の壁すら砕き散らされる光景に隠せない驚愕と焦りが致命的な隙を生む。
一瞬の肉体の硬直。その隙に距離をゼロにする殺傷。
音という音すら掻き消える猛々しい轟音と共に、極大の破壊をもたらす鋼の嵐が二人を襲った。
空間が爆ぜる。起爆ではなく、物理的な猛威により空間が弾け飛ぶ。
無数の銃弾によって一瞬のうちに抉り取られた側面が他の銃弾により塵も残さず砕け散る。
爆発は続く。一瞬にして弾け飛んだ空間に耐えられる生物などなく、それに続く更なる爆発の連続に耐え切る存在などありはしない。
だというのに、その砲門が次は後方に火を噴いた。
「おわっ―――!」
「反応良すぎるでしょこいつっ!」
後方―――ビルの支柱すら一瞬で吹き飛ばすであろう爆発から無傷で逃げ延びた二人へ容赦のない追撃が放たれる。
あの爆発から逃げ切ったというのは確かに異常極まる事態だ。人体の限界を優に超えた速度よりも早く離脱するなど人間業ではない。
しかし、それを相手にするのは機械だ。一切の人格も思考も無く、反応を無感動かつ的確に処理するマシーンだ。
目前の反応が消え、背後に反応が新たに増えた。だからその反応を消すためにもう一度火器の引き金を戸惑い無く引いた。それだけだ。
二人の不幸は降って湧いた敵がただの機械であった事だろう。
これがなまじ感情や思考のある相手なら多少の驚愕が生じただろうし、そこをついて戦況を一気にひっくり返す事も可能だったはずだ。
しかしこの機会にそんな余分なものが存在する余地などありはしない。
だからこその窮地。圧倒的な暴力による破壊が自分達に向けて加減も慈悲も無く振り下ろされる現実に無理やりにでも対処するしかない。
「ぐ、このっ……!! 何か手段持ってねえのか!?」
「流石にここまでぶっ飛んだのは想定外で対処しきれないかな……!」
小脇にカレンを抱えて高速で後退しながら陣耶は思考を幾重にも働かせる。
直線的な攻撃は自殺行為に等しい。あの鉛玉の雨を受けた時の衝撃は想像がつかず、下手をすればなのはでも耐えきれるかどうか怪しい。
平均を下回る自分が突っ込んでも肉片一つ残らずに血飛沫だけが愉快な構図でぶちまけられて終わるだろう。
攻撃の隙をついて背後に回り込む、という策も今さっき通じなかった。
だったら―――
「おい、カレンつったよな」
「そうだけど、何かな」
この状況下においても、多少の驚愕こそあれ平然とした態度自体は崩さないカレン。
もはや場馴れなどで済まされる域ではない。気を抜けば一瞬で命を奪われるこの状況で平然としているなど異常にも程がある。
だからこそ、陣耶は戸惑い無く彼女を抱えていた手を放した。
「ちょ―――!?」
「自分の事は自分でどうにかしてくれ」
直後、巨大な空間爆発にカレンが呑まれた。
それに目もくれず陣耶は再び歩行戦車の背後へ転移する。
一秒たりとも無駄が許されない以上は迷っている暇もない。果断なく手にしているクラウソラスが砲門の連結部目掛けて振り抜く。
だが、鈍い音を立てて振り抜いた刃は弾かれる。
続けて様にガトリング砲がこちらへ向けられ、再度空間爆発の銃弾が吹き荒れた。
即座に砲門を支点にして剣を軸に身体を捻り矛先から逃れるものの、レーダーの反応に従って砲門が逃がすまいと追い縋ってくる。
「ちっ、随分と性能のいいレーダーでも持ってるようで……!」
『む、性能ではこっちも負けませんよ。意地があります矜持があります、根性だってあるんですよ?』
「誰に何をアピールして対抗してんだよお前はっ!?」
銃口がこちらを捉える。
それが火を噴く寸前、それよりも早くに陣耶はクラウソラスを銃口に突き立てた。
しかしそれすらも防がれる。原因は展開されていた電磁フィールドで、繰り出された突きはフィールドに阻まれてそれ以上先に進めない。
瞬間、爆発する空間。
転移でそこから離脱しながら、次に陣耶が繰り出したのは薙ぎによる一撃だ。
魔力を乗せて鋼鉄すらバターのように切り裂く一撃が、やはりフィールドによって阻まれる。
堅牢―――まさにそう言う他ない硬さだった。
「けどな―――!」
時間は十分に稼いだ。攻撃性能も防御性能もどの程度かは推し量れた。
準備は万端。繰り出せる限りの一撃を集中させて目前の敵を駆逐する。
三度、銃口がこちらに向く。
しかしそれよりも早く、陣耶はモノクロの世界へと自らを埋没させた。
神速―――動体視力を極限にまで引き上げ、視界情報を最低限の量にまで遮断する御神の奥義。
魔法によってそれを疑似的に再現した陣耶が頭に思い描くのは自身の剣の師の姿だ。
彼は自分よりも疾く、苛烈に、精密に、容赦無く敵を打倒する術を持っている。
それは決して誇れるような事でもないだろうが、今必要としているのはその一端だ。
脳裏に刻まれた光景を寸分の違い無く再生し、トレースする。
奔る剣戟、数は四。抜刀から始まる死角からの四連撃。
「ディバインセイバー」
モノクロの視界の中、手にする剣の輝きが視界を白で埋め尽くしていく。
右で剣を逆手に持ち変えながら、左は柄尻を握り締める。
緩慢な動きをする機械とゆっくりと火を噴き始めるガトリングの銃口。それらを掻い潜りながら射線外へと走り抜け、一閃。
剣から抜刀され左腕で振るわれた魔力刃がフィールドと拮抗して、しかし弾かれる。
歩行戦車が驚異的な反応速度を以てこちらに銃口を向けようとするが、遅い。それよりも早く更に死角へと潜り込み、逆手の右で一閃。
間隙すらなく叩き込まれた大威力の一撃にフィールドが悲鳴を上げる。
そのまま独楽のように回り繰り出される左の一撃。電磁フィールドが致命的な軋みを見せるが、銃口が再び陣耶を捉えた。
鋼の嵐によって破壊が齎される、その直前―――
「―――薙旋」
更に持ち変えた右による極光の一閃が、過たず砲門と車体を纏めて薙ぎ払った。
機体が砕け散る様がスローモーションで流れていく。
配線や装甲、内部部品に銃弾など構成パーツが散り散りに飛散し―――視界に色彩が戻った瞬間、起爆した。
ショートした配線から出た火花が内部の火薬に纏めて引火した結果である。
限られた空間内で炸裂する機体というのはそれだけで凶器だ。
爆発した勢いで散弾の如く大量の破片が撒き散らされ、圧倒的な熱と暴風が一気に通路内部に満ちる。
「あー、ビビった……」
『まあまあ、実践利用の域まで神速の論理構築は進んでいると実感できたじゃないですか。イーブンですよイーブン』
しかし、それすらも薙ぎ払って陣耶は爆発の中から姿を現した。
流石に至近距離での衝撃を全て防ぎきる事はできなかったらしくバリアジャケットは所々が損傷しているが、その程度だ。
彼自身、損傷したような個所など見当たらない。
未だに燻る爆煙の中―――ふと、思い出したように後ろへと目を向けた。
「そっちもそろそろ出てきたらどうだ。厄介な奴はわざわざ始末してやったんだからよ」
「うう……いきなり銃弾の嵐に置き去りにするなんてあんまりじゃないかな」
爆煙の中から何事も無かったかのように出てきたのは、先程陣耶が銃弾の嵐に置き去りにしてきたカレンだった。
彼と違って衣服がかなりボロボロになっているものの、肉体的な損傷は陣耶と同じく見て取れない。
やはり、自分と同じく彼女も普通ではない。それも相当な際物であるらしい。
「やっぱり放っておいても問題無い部類じゃねえか。抱えて逃げて損した」
「辛辣だねえ……初対面なのに流石に忌避しすぎじゃないのかな。おねーさんちょっと傷ついちゃうな」
「言ってろ。まともに喰らって傷一つない癖に」
それが陣耶とカレンの決定的な違い。
陣耶はなにも防いだのではない、全てを避けて逸らして凌いだだけだ。まともな防御行動など全くこれっぽっちもしていない。
対してカレンも同じく防御行動はとっていないが―――銃弾全てをまともに受けておきながらなお身体には傷一つ無い。
鋼鉄すら易々と砕く衝撃を受けておきながら損傷ゼロというのは到底普通の人体に為せるような事ではない。それが余計に異常を強調している。
「さて、こいつは独立型のプログラムみたいだが……」
『システムとは独立して、自身がセンサーに反応を感知した時に動くような物だったのでしょう。
施設の防衛手段としてこういう物は予防線のような扱いのはずですがね』
「なら問題は既に予防線を張らざるを得ない状況なのか、もともとそんな施設なのかってとこだが……」
思案に暮れるが、やはり手掛かりが少なすぎる。
全貌を見通そうと思うのなら奥まで進むしかないだろう。
だから歩みを止めない。あれ以降なんの異変も起こらない長い通路を疾走し一気に駆け抜けていく。
そうして―――
「―――何だ、こりゃ」
辿り着いた光景は、想像していたものとはかけ離れていた。
紅い液体が絨毯のように一面にぶちまけられている。
腕や脚が投げ出され、赤黒く染まっている白衣を纏った身体がそこいらじゅうに棄て置かれていた。
死体廃棄場―――そんな表現がしっくりくるような、腐敗物の光景がそこにある。
場違いにも未だに点滅を繰り返しアラートを知らせているコンソールや機材の数々がこの場の異質さを際立たせていた。
おそらくは管制室、もしくはそれに準ずる場所である事に間違いはないのだが……
「うわあ、これまた悲惨な光景だね」
「……」
思わず、カレンを睨みつけてしまったのはやはり自分が殺人に忌避感を持っているからだろうか。そんな事を頭のどこかで暢気に考える。
そう、殺人。
これは事故などではない。それも確実に自殺ではなく、他殺だ。外部の何者かによる犯行である。
倒れ伏し、そこらじゅうに転がっている躯には共通して穴が幾つも空いていた。
そこから滝のように血が流れ出し、身体の熱や生命力すら流れ出て行った事は想像に難くない。
その特徴的な殺害方法、陣耶はついさっきも見たばかりだ。
「銃殺、かね」
『おそらく。経口がバラバラなので複数犯という可能性もありです』
「面倒だな……こういうのは俺じゃなくてロッサの管轄だぞ」
言って、優男の顔が頭に浮かぶ。
ヴェロッサ・アコース―――カリムの義理の弟であり、クロノとも親交のあるサボリ癖が少し傷の何気に関わりの多い男。
こういった現場の捜査では確実に自分よりも優秀だと断言できる。本職が査察官なのだから当然と言えばそうなのだが。
「こうなりゃ前線でドンパチが役割の俺の管轄外だな……連絡入れるか」
『こっちもトレイターと連絡を取ってみます。今頃は何か収穫がある頃でしょうし、丁度良いでしょう』
通信用のパネルを開きながら、陣耶はもう一度室内を見渡す。
電源はまだ生きており、適当な個所に触れてみるが埃が積もった様子もない。血もまだ完全に乾ききってはいない。
つまりこれはごく最近に起こった犯行だ。
犯行者が何を狙っていたかは知らないがそれを果たしているかどうかは非常に重要な問題になってくる。
まだならば速攻で捕縛しなければならないし、既に済まされて位ならそれを特定しなければならない。
そして前者ならばこちらへの襲撃も警戒しておかねばならないところだが―――
(……やっぱ、静かすぎるよな)
こちらに向けられる気配など全く存在しない。それこそ、一緒にこのフロアに踏み入ったカレンを除いて。
ふと気になって視線を向けてみるが、『何か用?』と疑問符でも浮かんでいそうな雰囲気で首を傾げられた。
第一容疑者としてここは多少手荒にも拘束して話を聞いておきたいところなのだが……そうした場合、こっちの被害も馬鹿にならないだろう。
さっきの一連の戦闘を見ている限り、かなりの手練れだ。剣の腕前だけ見るのなら自分よりは確実に上だろう。
純粋な戦闘力の点を問うのなら―――これも判断ができない。全く実力や手の内を見せていないのだから当然だが。
つまり、多少腕に自信のある自分でも推し量れない程度の実力はある、という事になる。下手に藪を突けば蛇が出かねない。
運が良ければ自分一人でも抑えられるかもしれないが、そんなギャンブルに挑む気はなかった。
だから通信ついでに捕縛要員でも頼もうかと思って―――
「お、あったあった」
何時の間にやらコンソールを弄り回していたカレンから声が上がった。
手早くキーボードを叩くとデータ保存用の端末を引っこ抜いて懐に仕舞い込む。
「……何やってんだ?」
「何って、データを失敬してるの。元々ここには私個人で用があったんだから当然でしょ?」
「……」
何やら気が抜けて、未だに繋がらないコールを唐突に切る。
「それで? その目的ってのはもう終わったのか」
向き直り、問いかける。
「うん、これで私の用事は終了。そっちのお仕事はまだまだこれからかな?」
「ああ、事後処理が面倒臭くなりそうで嫌になる」
「そっかー。私としても面倒なのはご免だからお暇したいところなんだけど……」
と、そこで言葉を切って逆にカレンが問いかけてくる。
「まだ何かやる事があるなら手伝ってあげようか? 先達としてちょっとは後輩の面倒を見てあげようじゃない」
「何の先達だよ、何の」
「人生っ」
「言い切ったな……なんにせよ、わざわざ手伝ってもらうような事は無いから安心しろ」
「あらら、残念」
何が残念なのか、クルリとカレンは踵を返して嘯く。
そのままここから立ち去ろうとして―――ふと、思い出したように何かを投げてきた。
綺麗に放物線を描いて落ちてくるそれをキャッチする。……USBメモリだった。
「それ、あげるね。そっちとしても私のような不審者が何を持って行ったのかは気になるでしょ? コピーしたのは二つあるから」
「自分で不審者とか言いながら不審の証拠を投げ渡すってのも斬新だな」
「お、興味湧いた?」
「阿保か」
「またまたざーんねん。やっぱり相性悪いかな? 私達って」
「知らね」
投げやり気味に答える。
その回答の何が面白かったのか、カレンはクスリと笑いを零して―――
「じゃあね。縁があったら、またどこかで会えるかも」
そんな言葉を残して、彼女は去って行った。
殺風景の中に一人取り残された陣耶は―――彼女が完全に見えなくなってから、ようやく安堵の息を吐く。
『やっと解放された』
それが今の彼の心境だ。
『……マスター』
「ああ……こりゃ、捕縛要員を呼ばなくて正解だったか」
右腕を見る。
白のバリアジャケットは、袖口から肩にかけて鋭く裂けていた。
「生温い戦力でどうにかなる相手じゃないわ、アレ」
いつ斬ったんだよちくしょうめ。
もういない女性に悪態をついて、陣耶は今度こそ上司に連絡を入れた。
◇ ◇ ◇
暗闇の中、足音が響く。
音の主は漆のように黒い長髪を三つ編みで纏めた女性―――カレンだ。
彼女は陣耶と別れてから来た道をそのまま引き返していた。
ゆったりと歩き続けて―――ふと、暗闇に向けて語りかける。
「そっちもお仕事は終わったのかな?」
「おうっ、もどきは全部ぶっ壊してきたぜ」
「ご苦労様。これで上に手が届けばもうけものだけど、どこまで尻尾を出してくれるかなあ」
「連中はコソコソと動き回るのは得意らしいからな」
呼びかけに応え姿を現したのは二人の人物だった。
紅髪のくせ毛が目立つ長髪を揺らした活発そうな少女と、灰色のざんばらな短髪に鋭い目付きの男性。
特に共通点を見出せない二人組だが―――変わった銃剣を持っている、という点だけは共通していた。
「しっかし、アレはあのまま放っておいても良かったのか? 公務員絡みなのは確実だろうし、面倒な事になりそうなんだけど」
「そうなんだけどねえ……彼はいろいろと面白い物を持ってるから、今は様子見」
「面倒くせえな……手っ取り早く力ずくで引っ張ればいいだろうに」
まるで世間話のように非日常的な単語を飛び交わしながら、三人は出口に向けて歩みを再開する。
その最中、カレンは自分の頭に手を掛けて、髪を掴んだ。
「甘々ね、ヴェイ。いい女っていうのは駆け引きが上手なものなのよ」
「訳わかんねえ……」
言って、それを引っ張り取り外した。
漆のような黒髪の下から現れるのは藍色の流れるような長髪。彼女自身の本来の姿。
「動くのはまだ先の話だけど、やっぱり興味のある事には首を突っ込むべきだよね。アルもそう思わない?」
「んー、直接見てねーから分かんねーけど……ま、目的に必要だってなら付き合うだけだよ」
「ありがと。んー、アルのそういうところって大好きっ」
「アホらしい……」
悠々と、揚々と、彼女らは闇の中に姿を沈めていく。
仕事を果たし、自分達のホームへ―――凶鳥の三人は去って行った。
その脅威と恐怖を知る者は、まだ誰一人としていない。
Next「結構、お茶目だから」
後書き
明けました、おめでとうございます。ツルギです。
新年のっけからトンデモ重火器で大バトルしてます。趣味です。
昨年はいろいろと大惨事がありましたが……今年はどうなる事でしょうか。
消費税の引き上げなんて御免被りたいところですが、不安です。
なのポGoDもラスボスU-Dの硬さに四苦八苦しながら現在アーケードにせっせと勤しむ日々。
スキルも大体埋まってきたからサバイバルに逝ってみようかしら……?
ではまた次回に―――