日差し穏やかなとある昼下がり。

  春もそろそろ終わるかという少しばかり気温が高くなってきたこの時期、五月病というものが蔓延する。

  穏やかな気候に中てられたり気分がどうしても乗らない、など理由は多岐に渡るが要するにやる気をなくす症状の事である。

  特にまだ若い学生たちを中心にそれは流行りやすく、ずる休みをする者たちがこの時期には急増する。

  これは決して病原菌が原因なのではなく、あくまで個人の気分の問題というのが性質が悪い。

  そんなものが流行っているこの時期、




 「『The supremacy SUN』でダイレクトアタック! 『SOLAR FLARE』!!」

 「させっか! 手札から『速攻のかかし』の効果を発動、直接攻撃をこのカードを墓地に送る事で無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 「ぬう、ターンエンドだよ」




  皇陣耶と高町なのはは大学の一室でカードゲームに興じていた。

  隣では学友である松田慶介と武内圭も同じくカードゲームに興じており、アリサ・バニングスと月村すずかがそれを眺めている。

  ちなみに、両者の場は見るからに圧倒的だった。




 「ジ・アース、SATURN、VENUS、NEPTUNE、駄目押しとばかりにSUN……何でプラネットシリーズを場に揃えられるかね!?」

 「あははー、そういう風に組んでるからねー」

 「こんな状況を作り出すお前のタクティクスに脱帽だよ……!」




  高町なのは LP:4200

  手札:二枚

  フィールド:六枚
  『E・HERO ジ・アース』ATK 2500→2000
  『The big SATURN』ATK 2800→2300
  『The splendid VENUS』ATK 2800
  『The tyrant NEPTUNE』ATK 2800→2300
  『The supremacy SUN』ATK 3000→2500
  リバースカード一枚




  皇陣耶 LP:1600

  手札:三枚

  フィールド:0枚




  再生効果、バーン効果、攻撃力アップ、攻守ダウン、魔法・罠の発動を邪魔されない。

  更にはその全てが攻撃力2500オーバーのメインアタッカーだ。状況は悪いを突っ切って最悪である。

  が、それでも陣耶はまだ負けていなかった。




 「この状況でまだしぶとく生き残ってるあんたもあんただけどね……けど流石に詰んだか?」

 「いやいや、手札を見た限りまだ分からないよ。ドロー次第じゃひっくり返るね」

 「その通り。まだデッキに可能性は残ってるが後は無いんだよな―――って事でラストターン、ドローッ!!」




  バッ、と擬音が付くくらいの勢いで陣耶がデッキの一番上のカードをめくる。

  食い入るようにそれを見つめ……口元を不敵に歪めた。




 「ぬ、」

 「『ジャンク・シンクロン』を召喚!

  こいつは召喚に成功した時、レベル2以下のモンスター一体を効果を無効にして守備表示で特殊召喚する事ができる!

  墓地からレベル2の『ドッペル・ウォリアー』を守備表示で特殊召喚!」

 「おお、引いちゃった」




  召喚されたモンスターはなのはのモンスターの効果で攻守が500下げられる。

  『ジャンク・シンクロン』ATK 1300→800

  『ドッペル・ウォリアー』ATK 800→300

  これはどうなるかなー、とすずかが眺めるのを余所に陣耶は次の札を切っていく。




 「更に、このままレベル2の『ドッペル・ウォリアー』にレベル3の『ジャンク・ウォリアー』をチューニング!

  『ジャンク・ウォリアー』をシンクロ召喚し、『ドッペル・ウォリアー』の効果により『ドッペル・トークン』二体を特殊召喚!」




  『ジャンク・ウォリアー』ATK 2300→1800

  『ドッペル・ウォリアー』ATK 400→0

  新たなモンスターが陣耶のフィールドに現れ、更に二体のトークンが現れる。

  陣耶お得意の戦術にたじろぐなのはだが、まだこちらに分があると言い聞かせて余裕は崩さない。




 「だけど私のVENUSの効果でトークンの攻撃力は0。『ジャンク・ウォリアー』の攻撃力上昇効果は意味を成さないよ」

 「わーってら。俺は『ドッペル・トークン』二体と墓地の『ドッペル・ウォリアー』を除外!!」

 「っ、その召喚方法は……!」

 「ご想像通り、『The アトモスフィア』を特殊召喚!! その効果により、お前のVENUSをこいつに装備だ!」

 「あー、VENUSが盗られた!」




  『The アトモスフィア』ATK 1000→600→3800

  『ジャンク・ウォリアー』ATK 1800→2300

  なのはのVENUSが陣耶のアトモスフィアに装備され、その攻撃力分だけアトモスフィアの攻撃力が上昇した。

  次々と移り変わる状況を処理しながら、流れが陣耶の方へと向いてくる。

  陣耶の奪ったモンスターには『天使族以外のモンスターの攻守を500ダウンさせる』という効果があったのだが、これで無効になった。




 「遠慮なく攻めるぜ。『The アトモスフィア』で『E・HERO ジ・アース』を攻撃!」

 「それは止める! リバースカードオープン、『くず鉄のかかし』! この効果で攻撃を無効に―――」

 「速攻魔法『ダブル・アップ・チャンス』! 攻撃が無効になった時、元々の攻撃力を二倍にして再び攻撃する!!」

 「すっごい微妙なカードが来た!?」




  『The アトモスフィア』ATK 3800→4800

  『E・HERO ジ・アース』ATK2500

  高町なのは LP:4200-2300→1900




 「ぐ、だけどまだまだ……!」

 「『ジャンク・ウォリアー』で『The tyrant NEPTUNE』を攻撃、『スクラップ・フィスト』!!」

 「にゃ!? こっちの攻撃力は2800……ってまさか」

 「手札から速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! NEPTUNEの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップさせる!」

 「あうっ、元々の攻撃力が0のNEPTUNEは……!」

 「自身の効果の上昇分が無くなったために攻撃力は合計400! これで俺の勝利じゃー!」

 「にゃー!!?」




  『ジャンク・ウォリアー』ATK 2300

  『The tyrant NEPTUNE』ATK 2800→0→400

  高町なのは LP:1900-1900→0




 「っしゃー! 逆転!!」

 「あうー、一掃された備えで『バトル・フェーダー』が手札にいたのにー。普通に正面突破されたー……『精神操作』もあったのにー」

 「うわ、ほんとに勝ったわね」

 「ふはは、久々にあんな上手いドローしたぜ」




  ぐでー、と机に突っ伏すなのはを勝利の気分で眺める陣耶。基本的に二人の勝率は五分であり、勝つと結構嬉しいのだ。

  隣では松田と武本の勝負に決着がついていた。




 「『シューティング・クェーサー・ドラゴン』二体で二回攻撃ね」

 「ふざけろ馬鹿野郎ッ!!?」




  攻撃力4000二体による二回攻撃という情け容赦が欠片も見られない展開で終わっていたが。

  一通りの遊びが終了し、六人は遊んでいたカードを片付け始める。

  昼休み終了まであと五分。そろそろ次の抗議の場所に移動しなければならない。




 「なーなー、そーいや翠屋に新しいバイト来たんだって?」

 「おー。こないだチンピラに絡まれてた女性が来たなー」

 「……またか、この野郎」

 「もういい加減にリアクションしねーぞー」




  片付けを終えて思い思いに席を立つ。




 「あー、そんじゃまあ面倒な授業に顔を出すとしますか」




  退屈な授業が終わってからはバイトが待っている。

  今日も定時で帰れると良いなー、と思いながら陣耶は講義教室へと足を向けた。

























  始まりの理由〜the true magic〜
         Stage.18「気を付けてくださいね?」

























 「あー、終わったー。あの教師の講義はねみーんだよなあ……」

 「こっそり寝るか他の作業ですね、分かります」

 「狩ってる奴らもちらほらいたしなー……まあ、世の常か」




  本日最後の講義が終了し、陣耶と松田はざわめく廊下を二人で歩いていた。

  眠そうに欠神をしながら目指しているのは、休憩所に設置されている自販機群である。

  陣耶はポケットから財布を引っ張り出すと適当な小銭を突っ込んでボタンを押す。

  ガコン、と物音を立てて目的の飲料―――牛乳が落ちてきた。

  松田は続くように小銭を自販機に投入しながら呆れた表情で言う。




 「お前、ほんっとに牛乳好きだな」

 「過度に摂りすぎるのは流石にアレだが、カルシウムを補充できるのはありがたい」

 「はー……ま、俺は俺で自由気ままにやらせてもらうから」




  興味がなさそうな表情で松田は自販機から取り出した缶コーヒーをグイーッ、と飲む。

  陣耶は付属のストローを刺さずに、パックをそのまま開けてそこからゴクゴクと飲んでいく。




 「んで、お前はこのままバイト直行だっけか」

 「お前みたいに華やかな職場じゃないけどな。男気ばっかでむさ苦しくて……もうちょっと潤いが欲しい」




  はあ、と溜息を吐く松田。

  相当図太い彼がそこまで気が滅入っているとなると、かなりのむさ苦しさという事だろうか。

  その光景を想像しようとして……一瞬、筋肉がムキムキな男性二人がくんずほぐれつ絡み合ってる場面が見えて、思考を止めた。

  が、そこまでのレベルはご免だが男ばかりの職場というものも見てみたい気がする、と陣耶は思う。




 「俺は今の環境に慣れ過ぎたからな……一度そーいう環境を経験してみたくもあるわな」

 「じゃ、代われ」

 「しかし今の環境で満足してるから遠慮しておく」

 「ちっ、あそこ環境良くて美人さんも多いのに。リア充め」

 「耳にタコができるほど聞いたせいでもう何にも感じないのだが」




  何も感じなくなっちまったら終わりじゃね? と突っ込まれるが陣耶は気にしない。

  一々気にしていたらやっていられないような状況に立たされているので、そこまで気が回らないというのが本音だったりするのだが。

  中身を飲み終えて空になった容器をごみ箱に放り投げる。

  それは放物線を描きながら滑空してースコン、と気の抜けた音と共にごみ箱の中へと消えて行った。

  確かにごみ箱の中に入ったのを確認してから、陣耶は再び歩き出す。




 「なーなー、うちに売り上げ貢献しにこねー?」

 「やだね。むしろお前が可愛い娘達をつれて貢献しにこい」




  軽口を叩き合いながら二人は大学を出る。

  しょーもない事を言っている二人を、いつものメンバーが玄関先で出迎えた。




 「あんたらも毎度毎度と飽きないわねえ」

 「何を言うかバニングス。これは俺の懐事情に関する重大な課題なんだ」

 「そうそう。俺が売り上げに貢献したらいくら貢献してくれるか交渉をだな」

 「……支出と収入がプラマイゼロで意味なくない?」

 「「……しまったあ!?」」




  はあ、とアリサの溜め息に合わせて他の三人からも呆れた笑いが溢れた。

  だが当の二人はめげずに売り上げを伸ばす方法を談義している。

  詐欺っぽい事を考えてはあーでもないこーでもないと言い合って……




 「あー、不毛だな」

 「だなあ。もっと別の建設的な話題探そーぜー」




  飽きた。

  つい数秒前まで盛り上がっていた話題がどうでも良くなり、別の話題を探し出す。

  そうしながら、んじゃ行こうぜー、と陣耶に促されて一同が歩き出した。




 「今日の予定はー?」

 「家で習い事ー」

 「同じくー」

 「俺バイトー」

 「私もー」

 「よし、今日は誰とも遊ぶ暇はなさそうだ。なら……」

 「『ならこれから電気を使わずに一日を過ごそう』とか言い出すんですね、分かります」

 「うぐっ」




  取り留めのない会話が続く。

  どこまでもグダグダとしている六人だが、こんな程度が丁度良いと思っている。

  グダグダ上等。若い者として人生を気ままに生きてやる。

  そんなモットーでひたすら雑談に励む一同。実に平和だった。

  が、その中で。




 『ねえ、陣耶くん』

 『どした、なのは』

 『昨日の夜にね、お兄ちゃんから連絡があったの』




  なのはと陣耶だけは、それとはかけ離れた話をしていた。




 『恭也さんから? 珍しいな』

 『というよりは忍さんから、って言う方が正しいんだけどね。

  あっちでの仕事話とか色々と聞いたよ。お兄ちゃんと一緒にどんな仕事をやっているかを延々と……』

 『……要は、ただのノロケか?』

 『だと良かったんだけどね』




  なのははそこで一旦言葉を切って、




 『明らかにオーバーテクノロジーの技術を用いた機械人形が、出たって』

 『……へえ』




  意識せず、陣耶の声が一オクターブ下がった。

  予想通りの反応に、なのはも意識せず表情が少し沈んだ。

  陣耶は『機械人形』というものに、一部の例外を除いてあまり良い感情を持っていない。

  マリアージュが原因なのは容易に想像がつくが……

  そしてなのはは、彼がそんな感情を剥き出しにするところが、少し辛かった。

  話は続く。




 『けどさ、それならノエルさんやらファリンさんやらも同じじゃないのかね?』

 『それがね、あの人達とは全く違う技術が使われていたらしいの。

  忍さんにとっても未知の領域。だからだけど、可能性の一つに私達が挙がったんだって』

 『にゃーるほろ、こっちに入り込んでる馬鹿が好き勝手やってる可能性がある、と……』




  陣耶はそういうケースを少なからず知っていた。

  たまにあるのだ。管理外世界に流れ着いた人物が持ち前のオーバーテクノロジーを使って行動を起こす事が。




 『まあ、まだこっち側と決まった訳じゃないからね。一応気にかけておこうって事で』

 『りょーかい。後でデータくれ、トレイターなら少ない情報からでもある程度ならどーとでもなるだろ』




  そう締め括って、二人は念話を終了させた。

  さて周りの話はどんな話題かなと周囲に意識を向けて……




 「じー」




  こっちに視線を集中させている四人に気付いた。

  女二人からのしせんはともかく、男二人のそれからはとても不穏な空気を感じる。

  妙な気迫になのははたじろぐが、中学からの付き合いである陣耶は慣れたものだった。




 「言いたい事は大体分かるが、一応言ってみろ」

 「あら、この人ったら自覚ありらしいですよ武本サン」

 「それは憎らしいったらありゃしませんね、松田サンや」




  どこの近所のおばさんだよ、とは突っ込まないでおいた。

  代わりに陣耶の口からは溜め息が漏れる。

  そこには『お前らもうわざとだろ』的な意味が籠められているのだが、本人達は徹底的にスルーした。




 「言葉もなしに見つめ合ってなに百面相してんだよ。もしや、もうそこまでのレベルに……!?」

 「にゃ!?」

 「違うからな。俺はともかくこいつはその手の冗談に色々と斜め上な反応する事があるんだから、下手に刺激しないでくれ」

 「むう、それどういう意味かな」




  どうも何もないのだが、と核心に触れようとしない陣耶になのはは『なにをー』と食って掛かる。

  いつものようにからかいにいったら、いつの間にか目の前でじゃれ合い始めた。

  まさにそうとしか言いようがない光景に松田と武本は呆れるしかない。




 「ていうか、アリサとすずかは分かってんだろ。何で一緒になって場を煽るんだよ」

 「あら、分かってるからこそじゃない」

 「不用意にそれをしたら周りからどう見えるか、っていうのを教えてあげているつもりなんだけどな」

 「頼むから普通に教えてくれ……」

























                    ◇ ◇ ◇

























 「あ、返信きたきたー」

 「なのはからか?」

 「うん。トレイターに調べてもらうからデータを許せる範囲でちょーだい、だって」

 「……まあ、それくらいなら大丈夫か」




  その頃、地球の裏側で。

  月村恭也と月村忍はホテルの一室でくつろいでいた。

  備え付けられたダブルベッドに二人して腰掛けており、忍は義妹からのメールに返信するための作業に入っている。

  恭也といえば、愛刀である二本の小太刀の手入れ中だった。

  二人はつい先程にやっと仕事を終えたところなのだが、まだまだ休めそうにはなかった。




 「というより、良いのか?」

 「何が」

 「この一件に間接的にであれ関わらせて、だ。確かにアレはオーバーテクノロジーの一種だが……」




  言って、恭也はそこで言葉を切った。

  ここから先は言わずとも伝わる。ならば、案件に関する事は安易に口にするべきではない。

  忍もそれを察してくれたのか、声を潜めて質問に答えた。




 「まあ、保険ね。交友のつてであっちを少しかじってるから言える事なんだけど、どことなく似てる気がしたのよ……デバイスに」




  それは一般に言うただの端末であるデバイスではない。

  全く別の技術、別の意味を持つ、この世界の住人が未だに空想上の存在として扱っている力を振るうための物だ。

  今、忍が例として挙げた物はこちらにあたる。




 「……だから、保険か」

 「流石にあちら側の勢力が関わっているなら私達だけじゃ対処しきれない可能性があるからね。

  次元を越えるとか、私にはまだ再現不可能だし」





  そもそも、あちら側―――次元世界の人間がこちらの世界の奥深くにいないとも限らない。

  聞いた話だと、数十年前には既に次元世界の住民とこの世界の住民が接触を持っていた事は確実なのだ。

  知っている以上、魔法などあるはずがないと言い張る事はできない。

  ほんの僅かな可能性であれ、それだけで状況がひっくり返りかねない事項を見過ごす訳にはいかないのだ。




 「まったく……難儀な世の中だ。平和に生きるには俺達はあまりに無知で小さい存在だよ」

 「だけど、だからこそ諦めも悪いし足掻きもする。あの子たちを守るためにも、私達は考えて考えて考えて考えて考え抜くしかないのよ」




  自嘲気味に笑いながら忍が呟く。

  日常を守るために始まった二人の戦いは、終わりを見せない。

























                    ◇ ◇ ◇

























 「三番テーブル、ケーキセットAを三つです」

 「続けて五番テーブル、コーヒー二つと牛乳二つにコーラが一つ。ショートケーキにモンブランとシュークリームにアップルパイが二つになります」

 「分かりました!」

 「一番テーブル、チョコレートケーキ三つオーダー入りまーす」

 「分かりましたっ!」




  夕方時、学校を終えた陣耶となのはの二人はバイトに勤しんでいた。

  なのはは厳密にはバイトではなく家の手伝いなのだが、扱い的にはバイトと然程差はない。

  なので稼ぎ時のこの時間、二人は立て続けに降ってくるオーダーを処理するために奮闘している。




 「ぐあーっ! この時間帯っていくら作っても足りねえっ!」

 「にゃはは、ケーキの類のお菓子は鮮度が大事だからね。あんまり長時間の作り置きができないから」

 「それでも言いたくなるっ! ストックが欲しい!!」

 「まあまあ、今日はこれでもマシな方なんだからさ。ほら、ドゥーエさんが頑張ってくれてるんだし」




  言って、なのははホールへと目を向ける。

  つられて陣耶もそちらを見れば、そこには一人で大多数のお客様を捌いている新入りアルバイター、ドゥーエの姿があった。

  大半のテーブルをたった一人で管理しており、陣耶達の仕事の量ははっきり言っていつもの半分以下である。

  表に出る必要がほとんどなくなったので裏方での仕事に専念できる、というのが大きな理由だ。




 「仕事のできる奴ってのはああいうのを言うんだろうなあ……」

 「なんの、私達はまだまだこれからだって」

 「……出世街道まっしぐらなミッドの二人はどうなんだろうか」

 「……何だか、今の一言でとても置き去りにされた感がひしひしと」




  とても虚しくなったので二人は手を動かす作業に集中する事にした。

  が、裏では念話による会話を続行させる。




 『先日の一機だけ明らかに出力の違ったガジェットだけど、ジュエルシードが積まれていたんだって』

 『ジュエルシードって確か……お前が最初に関わったロストロギアだったか。今は紛失した物以外は管理局が管理してるんじゃなかったか?』

 『その辺りを調べてみたら、地方に貸し出していたうちの一つが無くなっていたんだって。多分それじゃないかな』

 『……いくらなんでも杜撰すぎやしないか、管理局』




  にゃはは、となのはも声にはせずに同意する。

  おそらく盗まれたであろう事に何かを言うつもりはない。完璧などありえないのだから。

  だからといって地方に貸し出す、というのは流石にどうなのか……

  封印してあるとはいえロストロギアである。たとえ一個であろうと漏れてしまえば被害は洒落にならないだろう。




 『ま、そっちは俺らには関係ないか。こっちは魔力光の変質についてだが』

 『何か分かったの?』

 『結論、まるで訳が分からんぞ、との事だ』




  思いっきり肩透かしだった。

  要するに何も分からないという事らしい。もったいぶられて何か損した気分になる。

  こうやって妙なからかい方をする自分の幼馴染はどうにかならないのか、と思う今日この頃のなのはであった。




 『はあ……分かんない事だらけだね。先行きがすっごい不安』

 『同感だな、俺もだ。ただでさえ敵の数が多いのに謎な情報も多数……そっち方面の方々は過労死確定だな、これは』

 『……今度、暇を見てユーノくんを手伝おう』




  無限書庫でデスマーチをしているであろう幼馴染を思い浮かべて、とりあえず差し入れを持参だねと計画を練っておく。

  忙しさのあまり仕事に忙殺されて食べる暇があるかどうかはまったくの謎なのだが。

  しかし、と陣耶は考える。




 『ロストロギアを盗んだって事は、相手はそれができるだけの力があるって事だよな』




  いくら地方に貸し出したとはいえ、それで警備がザルだという事は流石にないだろう。むしろいつも以上に厳しい警護体制であった可能性もある。

  そして、相手はその厳しい警備状況の中からロストロギアをまんまと盗み出したのだ。

  単独か集団か、そのどちらなのかはともかく、少なくともそういった類の行為が可能なだけの力があるという事は脅威足り得る。




 『聞いたところだと、あの一連のガジェットはジェイル・スカリエッティっていう人が関係している可能性が出てきたんだって』

 『スカリエッティ……確か、希代のマッドサイエンティストか。独自の言語を作ったり人格書き換えウイルスとか作っちゃいないだろうな』

 『流石にそこまではマッドじゃないけど……生命学に関してかなり技術的な革新を果たした人物なんだって。

  フェイトちゃんも関係しているプロジェクトFも、基はこの人の考案だとか』




  ―――プロジェクトF。

  正式名称はプロジェクトF.A.T.E。生命操作技術の一種で、記憶転写型クローンを作り出すものだと陣耶は記憶している。

  ただ、同じなのは記憶だけ。魔力資質や性格、癖など様々な部分は新たな存在として全く別のものになるらしい。

  自分の幼馴染であるフェイトもこの技術によって生まれたと聞いているが……




 『生命学の大手がレリックねえ……キナ臭いったらありゃしないな』

 『生命操作技術に大きな執着を持っているって聞いてるから、レリックを狙っているのもその一環だと思うんだけど』




  レリック程の莫大なエネルギーが必要なのか、それともレリックそのものが重要なのか。

  答えは分からないが、どちらにせよレリックを狙って大規模な動きをしているのなら碌でもない事に違いはない。

  ガジェットやレリックに関わっているのならトレディアや無色にも繋がっている可能性がある。

  放置しておくには危険な存在である事は確かだ。




 「うし、こっち焼き上がったー」

 「了解ー」




  それはそれ、これはこれとばかりに焼き上がったばかりの焼き菓子を手早く仕上げていく二人。

  いかに早く提供できるかが勝負である以上、少しの遅れも許されない。

  二人は淀みの無い実に慣れた手付きで次々と作業の肯定をこなしていく。

  その最中、




 『マスター、騎士カリムからコールですが』

 『……タイミングの悪い。念話通信に切り替えてくれ』

 『了解』




  突如としてカリムからの通信が陣耶の元へと繋げられた。

  が、流石に映像付きで悠長に会話している暇などない陣耶は念話のみの音声通信を選択する。

  そもそも、こんなところで空間に映像付きディスプレイなど投影した日にはどんな目に遭うかが想像に難くない。

  変な噂が飛び交い、それに引かれて変な人物がこの店にやってくる―――なんて事になった日には目も当てられない。

  まあ流石に自意識過剰な気はするが、警戒するに越した事はないのだ。

  そしてややあって、カリムの声が念話として届けられる。




 『御機嫌よう、陣耶さん』

 『御機嫌よう騎士カリム。こんな忙しい時間に何の御用で?』

 『あらあら、つれないですね』




  そんなキャラじゃないだろお前、と陣耶は声には出さずに突っ込む。

  むしろ今でさえ声が微妙に嬉々としているように聞こえるのだ。絶対に狙ってこの時間帯を選んだに違いない。




 『さて、それでは早速お仕事の依頼をしたいのですが』

 『ういうい。というか俺は元々そっちの所属なんだが』

 『こういうのは形式が大事なんです。という事で「はい」か「イエス」でお返事ください』

 『……どっちも同じだよな、それ』




  いつも通りな反応に淡白な反応を返しながらテキパキと手を動かす陣耶。

  次々とお皿にクッキーなどを乗せては、それを手の空いている人員が運んでいく。




 『……気のせいか、凄く美味しそうな匂いがします』

 『聴覚が次元を超越したのなら捜査課にでも行ってこい。きっと重宝される』

 『レディーの扱いがなっていませんよ、陣耶さん』

 『さよけ。というか本題は何だ本題は』




  俺も暇じゃないから早くお願いー、と急かす。




 『仕方ありませんね……では』




  コホン、と一つ咳払いをする音が念話越しのはずなのに聞こえた。

  無駄な芸が細かくなってきてると思いつつ、カリムの言葉に耳を傾ける。




 『貴方には、とある管理外世界への調査任務に赴いてもらいます』

 『りょーかい、日時と時間は追って知らせてくれ。場所は?』




  管理外世界、と聞いて陣耶はきな臭い事態になりそうな予感を感じる。

  微妙にしかめっ面になった彼の表情など知る事もなく、カリムは続く言葉を口にした。




 『第一八管理外世界、マナ・ヴィーナ。ちょっと特殊なところなので……気を付けてくださいね?』




  そんな不安を煽る言葉を最後に、彼女との通信は終了したのだった。


























  Next「おねーさんは嬉しいな」


























  後書き

  インターバル。のっけから関係ないというか、もう作品違うよねこれ。

  ちろっと出てきた月村夫妻。原作じゃこの時期では仕事に出ているんですが、ほんとに何をしてたんだろうか。

  時期が空きすぎたせいで色々環境が変わった今日この頃。

  ダンさんが嫁を残してお星さまになったり、禁書が映画化決定したりと。

  気が早いけどなのポGoDが待ち遠しいです。



  ではまた次回―――







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。