戦闘が終了し、敵が撤退してからも仕事はまだまだ終わらなかった。
ヘリを操縦しているヴァイスとの合流、一連の経緯の報告と回収したレリックの確認。
特に頭が痛いのは転倒してひしゃげた貨物車両だ。
派手に山肌と激突したために列車自体がかなり損傷している。砲撃の直撃を受けた重要貨物車両はもう使い物にならないだろう。
今、機動六課では各種保険会社や列車を保有する会社に対しての対応に追われており、事務員の苦労が忍ばれる。
「レリックを回収できたとはいえ、酷いもんだな……」
陣耶はそう呟いて目の前の惨状を見やる。
この状況はお世辞にも褒められたものではないだろう。
肝心のレリックこそ奪われなかったものの列車は半壊。確実に積み荷にまで被害も出ている。
任務の目的はともかく、経過で出た被害が大きすぎた。
おそらくこれについての苦情の類は聖王教会にまで回ってくるだろう。
その時に始末書を書かされる羽目になるのかと憂鬱な考えが陣耶の頭に浮かぶ。
しかし、今は全員が五体満足である事を素直に喜ぶべきだろう。
そう考えて、陣耶は一通りの作業が終わったのを見計らってから機動六課に通信を入れる。
今日はもう厄介事は勘弁願いたいもんだ、と思いながら。
「状況終了。これより機動六課本部へ帰投する」
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.17「折角だから今度飲みにでも」
「つーかーれーたーーーーー」
機動六課本部のヘリポートに帰り着き、早々に声を上げたのはキャロだった。
脱力しきった身体や腕がだらしなく揺らされており、普段からの元気な姿からは想像しにくい光景である。
「ううう、爆発で吹っ飛ばされたり命がけのノーロープバンジーに挑む羽目になったり……間違いなく私の人生の中でも一番濃い一日です」
「色々な事が一気に起こったからねえ……流石の私も疲れた」
キャロと同じようにスバルも脱力させた身体を揺らす。あーうー、などと聞こえてくるあたりかなり重症らしい。
油断しているとすぐにでも倒れてしまいそうな二人を見ていられず、相方二人が肩を貸す。
「ほらスバル、しゃんとしなさい」
「キャロ、やる事はまだ残っているんだから」
『はーい』
そして、そのままよたよたとヘリポートから機動六課の隊舎内へと向かう。
だがスバルとキャロを支える二人の足もどこかおぼつかないのが見て取れた。
各上を相手にしての戦闘、砲撃の煽りを受けて吹き飛ばされそのまま崖の底へと真っ逆さま。
九死に一生を得たと思えば慣れない空中戦で更なる消耗を強いられたのだ。ある程度の消耗は仕方がないものと言える。
しかし、一同の表情には疲労以上に達成感が表れていた。
「えへへ……」
「どーしたのよ、緩んだ顔しちゃって」
「いや、みんな無事に任務を達成できたなーって」
へにゃ、と緩んだ笑顔で笑うスバル。
本当に心の底から、皆が無事であることを喜んでいる。
そんな様子を見て、ティアナは一言。
「ふーん……まあ、お世辞にも上手く達成できたとは言えないけどねー」
「うぐっ」
緩んでいたスバルにティアナが容赦なく釘を突き刺す。
スバル自身も、色々と褒められない点があるのを自覚しているだけにダメージは大きかった。
だがまあ、とティアナも思う。
あれだけ戦闘力に差がある相手と交戦して五体満足で帰ってこれたのは確かに嬉しい。
過去に格上との戦闘で悲惨な目に遭った事があるだけ、余計にだ。
……だったら、少しくらいは成長できたと喜んで良いかしら。
もちろん自分だけでなく、後輩二人や腐れ縁の相方の成長も一緒に。
そう考えながらも、表面には決してそれを出そうとはせずに他の三人を伴って隊舎の中に入っていく。
そして、それを後方から見守る者が二人。
「増援に次ぐ増援……一時はどうなる事かと思ったが、五体満足で済んで何よりだな」
「本当に……崖に落ちていた時なんて心臓が止まるかと思いましたよ」
アインに応えてフェイトはあの時の光景を思い出す。
『理』の構成体が放った砲撃によって破壊された重要貨物室。その砲撃の煽りを喰らって崖へと墜ちたフォワード一同と陣耶。
空戦能力のある陣耶はともかく、空中でのまともな移動手段がほとんどないフォワード組が墜ちた時は肝が冷えた。
更には衝撃で意識を失ってしまうという事態に陥っており、あのままキャロが目を覚まさなければどうなっていたかなど考えたくもない。
「マテリアルに備えて私たちがいるはずなのにね……確かに彼女の言う通り、対抗できるだけの術がなければ意味はないのかもしれない」
別に、今回のマテリアル出現は機動六課の隊長陣にとっては意外でもなんでもなかった。
以前よりマテリアルのレリックへの関与は疑われていたのだからむしろ当然ともいえる。
その力は圧倒的であり、だからこそ機動六課の無茶な人員に繋がるのだが……
「戦力の集中が裏目に出てしまっているよね」
「だが、こうでもしなければ状況に応じて即座に動く事もままならないだろう。お前などそれは特に顕著だ」
「それも、そうなんですけどね」
執務官と言う役職はその権限の高さに比例して多忙な生活を強いられる。
年々凶悪化の一途を辿る次元犯罪への対処はどれだけ人員がいたところで足りるものではない。
まるでいたちごっこのように案件を抱えては解決し、事後処理に勤しむというのが日課なのだ。
そんな分刻みのスケジュールを求められる生活の中で、突発的に発生する事態に対処するための要請に一々構っている時間など存在しない。
だからはやては多少能力に制限が掛かろうとも少しでも手の内を読む事のできる身内に声を掛けたのかもしれない。
「……私も、強くならないと。絶対にみんなを守れるくらい、彼女たちと戦えるくらいに」
「そうだな……幸いこちらには経験という大きなアドバンテージがあるのだ。どうにかしてそれを活かしていかねばな」
そう、経験。
今の時点で自分たちがマテリアルに勝っている点などそこ以外にはありえない。
だからこそあの圧倒的なスペック差であっても戦う事ができるのだ。
だが、それも一体いつまで維持する事のできるアドバンテージなのだろうか。
もしもあの力に経験が伴ってしまったその時、まともに相対する事のできる人物は一体どれだけこの世界に存在するのだろう。
(アインはツヴァイとユニゾンすれば確実に渡り合える。トレイターはおそらく単独で、陣耶とはやてもユニゾンすれば問題ないと思うけど)
フェイトやなのは、副隊長陣にはそういった『裏技』のような手段が存在しない。
自身の限界リミッターを外す事ならできるが、ユニゾンほど能力の上昇を見込める物でもない。
だから自分自身が経験を積む必要がある。
今よりも自分の長所を活かし、より速く、より鋭く。
そのためにも。
「……今度、陣耶に色々と聞いてみよう」
◇ ◇ ◇
「……以上で、今回の戦闘報告は終了だ」
「了解しました。お疲れさまです、陣耶さん」
言って、カリムは一杯の紅茶を勧めた。
小さな丸いテーブルで向かい合っていた陣耶はそれを受け取り、口の中へと持っていく。
ほど良い熱を持った紅茶が苦味と共に口の中に広がり、独特の香りが鼻をついた。
「ん……美味いな」
「良い葉を使わせてもらいましたので、お気に召したなら何よりです」
小さく笑い、カリムも用意された紅茶を口にした。
暫しの間だけ二人が紅茶を飲む音だけが部屋の中に響く。
そして同時に、カチリ、と陶器独特の音を立てて紅茶を小皿の上に乗せた。
「……それにしても、魔力光の変異ですか」
「ああ。色々派手な報告に隠れがちだが、今回の件で一番謎めいているのはそこだ」
「派手な報告に頭をこれでもかと痛めているのは事実なんですけどね」
驚異的な出力を誇った新型ガジェット、次元犯罪者ケーニッヒ・ストラスとの交戦、マテリアルの出現、貨物列車の転倒及び破壊。
フォワードチームの上げた目覚しい戦果や交戦した際の損害に目が行ってしまいそうになるが、一番注目すべき点はそこである。
未だに謎の多いマテリアル。
ほぼ消えかけていた残骸から再生された、防衛プログラムの構成体。
その目的は闇の書の復活―――と思われているが、実際どうやれば復活するのかなど見当もつかない。
彼女たち自身がそれとなるのか、それとも別の何かが闇の書として復活しようとしているのか。
二年前、はやてが『王』の構成体と交戦した際には既にその存在が当人から示唆されている。
だがそれだけだ。目的はともかくとして、彼女たちの性質についてはまるで分っていない。
もはや再生も困難なほどに消滅しかけていた残骸が急に再起動し、その姿は土地の『記憶』から組み上げた物らしい。
それぞれの個体の戦闘能力は姿の基になった人物のそれに似通っており、性格はほぼ真逆と言っていいものである。
この程度だ。何故起動したか、何故魔力光が変異したか、という疑問点に繋がる情報は一切存在していない。
「はあ……ったく、トレイターにしてもアインにしても前例がないらしいしなあ」
「こうなると、管理局の無限書庫に打診した方が良いかもしれませんね」
「そっちの方は俺からやっとく。仕事量を増やすのは心苦しいが、これ以上謎な情報を放置しておくのもな……」
陣耶は窓の外を見上げ、暗い書庫の中で検索の仕事に忙殺されているであろう友人の姿を幻視する。
主にクロノからの仕事が多いらしいが……あいつが無限書庫に本格的に勤務するようになってから未だに続いているのだろうか、あのやり取り。
だとすればあいつも苦労の絶えない身だな、と遠い友人を想う陣耶。
窓の向こうに、青い顔でイイ感じの笑顔を浮かべる友人が見えた。
「……倒れなけりゃ良いんだが」
「情報は多すぎると探すだけで一苦労ですからね……まあそれはさておき、次に行きましょう」
そうやって報告された事の顛末からいくつかの疑問点が陣耶に問いかけられる。
自分の分かる範囲で逐一それに答えていくが、新たな疑問点は増えるばかり。
レリックを狙う目的、一機だけ明らかに他とは違う性能を有したガジェット、それを投入した理由、トレディアの動き、マテリアルとの関連性。
何もかもが分からないままだった。
「まあ、そう簡単に全部が分かれば苦労しないよなあ」
「そうですよね。私としてはかなり面倒に感じてますから、もっと一足跳びに解決したいくらいなんですが」
「世の中そうそう上手くいったら今頃こんな事やってねえって」
「ですよねー」
はあ、と二人して溜息を吐く。
世の中、ただの人には分からない事だらけだ。
◇ ◇ ◇
そこは、ミッドチルダのどこかに存在する洞窟の中。
内部はありきたりな鍾乳洞ではなく、暗がりらしい暗がりが見当たらない。
およそ洞窟らしからぬそこは科学によって整えられた通路だった。
地下深くにまで続く果ての見えない技術の塊……その中を、帰還した三人は歩いている。
無感動な水色の目を持った女性が二人を先導し、今いる場所よりも更に地下深くを目指す。
そこに、唐突に声が掛けられた。
「随分と遅かったではないか。たかが塵芥どもに苦戦したとも思えんが……」
その言葉に一同は足を止める。
代わりに、目の前に続く通路の先から足音がこちらに向かって近づいてきた。
姿を見せたのは灰色のショートヘアを揺らし、翡翠の瞳で不敵に相手を見やる者―――『王』のマテリアルだった。
彼女は帰ってきた三人―――『理』と『力』のマテリアル、ケーニッヒを見渡し、軽く鼻を鳴らすと再び口を開く。
「何だ、レリックの回収は失敗か」
「ええ。些か雛鳥たちを侮り過ぎていたようです……ちょっとした隙間からあっという間に奪われていましたね」
「いやあ、面目ない」
みすみすレリックを奪われてしまった張本人は反省の色を全く見せずに軽く笑った。
明らかに人の気を逆撫でる事を主旨に置いた反応にしかし、王は取りあうような事はしない。
真っ向から受け止めながらも余裕を滲ませて対応する。
「まあ、うぬにもうぬの考えがあるのだろう。あえてそこには口出しすまい」
「ご配慮、痛み入ります」
「良い。それはそうと―――」
ふと、その視線を『力』のマテリアルへと向ける。
「ふえ?」
「自我領域の形成と構築、よもやうぬが最初に終わらせるとはな」
「確かに、予想外と言えば予想外ですが……ある意味納得でもありますね。何せ中身がコレですし」
「ん? んー?」
二人の言葉の意味をよく理解できずに首を傾げる『力』のマテリアル。
自我領域の形成と構築……どこかで聞いた気はするのだが、いまいち思い出せない。
普段から物事を深く気に留めないから覚えていないだけなのだが、本人はそれに気づかず首を傾げ続ける。
と、そこに再び奥から人影が近づいてきた。
「興味深いね。性質の推移、在り方の変質、自我領域の獲得……どれも『生命』を題材とする私にとっては魅力的な研究対象だよ」
白衣に身を包み紫の髪を揺らしながら、濁った金の瞳で彼はモノを見る。
それは人に対して向けるものではなく、真実ただの物を見る目だった。
彼の名はジェイル・スカリエッティ。
生命医学に関して多大な成果を残した今世紀最大のマッドサイエンティストにして次元世界を股にかける犯罪者である。
「ジェイル・スカリエッティ……わざわざ私たちの出迎えに来たとは思えませんが」
「おやおや、出迎えに来たというのにあんまりな言葉ではないかね。まあ事実そうなのだが」
『理』のマテリアルとはまた違った意味で感情を読ませないスカリエッティは、低く笑いながら舐めるように『力』のマテリアルを見る。
その奇異の視線には流石の『力』のマテリアルも気圧されて一歩後ずさった。
なんというか、下手に構うと大事な何かが壊されそうな気がしたのだ。
このままでは話が切り出されるまで視線に晒されそうだと危惧した彼女は少々焦り気味に要件をスカリエッティに問い質す。
「う、ぐ……っで、一体何の用なのさ!」
「いやいや、何やら興味深い現象が起こったようだからね。是非データを取ってみたいのだよ」
「そこはかとなく嫌な予感がするので遠慮する!」
「おや、そうかい。嫌われたものだね」
特に気にした風もなくスカリエッティも視線をやるのを止めた。
そのまま大仰に頭を振って、まるで観衆に演説でもするかのように芝居の掛かった調子で腕を広げる。
「だが、君たちのおかげでプロジェクトFの遺産に関するデータを取る事ができたのだ。感謝の意を表してデータを取るのはおかしいかね?」
「十二分におかしいですね。言い出す内容が立場的にあべこべな時点で破綻しています」
「くく、これは手厳しい……しかしそれが私なのだよ。未知があれば追求せずにはいられない……科学者の本能と言ってもいい」
低く、嫌悪感を引き出すような笑いがスカリエッティから絶える事はない。
そもそも自分と相手を同じ存在として見ていない以上、何らかの不快感を抱くのは当然ともいえる。
それがジェイル・スカリエッティ。とある計画の下に生み出された稀代の天才科学者。
「ジュエルシードのエネルギー転換率、タイプゼロ・セカンドの性能、プロジェクトFの遺産……いや、まるで宝箱のようではないか。
年甲斐もなくワクワクしてしまいそうだよ……!」
暗く深く蠢く欲望。
深淵の闇に冥府の炎、それらと共に地の底を這いずるそれの脅威を、人々は未だ正しく知る事はない。
◇ ◇ ◇
「で、連絡を入れさせてもらった訳だが」
『仕事中にアポなしでいきなり個人通信入れてくるとか度胸あるよね君』
通信開始早々そんな愚痴とも挨拶ともつかないセリフを吐いたのはユーノ・スクライア。
陣耶は先程カリムと打ち合わせた通りにユーノへと連絡を取り付けたのだが、どうにも仕事中だったらしい。
自分の記憶が正しければこの時間帯はユーノも昼食を採っているはずなのだが……
「どーした、お前今頃飯食ってるんじゃねえかと思ってたんだが」
『僕だってそのつもりだったけどさ……君のところの部隊長は顎で使う気満々らしい。こんな時間に仕事を吹っ掛けてきたよ』
「あいつかよ」
陣耶の脳裏に気軽な笑顔を浮かべながらドサリと山のような書類を目の前に積んでくる幼馴染の姿が浮かび、納得した。
確かにそれくらいは平気でやりそうだな、と昼食時間を奪われたユーノに同情する。
だがそれを律儀にやるユーノもユーノでかなりのお人好しである。
「あいつも必死なんだか早速暴走してんだかよくわかんねえな……あと、俺はあいつの部隊所属じゃなくて出向な」
『意外と細かい所に拘るんだね』
「よく言われるから慣れたがさ、そこいらは普段からはっきりしとかねえと後々要らん厄介事を押しつけられたりするの」
思い出されるのは高校生活での体育祭だ。
時々部活の助っ人として小遣い稼ぎをしていた陣耶なのだが、それなりに広い範囲でやっていた結果として体育祭で引っ張りだこになった。
当人としてはたまったものではないので逃げだしたのだがどの部活も『自分達の助っ人』として譲らないのである。
こんな事になるならどこか一本に絞っておけばよかったと後悔したのだが後の祭り。体育祭が終わるまで大逃走劇が繰り広げられた。
その経緯を語り終わった陣耶はユーノ共々溜息を吐く。
『まあ、ご愁傷様?』
「今現在昼飯にもありつけず仕事に忙殺されてるお前よりはマシだ。で、忙しいところ悪いがこっちの件なんだが」
『魔力光、及びそれに関わる変質性の有無、だね』
「おや、耳が早い」
本題を先に言われて肩透かしを食らってしまう。
もう知ってたんだなという言葉にはあっちからもその調査依頼が来たからと簡単に返答があった。
『調査結果が出たら双方に報告させてもらうよ』
「すまん、助かる」
『いいさ、これが僕の仕事だからね。まあ折角だから今度飲みにでも誘ってくれると嬉しいんだけど』
最近は特に忙しくて休まる時がほとんど無いんだよね、という事らしい。陣耶は勉学に忙しいが、それとは別次元のものだろう。
考えてみれば、自分はなのはと比べてユーノとそれほど頻繁に会っている訳ではない。
手伝いになど行ったこともなければそもそも無限書庫に顔を出してすらいないな、と陣耶は考える。
なら久々に友人の顔を拝むのもいいかと思って飲みに行く件を了承した。
「りょーかい。そっちの都合が付いたら連絡くれ」
『分かった。じゃ、楽しみにしてるよ』
その言葉を最後に通信は終了した。
何も映さなくなったパネルを眺めながら陣耶は軽く息を吐き、それから軽くパネルを操作して何らかのデータを表示させる。
パーセンテージやグラフ、その他様々な数学的数値が一挙に視界へ飛び込んできた。
膨大なデータ量のそれを目で追いながら、陣耶は手元にある相棒へと声を掛ける。
「一応、一度同調してしまえば後は安定しているみたいだな」
『実践ではこれが初めてでしたからどうなる事かと思いましたね。事前に恭也氏と調整を重ねていたとはいえ、何とも綱渡りです』
「まったくだ」
―――神速。
永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術、奥義之歩法。
色彩情報を大幅に遮断する代わりに知覚能力を底上げする技法。
高町士郎、高町美由紀、月村恭也、御神美紗斗の使う『御神』の技であり、基本の奥義。
知覚感覚が限界を超えたそれは周囲、ひいては自身の動きをもスローに感じさせてしまう。だが、その代わりとして超反応能力を一時的に手にする事になる。
陣耶はそれを使う事はできない。だが真似事ならば可能だった。
彼は以前に『似たような現象』を何度か体験している。
例えば、カリム・グラシア拉致事件で。例えば、ケーニッヒ・アストラスと初めて遭遇したあの戦場で。
陣耶が恭也に教えを乞うていたのは剣であり、術ではない。
御神の技を教える気はおそらく向こうにはないだろう。だからこそ、陣耶は自分の得た情報を基にして『近しいもの』として再現した。
即ち、魔法による神速状態の再現である。
無論これには大きな問題が付きまとう。脳に直接干渉する以上そのデメリットは決して無視できないものだ。
まず大きく負担が掛かる。更に脳の繊細な電気信号に干渉するためちょっとしたミスが大惨事に繋がりかねない。
だからこそ効果は一瞬のみ。使用にもそれ相応の準備が必要になってくる。
「ただ使用するにはまず問題はなさそうだが……ネックなのはやっぱ待機時間か」
『私の演算能力をほとんど回しても未だに二分掛かりますからね。これはまだまだトレイターと調整を重ねる必要があるでしょう』
「だなあ……燃費の面と合わせてまだまだ改善せにゃならん部分が多いなあ。実践レベルではまだ有用とは言い辛い、奥の手だな」
これは陣耶やなのはが今まで自分の魔法を作り出してきたのとは話が違う。
感覚に任せて魔力を使用するのではなく、一から理論を組み立てて実証と改良を重ねていく―――完全に研究者のやる分野だ。
そのような勝手の違いが中々完成に漕ぎ着けられない理由の一つでもある。
「ま、こっちには現場での情報収集に関しちゃ天下無敵のトレイターがいるんだ。実践あるのみだな」
『ですね』
パネルのボタンを押して、画面を完全に閉じる。
報告や作業が終わったからと言って一息吐いている暇は陣耶にはない。むしろ彼にとっての本番はこれからだ。
彼となのはは、今からでも間に合う授業だけでも受けに行かなければならないのだから。
そうして、陣耶となのはは海鳴からミッドチルダへ行きミッションを遂行。
そのまま海鳴へととんぼ返りしてまだ終わっていない授業を受ける、という強行軍をやってのけた。
お約束のように松田と武本の二人からは『二人してどこに行ってたんだ』という詰問を受ける羽目になったが、それだけだ。
ただ……想像以上のハードワークと環境の変化にいまいち体がついて行っていない二人は多少グロッキーになっていた。
「ぐあー……やばい、正直舐めてたぞこの二重生活」
「うう、初めて経験したけど想像以上に疲れるねこれ……もー私へとへとー」
夕焼けの帰り道、二人は翠屋に向かっていた。
今日は特にシフトが入っている訳ではないのだが、流石に疲れたので一杯やりたいという話になったのだ。
何故翠屋なのかというと、従業員やバイトである二人にはちょっとしたサービス―――ドリンク一杯無料の権利がある。
シュークリームとセットというのが条件なのだが、それでも手軽に小腹を満たせる手段だ。
なのはとしては自分の小遣いを家計に突っ込んでいるようなものなので、何とも微妙な気分なのだが。
「あ、聞いたよ陣耶くん。神速使ったんだって? まだ未完成だとか言ってなかったっけ」
「おう、未完成だ。けどマテリアルを抑えるつもりならそれくらいはやらないとタイマンはきっついんだよ」
「もー、また無茶して。胸を張って言う事じゃないでしょ」
なのはの言葉もどこ吹く風。陣耶はもう慣れたと言わんばかりに肩をすくめて足を進める。
そんな態度は今までも見てきたなのはだが、やはりどことなくやりきれない感じがした。
彼女の知り合いの中で最も怪我の率が高いのはまず確実に陣耶である。
ミッドチルダにいるフェイトやはやての方が仕事柄の問題でそういった危険に出くわす頻度は高いが、陣耶のそれは意味が違う。
ミッドの友人二人は引き際や状況を見る力がある。だから、無茶無謀と言われるような行為をする事はまずない。
だが陣耶の場合は違うのだ。何が何でも自分の我を無茶無謀で押し通してしまう。
そして、その結果として重傷を負うというようなパターンが圧倒的に多いのだ。
闇の書事件に始まり、フィアッセのコンサートでは心に深い傷を、ケーニッヒの時など心臓が止まるかと思ったほどだ。
だから、なのはは人一倍も陣耶を心配してしまう。
何かに向かって一直線に走っている時の彼に限って、良くない事が降りかかるのだから。
「まったく……クラウソラス、陣耶くんのストッパー役お願いね?」
『承知してます。うちのマスターは実に向こう見ずですからいつもハラハラドキドキと胸を高鳴らせていますよ、ええ』
「……だめかなー、これは」
この主人にしてデバイスあり、だった。
なのはの知ってるインテリジェントタイプのAIの中では特に個性が強いクラウソラスだが、やはり人間味が強いと思う。
だから普段の無茶程度なら止めるだろうがここ一番の場面では確実に背中を押すだろうという確信が湧いたのだ。
事実、今回の任務でも無茶の後押しをしているのだがそれをなのはが知る術はない。
『不安ならマスターが愛の手を入れればいいんです』
「……妙にニュアンスが違って聞こえるのは気のせいかなー、レイジングハート」
『気のせいでしょう』
そして、自分の相棒も大分毒されているらしいと項垂れるなのは。
クラウソラスやトレイターほど癖が強いとも言わないが、こうやって時々油断ならない発言をする事が増えている気がする。
良い悪いで言えば良い傾向なのだろう。
だが、なんとなく釈然としない。それはきっと毒している原因の大元が隣で歩く幼馴染だからだろう。
悩みの種は尽きないなあ、と軽く溜息がついて出る。
「お、見えた見えた。翠屋だ」
「んー、毎度の事だけど自分の家のお店に食べにくるのってすっごく複雑……」
お邪魔しまーす、と陣耶が翠屋の扉を開ける。
小さなレストラン程度の広さを持ってる翠屋はそのメニューの味が評判になっており、どの時間帯でもそれなりに繁盛している。
基本的に高町夫妻が経営しているのだが、それだけでは手が足りないために身内やアルバイトが主な構成員となる。
陣耶となのはもその構成員の一員なので、翠屋の風景はよく知っていた。
木製のテーブルやカウンターが立ち並び、厨房ではせっせとお菓子作りが行われているいつもの光景。
明日は自分達もあの輪の中に加わる、変わらない店の風景だ。
が、
「いらっしゃいませ、喫茶翠屋へようこそ。ご案内はお二人様で宜しいですか?」
「あ、二名でお願いしま……あ?」
見慣れない人物がそこにいた。
いや、見慣れないだけであってそれが誰かは知っていた。
くすんだ金髪を腰まで伸ばし、どこか気品というか聡明さを感じさせる知的な顔立ち。
一〇代後半から二〇代前半に見えながらもしっかりと女性的な身体つきをしており、見た目以上に大人びて見えた。
陣耶は彼女を知っている。
整理整頓が壊滅的に苦手であり、その他の技能が一般以上のレベルに達している、つい先日新しく越してきたお隣様。
彼女の名は、
「あんた……ドゥーエ?」
「はい? あ……皇さん、ですか?」
翠屋で、知ってはいるが見慣れない人物が働いていた。
Next「気を付けてくださいね?」
後書き
どんだけー。更新停滞どんだけー。
真剣に三ヶ月以上更新停滞していた作者、ツルギです。
事情諸々です。ほんとーにスミマセン。え? 待ってない? 更にスミマセン。
今回は事後処理諸々。ていうかやっとユーノ出せた。
あと陣耶の神速ネタバラし。こじつけな気がしないでもないけど、うちはこんな感じです。
陣耶は他にもいろいろやります、たぶん。
今回はここらで。
ではまた次回に―――