「馬鹿ですか」




  それが―――なのはの言葉を聞いての、マテリアルの答えだった。




 「敵、それも一級の犯罪者に向かって事もあろうか友達とは……子供だったあの時とは状況がまるで違います。

  下手をすれば貴方が要らぬ疑いを被る事になりますよ」




  火の無い所に煙は立たない……なのはのこの不用意な一言で要らぬ噂が立つ可能性は十分にある。

  例えば―――なのはが敵方と通じている、敵方に寝返ろうとしている、実は現場を混乱させることが目的のエージェント、などなど。

  そういった憶測や推察を記事にするのがマスコミなのであり、その手はいつどこから世間を見ているか分かったものではない。

  発達した情報社会の弊害とも言えた。

  そればかりでなく、やはり現場にも多少なりと混乱をもたらす事にもなるだろう。

  ただでさえ容姿や使用する魔法がそっくりなのだ。こんな発言をしてしまうと部隊内でもなのはに対する懸念が出てこないとも限らない。

  しかし。




 「分かってる」




  それでも、なのはは揺るがなかった。

  そう、そんな事はわかっている。

  それでも。




 「なお性質が悪いですよ。そんな行為を周囲が見逃すとでも思っているのですか」

 「だとしても、それは私が行動を変える理由にはならないよ。それとも……友達になる事、分かり合う事は、それほどに悪い事なの?」

 「……」




  おそらく、それ自体は何も悪い事ではないだろう。

  人であれ動物であれ、お互いの関係性は相互理解によって成り立つ。それを確立するためにも分かり合うという行為は重要だろう。

  そして、その大切さを身をもって知っているからこそなのはは揺らがない。

  ただ手を差し伸べ、分かり合う事を求め続ける。




 「闘争とか、誤解とか、不和とか、私が求めるのはそんなものじゃない」




  強く、ただ前を見つめてなのはは言う。

  これが、臆病な私の答え。

  自分に胸を張って誇れる、私の信念。




 「私は、私の信じる道を行く」




















  始まりの理由〜the true magic〜
         Stage.16「心配した私が馬鹿だった」




















  一方、谷底から脱出したフォワードの四人は転倒した車両にまで戻っていた。

  目的は至極単純。スバル、キャロ組と共に降りて途中からは別行動をとった小さな上司、リインフォース・ツヴァイの捜索である。

  あの時、外からの砲撃で壁がぶち破られた上にその衝撃で車両が丸ごと横転してしまい、結果的に列車は停まった。

  ただ自分達はそのせいで車外へと放り出されてしまい、現場にいた人物の安否確認が完全ではないのだ。

  ケーニッヒはフェイトが確認しており、『力』のマテリアルも陣耶が相手をしている。

  フォワード四人もなんとか無事であり……確認できていない最後の一人がツヴァイなのだ。

  通信を試みようにも向こうで何かあったのか一向に繋がってくれない。

  だからこうして実際に足を運びんでいるのだが、車両の損害ぶりは酷いものだった。




 「装甲が件並みひしゃげてるわね……まあ山肌に激突したらこうなるか」

 「私たちがいた車両も外壁が丸ごと抉られていますね。あんなものの直撃を受けたらと思うと、ぞっとしませんね」




  至近距離とはいえ余波だけであれならばひとたまりもないだろうな、とキャロはその光景を想像して……即座にその考えを頭から消した。

  そういった悪い方向の想像はできるだけしないに限る。

  先頭車両に向かって走りながらも、壊れ果てた車両を見て口々に目の前の光景について語る一同。

  まるで爆撃でも受けたかのような惨状を見て一体誰がこれを個人の所業だと思うのだろうか。

  何度も同じような人物の魔法を見てきているが、それでも未だに信じ難いというのが四人揃っての見解だ。




 「それにしてもツヴァイ曹長、無事なんでしょうか」

 「無事って断言できないのが怖いよね……本人には失礼だけど、あのサイズだし。曹長クラスの実力はあるにしても押しつぶされてないか心配」




  埋まってたとしても災害担当出向者の意地にかけて助け出す、と意気込むスバル。

  激しく横転した上に、この列車は貨物運搬用。積み荷の雪崩に巻き込まれていないとも限らない。

  が、そういった負の方向への懸念はあっさりと払拭された。




 「スーバールー? 失礼だと思ったのなら、口にしない方が良いのですよー?」

 「うわあ!? ツヴァイ曹長いつの間に!」

 「ついさっき、ですよ。それよりスバル……さっきの発言について色々と言いたい事があるのですが、良いですかー?」




  何が、とはツヴァイの発する謎の迫力に気圧されて言えなかった。

  妙な威圧感がスバルを委縮させているのを見ながら、他の三人はこれなら大丈夫かと他人事で判断を下す。

  しかし放っておくと一向に話が進みそうになかったので、見かねたエリオが仲裁に入った。




 「えーと、ツヴァイ曹長。今は非常事態なのでそこら辺にしておいた方が良いかと……」

 「む、そうでした。さっきの攻撃で私の通信システムが不調をきたしているみたいで状況が掴めなかったのですよ。

  ではティアナ、状況の報告をお願いするです」

 「分かりました」




  促されたティアナがこれまでの経緯を説明していくと、徐々にツヴァイの表情が硬くなってくる。当事者としては思うところがあるらしい。

  そうして全てを説明し終える頃には先程の軽い雰囲気はなりを潜めており、痛々しさ感じてしまうような真剣さだけが残っていた。




 「……分かりました。なら私が言えるのは一つだけです……必ず、生き残りなさい。分かりましたか」




  真っ直ぐと四人の目を見つめて、ツヴァイはそう『命令』した。

  そんな事を『命令』してしまうほどに相手を危険だと判断したらしい。ツヴァイの言葉は心配の表れだ。

  なら、四人が返すべき言葉も一つだけだった。




 「「「「了解ッ!!」」」」

 「私は今から現場のフォロー、陣耶さんの方へ向かいます。四人はそれぞれ自分の力を活かす形でフォローをお願いするです」




  四人にそう言い残してツヴァイは渓谷を飛んでいった。

  アインの方へ行かないのは単に一人で相手をしている陣耶が不安だったのか、上空への信頼からか。

  ともあれ、ほぼ判断を丸投げされたに等しい四人はこれからの行動について頭を悩ませる事になった。

  なったのだが、四人としても特に悩む事はなかった。




 「で、どうするのティア」

 「どうするも何も、決まりきってるじゃない」




  四人の意思を代弁するかのように、ティアナが空を見上げる。

  強い意志を宿した眼で、きつく空で戦う者を睨む。




 「私たちの任務はレリックの回収。それを持っているのがあのケーニッヒって男なら……」




  やるべき事は単純明快。

  ケーニッヒからのレリック奪還だ。

  そのために必要なのが圧倒的実力差を埋める何かだというのなら、それをこの小賢しい頭の中から引っ張り出してやる。




 「やるわよ―――なのはさんたちでもなく、隊長たちでもなく、私たちがレリックを回収する」




















                    ◇ ◇ ◇




















  四人と別れたツヴァイは一直線に陣耶の元へと飛んでいた。

  空にいるのはなのはにフェイト、自身の姉であるリインフォース・アインだ。

  相手がケーニッヒとなのは似のマテリアル二人であってもそうそう遅れをとる事はないだろう。

  フォワードの四人も自分達のやるべき事を理解しているならあちらへ向かってくれるはずである。

  問題は一人でフェイト似のマテリアルを引き受けている陣耶だ。

  彼が屈指の実力者であるのは良く知っているが、それでもスペックが圧倒的に違う相手にどこまで持つか不安だった。

  そう思って飛んできたツヴァイは、その光景を視界に収めた途端に絶句した。




 「な……」




  それは異常と言っても良い光景だった。

  圧倒的なスペック差のある相手を陣耶は事もなげに下していたのだから。

  山肌に叩きつけられたマテリアルは悔しさと怒りに満ちた視線で陣耶を見上げ、対する彼は涼しい顔でそれを受けている。

  ただ、その表情が少し困惑していた。

  普通ならば下した相手に困惑する理由などない。手を抜かれているとか、不調子だとか、そういった雰囲気はマテリアルからは感じられない。

  原因はもっと別。

  マテリアルの放つ、魔力光が異常だったのだ。




 「なん、ですか……あれ」




  フェイトのコピーである彼女は、その姿形だけでなく魔法やその性質までも写し取っていた。それは魔力光も同じだった。

  彼女と同じ金色の魔力光……だが、今はどうだ。

  金色の光に、青白い光が滲み始めてはいないか……?




 「……何か、嫌な予感しかしねえ」

 『同感ですね。この手の展開は何かの前触れと決まってますよ。お約束です、お約束のパワーアップイベントです』

 「敵方にこれ以上パワーアップされても困るわ」




  言って、陣耶が剣を振り上げた。

  どうやら相手の変化を待つまでもなく決着をつけるつもりらしい。

  刀身に魔力が収束していき、過剰魔力が目も眩むような光を放つ。

  陣耶の持つ必殺の一刀、ディバインセイバー。

  刀身内で圧縮、加速を繰り返す事で威力を高めた魔力刃を余剰魔力と共に放つ斬撃魔法だ。

  一見するとレーザーにも見えるそれの威力は陣耶の持つ魔法の中でも一、二を争う威力を誇っている。

  その輝きを見上げながら、マテリアルは体を震わせる。

  怒りか、悔しさか、それとももっと別の感情か。

  だが、今のマテリアルの目はその元となった物に相応しく……様々な感情で濁りきっていた。




 「白夜の王……!」

 「悪いが、お前みたいな物騒なのを野放しにできるほど俺は楽観的じゃない―――ここで終われ」

 『Divine saber』




  極光が振り下ろされた。

  巨大な光の奔流として放たれた斬撃が未だに山肌に叩きつけられたままのマテリアルへと迫る。




 「こ、の……」




  迫る光を前に、マテリアルは強く歯を食いしばり―――










 「調子に、乗るなぁぁああああああああああああああああああああッ!!」










  叫びと共に、青白い閃光が弾けた。




 「な、ん……!?」




  何が起こったか、確かめる暇すらなかった。

  ただ、青白い閃光が空を駆け抜ける。

  それこそ、一瞬で視界の外にまで回り込まれてしまうほどの速度でだ。

  驚愕にツヴァイの目が見開かれる。




 「ちっ、遅かったか……!」

 「僕は負けない! もう、消えてたまるか……!!」




  死角から繰り出されるマテリアルの斬撃を同じく斬撃で防ぐ陣耶。

  ツヴァイからすれば視界の外側からの攻撃に難なく対応した陣耶にも舌を巻くが、やはり異質なのはマテリアルの方だった。

  先程までのように青白い光が金色の光に滲んでいる、といった現象は既に見受けられない。










  ただ、代わりに、マテリアルの放つ魔力光と思わしきものは青白い輝きと化していた。









 「魔力光が、変質した……? まさか、そんな事が」




  ありえない、と小さな呟きが意図せずに口から零れる。

  魔力光は個人の持つ魔力の性質によって千差万別であり、それが後天的に変化する例など今までの歴史の中には存在しない。

  だが、目の前でそのありえない光景が繰り広げられている。

  それと同時に身に纏っていたマントとコートが消えており、アンダースーツが剥き出しになっている。

  間違いなく、あれはフェイトのソニックフォームに相当する姿なのだろう。

  高らかに謳うように輝く魔力光が、圧力を伴って陣耶とツヴァイを威嚇する。




 「クソがっ……、次から次へと何だってんだよ!!」

 「何を訳の分からない事を……勝つのはこの僕だッ!!」

 「訳が分からねえのはテメエの方だろうが!!」




  ガギンッ!! とより一層高い音を立てて剣同士が弾かれる。

  同時に陣耶の姿が唐突に掻き消え、追い縋るようにマテリアルの姿がぶれて消えた。

  そしてその一瞬後、何もない空間で剣戟の音が響き渡る。




 「うえっ!?」




  今度は何ですか!

  慌ててそちらの方へと目を向けるが、そこに二人の姿は見当たらない。

  どこにいるのかと目を凝らせばまた別の場所から剣戟の音が響いてきた。

  弾かれたようにそちらの方へと振り向くが、やはりそこに二人の姿はなかった。

  ……姿が、まったく見えないのですよ?

  あまりに常識外れな光景の連続に溜息を吐きたくなるツヴァイ。




 「目が追いつきませんよ。どっちも速過ぎでしょう……まあ、ともかく、やる事をやらねばなりませんね」




  おそらくフェイトの最高速度に匹敵するであろう速度で普通に戦っている陣耶に呆れの念が浮かぶが、今はそれどころではない。

  蒼天の書を開き、魔法発動の準備にかかる。

  相手どころか味方の姿が見えない以上、やれる事は限られてくるだろう。

  だがそれならそれでやりようはあるのだ。




 「さて、武力介入を開始するです」




















                    ◇ ◇ ◇




















  ―――戦うのが、怖い。




  誰かの悲しみを、絶望を撃ち抜くための魔法だった。

  だけど、強大過ぎる力は災いとの裏表であることを知ってしまった。




  ―――傷つけるのが、怖い。




  それからは無意識のうちに『力』そのものを忌避していた。

  人にそれを向ける事に対して心が耐えられないのだ。




  ―――嫌われるのが、怖い。




  新しくできた友達のひたむきな真っ直ぐさと眩しさが、少し羨ましかった。

  そんな時に、彼女が現れたのだ。




  ―――だけど、




  彼女は言った。傷つけない戦いもできると。

  それは酷く矛盾した言葉だったが……それでも、ほんの少しだけ、前に進む勇気を持てた。




  ―――逃げたまま何もできないのは、きっともっと怖い。










  だから彼女―――高町なのははここに立つ。

  臆病な自分に前へ進む勇気をくれた彼女だからこそ、きっと分かり合う事ができると信じて。




 「……そこまで言えれば大したものですね」




  だが、目の前のマテリアルは決して手を取ろうとはしなかった。

  返答は、冷淡な言葉で返される。




 「ケーニッヒ」

 「了解です」




  マテリアルの指示を受けてケーニッヒがなのはの間合いへと一息に踏み込んだ。

  完全に不意を打った一撃がなのはの首元目掛けて放たれる。

  鋭利過ぎる音を立てて迫る刃はしかし、直前で金色の刃に止められた。持ち前の超速度で反応したフェイトがケーニッヒの攻撃を防いだのだ。

  そして当のなのはは微動だにしていなかった。

  それはフェイトへの信頼からか、馬鹿正直に自分の事を信じてか。

  どちらにせよ、大したものですね……




 「これが、私の返答です」

 「……そっか」




  完全な拒否。

  だがそれを受けてなお、なのはの表情に悲観の色は浮かばない。むしろ、逆だった。

  余計に決意とやる気に満ちた目でマテリアルの冷淡な視線を受け止めている。

  そこには、笑みさえ見て取れた。




 「ものの見事に拒否されておきながらまだ笑えますか」

 「今までと変わらないからね。最初は頭ごなしに拒否されて、譲れない事でぶつかり合って、最後に分かり合う。

  うん、今までと何も変わらない」

 「何と言うか……本当に大したものですね、貴方は」




  その時ばかりは、平坦なマテリアルにも呆れが浮かんでいるようになのはには見えた。

  フェイトとリインは対照的に『それでこそ』とでも言うように笑みを浮かべ、ケーニッヒは揺るがない芯に感心していた。

  一度折れたからこそ……その脆さを知り、受け入れたなのはは強かった。

  不屈。

  この場にいる者は一様に、なのはに対してその言葉を当て嵌めていた。




 「じゃあ、いくよ」

 「いつでもどうぞ」




  再び桜色の閃光が衝突する。

  周辺一帯を埋め尽くす空間を揺るがすような轟音と莫大な閃光が撒き散らされる。

  近くにいたフェイトとケーニッヒが思わず目を隠すほど勢いを増したそれは、周囲に物理的な衝撃を撒き散らしながらも拮抗を保っていた。

  バチバチと魔力と魔力が反発し合う音が断続的になのはの耳に入ってくる。

  レイジングハートを支える腕から伝わってくる重圧は、今まで感じてきたそのどれよりも重かった。




 「やっぱり、出力はあっちが上、だね……!」

 『元々の最大容量が違うだけに私たち以上の出力で魔法を行使できるのでしょう。極端な例えですが、バケツとダムですね』

 「それはまた、すっごい差だね……!」




  一体どこからそこまでの魔力を引っ張ってきてるんだか……!

  なのはがそう思ってしまうほどに、圧倒的な差だった。

  それは例えるなら蛇口のようなものだ。

  大きな容器と小さな容器、その二つを水で満たして蛇口を取り付ける。

  その二つの容器に取り付けた蛇口を捻り、同じ時間だけ水を流し続けるにはどうすればいいか。

  同じ量を出しているのでは駄目だ。最大容量が違う以上、小さい容器の水が先に尽きてしまう。

  だから小さい方は出す水の量を絞らねばならない。だが大きい方はそんな事を気にする必要はないのだ。

  なのはとマテリアル、二人の違いはそこにある。

  常に栓が全開の蛇口と、絞られている蛇口。二つを比べてどちらの量が多いかなど比べるまでもない。

  だが、だ。




 『しかし、それだけです。確かに相手の出力はこちらよりも上かもしれませんが、それは常に出せる魔力量の違いでしかありません。

  最大出力ならば、こちらも向こうに引けを取る事はないのです』




  それが今までの戦闘を経て気づいた、自分達の彼女達の違いだ。

  確かに魔力量はあちらが上だ。しかし、最大出力にまで大きな差がついた訳ではないのだ。

  蛇口は多少大型化されているが……それだけだ。




 「―――ブレイクッ!!」




  最大出力の大技による短期決戦なら、こちらにも十分に分はある―――!




 「シューーートッ!!」




  トリガーと共に莫大な魔力が一気に放出される。

  それによって突如として膨れ上がった光の奔流が、もう一つの光を飲み込むような形で突き進み始める。

  対するマテリアルは眉一つ動かす事はない。

  揺れる事のない涼しい顔で迫りくる光の奔流を見つめていた。

  そして、自らもその力を解放する。




 「いきますよ、ルシフェリオン」

 『All right』




  主の呼びかけに答えて宝石が明滅した。

  次の瞬間、迫りくる奔流と同等の規模を持った奔流が吐き出される。




 「く、ぅ……ッ!」




  愛機を構えるなのはの両腕に過度の重圧が圧し掛かる。

  膨大な魔力同士の衝突に腕が震える。

  ぶれてしまいそうになる腕を魔力で必死に支えるが、それでも心許ない。

  膨大な魔力同士の衝突は、それだけでなのはの体に確実にダメージを与えていた。

  だが、急に腕に圧し掛かっていたその重圧が消え去った。




 「え……?」




  何が……、と思わず呆けてしまう。

  相変わらずなのはは魔力の放出を続けている。

  が、重圧が消えたという事は拮抗している力も消えたという事だ。




 (これを目くらましにして撤退した……?)




  ありえない、と思いつつも否定できない一つの可能性。マテリアルがあの程度で墜ちる事がない以上、可能性のある話ではあった。

  だが違う。

  そう考えた直後、自身の思い違いと迂闊さを思い知る事になった。

  答えは前方。自身の放つ魔力の奔流の只中から飛びだしてきた。

  まるで槍のような形状に変化したデバイスの矛先に展開されている魔力刃を、真っ直ぐにこちらへと向けて―――

  その形状。自身もよく知るデバイスによる高速突撃マニューバであるそれは、




 「A.C.S……!?」

 「遅いッ!!」




  障壁を展開する間もなく一息に距離をゼロにされる。

  即座に砲撃をキャンセル、迫る矛先に対応しようとするが圧倒的に速度が足りない。

  既に致命的な距離にまで迫っていた矛先がなのは目掛けて繰り出される。




 「く、ぅ……!」




  それを、身を捻って辛うじて回避した。

  だがそれも完全にとはいかず、バリアジャケットの右肩部分が大きく裂けてしまう。

  しかしそれだけだ。肉体的なダメージはないに等しい。

  そして追撃が迫る。

  避けられた事を認識したマテリアルは即座にその場で反転し、左腕で持った愛機を横殴りに振るってくる。

  なのははそれをレイジングハートの持ち手の部分で受け止めた。ガギン、と鈍い音を立ててデバイス同士がぶつかり合う。

  が、マテリアルの振るったそれには驚くほど力がこもっていなかった。




 (違う、狙いはデバイスの打撃じゃなくて……!)




  なのはは即座にマテリアルの狙いを看破するが、ほんの一瞬遅かった。

  相手は既に右手に魔力を集中させており、それが確実にこちらへと向けられている。

  回避行動をとる暇もない。

  掌底が繰り出され、爆発した。

  小規模の爆発とはいえほぼゼロ距離での攻撃だ。相手がマテリアルともなれば流石のなのはでもダメージを受ける。




 「くっ、」

 「まだです」




  更に追撃を仕掛けるべく、マテリアルはルシフェリオンの矛先に魔力を集中させる。

  装填される弾丸は三つ。

  その全てに対して、一気に撃鉄が下ろされた。




 「ディザスターヒートッ!!」




  放たれたのは三条の閃光。

  一つ一つがディバインバスターを上回る出力で放たれたそれは矢のようになのはへ迫る。

  だがなのはとて黙ってやられるほどお行儀良い性格はしていない。不安定な体勢からも素早く盾を展開する。

  圧倒的な暴力が立て続けに三度、なのはの盾と激突した。

  一度目は凌ぎきった。しかし二度目は体勢を崩され、三度目には完全に盾が破壊され生じた爆発で吹き飛ばされる。




 「三連発って、流石にちょっときついね……!」

 『追撃、きます』




  なのはの視線の先で再びルシフェリオンに暴虐をもたらす輝きが灯る。

  魔力と音が渦巻く中でその光は危機的本能を嫌に刺激するような輝きを増していき―――










 「ブーストアップ・アクセラレイション!!」










  唐突に聞こえた声に、意識は否応なくそちらへと向けられた。

  眼下。

  地上から離れた空に見える一筋の蒼い光と、白い大きな翼。そこから、圧倒的な速度で光が撃ち出された。

  フェイトと同じ魔力光の光―――最初は小さな光が、瞬く間に大きな輝きとなってこちらに近づいている。

  その狙いは、マテリアル。




 「雛鳥ですか……案外早かったですね」




  だが遅い。

  標的を変更したマテリアルは迫る輝きに向けて暴虐の光を構える。一秒と経たず、撃ち出された光を飲み込むほどの閃光が解き放たれた。

  一本の大きな柱にも見間違うほどの莫大な光は瞬く間に光と、その下にある白い翼と蒼い光条を飲み込むだろう。

  迫る必殺の一撃。チリチリと肌を焼くような圧力を前に、




 「掛かったわね」




  ティアナはマテリアルの真後ろから、勝利の確信に満ちた声で返答した。




 「なっ……」




  虚を突かれ、弾かれたようにマテリアルが背後を振り向く。

  その眼前には、右の拳を振りかぶっているスバルがいた。




 「に……!?」

 「一撃必倒―――」




  その左手に構えられたスフィアは砲撃級の魔力が圧縮されている。

  何故ここにいるのか、眼下のあれは何なのか、今の声の主は、それらの疑問の一切合財に明確な答えをマテリアルが得る前に、




 「ディバイン、バスタァーーッッ!!!!」




  ほぼゼロ距離に近い至近距離で、拳と共に蒼い閃光が解き放たれた。

  攻撃直後のほぼ無防備に近い状態で喰らった一撃に、マテリアルは碌な防御も許されずまともにスバルの砲撃を喰らう。

  ただの一撃だけに勝機を見だした攻撃はスバルの持てる全力をぶつけたものだ。

  それは例え圧倒的な実力差を誇るマテリアルが相手であろうと、




 「いっ、」




  この一撃だけは、届かせる!




 「っっ、けぇぇええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!」




  ドゴンッ!! と重い音と衝撃が空で炸裂した。

  一瞬後には消える閃光の明滅にマテリアルの姿が飲み込まれ、消えていく。

  やった、という確信がスバルの中に湧き上がった。

  同時、




 「―――見事です」




  背筋を凍らせるような声が、耳朶を打った。

  今まさに消えようとしている閃光の中から、膨大な魔力が溢れ出す。

  純魔力の単純放出。

  たったそれだけの事で、スバルのディバインバスターは風船のように内側から吹き散らされた。




 「な……!?」

 「適度に戯れるつもりでしたが、いけませんね。予想以上にできるようです」




  現れたその表情は変わらぬ能面。感情が全く現れない表情をしている。

  だが、




 「これはもう少し、楽しめそうです」




  その眼には、はっきりと感情が読み取れた。

  眼光は鋭さを増し、マテリアルの見せる感情の目がスバルを射抜く。

  即ち、愉悦。




 「……っ!!」




  形容しがたい感覚がスバルを襲う。

  全身の肌が泡立ち、視界がぶれる。

  それと同時に起こる頭の割れるような痛みと、視界情報に何かが割り込んでくる感覚。

  覚えがあった。




 (これは、黒い靄が見える時の……!)




  その思考時間をマテリアルは許さない。

  彼女の周囲に五〇のスフィアが一気に展開される。

  それはスバルを無理やり現実に引き戻すには十分すぎる光景だった。




 「ちょ、多……!?」

 「シュート」




  桜色の弾丸が矢継ぎ早に放たれた。

  スバルを三六〇度全方位から襲うスフィアの嵐に、なのはも応戦するためにスフィアを射出する。

  ただ決定的に数が足りない。五〇に対する三五では戦力が目に見えて違った。

  止めきれない一五のスフィアが我先にとスバルへ殺到する。




 「スバル、こっち!」

 「了解ですっ!」




  スバルは迷わなかった。そもそも迷っている暇すらない。

  即座にウイングロードを逆走し、全速力でなのはのいる位置へと向かう。

  その背後からなのはのスフィアから逃れた一五のスフィアが迫る。




 「早いっ……」

 「跳んでスバルッ!」




  なのはの指示に躊躇わず、スバルはその場から全力で跳んだ。

  当然、ウイングロードから外れてしまうと自由落下という結末しか残ってはいない。

  それだけでなくスフィアの追撃までもがスバルのすぐ背後にまで迫っている。

  ただ跳んだだけでは逃れられない。だから、逃げるための手を作る!




 「アクセルシューター!」




  なのはが撃ち出したのは三発だけのスフィア。

  それを跳んだスバルの足元にまで移動させ―――




 「スバル、もう一回!」

 「っ、そーいう事ですか!」




  なのはの意図を察したスバルがスフィアを踏みつけると共に、その足をスフィアが持ち上げるように撃ち出した。

  同時にスバルもスフィアを踏み台にして跳び上がる事で更に高度を稼ぐ。




 「ぬ」

 「ここからなら……!」




  リボルバーナックルのスピナーが回転し、風が逆巻く。

  下方から迫る一五のスフィアに向け、その風を魔力と共に解き放つ……!




 「リボルバーシュートッ!!」




  撃ち出された衝撃波が一気に広範囲を襲った。

  一五という膨大なスフィアを全て一撃で迎撃するとはマテリアルも予想外だったのか、効果範囲から逃れられず全てが衝撃波にさらされる。

  押し潰すように圧し掛かってきた圧力は一切の抵抗を許さずスフィアを尽く圧殺した。

  迫る脅威がなくなったスバルはそのままウイングロードを再展開し、着地する。




 「コンビネーションも見事ですね。まさかスフィアを踏み台にするとは予想外でしたよ」

 「あー、なんていうか私も必死で……スバルもよく対応してくれたよね」

 「色々組み合わせを変えて模擬戦やってましたからねえ。一番最初にこんな手を指示された時は流石にびっくりしましたよ」




  陣耶となのは、スバルとティアナでの自主訓練ではコンビをとっかえひっかえしての模擬戦もやっていた。

  その時になのはとスバルが組んだ際にこのような奇手を思いついたのだが、今回はその経験が活きた形になる。




 「その様子だと、まだまだ手を残していそうですね」

 「……うん、色々と手は用意してあるよ」




  そうやって答えたのはスバルだ。

  ただいつもの真正面からの受け答えではなく、肝心な部分はぼかすような言い方だが。




 「今はもう周りに注意を向けているみたいだけど、一時的にでも完全に意識をこっちに向けてくれたのはありがたかったよ」

 「……なるほど、そういう事でしたか」




  スバルの意味深な言葉に、マテリアルは何かに納得して背後を振り返る。

  初めに聞こえた声と、背後で聞こえた声の主。今まで何の干渉もしてこなかったその理由は……




 「ええ、意識が完全にこっちから外れていてやりやすかったわ」




  背後でレリックが入っている箱を持っているティアナが、その全てを物語っていた。

  覚醒を果たしたフリードリヒの背に乗ったティアナ、エリオ、キャロのスバル以外のフォワード組。

  その後方には三人を守るように浮かぶフェイトとアイン……二人でケーニッヒを牽制しているらしい。




 「私が撃った貴方たちは幻影……私の意識を不意打ちで一点に釘付けにした上でケーニッヒに奇襲を仕掛けましたか」

 「その通り。流石に五対一じゃ噂のケーニッヒも身を守るので精一杯だったらしいわね」

 「してやられた、という訳ですか。これは少々貴方たちを侮り過ぎていたようです」




  つまり、全てはマテリアルの気を惹くためのブラフだったのだ。

  ティアナの言った掛かったとはつまり、幻影によるフェイクに引っかかった事。

  スバルの持ったやったという確信は、こちらの術中にはまったという事。




 「さあ、どうする? このまま引き下がるか、それともレリックをもう一度奪うために戦闘を続ける? どちらでも私は構わないけど」




  ティアナらしからぬ挑発的な態度。

  その危うい言動に場の空気は緊張感から逃れる事を許されず、一瞬であれ気を抜けない状況が続く。

  しかし不意に、マテリアルがその肩の力を抜いた。




 「止めておきましょう。虚勢を張っている相手を倒したとしても何の面白味もありませんし、奪い返された以上は素直に負けを認めて退く事にします」

 「……そう」




  実際、そちらの方が助かるのは事実だ。

  相手が理性的な性格である以上、下手な挑発には乗らないだろうとティアナは踏んだ。

  その上であえて挑発的な態度をとった理由は相手を自発的に退かせる事にある。

  相手をしているマテリアルの性格を鑑みれば特別弱い者虐めをしたい訳でもなければ暴力をいたずらに振るいたいわけでもないのは分かる。

  その部分に訴えかける手を取ったのだが、存外上手くいったとティアナは内心息を吐いていた。




 「まあ、こちらとしても予想外の事が起こりましたし」

 「何?」




  やれやれとでも言いたげなマテリアルの言葉に、眉を寄せるティアナ。

  少しでも情報を聞き出そうと口を開こうとするが、その前に目の前を青い閃光が暴風を伴って通過した。

  吹き荒れ、叩きつけられるような突風に思わず腕で目を覆う。




 「ぐ、次から次へと……!」

 「ティアさん、上です!」




  エリオの声に従って突風が止んでから上を見上げる。

  ティアナたちの遥か上方、一瞬で移動したとは思えない距離にいつの間にかマテリアルとケーニッヒはいた。

  その隣には陣耶が足止めしていた『力』のマテリアルも見て取れる。




 「ちょっと待って、陣耶くんは……!」

 「焦らなくても無事にここにいますよー」

 「ツヴァイも一緒なのです」

 「……一瞬真剣に心配した私が馬鹿だった」




  なのはの心配を余所に平然とその場に現れた陣耶は同じように上方を見上げる。




 「それでは、これで私たちは失礼します」

 「今度こそコテンパンにしてやるからなー! 覚えとけー!!」

 「こっちこそ泣きっ面かかせてやっから首洗って待ってろー!!」

 「同レベルで言い合わないで……頼むから、これ以上場をややこしくしないで」




  まんま子供の喧嘩。一体この二人に何があったのやら……と頭を抱えるなのは。それを知っているのは当の本人たちとツヴァイだけだ。

  『理』のマテリアルが踵を返し、『力』のマテリアルも同じように踵を返して転移魔法で消えていった。

  最後に、残ったケーニッヒが踵を返し……




 「そうそう、一つ聞きたい事があるのでした」




  唐突に振り返って、そんな事を言った。




 「何だ? あんまり御託が過ぎるようなら戦闘再開してやるぞ」

 「御冗談を。消耗が過ぎる貴方たちにはそれほど余裕はないでしょう? あまり無理をするものではありません」

 「さて、どうかね?」




  一触即発。どうしてこうも食って掛かるのだろうかと再び頭を抱えるなのは。

  理由自体は分かるのだが、これはもうとことん相性も悪いのかもしれないという考えがよぎる。

  だがそんな空気をさらりと流して、ケーニッヒは自分の要件を告げてきた。




 「そちらの銃使いの貴方、確かティアナ・ランスターでしたか」

 「……そうだけど、何かしら」




  矛先が向いたのはティアナだった。

  一体何の要件だと一同が身構える中で、










 「では、ティーダ・ランスターと言う名に聞き覚えはありますか?」










  確実に、ティアナの弱い部分を突いてきた。

  ティアナの目が、驚愕に見開かれる。

  薄く開かれた唇は震え、手足も硬直してしまって自由に動かせなかった。

  そのティアナにとって大きすぎる驚愕が、口から声となって零れ出る。




 「な……なん、で」

 「おや、やはり当たりでしたか。これは後々に楽しめそうだ……」




  暗い笑いがケーニッヒから漏れる。

  いつもなら俄然と流していたであろうその態度が……今のティアナには、酷く空恐ろしいものに感じられた。

  意識せずに身が竦む。

  まさか、なんで、という思いが思考の全てを支配する。




 「ではまた会いましょう。話の続きは次の機会にでも」

 「っ、待ちなさい! なんで貴方がお兄ちゃんの―――!!」

 「それでは、ごきげんよう」




  ティアナの呼びかけに止まる事なく、今度こそケーニッヒは姿を消した。

  後に残されたのは、困惑だけが漂う空気。

  ティアナ・ランスターとティーダ・ランスター。

  関係性を見出すのが容易な二人の名前に、一同の頭の中では不安だけが渦巻いている。




 「何よ……一体、何だっていうのよ……」




  ティアナの、心の底からの声。

  それに正確な答えを返せる者は、この場にはいなかった。





















  Next「折角だから今度飲みにでも」





















  後書き

  どうも、ツルギです。

  長かった……「星と雷」の話だけで実に六話を消費。どんだけー。

  某友人には「序盤戦の尺じゃねえよw」と何度も突っ込まれたものです。ほんとにsts初の遭遇戦か、これ。

  魔改造ガジェット出したりオリキャラ出したりマテリアル出したり、随分とやりたい放題にやっておきながら結局は元の鞘ですが。

  リアルは夏休みも目の前。試験を頑張らなければ単位が取れない現状、正念場です。

  あ、けどその前にサークルの締め切(ry



  ではありがたい拍手がやってきたので返信を―――



  >序盤とは思えない攻防戦ぶりw

   一体どうなるのか、気になってしまいます。


  何だかんだと原作通りな元の鞘でした。

  ただ先への複線なんかは散りばめていますが。しばらくはこんな感じかな?



  >小説、読みました。

   主人公もそうですが、周りの面々もこの先苦労しそうですな。


  そりゃもうこれでもかと苦労するでしょう。特に終盤。

  もうこれリリなのでやる必要ないんじゃね? みたいに苦労しますからね、ええ。

  とりあえず今回でティアナの苦労フラグがまた一つ増えましたw



  ではまた次回に―――







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