フォワード四人が完全に再起動したところに、遅れていたフェイトが降りてきた。

  一様に見上げたその顔は安堵と不安がない交ぜになって微妙な表情になっている。

  隊長がこんな表情をするほどに心配をかけてしまった……四人の胸中に申し訳なさが募るが、それとは他にくすぐったい感じもした。

  が、ティアナは素早く頭を切り替えてフェイトに向き直る。

  フェイトも四人に目立った外傷がないのを確認して、改めて尋ねた。




 「みんな大丈夫? どこか酷く傷んだりはしない?」

 「一応は無事です。任務続行に支障はありません……と言うよりも、キャロがその状態に持って行ってくれたようです」

 「いやあもう無我夢中で。短時間とはいえ物体浮遊に召喚魔法、更にヒーリングまでやっちゃって……寝る子は育つ、ですね」

 「いや寝てないから、気絶してただけだから」




  いつも通りのキャロの反応にフェイトはほっと胸を撫で下ろした。

  スバルとエリオもすぐに飛び出しそうな顔をしていて、痛みを感じるような素振りは見せない。

  我慢してはいないかと心配してしまうが、表に出てしまうそうになるそれを押し止める。

  今はそれを出すべき時ではないし、おそらく四人もそれを望んではいない。




 「今はジンヤが『力』の構成体を抑えてくれている。なのはとアイン隊長は『理』の構成体とケーニッヒを。

  相手の戦力ははっきり言って未知数……状況はかなり不利。だから私は、今から三人の救援に行く。

  みんなは、どうする?」




  フェイトの言葉に、エリオが力強く答える。




 「大丈夫です。僕達の任務はレリックの回収……それはまだ終わっていませんから。

  何より、みんなを放って自分だけが下がるのは納得できません。僕達だってまだ戦えるんです」

 「……うん、分かった」




  静かに頷き、フェイトが動き出す。

  エリオはキャロと共にフリードの背に乗り上を目指す。

  スバルはウイングロードを展開し、ティアナもそれを追随する。

  反撃が、始まろうとしていた。




















  始まりの理由〜the true magic〜
          Stage.15「一体何の意味があるッ!!」




















  山岳地帯に雷鳴が轟く。

  電位差によって雷雲から地表に落ちる自然なものではない。超常的な現象による雷が寸断なく陣耶に襲い掛かる。




 「バカスカバカスカ撃ちまくりやがって……! 文字通りの底なしかよ!!」

 「どうしたどした! さっきより動きが鈍くなってるぞ!」

 「キャンキャン喚いてんじゃねえよこんちきしょうめッ!!」




  陣耶は攻撃を仕掛ける事ができずにいた。そんな隙間もないのだ。

  絶え間なく降り注ぐ雷が接近するための進行経路を出鱈目にかき乱してしまっている。

  考えなし故の無軌道な攻撃が逆に行動を起こすだけの隙間を与えずにいるのだ。

  加えて、苦手としているフィールド系の魔法を無茶して使ったせいで魔力も酷く消耗してしまっている。

  そうそう墜とされる気はないが、かといってこのままジリ貧になってしまえば墜ちないという保証もなかった。

  どちらにせよそれは勝利に繋がらない。目的はケーニッヒが持っているであろうレリックであり、目の前のマテリアルではないのだ。

  だがそのマテリアルを退けなければケーニッヒの元へは辿り着けないだろう。

  ならば、勝利条件は自分が墜ちる前に相手を墜とす事。




 「……クラウソラス、同調いけるか」

 『脳内物質、生体電流、思考経路、パターン形成……五分ほど待ってください。準備を整えます』

 「なるべく早くで頼む……!」




  言いながら、陣耶は降ってきた雷を回避する。

  それを眺めるマテリアルはつまらなそうに目を細める。




 「むう、何の反撃もないとこっちだって張り合いがないんだけど。もっとさ、こう……ガーッ、とくるとかバーッ、とくるとかないの?

  僕としてはこの雷を突っ切って真正面から斬り合うみたいな展開が凄く好みなんだけど」

 「こんの……っ、自分が好き勝手やってるからって無茶振りしやがって! そーいう無茶をできない状況にしてるのはお前だろうが!」

 「そーなのか?」

 「あああああむっかつくなこのアホ!? こんな弾幕張っときながら自覚なしなのが余計腹立つ……!!」

 「あっ、また馬鹿にしたな白夜の王! だったら……!」




  途端、降り続けていた雷の雨が唐突に止んだ。

  陣耶はでかいのでも撃つ気か警戒するが、直後にそれは間違いだと認識させられる。

  雷が降り止んだその瞬間、マテリアルは陣耶に向かって突進していた。

  互いに開いた距離を普通では考えられないような速度で詰めてくる。




 (速過ぎだろ……! くそっ、自動車でF1マシンとやり合ってる気分だな!)




  あまりにも馬鹿正直に真正面から突っ込んでくるマテリアルは速度をそのまま突進力に上乗せしてくる。

  距離は、一秒と経たずにゼロになった。

  雷光のような速度で大剣が振り下ろされ、陣耶がそれをクラウソラスで受け止める。




 「がぁ……ッ!!」

 「ほらほら、こっちから来てやったぞ! これで思う存分やり合えるだろ!」

 「この、馬鹿、力が……っ!」




  振り下ろされた大剣には陣耶がそう呻くほどの力があった。

  陣耶は剣を使う知り合いの中では一番パワーがある。

  技術はシグナムや恭也が上であり、スピードはフェイトの方が上である。だがパワーだけは他の三人に負ける事はなかったのだ。

  しかしその陣耶でさえ容易く押し込むだけの力を相手は持っている。

  それを証明するかのように、マテリアルの大剣は陣耶の剣をその身体ごと後ろへ押しやっている。




 「くそっ、まだかよクラウソラス……!」

 『一分も経っていないのに何言ってるんですか。もうちょっと根性出してくださいよ』

 「ほんっとに敬う気ねえだろお前ッ!?」

 『失敬な、ありますよ。というか貴方が殺られるとかほんと、やですよ』




  緊張感ないなコイツと陣耶が思った瞬間、クラウソラスの本体である菱形の宝石が明滅した。

  同時に刀身へとチャージされていく魔力。

  この現象には嫌と言うほど覚えがあった。




 「おまっ!?」

 『シールド張りますから、ちょっと痛いのは我慢してください』




  どかーん、と。クラウソラスが軽く言った途端にそれは現実となった。

  小規模の魔力爆発が起こり、その衝撃に煽られて陣耶とマテリアルの距離が強制的に引き離される。

  直前にクラウソラスがシールドを張ったおかげで被害はほぼないが、爆煙に巻かれて咳き込む陣耶も流石にこれは文句を言う。




 「ごっほ、ごほっ……! クラウソラスお前なあ!」

 『飛行、身体強化魔法以外全てカットします』

 「へ?」




  唐突な申告に思わず思考がフリーズする。

  飛行、身体強化以外の全てをカットするとは……つまり自動詠唱などやらないって事だろう。

  陣耶の持つ攻撃魔法は大抵が面倒な詠唱を伴う。そもそも接近戦でそんな事をしているとあっという間に首が飛ぶ。

  つまりこれは攻撃手段が全くなくなるという事なのだが……




 『爆煙に相手が視界を奪われている間にできるだけ時間を稼いでください。二分で終わらせます』

 「……つまり、なんだ。転移も攻撃での迎撃もなしにあのアホから二分間逃げ切れと? スペック差見てから物言ってるかお前」

 『やはり無茶ですか?』

 「いんや」




  悲観的な表情になる事はなく、むしろ獰猛な笑みを浮かべて見えない敵を睥睨する。




 「上等だ、そんな無茶振りこそ俺の相棒ってな。二分と言わず一時間でも一日でも無様に確実に逃げ切ってやる」

 『伊達に一〇年も相棒やってませんから。トレイターにだって負ける気はありませんよ』

 「言ってろ」




  言葉はそこで終わった。

  信頼の応えるのにそれ以上の言葉はいらない。

  行使できる魔法は基本的な移動系だけとなった陣耶は迷わずにマテリアルと距離を離す。

  それを察知したマテリアルも陣耶の背後から急接近していた。




 「逃げるなー!」

 「お前みたいな猪をまともに相手にするとでも思ってんのか! 悪いが搦め手で攻めさせてもらう!」

 「ぬなっ、正々堂々と戦え卑怯者ー!」




  マテリアルが速度を一気に上げてくる。

  間合いを詰めて近接戦闘に持ち込もうとするものの、陣耶はそれに取り合わない。

  身体を捻り、相手の攻撃による反動を利用し、障害物を駆使し、急な制動と機動で攻撃を回避し続ける。




 「こっの、ちょこまかと……!」

 「ほらほら、どーしたどーした。俺を倒すんじゃなかったのかよ!」

 「う、うるさい! 見てろ、今すぐに倒して……!」




  やる、と言葉が続く事はなかった。直前に下から金色の閃光が襲いかかってきたからだ。

  陣耶へ攻撃を加えようとしていたところをその閃光に阻まれ、大きく弾き飛ばされる。




 「なっ……!?」




  衝撃に表情を歪めながらもマテリアルは襲撃者の姿を見る。

  腰に届く程の長さの金髪をツインテールに纏め、黒い斧型のデバイスを手にマテリアルをまっすぐと睨む者。

  ―――フェイト・T・ハラオウン。

  ライトニング分隊の隊長が陣耶を庇うように正面からマテリアルと向かい合っていた。




 「む、フェイト・T・ハラオウン。白夜の王といい君といい、ほんと良いところで出てくるな」

 「……私を基にした、マテリアル」




  口から洩れる声は低い。

  自分と瓜二つの姿をした相手を目にしたその心中は本人にしか分からないだろう。

  加えて、フェイトには自身の特殊な生い立ちもある。陣耶にはその気持ちを理解しようとしても、理解する事はできないだろう。

  だが、フェイトは胸の奥から湧き上がる感情に蓋をする。

  正面を睨みながら、フェイトは背後の陣耶に声を掛ける。




 「ジンヤ、どうしたの。もしかして限界が?」

 「そーいう訳じゃねえよ。こっちにも色々考えがあるんだが……いや、アイツのセリフじゃないがいいタイミングで来てくれた」

 「え?」




  戸惑うフェイトを横目に陣耶は下を見る。

  徐々にこちらへと伸びてくる蒼いライン―――ウイングロードが確認できた。先端部分をスバルがティアナを背負って走っている。

  更に、それよりも先を行く白い影も見えた。そこには赤色の髪と桃色の髪をした少年少女がいる。




 「すげえの……手を出さなくても自力で何とかしやがった」

 「うん。本当に、駄目かと思ったけど……良かった」

 「まったくだ。結果が出ないだの愚痴聞いてたがやりゃ出来んじゃねえか」




  言って、視線を再びマテリアルへと向けた。

  わざわざ会話が終るのを待っていたのか今にも斬り掛かってきそうな雰囲気でうずうずしている。




 「ねー終わったー? 僕もう動いても良いのー?」

 「……ジンヤ、上ではなのはとアイン隊長がケーニッヒとなのは似のマテリアルと戦っている。私達も目の前のマテリアルを退けて」

 「いや、お前は上の連中に助太刀してやってくれ。ここは俺とクラウソラスで何とか押さえる」

 「な、無茶だよ! さっきだってまともな反撃の糸口も掴めずに……!」

 「駆けつけるまでに見るところは見てたのね……まーいいか。気にせずに行ってこい。秘策は我に有りってな」




  気楽に任せろと言ってくる陣耶に負担の色は伺えない。

  それに、陣耶は頑固だ。ここまで言うとなると退く気はないだろうとフェイトは察した。

  しかし……本当に任せてもいいのか、不安と期待が入り混じる。

  友達として、同僚として心配する気持ちと、ここは任せてレリックを持っているであろう相手に専念すべきだという気持ち。

  ほんの数秒だけ目を閉じ、素早く気持ちに区切りをつけてフェイトは再び目を開く。




 「任せて、良いんだね」

 「おう」




  片手を挙げて、陣耶が前に出る。

  不敵な笑みを浮かべながら改めてマテリアルと対峙し、




 「それに、丁度二分だ」

 『同調、完了しました』




  機械的な音声が響いた。




















                    ◇ ◇ ◇




















  時を同じくして、空の戦闘も激しさを増していた。

  『理』のマテリアルが放つ砲撃となのはの放つ砲撃が正面から激突し、周囲に衝撃と魔力を撒き散らす。

  その力の奔流の只中でケーニッヒとアインは刃と拳を繰り出している。

  通常では考えられない砲撃の雨嵐が蹂躙する戦場で、二人はその災害を意に介する事なく戦闘を続けていた。

  そして災害の中心である二人も、また。




 「貴方達は、どうしてレリックを集めるの!」

 「直接的にしろ、間接的にしろ、私達の目的にとって意味があるからですよ。何も無思慮に行動している訳ではありません」




  必死の問いかけを事もなげに受け流し、お返しとばかりに砲撃が放たれる。

  瞬く間に迫る光をなのはは慣れたように避け、マテリアルとの距離を詰める。

  間合いを詰めながら、二人は鏡合わせのようにシューターを放った。

  なのはが放ったスフィアは三二。対するマテリアルのスフィアは四五。

  飛行や砲撃を織り交ぜながらもシューターを巧みに操り、光の軌跡が檻のように二人の周囲を飛び交う。

  二人の力量が拮抗している以上、数の差はそれだけで勝敗を決する。数にして一三の差があるなのはは明らかに不利だ。

  しかし。




 「―――アクセルッ!!」




  なのはの号令と共に変化が生じた。

  スフィアの一つ一つが個別の意思を持ったかのように動きを急変させる。

  それぞれが不規則な軌道を取り、マテリアル側のスフィアの狙いは定まらなくなる。

  なのは側のスフィアを狙って攻撃しようにも不規則すぎる動きには掠りもしない。

  やがて生じた隙をつかれ、マテリアル側のスフィアは狙ったように群を成したなのは側のスフィアによって一つ一つ確実に潰されていく。




 「―――やはり、単純な技量勝負においては未だに貴方の方が上のようですね」

 「私だって貴方に負けてから無為に日々を過ごしていた訳じゃない。単純な力勝負なら貴方に分があるけど、これなら私にも戦える」

 「知識と経験は違うと言いますが、こればかりは二歳児の私達にはそう簡単に覆せそうにもありませんか」




  何の感慨も感じさせずに言い捨てたマテリアルは、愛機のルシフェリオンをなのはに向ける。そしてそこに収束する魔力。

  砲撃の前兆だ。

  回避が間に合わないと判断したなのははその場で受けの体勢に入る。




 「シュートッ!」




  トリガーワードを合図にして一筋の閃光が放たれる。

  迫るエネルギーの奔流を前になのはは前方へと手をかざし、シールドを展開した。

  次の瞬間、なのはのシールドとマテリアルの砲撃とがぶつかり合う。

  そのはずだった。




 「ブレイクッ!」

 「っ、」




  砲撃が、弾けた。

  より正確には、楯と衝突する直前で砲撃が無数の弾丸に分裂した。

  それらは不意をつかれたなのはを嘲笑うように瞬く間に周囲を取り込んだ。

  マズイ、と直感に近いところで感じたなのはは即座にシールドを放棄し、自身を包む球状のフィールドを展開する。

  直後、ほんの一瞬だけなのはの世界から音という音が消え去った。




 「これ、は、ぅ……ッ!?」

 「しかし私達とて日々精進はしています。おかげでこの程度の小手先は身に付きました」




  直前に張ったフィールドと自前のバリアジャケットのおかげでダメージこそ軽い。

  だが多数のスフィアが至近距離で一斉に起爆した際の大音響までは考慮に入れていなかった。

  結果として聴覚を通して三半規管が一時的な不調をきたし、酷い眩暈に襲われる。

  そこに追撃を仕掛けるべく、ルシフェリオンの矛先に魔力が宿る。




 「く……!」




  揺れる視界の中でもなんとか攻撃を防ごうとなのはは再度右手を前に突き出す。

  だが、その考えを裏切るようにルシフェリオンの矛先はなのはに向けられる事はなかった。

  向けられた先はマテリアルの真下―――その視線は、遥か下方に向けられていた。

  何が、と考える必要はなかった。下を見ればその答えがあったからだ。

  こちらに向かって真っ直ぐに飛んでくる金色の光が見える。




 (あれは……!)




  見間違うはずもない。自分の友人が、フェイト・T・ハラオウンこちらに向かっているのだ。

  なのはがそれを見て呼びかけるよりも前に、マテリアルが金色の光へと砲撃を放つ。

  だが当たらない。

  放たれた光条を紙一重で避け、なのはやマテリアルを上回る速度で急速に肉薄してくる。

  そしてその姿が目視できる距離に達した時、苛烈さを感じさせる声が響いた。




 「バルディッシュ、カートリッジロード!」

 『Load Cartridge』




  リボルバーからカートリッジが吐き出され、内部魔力がデバイスに装填される。

  その魔力を用いて起こる現象は、変化。バルディッシュが柄と鍔に変形し、その先から彼女の身の丈ほどの刀身が伸びる。

  バルディッシュの持つ第三の顔、ザンバーフォーム。

  大剣という部類の区別されるそれを肩に担ぐように振りかぶり、マテリアルの下からそれを振り下ろす。




 「はぁぁあああああッ!!」

 「くっ」




  フェイトが繰り出した気迫のこもった一撃に対して流石のマテリアルもシールドを張って対処する。

  せめぎ合う楯と剣。互いに押し、押し返そうとする力の応酬。

  しかしそれにもやはりマテリアルに軍配が上がった。

  楯ごと押し斬ろうとする大剣が僅かに揺れたかと思うと、次の瞬間には楯の魔力によって大きく弾かれる。

  その隙をマテリアルが逃すはずもないが、フェイト自身それは承知済みだ。

  だからここでなのはが動いた。

  眩暈から回復したなのはがシューターをマテリアルに向かわせ、マテリアルも予定調和のようにそれをスフィアで迎撃していく。

  そしてその間隙を縫うようにして再びフェイトが斬り掛かった。

  今度は楯と剣が真正面からせめぎ合う事にはならない。マテリアルはスフィアを牽制として使い、フェイトを近づけないようにしている。




 「まったく、貴方達はいつまでこのような小競り合いを続ける気ですか。二人だけでは私を捕らえる事などできないと分かっているでしょう。

  ならば無駄な事に時間をかけず、私達を見逃した方が雛鳥達にとっても安全なのでは」

 「そんな事をあの子達は望んでなんかいない。ここにいる事、貴方達を止める事に意味を見出している。

  逆に聞くけど、貴方達はどうなの」




  その言葉に、マテリアルは胡乱な表情になる。

  だがそれも一瞬。すぐに元の無表情へと戻り、フェイトにスフィアを差し向けた。

  迫るスフィアの群れを避けながらフェイトは畳み掛けるように問いかける。




 「アレを甦らせて、それで貴方達はどうなるの」

 「……」

 「全ての命を殺して、奪って、滅ぼして……それで最後に何が残るの。

  貴方達以外に何も存在しない世界に、自分一人の孤独の世界に、一体何の意味があるッ!!」




  バルディッシュが大きく振りぬかれ、マテリアルはそれを防ぎきれずに大きく弾かれる。

  そこで一度、動きが止まった。

  振りぬいたそのままの体勢で、悲しみの表情を浮かべてフェイトは叫ぶ。




 「貴方達は生きている! 一つの命を持ってここにいる! それなのに、なんで……」




  なんで、命を滅ぼすような真似をするのか……と。

  作られた命だからこそ、誰よりも命の大切さと生きる大切さを知る女性は叫んだ。

  マテリアルは動こうとはせず、その叫びを聞いている。

  俯き、前髪に隠れてその表情は見えない。

  だが。










 「何を言うかと思えば、今更そのような戯言を聞かされるとは思いませんでした」










  彼女は、その叫びを容赦なく切り捨てた。




 「戯言って、それは……!」

 「それは、何ですか? 命を失くせばそこで全てが終わる。だから大切にしろ、と? 残念ですが、そのような考えは私達にとって無意味です。

  闇の書の闇……数百年に亘り人々の負を叶えるために蓄積された汚物の残骸、それが私達マテリアルなのですよ。

  『そうで在れ』と望まれて生まれた存在を、その意味を、貴方に否定する権利があるのですか」




  それが、彼女の在り様だった。

  人々の欲望によって作り変えられ、負を撒き散らす存在となってしまった闇の書。

  その根源とも言える部分で人々の闇を受け止めて蓄積し続けてきたのが、一〇年前に陣耶達が討った存在……闇の書の闇だ。

  防衛プログラムと呼ばれていたそれは一〇年前の戦いによって砕け散り、二年前に三体のマテリアルとして再構築された。

  つまり、彼女の本質はそこにある。

  戦い続け、奪い続け、殺し続けた人の負の象徴。それが彼女の根幹を成すものである。




 「これならまだ白夜の王の方が楽しめましたね。彼は、どちらかと言えば私達に近い」

 「何を、急に馬鹿な事を。ジンヤは貴方達とは違う」

 「そうでしょうか。彼の戦いは決して他人のためではなく、常に自身のためです。

  敵には容赦しないでしょうし、本当に必要ならば命を奪う事も厭わないでしょう」

 「それ、は……」




  反論の言葉は出てこなかった。

  脳裏に過るのは、あの時の言葉だった。

  陣耶が魔法を一時的に使えなくなったあの時、彼は言っていなかったか。




 『失敗が許されなかった。失敗すれば、その場で命が無くなる。そんな状況だったから―――』




  つまり、本当にあるのだ。

  必要となれば、彼が再び誰かの命を奪う可能性は。




 「心当たりはあるようですね」

 「っ!」




  そして無情にも、目の前に君臨する闇の象徴はそこへと踏み込んでくる。

  何の感慨も感じさせずに、ただ淡々と作業をこなすかの如くに、容赦はない。

  それが恐ろしいのだ。

  何を考えようと、何を行おうと、成すべき事に遠慮や容赦を挟む事はない。そうしようとする思考もない。

  例え、それがどんな事であろうとだ。




 「話が逸れましたね……私達は、ただそう在れと願われた故にこうして在るのです。

  そこに疑問を挟む余地もなければ、その気もありません。だから説得などという無意味な行為は止めていただけませんか。

  貴方の言う命の価値など、私には何の意味も」

 「違うッ!!」




  強く、声が響いた。

  マテリアルの言葉を真正面から否定する、強い声が。




 「意味がないなんて事はない。それは、貴方が知らないだけ。

  命の大切さだけじゃない、人の闇だけじゃない……世界は、もっともっと複雑で、いろんなもので溢れているだよ」




  声の主、なのははマテリアルの視線を真っ直ぐに受け止めて言う。




 「確かに貴方の言う通り、人の世界は負で溢れているかもしれない。

  私はそこまで世界を見たわけじゃないし、陣耶くんやフェイトちゃん、はやてちゃんの方が私なんかよりもずっと知っていると思う」




  だけど、と。

  それでも、言える事がある。

  そう強く、彼女は自分と瓜二つの正反対な彼女に向けて言い放つ。




 「それだけが世界じゃない、生きるって事じゃない。悲しみも、喜びも、憎しみも、愛情も、いろんなもの全部があっての世界なの。

  貴方はそのうちの一方しか知らない……それしか知る事が出来なかった。だからこれからはちゃんと知ってほしいの、世界を」




  それは純粋な彼女の願いだった。

  かつて一人の少女がいた。母親が世界の全てであり、その母親のために全てを切り捨てかけてしまった少女が。

  なのはは彼女と関わり、全てがハッピーエンドとまではいかないが最悪の事態だけは避ける事が出来た。

  もしかすると、自分が関わらなかった方が事態は良い方向に動いていたかもしれない。もっと違う結末もあっただろう。

  だけど、関わらずにはいられなかったのだ。

  何故かと問われれば、それが他人を求めるという彼女の本質であり、助けたいという彼女の優しさだからだ。










  だからこそ。

  彼女は今回も、手を伸ばす。










 「……それは、何のつもりですか」

 「簡単な事だよ。私は貴方達にもっと世界を、いろんな事を知ってほしい。笑って、泣いて、そんな事を知ってほしい。

  だから、もし貴方達がそういう事を知ろうとしてくれるなら」




  なのはは、今まで戦っていた相手に向かって優しく笑いかけ、










 「友達に、なりたいんだ」










  そんな事を言った。




















                    ◇ ◇ ◇




















  『力』の構成体。

  他の二体に比べ、肉体面のスペックが秀でているフェイトを基にしたマテリアル。

  その速度と力は三体の中でも突出しており、粒揃いの機動六課メンバーであっても対抗するのは難しいだろう。

  特に速度においては他の追随を許さない。

  基とした人物が速度に秀でていたため、その長所が強化されているのだ。

  反射速度、動体速度、運動速度といった肉体的速度……そこに追いつける者は誰一人としていない。

  性格が少々抜けているとしてもそれを補って余りある力を、確かに彼女は持っていた。

  その彼女が今、困惑の表情で周囲を忙しなく確認している。




 「くそっ、どこだ……!」




  その声に応える者はいない。

  代わりに、彼女が手に握るバルニフィカスを跳ね上げる事で返答があった。




 「っ……!?」




  誰がどうやって自分の武器を跳ね上げたのか……そんな事を考える暇はなかった。

  次いで、背後から鈍い衝撃が襲って吹き飛ばされたからだ。

  何が起きているのか理解もできず、そのまま山肌に叩きつけられる。




 「がっ……う、ぐ……」




  無論、彼女はこの程度で倒れる事はない。

  大したダメージを負っている訳でもないし、武器を破壊された訳でもない。

  だが。




 (何で……見えない……!)




  そんな苦渋の思いをこめて、目の前で不遜に佇む青年を睨む。

  皇陣耶。

  フェイトが去ってからの彼はマテリアルから見ても十分に異常だった。

  人ならざる身にて人を超えた速度を持つはずである『力』のマテリアル。

  彼は、それすらも上回る速度で自身と戦っているのだ。

  いつの間にか姿を消し、いつの間にか攻撃を加えられ、いつの間にか目の前に佇んでいる。

  そんな出鱈目な現象が今現在、目の前で繰り広げられているのだ。




 「何で見えない、って顔だな」

 「っ!」




  内心を見透かされた事で頭に血が上るが、飛び掛かる事はできない。無駄だと、身体が理解してしまっているからだ。

  実のところ、陣耶の戦法は逃げに入る前から変わってはいなかった。

  転移を利用して死角から攻撃……基本のスタンスはこれだ。隙を作るために牽制を仕掛けたりもするが、大体がこれに当てはまる。

  そして、陣耶の最大の特徴でもある転移は相手が誰であろうとも確実に一瞬の隙を作る。

  大抵の相手はその隙に攻撃を叩きこむ事ができるのだが、こと『力』のマテリアルだけは違った。

  あろう事か、その一瞬の時間で死角に現れた陣耶に対応しているのである。




 「僕は君の転移には反応できている……だけど、その後のあれは何だ」




  低く、唸るようにマテリアルは陣耶を睨む。

  転移を察知し、それに反応したその一瞬……陣耶はマテリアルの反応を上回る動きを見せた。

  それは単純に速度が上がった訳でもなければ、理解ができない挙動である訳でもない。

  単純に、マテリアルの反応が陣耶の反応にその一瞬だけ追いつかないのだ。

  結果としてマテリアルは攻撃を受けてしまい、今の状況に至る。




 「何だ、って言われてもな……そりゃ俺の専売特許を潰すような相手がいるのに何の対策も練らない訳がないだろ」




  おどけた調子で核心部分に触れようとしない陣耶に腹を立てる。

  基本的に、この『力』のマテリアルは単純だった。




 「だからそれが何かを聞いてるんだろー! 言葉ちゃんと分かってるのかー!?」

 「わざわざ自分の手札をばらす馬鹿がいるかっつーの」




  言って、再びその姿が消える。

  だが見える。姿を現して攻撃を仕掛けられるその一瞬に彼女は反応する事ができる。

  その一瞬。思考が何倍にも引き伸ばされるその瞬間に―――それは起こった。




 「―――」




  右手で大剣を振るう。横合いに出現した陣耶の剣戟を弾く形で、大きく。

  もはや放たれた剣を引き戻す事はできず、陣耶の剣はマテリアルの剣に弾かれる―――はずだった。

  だが陣耶はマテリアルが剣戟を繰り出した瞬間に動きを見せた。




 (また、反応する……!)




  マテリアルの大剣に弾かれないように剣の軌道をそらし、更に大きく踏み込んでくる。

  その上、いつの間にか陣耶の左手がマテリアルの右腕に迫っていた。




 (こ、の……!!)




  その一瞬にマテリアルは反応する事ができない。

  結果として振るった大剣、ないし右腕は陣耶の左手によって振り切る事はできず、マテリアルは陣耶の剣をまともに受けて吹き飛ばされる。

  反応速度。

  単純な肉体的速度ではなく、内面的な速度に大きく差ができていた。




 (僕の反応を上回る、超反応……こいつ一体どうやってそんな速度を……!)




  マテリアルの中でも速度と力に秀でていた彼女にとって、その長所の一つが完全に潰されている事は酷くプライドを傷つけられていた。

  まるで怨敵を見るかのような形相を向けられながらも、陣耶はなお揺るがない。

  絶対的な優位を得たからか、生来の気性からか、真剣ながらもどこか飄々とした態度のままに佇んでいる。




 「ま、反応速度が上がったと思ってるみたいだが、そりゃ違うと言っておこう。これはそこまで便利な代物じゃねーし、第一未完成だ」

 「んな……っ」




  今のより更に上がある事実にマテリアルは愕然とする。

  未完成だという今でさえこれなのだ。完成した暁にはどうなってしまうか見当もつかない。

  陣耶にしてみれば小細工を重ねた結果が今の状況なのであり、そう簡単にこうも上手くは事が運ばないのだが、そこは運が味方をした。

  初見では対応するにも手間が掛かるだろうし、手の内も読みにくい。相手が速度とパワーを主軸に戦う者だというのも要因の一つだ。

  パワーが上がっていない以上は堅い防御は抜けない。幾ら速度を上げたところでダメージを与えられなければジリ貧だ。

  更に陣耶が行使している速度向上も一応は魔法だ。魔力消費がある上に転移と併用しているため燃費がすこぶる悪い。

  だからこそ、目の前にいるマテリアルのような防御の薄い相手でもなければそう易々と使える物でもないのだ。




 「さて、と……余り時間もない。悪いが一気に攻めさせてもらうぞ」

 「っ……!」




  空気が張り詰める。

  陣耶と体勢を立て直したマテリアルが真正面から睨み合う。

  息が詰まるような緊張感で満たされるその空間で―――本人以外の誰にも聞こえない大きさで、陣耶が呟いた。










 「―――神速」





















  Next「心配した私が馬鹿だった」





















  後書き

  みなさんお久しぶりです、ツルギです。

  諸事情により執筆時間の確保が難しく、更には微妙にブランクに陥って執筆速度がガタ落ち。情けないっす……

  それはそーとGoDの発売日決定、やっほい。トーマの声に迫力があって嬉しかったり。

  けどあそこに魔導殺しとか放り込んではやはりトーマの一人勝ち……格ゲー補正? 何を言ってるか(ry

  しかし第二次OGの発売も決定。しかもイージス計画って事はいよいよガンエデン登場ですか。雷凰も登場ですか、俺得ですね。

  エクシリアの発売もジリジリ迫って財布がピンチです。バイトに就くのが下手な私にどこかいいバイト先を下さい……



  ではまた次回に―――






作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。