ケーニッヒは車両の屋根に現れた陣耶へ同じように不敵な笑みを返していた。




 「これはこれは……二年ぶりですね。お元気なようで何よりです」

 「そーいうお前はまだくたばってなかったんだな。その調子だとトレディアの野郎もピンピンしてそうだが」

 「ええ、元気に来るべき時を待ちわびていますよ」




  その会話の意味をスバル達四人は知らない。

  特別関わった事もなければ面識すらないのだからそれは当然と言える。

  それでも……ただ一つ、分かった事があった。

  目の前で言葉を交わす二人は面識があり、因縁があるという事。




 「さて、と……やりたい事とやるべき事が一致する時、世界の声が何とやら」




  軽い調子で陣耶は車両の中へ降り立つ。

  着地した時の音すら立てずに降りてきた陣耶は、肩に担いでいた剣を二人に突き付けた。

  現れた時と変わらぬ不敵な笑みを浮かべたまま、明確な闘志と敵意を乗せて。




 「んじゃまあ、上げていきますか」




  そしてどこまでも気軽に、開戦の狼煙を上げたのだった。




















  始まりの理由〜the true magic〜
        Stage.14「やりにくいなあもうっ!!」




















 「な……なん、だと……?」




  陣耶の宣戦布告が終わっての、マテリアルの第一声がそれだった。

  何に驚愕したのか大きく目を見開いて一歩後ずさっている上に身体全体がわなわなと慄いている。

  何だ? と怪訝な目を一同が向けると、




 「ぼ、僕よりカッコいい登場を決めたッ!? くぅ、僕の好敵手はフェイト・T・ハラオウンではなく白夜の王なのか……ッ!?」




  盛大に全員の腰が砕けた。

  スバル達四人はその思考のブッ飛び加減に別のベクトルで驚愕しているのだが、何度か見ている陣耶とケーニッヒの反応は冷たいものだった。

  即ち、揃って冷めた視線をマテリアルに注ぐ。

  流石に物凄く呆れられた目で見られているのは分かるのか、マテリアルは『うぐっ』と唸って更に一歩後ずさる。




 「な、何だよそんな目で僕を見て……」

 「いえ、通常運転で安心したというか呆れたというか」

 「やっぱアホだろお前。知ってたけど突き抜けてアホだろ」

 「なにおーっ!? やっぱり僕を舐めてるだろお前ー!!」




  そんな緊張感の欠片もないやり取りが戦闘開始の合図だった。

  文字通りの一瞬で陣耶の懐にまで跳び込んで見せたマテリアルは右手に握ったデバイス、バルニフィカスを一文字に振り抜く。

  防御すら許さない神速の踏み込み。身体の挙動はマテリアルのそれに追いつく事はできずに攻撃をそのまま受け止めてしまう。

  その不可避である攻撃が届くかどうかの刹那、唐突に陣耶の姿が掻き消えた。

  勢い良くデバイスで空を切るマテリアル。その背後にまるで最初からそこにいたかのような不自然さで陣耶が剣を振りかぶっていた。




 「ただ速いだけじゃあなッ!!」

 「ちい、後ろか……!」




  ゴギンッ!! と重い音を二つのデバイスが奏でる。

  攻撃した側である陣耶の身体に直接響くような衝撃が腕から伝わる。

  ビリビリと腕が震えるが剣を持つ手の力は僅かたりとも緩まない。




 「ぉ、ぉおおッ!!」




  そして、力任せに振り抜いた。

  弾かれたマテリアルは素早く間合いを開けて追撃を受けるのを防ぐ。

  そんなマテリアルに陣耶は素早く追撃を仕掛け―――ようとはしない。

  即座に反転してケーニッヒへと魔力刃を伸ばした。

  刀身から自身の身長に伸びた魔力刃、『ブラストセイバー』が降り抜かれる。

  触れた個所が爆発する物騒な剣を前にして、ケーニッヒは臆する事も退く事もしなかった。

  真正面から刀で剣に対抗する。振り抜かれた鋭利過ぎる一撃が陣耶の魔力刃とぶつかる。

  直後、爆音が車両を満たした。

  衝撃によって巻き起こされた爆風にフォワードの四人は思わず腕で顔を防御する。

  猛然と爆煙が立ち込める中、陣耶は迷う事なくそこへ踏み入った。

  それと同時に、まるで図ったかのようなタイミングでケーニッヒが爆煙の中から跳び出す。

  ガギンッ! と三つの刃が火花を散らした。




 「レリックをどこに隠しやがったッ!」

 「聞かれて素直に答えるとでも? 貴方ご自慢の解析能力で探ってみてはいかがです」

 「ありゃ俺のじゃねえよっ!」




  金属音が連続した。

  一つの金属音が鳴り響き、それが消えるまでに三度金属音が新たに響く。

  絶え間なく続く金属音の合唱は轟音となって辺りを揺るがす。

  スバルとキャロ、二人掛かりでも片手での攻撃までしか凌げなかったケーニッヒの斬撃。

  四人掛かりでようやく二刀を抜いた相手を押さえこめるかどうかという者と……陣耶はたった一人で拮抗していた。

  上下左右、奇怪な軌道から迫る二本の刀を相手にして一歩も退く事はない。

  全てを避け、防ぎ、弾き、無骨な動きで殺人舞踏と渡り合っている。




 「う、わ……」




  スバルは、唖然とそんな声を漏らす事しかできなかった。

  目の前の戦闘のレベルが違い過ぎる。

  速度が、パワーが、技術が、闘気と殺気の応酬が、あらゆる面で今のスバルを凌駕していた。

  遠い、と。そう感じる。

  彼我の実力の差なんて分かっているつもりだった。それでもずっと特訓を積んできて、少しは近づけたと思っていた。

  だけど、遠い。

  目の前で繰り広げられる舞踏会には遠く及ばない。

  絶対的な距離を感じてしまう。

  あれ程にまで焦がれて、あれ程にまで憧れた人物は、その期待を裏切らないくらいに遠すぎる場所に立っていた。




 「まったく、ほんと……」




  呆れた声が出た。

  ただ、それは目の前に繰り広げられているでたらめな戦闘に対してではない。ましてや、それを行っている人物でもない。

  拳が強く握り込まれる。




 「ほんっとに、遠いなあ―――ッ!!」




  答えは、自分に対してだ。

  遠すぎる地平を見せられても、届かない景色を見ても、余計にやる気が湧いてくる自分に対してだ。

  燃えるような喜悦が胸の奥から込み上げてくる。

  目の前の光景が、剣を交える陣耶の姿が、身体に活力を与えていく。

  憧れは、やっぱりそれだけの価値はあったと。そう思わせてくれる目の前の光景が。

  どうしようもない喜悦に呆れて、顔には壮絶な笑みを湛えて、戦列に加わるために拳を握って。

  スバルは、自分の突然の声に唖然としている他の三人を鼓舞するように声を張り上げた。




 「さあ、私達も行こうッ!!」




















                    ◇ ◇ ◇




















  沈黙が続いていた。

  なのはが現れてから、その場の誰一人として動こうとはしなかった。

  高町なのはと『理』のマテリアル。

  同じ姿をしながらも正反対の性質を持つ二人。

  真正面から相対している今の心境は当の本人達にしか分からないだろう。

  永遠とも一瞬とも思える重い沈黙の中……不意に、マテリアルが口を開いた。




 「……どうやら、また腕を上げたようですね」

 「私は、戦うために強くなった訳じゃないんだけどね」

 「でしょうね……」




  そう言って、マテリアルは目を閉じた。

  何かを逡巡するように暫くの間押し黙り、そして再び目を開く。

  そこにある表情は相変わらず読む事ができない。




 「ですが……この場に立っている以上、戦う覚悟はあるのでしょう」

 「違うよ。私が持っているのは悲しみを生ませない覚悟……ただ、それだけ」

 「……そうですか」




  呟くその胸中をなのはは窺い知る事はできない。

  だが、その手に握られるデバイスが構えられた。

  同時に膨れ上がる魔力に戦闘の予兆を感じ、三人も応戦の体制をとる。

  場の緊張が高まる中、マテリアルが厳かに……こう告げた。










 「では、とっとと逃げさせてもらいます」

 「へ……?」










  らしくもない台詞になのはが疑問を挟む間もなくマテリアルは身体を翻し、そのまま全速力で飛び立つ。

  どうやら本気で逃げに入るらしい。

  普段の行動からは想像が着かないであろう光景に少し気を取られたが、相手が離れ始めると流石に反応する。

  いち早くフェイトが躍り出た。




 「逃がすとでも……!」

 「逃げますよ」




  振るわれたバルディッシュをマテリアルは視線だけでシールドを展開して防ぐ。

  フェイトの知る中でも一、二を争う堅牢さを誇る盾の前に攻撃はあっさりと弾かれた。

  その後方からリインフォースの砲撃が飛来するが、マテリアルは特に気にする事もなく飛び続ける。




 「確かに、制限を持たない高町なのはがこの場に現れた事で状況は随分と変わったでしょう」




  リインの砲撃に続くように、なのはも砲撃をマテリアル目掛けて発射した。

  桜色の莫大な光流が視界一杯に広がる。

  そこで、マテリアルはやっと反応らしい反応をした。

  迫る二発の砲撃へと向き直り、真正面から迎え撃つためにルシフェリオンを構える。

  あくまで逃走―――背後の方向に飛びながら、










 「ですが……まだ足りません」










  光が炸裂した。

  なのはのそれを上回る巨大な桜色の光が二発の砲撃を真正面から迎撃する。

  両者の中間点で魔力の奔流は衝突し……叩きつけるような衝撃をあたりへと撒き散らした。

  ぶつかり合った三つの砲撃は互いの敵へ届くことなくその場で掻き消えていく。

  その光景にフェイトは内心動揺していた。




 (リミッターが掛かっている私やアインはともかく、それのないなのはの砲撃も含めてああも簡単に相殺するなんて……)




  あるいは、なのはが加減しているのかもしれない。

  彼女は人を傷つける事を極端に恐れる。それはもう一種のトラウマと言って良い程に彼女の内側に根付いている。

  だからある程度はそういう側面もあったかもしれない。

  なのはの砲撃を容易く相殺したという点を鑑みれば、そんな理由でもなければやっていられないのだが。




 「しかし、流石にこのまま尻尾を巻いて逃げ帰るのも何だか癪ですね」

 「応戦するの?」

 「いえ、やるならばそれはもう少し時間を置いてからにしたいですね。ですので―――」




  言って、マテリアルは杖の矛先をあらぬ方向へと向けた。

  先端には既に魔力が集中しており、少し意識しただけで力は光の奔流として放たれるだろう。

  だがその方向が明らかに見当違いだ。

  何らかの手段を使って当てにくるのかとも考えるが、彼女の意識は完全にこちらを向いていなかった。

  いったい何を見ているのか。その視線の先を探り……




 「雛鳥が成長できるかどうかを見ましょうか。獅子は子を谷底に突き落とすとも言いますよ」

 「―――ッ!!」




  真っ先にフェイトが飛び出した。狙いを付けている的が見えたからだ。

  飛び出したフェイトは決して砲撃を届かせまいと射線軸に身を躍らせようとする。

  なのはとアインも先行したフェイトに少し遅れる形で射線軸に割って入ろうと全速力で空を駆けた。

  だが、




 「遅い」




  無情な宣告が簡潔な一言で下される。

  あと少し、ほんの数一〇センチ。

  その近いはずのあまりに遠い距離に三人は歯噛みする。




  そして、桜色の閃光が矢となって駆け抜けた。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「あー!! やりにくいなあもうっ!!」




  身長と同じくらいの長さを誇る大剣を片手で軽々と振り回しながらもマテリアルはそう叫んでいた。

  機動六課メンバーとガジェットを有する犯罪者、両者が交戦しているのは車両内でも比較的広い重要貨物室だ。

  だが如何に広いといっても所詮は車両。その空間は幅にして一〇メートルにも満たず、高さは三メートルと少ししかない。

  広大な空間を縦横無尽に飛び回り攻撃を仕掛けるという戦法を得意としている『力』のマテリアルには不向きな空間だ。

  一方、




 「どうやら、やり慣れていない状況らしいなッ!!」

 「年季が長いからって調子に乗ってー!!」




  陣耶はこの閉鎖的な空間を縦横無尽に動き回っていた。

  飛行魔法を使用しているのではない。壁へ、天井へ、時には空中へと次々に壁を蹴って移動しているのだ。

  このような狭い場所では下手に飛び回るよりもそうした移動の方が機動力は上がる。

  そして、そういった状況に慣れていないマテリアルとの差が明確に表れていた。

  横殴りに振るわれたマテリアルの一撃を陣耶は天井へと移動することで回避し、相手が体勢を整えるよりも早く背後へと跳び移る。

  お返しとばかりに横薙ぎの一撃を放つが、マテリアルは持ち前の反応速度で一気に後退することで避けて見せた。

  だが碌に体勢を整える事もできていない状態でのそれを見逃すほど、陣耶は甘くない。

  ガンッ! という鈍い音を残して陣耶がマテリアルの視界から掻き消えた。




 「っ、また……!」

 「まただッ!」




  直後、マテリアルの真横……剣を持っていない左側から陣耶が突撃してきた。

  弾丸めいた速度で剣が迫る。

  直撃すれば不味いと判断したマテリアルは最低限の防御をするために無理やり大剣を左側へと持ってくる。

  鈍い衝撃が腕に響いた。

  右腕が痺れて動きが鈍る。その隙を逃さず、腕と腕の隙間を掻い潜るように陣耶が右足を叩き込んだ。

  弾かれるように蹴り飛ばされたマテリアルに追撃を仕掛けようとして……陣耶は剣をおもむろに別の方向へと振るう。

  それが、ケーニッヒが振るった刀とぶつかり合った。

  ギリギリと耳障りな音を鳴らして剣と刀が鬩ぎ合う。

  しかしそれも一瞬。




 「クロスファイア、シュートッ!!」

 「ブラストフレアッ!!」




  放たれた火炎弾と幾つもの光弾がケーニッヒ目掛けて飛来する。




 「ちいっ」




  ケーニッヒは舌打ちをしてその場から跳び退く。

  簡易誘導弾であるクロスファイアはその場を通過するが、炸裂型であるブラストフレアはその場で爆発を起こした。

  炎がフロアを赤く舐め上げる。

  直接的なダメージが目的の魔法ではないのでその炎の温度も大した事はないが、炎の真っ只中というのはそれだけで精神的に負荷が掛かる。

  だがその中を、スバルとエリオは迷いなく全力で突き進む。




 「陣耶さん、あのフェイトさん似の人は僕達で押さえます!」

 「だからあのケーニッヒって人からレリックを奪い返すの、任せました!」

 「いや待てお前ら、そいつは……!」




  陣耶が止める間もなく、四人は持ち直したマテリアルとの戦闘を始めた。

  狭い空間での戦闘を不手としているマテリアルに対して、壁や床を有効活用できるスバルが攪乱に入る。

  行動の範囲はティアナとキャロが弾幕を張る事で制限し、大きな挙動はエリオが最大速の一撃を見舞うことで殺してしまう。

  つたない、まだ未熟な連携。互いの動きを何とか追ってカバーする動き。

  それはこの二週間、アリアとロッテが集団戦で四人を徹底的に叩いてきた目的の一つでもある。

  生物は何事においても学習する。怒られれば怒られないように、褒められれば褒められるように行動する。

  同じように、四人は叩かれているうちに自然とやられないための手段を講じるようになっていた。

  その一つが、チームによる連携。集団戦では最も重要視される要素の一つだ。

  未だ付け焼刃であるそれだが、この慣れていない状況での戦闘を強いられているマテリアルを抑えるには十分な力を発揮していた。




 (が、そう長くは持たないな……)




  炎の中で再びケーニッヒと剣を交えながら、陣耶は考える。

  一見すると戦闘を有利に進めているように見えるが、実態は綱渡りなパワーゲームだ。

  今はまだ、マテリアルも四人に抑え込める程度の動きしかしていない。

  しかし相手の力は未知数だ。

  一般の視点から見れば十分に暴力的な力を持っている自分たちですら暴力的だと思うような力を持つ相手なのだ。

  どんな手を隠し持っているかなど予測もできなければ、その正確な力も推し量れるものではない。

  だから、急ぐ必要がある。




 「いい加減に、手荷物をうっかり落とす程度のミスでもやりやがれっての!」

 「いやあそれをやってしまってはプロ失格でしょう。お仕事は確実にこなしてこそですよ」




  再び剣戟が繰り出される。

  速度が拮抗した刃の応酬は止まる事を知らず、絶え間なく鈍い音を立て続けていた。




 「ちっ……やっぱテメエとまともにやり合ってたら時間がいくらあっても足りねえな」

 「おや、それはまた嬉しい事を。何でしたらこのままどちらかが果てるまで続けてみませんか?」

 「冗談……ッ!!」




  言って、陣耶がケーニッヒの刀を大きく弾くと同時に距離を取る。同時にその姿が唐突に掻き消えた。

  この現象をケーニッヒは知っている。

  というよりも何度か実際目にしていた。




 (お得意の瞬間転移ですか……あのレベルになると短距離瞬間移動と遜色ありませんね。彼の方は些か特殊なようですが)




  短距離瞬間移動……ショートジャンプと呼ばれるそれは希少技能に該当するスキルだ。

  瞬間移動系統の術式には移動開始時、出現時に身動きが取れないフェイズタイムというものが存在する。

  このスキルは鍛錬や術式調整によりそれを戦闘に使用可能なレベルにまで短縮した技能を指すのだが、陣耶のそれは毛色が違う。

  そもそもまともな転移魔法かどうかすら怪しいのだ。

  初めからいなかったかのように唐突に消え、初めからいたかのように唐突に現れる。

  説明を聞くだけならば短距離瞬間移動と違いはない。異色なのは、認識のズレだ。

  通常、そこにある物体が唐突に消えてしまえば『あるはずの物がない』と認識する。

  だが陣耶のそれの場合は違う。『初めからそこには何もなかった』と認識してしまうのだ。

  それは、一瞬とはいえ目標の存在を忘れてしまうという事。

  故に陣耶がその隙を見逃すはずもなく、その事を知っているケーニッヒが手をこまねいているはずもない。

  目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。

  刃が空気を裂く音、自身に向けられた敵意。

  五感ではなく第六感を。ありとあらゆる経験を総動員して陣耶の刃を迎え撃つ。

  ギンッ、と鋼と鋼がぶつかり合う音が響いた。




 「ちっ……!」

 「後衛相手ならそれで十分墜とせるでしょうが、私のような純前衛にはもう少し捻った方が良いですよ」

 「余計なお世話だッ!」




  悪態をつきながら陣耶は大きく横薙ぎの一撃を振るう。

  一撃目を弾けたケーニッヒも続く二撃目までには反応できなかったのか、それをまともに受け止めて大きく飛ばされた。

  ケーニッヒは特に抵抗することなく飛ばされ、ぶつかる直前に体勢を立て直すことでダメージをゼロにする。

  この狭い空間内では下手に抵抗してもすぐに壁にぶつかってしまう。

  だから素直に飛ばされて壁を使って慣性の力を相殺する方が効率はいいのだ。

  だが陣耶はケーニッヒが攻撃をやり過ごすより前に追撃を仕掛けていた。

  迫る攻撃を二本の刀で退けようとケーニッヒが構え……










  盛大な衝撃が特別貨物室を大きく揺るがした。










 「なっ……!?」




  陣耶が驚愕の声を上げるのも束の間……次いで、桜色の閃光が車両の外装を大きく喰い破った。

  そして、爆発が起こる。

  車両内どころか車両そのものを吹き飛ばしかねないほどの莫大な衝撃が一気に襲いかかってきた。

  それも全て一瞬の事。

  まともな防御をする事も対処をする事もできずに、全員がその衝撃を一身に受けた。




 「がぁ……ぎ……ッ!!」




  脳味噌をシェイクされるような衝撃を受けて陣耶は右も左も分からなくなってしまう。

  視界がぶれ、正常に思考が纏められない。




 (くそ……何だ、何が……?)




  散り散りになる思考を必死にかき集めて何とか目の前の状況を理解しようとする。

  そうしているうちに視界が徐々に回復してきた。

  まだ痛む頭を無視してぼやけた光景を脳をフル回転させて矯正していく。

  そうして映ったのは、




 「……お?」




  現在、重力加速度に従って下から上へと流れていく岩肌だった。




 「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!??」

 『叫んでないで早く飛んでください。このまま地面にぶつかるとヒキガエルのようにぺちゃんこですよ』

 「ぐっ、それは勘弁!?」




  無機質なはずなのに呆れたように聞こえるクラウソラスの声に促されて陣耶は即座に飛行魔法を起動させる。

  反重力フィールドで体を浮かし、体に掛かっていた運動量を相殺する。

  急な制動は体に強烈なGが掛かったが、もはや慣れたものだった。

  危機的状況は脱したと判断した陣耶はそのまま上を見上げる。










  空からフォワード四人が降ってきていた。










 「おおおおおういっ!? あいつらもかよドちきしょい!?」

 『外からの砲撃で車両は半壊、列車は転倒。衝撃に煽られた私達はものの見事に空中に放り出されたわけです』

 「冷静な状況報告ありがとう、ってかそれよりもあいつらをどうやって受け止めるかだっての!」




  陣耶が抱えられるのは精々二人が限度だろう。

  スバルがウイングロードを使えれば問題はないのだが、間の悪いことに先程の爆発で気を失っているのか目立った反応が見られない。

  それは他の三人も同じだ。




 (くそっ……どうする、無茶を承知であいつらを崖に縫い付けるか……!?)




  それも結構な博打に思えた。

  上手く全体の体重を支える事ができる個所を人体に傷を付けずに打ち抜く―――そんな器用な芸当が自分にできるとは思えない。

  飛行魔法の応用で反重力フィールドを広げるにしても燃費が悪すぎて長くは持たない。それ以上に身動きが取れなくなる。

  更に、運良く四人を受け止められたとしてもケーニッヒやマテリアルの逃走を許す事になってしまうだろう。

  最悪の場合、その隙をついて一網打尽にされる可能性もある。




 「……っ、迷ってる場合じゃねえ。とにかくあいつらを受け止める!」

 『了解。おとなしく待機状態に戻っておきます』




  クラウソラスが白く発光したと思うと、途端に陣耶の右手首で小さな菱形の宝石が付いたアクセサリーの状態になった。

  陣耶はそのまま四人に向かって高度を上げていく。

  まずは手近な二人、スバルとティアナを片手で抱え込むように受け止めた。

  それだけで腕に重量が掛かってくるが、無視する。

  続けて反重力フィールドを形成し、それを広範囲で展開。落下していたエリオとキャロの二人を支えた。




 「っ……流石に、消耗がきついか……」




  陣耶はフィールドの操作などには全く向いていない。得意としているのは魔力を固めて放出する事だ。

  だからこそ使用している魔法は大抵が魔力を物質化したものになっており、純魔力の放出などはほとんどない。

  物質化という性質上、対物防御魔法はそれなりの高度だが、対魔防御魔法はほとんど紙である。

  そして純魔力を変換して放出しているフィールド系の魔法も同じように苦手なのだ。

  だから、あの青い奴が一直線にこちらへ突進してくる状況など本当に止めてほしかったのだ。




 「そんな奴らを助ける暇があるのかー!?」

 「ちぃっ! 少しは空気を読みやがれ……!!」




  悪態をついても状況が変わるはずもなく、マテリアルは大剣を振り下ろさんと迫る。

  その後方には金色の光が見えた。おそらくはフェイトだろうと陣耶は当たりを付けるが、距離的には絶望的だ。間に合いそうにもない。

  両手は塞がり、フィールド維持のためにほとんど身動きも取れない。更に目の前には一撃必殺の威力を秘めているであろう剣を携えた敵。

  選択肢など、あって無いようなものだった。




 「消費を考えると後がなさそうだが……、クラウソラスッ!!」

 『魔力コントロール。フィールドを補強』




  抱えていた二人をフィールドに任せて再び剣となったクラウソラスを手にする。

  敵を前にして攻性の魔力が高まっていく。

  無駄な動作は全て省く。身体全体で、最小限の動きで剣を振り抜く事に集中する。




 「舐めんなよ……テメエの迎撃程度、こっから一歩も動く必要はねえッ!!」

 「よぉく言った白夜の王ッ!! 後から後悔するんじゃないぞー!!」




  マテリアルの振り上げた剣が一層強く稲光を放つ。

  それに呼応するように陣耶の剣も輝きを増し、高密度の魔力が甲高い音を上げる。

  一秒後にはゼロに縮まる距離に迫った瞬間、二人は構えた剣を振り抜いた。




 「雷刃滅殺―――極光斬ッ!!」

 「ディバインセイバー、フルスラストォッ!!」




  白と青が衝突し、せめぎ合う。

  両者の全力で振り抜かれた一撃。それは周囲を埋め尽くすほどの爆音と閃光、そして衝撃を振り撒いた。




















                    ◇ ◇ ◇




















  ……遠く、声が聞こえた。




 『ぐ、ぎ……、クソがっ……! 衝撃だけでフィールドを吹っ飛ばしやがって……!!』

 『うははははっ! やっぱり僕って最強!』

 『一生やってろクソったれ!!』




  浮遊感があった。

  依るべき場所も、立つべき場所もない。

  ただ独り、どこまでも堕ちていく感覚。

  そんな寂しさに満ちた感覚を、キャロは感じていた。




 『どこに行く。君の相手はこの僕だッ!』

 『邪魔、すんじゃ……ねぇぇえええええええええええええええええええええッ!!!』




  声が聞こえた。

  ……目を開く。




 「……ぁ、れ?」




  未だにはっきりしない意識の中、見えたのは落ちていく空だった。

  ……違う。正しくは自分が落ちていた。

  横を見れば同僚の三人も同じように落ちている。

  動かないところを見ると、全員おそらく意識はないのだろう。




 「わた、し……どうして、落ちて……」




  前後の記憶がはっきりしない。

  頭が重く、まともに物事を捉えられない。

  だからだろうか。キャロは、落ちているという事実に危機感を抱く事が全くできなかった。




 (眠い、な……)




  瞼が酷く重かった。

  頭の重さと相まって強烈な睡魔が襲ってくる。

  視界がぶれ、全ての輪郭がぼやける。

  もう開けているのも辛く、痛みすら感じるそれを閉じようとする。

  その時だった。










 「みんなぁぁあああああああああああああああああああッッ!!!」










  また、声が聞こえた。

  それも、とても聞き覚えのある声が。




 「……フェイト、さん?」




  確かに聞こえた。

  自分の保護責任者で、恩人で、居場所をくれた人。

  とても大切な人だ。

  重い瞼をゆっくりと、それでも確実に開く。

  ……いた。

  こっちに向かって必死に飛んでいる姿が目に入った。

  その後方で陣耶とマテリアルが交戦しているところも、同じように目に入った。

  視線が、自然と近づいてくるフェイトへと向けられる。

  苦しそうな顔をしていた。

  後悔、焦燥、怒り、悲しみ、そんな感情がないまぜになったような酷い顔をしていた。




 「……そう、だ。私は……」




  そうして、思い出す。

  四人でマテリアルを抑え込んでいた時に襲った大きな爆発。

  それによって転倒した車両と、その隙を利用してマテリアルが四人を纏めて薙ぎ払った事。

  だから、落ちている。

  この深い山と山の間を、真っ逆さまに。

  それをようやく理解した。




 「って大ピンチでは……!」




  慌てて視線を下―――落ちている方向へ向ける。

  地面までの距離はもう一〇〇メートルを切っているように思えた。




 「くぅっ……!」




  フェイトの呻くような声が耳朶を叩く。

  距離とスピードを鑑みても、自分達が落ちるまでに全員を助けられそうにはなかった。

  ……死ぬ、の?

  そんな考えが頭を過る。




 「……ぃ、や」




  死んでしまえば、何も無くなってしまう。

  温もりを感じる事も、触れ合う事も、会話する事も、本を読む事も、食事をする事も、眠る事も、何もかも。

  そんなのは、嫌だった。




 「い、や……!」




  手放したくなかった。

  だって、楽しかったのだ。

  初めての部隊、初めてのチーム、初めての同年代、初めてのパートナー、初めての訓練、初めての任務……

  何もかもが新しかった。何もかもが輝いて見えた。

  楽しい事ばかりではなかったが、それでもこの短い期間はとても充実していたのだ。

  それを、無くす?

  嫌だ。




 「嫌、だッ……!」




  手に自然と力が入る。

  手にしたデバイスが、淡く光を放つ。




 「嫌だッ……!!」




  怖い。

  失敗すればただでは済まない。下手をすれば余計な被害が出る。

  今まで成功した例などない。全てが、例外なく災害として扱われた。

  自身が様々な施設をたらい回しにされていた理由も、まさしくそれだというのに。

  自分は今また、その力を使おうとしている。

  だけど。




 (怖い……怖いけど、それでも何もせずにいるのは嫌だッ。この温もりを、居場所を、何もせずに失うのは、きっともっと怖い……!!)




  だから、今は喚ぶ。

  失敗など知った事ではない。そんな事は眼中にすらない。

  無理があろうが無茶があろうが、それが全てを悲劇にするというのならそんなものは台無しにしてみせる。

  だから、そのために。










 「フリードォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」










  光が、弾けた。



















                    ◇ ◇ ◇




















 「ぁ、れ……」




  エリオが目を覚ました時、目に飛び込んだのは妙に桃色に発光している景色だった。

  一瞬、夢でも見ているのかと思ったが……違う。自分が桃色の光に包まれているのだ。

  こんな光を放つ知り合いなどエリオには二人しかおらず、自然とその人物を求めて視線を動かす。

  すぐ隣に、その人物はいた。

  右手を高く掲げ、桃色の魔力光を溢れさせている少女……キャロ・ル・ルシエが。

  そこでようやく、エリオは自分が今座り込んでいる場所を認識した。




 「……え?」




  白かった。正確には白い肉質の何かだ。

  それなりに大きいらしく、周囲を見渡さなければ全貌は把握できない。

  同じチームのスバルとティアナも同じく目を覚まし、頭を軽く振りながら状況把握に努めている。

  そしてエリオが確認したのが、これだ。

  左右に見える大きな翼に、後方と思わしき方向から生えている一本の尻尾。

  頭と思わしき箇所には部分的に青い個所が見られる。

  そこまで特徴を挙げて、ふと思い浮かんだものがいた。

  違うとは思う。まずエリオの知っているそれはもっと幼生であり、ここまで大きくはなかった。

  だが、同時にそれしか心当たりもない。

  だから最大限の驚愕がありありと聞き取れるような震える声で、呟いた。




 「まさか……フリード?」




  そう呟いて、エリオは一つの事柄を思い出した。

  キャロの使役竜であるフリードは普段見せているあの愛くるしい姿が本来の姿ではないのだ。

  竜の成長は人間以上に顕著だ。

  キャロはフリードを卵の頃から育てているが、それでも既にフリード本来の体格はキャロの何倍もある。

  普段の姿はそういったサイズ上の問題もあるが、それ以上に力の抑制もあるのだと本人から聞いていた。

  過去、キャロは何度かフリード本来の姿を解放したが制御に失敗し暴走させている。

  だが今、目の前に広がるこの光景はどうだ?

  堂々と右手を掲げるキャロと、特に暴れる様子も見受けられないフリード。




 「キャロ、君……フリードの制御が?」

 「うん。私……やっと、フリードとちゃんと向き合えたよ」




  そうはにかんでキャロは笑顔を向けた。が、すぐに上を見上げる。

  見えたのは交戦中の陣耶達と、こちらに向かって飛んでくるフェイト。

  ……まだ、任務は終わっていない。

  キャロは再びエリオに視線を戻し、強い眼差しのままに言った。




 「行こう。これからが、私達の反撃だよ」




  一瞬、呆気にとられた。

  普段のどこかずれた態度からは想像もつかない硬さが見て取れた。

  これにはスバルとティアナも目を丸くしている。

  だから、この場に無駄な言葉は不要だった。

  エリオも遥か上を見上げ、強く言う。




 「うん、行こう。僕だってこのまま終わりたくなんて、ない」




  雛鳥と称された少年少女は動き出す。

  行く先の見えぬ道を、傍にある温もりだけを確かに、ただ必死に我武者羅に。





















  Next「一体何の意味があるッ!!」





















  後書き

  どうも、ツルギです。

  今回はキャロ覚醒回でした。もういっそ覚醒させないでおこうかと考えていたりもしたんですが……

  そしてマテリアルは相も変わらずインフレしてます。魔力量だけで言えば確実に六課側を上回ってる設定ですし。

  最近は原発や東電のゴタゴタで日本が酷く不安定です。

  傷の抉り合いのようなニュースばかりですが、民衆はそんなの求めてないんですよ。もっと具体的な解決案を示して安心させてください。

  今のままでは不安を煽られてばかりです。そこんところ考えて欲しいですね。

  さて、そんなこんなで原作アニメの「星と雷」の部分だけでもう四話も使っちゃってます。展開の遅さに絶望です。

  もっと簡潔にした方が良いのでしょうかね……?



  それではまた次回に―――







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