「ごめん、遅れたっ」
「お帰りなさい、八神部隊長」
聖王教会から特急で指令室にまで戻ってきたはやては、息を整える事もせずに席へと着く。
状況は音声や映像が中継されていたので途切れ途切れだが掴んでいた。
だが状況など数分も経てば予想もしない方向へと転がるものである。
彼女は手元にあるコンソールを弄って現在の状況を簡易的に纏めてある物に目を通す。
ざっと見通しているうちに……彼女はある一点で視線を止めた。
思わず息を呑んでしまう。はやての目は驚愕に見開かれていた。
「ちょ、これ……、グリフィスくんっ!」
「はい。映像を出します」
はやての呼び掛けに、グリフィスは予め分かっていたかのように映像をはやての席へ映した。
流れているのは監視用の中継スフィアがリアルタイムで記録している映像だ。
戦闘空域はもちろん、任務地である貨物車両内にもそれはある。
そして、現在そのスフィアから送られてきている映像を見て……はやては再び息を呑んだ。
「ケーニッヒ……アストラス……ッ」
第一級指名手配犯にして、革命家トレディア・グラーゼのお抱え用心棒。
かつて二本の刀を奇怪に操り皇陣耶を退けた男が、スバルとキャロの二人と戦っていた。
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.12「そのリサイクル精神、感服しますよ」
バギンッ! と甲高くも鈍い音が重要貨物室に響き渡る。
スバルのリボルバーナックルが、無造作に振るわれたケーニッヒの刀を弾き返した音だった。
力ではスバルが勝っているのか、刀を弾いているのは彼女の方だ。
その利を生かして、相手の懐に飛び込むため更に一歩を踏み出して追撃を仕掛けようとする。
だが、直後に真下からの斬撃がスバルを襲った。
「……ッ!!」
ほとんど直感に任せて頭ごと身体を後ろへと逸らす。
喉元のすぐ先を何かが切る感覚だけが嫌にはっきりと伝わってくる。
危険を感じたスバルはそのまま後方にひっくり返り、腕を使って跳ね上がる形で距離を取った。
彼女の前髪の先端部分が、目の前を落ちていく。
「ブラストフレアッ!!」
「おおっと」
キャロからの支援がケーニッヒへと飛来した。
それは軽く後方へステップを踏むだけで避けられたものの、着弾すると同時にフリードの火炎弾が炸裂して周囲を炎が舐め上げる。
しかしそれも対象を傷つける事を目的としたものではなく、拘束を目的としたものだ。
だが直撃させなければ拘束効果も大して意味を成さない。
故に、ケーニッヒは炎の中を何の躊躇いもなく突っ切ってきた。
「っ、この……!」
スバルは右腕を振りかぶりながら突っ込んでくるケーニッヒを迎え撃つために迎撃の姿勢を取る。
相手の速度は確かに速いが、スバルにしてみればまだ追い切れないものではなかった。
まだ辛うじて付いていく事の出来る動きならば、直線での迎撃は容易い。
ケーニッヒの踏み込みに合わせてスバルも右腕を振るう。
だが、そこで彼女はある違和感を見つけた。
ケーニッヒの右手を見る。そこに有るべき物が……握っていたはずの刀が消えていた。
(どこに……!?)
「スバルさん、上ですっ!!」
キャロの叫びと共に背筋へ大きな悪寒が奔る。
感じた悪寒に、思考するよりも先に身体が動いた。迎撃を中断して無理矢理に後方へと跳び退く。
しかしケーニッヒは止まらない。
彼はそのままスバルを追撃しようと何も無い右手を伸ばしながら間合いを詰め……上から降ってきた刀を掴み取った。
それを見て、スバルもようやく悪寒の正体を理解する。
ケーニッヒが刀を手に取ったのは丁度彼女が悪寒を感じた位置……
つまり、あのまま後退しなければ今頃は頭から串刺しになっていたのだろう。
「いつの間に刀を放り投げて……!」
「今の物騒なご時世、この程度の小細工はできないと生き延びていけなかったものですから」
再び刀を手にしたケーニッヒの追撃が放たれた。
真っ直ぐに首を狙い、一撃必殺の太刀が迫る。
無意識の内に拳の間合いで距離を取ったスバルは、急な間合いの伸びに対応しきれない。
そこへ、キャロが再び支援を飛ばした。
彼女の足元に召喚魔法陣が展開される。
長々とした詠唱は全てデバイスの自働詠唱機能に任せ、ありったけの魔力を注ぎ込んで発動速度を上昇させる。
狙いはスバルとケーニッヒとの間にある空白の空間。
間に合え、と念じながらキャロはそこへ向けて魔法を行使した。
「錬鉄召喚ッ!」
瞬間、スバルとケーニッヒとの間にある空間に召喚魔法陣が展開される。
そこからキャロの召喚した物体がケーニッヒの斬撃を妨害するように飛び出してきた。
といってもアルケミックチェーンのような鎖ではない。
相手の射程が長い以上、鎖では妨害しきれずに攻撃を通してしまう可能性がある。
だから、召喚するのならば別の物。
そう考えてキャロが召喚した物は、耳をつんざくような音を立てながら見事にケーニッヒの斬撃を受け止めたのだ。
スバルとケーニッヒ……両者の驚愕と共に。
攻撃を喰い止めた召喚物を見て、スバルは思わず声を上げていた。
「おや……」
「ガ、ガジェット……ってキャロ、何を召喚しちゃってるの!?」
「そこいらの残骸を拝借しましたっ」
「やり遂げた表情でサムズアップしなくて良いからっ!」
スバルのツッコミに小さな白い竜も何だか微妙な表情になっていた。
錬鉄召喚は無機物を召喚し、それを操作する魔法である。
キャロの場合はアルケミックチェーンと呼ばれる鋼鉄の鎖を召喚し、それを無機物自働操作魔法で操り相手を束縛していた。
だが今回は普段とまた違った方向性で使用している。
無機物を召喚するという魔法の特性を生かし、予め目星を付けておいたガジェットの残骸を壁として喚び寄せたのだ。
無論、事前に付与される無機物自働操作魔法も付け加えて。
ケーニッヒが目の前に急に現れた残骸に目を取られているのを良い事に、キャロはガジェットの残骸を全速力で突っ込ませる。
刃が中ほどにまで喰い込んだ状態での直進行動。
文字通り捨て身で敢行されたジャンクタックルはしかし、標的であるケーニッヒが事もなげに刀を一閃させる事で切り捨てられた。
ゴトン、と重い音を立てて残骸が床へと転がる。
「むう、やっぱりこれくらいじゃまともなダメージどころか隙も期待できませんか」
「歳に似合わずしたたかなお嬢さんですね。壊した物でもきちんと使うそのリサイクル精神、感服しますよ」
「戦場で生き残るためなら使える物は何でも使え、と伝説の傭兵さんも言ってましたから」
「キャロってさ……こう、突拍子もなく想像しないような事をやってくれるよね」
妙な方向で驚かされるなー、と呟きながらスバルはケーニッヒと距離を取る。
何にせよ間合いを取るだけの時間は稼げたのだ。スバルはキャロにお礼を言う。
「ありがと、キャロ。ナイスサポートだったよ」
「私もスバルさんに怪我がなくて良かったです。ですが……」
返答も手短に、キャロは浮かない表情でケーニッヒを見る。スバルもつられるように厳しい目付きでケーニッヒを見た。
左腕で鉄製のケースを抱え、右手には刀を持っている。
腰の左側には刀が引き抜かれた後の鞘があり、その反対側には未だに刀が収まったままの鞘が下げられていた。
「やっぱり、二刀流だよね」
「憶測の域を出ませんが……多分。荷物を持っているせいで片手が塞がっているから使わないのでしょうが……」
「その片手だけでも、私達じゃ攻撃を凌ぐのが精一杯……か」
言いながら、スバルは右手に装着されているリボルバーナックルに目をやった。
毎日手入れをしている甲斐あって傷一つ無かった母の形見は……この短時間で幾つもの裂傷ができていた。
これはケーニッヒの攻撃をリボルバーナックルで凌いできた結果だ。
攻撃を弾いてはいても、避ける事はできていない。
衝突する度に、スバルの知るそれよりも鋭い攻撃が傷を付けているのだ。
もしまともに受けてしまえばどうなるのか……それは、できるだけ考えたくない事だった。
『私達だけで抑えられる相手じゃないか……外への救援要請は?』
『先程行いました。ただ狙い澄ましたタイミングで空に増援が来たらしく、フェイトさんもアイン隊長もまだ時間が掛かると』
ということは、増援が来るまでは二人だけでこの敵を抑えなければならないという事になる。
しかし二人掛かりでも終始押されている状況なのだ。
これ以上高望みをすればどんなしっぺ返しがあるか分かったものではない。
せめて、他の二人がいれば話は違ってくるのだが……
(ん……他の二人?)
そこで、スバルはふと考え付いた。
そういえばフォワードチームの片割れは、どこで何をしているんだっけ?
『……キャロ、相談』
『おお、何か策が?』
『策ってほど上等なものじゃないけど……』
スバルが一歩、前に踏み出た。
頭の中で手順を確認して、それを成功させるための手段を実行する。
足元に、三角形の魔法陣が展開される。
『それでも少しは、この泥沼な状況が良くなるかもしれない』
◇ ◇ ◇
エリオの持てる全力で放たれた斬撃は、頑丈な装甲によって喰い込む事すらできずに喰い止められた。
攻撃を放ったエリオに致命的な隙が生じる。
ガジェットはそれを見逃す事なく太いケーブルをここぞとばかりに伸ばしてきた。
それを、ティアナが迎撃する。
「クロスファイア、シューートッ!!」
五つの弾丸が鋭い軌跡を描き、それぞれがエリオへ殺到するコードを断線させるために向かっていく。
しかし、望んだ結果は得られなかった。
撃ちこまれた弾丸はケーブルを断線させる事はなく、ただ弾くだけで終わってしまう。
ティアナの知るそれとは根本的に強度が違っていた。
それでも、ケーブルが弾かれた隙にエリオはティアナの方へと跳び退く。
「斬撃も刺突も射撃も効果無し……完全に出力不足ね」
「スバルさんかキャロ、どちらかがこの場にいれば状況は違ってくるんでしょうが……」
スバルは四人の中でも随一の攻撃力を誇っている。キャロは直接的な戦闘力が無くともブーストによるサポートがある。
だがエリオとティアナにはそれがない。
自身の身軽さと速さを生かして戦うエリオと典型的な射撃型であるティアナ。どちらも一撃での決め手に欠けていた。
釘があったとしても打ちこむための槌が無ければ意味を成さないのと同じで、二人は大型ガジェットに傷一つすらつけられずにいる。
(有効なダメージが通りそうな攻撃は……有るには有る。だけど、チャージに時間が掛かり過ぎてリスクが高い……!)
もしアレを使うとするならばその間、術者は完全に無防備となる。
そうなれば敵の的になるのは目に見えているし、だからといってエリオに壁を務めてもらってもチャージ完了まで持つとは思えない。
何よりもAMFの効果範囲が分からない。
戦闘が始まってからガジェットは一度もAMFを使用してはいないのだ。全ての攻撃があの装甲に弾かれている。
更に、
「ティアさん、来ますッ!」
エリオに促されてガジェットへ目をやれば、中央のレンズが青白く発光していた。
今までの戦闘から考えて一番受けたくない攻撃がくるらしい。
ティアナは歯噛みして、それでも状況を少しでも打開しようと行動する。
「この状況で別個に分断されるのは避けたいわ。攻撃は集中するけど、行けるっ?」
「行けるも何も、やってみせます!」
「期待してるわよ男の子!」
エリオとティアナが右側へと大きく跳ぶ。
同時に、ガジェットから大きな光が炸裂した。
ゴウッ! とさっきまで二人がいた場所を砲撃のような青白いレーザーが通過する。
空間を揺るがす衝撃と肌を焼く熱が一度に襲い掛かり、二人は身を伏せてもなお壁にぶつかるまで吹き飛ばされた。
硬い衝撃が骨と内臓を揺さぶり、中に溜まっていた空気が一度に叩きだされる。
全身を鈍い痛みが駆け巡っていた。
肌にも沸騰した湯に手を突っ込んだような感覚が残っている。
だが、そこで止まっていればガジェットの的になってしまう。足を止めればそこで終わりだ。
何度か咳き込みながら、それでもティアナは身を起こす。
「けほっ……エリオ、立てる?」
「なんとか……我ながら良く避けてると言いたいです」
軽口を叩きながらエリオが後ろを振り返れば、そこには円の形に何度も抉られた列車の壁らしき物があった。
射撃の速度と熱量がでたらめ過ぎて、壁が一撃で吹き飛ばされているのだ。
もし自分達が直撃を喰らってしまえばどうなるかは考えるまでもない。
「ええいデカくなったからって頑丈さも破壊力も上げれば良いってもんじゃないでしょうに。量産機の素朴なロマンとか分かってんのかしら」
「えっと、あのタイプは今回初めて見た物であって量産機と決まった訳じゃあ……」
「今まで見てきた奴も今日出てきた飛行型も明らかに量産されていたでしょ。こいつも量産されていると見て間違いないわよ」
それはつまり、アレと出くわす度にあんなでたらめビームの脅威に晒されるという事だろうか。
一機を相手にしているだけでもこれだけ苦戦している状態だというのにそれは勘弁してほしかった。
今ですらこれなのだから、これが集団で掛かってくるとなれば確実に対処しきれないとエリオは断言できる。
一方で、ティアナは一つの予測を立てていた。
(ああは言ったものの……普通、量産型であそこまでの出力を出そうとすれば相当な資金が掛かるはずよね)
あのエネルギーを生み出しているのは大型ガジェットの動力部だ。
動力は電気か熱か、それとももっと別の何かか……使ってはいないが、AMFを積んでいるのなら魔力ではないだろう。
ティアナの知る限りではあれだけの出力を引き出すだけの資材や機材をあのサイズに収め切れるとは考えられない。
だが……あくまでも、既知の事柄でこの出力を説明するのならば。
(ロストロギア……それを動力に使っているのなら、あるいは)
部隊のレクリエーションでレリックがどういう物かという説明は受けてある。
それが純度の高いある種の高エネルギー結晶体だという事や、それが暴発した事で起きた事故と被害なども。
実際に爆発の事例が確認され際は、半径数百メートルが跡形もなくクレーターに変貌したらしい。
そんな物騒な力を秘めている物が動力として使われているのなら目の前のガジェットのでたらめな出力も納得できる。
だが、ただの量産機の動力として使うためだけにわざわざ貴重なロストロギアを集めるのだろうか。
(いや、今はそれを考えている場合じゃない。この状況で最も懸念するべきなのは……)
目の前の大型ガジェットを破壊した際に起こりえる被害……それがティアナに更なる焦燥感を与えていた。
(もしあれを倒したとしても、下手に爆発させてしまえば被害規模の予想がつかない)
もし大型ガジェットの動力が彼女の予想通りレリックであるのなら、半径数百メートルは跡形もなく吹き飛ばされる事になる。
ティアナはもちろん、隣りにいるエリオや別行動をとっているスバルやキャロ、ツヴァイも含めて……一人残らず。
よしんばレリックでなかったとしても、あの出力がこの閉鎖空間で炸裂してただで済むとも思えなかった。
焦るティアナの心中をあざ笑うかのように、ガジェットがベルト状の大型アームを伸ばしてくる。
「っ、エリオ!」
「しっかりと掴まってて下さい……! ストラーダッ!」
『Jawohl』
ストラーダの噴射甲から魔力が噴射され始める。
エリオはティアナの腰を抱いて、ストラーダの勢いに引っ張られる形でガジェットの懐に潜り込みアームを回避した。
足で床を滑るようにブレーキを掛けて慣性の力を相殺する。
目前にはガジェットの正面部分。側面に取り付けられている無数のコードが伸びてくる。
「くっ、ツーハンド!」
『Two hand mode』
ティアナの左手にクロスミラージュがもう一丁現れる。
クロスミラージュは状況に応じて一丁銃と二丁銃の形態、どちらかを選択して使用できるのだ。
その二丁の先端に魔力弾が形成される。
「攻撃は通じなくても、弾く事なら……!」
引き金が引かれ、弾丸が撃ち出された。
片方で弾丸を撃っている間にもう片方で弾丸を形成する。そうすることで攻撃の隙間が空くこと防いでいるのだ。
ティアナが扱い慣れていない筈の二丁の銃を巧みに使い次々とコードを弾いていく。
撃ち洩らしたコードはエリオがストラーダで纏めて薙ぎ払う。
そうやって二人がジリジリとガジェットに迫りながら狙っているのは、レーザーが照射されるレンズだ。
そこさえ潰せば少なくともあのレーザーを発射される事だけはなくなる。
一撃必殺のような兵装が無くなるだけで難易度は大幅に下がるはずだと考えて。
実際、エリオとティアナが被ったダメージもレーザーの余波を受けてのものが多い。
加えて、レーザーを照射しているのはレンズだ。
何で作られているのかは分からないが、それでも装甲そのものよりは遥かに脆いはずである。
「レーザーを照射しているレンズは三つ。最低でも二つは潰すわよッ!」
「了解ッ!」
レーザーの射程真っ只中にいながらも二人は侵攻の手を緩めない。
通常、あれだけの攻撃をそう易々と連続して放てる筈はないのだ。
消費されるエネルギー、集束に掛かる時間、発生した熱を冷却するための時間、レンズの耐久度などその根拠は多数ある。
そしてそれを肯定するかのようにガジェットの砲撃には一定時間の間があるのだ。
時間にしておよそ一分。カップラーメンを作るよりもなお短い時間だ。
だがそれだけの時間があれば百メートルを三度は走り切れるだろうし……ガジェットの懐に飛び込んで攻撃を仕掛ける事もできる。
最後に砲撃が発射されてから経過した時間は四五秒。
間隙を縫える時間はもう残されていない。
しかしその時間が尽きるより先に、二人はガジェットを射程へと捉えていた。
「これで……!」
ティアナは片方で攻撃を凌ぎながらもう片方の銃身をレンズへと向け、エリオは矛先を突き付ける。
高出力のエネルギーを照射しているからには、何か特殊な素材が使われている物なのだろう。
一見すると素材はガラスのような物でできているが強度まで見た目そのままとは限らない。
それでも、鋼鉄よりは強度に劣る。
鉄を貫く事はできなくても、頑丈なケーブルを撃ち抜けなくても。
大きな衝撃を極めて近い距離でより脆い箇所に撃ちこむ事ができれば……例え小さな力であっても打ち崩す事ができる。
「撃ち抜くッ!!」
魔力弾と刺突が逆三角形に配置されたレンズの上二つを捉えた。
何らかの強化素材であったそれは至近距離で発生した衝撃をダイレクトに受けてしまい、何の抵抗もなく砕け散る。
これで残る砲門は一つ。残った一五秒でならお釣りが返ってくるノルマだ。
そのはずだった。
(な……!)
真っ先にソレに気がついたのはティアナだった。
目標を達成した彼女の視線は自然と次の目標……残った一つのレンズへと向いた。
だがそこにあってはならない現象を見る。
まだ時間的な猶予はある筈だった。その間に破壊できるはずだった。
なのに、何故。
何故、残る一つのレンズが既に青白く発光しているのだろうか?
(まさ、か)
そして考えつく。
ティアナはこう考えていたのだ。『砲撃の準備が全て整うまでに必要な時間』が一分なのだと。
だが、それが間違いだとしたら。
正しくは『全ての砲門の準備を整えるのに必要な時間』が一分なのだとしたら。
(読み違えた……全てを整えるための一分じゃなくて一つの砲門につき必要な時間が二〇秒だったというだけ……!)
どのような工程で準備されていたのかは分からない。もしかすると、他の砲門はまだ準備ができていなかったかもしれない。
だが現に、目の前には準備を終えた砲門がこちらを捉えている。
まだ撃てないと、浅はかな思い込みで絶対の命中距離へと躍り出てきた愚かな標的を。
「―――ッ!」
喉の奥から何かがせり上がってきた。
回避する手段はない。攻撃を行った直後にやっと気づけて、既に相手は発射寸前なのだ。
今からどう動こうとも間に合わない。
確かに砲門が減った事であの砲撃の威力は減少しているだろう。
だが例え三分の一の威力だとしても、ほぼゼロ射程にいる二人を薙ぎ払うには十分すぎる。
やられる。
レンズの発光が強烈な閃光へと転じて、それが炸裂する。
その時に、
ゴォンッ!! と、何かがひしゃげる音を確かに聞いた。
(何が……!)
果たして、確かめるだけの時間はあったのか……その音源へと目を向けた時には既に事態が動いていた。
まず七両目……重要貨物室に続く扉が内側から吹っ飛んだ。
続けて扉を吹っ飛ばした原因が真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。
それは人ではなかった。そもそも生物ではなく、物ですらない。
鉄の扉を吹っ飛ばし一直線にこちらに向けて伸びてくる、蒼く発光したモノの正体は……
「ウイング、ロード……!」
「まさかっ!?」
エリオとティアナが驚愕の声を上げるのと同時だった。
扉の奥から伸びてきたウイングロードが大型ガジェットの底辺を掬い上げるような軌道に変化し、衝突する。
足元を掬われる形になった大型ガジェットはそのまま真後ろの方向へと回転した。
そして、あらぬ方向へと向き標的を見失った砲撃が放たれる。
ボンッ! と天井の一部が抉り取られた。
車体から切り離された破片が降ってくる事はなく、時速七〇キロの速度で後方へと流されていく。
あっという間の出来事だった。
瞬間に様々な感情が襲ってきたせいで状況に思考が追い着いてこない。
それでも身体が動いたのは、積み重ねた経験からか。
ティアナは即座にもう片方の銃を上に向け、魔力弾を発射した。
「い、っけえ……ッ!!」
上方へと発射された魔力弾はそのまま天井まで突き進む。
通常ならば魔力弾は物質に当たった直後に効力を発揮して消失する。
だから、ただの誤射にしか見えなかった。
見当違いの方向に放たれた攻撃は奇跡的な偶然が重なってできた決定的なチャンスを潰してしまう。
大型ガジェットも見当違いの方向に放たれた射撃をただの誤射と判断し、改めて状況の対処に移ろうとしていた。
だから、それが最大の隙となった。
天井に着弾し消えると思われた弾丸は、あろうことかそのまま跳弾する事でガジェットへと矛先を変えたのだ。
当然、狙いはレーザーの照射される残り一つのレンズ。
一瞬の対処が遅れた大型ガジェットはもう間に合わない。防御のためのコードもベルトも伸び切ってしまっている。
そして今度こそ。
エリオとティアナを境地に追い込んでいたレーザーを照射するためのレンズは、後腐れなく砕け散った。
「やった……!?」
「いいえ、まだよっ!」
安堵と高揚感が湧きあがってくるのもつかの間、コードとベルトが一斉にイソギンチャクのような踊りを始める。
強力だが唯一と言っても良い射撃手段を失ったために直接的な物理攻撃での標的の排除に方針を切り替えたのだ。
だがそれよりも早く、二人は次の行動に移っている。
「エリオ、うじゃうじゃしているのお願い!」
「そう長くは持ちませんよ!」
「それまでにカタを着けるから大丈夫ッ!」
迫るコードやベルトをエリオが薙ぎ払い、その隙間を掻い潜ってティアナは大型ガジェットへと跳び移る。
狙いは先程までと同じ部分だ。そこにはなくなったレンズの代わりに剥き出しの機材が見えている。
例え装甲部分に対しての攻撃が通じなくても、内部の部分……ガジェットを動かしている機械は構造的に脆くなる。
装甲へは一切通じなかった攻撃もこの部分へなら通用するのだ。
そして、単純に攻撃を叩き込むだけでは足りない。
破壊してしまうと内部機関の爆発による被害が想定できないため、下手な攻撃は躊躇われる。
システムの中枢部分を直接破壊できれば話は早いのだが、残念ながら内部構造を把握する事はできない。
だが、ガジェットを停止させるだけなら方法はあるのだ。
「内部に直接電流を流しこんでも耐えられるかしらね……ッ!!」
スタンバレット。
局員の間でも一般的に使われているスタン設定の魔力弾をティアナが独自に改良しているものである。
打撃効果と高圧電流による神経刺激により相手をノックダウン、無力化させるための魔法だ。
完成した際のスペックならまともに受けた相手を丸一日動けなくする事ができる筈なのだが、これはまだ改良中で未完成の魔法である。
しかし、それでも高圧電流を流しこむ事ならばできる。
人体に影響を与える程度への出力の調整が難しいのだが、機械相手ならばそこまで遠慮する事はない。
思いっきり、ありったけの高圧電流を流しこめばそれで終わりだ。
「喰らえ……ッ!!」
弾丸が放たれる。
だがその直前で……最も警戒しておくべき事が起こった。
放たれるはずの弾丸が強制的にキャンセルされる。
「な……!」
驚愕から理解に切り替わるまで一瞬も掛からなかった。
魔法のキャンセルの原因は魔力結合の強制解除。AMFと呼ばれる、マジックジャマーフィールドの効力だ。
ガジェット本来の特性はそこにあるはずだった。
だがあまりにも馬鹿げた威力の砲撃、堅牢な装甲という規格外の情報に埋もれてそれを忘れていた。
この場面で。
これ以上はないという程の最上のタイミングで、状況をひっくり返してみせたのは―――
「だったら、これでどうだッ!!」
他でもない、エリオだった。
魔法を掻き消された事で挙動が止まったティアナの横から、剥き出しの機械へ右腕を真っ直ぐに突っ込む。
その腕に、バチバチと音を立てる電流を纏って。
数多のコードやベルトへの防御も顧みずに、乾坤一擲の攻撃に打って出た。
「いくらAMFでも、この至近距離なら……!」
AMF―――アンチ・マギリング・フィールドは確かに魔力結合を解除し、魔法効果を打ち消す力がある。
だがその効力が及びやすい環境もあれば、同じように及びにくい環境も確かにあるのだ。
それを応用さえできればAMF効力下であっても十分な魔法効果を期待できる。
たとえば、AMF効力下であっても術者の体内で魔力は生成できるし、身体に触れる範囲でなら魔力を行使する事もできる。
ならば、術者の体内で直接変換した魔力はどうか。
「おォォああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
エリオの口から野獣のものと思えるほどの絶叫が迸る。
生じたのは莫大な閃光と衝撃。
外にまで届く程のそれが、ティアナの視界を白に染めた。
Next「久しぶりですね」
後書き
どうもお久しぶりです、ツルギです。どうこう言っているうちに四月です。
なんだかどんどん月一ペースになってる気がする……うう、テンション上げたい。
遊戯王5D'sが終わったのに何か深いものを感じてます。
とあるのアニメが終わり、ISが終わり、まどかもスタードライバー終わる。
来期のアニメは何を見ましょうかねえ……
そして今回。どうしてこうなったしリターンズ。
ガジェットV型が魔改造すぎる……動力がアレなので内部弄ったらこうなるんじゃねとかやったら何コレ状態に。
キャロもキャロで妙な方向にスキルアップしている気がする。
そして今回は一度も出てこなかった主役二人。ほんとどうしてこうなったし。
あと、戦闘って難しいと再実感。
書きだすと止まらない上に読みにくい点が多々あり……まだまだ精進が必要だと認識。三人称にはまだ慣れないw
それではまた次回に―――