―――五月一三日。

  機動六課の設立から二週間が経過していた。

  今の生活にもそれなりに慣れてきた四人は相変わらず訓練漬けの日々を送っている。

  二十四時間勤務で朝から晩までリーゼ姉妹の特訓メニューをこなし続けて―――適度な食事と睡眠、休憩以外は休みが無い。

  それでもめげずに頑張る事が出来るのは四人の中にヒーラーがいるからか、それともバックアップが充実しているからか……

  なんにせよ、四人は今日も訓練に励んでいた。




 「こ、っのお!!」

 「おっと」




  キャロによって速度を強化されたスバルの右拳が勢いよく繰り出される。

  だがアリアが軽くステップを踏んだだけでそれは避けられた。

  拳を振り抜いたままのスバルを狙い、空中で待機していたアリアの追尾型魔力弾が放たれる。

  だが届かない。

  放たれたアリアの魔力弾に、全く別の方向から放たれた魔力弾が衝突したからだ。

  元々大した力も込めていないアリアの魔力弾は衝突した魔力弾と共に爆発四散する。

  その爆煙を利用して、スバルはアリアから距離を取っていた。




 「流石にそう易々と一撃を入れさせてはくれないか……」

 『まあ、実力者だって事は知ってたけどさ。四人がかりでこうだと嫌でも差を感じるわね』

 「……今の弾を撃ち落としたティアも凄いと思うんだけどなー」




  弾丸回避訓練―――シュートイベーション。

  その内容は、通常では処理や回避が難しい自動追尾弾、思念操作弾への対応を身に付けるための訓練だ。

  『一定時間の完全回避』か『操作主への一撃』がクリア条件となっており、スバル達が実行しているのは後者である。

  この訓練を行うより前にも特訓をしており、疲れている状態で避け切れるとは考えられない……と弱音を吐くつもりは四人にはない。

  ただ分かっているのは、実力の差だ。

  魔法に関わり、それを研鑚し、鍛え上げた年月。積み上げられた経験の違い。

  その重みをスバルとティアナは良く知っている。

  だからこそ噛みつく方を選んだのだ。

  猫に追いかけ回される鼠ではなく、窮鼠を選択した。




 『―――よしっ、一発仕掛けるわよ。エリオ、キャロ!!』

 『分かりました!』

 『了解です!』




  ティアナの指示が飛び、それに従って離れた場所にいるエリオとキャロが動き出した。

  もちろんスバル自身もじっとしている訳ではない。きちんと割り当てられた役目がある。

  そのためにも今は小さな同僚二人のフォローに回らなければならない。

  二人の下へと向かおうと自作のローラーデバイスの出力を上げ―――

  途端にギシリ、と。

  嫌な音が耳に入った。




 「……そろそろパーツの交換時かなあ」

 『私達のデバイス、自作なだけあって支給品に比べると耐久性低いしね……』




  支給品のデバイスは性能よりも安全性と強度を重視されている。量産型には良くある事で、コスト削減のためでもある。

  それに比べて、自作のデバイスはそういった物に比べると耐久度が低くなる。

  ある程度の知識と資金さえあれば、それに掛かる資格などは除外するとデバイス自体は作る事ができる。

  だが、ただパーツを組み合わせただけで、専門の深い知識も無しに組んだだけの物では限界があった。

  使用中にデバイスの調子が悪くなるという事態は別に初めてではない。訓練校時代でも何度か経験している。

  だからその怖さも理解していた。

  手入れもしっかりとしておかなければ、有事の時に不調でも起こしてしまうと痛い目を見る事になる。

  そんな事態だけは嫌だなあ、とスバルは思いながら、なるべくローラーデバイスに負担を掛けないようにして二人の下へと急いだ。




















  始まりの理由〜the true magic〜
        Stage.10「今、改めて実感しました」




















  機動六課、駐車場。

  はやてとフェイトは一台の車に乗り込んでいた。

  地球で言うところのスポーツカーを思わせるような車体で、カラーリングは黒。

  燃料駆動であり、水と微量の化学触媒を組み合わせた燃料によって内燃機関が稼働している。

  排気は微量の触媒煙を含むだけの水蒸気が排出されるだけで、環境に対して非常にクリーンな仕様だ。

  ここまでくると地球ならばかなり高価な車になるのだが、車の車種はともかくエンジンはミッドの交通機関共通である。

  そういった点を比べると文化の違いが一目瞭然だ、とこの車を見た陣耶は零していた。




 「毎度の如く思うけど、この車って凄い値が張ったんちゃう?」

 「まあ、ミッドでも人気メーカーの車だしね。それなりには」

 「ぐわーっ、こんなところでも給料やら待遇やらの差を見たっ。部隊長よっか待遇の良い部隊員ってなんやねん!」




  うちはこんなカッコいい車買えへんのにー、と割と余裕のある悩みを叫ぶはやて。

  そこはどれだけ趣味に資金を使っているかの差なのだが、それにはやては気付かない。

  元々休日の日数が極端に少ない二人だが、遊び倒すはやてとお菓子作りと保護した子供の相手に精を出すフェイトでは違いがあり過ぎた。




 「あはは……それで、はやては教会の方だったよね」

 「うん、カリムと会談。戻るのは夕方くらいになると思う」




  フェイトとはやてはこれから車を使って六番ポートへ向かう。

  より正確に言うならばフェイトは六番ポート、はやては聖王教会本部へ、だ。

  目的地の行き先としては丁度同じ方向にあるので、フェイトははやてを送る事になった。




 「カリムさんって……聖王教会騎士団の魔導騎士で、本局の理事官だったよね」

 「そんでもって陣耶くん直属の上司。六課最大の後ろ盾でもあるなー」

 「私はお会いした事がないんだけど、どんな人なの?」




  そう言われて、はやての動きがピタリと止まる。

  急に挙動停止したはやてを何事かと見るが、はやての脳裏にはある光景が再生されていた。

  そうして少しの間考えて、形容し難い表情を浮かべながら一言。




 「あー、なんていうか……なあ。癖の強い人やね」

 「……はやてが言うならよっぽどだろうね」

 「どーゆー意味やそれっ!」




  どうもこうもそのままの意味で、癖の強い人物が癖が強いと言うのだから、それは結構なレベルなのだろう。

  フェイトもごくたまに陣耶から愚痴を聞いたりするのだが、碌な事を言っていた例が無かったように思う。




 「うちはプライベートで顔を合わせる事は少なかったから詳しくは知らんけど、陣耶くん曰く悲惨だったらしいで」

 「そんなに?」

 「夏の話らしいけど、安物件のアパートで窓全開扇風機フル回転。Yシャツ一枚でアイスバーを咥えながらゴロゴロとゲームしてたんやって」

 「……それは、また凄いね」

 「やろ? うちでもそこまで酷い光景は見た事ないなあ……」




  はやては車の助手席の方へと乗り込みながら溜息を吐く。

  陣耶から聞いたカリムのそれはもはや廃人ゲーマーというか引きこもり一歩手前の困ったちゃんでしかなかった。

  しかも、そんな自堕落を自他共に認めているのにあの地位にいられるのだという。確実に人選を間違っているとは本人の談だ。

  確かに一緒にいて楽しいし頼もしい人物である事に違いはないのだが……確かに致命的な何かが間違っている。




 「この場合どう言えばいいのやら……」

 「変に取り繕う事もないと思うよ。カリム自身も遠慮されたりするのは嫌いやし」

 「でも私の中にも遠慮と立場って言うものがあってね」

 「そらある程度は仕方ないわな。どっかで折り合い付けなしゃあないわ」




  フェイトも運転席へと乗り込んでシートベルトを着ける。

  はやてもシートベルトを着けたのを確認すると、指先で軽くボタンに触れてエンジンを作動させた。

  地球の車と比べると遥かに静音である音が響き始める。

  はやては各計器の調子を確かめるフェイトを見ながら、




 「てか、そーいった場面にフツーに遭遇する陣耶くんっていったい何やねんって話になるんやけど」

 「すっごく話が飛躍したね」

 「何なんあのギャルゲー主人公宜しくみたいなエンカウント率。アレか、うちらは攻略対象のヒロインか」

 「あはは……私には分からないや」




  フェイトは、ヒロインという単語はともかくギャルゲーという物に対しての知識はあまりない。

  そういった物に対して全く興味が無かったと言えば嘘になるが、それでも積極的に手を出そうとも思わなかった。

  どういった物なのか、程度ならともかくギャルゲー主人公なるそれなりに深い場所にありそうな単語にはついて行けない。

  故に、フェイトが考えたのはちょっとズレた事だった。




 「……カリムさんって、私達の幾つ年上だっけ」

 「おーい、ツッコムところはそこかーい。今の世の中じゃ歳の差なんてあんまり気にする人はいーひんよー」

 「いや、流石にあり過ぎると問題じゃないのかな」

 「何を言う。桃子さんやリンディさんなんてもーええ歳してんのにあのパーフェクトボディーやで……世の中何かが理不尽やと思わへん?」

 「えっと……ノーコメントで」




  言っている間にも車は動き出す。

  目的地は聖王教会本部、及び六番ポート。

  フェイトは車のギアを変えてアクセルを踏み込んだ。




















                    ◇ ◇ ◇




















  ―――機動六課、シャワールーム。

  寮に備え付けられたシャワーは現在、その役目を存分に果たしていた。

  蛇口からは熱湯を水流の勢いのままに吐き出して年頃の少女達の肢体を艶やかに濡らしている。

  度重なる訓練でトレーニングウェアはおろか、身体も埃や土でどろどろになっていた。

  シュートイベーションを終えた四人は一度それらを洗い流してからロビーに集合という事になっている。




 「アリア教導官、強かったねえ」

 「なのはさん達二人みたいにまず魔力差で圧倒されるんじゃなくって、単純に技術と経験で負けていたわね……学ぶ事は多いわ」

 「まさか四人同時にリタイアさせてくるとは思いませんでした……」




  先程のシュートイベーションの結果は四人の惨敗に終わった。それも四人同時に敵弾ヒットという、見るも無残な敗北である。

  近距離にいた前衛役であるスバルとエリオの二人はともかく、後衛役として離れていたティアナとキャロにもヒットさせたのだ。

  本人が言うには『事前に待機させていたスフィアを最適のタイミングで撃っただけ』らしいのだが、言葉で言うほど簡単な事でもない。

  この訓練において教導側が使用できるのは、最低限の移動と防御を除けば自動追尾型及び思念誘導型の魔力弾のみである。

  バインドや目眩ましなどの補助手段が使えない以上、離れた位置にいる四人に同時ヒットさせるのには相当の技量を必要とする。




 「皇さんって一時期はあのお二方の教導を受けていたんですよね。道理で強い筈ですよ」

 「そうねー。あそこまで上手い二人に鍛えてもらったのなら納得だわ」

 「じゃあさ、私達もいつかあそこまで強くなれるのかな」

 「努力次第でしょ。まあ元々のスペック差があるからどうしても同じとはいかないだろうけど……」

 「いやいや、まだまだ上を目指せるってだけでもじゅーぶんやる気が湧いてくるっ」




  漲るやる気をそのままに身体を洗う手に力を込める。

  ガーッ、と見る見る間にスバルの身体が泡に包まれていく。

  キャロも負けじと身体をゴシゴシと擦り始めるが、中々スバルのように泡立ちはしない。




 「む、むむむ……負けませんっ」

 「あはははー、もっと泡立てちゃうもんねー」

 「……あんたら、肌が傷ついても知らないわよ」




  あまり擦り過ぎると肌が荒れてしまうのでティアナはそういった事には全くのらない。

  ティアナの忠告を無視して二人は徐々にヒートアップしていくのだが、そこまで付き合ってやる義理はなかった。

  そもそもシャワーが終わった後にはロビーに集合するように言われているのだ。

  お遊びも過ぎると後で何を言われるか分かったものではない。




 「じゃあ私は先に上がってるから、あんた達もとっとと来なさいよー」

 『はーい』




  ホントに来るのだろうかと思いながら、ティアナは掛けておいたタオルを回収してシャワールームを後にする。




  そのまま更衣室に入って考えるのは、先程の訓練について。




  ものの見事に四人同時撃墜をやってのけたリーゼアリア―――彼女は『最適のタイミングで撃っただけ』と言っていた。

  なのはや陣耶、六課の隊長陣のように膨大な魔力がある訳ではない。

  何か特別なスキルがある訳でも、デバイスや仕掛けを使った訳でもない。

  ただ単に、上手かったのだ。

  放たれた四発の魔力弾は完全に意識の外側から飛んできた物だった。

  本命から対象の目を逸らし、囮へと引きつけ、確実に必殺の一撃を撃ちこむ。

  それを四人相手に難無くやってのけるその技量に、ティアナは素直に感服していた。




 (私は、高ランク保持者やフォワードの他の三人のように大きな魔力を持ってはいない。潜在的にも、能力がどこまでついて行けるのか……)




  それが、ティアナの胸中に渦巻く不安だ。

  確かに魔力は大きいに越したことはない。

  一〇の中の一を使うのと一〇〇の中の一を使うのとでは燃費の差が歴然だ。

  また一度に消費する魔力の量でも効果の質に差が出てくる。

  だが自分はそれほど大きい魔力を持ってはいない。

  そんな自分が高ランク者と対等に渡り合うには―――




 (なら私はそれ以外の何かを突き詰める。私が活かせる、何かを)




  それが何なのか、今のティアナには分からない。

  だがそれを何とかして探し出さなければならない。

  そうでなければ、いずれは他の三人に引き離されてしまって……一人だけ置いてけぼりを喰らうだろう。

  そうならないためにも今を必死でやっていくしかないのだ。




 「―――お兄ちゃん」




  抱く夢は、自分一人だけの物ではないのだから。




















                    ◇ ◇ ◇




















  皇陣耶はダレていた。




 「うだあー……、かったりぃー……」

 「またかよ」

 「廃スペックなせいで老化まで早くなったか」




  講義用の教室に備え付けてある机に身体ごとうつ伏せている。

  手足もだらしなく投げ出されていて見るからにみっともない。

  武本や松田が軽く叩いたりしても基本的に無反応というのは流石に様子がおかしい。

  とはいえ、これでも随分とマシになった方なのだ。

  少し前から血色が悪く、声を掛けてもどこか上の空な日々が続いていた。

  貧血が酷いと本人は言っているが、急にそこまで酷くなる貧血など二人は聞いた事がない。




 「なー陣。ちょっと頭がパーになっていても授業を受けにくるその根性はまあどうでも良いが、それで身体壊したら本末転倒じゃね」

 「うっせー……ただでさえどこで授業落とすか分かったもんじゃねえから無駄に休める暇がねえんだよ」




  陣耶となのはは機動六課に協力中の身だ。

  基本的に要請さえなければ日常を過ごすのだが、肝心の要請がいつやってくるかなど分かる筈もない。

  予め予定されていた行事に駆り出される事もあれば突然の事態に急行する事にもなるだろう。

  端的に言ってしまえば常時待機状態なのだ。

  あちらもこちら側の事情はそれなりに考慮してくれると言っていたが……どうにもならない事態というのはどうしても存在する。




 「不慮の事故や病気にまで気を配ってどうすんだ……まあ、無理が祟って休んでくれると俺があの三人と色々できるチャンスがだな」

 「ないな」

 「ないわ」

 「速攻即答大否定! 脊髄反射で答えやがったな!?」




  陣耶の不調の原因は言うまでもなくすずかである。

  つい先日まで、陣耶は一週間ほどすずかに血を提供してきた。

  徐々にコントロールが効くようになったのか最初の時のように気絶する事は無くなったが、大量の血を消費している事に変わりは無い。

  今のところは月村家から輸血パックを提供してもらって事無きを得ているが……それもどこまで続くか分からない。

  ここで陣耶は『輸血パックがあるのなら何故自分から血を貰うのか』という疑問を抱くのだが、特に深くは考えなかった。

  夜の一族には自身の与り知らぬ事情が色々とあるのだろうという先入観がそうさせているのだが陣耶自身その事に気付かない。




 「ったく、そろそろ授業が始まるぞ。お前がちゃんとしてねえと知り合いだからって巻き込まれるのはこっちなんだからな」

 「おーう、善処する……」




  しかし、いくら頑張ったところで立て続けに血を吸われ続けていれば普通よりも頑丈な身体をしている陣耶でも身が持たない。

  先日からあちらもマシになってきたのか、血を吸われるイベントがバッタリと途絶えたのが唯一の救いか。

  おそらく同じ事を経験しているであろう恭也に話を聞こうにも、肝心の本人は今や外国の空の下。

  帰国する時など分かりもしない今、頼れる綱が少なすぎる。

  最悪の場合は月村家両親に話を聞こうとも思っているが……




 「あー、めんどいなあ……」




  ガヤガヤと騒がしい教室の中で陣耶は物憂い気な溜息を漏らした。




















                    ◇ ◇ ◇




















  ―――ミッドチルダ北部、ベルカ自治領にある聖王教会大聖堂。

  カリム・グラシアはとある一室で机に向かい、盛大に悲鳴を上げていた。




 「て、手がーっ! つったつった手がつりましたーっ!?」




  突如として襲ってきたアクシデントにテンパって悲鳴を上げている間に、その右手から判子がポトリと落ちた。

  筋肉が痙攣して変な形で固まっている右手の手首を左手で掴むが、所詮気休めにしかならない。

  襲ってくる痛みが和らぐ事はなく、カリムは涙目になって机の惨状を恨めしく眺める。

  少しばかり凝った造りをしている木製の机の上には所狭しと書類の山が築かれていた。

  枚数にして一一四五枚。

  なんでこんなに溜まっているんだと言い捨てて逃げ出したくなる量だった。

  書類の山は『この程度まだ序の口だぜ』と言わんばかりに堂々とカリムの眼前にそびえ立っている。

  その立ち姿からは手のつったカリムに対する労いや情けなどは一切見て取れなかった。




 「う、ううぅ……今、改めて実感しました。人をダメにするのは間違いなく仕事だと……!」




  ダメ人間を地で行くような人間であるカリムが口にすると社会人の八割は敵に回しそうな台詞である。

  割と本気な畏怖を感じながらこれ以上はもう嫌だと自分の秘書に通信を入れる。

  指先で軽くデバイスを操作すると空間に通信用のパネルが開かれた。

  そこに一際大きい画面があり、通信相手であるシャッハ・ヌエラが半透明な映像で表示される。




 「シャッハー、私はもう限界。右手がつってしまって判子が持てないの……」

 『何を言っているんです、判子なら左手でも持てるでしょう。見たところまだ七割は残っていそうですが……』

 「もう六六六枚も判子を押したんだから今日は終わりという事で一つ―――!」

 『何が『という事で一つ―――!』ですかっ! 貴方は普段から自分に対して妥協ばかりしているでしょうっ!!』




  既にシャッハは情けないカリムに対してお叱りモードに入っていた。

  こうなるともはや手に負えないというのは長年の経験から嫌と言うほどに理解している。

  しかし、だからといってそこですごすごと引き下がるような物分かりの良い性格はしていない。

  少しでも勝機を見出すため、諦めずにシャッハに食い下がる。




 「普段より頑張ったわよ私!」

 『その普段の基準が低すぎるんですよ貴方は。たかだか六六六枚の判子押し程度で根を上げないでくださいッ!!』

 「たかだかとか言った! そう言うならシャッハは何枚やった事あるの!」




  その問いかけにシャッハの言葉が途切れた。

  シャッハはカリムの秘書とはいえ、基本的には前線組だ。

  上に立つ人物としてある程度の仕事は要求されるだろうが、それでも将校クラスである自分程の量ではない筈。

  直感的にそう推察したカリムはここぞとばかりに仕事の苦労をぶちまけようとして―――




 『四〇〇〇枚ですが、何か』




  結果的に、言葉を腹の奥底にまで呑み込む事になった。

  今自分が処理している書類の総量の二倍近くはやった、という宣言にカリムの苦労話は音を立てて崩れ落ちる。

  唯一逆転できそうだった手を完膚なきまでに叩き潰されてフリーズするカリム。

  考えられたのは、一つだけ。




 「―――前線組である筈の貴方が四〇〇〇枚って、どんだけ……」

 『ご自分の胸に問いかけてみてはどうでしょうか』




  涼しい顔で振り降ろされた死神の鎌にカリムが豪快に机へと撃沈した。

  反論する材料も気力も今ので完全燃焼してしまい、反抗するにもガス欠である。

  もう素直に諦めるしかないのだろうか……そんな弱い考えが浮かび、首を指し出そうとしたその時だった。

  別の司祭からカリム当てに通信が送られてきたのは。




 『騎士カリム、宜しいでしょうか』

 「うぅ、何ですか……?」




  映っていたのは若い男性の司祭だった。どこから見てもやる気0で活力の見受けられない上司の姿に苦笑を洩らしている。

  こんな光景ですら日常茶飯事なのか、取りたて反応する事はない。

  そして司祭は、聞く気力が全くないカリムにできるだけ簡潔に用件を述べた。

  曰く、




 『騎士はやてがいらっしゃいました』




  その一言を聞いた瞬間、机にしな垂れかかっていた身体が一気にピンと伸びて表情に眩い活力が戻った。

  明らかにオーバーリアクションな挙動に通信を送ってきた司祭はおろか、シャッハも軽く引いてしまう。

  そんな事にはお構いなしに、カリムは通信を送ってきた司祭が移る通信パネルにずずいと顔を寄せた。




 「こちらにお通しして、今すぐにッ!」

 『え、あ……』




  つい一瞬前までの状態から一八〇度反転したカリムのテンションについて行けず、司祭が軽く返事に詰まる。

  それすらじれったいのか、カリムはその場で地団太でも踏みそうな勢いでまくし立てた。




 「い・ま・す・ぐ・にッ!!」

 『承知しましたッ!!』




  反射的なのだろうか、男性は敬礼をするとすぐに通信パネルは空間から消えた。

  それを気持ちの良い笑顔で見届けたカリムは、そのままの表情でゆっくりと―――余裕すら浮かべてシャッハに向き直る。

  シャッハは、これからカリムの口から飛び出てくるであろうセリフに予想が付いて微妙な表情になっていた。

  カリムは満面の笑顔でこう告げる。




 「それじゃあ―――そういう事だから、紅茶とクッキーを二人分お願いね」

 『予想通りの台詞をどうも! 仕事はどうする気なんですか貴方は!』

 「やーねー、ちゃんと後でやるわよ」

 『その言葉が信用ならないといつも言っているんです!』

 「じゃあ確かにお願いしたわよ」

 『あ、ちょ、話はまだ―――!!』




  ブツン、と極めて電子的な音と共に画面が消え去った。

  それから何かをやり遂げた表情で暫く虚空を眺め―――




 「ふ、ふふふうふふー、仕事免除な上にティーターイムーっ」




  ヤフー、と語尾に音符マークでも付いていそうな勢いではしゃぐ管理局理事長。嬉しさのあまりに小躍りまで始めて喜びを全身で表現している。

  やって来たはやてとは元々、今日の昼過ぎ辺りに会談の場を設けていた。

  本来ならばもう少し後の予定だったのだが、思いの外はやてが時間よりも早く訪ねて来たのである。

  お客様―――それも聖王教会の上客を無碍には扱えない。

  決して自分が仕事を休む口実を見つけたからとか、労せずして美味しいお茶やクッキーにありつけるとか、そんな理由では決してない。

  そんな誰も聞いていないであろう言い訳を自分に言い聞かせつつ、机の上にこれでもかと積まれた書類をそそくさと除けていく。




 「む、話を飛躍させてこれをはやてに手伝ってもらうというのはどうかしら。いやもっとカッ飛んで全部やってもらうというのは……っ!」

 「口に出して聞かれている時点でもうダメやと思うけどなー」




  ビクンッ、とカリムの身体が強張った。

  気分が盛り上がっていたところに一気に冷や水を浴びせられたように身体が硬直する。

  机の上からどけようと思って手に持っていた書類などはバサバサと無残に下へと落ちた。

  落ちた書類に目も向けずじっくり三秒程固まってから、そのままの体勢でゆっくりと首を後ろへ回す。

  八神はやてが、扉に寄り掛かってそこに居た。




 「なんや前もこんな登場の仕方したような気がするわ」

 「い、いつから……?」

 「んー、カリムが『仕事免除な上にティーターイムーっ』ってはしゃいでいた辺りから」

 「……仕事早すぎですよ、司祭」




  一分も経っていないというのに、やって来たお客様を息一つ切らさせずにどうやって案内したというのだろうか。

  結構優秀な人材なのかもしれない……

  今度シャッハ辺りに斡旋しておこうと考えてから、カリムは改めて散らばっている書類に目を向ける。

  それからもう一度はやてに向き直って、歓迎の言葉を口にした。




 「えっと……とりあえず、コレをどかすのを手伝ってくれると嬉しいかなー……とか」




















                    ◇ ◇ ◇




















  フォワードの四人は技術室に集められていた。

  素人では見るだけで何の機械かは全く判別のつかない物がこれでもかと溢れている。

  デスクだけに留まらず壁や天井にも何かしらのモニタが設置されており、様々な計器が設置されている機動六課の技術室。

  そこに入ってある物を見せられるなり、スバルは感嘆の声を上げていた。




 「ほわあ〜」

 「これが……」




  隣りに並び立っているティアナも感嘆の意を隠せずにいる。

  二人の目の前にあるのは二つの物体だ。

  一つは掌に収まる程の大きさを持った蒼いクリスタルだ。紐が通されており、長さからしてネックレスとして身に付けられるらしい。

  一つは少し大きめのカードだ。四隅の角をカットされた形であり、中央に赤いラインとコアと思わしき物が見て取れる。

  目の前で浮かぶそれは二人のためだけに用意された、この世にただ一つの支給品である。

  それを見つめて、ティアナは噛み締めるようにして支給品の名前を口にした。




 「これが、私達の新デバイス……」




  蒼いクリスタルがスバルのために用意されたデバイス、マッハキャリバー。

  白いカードがティアのために用意されたデバイス、クロスミラージュ。

  この先を戦う二人のために作り出された二機のインテリジェントデバイスである。

  そこで、やや唖然とした様子で二機を眺める二人の反応を後ろで満足そうに見ていたシャーリーが手を挙げた。




 「そうでーす。設計主任は私で、開発の協力にはフェイトさん、アイン隊長にツヴァイ曹長」

 「はあ……」




  『若輩の新人のために一からデバイスを用意する』という異例の事態に頭がついて行っていないのか、ティアナは気の抜けた返事しかできない。

  スバルなど隣りで目を輝かせっぱなしで言葉が耳に入っているのかすら怪しい。

  そんな二人を余所に、シャーリーよりもう少し後ろで背を向けている二人がいた。

  機動六課年少組のエリオとキャロである。

  と言っても、何も『自分達にはデバイスの支給が無いのかー』とむくれて目を背けているのではない。

  その方向に二人のデバイスがあるからだ。

  しかし、それを見てエリオは純粋な疑問を口にする。




 「あれ……僕達のデバイスは変わった箇所も見受けられないけど―――そのままのかな?」

 「そう、なのかな?」




  二人のデバイスは新たに支給された訳ではなかった。

  既存のデバイスを一旦回収されてからやって来た四人だが、エリオとキャロだけはデバイスが何にも変わっていなかった。

  スバルとティアナのデバイスを見ていただけに少し拍子抜けしている二人である。

  そんな二人の反応を見て一人の上司が降ってきた。




 「変化ナシは外見だけなのですよー?」

 「あ、ツヴァイさん」

 「はい。みんなのちっちゃな上司、リインフォース・ツヴァイなのですよ」




  年齢で言えば本当の意味で機動六課最年少であるリインフォース・ツヴァイは二人の頭の上に降って来た。

  くるくると二人の頭上を飛び回るちっちゃな上司は、外見だけ変化ナシのデバイスについて意気揚々と解説を始める。




 「二人は、機動六課に来るまでまともにデバイスを使った事がないですよね」

 「ええ……はい」

 「僕は予科訓練校、キャロは自然保護隊でしたし、そういう機会は全然……」

 「つまりはそういう事です。最初から全開だと変な癖が付きかねませんし、慣れてもらうために基礎フレームと最低限に機能だけだったんですよ」




  子供二人から『あれで最低限……?』とかなり衝撃を受けた呟きが漏れる。

  魔法発動の補助、循環機構による魔力運用の効率化及び安定化などなど―――

  初めてまともにデバイスに触れる二人からしてみるとかなり高性能だと思っていたのだが、本来のデバイスはもっと高性能であるらしい。

  ツヴァイは得意な調子で説明を続ける。




 「皆さんが扱う事になる四機は機動六課の前線メンバーやスタッフが技術の粋を集めて作り上げた、貴方達だけのデバイスです」

 「私達だけの、」

 「デバイス……」




  四人がそれぞれのデバイスに目を落とす。

  エリオとキャロのデバイスはともかく、スバルとティアナに至ってはどういう機構になっているのか想像もつかなかった。

  ただ分かるのは、技術の粋を集めたというからにはかなりの高性能だという事。

  もう一つは、この部隊にそれをやれるだけの予算や技術があるという事だ。




 (前から特例すぎるとは思っていたけど……今回のコレは明らかに行き過ぎていないかしら)




  諸々の解説を受けながら、ティアナは一人考える。

  四人だけとはいえ、個人用のデバイスを一から作り上げるのはかなりの予算や時間、労力を使うのだ。

  それをこうも簡単に目の前に出されると流石に戸惑うものがある。

  そしてそれ以上に、この部隊の特異性を浮き彫りにさせていた。




 (独立部隊の試験運用―――若い世代が集められているのはそういう理由だけど、本当にそれだけ?)




  小耳に挟んだだけなのだが、この機動六課の後継人も十分ぶっ飛んでいた。

  次元航行部隊所属の提督、クロノ・ハラオウン。

  時空管理局総務統括官のリンディ・ハラオウン。

  聖王教会に所属、時空管理局の理事官、陣耶の直属の上司、と肩書きも多い騎士のカリム・グラシア。

  各方面に大きな影響力を持っている面々が後継人に就いている以上、よっぽどの事がなければこの部隊には手が出せないだろう。

  それ以前に、いくら身内だからといってここまで実験的な部隊の後継人などに易々となるのだろうか。

  地球の友人である青年は、コネを最大限に利用して作った部隊だと言っていた。




  だが、本当にそれだけだろうか。




  ライトニング隊の隊長であるフェイト・T・ハラオウン―――その家族である二人の後継人は、コネというならまだ分かる。

  仮に『家族とその友人が心配だから後継人に』という理由だったとしても、まあ納得しておこう。

  最も不可解なのはカリム・グラシアだ。

  直属の部下である青年を協力者として送り込み、個人的交流があるらしいとはいえ後継人を買って出る。

  しかもカリム・グラシアは時空管理局に所属してはいるものの、本職は聖王教会の騎士だ。

  つまり、この部隊は管理局員の地位的後ろ盾だけでなく聖王教会という一つの大きな組織の後ろ盾まで持っている事になる。




 (ただの『試験運用の独立部隊』にここまでの用意が必要なの……?)




  それはない、とティアナは断じた。

  こういった実験部隊はリスクを最小限に抑えて運用を行うのが普通である。

  部隊を作るにも各方面への手続きやリスクとコストの計算など、やらなければならない事は多くある。

  規模が大きくなれば当然、それらの作業も増える。予算も掛かれば人員も使う。

  『ただの実験部隊』にしては規模が大きすぎるのだ。




 (……裏を返せば、その前提は『ただの実験部隊』でなければひっくり返ってしまう)




  ここまで大規模な部隊を用意する必要のある、『何か』があれば。

  その前提と共に、この特異性は全て妥当性に逆転してしまうだろう。




 (あるんだ、そうするだけの『何か』が)




  ティアナは、そう強く確信した。

  もちろん、これがただの妄想だというオチは十分にありうる。

  本当に知り合いだから、身内だからという理由で大物が後継人に就いているのかもしれない。

  ここまで大々的な部隊でどれだけのリスクを得られるのかという実験であるかもしれない。

  ただ、偶然にしては出来過ぎていた。

  違和感を払拭するには材料が足りない。

  それだけの事だった。




 (だから―――)

 「……ティアナ、聞いてますかー?」




  と、不意に意識の外から可愛らしい声が掛けられた。




 「へ?」

 「むう……感激していたのか思惟に耽っていたのかは知りませんが、お話をちゃんと聞いていないのは感心しませんよ」




  気付けば、ツヴァイがティアナの目の前に浮かんで頬を膨らませている。

  どうにも色々と考えていたせいで話を聞いていなかったらしい。

  他のフォワードの三人やシャーリーも、何かあったのかとティアナに視線を向けていた。

  どこか体調が悪いとでも思われたのだろうか、全員が大小の差はあれども心配しているのが分かる。




 「す、すみませんっ」

 「まったくもう……もし体調が悪いのなら遠慮せずにちゃんと言うのですよ? 人間、身体が資本なのですから」

 「はい、本当にすみませんでした」




  素直にティアナが謝ったので、ツヴァイも『宜しい』とそれ以上は追及しなかった。

  では改めて、と説明を中断していたツヴァイは満面の笑みを浮かべて解説を再開する。




 「では、少し細かい説明をしていきましょう。まずはスバルのインテリジェントデバイス、マッハキャリバーです」




  ツヴァイが空中を指差すと、シャーリーがそれに合わせてパネルと画像を投射する。

  映し出されたのは一組のローラーブーツだ。

  黒光りするメタリックなボディをしていて、足裏の部分には幾つものローラーが並んでいる。

  踵の部分には車の排気口を連想させる物が付いており、脚の付け根の部分にコアと思われる蒼いクリスタルが見えた。




 「基本的な扱いはスバルが自作したローラーブーツと変わりありません。魔力によって駆動し、スバルの意思で加速や停止を行います」

 「あ、だったら扱いに関してはそれほど変わらないんですね」

 「消費する魔力は増えちゃってますがね。それを差し引いても、魔法の記憶や発動の補助などの恩恵は大きいと思うのですよ」




  おお、とスバルは今までそういった恩恵を受けてなかったが故の些細な感激を感じる。

  スバルが自作したローラーデバイスはかなり簡易的な物であり、魔法の記憶や発動の補助すらも行う事は出来なかった。

  できる事といえば最低限のシステムとして組み込んだ魔力による駆動。使用者による加速や停止などの機能のみ。

  むしろ初めて自作したデバイスにしてはよく持ったと言いたい出来だった程だ。




 「更に、このマッハキャリバーはリボルバーナックルともシンクロしているです。収納や瞬間装着もお手の物なのですよ」

 「お、おお……!? という事はかなりコンパクトになって持ち運びが便利に!」

 「そーなのです! そういった装備品の収納機能も、見逃せない目玉機能ですよー? あとも一つ秘密の機能がありますが、それより次です」




  えー、もったいぶらないで教えて下さいよー、と不満の声を挙げるスバル。

  それを片手で制しながらツヴァイはシャーリーに更に指示を出す。

  彼女の手元のパネルが操作され、マッハキャリバーと入れ替わりに映し出されたのはティアナのデバイスだ。

  白を基調とした二兆の銃。銃身にはカードにもあったコアらしき物も見受けられる。




 「続いて、ティアナのインテリジェントデバイスであるクロスミラージュ。こちらも消費する魔力量以外は使用に支障はない筈です」




  そもそも、この二人のデバイスに関してはそれをコンセプトにして作られている。

  二人が自作したデバイスは一般的ではほとんど見ないような癖の強い物だ。

  そこに全く別の形のデバイスを渡されたとしても、それでは今まで培ってきた技術や経験を最大限に生かす事が出来ない。

  だから、一から作るにしても基本的な形はそのままに。

  そのために方々に手を回し様々なデータを入手し、六課でのトレーニングで更なるデータ収集をシャーリーが行っていた。




 「魔法の記憶や発動の補助はもちろん、ティアナのためにとっときの機能もあるのですよ」

 「とっとき、ですか」




  ティアナの返しにツヴァイは得意そうに胸を張り、




 「ええ。聞けば、ティアナは幻術系の魔法まで使えるそうですね?」

 「え……はい、齧る程度ですが」

 「色々と見せてもらいましたが、中々のものでした。このまま伸ばせばきっと立派な戦力になるという事で、そちらの補助機能もあるのです」




  幻術魔法はその性質上、使い手が少ない。

  使用中、術者は制御のために動く事はできない。更に消費する魔力もそれなりに大きい。

  本来は集団の中でこそ真価を発揮する魔法を個人レベルで実用可能にまで引き上げようとする者は稀である。

  それをわざわざサポートするための機能をそれ専門の物でなく普通のインテリジェントデバイスに付けるなど前代未聞だった。




 「ああ、もう、どこからツッコめばいいのか……」

 「気持ちは分からなくもないですが、時間も押しているのでとりあえず次ですー」




  続けて、また別の画像が投射された。

  表示された画像は槍だ。棒の先端に蒼いボディと刃が取りつけられている。

  見覚えのあるそのフォルムは、間違いなくエリオの持つストラーダのものだった。




 「ご存知の通りエリオのアームドデバイスであるストラーダですが……実はこれ、副隊長の二人のデバイスを参考にしているんですよ」

 「えっ、そんなの初耳ですけど」

 「それはそうです。たった今、初めて言ったんですから」




  何やら衝撃の事実を誇らしげに語られた。

  方々から協力を仰いだとは聞いてはいたが、まさか一級の最前線で活躍中のプロのデバイスにまで協力してもらっているとは。

  が、シャーリーはちゃんと最初に『フェイトのバルディッシュにも手伝ってもらった』と言ってある。

  開発に携わった当人達にしてみれば大した事ではないらしく、恐れ多くて恐々としているフォワード四人とは対照的だ。




 「この子は魔力による推進システムと魔法記憶、発動補助だけで渡していましたが、今回からは本格稼働に入るですよ」

 「具体的には新型バリアジャケットの展開システムとかだね。これは他の三機にも積んであるよ」

 「え? バリアジャケットって新型にアップデートされているんですか」

 「ふっふっふー、なにせみんなは最前線で活動する事になるからね。バックアップは万全にしておかなくちゃ」




  バリアジャケットは魔法に携わる者にとって極めて初歩的な魔法の一つである。陸戦、空戦、ランクを問わずに使用している者がほとんどだ。

  大抵は部署や所属によって統一されているものだが、例外的に独自の物を使用している者も居る。

  六課の隊長陣などその最たる例だろう。

  そして、これも魔法の一種であるからにはシステムの上に成り立っている。

  当然システムの組み方によってその効果は様々であり、耐久性や軽量性など違いも出てくる。

  海鳴出身組の場合、術者のイメージを元にデバイスが個人の資質に合わせて自動で調節していたのだが―――




 「では最後に、キャロのブーストデバイスであるケリュケイオンです」




  言葉と共にストラーダと入れ替わりで表示されたのは、宣言された通りにケリュケイオンだ。

  一組の黒いグローブで、手の甲の部分にはコアらしき桃色のスフィアがある。




 「こちらも、ストラーダと同じように今回から本格稼働です。ブーストデバイスはあまり使い手がいないのですが、キャロは慣れましたか?」

 「はい。召喚師にはブーストデバイスの使い手が多いと聞いていましたが、その意味は理解できました」

 「召喚師は自らが力を振るう事は得意としませんからね。取捨選択の過程でブーストデバイスを選択する方が多いのだと思うのですよ」




  召喚師はその技能自体が希少技能であり、今では使い手もそう多くない。

  その召喚師が好んで使っているデバイスがケリュケイオンのようなブーストデバイスだ。

  普通、召喚師は自らの使役獣を後方から指示、支援する事によって戦う魔導師である。

  それ故に自らが前線に出る事は少なく、もっぱら後方支援が召喚師の役目とも言えるだろう。

  そこでブーストデバイスだ。

  魔力の射出、射出魔力の制御に長けたこのデバイスは遠く離れた味方に補助魔法を届けるための物である。

  術者の傍を離れる事も多い使役獣をサポートするには適したデバイスなのだ。




 「とまあちょっと細かく解説してきましたが、これで一通りの説明は終了です」




  ツヴァイがポンッ、と軽く両手を叩くと表示されていた画像やパネルが全て閉じられた。

  同時に、台座におかれていた四機のデバイスが宙に浮かぶ。ツヴァイが簡単な浮遊魔法を使ったのだ。

  それは真っ直ぐと、各々の持ち主の下へとやってくる。

  四人は、それを手に取る。




 「この子達は、貴方達四人の助けとなるために生まれてきました」




  ツヴァイは四人の手に渡ったデバイスを我が子のように見つめながら、言葉を紡ぐ。

  まるで、自らを語るかのように。

  誇らしく、真っ直ぐに。




 「これは貴方達にとっての手であり脚であり、目であり耳であるのです。叶うなら、ありったけの愛情を以って使ってあげて下さい」




  そうして、ツヴァイは言葉を締めくくった。

  四人は、それぞれ手にしたデバイスへと目を落とす。

  わざわざ自分達のために作られた理由、小さな上司の言葉の意味。

  それらを踏まえて、手にしたデバイスを見つめる。




  見つめていた、その時。

  技術室に設置されていた全てのモニターが、赤く染まった。




 「なっ、」




  何が起こったのかを把握する暇もなく、次いでけたたましい警報音が機動六課全体に鳴り響く。

  非常事態を知らせるための赤いランプが全域で点灯し、景色を真っ赤に染め上げている。

  その紅に促されるように、その場にいた全員の視線が一番大きなモニターに吸い寄せられた。










  モニターには、一つの単語が表示されていた。

  『ALERT』

  第一級警戒態勢を知らせる、非常事態宣言だった。





















  Next「風のように……駆け抜けるッ!!」





















  後書き

  どうも、お久しぶりです。

  何とか卒業できたツルギです。投稿速度が落ちて申し訳ありません。しかしバイト……

  マイソロ3も発売され、Gジェネワールドも発売され、もうゲーム三昧です。金がないのでマイソロ3だけですが……

  ああ、早くクアンタを使いたい。

  しかし、ついこの前になのポ2にヴィヴィオとアインハルト、更にトーマが賛成決定とか載ってましたね。

  確実に新キャラの妹が一枚噛んでるんでしょうが……あの状況にトーマを放りこむと魔導殺しの一人勝ちになりゃしないでしょうか?

  む? けどこれは考え方を変えると陣耶も放りこめるという事では? いや、もっと飛躍して過去と未来の同一人物を引き合わせるとか?

  おお、考え出すと面白くなってきた。うひひ。

  10日には待ちに待った新約の第一巻。31日にはシェローティアの第三巻ともうフィーバーな三月です。

  けど執筆速度を上げないとなあ……誰か一日を四八時間に引きのばしてくれないかしらん?



  今回もありがたい拍手を頂いたので返信を。



  >絶対最後まで読みます、だから完結まで頑張ってください!


  NWかリリなのかどちらでしょうかw しかしこれはかなり嬉しかったです。

  NWはそろそろ佳境。リリなのなんてまだまだ序盤の序盤ですが……やっと四話終了ですかね。

  何にせよ、どれだけモチベが下がっても完結までは粘るつもりです。亀ですが、長い目で見て下さると嬉しいです。



  それではまた次回に―――





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