明朝、午前七時。

  春の暖かな日差しが閉じられたカーテンの隙間から部屋の中に射し込んでくる。

  空に雲一つ無い快晴の青空。適度な風もあって本日の天気は絶好調と言える。




  そんな四月もそろそろ終わりを迎える下旬頃、皇陣耶の朝は携帯のアラーム―――ではなく、普通に目覚ましのベルから始まった。




  ジリリリと目覚ましから発せられるけたたましい音が部屋中に響き渡る。

  フローリングな板張りの部屋の中に布団が一式敷いてあり、その中で陣耶は熟睡していた。

  目覚ましの音に目を覚まし布団の中でもぞもぞと動くが、それだけでは目覚ましは止まらない。

  たっぷりと五分間、もぞもぞと動く陣耶。その間も鳴り続ける目覚まし。

  いい加減に耐えかねたのか布団から右腕がにゅっと伸びた。

  そのまま腕を伸ばし、バンバンと辺りを適当に叩く。どうやら目覚ましを手探りで探しているらしい。

  その振り下ろされた腕が不意にプラスチック製の何かを直撃した。

  確かな感触を感じた陣耶はそれをむんずと掴んで布団の中に引き入れる。

  ……布団の中が酷く五月蠅くなった。

  すぐに目覚ましの音がぷっつりと途絶え、数秒後にはもぞもぞと陣耶がやっと起き上がる。




 「ぐぬぃ……朝か」

 『朝ですね。ぐっどいぶにんぐというやつです』

 「わざと間違えてんだろてめー」




  起きて早々にクラウソラスと軽口を叩きながら眠たい目を擦り、ぐぬぅと間抜けな声で現在の時刻を確かめる。

  時計は既に午前七時の一〇分を指していた。

  大学生である陣耶はそろそろ着替えて通学の準備をしなければならない。




 「あー、今日は何を受講するんだっけか……てゆーかアリサかすずか辺りからノート貰わにゃ」




  頭をガシガシと掻きながら今日の予定を頭の中で整理する。

  大体の予定を振り返って、朝ご飯は何だろうなーとぼんやりと思うと、リビングの方から声が聞こえてきた。

  陣耶より先に起きて朝食の支度をしていたトレイターだ。




 「朝餉の支度は出来ているぞー。不味い朝食を食べたくなければ食事がまだ温かい内に早く着替えてこい」

 「うーい」




  一言二言多い声に適当に返事を返しながら椅子に無造作に引っ掛けておいた着替え用のシャツに袖を通す。

  着替え終わるとまだ眠い目を擦りながらリビングへと顔を出した。

  皇家のリビングには長方形で四本足な小さめの木製テーブルが置いてある。椅子は無く、椅子の代わりに座布団を敷いて座わっている。

  思いっきり今時な洋風の部屋に和風な家具というのも中々にミスマッチである。




 『いつもながら早いですね、トレイター』

 「おはよーさん。今日のメニューは何ぞや?」

 「スタンダードにベーコンエッグとトーストだ。野菜が足りないなら昨日の残りを適当に……いつも通り牛乳で良いな?」

 「おーう、頼むわ」




  適当な座布団に座ってテーブルの上に置いてあるトーストを手にとってかぶりつく。

  塗ってあるのはバター……などという高級な物ではなくマーガリンだ。

  適度な塩味がマーガリンの香りと一緒に口の中に広がる。

  そこにトレイターが牛乳を注いだマグカップを持って来た。




 「今日は久々に稽古があるんで遅くなるわ」

 「ああ……そう言えばそんな事を以前にも言っていたな」

 『確か、海外に行くのでその前に一つ、と』

 「そーそー。忍さんと"仕事"でドイツに行くらしい。また誰かの警護でもやるのか、犯罪組織の摘発と殲滅にでも向かうのか……」




  何にせよ、一般で言うところのお仕事ではないわな、と適当な調子で陣耶は言う。




 「まあ暫くこっちを空ける羽目になるから、そのためだろ」

 「成程な……何とも良い師匠をやってくれているじゃないか。今度御中元でも送った方が良いんじゃないか?」

 「はいはい適当に家計を圧迫しようZEなんて言ってんじゃねーの。お礼をするべきって点には同意するがね」

 『そんな事をすればそこいらにお礼参りする羽目になりますが』




  トーストを食べ終わり、牛乳を一口飲んでから陣耶はベーコンエッグに手を付ける。

  トレイターも向かいに座って同じ朝食を食べ始めた。

  飲み物は陣耶と違いコーヒーである。

  砂糖もミルクも入っていないそのままの苦いコーヒーをトレイターは顔色一つ変えずに口に含む。




 「ところで、昨日はどうだった」

 「どうって、何が」

 「フォワードの新人たちと訓練をしたのだろう。一年ほど前から顔を見せているスバルとランスターもいるそうじゃないか」




  ああその事かと陣耶は昨日の出来事を思い返す。

  半ばなし崩し的に新人たちの訓練に混じって、これをクリア。その直後にリーゼ姉妹からの襲撃を喰らい、なんとか撃退。

  正確にはあれは撃退というより一区切りを付けただけなのだが……




 「まあ動きはかなり良かったと思う。ていうかちびっ子二人のハイスペックさには驚かされたわ」

 「ハイスペック筆頭が何を言う」

 「俺はちっこい頃から半ユニゾン状態で色々鍛えてたからいーの。つかホントのハイスペックてのはあの三人みたいなのを言うんだよ」




  あの三人、とは言うまでもなくなのは、フェイト、はやての三人である。

  フェイトとはやては機動六課隊長陣の中でも三人しかいないオーバーSランク保持者だ。

  なのはは公式でこそAAA+ランクで止まっているが、フェイトと拮抗するだけの力を持っている以上、実質的にオーバーSは確実だろう。

  陣耶自身の知人で言えばそこに更にトレイターとリインフォースも加わるのだが……この二人は元々そういう風に作られた存在である。

  はっきり言ってこの二人は主より遥かに強いのだが、一〇年前から変わらぬ信をそれぞれの主に置いている。

  そう考えると何とも奇妙な関係に陣耶は見えた。




 「さて……遅くなるなら夕食は私が作っておこう」

 「ああ、すまんね。長引かないように努力はするわ」

 「期待しないで待っておこう」




  ごちそうさま、と朝食を食べ終わった陣耶は食器を流し台へと突っ込む。

  時計を見れば既に針は午前七時三二分―――そろそろ、聖祥大学に行く時間だ。

  時間を確認した陣耶は部屋からノートや筆記用具の類を突っ込んである鞄を取って玄関に向かう。




 「それじゃ、俺はそろそろ出るわ。鍵よろしくなー」

 「自動で閉まるドアに宜しくも何もあったものじゃないと思うが……まあ、そういう油断が危ないからな。まかされた」




  陣耶は玄関に置いてある自分の運動靴に脚を突っ込み、爪先で地面を軽く叩いて踵を入れる。

  軽く足の感触を確かめると、扉を開いてトレイターに振り返った。

  そして、




 「そんじゃ、行ってくるなトレイター」

 『行ってまいります』

 「ああ、気を付けて行ってこい」




  皇陣耶の日常が、始まる。




















  始まりの理由〜the true magic〜
        Stage.07「そっち顔出すのも悪くないかね」




















  午前八時。

  聖祥大学からは少し離れた位置にあるコンビニエンスストア―――その前に三人の青年が集まっていた。

  三人は大学に通っている者、特に同年代の者達の間では結構有名な集団だ。




 「んでー? 結局お前は高町と何してたん」

 「なのはと一緒だったてのは確定なのかよ」

 「お前なあ……そら同じタイミングで休んでいたらいくらなんでも怪しいに決まってんだろ!

  さあ吐け、具体的にどんな羨ましい事をやってたかを赤裸々に吐きやがれえええええ!!」

 「……毎度叫ばんと気が済まんのかお前は」




  皇陣耶、武本圭、松田慶介。

  中学の頃からつるみ出した悪友であり、現在では大学の中でもトップクラスの美女達との知り合いという事で別の意味でも有名だ。

  今まではそういった嫉妬の対象は陣耶だけであったのだが、最近では武本や松田も時々被害を受けそうになる。




 「んでー? 結局お前は高町と何してたん」

 「会話がループしちゃいないか」

 「気のせいだ。とっとと白状すればエンドレスしなくて済むぞ」




  どっちだよ、と思いながらも陣耶は頭の中で言い訳を考える。

  どの道、なのはと行動を共にしていた事自体は隠し通せるものではないし、別段隠す必要性も陣耶には感じられない。

  が、かと言ってまさか正直に別世界で部隊の設立式に顔を出して訓練をしていました、などと言える筈もない。

  しかしこういった事態は決して初めてではない。中学生活の中でも何度か同じようにミッドチルダへ赴いた事はある。

  だからなのはともこういった事に対する対応は事前に打ち合わせを済ませているし、アリサとすずかにも口裏合わせは頼んである。




 「なのはの兄貴さんの仕事でちょっと遠くまでな。元々手伝う約束だったから前々から休みを取ってた」

 「何の手伝いだよ」

 「剣術をやっててな、そこに関連するお仕事だ。頭数合わせに頼まれた」

 「単位削ってまで? 眉唾ものですな……と言いたいが、試合の類か。てか試合が仕事って何だ」




  ……この言い訳は流石に無理があるらしい。

  が、そこは本人に言質を取れとでも言えばそれで済んでしまう。

  陣耶達本人は実際にこの街に居なかったのだから適当にそれらしい建前さえ用意してしまえば誤魔化しが効く。

  武本はともかく、松田としてはあまり興味が無かったのかそれ以上深く追求してくる気はなさそうだった。




 「みんな、おはよー」




  そこに全く別の方向から声が掛けられた。

  振り返れば、横断歩道の方向から見慣れた三人組がこちらに向かって歩いてくる。

  オレンジのショートヘアーに勝気な雰囲気が目立つアリサ。

  ゆったりとした服に栗色のサイドポニーを揺らすなのは。

  紫色のストレートヘアーが目を引くすずか。

  聖祥大学の中でも屈指の美人組であり、この三人と陣耶達は申し合わせるでもなく自然と一緒になって登校するようになっていた。




 「おはよーさん。今日も三人揃って仲の良い事で」

 「うん。そっちも朝からコンビニの前で溜まっちゃって……他の人の迷惑になってない?」

 「大丈夫、現代社会にそこまで度胸の有る奴はそうそう居ない」




  取りとめのない会話を交わしながら合流した六人は大学に向けて歩き出す。

  最近話題の領土問題から始まり、あの芸人はあーだとこのアーティストはどーだのありきたりな世間話で時間が過ぎていく。

  目的地である聖祥大学まであっという間だった。




 「さー、講義受けねーとなー。武本の一限目はjavaの実習だったか」

 「おう、お前と同じだ。分からんところはここぞとばかりに聞いてやる」

 「いや、便利屋みたいに扱っているが俺にだって分からんところぐらい普通にあるぞ? というか自力で解く努力から始めろよ」

 「結果が分かってるから聞くんだよ。他人から学ぶのも立派な勉学の方法じゃねえか」




  確かにそれも一理ある、と面倒なので陣耶は流す事にした。

  どちらにせよ教える事に変わりは無いのだかし、言及した所で何かがあるわけでもない。

  今日の抗議は何をやるんだったか……と思ったところで、ふと忘れていた事を思い出す。

  まだアリサとすずかの二人にとってもらった昨日のノートを受け取っていない。




 「そういやノートまだ貰ってなかったよな」

 「ああ、忘れてたわ」




  忘れていたのは向こうも同じなのか、言われてから鞄の中を適当に探して一冊のノートを引き抜く。

  同じようにすずかも鞄の中からノートを一冊取り出した。

  間違いなく陣耶となのはが二人に預けたノートだ。

  はい、とそれぞれのノートが手渡される。

  渡されたノートを適当にパラパラとめくると見慣れない項目が丁寧に、かつ分かりやすく纏められていた。

  おそらくは昨日の授業の内容だろう。

  陣耶は一通り目を通してからノートを閉じ、それを鞄の中に仕舞う。




 「あんがとさん。お駄賃はいつも通り焼きそばパンで?」

 「たまにはコロッケパンが良いわねー」

 「うーい、了解」




  要求されるのは焼きそばパンだとばかり思っていた陣耶はコロッケパンとの値段の違いを頭に思い浮かべながら教室に進路を向ける。

  その後ろから、




 「それじゃあ、また後でねー」

 「おーう」




  生返事を返しつつ、陣耶は武本と教室に向かった。




















                    ◇ ◇ ◇




















  同じ頃、ミッドチルダ中央区画の湾岸部。

  そろそろ道路が車で込み合ってきたこの時間帯で、海岸線沿いの整備された道を四つの人影がひたすら走っていた。

  白いシャツに青いジーパンといったトレーニングウェアを着込んだ四人は機動六課フォワード部隊の新人組だ。

  早朝からトレーニングの一環としてランニングを行っているのだが、足を動かす四人には明らかな差が目に見えていた。




  スバルは少し汗を掻いているが、その程度だ。表情にはまだまだ余裕が見て取れる。

  ティアナも少し息が乱れているもののまだ余裕がある。足を動かす様はまだ軽快だ。

  エリオは大分息が上がり始めている。足を動かすペースも徐々に下がり始めていた。

  キャロはもう既に一杯一杯だ。息も上がり、他の三人について行くのがやっとである。

  その傍らを小さな白い使役竜のフリードが励ましながら飛んでいた。




  単純に基礎と土台の差が表れている。

  スバルとティアナは元々所属していたのが訓練校だ。当然それなりの訓練と実習を積んでおり、基礎もそれだけしっかりしている。

  エリオも短期予科訓練校で短い間ではあるが訓練を受けている。

  スバルやティアナほどではないが、それでも一般の同年代の子供よりはよほど基礎がしっかりとしていた。

  だがそれに比べてキャロはまともな訓練など受けてはいない。

  自身の”力”の制御法は必死で学んだものの、体力の方面に関しては全くと言って良いほど関心を持っていなかった。




  ゴールに辿り着く頃にはその差が顕著に表れていた。




  足を止めた四人は思い思いに身体を休める。

  軽く息を整えるだけの者も居れば大きく深呼吸をする者も居た。

  その中でも一番深く息を吸って吐いているのはやはりキャロだ。

  大きく息を切らせて足りない酸素を補充しようとひっきりなしに肺が動く。




 「ぜー、ぜー……と、都会って、厳しいですね」

 「だ、大丈夫ですかルシエさん?」

 「はいっ、まだまだ、へばってはいられません……!」




  エリオの気遣いにキャロはグッと握り拳を作って力強く応える。

  体力はイマイチでもガッツだけは一人前だった。伊達に自然の中で育ってきてはいないのかもしれない。

  大丈夫なんだろうかと心配そうなエリオを余所に、年上の二人はキャロの姿勢に対して素直に感心していた。

  まだ一〇歳だというのにここまでついてくるその心意気は二人から見ても見事なものである。




 「はーい、ランニングお疲れさん。キャロもこの中じゃあ一番体力無いのに頑張ったね」




  そこに軽快な声で労いの言葉が掛けられた。

  四人の訓練を受け持っているリーゼ姉妹の片割れ、リーゼ・ロッテの声だ。

  頭のネコミミと後ろから生やしている尻尾を振りながらアリア、シャーリーと共に四人の方へ歩いてくる。




 「いえ、皆さんに追いつけるようになるまではまだまだですっ」

 「あっはっは、その心意気は買ってあげるよ」




  だからといって容赦はしないけどねー、と半ば追撃じみた言葉を言ってからロッテは訓練の準備に取り掛かる。

  傍らのシャーリーは空間シミュレーターの設定を始め、パネルに手を奔らせる。

  まだ使用回数は一度だけだが万が一の事があっては堪らないのでチェックも念入りに行っておく。

  準備が整うまでは各自その場で自由待機を言い渡された四人はランニングで暖まった体を適度に伸ばす。




 「んー、今日は何をするんだろうねー」

 「昨日はひたすらターゲットアタックを夜までやらされましたよね……まさか、今日も?」




  エリオの言葉に一同は少しばかり苦い表情をした。

  思い起こされるのは昨日の訓練だ。陣耶となのはが帰った後もひたすらガジェット相手にターゲットアタックを繰り返した。

  適度な休憩と食事のための休みはあったものの、初日からかなりのハードっぷりである。




 「そんな顔しなくても良いよ。今日は別にひたすらガジェット相手にしろってわけじゃないから」




  と、そんなアリアの声が飛んできた。

  スバルとティアナはまずい、聞かれたか、と一瞬肩を硬くするものの別に何かを言われる訳でもないらしくついついホッとしてしまう。

  訓練校時代ならば嫌そうな顔をしたり文句を言ったりすればその場で訓練項目が追加されたのは二人の、たぶん良い思い出だ。




 「はーい、それじゃあ整列ー。今日の訓練内容を説明するよー」

 『はい!』




  ロッテの呼びかけに四人は即座に反応して目の前に横隊で整列する。




 「さて、今日の訓練はさっきも言ったようにガジェットを追っかける事じゃない。本日のお題は―――コレだっ!」

 「ステージ・オン!!」




  ロッテの指示と同時にシャーリーが昨日のようにパネルのボタンをタッチする。

  それに合わせて一本続きの道の先、空間シミュレーターが淡い光を発しながら起動した。

  レイヤーグリッドで再現されるのは昨日と同じく廃都市だ。

  ビルの内の一つは中ほどからへし折れ、一つは上方部分が砕け散っていたりする。

  立ち並ぶそれら全ては遠目から見ても分かるほどに見るも無残な姿であり―――




 「……何か、昨日よりも壊れっぷりが凄いですね?」




  キャロがフォワード一同の心中を代表して素直な感想を述べた。

  再現された目の前の空間は廃都市という言葉こそ昨日と同じなのだが、その廃れ具合が昨日とは全く違っている。

  昨日は所々に小さな損傷が見られたりはしたが、今目の前に広がる光景のように戦争の跡地のような状況ではなかった。

  目の前の廃墟と言っても差し支えない廃都市―――それが今回のフィールドらしい。




 「見ての通り今回の仮想ステージはもうお世辞にも廃都市とは言えないくらい無残にぶっ壊れちゃってる廃墟だよ」

 「それで肝心の訓練科目なんだけど……今日はタイムトライアルをやって貰おうかと思って」

 「……アレで、ですか?」

 「アレで」

 「……」




  ティアナは質問したままの体勢でそのまま視線だけを訓練場に移す。

  タイムトライアル―――目標を設定して達成するまで掛かった時間を競い合う、と言えば聞こえは良いが、問題は目の前の光景だ。

  トライアルを行うであろう仮想空間は廃墟同然のスクラップタウンであり、どんな種目にしろ相当に苦労しそうである。

  というか安全面の方は大丈夫なのだろうかと軽く疑問に思う。

  いくら再現された実物ではないとはいえ感触や重量、質感などはリアルに再現されている。

  ビルの一つでも崩れたなら、事によっては押し潰されそうな気がしてならない。




 「またそんな深刻そうな顔してー。見た目はボロッちいけど安全面は保障するよん? データで再現されてるからパラメータだって……」




  と、ロッテが向けた視線の向こうで廃墟の一角が鈍い音を立てて動いた。

  ズズゥ……、と轟音を轟かせて建っていたビルが崩れる。




 「―――あのー?」

 「大丈夫大丈夫。ちゃんとセーフティーシステムもあって万が一の時は緊急防壁が張られるから」

 「その万が一が困るんですよ!?」




  当然、ビルが倒壊したのはパラメータを弄って起こしたただのデモンストレーションである。

  まかり間違っても新人たちをそんな事故に巻き込む気は無いし、怪我をさせるつもりもロッテにはない。

  しかし―――




 「ふむ? 怖いってんなら崩れかけの基地施設にでもステージを変えようか」

 「どっちにしろ危ないじゃないですか!?」




  ただ単にロッテの酔狂が過ぎるのだ。

  妹がただ単に新人弄りをやっているだけという事には一体いつ気付くだろうと、アリアは溜息交じりに眺めていた。




















                    ◇ ◇ ◇




















  午後四時三〇分。

  陽が少し傾き始めるこの時間帯で、陣耶達は一通りの講義を終えて校門前に集まっていた。

  少し遅れたなのはが集団に加わると一同は申し合わせる事もなく足を動かし始める。




 「んで、やっぱ何か部活とかやるのか」

 「そーねー。できるだけ無理なく両立できそうなのがあれば良いんだけど」

 「俺もどーしよっかなー……バイトもあるからそれと重ならないような都合の良い部活とかやりたい」

 「あるわきゃねーだろ。んな都合の良いモン」




  この六人は大学に入ってからまだどんな部活をやるかが決まっていない。

  松田は部活には入らずバイトに集中するらしく、武本もそういった方向もありかと頭を悩ませている。

  今はまだこうやって六人で集まり一緒になって帰っているが、それもそろそろ終わりかもしれない。




 「アンタはどーすんのよ」

 「俺ねえ……調理系の部活があるみたいだからそっち顔出すのも悪くないかねとか考えてるんだが、んー」




  大学にも高校や中学と同じように部活動自体はある。

  所属のするしないは個人の自由だが、聖祥大学の大多数の生徒は部活動と勉学に精を出している。

  種類もそれなりにあり、今まで気ままに過ごしてきた陣耶からすればこの部活と決めるのは少々悩みどころだった。

  勿論、松田のようにバイトに精を出すという選択肢もある。

  だがそこまで考えて陣耶は、




 「……ま、少なくとも今年度一杯は多分やらんだろうな」




  そんな事を言った。




 「今年度とはまた具体的な数字だな。秘密でお付き合いしているコレとのために部活に鎌掛けてる暇は無いってか?」

 「ハイハイ、全くこれっぽっちも当たってないから勝手に言ってろ」




  右手の小指を立てながら良からぬ推測をしてくる松田に適当な返事を返しながら陣耶が思い浮かべるのは機動六課だ。

  はやてが設立した古代遺失物管理部"機動六課"。新設された部隊ではあるがこれは所謂実験部隊だ。

  一つの事件を徹底して追い掛ける命令系統が独立した部隊―――それがどれだけの効果を発揮するか、どれだけの成果が見こめるか。

  試験期間は一年間。その間は陣耶となのはにも何かと出勤要請が掛かるだろう。

  だからこその今年度。

  今年の四月から運転開始である機動六課は来年の四月下旬には解散する事が決まっている。

  それが済めば日常生活にも幾分か穏やかさが出てくるだろうが、逆に言えばそれまでは年中仕事と言っても過言ではないのだ。




 (まあ、この一年間でどこまで問題が解決できるかってのもあるんだが……目先の課題だけで溜息を吐きたくなる)




  機動六課設立の目的は捜索指定の古代遺失物―――ロストロギア・レリックの確保だ。

  陣耶となのはには四年前からこの一件に関わり始めており、この場には居ないフェイトとはやてもそうだ。

  それに関して何度か大きな事件が起こった事もあり、その対処のために設立されたのが機動六課だ。少なくとも、"表向き"は。




  レリックには少なくともガジェットを仕向けている何者かが居る。

  そしてその何者かと手を組んでいるであろうトレディア・グラーゼ。加えて、トレディアに雇われているケーニッヒ・アストラス。

  止めとばかりに闇の書の闇―――防衛プログラムの残骸。マテリアルと名乗る構成体。




  誰も彼もが一筋縄で済まされる連中ではない事実についつい陣耶は溜息を吐いてしまう。

  それぐらい陣耶は目の前の問題に辟易しているという事だ。

  そもそも問題の相手そのものが最悪なのだ。

  ロストロギアを収集する者に、古代ベルカの王の兵器を持ちだしてくる者。極めつけにはロストロギアそのものだ。

  これで「これぐらい問題ねーや」などと軽口が叩けるのならばそいつは世界最恐のホラーにでも挑戦してろと陣耶は思う。




 「はあ……何かそこら辺に小銭とか落ちてないだろうか」




  まあそんな事はそうそうないか、と陣耶が街の一角に目を向けたところで―――




 「なあ姉ちゃん……俺らと一緒にお茶なんかどう?」

 「あの、そういうの困ります」

 「へっへっへ。そんな釣れない事言わないでさあ」




  ……何か、居た。

  一〇人くらいのガラの悪い男と、一人の女が。




 「うっわ、何アレ」

 「わざわざ路地裏でやる辺り今時古典的ですな。引っ張り込んだんかね」

 「ガラ悪そーだ……関わり合いたくねー」

 「え、えっとここは助けに行く場面では……?」

 「むう、私ちょっと行ってくる!」

 「はい待てなのは少し落ちつけ」




  脇目も振らずに裏路地へ突撃敢行しようとしたなのはを陣耶が止める。

  まともに突っ込んでもあの人数差では返って状況が悪くなるだけだ。

  羽交い絞めにする形で尚も突っ込もうとするなのはを止める陣耶はそのまま目の前の光景を眺めて―――




 (というか、何だアレ……)




  如何にもガラの悪そうな男達が一人の女性を取り囲んでナンパをしている……というか、ほぼ拉致ろうとしている。

  この先の展開は容易に想像がつく。つくのだが……




 (ほんと、何だアレ……)




  陣耶は再び同じ言葉を心の中で繰り返す。

  目の前の光景はまず間違いなく拉致現場だ。表通りからは目に付きにくい場所で行われているが、ここでは何とか見て取れる。

  人通りもまだ少ないこの時間帯なら―――なるほど。確かに誰かを拉致するのは容易かもしれない。

  薄暗く、ドラム缶まで転がっているそこはシチュエーションとしてもばっちりだろう。

  が、そこまで思考しておきながら陣耶は未だに目の前の光景を胡散臭い目で見ている。

  何故なら、




 (……少し前に隣に引っ越してきた奴が、何でこんな状況に陥っているのかね)




  問題はそこだった。

  言い寄られている女性は遠目から見て分かるくすんだ金のロングヘアーだ。顔にも嫌に見覚えがある。

  間違いなく先日陣耶とトレイターの部屋の隣に引っ越してきた女性、ドゥーエだ。

  陣耶はその"会って間もない人間が目の前で良からぬ輩に言い寄られている"という異常事態に未だに思考が追い付いていない。




 「はあ……何ていうか……」




  自分は相当破天荒な星の下に生まれたらしい。

  陣耶は睨みつけるなのはを放すと、そのままゆったりとした歩調で目の前の拉致現場へと向かう。




 「松田、一つ借りだ」

 「へーへー。お高い利子付けて返させてやる」




  そういった松田は他の四人を手招きして別方向へと引き込んだ。

  その間にも陣耶はガラの悪い男達の方へと歩いていく。

  流石にある程度近づくと集団の中の一人が陣耶の姿に気付いた。




 「ん……オイ。誰か来るぞ」

 「あ?」




  一人で向かってくる陣耶と男達はどう思っただろうか。

  だが何を思おうが陣耶にはこれっぽっちも関係無い。ただやる事をやるだけである。

  男達の輪に近づくとそのまま間に割って入る。




 「はいはーい、ちょっちスイマセンねー、っと」

 「な、何だコイツ」




  そのままドゥーエの所まで行くとその手を無造作に掴んで男達の輪から抜けるために引っ張る。

  当のドゥーエはいきなりの事態に目を白黒させていた。

  戸惑いながらもとりあえず先立った疑問を陣耶にぶつけてみる。




 「あ、あの……確か皇さん?」

 「はいはい話は後で。とりあえず行くぞ」




  戸惑うドゥーエへの状況説明は一切無しに陣耶は男達の輪から抜けだそうとする。

  だが、行く手を阻むように一〇を超える男達は立ち塞がった。

  大体予想していた事態とはいえこうも予想通りだと呆れの念が先立つ。

  陣耶の気だるそうな目を見て、男達は威圧するようにジリジリと迫る。




 「兄ちゃん……その姉ちゃんとどういった関係は知らんが今から俺達とお茶する予定なんだ」

 「そのまま色々と遊ぶ予定もあるしさあ……なあ、その姉ちゃんこっちに渡せ。な?」

 「痛い目見たくなけりゃあどうすれば良いかは、分かってるよな」




  男達からあまりにもお決まりな台詞が飛び出てくる。

  陣耶はそんな男達を実に白けた眼で眺めながらこれからどうするかを考える。

  やるべき事は分かっているがどうやってその状況に持って行くか、それが課題だ。

  さて手っ取り早く適当な男を一人ぶっ飛ばそうかと思って―――




  ガァンッ! と。

  傍に転がっていたドラム缶が跳ね上がった。




 「あ」

 「あ?」




  突然だった。

  宙高く放り出されたドラム缶を陣耶と男達は間抜けな声を出して眺めて―――

  直後、それが落下する。

  着弾点は丁度男達と陣耶達の間。豪快な音と共に勢い良く叩きつけられたドラム缶はその衝撃のままに辺りを跳ねる。

  跳ねたその方向は、群がっていた男達の方向だ。




 「おぅわ!!」

 「あっぶ!?」




  ガゴン! と今度こそドラム缶が地に落ちた。

  突然の怪奇現象にその場でフリーズする一同。

  だが、それも長くは続かなかった。

  理由は単純明快。今の音を聞きつけたらしい人達の足音が割とすぐ近くから聞こえてきたからだ。

  それも一人や二人ではなく、結構な複数人が。




 「おい、今のアホみたいにでかい音どっからだ」

 「んー、確かこっち」

 「何だ何だ喧嘩か?」

 「警察でも呼んだ方が良いかしら」




  バタバタとした足音に我に返った男達は慌ててその場から離れるために駆け出す。




 「くっそ、何だってんだ!」

 「ほらアレだべ。俺らワルだから何か罰っぽいの当たったんじゃね?」

 「何でも良いからとにかくズラかるぞ!」




  瞬く間に裏路地の奥へと消えて行く男達。

  半ば呆然とそれを見ていた陣耶達の前に、入れ替わるように駆けつけて来た人達が姿を見せた。




 「よーう陣。終わったか?」

 「お陰様でな。あんな大人数に無謀な大立ち回りせずにすんだわ」




  男達が去って行った方向と逆の方向から姿を見せたのは先程別れた松田だ。

  遅れて武本、すずか、アリサ、なのはと他の四人も姿を見せる。

  走って来たからか、なのはには軽く疲労が見て取れた。




 「うう……いきなり走り出すからびっくりしたよう……」

 「運動神経改善の一歩になって良かったじゃん」

 「たーけーもーとーくーん。棒読みで言われても説得力無いんだけどー」




  出てきてすぐに些細だが口喧嘩らしきものを始める二人を見てドゥーエは更に混乱する。

  助けに来てくれた事は理解しているのだが、先程のドラム缶の意味不明な事態に思考が追い付いていないのだろう。

  だがあまり深くかかわる気の無い陣耶はこの場からとっとと立ち去るために簡単な用件だけを口にする。




 「新参者だから勝手が分からないのは分かるが、これからはああいうアホ共に捕まらないように注意する事。OK?」

 「ええ……はい」




  未だに状況を呑み込めていないのかドゥーエはただ言われるままに返事を返すような形になる。

  とはいえ返事は返事。ちゃんと受け答えしたのを見た陣耶は「ほら行こうぜー」と他の五人と一緒にこの場を離れる。

  残されたドゥーエは何が何やらさっぱりだった。

  この後、ドゥーエは今起こった事について一〇分ほどこの場で考え込む事になる。














































  ドゥーエと別れた陣耶達一同はそのまま帰路に着いていた。

  これからの予定はそれぞれバラバラであり、いつまでも悠長に話している時間もない。




 「つーか何ださっきのアホみたいにでかい音。陣、お前一体何やらかした」

 「別に何もやってねー。ひとりでにドラム缶が跳ねたんだよ……こっちが状況説明して欲しいわ」

 「ほうほう、つまりはドラム缶が跳ねるほどに派手な震脚をかましたと? この人外め。どれだけギャルゲ体質になれば気がすぶへぇ!?」

 「そこに結び付けんのはいい加減ヤメロ」




  陣耶に裏拳をお見舞いされた武本だが全く懲りない。また別方向の話題から陣耶へと絡んでくる。

  適当に受け答えをしながら陣耶は頭の中で先程のドラム缶の珍事を考えていた。

  あんな事はどう考えても自然現象ではない。

  かといって普通に人間に可能な所業なのかと問われるとそれもノーだ。

  しかし陣耶は一瞬だが見ていた。

  ドラム缶が跳ね上がった際に、その影にあった桜色の光を。

  つまりは、そういう事なのだ。




 『今に始まった事じゃないが、お前も大概無茶をするなあ……』

 『如何に戦闘や喧嘩を避けるか、というのが私の目標ですから。ああいった状況でどういう手法を取れば良いかは心得てるよ』




  あの時、陣耶が考えていた事はこうだ。

  あの場に陣耶一人が介入する事で意識をそちらへ集中させ、適当に騒いだところで別れた五人が第三者として駆けつける。

  ああいった手合いは騒ぎをあまり大きくしたがらない。警察などに目を付けられては行動しにくいからだ。

  だからこそ誰か一人に視線を集中させ、全く別の方向からの第三者が近づくという事態に男達は敏感だった。

  そして事態を分かりやすくするために手近な男の一人でもブン殴ろうかと思っていた時に起きたのがなのはのドラム缶飛ばしだ。

  なのはは陣耶と松田の行動から大体の手段を察してサーチャーで状況を観察していた。

  頭の中に直接送られてくる映像を見て、まさに絶好のタイミングで一同の目を引く事で荒事を起こす事無く場を収めるために貢献したのだ。




 「まー、面倒な事にならんで良かったがさ……」

 「そりゃそーだが……俺はもうあんなのに関わるのは金輪際御免だー!」
 
 「とか言いながら、結局良いように扱われる武本であった。まる」

 「そもそも巻き込んだのはお前だろ松田!!」




  ギャーギャーと騒いでいる内に大きな交差点に辿り着く。

  そのまま横断歩道を渡ろうと思ったが、生憎の赤信号で一同は足止めを喰らった。

  目の前をトラックや軽自動車、バイクなど様々な車種が右へ左へ明らかに地球環境には悪い黒い煙を吐き出しながら走って行く。

  この横断歩道を渡れば六人のそれぞれが帰る道はもう別々の方向になる。

  そんな事を考えている内に信号は赤から青に切り替わった。




 「んじゃまあ……ここでさいならだ」

 「そうね。それじゃあみんな、また明日」

 「おーう」

 「ほんじゃねー」

 「気を付けてねー」




  信号を渡った所でアリサ、すずか、武本、松田の四人が思い思いの方向に散って行く。

  それを何気なしに見送ってから、なのはは隣りに立ったままの陣耶を振り返った。




 「それじゃ、私達もそろそろ行こっか。今日はお兄ちゃんに用があるんだよね」

 「ああ。ま、出張前の一稽古という奴でしてね」




  言いながら二人は同じ方向に向けて歩き出す。

  目指す場所は高町家。

  皇陣耶の本日のメインイベントは、まだまだこれからだった。





















  Next「伝説のあの赤い糸……!」




















  後書き

  もーうーすーぐクリスマス。絶対今年も灰色だと思うけど。

  毎度どうも、ツルギです。

  なんだかグダグダと日常が続いてます。あと二話ほどは日常物になる予定です。

  それが終わるとようやっと初出撃……原作では第四話初出撃を一〇話でやっとやるってなんだ……

  展開の遅さに泣きそうです。完結にどれくらいかかるのか目も当てられたものじゃないです。

  で、最近the movie 2ndとなのポ2が発表されましたね。

  A'sはこのお話のそもそものきっかけですし、なのポ2ではミッド関連以外の魔法技術の登場です。wktkが止まりません。

  今年はあと一本ほど投稿できれば良い方だと思います……みんな、おらに執筆速度を分けてくれー。



  ではありがたい拍手返しを。

  返信が遅れてスミマセン。



  >今回も面白かったです! あと一つ質問が。

    このシリーズは、第四期以降も予定とかあったりしますか?


  んー、今のところは何も考えていませんw

  正直目の前のstsを片付けるだけで手一杯という……ForceもVividも面白そうですが。



  >小説、いつも読ませてもらっています。

    話もだいぶ進んでいますし、オリ設定とかこれまでの紹介とかもあると嬉しいです。


  ご要望を受けてそれっぽいものを作成中です。

  何らかの形で出すつもりでいますので、期待せずにお待ちくださいw



  それではまた次回に―――






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