「フリード、ブラストフレアッ！！」
キャロの指示に応えて小さな竜が火球を放つ。
目前のガジェット三機に直撃した火炎はその動きを束縛すると同時に周囲を燃え上がる炎で舐め上げる。
だがさほど威力が無いのか、ガジェットの動きを止めただけで破壊には至っていない。
しかし、それだけで十分だった。
『Speerangriff』
動きの止まったガジェットの横合いから高速でエリオが突進してくる。
スピーアアングリフ。魔力噴射による加速を利用した高速の一撃。
猛烈な速度で突っ込んできたエリオはその勢いのままにガジェットを手に握る槍で貫き通す。
加速した一撃はそれだけでは止まらない。
ガジェットを貫いたまま廃ビルの側面へと突撃し、その機体を直接壁に叩きつけた。
内部破損に加え外的圧迫を受けて機体が耐えきれる筈もなくガジェットは爆発する。
残った二機は陣耶が処理に向かう。
一息でガジェットの間合いへと踏み込み、愛剣を構える。
「クラウソラス！」
『Blast saber』
クラウソラスの刀身から一気に白い魔力刃が一直線に伸びる。
瞬く間に陣耶の身長の二倍以上の長さを誇る長剣と化したクラウソラスは、残る二機のガジェットに向かって横薙ぎに振るわれた。
周囲のビルの側面すら巻き込み魔力刃は触れる物を例外無く片っ端から切断していく。
そして、爆発が巻き起こった。
ブラストセイバー。
魔力刃の接触した部分に爆発を起こす効果を持つこの攻撃は斬る事よりも破壊を優先した部分が大きい。
結果―――後には何一つ残らない。
普通なら破壊されたガジェットの残骸ぐらいは残る筈だが、今回のガジェットはプログラムによって仮想で再現された物。
倒されれば綺麗さっぱり消えるだけで後には何一つ残さないのだ。
それは、彼らが今立っている廃都市にも同じ事が言える。
陣耶はガジェットを撃破した事を確認すると肩の力を抜いて愛剣を肩に担いだ。
触発されたように周囲にいた残りの五人も肩の力を抜く。
ミッション目的―――全一八機のガジェットの捕獲、もしくは破壊。
彼らが破壊したガジェットの数は先程のもので丁度一八。
つまり、ミッションクリアだ。
揃って座り込んだ一同に通信が飛んでくる。
空中に表示されたパネルに映っているのはリーゼ姉妹だ。
『おっつかれー。まずは良い感じにスタートを切れたってとこかな、始めてにしては上出来よん』
『これから小休止を挟んだ後に訓練を再開するから、それまではちゃんと体を休めて解す事。分かった？』
『了解です！』
フォワード四人の元気な応答に満足したようにリーゼ姉妹はうんうんと頷く。
しかし小休止というのがどれくらいの時間かは分からないがあまり休む暇は無いだろう。
その短い間にどれだけ体力を回復させられるかは、長続きする訓練では結構な重要課題だ。
とりあえず水でも飲みに行こうと六人が立ち上がる。
そこで、
『あ、なのはちゃんとジンヤんは私達がそっちに行くから残ってね』
「……はい？」
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.06「そんなんじゃ私には届かないよ！！」
仮想シュミレーターで造られた廃都市。
立ち並ぶ建造物や蛍光灯などは全てレイヤーで形作られた物だ。
大規模な建造物から足元の石ころに至るまで作成されたトリックアートの中、陣耶となのははリーゼ姉妹と向かい合っていた。
「で、中途半端に俺達だけ引き止めて……特別講習でも開くつもりかよ」
「んー、当たらずも遠からずね。ただあんた達は訓練に触れる機会も少ないだろうから、やれる時には出来るだけね」
「にゃるほど」
それで、と陣耶は肩にクラウソラスを担ぎながら問いかける。
「わざわざあいつらまで立ち退かせる必要があったのかね。ただの訓練なら普通に見学させれば良いだろーに」
「いやあ、恥ずかしながらそこら辺はちょっとした事情が、ねえ……？」
ロッテの意味深な言葉にアリアへと目を向けるが肩を竦められるだけだった。
陣耶は何か嫌な予感を抱きつつ周囲を見渡す。
目の前にいるロッテとアリア、隣りにいるなのは以外には廃ビルが続くだけだ。
視界にこそ入っていないがシャーリーもどこからか今の状況を眺めているに違いない。
（何かやらかす気だな……気ぃ抜くなよ）
（あっははは……何か、こういう事ばっかりな気がする）
これまでの人生経験、リーゼ姉妹との付き合いから十中八九何かがあると陣耶は心の中で断言する。
自然と、警戒心からいつでも動けるような体制になる。
その様子を見てロッテは誰にも気づかれないほど小さく、口を笑みの形に歪めた。
「まあ内容は単純」
大した事ではないように大げさに手を広げるような仕草をしながらロッテが謳う。
半ば呆れた調子で陣耶が眺めていると―――
唐突に、その姿が掻き消えた。
何だ、と思っている暇は無かった。
気付けばすぐ隣りから鈍い音が聞こえてくる。
ドンッ！ と、強く懐に踏み込んで掌底を繰り出したロッテになのはが吹き飛ばされた音だ。
反撃する暇も無く遥か後方へとなのはの身体が飛んでいく。
「な……っ！！」
叫ぼうとした口は最後まで開かない。
意識が吹き飛ばされたなのはへと向いた瞬間に身体が光の輪によって何重にも束縛される。
同じように地面から伸びた無数の光の糸によって動きを完全に縫いつけられた。
（バインド……アリアか！）
どういったつもりかは知らないが容赦をするつもりは無いらしい。
この状況をどうするか思考しようとして―――陣耶の身体に影が落ちた。
見れば隣りで跳び上がったロッテが上方から右足を繰り出そうと振りかぶっている。
目の前ではアリアの正面に魔力が収束していく。
逃れようにも動きは束縛されており、逃げ出す事は出来ない。
援護を期待しようにもなのはは吹き飛ばされて射程外だ。
（マ、ズ―――ッ！？）
直後、廃都市に爆音が響き渡った。
◇ ◇ ◇
同時刻。
聖祥大学で一つの授業を終えたアリサ・バニングスと月村すずかは並んで廊下を歩いていた。
時刻はそろそろ午後一二時を指す。
生徒達は食事を取ろうと思い思いの場所へと散っている最中だ。
マイお弁当を持参している者はキャンバスや校舎の屋上へと向かう事が多い。
今から外食に出たりスーパーに買い出しをしに行く者もいれば一階の食堂に足を運んで昼食を取る者もいる。
アリサとすずかの場合はその最後の部類だった。
午前中の授業を終わらせた二人は揃って食堂に出向くために一階へと向かっている。
「今日は二人とも朝から向こうに行ってるんだよね」
「そうね。いよいよ部隊の設立式だって事だから、関係者だし顔は出しておかないといけないんでしょ」
「前々から休みの申請はしていたしね……二人が出る講義のノート、取っておかないと」
「いつも通り学食の焼きそばパンで手を打ってもらいましょうか」
ここにはいない二人を話題にしながら廊下を歩いていると、見知った顔を二人は見つけた。
大学に進学してから良く絡むようになった二人だ。
向こうの二人もアリサとすずかを見つけると手を挙げて挨拶してくる。
「うーす、月村にバニングス。今日も相変わらずべっぴんさんで」
「よー二人とも。今日は陣耶の奴は居な……ってありゃ、今日は高町も休みなのか？」
やる気の無さそうな声で挨拶をしてきたのは松田慶介。
一方、気安く声をかけてきたのが武本圭。
二人は中学から高校にかけて男子校へと行った陣耶と絡んでいた所謂悪友だ。
彼の中学の一年から始まった腐れ縁は大学に行ってもまだ切れずにいる。
「こんにちは二人とも。陣耶もなのはもご家庭の事情で朝から外出中よ」
「ちなみに、私達もあまり内容は知らないから聞いても分かりません。あしからず」
「ふーん。ま、今に始まった事じゃねえし良いけどさ」
「がああああ……！ ま・た・アイツは家庭の事情とか言って美女と二人きりの時間をおあああああ」
「二人が一緒に居るって決まった訳じゃないんだけどなあ……」
陣耶となのは、アリサ、すずかの幼馴染としての関係は同年代の聖祥学生の間では周知の事実だ。
仲が良いのは理解しているし、それだけの付き合いがあるというのもこの松田と武本の二人は知っている。
だから松田は大して気にはしていない。
だが一方で武本の方は別嬪さんと一緒にお出かけ？ ギャルゲ？ バカなの死ぬの、的な怨嗟を放っている。
こういった単純な嫉妬や切望からくる負の感情は陣耶の頭を悩ませる種の一つだった。
「で、二人はこれから学食かしら。どうせなら一緒に食べない？」
「是非ッ！ もー喜んでお供いたしますよお嬢様！！」
「どーせなら奢ってくださいおじょーさま。そろそろ懐が寒いんです」
「んー」
松田の頼みにすずかは少し首を捻る。
すずかの懐事情からすれば昼食の一人分くらいは軽く養えるのだが……
「残念だけど最低限の金額しか持ち歩いていないんだよね……ごめんね？」
「嘘だっ、最初っから奢らされるって思ってたに違いない！」
「あ、ばれてた？」
「シット！」
また今度ねー、と軽く流しながら一同は並んで食堂へと向かう。
歩きながら、ふとアリサは窓の外を見上げた。
真昼の空に昇った太陽。暖かな日差しが燦々と世界を照らしてこの時間を作っている。
あちら側での時間の進み方はこちらとあまり変わりがない筈だから、今頃は二人も昼食をとっているのだろうか。
（今日は設立式だけだって話だったけど……）
何も起こる訳がない、と思いつつも根っからのトラブル体質の二人が居て何も起こらない筈がない、と思う自分も居る。
どちらにせよ、とっとと二人とも帰って来て元気な姿を見せてくれればそれで良い。
（帰ってきたら、たまには焼きそばパンじゃなくてコロッケパンでも奢ってもらおうかしら）
二人が帰って来てからのノート代を頭の中で考えながらアリサは三人と一緒に券売機の前に並んだ。
◇ ◇ ◇
衝撃によって巻き上げられた粉塵が視界を完全に塞いでいた。
視覚が役に立たない状況の中、その真っ只中に居るロッテは目ではなく他の五感に頼る。
空気中の微細な振動や音を聴覚で聞き取り、周りとは違う匂いを放つ物を嗅覚で探す。
元々が野生の生物だからこそできる芸当だ。
人では到底聴き取る事の出来ない粉塵の微細な動きから空気の流れまでを正確に感じ取る事がロッテにはできる。
だが、その野生の感覚を駆使しても標的は見つからない。
これ以上は無駄に時間を使うだけだと判断したロッテは念話でアリアと連絡を取る。
『むーん、転移でどっかに逃げたか？ そっちはどうさ』
『警戒はしているけど音沙汰なし……一旦退いて体勢を立て直すつもりかしらね。探索掛けるからこっちに戻って』
『了解』
ロッテが傍らに戻ってきたのを確認してからアリアは探索魔法を起動させる。
エリアサーチという広域空間の探索魔法。形成されたスフィア群がサーチャーとしての役割を持ち標的を探し出す魔法だ。
足元にミッド式の円形魔法陣が展開される。
同時に多数のスフィアが一度に空中に現れる。
一〇程の数のスフィアを生成したアリアは探索指令を出すために右腕を振り上げた。
その時、
ドゴォッ！！ と。
大気を震わせる爆音と共に、二人の右側のビルを貫いて桜色の光条が襲いかかった。
「早速来たか―――ッ！！」
だがその突然の不意打ちすら予測していたアリアが即座に待機させていた防御魔法を展開させる。
翳された手の前に展開される魔法陣。
何の仕掛けもないスタンダードなシールドタイプの防御魔法が放たれた砲撃と激突する。
砲撃魔法と射撃魔法の違いは幾つかある。
誘導性の違い、使用する魔力量の違い、発射までにかかるタイムラグ、反動など……挙げればキリがない。
だが、決定的な違いの一つはその威力だ。
精密狙撃や一般的な攻撃手段として用いられる射撃魔法と違い、砲撃魔法はその一撃一撃が必殺の威力を持っている。
例え防御の上からだろうと問答無用に押し潰す力の奔流―――それが砲撃だ。
なのはのそれは同じ砲撃魔法の使い手の中でも特に秀でており、実戦における砲撃魔導師としてはほぼ完成系とも言える。
正面から受け止めれば並の魔導師ならまず間違いなく一発でノックダウンされてしまうほどの一撃。
だが、それをアリアは正面から受け止めてみせる。
轟音と猛烈な光が炸裂した。
エネルギーによる衝撃が辺りを揺るがす中、真正面からぶつかり合った砲撃と盾が凌ぎを削る。
片や撃ち貫こうとする強大な砲撃と、片やその尽くを防ぎきろうとする堅牢な盾。
盾に押し流されるように逸れた砲撃の余剰エネルギーが周囲のビルへと飛び火して、壁をごっそりと削り取っていく。
しかし、それほどの砲撃を正面から受けてなお、アリアの盾は健在だった。
余裕の表れか、その口元には笑みすら浮かんでいる。
攻める時には相手に反撃の機会を与えずに、一息の内に仕留めるのが定石。
だからこその先程の奇襲。思考の隙を与えない連続攻撃。
一時的とはいえ人を指導する立場に立っており、何度も実戦を経験した二人はそれを十分に理解している。
そして、経験面では相手側の二人にも同じ事が言えた。
（だから―――）
口元に笑みを浮かべたままアリアは真っ向から砲撃と対峙し続け、ロッテに視線で合図を送る。
たったそれだけの動作でロッテはアリアの意思を汲み取り、何も言わずに地を蹴って宙へと舞った。
その先に待ち構えていたのは、白銀に輝く剣を振りかぶった陣耶。
「見えてるよ、ジンヤん！！」
「だろうな！！」
その程度は陣耶にもなのはにも予測はついている。
それを承知の上で二人が臨んだのは、単純な力勝負だ。
単純な経験や技量では確実に二人はリーゼ姉妹に劣る。
だから小細工も何も無い真っ向からの力勝負に持ち込み、その上でリーゼ姉妹を黙らせる。
何の考えや企みがあるのかは知らないがあまりにも一方的に売られた喧嘩だ。
素直に尻尾を巻いて逃げる事も考えたが、普段の鬱憤晴らしも兼ねて乗ってやる事にした。
「ディバインセイバー―――！」
「しょーりゅーー！」
ロッテの右足に魔力が宿り、陣耶の剣が限界以上に輝きを放つ。
光を放つ魔力が空中に尾を引いて、閃と閃がぶつかり合う。
「フルスラストォ！！」
「キィーーッッック！！」
青と白が爆発した。
砲撃のような長時間に渡る魔力放出ではない、一瞬の間に全魔力を爆発させる事で巻き起こる衝撃。
斬撃と蹴りという一瞬の接敵に全力を傾けた一撃は僅かにロッテが押し返される形で双方共に弾かれる。
それと同時になのはの砲撃の照射も限界に達し、アリアはその盾を維持したままその場に立っている。
『防ぎきられたか……まあ、元々あいつはお前の砲撃をまともに防ぎきった前例があるしな』
『アインさんにトレイターさんにアリアさん、それにユーノくん―――うう、私の取り柄を防げる人が一杯だよぉ』
『……それって、自分で取り柄は砲撃だけですって言ってるのと同じじゃね』
『にゃっ！？ フォローする気一切無し！？』
頭の中でそんな声を聞きながら陣耶は弾き飛ばされたロッテへと急降下して斬りかかる。
一ヶ所に留まっていると確実にアリアのバインドに捕まる……一〇年前にアリアは一キロも離れたなのはにバインドを決めて見せた。
そんなデタラメを難無くやってのけるのなら、魔法技術に関しては間違いなくトップクラスだ。
だからこそ余裕が無い。
こちらの奇襲が失敗した以上、後に待っているのは力による押し合いではなく純粋な攻防戦。
「小細工無しのガチンコ勝負ってのも良いんだが、流石に分が悪いわな！」
繰り出される斬撃にロッテが拳で応戦する。
魔力で強化された拳は抜き身の刃で断たれる事は無い。それどころか鋼のような硬さで剣を迎え撃つ。
互いに繰り出された攻撃は互いに届く事は無く、繰り出した武器同士が衝突して在り得ない火花を散らす。
「で、そーいう認識を持ってるジンヤんはどうするのかね！」
「さあて、どうしようかは頭の中で必死に考えてる最中なんだが、なッ！！」
一息で力に緩急を付けてロッテの拳を弾き飛ばした。
だがその程度では攻防は終わらない。
ロッテは弾かれた衝撃を利用して独楽のように回転し、蹴りを繰り出す。
陣耶も遅れはしない。
拳を弾いた勢いのままにロッテと同じように回転し、もう一度斬撃を放つ。
再び剣と拳がぶつかり合い、まるで鋼を叩き合わせたような鈍い音が響いた。
「にゃはは、どこまで行っても型は昔に私が教えた物の面影が残ってるねえ！ 師匠としては嬉しいぞ！」
「そらどーも！ けどいい加減に免許皆伝を貰いたい年頃なんだよ！！」
「いーやまだまだ。そんなんじゃ私には届かないよ！！」
陣耶が空いている左の手でクラウソラスの柄尻の部分から長さ一五センチほどの金属の棒を抜き放つ。
それを振りかぶると同時に杭のように尖った先端から魔力刃が形成された。
長さにして一メートルと八〇センチ。陣耶の身長ほどはある刀身の細い長剣へ。
それを鋭く振るう。
圧縮された魔力の刃は眼前の敵を打倒するために容赦なく襲いかかる。
ロッテは接触していた剣を踏み台に後方へと跳ぶ事でそれを回避し、次の瞬間には陣耶の懐へと潜り込んでいた。
衝撃が繰り返される。
鮮烈な舞曲の如く剣戟が奔り、拳と蹴りが繰り出される。
「二人で盛り上がってないで私も混ぜなさいよ」
そこへアリアの放った閃光が襲いかかった。
幾十もの閃光が四方八方から一斉に陣耶へと殺到する。
銃弾のような速度で迫る閃光はしかし、一つたりとも陣耶へと届く事は無い。
閃光が直撃する直前、桜色の膜が陣耶の周囲を隙間無く覆ってその全てを防ぐ。
連鎖的な音と共に爆発が起こった。
閃光は次々に桜色の膜へと着弾していきそのつどに爆発する。
爆薬などで酸素を消費する爆発と違い、純魔力の爆発は純粋な衝撃波と閃光を巻き起こす。
視界を覆う青い閃光を目眩ましに利用して陣耶は一旦後方へと下がる。
そこで陣耶を援護した膜の主から非難めいた抗議が飛んできた。
「ちょっと陣耶くん！ 私が間に合わなかったら今頃直撃だったでしょ！」
「いやあサンクス。相変わらず憎いタイミングで援護を寄越してくれるねえ。
まあお前ならちゃーんと間に合ってくれるだろうと思ってたが」
ピンチであろうがなかろうが変わらない幼馴染の態度に、なのはは深く深ーく溜息を吐く。
それから少ーしだけ恨みがましい目で陣耶を見据えた。
戦闘開始の瞬間、奇襲を受けたなのははロッテにものの見事に吹き飛ばされた。
その直後に陣耶も二人掛かりの奇襲を受けたのだがお得意の瞬間移動じみた転移でこれを回避、なのはの首根っこを掴んで離脱した。
転移でリーゼ姉妹から少々離れた位置になのはを放った後に自分はとっとと二人の方向へ向かっていったのだ。もちろん転移で。
何の説明も受けていないなのはは自分勝手な幼馴染の行動を読んで溜息交じりに長距離砲撃を敢行。
アリアの実力も一〇年前に身を持って知っているので援護のために有効射程にまで急いで飛んできたのだ。
正直、打ち合せや会話の一つも無しにここまでフォローしてみせたなのはは頑張ったで賞の一つでも欲しい気分である。
「調子良い事言って……私の転移は陣耶くんと違って普通だから飛んでいくしかないんだからね。怪我でもしたらどーするのさ」
「お前がそうさせないから大丈夫大丈夫」
「良く言うよ。わざわざ私の飛行速度と援護射程を分かった上で突撃したくせに」
「あら、ばれてーら」
「長い付き合いだもん。考えている事くらいお見通しですよー」
こんな戦闘中にするものではない日常のような会話すらも二人にとっては予定調和。
二人はいつだってそうなのだ。
互いの自分勝手を押し通してどちらかがそれに付き合う。
無茶であれ無謀であれ向こう見ずであれ、何であろうが求められればそれに応える。
「さて、あの二人の意図は分からんが売られた以上は買ってやる」
「放りだすって選択肢は無いんだね……」
「あいつらなら逃げても追ってきそうな気がする。元が動物なだけに執念深そうだし」
「それって完璧に偏見だよねー」
言いながらなのはは陣耶の隣で愛杖を構える。
付き合う、と語外に語っていた。
言葉には表さない信頼。それを見て何も言わずに陣耶は笑う。
ただし純粋な笑みではなく、狩人の浮かべるような獰猛な笑みを。
「あいつらには昔から色々と世話になってるからな……ここらで一つ見返してやる」
戦闘が再開された。
陣耶が三〇メートルほど先のリーゼ姉妹へと突っ込み後方のなのはから一〇のスフィアが射出される。
それに対してロッテが取った行動は単純だ。
アリアの魔法を受けて青白く光る右腕を下から上に思いっきり、水を掬うように大きく振るう。
たったそれだけであり得ない衝撃が生み出された。
距離が縮まったとはいえ未だに二〇メートル以上離れている距離を圧縮された空気による圧力の壁が襲いかかってくる。
だが怯みはしない。右手に握る愛剣に魔力を込め、力の限り振り下ろす。
衝撃が周囲のビルを揺さぶった。
砕かれた空気の塊は局地的な暴風と化してガラスすら叩き割る。
災害染みた猛威に耐え切れず、陣耶は大きく後方へと吹っ飛ばされた。
そこに、ロッテが追撃に迫る。
「いつまで経っても考え無しの猪突猛進じゃあ世話無いよお！」
「だと本気で思ってんのなら教導官なんざ辞めちまえ！！」
瞬間、陣耶の目前に大量の白い矢が出現した。
陣耶の持つ数少ない射撃型の魔法―――アストラルアロー。
それによって生成された矢の数は四〇。あきらかに一瞬で用意できる数のものではない。
手段があるとすれば予め使用する魔法を使用直前で待機させておく技法―――
「遅延魔法か―――！」
「御明答―――正解者には全弾プレゼントだ！！」
号令と共に四〇の矢が一斉にロッテに向けて放たれる。
同時になのはによって操作された一〇のスフィアもロッテを取り囲むように向かっていく。
「アリア！」
「ん、了解」
だが届かない。
陣耶がアリアの攻撃を第三者の援護により凌いだように、ロッテの周囲にもアリアによるフィールドが展開される。
アストラルアローは魔力を物質化してあるために通常のスフィアよりは幾分か威力が高い。
しかし相手はなのはの砲撃すら捌き切った使い手の防御だ。牽制用として使うような攻撃では突破できない。
それはなのはのスフィアにしても同じ事が言える。
その筈だった。
「シューティングスフィア、スタンバイ！！」
『All right. Shooting sphere, stand by』
ロッテを取り囲んだ一〇のスフィアが瞬く。
そこでアリアとロッテは気付いた。
なのはの放った一〇のスフィア全てから通常のスフィアとは比べ物にならないほどの魔力が込められている事に。
込められている魔力量は、まるでなのはの得意とする主力魔法―――
（うわマズ―――！）
それはリーゼ姉妹が同時に思った事だ。
もし予想通りならばアリアが現在飛ばしているフィールドでは防ぎきれない。
なのはの砲撃を防いだのはあくまでもシールドタイプの防御魔法であり、フィールドタイプではないのだから。
かと言って直接支援防御に行こうにも距離がある。
ロッテとしても迎撃できる数、避けられる限界は存在する。
ましてや前方には四〇の白い矢の雨。
そうして思考を巡らせている内に、準備の整った砲手は殲滅を宣言する。
「ターゲットロック―――シュートッ！！」
『Shooting』
号令と共に全てのスフィアから桜色の閃光が放たれた。
ただの射撃ではない、正真正銘の砲撃が。
衝撃が大気を振るわせる音と共にロッテの周囲に展開されているフィールドへと砲撃が直撃する。
一つや二つではない。一〇の砲撃が全て立て続けにフィールドを破壊しようと猛威を振るう。
「こなくそ―――っ！！」
だがそれを一方的に眺めているほどロッテは馬鹿ではない。
状況打開のために出来る事は、フィールドによって区切られた狭い空間では本当に少ない。
それでもダメージを少しでも減らすべく攻撃には攻撃で打って出る。
アリアもロッテへ砲撃が直撃するのを避けるためにフィールドを少しでも強く補強していく。
そのアリアの背後に、突如として陣耶が現れる。
「げっ……！」
「俺の希少技能はお前が散々考察している事だし……良く知っているよな？」
現れた時には既に攻撃態勢だった。
白銀に輝く剣を上段から振りかぶり―――
「ディバイン―――！」
一〇の砲撃はフィールドを間違いなく破壊し、ロッテにダメージを与える事も出来るだろう。
だがそれだけでは足りない。チェックメイトを仕掛けるにはあと一手が足りない。
故に、自身も狙いを定める。
「ブレイク―――！」
避けるだけの時間は無い。防ぐための手立ては無い。
アリアは魔法による長中距離戦に特化している反面、格闘による近接戦闘は苦手としている。
ロッテはその真逆で格闘による近接戦闘を得意とする反面、魔法による長中距離戦を苦手としている。
だからこその配置。アリアに陣耶を、ロッテになのはを。
苦手とする戦闘のフィールドに立たされ、二人の反応は間に合わない。
二人に許されるのはただ全力で防御する事のみ。
「セイバー！！」「シュート！！」
莫大な閃光が同時に放たれた。
白と桜の巨大な光の奔流はリーゼ姉妹を容赦無く呑み込む。
着弾した瞬間にそれは魔力による大きな爆発を起こし、衝撃が廃都市を揺るがした。
光が収まった中には、倒れ伏す人影が二つ。
「あー……やりすぎちゃった？」
所在なさげななのはの言葉だけが虚しくその場に木霊する。
周りにクレーターが出来ていたり新たに瓦礫が作られたりといったような事こそないものの、二人の周囲は嫌に小ざっぱりしていた。
魔力爆発の衝撃が当たりの瓦礫などの諸々を纏めて綺麗さっぱり吹っ飛ばしたのだ。そして二人の身体には傷一つない。
一般的な惨状とは真逆の光景になのはは余計に不安を煽られる。
「……いや、単なるフリだろ」
が、そこで陣耶の言葉が割り込んだ。
そしてその言葉を肯定するように各々の相棒も口を揃えて同意し始める。
『心拍数、呼吸数共に安定状態です』
『猫だけに猫騙し……ウケを狙っているなら確実に滑ってますね』
「あうっ、手厳しいのう」
デバイス達の追撃を受けて観念したようにリーゼ姉妹が置き上がる。否、跳び起きた。
そのまま適当に肩を回したり首を回したりしているところを見ているとダメージらしいダメージが見て取れない。
とてもではないが高威力の攻撃をまともに喰らった直後とは思えない光景だった。
「あー、体中バキバキ鳴ってる……やっぱ最近鈍ってたんだねー」
「あれで鈍ってるって……結構その気だった私はちょっと自信失くしそうです」
んー、と欠伸までするロッテは実に余裕綽々だ。
アリアはロッテほど元気ではないらしく腰を叩いたりしているが―――それでもまだまだ余裕なようだ。
あの至近距離からそれだけのダメージに抑えたというのも恐ろしい話である。
「はあ……で、いきなり喧嘩を仕掛けたのにはどんな理由があるん？」
「幾つかまともっぽい理由はあるよ？」
「まともっぽいのかよ」
「まあ聞きなさいって。突発的な事態への対処と、二人のコンビネーションと、その他諸々。あとは私が戦りたかったからー！」
「テメっ、理由は一番最後のだけだろコラ！？」
やいのやいのと喚きだす陣耶とロッテを尻目になのははバリアジャケットを解除してアリアと話し始める。
「いやあ、さっきのは驚いたね。まさかスフィアから砲撃を撃つとは……」
「他にも色々バリエーションは考えてるんですよ。ただまだまだ練習中で……一番形にしやすかったのがさっきのだったという」
「……ほんとに砲撃関連の適性が異常ね。やっぱり武装隊とかピッタリじゃない？」
「あうう、私は暴力沙汰が苦手なんですー」
と、陣耶とロッテがまた一発戦りかねない雰囲気を放ち始めた。
それを見た二人は揃ってため息を吐きながらさてどうやって止めようかと考えを巡らせ始める。
「よーし。んじゃあ賭けるのは昼飯でどうだ！」
「良いじゃん乗った！ 行くぞジンヤん、懐の貯蔵は十分か！」
言葉で言っても止まりそうになかったので、とりあえずバインドで簀巻きにしてから隊舎の方に持ち帰る事にした。
◇ ◇ ◇
「うっわ……相変わらずやる事がド派手ねえ」
「あんな大出力をポンポン出せるって凄いよねえ。私はまだあそこまで出せるだけの土台が整ってないや」
「さ、最大出力でなら何とか……！」
「ルシエさーん？ あの、僕達はまだ訓練中の身だからあまり危ない事は……」
「大丈夫です。多分レイヤービルならかなりの数を薙ぎ払えますから」
「全然大丈夫じゃないってば！？」
所変わって空間シュミレーターの丁度入口の場所まで戻って来たフォワード一同。
陣耶となのはの二人と別れてから結構すぐに鳴り始めた騒音は四人にもしっかりと届いていた。
ついでに、時々光ったり光線が出たりしているのもしっかりと見えている。
スバルとティアナはまだ見慣れているとはいえ、エリオとキャロの二人にとってこういった光景を見るのは珍しい事だ。
保護責任者が同じような事が出来るのだが映像でしか見た事がない。
それに、遠目からとはいえ実際の光景を見るとまた違った感銘が湧いてくる。
ただ―――少々、変な方向に感銘を感じている田舎っ娘が一人いるが。
「あー、今さらっと格の違いを突き付けられた気がしたけどとりあえず流しとこう」
「はい。それで休憩と言っても何をすればいいんでしょう？ とりあえず後の訓練のために身体を温めておけばいいんでしょうか」
さっさと自分中心の話題を放ってまた別の方向にシフトする桃色娘。
律儀にフォローしようとする赤い少年はこの数分だけで精神的にかなり疲れていた。
そんな気苦労などいざ知らず、どこか世間にずれた認識を持つキャロは文字通り体を温めるためにバックに炎など背負い始める。
その眼はバックの炎と同じように無駄にメラメラと燃えていた。
熱気に当てられて気温が一気に温かいから熱いへとクラスチェンジする。
急激な気温の変化は身体に悪い。あと肌にも。
健康面と女性としての尊厳面から判断して今の状況はティアナにとって非常によろしくない。
……ただの錯覚とは分かっているのだが。
「はいそこー。身体を温めるって言うのはバックに炎を背負うのとは違うからねー」
「あれ、違うんですか。言葉って難しいですね」
キャロが意識を別方向に向けただけで炎はパッと消え去った。火の粉すら残らない。まあ、やはりただの幻覚なのだが。
ティアナはもう魔法とかそんなものを一切無視して不思議ムードに呑み込んでしまうこの天然娘は頭痛の種になりそうだと空を仰ぐ。
スバルは相変わらず元気に身体を動かしているし、エリオはキャロの変な勘違いを一つ一つ丁寧に訂正していく。
……機動六課、フォワード隊。
何か、思ったよりも愉快―――訂正、頭を悩まされる部隊になりそうだった。
Next「そっち顔出すのも悪くないかね」
後書き
熱血魔法バトルアクションアニメの名に恥じぬようにバトル一辺倒。今回は前回とは打って変わって派手に。
というか、ちょっとしたバトルを突っ込むだけのつもりが丸々一話喰ってしまった……どんだけバトル好きなんだ自分。
で、なのはが新魔法を習得です。その名もシューティングスフィア。
シューティングとか言いながら撃ってるのはバスターですが。考えようによっては準主力魔法ものです。
というか書いててこのリーゼ姉妹強くね？ とか思った。大丈夫デスヨネ？
さて、もうそろそろ12月も近づいてきました。
12月と言えばアレです。恐怖の期末です。
ついでに言うとクリスマスです。その日には武力介入が行われて財布との対話が必要なツルギです。
……今年のクリスマスイヴならぬクリスマスIFは誰を書こうかしらん？（ぁ
いえ、やるかどうかすら怪しいですが。
それではまた次回に―――