「せええやァァあああああああああああああッ!!」
人という人が徹底的に取り除かれた世界。
淀んだ空に包まれた市街に甲高い声が響く。
裂帛の気合と一撃必殺の意の下に声の主は砲弾めいた速度で突撃し、手にしているハンマーを敵へと振るった。
その相手は機械だ。
楕円形で1mほどの高さを持ち、中央には黄色い射出口のような物とそれを囲む四つのカメラアイが覗いている。
更に側面からは複数のコードが伸びており、その先端はナイフやドリルなど様々だ。
俗にガジェット、ドローン、もしくは纏めてガジェット・ドローンと呼ばれるこの機械は単純な反応を追って動いている。
ガジェットは予めプログラミングされた通りに動き、目的の品を回収する役割を持っていた。
それにメキリ、と振るわれたハンマーが喰い込む。
振るっているのは8歳ほどの少女だ。
紅のアンダースーツを身に纏い、およそ8歳の少女とは思えない力でハンマーを振り抜いた。
攻撃を受けた機械は破壊的な音を立ててビルへと吹き飛び、そのまま壁に激突してその動きを停止させた。
それを確認した少女はどこか遠くを眺めるような仕草で言葉を紡ぐ。
「うっし、こっちは片づいた……残りはどうだ」
「(今ザフィーラが向かっているわ、どう?)」
「(心配ない、捕捉した)」
そしてそこから数十m離れた道路をザフィーラと呼ばれた者は走っていた。
だがその外見は決して人のものとは言えない。
二本の足ではなく、鋭くとがった四本の爪を兼ね備えた四本の足を使い地を蹴っている。
体は青い体毛に覆われており、後方には一本の尾が揺れていた。
そしてその顔には獣の耳があり、白いタテガミが揺れている。
付け加え、爛々と輝く赤い目と口から覗くずらりと並んだ鉄をも噛み砕けそうな鋭い牙。
それは人間ではなく、青い狼だった。
ただ一つ、額に見える青い宝石だけが単純な狼ではない事を示している。
「数は五……減っていないところを見ると、やはり中身自体は単純らしい」
そして、狼は発する筈のない人の言葉を発した。
前方には五機のガジェットが一目散に逃走している。
あの機械、逃げ足自体は速いのだが決定的に状況判断能力が欠けていた。
例えば各機散開して個別に逃げだす、などといった事も出来る筈がそれを行おうとする気配もない。
だからこそ、単純。
その程度でこの青い狼から逃れられる筈がない。
「ならば、砕かせてもらうっ……!!」
咆哮。
獣の雄叫びに応えるように地面から次々と白い軛が剣山のように突き出してきた。
それはガジェットの前方から行く手を阻み、四方を取り囲む事で見動きを封じ、真下から出現した軛が標的を粉々に噛み砕く。
後に残ったのは突き立つ白い軛とバラバラになったガジェットの残骸だけだ。
ザフィーラは辺りを見渡し、他に敵影が見えない事を確認すると仲間に連絡を取る。
「(シャマル、こちらも終わった。他に反応はあるのか)」
「(……いいえ、ザフィーラので最後ね。状況終了―――お疲れさまザフィーラ、ヴィータちゃん)」
シャマル、と呼ばれた女性がどこかのビルの屋上でふう、と一息吐いた。
金髪のショートヘアと翠色の瞳が憂い気に揺れてどことなく艶やかな表情を見せる。
シャマルが手を振ると同時に淀んでいた空が徐々に元の姿を取り戻し始めた。
歪んだスクリーンが取り払われた向こうには多くの星が瞬いている。
そして今まで影も形も見えなかった街の住民がまるで初めからその場にいたかのように市街に溢れだした。
「これで一応は一区切り―――帰った後も異動の手続きが大変だけど」
「つっても仕事だしなあ……ザフィーラは仕事なくて良いよな、犬だし」
「狼だ」
呟いた声に応えるようにヴィータとザフィーラも姿を見せる。
アンダースーツを纏い片手にハンマーを持つ少女―――ヴィータ。
白いタテガミを揺らす蒼い狼―――ザフィーラ。
管理局陸士隊の制服の上から白衣を羽織った女性―――シャマル。
三人は共に同じ主を仰ぐ騎士達だ。
任務を終わらせた三人は緑の光に包まれるとその場から完全に姿を消す。
あとには、元に戻った街の喧騒だけが残されていた。
始まりの理由〜the true magic〜
Stage.04「行動方針は職探しかしら」
極東の地、日本。
そこに存在する海鳴市という街の中にそびえ建つ一件のビル、ベオパレス20。
全20階建ての高層マンションの15階にある一室で、皇陣耶はテーブルを挟んで一人の女性と向かい合っていた。
スラリとした白のカーディガンを羽織っている、ストレートな腰まで届くほどのくすんだ金髪を持つその女性。
今日の内にこちらに引越してきたという件の女性だった。
「本当に助かりました……まさか荷解きや整理整頓のお手伝いまでしてくださるとは」
「あれ以上の騒音を立てられると迷惑だっただけだっつの」
「あう、スミマセン……」
陣耶の睨みに思わず女性が委縮する。
あの後、このまま放っておくと更なる騒音に晒されると判断した陣耶は仕方なく片付けを援助。
主に割れ物を中心に荷解きを手伝う事になった。
あれから二時間ほど経過してとりあえずは一息が吐けるぐらいに片づいたので、陣耶は女性からお茶を振舞ってもらっている。
付け加えると、その手際はかなり良かった。
テキパキと片づけられた食器を取り出して茶を沸かし、それをカップへと注いで差し出す。
後片付けまで難なくこなしているところを見ると、とてもこんな惨状を作り出すような人物には見えなかった。
そんな疑問を感じ取ったのか女性が憂鬱気味に語り出す。
「見れば分かると思いますけど……私、整理整頓だけがどうも苦手でして。他はそれなりにこなせるんですが」
「天は二物を与えず、ね……欠点が致命的すぎるが」
どちらにしろ碌でもない特徴だと心の中で呟く。
仕事の都合で引っ越して来たらしいが、もしかしてこの整理整頓の悲惨さが災いしたのではと思わず邪推してしまう。
とりあえず片付けの間ずっと放置していたトレイターに連絡を取るため、念話を使う。
「(あー、あー、聞こえるかねー? こっちは終わったがそっちはどーだい)」
「(感度良好だ。お前が遅いのでじっくりと仕込んでカレーを作っておいたぞ、主人思いの従者に泣いて感謝しろ)」
「(やだ)」
そこまで話してトレイターとの念話を切った。
どうも夕飯のメインであるカレーはトレイタースペシャルとして完成しているらしい。
女性の方を見ると自分で淹れた紅茶を飲んでいる。その後ろには9時過ぎを指す時計が一つ。
もういい加減に良い時間なので帰ろうと陣耶は出された紅茶に口を付ける。
……予想外に美味かった。
程良い香りが口にした途端にふわりと広がる。
香りは種類によって様々な効果をもたらすが、これは疲労回復の類だろうか。
この優しい香りだけで疲れが癒されそうだった。
「……あんた、ほんとに整理整頓以外はできるのな」
「良く言われます」
美味かった、とだけ言って陣耶が席を立つ。
そのまま玄関口へ向かい、つられるように女性も見送りにやって来た。
「そんじゃあ俺は帰る。これ以降はこんな事が無いようになー」
「はい。一度整理整頓さえできればこっちのものですから」
心配ありません、と綺麗な笑顔で返される。
だがそれを見て陣耶が思ったのは、その笑顔が逆に不安だ……である。
とにかく、帰るためにドアを開ける。
廊下を照らす茜色の光が陣耶を出迎えた。
「それじゃ……えー、あー……」
「……あっ、そういえばまだ名前を言っていませんでしたね」
別に名前を知っておく必要もないのだが、陣耶と女性はこれから隣り同士だ。知っておいて別に損は無い。
見送りに来た女性はそのままにっこりと微笑み、答えた。
「ドゥーエ、と申します。宜しくお願いしますね」
◇ ◇ ◇
―――二週間が経過した。
ミッドチルダ中欧区画湾岸部には一つの隊舎がある。
そのロビーにずらりと並ぶ陸士隊の制服を着込んだ局員やエプロンを付けた女性が並んでいる。
性別も経歴も出自も何もかもがバラバラ、ここに集まった理由も人それぞれだ。
が、そんな集まりでも大体の統率は取れている。
彼ら彼女らは同じ局員であり、スタッフだからだ。何かしら似通った部分はあるのだろう。
だが、その中でも異質な雰囲気の者が四名いた。
二人はその体格が異質だった。
この場には若い局員が集められてはいるが、それにしたって大体が二十代前後だ。
だがその二人の体格から判断するとどうしても十歳程度の子供にしか見えない。
周りの体格に比べるとその二人だけがあまりに浮いていた。
二人の名はエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエと言う。
二人はその外見が異質だった。
この場に集まっている者が身に纏っているのは陸士隊の制服かエプロン姿かに分けられる。
先程の子供も体格が異質とはいえ陸士隊の制服に袖を通している。
しかしその二人が袖を通しているのは明らかに私服だった。
局員の制服やエプロン姿のような仕事着ではない、日常生活で来ているような服を身に纏っている。
それが周りと比べてあまりに浮いていた。
二人の名は皇陣耶と高町なのはと言う。
だが、その異質な四人にその他多数の視線が注がれる事は無い。
理由をいくつか挙げるのならば、まず四人が並んだ列の端の方にいるからだ。
端であれば中央に比べると他の者達の視線が向けられる事は少ないだろう。
更に今現在は―――
「機動六課課長、そしてこの本部隊舎の総部隊長、八神はやてです」
自分達の上司となる人物の演説、その真最中なのだ。
今この場に多くの人間が集まっているのは新部隊の設立式だからだ。
その新部隊に参加する事になっていたメンバーがこうして集まり、設立式に集中している。
視線を外して端の方にいる浮いた四人を見ようものならどこから叱咤叱責の声が聞こえてくるか分かったものではない。
ここの上司はそれほどきつく言う訳ではないが、初日からそんな嫌な目立ち方は誰もしたくないのだ。
「―――以上、機動六課課長及び総隊長、八神はやてでした!」
部隊長挨拶が終わると同時に周囲から拍手が巻き起こる。
その部隊長と同じ列に立つ人物は一人を除いて全員が女性だった。
リインフォース・アイン、フェイト・T・ハラオウン、グリフィス・ロウラン。
八神はやても含めた四名が壇上に立ち、壇下にはシグナム、ヴィータ、シャマル、リーゼロッテとリーゼアリアが立っている。
その内の一人を見て、拍手を送っていたスバル・ナカジマとティアナ・ランスターは引き攣った笑みを浮かべていた。
はやてが話を終えると、そのまま様々な役所の代表が挨拶を述べその度に拍手が起こった。
やがて一通りの挨拶が終わると今後の予定を簡単に説明した後に全員が解散する。
それぞれが自分の仕事へと向かったのだ。
これが古代遺失物管理部”機動六課”―――その設立式であった。
◇ ◇ ◇
「じ、じっじじんじん陣耶さんあれは一体どういう事ですかっ!?」
「……いきなり話が見えんのだがランスターやい」
設立式が終わった直後、スバルとティアナは二人揃って陣耶となのはの方へと突撃していた。
その表情には驚愕がありありと浮かんでおり、軽くパニックしているのかいつも冷静なティアナもテンパっている。
その事を自覚はしているのか、自分の口から話の確信を伝えようとはせずこっそりととある方向を指差す。
指が差したその方向には―――
「……あんだよ」
「いやなんにも。相変わらずどぎつい目付きしてるのなあ……まあその体格ならあんま怖がられないだろうが」
「ほっほーう、喧嘩売ってんのかテメー」
紅い髪のチビッ子がいた。
後ろでスバルとティアナが「ヒイィッ!?」と悲鳴を上げるが何のその、その程度で止まるような陣耶ではなかった。
とはいえヴィータにはこれから仕事がある。陣耶にもこれから先の予定はあるのだ。
二人は今回はこれぐらいにしておこうと同時に肩をすくめる。
ヴィータはそのまま背を向けて手を振りながら去っていった。
そして、ヴィータが居なくなったところでまた二人が押し寄せてくる。
「なっ、何やってるんですかいきなり問題起こそうとしないでくださいっ!?」
「どっちかっつーと一方的に怖がってるお前らの方が問題のような気がするのは気のせいか」
スバルとティアナはヴィータを怖がっていたのか微妙に涙目になっている。
陣耶はいくら目付きや口が悪いとはいえこの二人がここまでヴィータを怖がる理由は何なのかと考えて―――
ふと、海鳴での死闘が思い浮かんだ。
「……あ」
あとから聞いた話によると、この二人がやり合ったのは間違いなくヴィータの筈である。
陣耶が覚えている限りでは、その戦闘で二人は見るに無残な姿になるまでボッコボコのけちょんけちょんにされた訳で……
なのはもその考えに至ったのか、苦い表情で遠くを見始める。
「な……何でよりにもよってあの子供がここにいんのよーーー!!」
「テ、ティア落ちついて深呼吸して、そのまま右を溜めてズバンと打ち出して!!」
「いや、お前も落ちつこうな?」
さてどこから説明したものか、と陣耶は頭を悩ませる。
出会いが半端が無いトラウマ級の出来事だから仕方ないといえば仕方ないのだが……馴染ませるのには一苦労するだろう。
こういった考えに至らなかったのは明らかに六課に誘ったこちら側のミスだ。
はやてやヴィータも交えて一度相談した方がいいかもしれない。
道端に捨てられた子猫のように怯える二人をとにかく宥めようとする陣耶となのはを、エリオとキャロは首を傾げて眺めていた。
◇ ◇ ◇
ところ変わって地球の海鳴市。
昼頃にもなると気温も徐々に上昇してきており、春の暖かな陽気に包まれ始める。
近年は地球温暖化のせいでその気温まで上昇し始めているが―――それでもまだ十分に春を感じる事が出来ていた。
ただお肌の敵である紫外線にだけは十分以上に注意を払っている。
そしてオフィスやデパートが立ち並ぶ海鳴市街の歩道のど真ン中。
現在、陣耶とトレイターの隣の部屋に引っ越してきたドゥーエと名乗る女性は―――
「……さて、どうしようかしら」
割と本気で悩んでいた。
こちらに引越してきたのは良いのだが、彼女はやはりこの町にとっての新参者。
職やアルバイトなど当然ある筈もなく、土地勘に至っては皆無と言って良い。
だからこそ街に馴染むためにもまずは探索に出かけたのは良いのだが……土地勘がない以上、どこから手を付けたものかと悩んでいた。
それでも少しずつ探索範囲が広がっており、街中の探索は今日で一応終わる筈である。
「生活費も問題よねえ……まだもう少しの間ならどうにかなるけど、早い事アルバイトでも探さないと」
世の中、生きるためには金が必要だ。
物を手に入れるのにも、住むのにも、持つのにもとことん金は付き纏ってくる。
社会に生きる者にとってそれは逃れられない事柄であり、ドゥーエもその一人だ。
いくらか蓄えはあるがそれも無尽蔵という訳にはいかない。
資源には必ず限りがあるのだ。
「当面の行動方針は職探しかしら……とりあえず安定した収入は必要だし」
などと思案しながら街をぶらぶらと探索していく。
道中見つけたデパートやスーパーなどには迷わず入って店内を物色、何がどれくらいの値段なのかを調べておく。
他にも交通の便、バスの停留所や地下鉄の配置に書店や病院などetc.etc.
時々、腰を痛めた高齢者を背負ってあげたり子供の風船が木に引っかかっていたので取ってあげたりしながら探索を続ける。
そうして幾つかのスーパーの袋を手に持って駅前まで戻ってきた頃には―――既に陽が沈み始めていた。
「そろそろ陽も暮れるわね……今日はここまでかしら」
見ている間に陽はどんどん沈んでいく。
徐々に顔を隠していく太陽に合わせるように世界は鮮烈な紅一色へとその姿を変える。
沈んでいく太陽とは別の方向に目を向ければ、空には一つの月が既にはっきりと見え始めていた。
……と、そこでドゥーエの目に緑色の看板が飛びこんできた。
「あら? 喫茶店かしら」
そういえば今日は探索ばかりに力を入れてまだ一休みしていないと気付く。
この町に来たばかりのドゥーエにこの町の喫茶店ではどんな物があるのだろうかという好奇心がふつふつ湧き上がってくる。
近づいてみると、店内にはそれなりに客が入っていた。
どうやらそれなりに繁盛している店らしい。
外にある立てつけのメニューを見ると甘い物も取り扱っているようだ。
ドゥーエは少し考えたあと、部屋に戻る前にここで一休みしようと決めて喫茶店のドアを開く。
その喫茶店の名は、”翠屋”と言った。
◇ ◇ ◇
「はーい。良い子のみんなー、もう全員集合出来たかにゃー?」
設立式から数時間後―――
太陽が眩しく照りつける青空の下、機動六課の隊員のうち数名が海岸部に沿った道に集まっていた。
響いた女性特有の高い声にフォワードの四名が背筋をピンと真っ直ぐに伸ばす。
フォワードチームであるスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四名とリーゼ、アリアの二名。
そこにシャリオ・フィニーノと皇陣耶、高町なのはを加えた九名が一同に会している。
ただシャリオはリーゼ姉妹の隣、皇陣耶と高町なのははフォワードチームの隣に並んでそれぞれ向かい合っていた。
「そんじゃ点呼執るぞー、そこの青いのから番号よーい!」
ざっ、とスバルの方に向けて他の五人の顔が動く。
そのままスバルが大きな声で点呼を始めた。
あまり騒音も聞こえないここでは良く声が響き渡る。
「いーち!」
「二!」
「さん!」
「し!」
「五!」
「ろーく! ……って、あれ? 何で俺らまで」
ついついノって点呼をしてしまったが自分達がやる必要はないのではなかろうか。
そもそも陣耶となのははスバルとティアナを宥めていた時に目の前の猫二人(?)に連行されただけだ。
エリオとキャロには元から用があったのか一声かけるとついて来ていた。
首を捻る陣耶を見てアリアが口を開く。
「良いじゃない別に。あんたら二人もたまには本格的な訓練を受けてみなさいって」
「……まあ、たまにはそれも良いかね」
「うわっ!? 前にあたしが誘った時には断固拒否したくせにアリアだけひいきだー! ひいきー!」
「おめえはもちっと適切っつー言葉を学習してから出直してこい……!」
そんな言い合いともつかぬじゃれ合いが始まるが結局は二人とも訓練に参加する方向で決まった。
ただし制限を設けて、だが。
海鳴組の二人と新人組の四人ではまだ戦闘に関する経験や実力に差が開いている。
その辺の調節の意味も込めての制限だ。
内容は飛行魔法と一定ランク以上の攻性魔法、バインドに転移魔法の禁止。
なのはのバスター系や陣耶の中距離型魔法であるディバインセイバーもその例外ではない。
「けっこー制限でかいな……」
「そりゃあ新人たちに合わせないと訓練になんないじゃーん?」
もっともな事なので陣耶もそれに関してはそれ以上何も言う事は無かった。
ただなのはだけが飛行魔法が使えない状況に嘆いている。
曰く―――
「うう、運動音痴な私に走れって酷なの……」
「まあまあ、元々なのはさんって砲台みたいな存在じゃないですか。別に動かなくたってやりようはいくらでもあるんでしょ?」
「何か微妙に酷いよティアナ……」
だが一度決まってしまった以上は制限が覆ることはない。
陣耶となのははバリアジャケットを纏い、フォワード組はシャリオから返されたデバイスをそれぞれ装備する。
準備を終えた一同をロッテは見渡し、満足げに頷いた後に訓練の説明を開始した。
「今回の内容は仮想ターゲットの撃破もしくは捕獲。制限時間内にクリアできなけりゃ楽しい楽しい罰ゲームが待ってるよん」
「何か、不穏な気配を感じてしまうのは気のせいなんでしょうか……」
「遠慮なく言って良いんだぞ少年、あいつには真っ向からは向かうくらいが丁度良い」
「こらそこ、子供に変な余計な事を吹きこんでんじゃない!」
「まああっちは放っておいて―――見たところ仮想敵もフィールドもありませんけど、どうやってやるんですか?」
ティアナの言う通りここには一直線に伸びる沿岸線沿いの道が一つだけ。
真正面は海、背後には建造物。
とてもじゃないが訓練を行う場所とは言い難かった。
しかしその言葉を聞いたアリアが口を笑みの形に歪ませる。
「その言葉待ってましたっ、シャーリー!」
「了解!」
アリアが呼び掛けるのに合わせてシャリオが空間に展開されたパネルを次々とタッチしていく。
慣れた手つきで次々と何かのコマンドが入力されていき―――最後に大きく表示されたパネルをタッチする。
それに合わせて、アリア達の背後にある海上に伸びた一本の道の先にある広大なスペースが光を放ち始めた。
突然の光景に息を呑む一同。
そうしている間にもスペースは凄まじいスピードでその姿を変えていた。
数百のレイヤーグリッドが空中を奔り物質の形を描いていく。
それらは瞬く間に巨大な建造物を描いていき―――数秒後には無数の崩れ落ちたビルが立ち並ぶ廃都市と化していた。
先程までは目の前に存在していなかったビル群を眺める一同に向かってシャリオが得意げに口を開く。
「これが六課自慢の訓練スペース、教導隊関係者にも協力してもらって作成した陸戦用の空間シミュレーター! 出来は凄いよー」
「確かに、凄いねこれ……」
なのはが全員の気持ちを代弁するように呟く。
普通、ここまでの規模でのシミュレーターを用意するなどかなりの予算が掛かってしまう。
遠目から見ても実物と変わらないほどのリアリティまで兼ね備えているところを見ると性能は尋ねるまでもないだろう。
一体こんな設備をどこから引っ張ってきたのやらと陣耶はここにはいない部隊長に驚愕を通り越して呆れ果てていた。
アリアはそんな一同の意識を自分へ向けさせるために手を叩く。
「さて、紹介するのが遅れたね。こっちはシャリオ・フィニーノっていう子で、六課の頼れるメカニックだよ。通称はシャーリー」
「ご紹介に預かったシャリオ・フィニーノ一等陸士です。メカニックデザイナーと六課の通信主任を兼ねています、よろしく」
栗色の腰に届くくらいの長髪に印象的な丸メガネ、その中に見える青い目。
どこか朗らかさを感じるその人物に陣耶となのはは見覚えがあった。
というよりついこの前も親友が紹介してきていた。
「いや、まさか四年前に会ったあいつが今ではフェイトの補佐官とは……世の中って狭いもんだね」
「そうだよねー。私も管理局に居続けていたらフェイトちゃんみたいに副官さんがいたりしたのかなー?」
二人は四年前に始めてレリック絡みの事件に関わった際にシャーリーと知り合っている。
陣耶は同時期にクラウソラスのバージョンアップで世話にもなっていた。
記憶が正しければシャーリーの幼馴染であるグリフィス・ロウランも機動六課配属の筈だ。それも結構重要なポジションで。
いくらコネをフル活用した選りすぐりの部隊だからと言っても知り合いが多すぎはしないかと妙に勘繰ってしまう。
そんな二人の疑問を余所にシャーリーは新人四人に返却したデバイスにデータ記録用のチップが入っている事を説明する。
デバイスは個人が色々とカスタムしていったり自分で作ったり調整していったりと出来るのだが、やはりそれの専門はメカニックだ。
だからメカニックであるシャーリーが個人に合わせてデバイスを調整するためにもデータを取る必要があるのだ。
「ただデータ記録用のチップはデバイス本体のチップと比べると強度は劣るから、ちょっと気を付けて扱ってくれると嬉しいな」
私からは以上でーす、とシャーリーが後ろに下がる。
そして再びリーゼ姉妹が前に出てきて四人の背筋が再び伸びた。
準備は万端と言わんばかりの一同を見て、いよいよリーゼ姉妹は訓練を開始するために行動を開始する。
「それじゃあ向こうに場所を移すよ、ついてきて」
◇ ◇ ◇
同じ頃、機動六課の駐機場に一人の男が立っていた。
長身で見ただけでも体付きはしっかりしているのが分かる。
茶色の短髪に緑色の目をしたその男の名はヴァイス・グランセニック。
階級は陸曹で、機動六課の中でも腕利きのヘリパイロットである。
その腕利きのパイロットの傍らには一機のヘリが停まっていた。
くすんだ緑のカラーリングを基調とした、地球ではいかにも軍隊や自衛隊が使っていそうなフォルムの輸送用ヘリ。
武装隊用の最新型でJF704式という物だ。
機動六課にヘリパイロットを招く際にはやてがお決まりのようにコネを利用して格安で配備させた物である。
バラバラと勢いよくプロペラが回転しており、既に機体はいつでも飛び立てる状態で待機していた。
そして、ヴァイスはそこで人を待っていた。
ヴァイスは運送用ヘリのパイロットだ。それを動かず以上、運ぶ何かが来るのを待っているのである。
プロペラの回転で吹きつける風を身に受けながら待つこと数分―――やがて隊舎内から駐機場に通じるドアが静かに音を立てて開いた。
待ち人はヘリの傍らに立つヴァイスを見るとにこやかに口を開いた。
「あ、ヴァイス君。もう準備できたんか」
「とーぜんっスよ。こちとらパイロットなんですから何時でも飛ぶ準備は万全ですぜ」
「あはは、それは頼もしいなあ」
やって来たのは三人だ。
機動六課部隊長の八神はやてにフォワード部隊であるライトニング分隊の隊長フェイト・T・ハラオウン。
そしてはやてのすぐ横で付き添うように飛んでいる機動六課部隊長補佐のリインフォース・ツヴァイ。
ヴァイスの今回の仕事はこの三人のタクシー係である。
「さ、本日はどちらに向かわれますかね?」
「首都クラナガンの中央管理局までお願いできるかな」
「もちろんですとも。こんな美人さんを送迎ができるなんてそうそう滅多にあるもんじゃありませんしね」
「うん、ありがと」
フェイトのお礼の言葉にこれは役得だなと心の中でヴァイスはほくそ笑んでおく。
高嶺の花と言っても差し違えはないであろう目の前の美人二人はその出世スピードにも目を張るものがある。
そういった方面での下心はヴァイスには全くないのだが、これを機に誰もが認める美人さんとお近づきになれると良いなー、と考えてはいる。
「こーらー、ヴァイス陸曹は皆の命を預かる立場なんですからね。もっとしっかりしてもらわないと困るのですよ」
「はっは、分かってまさぁなツヴァイ曹長」
ビシッと小さな上司に注意されたが、軽く下心でも見抜かれたとかそういう事ではないらしい。
しかし邪な考えというのは一瞬の油断で露見するものだと相場が決まっている。
そうである以上、自分から墓穴を掘るような行為はタブー。
出来るだけ自然に振舞うためにもそろそろ出発した方が良いだろう。時間的にもそろそろ出なければ不慮の事故で遅れる可能性が出てくる。
そろそろ行きましょうや、と立っている二人と小さな妖精をヘリの中へと促す。
乗り込んだ全員がシートベルトを締めるのを確認しながらヴァイスもコクピットで様々な画面を操作していく。
離陸準備を終えたヘリはプロペラの回転速度を徐々に上げていき、それに合わせて発せられる音も加速する。
「さあ―――行くぜ相棒、首都クラナガンまで一直線だ」
『OK. Take off, stand by』
まるで重力に逆らうようにゆっくりと機体が浮き上がる。
その勢いを止める事無く上昇し、ヘリは目的地に向けての飛翔を開始した。
目指す場所はミッドチルダの首都であるクラナガン。
はやては機内の窓から地平線にまで続く広大な青空を眺める。
街はいつもと変わらない日常に包まれているが、自分達にとっては大きな転機を迎えた日だ。
機動六課設立の初日―――それは、思ったより長い一日になりそうだった。
Next「しっっかりと動いてもらいますよ?」
後書き
どうもお久しぶりです。ツルギです。
前回から間が空きすぎだ……カメで済みません。ウサギになりたいです、切に。
バルド地獄のAI抑圧兵器大量製造にコテンパにされ、中間試験で心身が削られ、トドメとばかりに22巻での上条さん。
衝撃過ぎましたねえ……ていうか小説を読んで泣いたのは何年振りだろうか。上条さんマジパネェっす。
あんな風に感動できる物語を書きたいものです。
次回はガチのバトル回。初訓練を四人ではなく六人で。
……海鳴の方が中々描写できないっす(ぁ
それではまた次回に―――