「えぐっ、えぐっ……信じてたのに。リインのこと信じてたのにぃ」

 「あうあう〜、ごめんなさいなのですよはやてちゃん〜」

 「……まだやってるし」




  リインの会心の一撃が効いているのかはやては未だ完全には立ち直っていなかった。

  うじうじといじけるはやてを必死になって慰める小さなリイン。

  パッと見、ダメな主人としっかり者の従者に見えてしまう。

  とりあえずいじけたはやてはそっとしておく事にして、陣耶が話の続きを促した。




 「えっと……部隊名は時空管理局本局遺失物管理部機動六課なんだけど、名前から分かる通り遺失物を扱うのが主な仕事になるかな」

 「遺失物というと……ロストロギア、ですね」

 「うん、正解」




  古代遺失物―――ロストロギア。

  一般的には古代文明において生み出された現代の技術では解明できない高度技術、または産物の総称。

  これまで陣耶達が大きな事件で関わってきたも物はこのロストロギアがほとんどである。




  願いを叶える宝石―――ジュエルシード。

  高町なのはの始まりの物語。

  なのはが魔法とユーノ、そしてフェイトと出会うきっかけとなったロストロギア。




  持ち主に絶大な力と破滅をもたらすとされる魔導書―――闇の書。

  八神はやてと皇陣耶が魔法と出会うきっかけ。

  何百年と前から続いて来た闇の書と白夜の書の因縁。




  そして高エネルギーの結晶体―――レリック。

  それを狙う仮称としてガジェット、もしくはドローンと呼ばれる機械兵器。

  謎の勢力である無色とその召喚竜。

  他にも問題は山積みである。




 「捜査の方は一課から五課が担当するから、私達は主に前線での仕事をこなす事になるんだ」

 「ほー、そーだったのか」

 「陣耶くん話の腰折らないっ」




  そのままフェイトから簡単な概要が語られる。

  六課立ち上げの目的、構成員の割合、入隊した場合の利点などなど―――

  一通りの説明が終わった頃にやっとはやてが再起動した。




 「……ってもう説明終わったん?」

 「うん」




  がーん、と再び衝撃を受けるはやて。

  ムンクとかミロみたいな顔になって再びよれよれと膝をつく。

  が、立ち直ったばかりでまた倒れてはいられないのかなんとか持ち直した。




 「まあそれもこれも二人がBランク試験合格したらの話なんやけど……まああの様子なら大丈夫やろ」

 「あ、そういえば二人とも今日が試験だって言ってたね。どうだった?」

 「結構自信ありますよ。今は結果待ちですけど」




  試験結果は受けたその日の内に出される。

  スバルとティアナも試験結果が出るのを待っている間に六課勧誘の話を受けていたのだ。

  結果自体は監督と教導官が出すものであり、リインは試験での監督なのだが自分の仕事を終えてこちらに来ている。




 「ふむ……試験終わってから少なくとも30分は経ってるし、もうそろそろ結果が出てもおかしくない時間だわな」

 「そうですね。うーん、何だかそわそわするなあ」




  落ちつかないのかあっち見こっち見を繰り返すスバル。

  が、どこをいくら見ても試験官がやってくる筈もなく、ただ局員がちらほらと見えるだけだ。

  仮にさっきの機動六課の話を受けるとしてもBランク試験の結果が分からなければ始まらないので余計に気になる。




 「こらスバル、あんまりそわそわしない。一緒にいる私が恥ずかしいでしょーが」

 「ううう、だって気になるじゃーん」




  などと言いながらまた視線をあらぬ方向へと向けるスバル。

  スバルがあまりじっとしている事が得意ではない性分であるということを知ってるティアナでもその様には呆れの溜息を吐いた。

  と、そこに




 「おやおや、みなさん何やらお揃いだね」

 「みたいね。丁度良いじゃない、色々と話ができるし」




  第三者の声が響いた。

  全員がその第三者へと視線を向ける。

  その時の反応は様々だった。

  にこやかな笑みを浮かべる者、緊張した面持ちになる者、呆気にとられる者、渋面になった者。

  三者三様の表情を満足そうに見渡し、第三者は話の輪へと入りこんでくる。




 「試験官、お勤めごくろうさん」

 「いえいえ、これくらいはお安いご用ってね」

 「お疲れ様」




  やってきた第三者―――試験官をにこやかに迎えるはやてとフェイト。

  手に持つ書類はスバル達の試験の結果である事に間違いないだろう。

  試験結果に自信を持っているとはいえ緊張した面持ちになるスバルとティアナ。

  なのはは試験官が現れてから呆気にとられた表情が続いている。

  そして最後の一人―――渋面を作っている陣耶が実に苦々しく、口を開いた。




 「……何で、お前らがここにいんのかね―――ロッテ、アリア」

 「やっほー。まだまだ縁は切れないらしいね、ジンヤん」




  それは本当に、予想外の人物だった。




















  始まりの理由〜the true magic〜
          Stage.02「やるならとことん、だよ」




















 「で、この二人がここにいる訳をちゃーんと説明してくれるんだろーな」

 「あははー、まあ色々とあってなあ」




  陣耶の詰問にはやては先程から容量を得ない答えばかりを返している。

  質問事項はもちろん陣耶のよく知る二人の人物―――リーゼ・ロッテとリーゼ・アリアの事についてだ。

  本来、この二人は陣耶とはやての後継人であるギル・グレアムという老人の使い魔である。

  そのギル・グレアム本人が管理局を辞めた時、当然のようにこの二人も管理局を抜けた―――筈だった。

  しかし目の前には管理局を辞めた筈の二人が存在している。

  予想だにしなかった事態に少々テンパっているのは自覚しているが、それを差し引いても衝撃の事実である。

  現になのはも驚いた表情になった後は興味深々の顔で陣耶と共にはやてを質問攻めにしていた。




 「まあまあ、とりあえず詳しい話は後でするさかい。先にスバルとティアナの結果を知らせてあげよ?」

 「む……」




  見事なまでの正論に陣耶が流石に二の口を告げなくなる。

  そんな事は知らんと突っぱねても良いのだがその対象は知人だ。流石の陣耶も気が引けた。

  なのはも同じようにちょっと不満そうな顔で黙り込む。

  そうやってはやてが二人をなだめるのを確かめると、ロッテとアリアの二人はスバルとティアナに向き直った。

  二人の顔に緊張が奔る。

  今後の進路はBランク試験を受かったかどうかで大きく変わる事に間違いはない。

  それだけに二人にとってこの結果は当初のそれよりも重大な意味を持っていた。




 「さて、それじゃあ試験の結果だけど―――」




  ゴクリ、と喉が鳴る音を全員が聞いた。

  方々にとって重要な事項である試験の結果を記した資料を片手に、リーゼ姉妹が口を開く。

  それはまさしく緊張の一瞬。

  全神経が聴覚に向けられ、聞きたい事から聞きたくない事も全て聞き逃さんとする。




  そして、その一言が発せられた。










 「―――合格」










  一瞬、静寂が満ちた。

  経った今放たれた一言の意味を咀嚼し、それを理解するのに少し時間がかかる。

  合格。

  合わせるに格と書いて合格。

  検査や検定などでも使われるあの合格だ。

  それの意味するところは、つまり―――




 「ぃいやったーーー!!!」




  一番最初にスバルが弾けた。

  顔に満面の笑みを浮かべて自分今最高に嬉しいですとばかりに万歳をしている。

  一瞬遅れてティアナも合格の意味を理解したのか、顔がパッと明るくなった。




 「ティアー、合格だよ合格ー! 私達これでBランク!」

 「やっとここまで来たって感じね……でも、まだまだこれからよ」

 「おうっ!」




  ティアナは特に嬉しがるような素振りこそ見せないものの、顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。

  結果を一緒に聞く事になった海鳴出身メンバーにも祝福の笑みが浮かんでいた。

  特に近しい関係にあったなのはに至ってはスバルとハイタッチをやり始める。

  同時に腕を上げて右タッチ、左タッチ、両手でタッチ。最後にバンザイ。

  実にご機嫌であった。




 「これもなのはさんと陣耶さんとの特訓のおかげです、ありがとうございます!」

 「私は別に何もしてないよー。これは二人の実力」

 「まー頑張って励め。体を動かす程度なら付き合ってやるから」




  とにかくやったねと再びハイタッチする二人。本当にご機嫌である。

  が、しかし。その中でも微妙に浮かれた気持ちになれないのが一人いた。

  先程話をはぐらかされた陣耶である。

  試験結果の報告が済んだのだから早く二人がここにいる理由を話せ、そんな心境であった。

  そんな様子に気づいたはやてもやれやれと溜息を吐く。




 「せっかちさんやねえ陣耶くんは。色々と急ぐ男は嫌われるよ」

 「じゃかしいわいっ。で、結局のところこの二人がここにいる理由って何なんだ」




  陣耶の言葉になのはもさっきの疑問が先立ってきたのかこちらに頭を向けてくる。

  その二人の知り合いだという事でスバルとティアナも興味はあるらしく、同じく顔を向けてきた。

  リーゼ姉妹がはやての隣へと腰を掛け、それに合わせてはやてもこほんと咳払いを一つ。

  全員の視線がはやてへと向けられる。




 「まあ実のところやね」

 「実のところ?」




  いよいよ核心を突こうとするはやてにずずいと身を乗り出す興味深々な四人組。

  そんな四人を見渡してはやては一言、




 「一年ほど前からとある事情で管理局に復帰してもろうてんねん」

 「……は?」




  いや、大体の予想はついていた。

  ついてはいたが、やはりど真ん中を射抜かれると多少は戸惑うものである。

  陣耶は確認の視線をリーゼ姉妹へと向ける。

  帰ってきたのはイイ感じの笑みだった。




 「……い?」




  たっぷり5秒間ほど制止する陣耶。

  なのはも陣耶ほどでないにしろ衝撃を受けて目を丸くしている。

  話があまり見えないスバルとティアナは首を傾げるばかりだが、一応は何やら特異な状況であることを察している。

  そして陣耶はたっぷりと5秒間制止した後、思わず叫んでいた。




 「なぁぁああぬぃぃいいいいいいいいッッッ!!?」

 「陣耶くん、気持ちは分かるけどここ職場!」




  なのはの一言でハッと我に返る陣耶。

  流石に衆人観衆の目には敵わないらしくすごすごと身を退いた。

  しかし疑問は次々と湧いて止まらないものである。




 「あの猫姉妹が? 過去に色々やらかしたから責任とって一緒に辞めたんだろ? 良いのか戻って。というか使い魔だけ?

  ま、まさかグレアムさんご本人まで来ちゃいねーだろーな……しかし仮に使い魔だけ戻ったとしても認められるもんか?

  けどそこ言うと守護騎士どうなるって話だし良いのか? 良いのか。つかそもそもなんで出て来たし、しかも教導官。

  そりゃ確かにクロノのお師匠さんではあるがそれにしたってどんなコネ使いやがったあのタヌキ……上とかどうやって」

 「どーどー、びっくりなのは分かったからちょっと落ちつき自分」

 「俺は馬じゃねっての!」

 「おう、早っ」




  しかしはやての言う通り落ちつくのも大事だ。

  混乱したままでは話も進まないと一旦深呼吸して気持ちを落ち着ける。

  ついでにリインが持ってきたお茶を啜って一息吐く。

  程良い熱さのお茶が喉を通る度に気持ちが落ち着くような気がした。

  もちろんただの気分の問題なのだが。




 「……で、そんな芸当アリなのか?」

 「ふむ、アリとは?」

 「おまーそれは決まってんだろ、第一―――」




  と、そこまで言いかけて突然陣耶が黙った。

  そのまま黙考してしまう陣耶を胡乱気な目で見る一同。

  しばらくして何やら納得した様なしていない様な複雑な表情で顔を上げる。




 「まあとりあえずそれは良い、置いておこう」

 「置いといちゃうの!?」

 「置いといちゃうの。グレアムさんどーすんだ?」




  その言葉になのはがあっ、と声を上げた。

  リーゼ姉妹はギル・グレアムの使い魔だ。地球では共に暮らし家事もこなしている。

  それが仕事に出るというのだ。生活バランスに支障が確実に出てしまう。

  もし自宅通勤だとしても教導官という身の上では仕事が多い。




 「ああ、それについては心配ないよ」

 「を?」




  ピコピコとネコミミを揺らしながらアリアが答える。

  何故かは知らないが酷くご機嫌であるようだ。




 「普段は私達のどちらかが家に残って、どちらかがこっちに顔を出す事にしているからね」

 「……普通に二人ともいるじゃん」

 「あはは、そーだよねー。まあ時々二人で顔出す事にはしているんだ、結構重要な行事とか」




  そうにこやかに答えるアリアだが、少々気になる事が陣耶にはあった。

  普段からこの姉妹はグレアムを父様と呼んでとても慕っている。

  いかに二人のどちらかが家に残っていようとも仕事の都合上で二人とも家を空けてしまう事はある筈だ。

  事によってはかなりの長期間で二人とも不在という事もありえる。

  そしてその事をこの二人が理解していないとはとても思えない。

  だがそれは今ここで聞いても仕方がない事なのでとりあえずは胸の内にしまっておく事にした。




 「まあそんな感じで、六課での戦技教導は二人を中心に行う事になってる」

 「もちろん、時間があれば私達も参加するつもりだし」

 「……まてフェイト、今さらっと俺も巻き込んだな?」

 「え、やらないの?」

 「そのやるのが当然みたいな思考はどーなのよ!?」




  喚く陣耶の抗議はフェイトが対応しながら、隣りでははやてが話を進めていく。

  時折談笑も交える事が出来たのは時折顔を会わせる事があったからだろう。

  だが時間は無限にある訳ではないし、はやてやフェイト達にはこれから後にも予定がある。

  気付けばそろそろ話を切り上げなければならない時間になっていた。




 「そろそろ時間だね」

 「そやね……機動六課が新設されるまではまだ時間があるし、返事までにはまだ余裕がある。納得がいくまで考えてな」

 「はい、ありがとうございますっ」




  立ち上がったはやてとフェイトにならってスバルとティアナも立ち上がり、敬礼する。

  陣耶となのはも同じように席から立ち上がった。

  続けてリーゼ姉妹も書類を纏めて立ち上がり、言った。




 「それじゃー私達も仕事があるから」

 「悪いけど先に行かせてもらうわね」

 「おう、お勤めゴクローさん」




  またねー、と言い残してリーゼ姉妹は仕事に戻った。

  次にはやて達が踵を返す。




 「ほんならうちらもここで」

 「また会おうね、四人とも」

 「それでは、さよならなのです」




  スバルとティアナはやはり敬礼で見送り、陣耶となのはは手を振って見送った。

  残った四人はしばし無言で見つめ合う。

  妙な沈黙が続いたが、とりあえず陣耶が口を開いた。




 「……これからどーするよ」

 「んー、私と陣耶くんは特に予定無いよね。二人は?」

 「私達も特に……」

 「今日は試験だけで終わりだしねー」




  腕を伸ばしたりして固まった体をほぐすスバル。

  ティアナも試験の後にずっと座っていたのが効いたのか少々肩がこっている。

  お疲れ様ー、となのはがティアナの肩を揉んでいると、ふと頭に浮かんだ言葉を口にした。




 「じゃあじゃあ、これからみんなでお昼を食べに行こうよ」

 「あー、良いですねそれ!」




  お昼、という言葉に体をほぐすのを中断させて目をキラキラと輝かせながらスバルが喰い付いた。

  試験や話もあってまだお昼は済ませていないのである。

  が、対象的にティアナは少々不思議そうな表情をしている。

  その疑問について大体予想がついていた陣耶は答える。

  現在時刻は午後2時過ぎ。お昼時には少々遅い時刻だ。




 「まあ、大学でちょっとしたトラブルがあってだな……俺らも未だに昼飯にありつけてないんだよ」

 「……平和な学生生活も大変なんですねえ」

 「そーなんだよなあ」




  もっともこんな目にあってる事自体が珍しい人種なんだろうが、と陣耶は頭の片隅で考える。

  あんな誰もが羨む美女に囲まれていればまあ仕方ないのかとティアナも考える。

  どこか冷めている二人であった。




 「それじゃあ私がここの近くで一押しのお店を紹介しまーす」

 「おおー、楽しみにしてるよスバル」

 「まっかせてください」




  なにやら感傷に耽っている間になのはとスバルの手によって着々と段取りが決まっていってた。

  一緒に食事をする、というのも久々なので二人とも妙に嬉しそうである。

  そんな二人を見ながら陣耶とティアナは肩をすくめ、とりあえず昼飯の場所を決めるため話の輪に混ざっていった。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「えっと……こっちか」




  ミッドチルダにあるとある空港。

  空港、といっても地球のように空を飛ぶ一般の飛行機だけでなく次元航行艦も発着する。

  ミッドと無数の世界を結ぶパイプラインと言っても良い場所―――そこに、一人の少年が歩いていた。

  まだ幼い顔立ちをしているその少年は十歳ほどであり、特徴的な赤い髪が目立っている。




 「待ち合わせ場所は……あった、あそこか」




  現在、彼はとある部隊への招集をかけられている。

  それに応じた結果がこちらに迎えを寄越すとの事。

  迎えに来た人物と、あともう一人と共に部隊の宿舎へと向かう事になっている。

  集合場所であるエスカレータのところまでは来たのだが……あらかじめ聞かされていた人物は見当たらない。




 (えっと、確か僕と一緒に行く筈の人は……)




  名前は確かル・ルシエ―――キャロ・ル・ルシエだったと思う。

  自分と同じくらいの年齢で桃色の髪が特徴的なのだとか。

  あとは地方から来るという事くらいしか少年は知らない。

  だけど自分と一つだけ共通点がある事だけは知っていた。




  そして自分達を迎えに来るのはシグナム二等空尉といった筈。

  自分の恩人から良く話を聞く人物の一人なので多少の人となりは知っている。

  もの凄く強い人らしいけど実際に見た事はない。

  だから多少の期待と不安の混じった勝手な想像しかできない訳で……早く二人に会ってみたいという好奇心が増してくる。

  約束の時間まではまだ少しある。

  すぐそこにあったベンチに腰掛けようとして―――










 「―――幸せそうだね、エリオ・モンディアル」










  そんな言葉を、囁かれた。




 「―――っ!?」




  慌てて振り返るものの、そこには誰もいない。

  ただ空港を行きかう人々があるだけだった。




 (今のは……?)




  確かに聞こえた。

  誰かが、自分の耳元で囁いた。

  だけどそれらしき人は影も形も見当たらない。

  まるで幻聴でも聞いてしまったような錯覚。

  それでも確かにあの瞬間、誰かが自分の傍にいた―――そんな確信が少年、エリオ・モンディアルにはあった。




 「……幸せ、か」




  聞こえた声を思い出す。




  ―――幸せそうだね、エリオ・モンディアル。




  エリオはその意味を噛み締める。

  例え幻聴だとしても、本当に誰かが言ったにしろ―――幸せという言葉は、一体何なのか。

  自分にとっての今は幸せなのか。




 「……本当に嬉しいと思っているし、感謝している。尊敬だって、凄くしている」




  だけど―――と、エリオは上を仰いだ。

  例えどれだけ今が幸福であっても、それがちょっとした事で崩れてしまいそうでとても怖い。

  本当に自分は幸せなのか。幸せであって良いのかどうなのか。

  自分の恩人に聞けば当然の様な答えは返ってくるだろう。

  だけどそれは自分で探さなきゃならない。そうでないと納得が出来ない。

  過去に捨てられ、今に満たされて―――果たしてそれは自分にとって幸せであるのか。




 (幸せって―――何なんだろう)




  エリオは上を仰ぎ続ける。

  さっきの声の主にその答えを聞いてみたい―――ただぼんやりと、エリオはそう思った。




















  ただその数分後、とある少女とのある意味劇的な出会いによりそんな考えは地平線の彼方へと吹っ飛ばされたのだった。




















                    ◇ ◇ ◇




















  昼下がり、リーゼ姉妹と別れたフェイト達は廊下を歩きながら少々話し込んでいた。

  今回誘った二人の事、捜査や具体的な事件への対応について。

  その会話の中でふと話題に上がったのが、スバルとティアナの他に召集をかけた二人のフォワード候補―――

  フェイトが身元引受人となっているエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエについてだ。

  二人は今日からミッドにある六課の隊舎で過ごす事になっている。




 「もう来てるんだっけ、エリオとキャロ」

 「そやね。シグナムが空港まで迎えに行ってくれてる」

 「なら道中は安心かな」




  そう言いながらもフェイトの表情は優れていない。

  フェイトはそもそも、二人が前線部隊にはいる事にあまり賛成ではなかったのだ。

  二人の年齢はまだ若干十歳ほどの少年少女―――

  いくら自分達がその歳から管理局に従事していたとはいえ、それは特例の色が強かった。




  P・T事件における重要参考人と解決に尽力した民間協力者。

  闇の書事件における、やはり重要参考人と解決に尽力した民間協力者。

  そんな自称が絡んだからこそ自分達はあんな時期から管理局に従事していた。

  本来なら魔導師学校などを通してしっかりと訓練を積んでから管理局に入隊する事になる。

  だが管理局は慢性的な人手不足だ。

  全次元世界に手を伸ばそうとするとそれは当然の帰結と言える。




 (世界は広すぎる―――管理局だけでは、とてもじゃないけど治安を守りきるのは……)




  世界は広大だ―――それこそ、人の手など全く及ばないほどに。

  例えば、地球の宇宙学でもそれは実証されている。

  地球が所属する広大な太陽系、その太陽系が属する更に広大な銀河系。

  宇宙は更にその銀河系が幾つも幾つも連なり、集まった広大な空間を指す。

  時空管理局は次元を航行する術こそ持っているが、未だに宇宙はおろか自分達の星系を横断する術すら持っていない。

  だけど一先ずは自分達の手の届く範囲で治安を守ろう、今の管理局はそんな感じだ。




 (そんな風に固めて出来た今の地盤は、一体どこまで持つのかな……)




  だからフェイトは時々思う事がある。

  自分達だけでそれを行うというのは果たして本当に可能な事なのか。それはおこがましい行為ではないのかと。

  多くの次元世界を見て来たが自分達と同じ人間がほとんどというのも引っかかっている。

  この世界、宇宙に存在するのが人間だけというのはあり得ない。

  まだ自分達の手の届かない、想像のつかない場所、世界があって―――




 (―――だけど、私達は自分の見える範囲、手の届く場所の事しか分からない)




  人は決して神ではない。

  全てが分かる訳でもない、全てを行える訳でもない。

  ただ争いと諍いを繰り返し世界を消費し続けている。

  こんな時代の終わりはいつ来るのだろうか―――世界が、本当に一つに纏まれる日は。

  そんな日が訪れるまで管理局は戦い続けるのだろうか。それこそ、永遠に。

  そしてそんな騒乱にあの二人の子供―――エリオとキャロも、否応なしに巻き込まれてしまうのだろうか。




 「やっぱり、二人が心配やね」

 「二人ともまだまだ子供だし……いくら私達があれくらいの歳から管理局で働いていても、それは特別な事情が関係していたし」




  だからフェイトは不安でたまらない。

  いまいち押しの弱いフェイトは二人とも押し切られる形で今回の件を承諾してしまった。

  二人が管理局に入局する時はごく平和な場所でごく平和な任務―――それで安心しきっていたのが裏目に出た。

  自分の助けになりたいと言い出した二人の気持ちはありがたい。だけどそれ以上に前線に立つ事への不安が先立つ。




 (こんなだから、ジンヤに子育てには向いてないとか子煩悩とか言われるのかなあ……)




  あながち否定できない辺りそうなんだろうと思う。

  なんにしろ自分があの二人を護らなければいけない。

  まだ先のある二人の未来を、絶対に。

  そう決意を硬くして、フェイトはまた一歩を踏みしめた。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「『○・HERO Great TORNADO』で『ライ○ニング・ウォリアー』を攻撃だ!!」

 「なんのっ、速攻魔法『禁じられ○聖杯』で『ライ○ニング・ウォリアー』の攻撃力を上げて迎撃!!」

 「ちい、相殺か……!」

 「……随分楽しそうですね、二人とも」

 「ていうか伏字の意味あるのかな?」




  ミッドにあるとあるオープンカフェの一角に陣耶達四人はいた。

  スバル一押しのカフェらしいのでとりあえず注文はスバルに任せておいた二人はカードゲームをやりだしたのだ。

  ちなみに結構白熱した戦いが繰り広げられていたりする。




 「いくよ……『シュー○ィング・スター・ドラゴン』の第一の効果を発動!!」

 「このタイミングでそれっすか!?」

 「やるならとことん、だよ。デッキの上からカードを五枚めくって、その中のチ○ーナーの数だけ攻撃できる! まず一枚目!!」

 「くっ、そんな都合良く引ける訳が……!」

 「ドロー、チ○ーナーモンスター! 二枚目、チ○ーナーモンスター! 三、四、五―――チ○ーナーモンスターッ!!」

 「まてぇぇええええええええええ」

 「『シュー○ィング・スター・ドラゴン』の攻撃! 『スター○スト・ミラージュ』!!」

 「受け切れるかああああああああああ!!?」




  ―――結果は陣耶の無残な敗北に終わったが。

  なのはのその余りにもの詰め込みっぷりに勢い良くテーブルに撃沈する陣耶。




 「わーい。今回は私の勝ちだね、陣耶くん」

 「くう……次は吠え面かかせちゃる……!」




  人それを負け犬の遠吠えと言った。

  ようやく終わったカードゲームを観戦していたスバルとティアナもなんとなく一息吐く。

  何かしらの決着がつくというのは他人事であれなんとなく一息がつけてしまうものらしい。少なくとも今回は。

  と、丁度そこに注文してきた品がやってきた。




 「こちらがご注文のランチセット四人前になります」

 「まってましたー!」




  ウェイターが手に持った皿を一つずつテーブルへと並べていく。

  皿には三角型に斬り分けられたサンドイッチが8つほど盛り付けられている。

  サイドメニューとしてフルーツサラダもあった。

  サンドイッチの具材はハムやレタス、トマトに卵とスタンダードなものだったがどれも新鮮さが見て取れた。

  新鮮な食材というのはそれだけで食欲をそそらせてくれる。加えて彩りにもしっかり気配りがされている。

  サイズも食べやすい様に掌に収まるような大きさである。




 「おお、美味そう」

 「へっへー、一押しですから」




  スバルが自身を持って勧めるだけあって、普段から舌の肥えている陣耶にも美味そうと言わせる。

  一方のなのはもやってきたサンドイッチを食べるために準備を既に済ませていた。

  その様子に満足したスバルがパンッ、と手を合わせる。

  スバルの作法に合わせて他の三人も同じように手を合わせた。

  合唱。




 『いっただっきまーす』




  言うが早いかまずスバルがサンドイッチに手を伸ばした。

  パクパクとあっという間にサンドイッチが口の中へと消えていく。

  他の三人が一切れを食べている間にスバルは四切れを食べ尽くしていた。

  他で頼んでおいたジュースを一口飲んだ後にはすでに勢い良く手を上げている。




 「店員さーん、サンドイッチおかわりー!」

 「あんだけ動いた後でよくもまあそこまで入るわねえ……」




  だって美味しいんだもーん、と次々とサンドイッチを平らげていくスバル。

  見ているだけで腹が膨れそうな光景に少しばかり食事のスピードを落とす一同であった。




 「そういえば、二人は例の部隊に出向する事になってるんでしたっけ」

 「なのはは外部協力者って形だけどなー。俺も管理局じゃなくて聖王教会からの出向になる」

 「……とことん異色の部隊ですね。嘱託魔導師と教会の騎士がメンバーにいる部隊ってなんですか」




  などと言いながらも、ティアナの目はここを見てはいなかった。

  どこか遠い場所を見る様な眼で宙を眺めている。

  つられるように陣耶も宙を眺めてみる。

  吹き抜ける様な青い空に、ふわふわと白い雲が浮かんでいた。




 「……悩んでる訳ね、機動六課に行くかどうか」

 「遺失物管理部の機動課っていえばエキスパートや特殊能力持ちの生え抜き部隊ですし……正直なところ、あんまり自信が無いんですよ」




  例えば創立者である八神はやて。

  彼女は自信がロストロギア保持者であり、「蒐集」という特殊能力とそれを行使する力を持っている。

  それに付け加えて守護騎士という私有戦力まである。これは管理局の中でもかなり特異な存在だ。




  例えばフェイト・T・ハラオウン。

  若くして執務官の資格を取得するほどの才能を持ち、他を圧倒する実力も持ち合わせている。

  彼女と八神はやては、管理局でもほんの一握りしかいないオーバーSランクの魔導師だ。




  例えば高町なのは。

  実際の記録を見るまではにわかに信じ難かったのだが、若干9歳という時期から難事件に関わってきた魔導師。

  先の二人も含めてその解決に一役買った無類の砲撃魔法の使い手。

  それはフェイトと肩を並べる実力を持っているが、公式のランクはAAA+止まりである。




  例えば皇陣耶。

  はやてと同じくロストロギア保持者であり、従者をしたがえている聖王教会の騎士。

  白夜の書の能力である「学習機能」によりあらゆる物体、現象を解析し学習する力を持っている。

  もっとも、人がそれをやろうとすると情報量に脳がパンクするらしいのでもっぱら従者であるトレイターが使っている。

  本人もAAA+ランクを持つ実力者だ。




  ここまで派手な面子が揃っていると流石にティアナも自分が入って大丈夫なのだろうかという気になってくる。

  隣りで呑気に食事を楽しんでいる腐れ縁の相方は、出会った当初から並々ならぬ才能を発揮しているから良いだろうが―――




 「私は、大丈夫だと思うんだけどな」

 「じゃーその根拠言ってみて下さいよ」




  少し不貞腐れたようなティアナに、なのはも苦笑いを交えながら答える。




 「ティアナって、私と陣耶くんとの特訓でどんどん動きが良くなってきてるじゃない」

 「そりゃ、何度も同じ相手とやっているとパターンもつかめてきますし……」

 「そこっ、私が言いたいのはそこっ」




  びしっ、となのはに指を指されて何か分からないティアナは困惑顔になる。

  そこ、と言われても具体的に何がそこなのかを掴めない。

  具体性に欠けるというのは分かっているのか、なのははそのまま言葉を続ける。




 「そうやって相手を冷静に見て、判断できる洞察力。それを実行に移せるだけの度胸と技量がちゃんとティアナにはあるんだよ」

 「……こんなの、頑張れば誰だって出来ますよ」




  眩いばかりの笑顔で正面から言い切られると恥ずかしいのか、ちょっとそっぽを向くティアナ。

  だが頬が少しばかり赤いのまでは隠しきれず、周りから微笑ましい様な笑いが向けられて更に頬が赤くなる。無限ループであった。

  いつの間にか10皿目に突入していたスバルも自信を持って言い切る。




 「大丈夫、私はティアがいたからこれまでやってこれたんだよ。だから機動六課に行っても、ティアなら絶対やっていけるって」

 「ほんと……その自信は一体どこからきてるんだか」

 「これまでの経験っ」




  自信満々に断言するスバルは見ていて気持ち良いくらいに真っ直ぐだった。

  スバルが言い出すと止まらないというのは少し付き合えば分かる事で、付き合いの短いなのはや陣耶でもそれは重々承知している。

  だから、こんな状況でティアナが溜息を吐いた時の答え、というのも……良く分かっていた。




 「はあ……しょーがないわね」

 「うん、しょーがないのだ」

 「いやお前が言ったらダメだし」




  陣耶のツッコミにもめげずに、というか元から聞いていないスバルはそのままうんうんと得心顔で頷き続ける。

  何に対して得心しているかは特に考えていない気がしたが、言ったら何やら怒りを買いそうなので言わないでおく陣耶であった。

  溜息を吐いたティアナはそのまま空を見上げる。

  だが、その眼は遠いどこかではなく―――




 「ダメでもともとなのよ―――どうせやるなら、とことんやってやるわ」




  不敵な笑みを浮かべて、そう宣言した。

  決して遠くない、もうすぐ出会うであろう強豪を見据えて。

  目指す場所への道のりは、まだまだ始まったばかりなのだから。





















  Next「クレームつけにきた」





















  後書き

  どうもツルギです。

  もう8月も終わり、9月です。いろんな楽しみがある秋がやってきます。

  24日には「BALDR SKY DiveX」の発売、9月30日には「Fate/stay night〜unlimited blade works〜」と「魔法使いの夜」の発売。

  10月には禁書の22巻、アニメ第二期、超電磁砲のOVAととある祭りです。

  ……関係ありませんね、ハイ。

  今回は更に原作との差異点追加、グレアムさん家のぬこ姉妹が参戦。

  アニメで言うとまだ二話の辺りですが……さー、いつ三話に進めるのやら。

  スバルとティアは陣耶となのはの二人による実戦という名のシゴキで原作より多少戦闘慣れしています。

  結果、一発合格。さて次はどうなる事やら。



  それではありがたい拍手に返信をば



  >今更ですが、すずかの発情期フラグは回収しないんですか?(もしくは折れたんですか?)


  えー……すみません、作者も現在進行形でどう扱ったものかと悩んでいますw

  発情期、つまりはエロ方面。

  絡ませるとどうしてもそっち関係のお話になりそうで怖いんですよね。何か裏技は無いものか、うむむむ。

  最終手段はやはり童貞を捨てさせるしかないのかっ!?(くわっ

  ……なんとかしていい加減にすずかをお話に絡ませたいです、ハイ。不甲斐なくて済みません。



  それではまた次回―――







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