―――それは物語を眺めていました。




  それはいつも様々な物語を眺めています。何度も、何度も、繰り返し。

  ある時は滅亡を。

  ある時は繁栄を。

  ある時は絶望を。

  ある時は希望を。

  ある時は終焉を。

  ある時は未来を。

  物語の様々な分岐を選択し、眺め、様々な結末を見てきました。

  そうして、今もまた、一つの物語を眺めています。










  さて、次はどんな物語でしょう―――




















  始まりの理由〜the true magic〜
          Stage.01「どうか……どうか許して下さい」




















 「とりゃあー!!」




  廃ビルの内部で一際大きな声が響いた。

  回転するローラーの音と共に駆けるその声に触発されるように次々と小さな爆発音が響く。

  狭い建物の中を縦横無尽に疾駆する影。

  青いショートヘアに白いバンダナが揺れている。

  その前方に待ち構える三つの標的―――ターゲット・スフィアだ。

  内部カメラが前方から向かってくる影を捉え、その標準を定める。




 「なんの―――!」




  ビルの中を駆ける両足に力を込める。

  跳び上がるための準備動作―――膝を曲げ、身を屈め、それでもなお全力疾走。

  止まる事ない走りはなおも加速し、際限なくそのスピードを上げていく。




  だけどそれも捉えられている。

  スフィアの精巧なカメラアイは確実に速度を上げる影を捉えていた。




  徐々に距離が狭まる。

  100―――80―――40―――

  スフィアがほんの一瞬だけ、瞬いた。




 (今―――!)




  思考の前に既に体は動いていた。

  察知した攻撃の前兆に合わせ、肉体は取るべき行動を選択して実行する。

  体全てをバネとして使い、跳び上がる。

  地面を踏みしめ、足から腰へ、腰から更にその上へ。

  駆け抜ける速度すら跳躍のためのスタートダッシュ。




  スフィアから閃光が放たれる。

  それに並行するよう一直線に―――跳び越える!




 「いっくぞぉぉおおおおおッ!」




  気合い一発、トップスピードで空中へと跳び出した。

  トップスピードでスフィアの方へと突っ込むも、前方からはスフィアが放ったバレットが迫っている。

  この勢いのまま衝突すればもちろんタダでは済まない。

  距離はほんの一息、交錯はわずか一瞬。

  身を捻り、軌道を見て、目前に迫るそれから目を逸らさずに―――




 「―――ッ!」




  首を僅かに左へと逸らす。

  そして、交錯する。

  こちらへ向けて放たれたバレットは首の右横を掠めて、影はそのスピードのまま三機のスフィアへと。




 「まず一つ!」




  そのまま右の拳が繰り出される。

  拳のガントレットに取り付けられたスピナーが回転し、唸りを上げる。

  空気を巻き込み、そのエネルギーを全て―――拳へと叩きこむ!




 「ぉお―――りゃッ!!」




  鋭く放たれた拳は並んでいた三機の内、中央のスフィアを正確に撃ち抜く。

  だが止まらない。

  そのまま着地を決めると即座に左へと飛ぶ。

  狙いは左のスフィア。

  体を回転させ、その拳を―――




 「せいやっ!」




  繰り出さず、左足を軸に飛びながら回転し右足を叩き込んだ。

  蹴りの勢いで壁まで飛ばされるスフィア。

  衝突と蹴りの衝撃の板挟みに遭いものの見事に爆散する。

  影は、跳んだ勢いのまま両足をその壁へとつけた。

  残る一機のスフィアがこちらを向く。




  だが遅い。

  影は、既に攻撃態勢へと入っている。




 「これで―――」




  力を込めるのは一瞬。

  元より人は壁に立つ事など出来はしない。

  だからこそ一瞬だけ力を込め―――




 「最後ッ!!」




  爆発した。

  脚をバネにして飛び出すと同時に体を思いっきり回転させる。

  まるで独楽の様な旋風から必殺の右足が放たれた。

  まともにそれを喰らい、その衝撃にたまらず吹き飛ばされるスフィア。

  飛ばされたスフィアはまたも爆発し、その場に残ったのはスフィア三機を瞬く間に倒した影だけ。




 「ふう……ティアー、こっち終わったよ」

 「こっちも終わったわ」




  影が空間パネルを使って呼び出したのはティアことティアナ・ランスター。

  この影とは腐れ縁が続く中で、今は二人一組のBランク検定試験を受けている。




 「じゃあスバル、とっとと残りを片付けに行きましょう」

 「おーう」




  影の名はスバル・ナカジマ。

  自称ティアナの相棒にしてちょっと複雑な事情を持った少女だった。




















                    ◇ ◇ ◇




















  春うららかな4月上旬。

  桜が見事に咲き乱れるこの季節は何かの始まりを連想させる。

  それは就職であったり、入学であったり、春は何かが始まる事が多い。

  スーパーにしろ入学祝いだのお子様のためにだの春のバーゲンセールなどで大忙しだ。

  冬もとっくに終わりを告げ肌寒い季節からぽかぽか陽気の季節へと移り変わっている。

  暇な時間があればついつい外に出て日向ぼっこをし、そのまま寝こけてしまうのは良くある話だ。




 「ふぁ……ねむ」




  だから大学の講義室の中で思わずうとうとしてしまうのも悪くはないじゃないか、と皇陣耶は常々思っていた。

  少々くせ毛が目立つバサバサとした黒い短髪に気だるそうな黒の目。

  白のTシャツに青のジーンズといったラフな格好をした19歳のその青年は実に暇だった。

  温かな気候はそれだけで眠気を誘う。

  そこに小鳥のさえずりと講師の講義という名の子守り歌だ。眠くなるなという方が無茶なのだ。

  だんだんと視線が下に落ちてくる。

  段々と思考が鈍くなって、そのまま気持ちの良いまどろみに落ちようとすると―――




 (こーら、寝ちゃダメでしょ)

 (……うっせ。俺は眠いの、眠たいの、お休みなさいぐー)

 (もう。おーきーなーさーいー)




  隣りの人物に頬をペン先でぷにぷにとつつかれて中途半端に眠気が飛んでしまう。

  眠たいのに眠れないこの状況はくしゃみが出そうなのに出てこないあのもどかしさに似ている。

  まるで蛇の生殺しに遭っているような気分だ。




 (今日はお昼からミッドでしょー)

 (だからこそ寝たいんだよ……大体なのは、お前は真面目すぎなの)




  そう言って気だるそうな目を隣りにいる人物―――高町なのはへと向ける。

  栗色の長い髪をサイドポニーで纏めてあり、目は青く澄んだ色をしている。

  人懐っこそうなその顔は動物に例えると犬が近しいかもしれない。

  陣耶の幼馴染でもあるなのはも一緒に講義を受けていたのだが―――毎度毎度、飽きずにこういう事が起こるのだ。




 (とにかく起きて。ほら、講義がどんどん進んじゃうよ)

 (またノート見してね)

 (こーらー)




  無視を決め込んで居眠りしようとすると再びつつき攻撃が開始される。

  そうはさせまいと顔を隠すと今度はぺちぺちと軽く叩かれる。

  それでも居眠りを決め込んでいると、とうとうゆすり始めた。

  これでは流石に居眠りする事は出来ない。

  なのはの根気に負け、諦めて体を起こそうとすると―――




 「……を?」



  何やらあらぬ方向からコツンと頭にヒットした。

  何事かとそのヒットした物を見ると……白くて小さなゴム的物体、要するに消しゴムの欠片だった。

  こんな事をするような人間は近場なら一人しか思い当たらない。

  消しゴムが当たった方向に顔を向けるとそこには予想通りの顔があった。




  オレンジのショートヘアに活発そうな緑の瞳。

  呆れた顔でこちらを見ている少女―――アリサ・バニングス。

  その隣で苦笑いをしている紫のロングヘアーに薄い青い目をした少女、月村すずか。




  二人とも陣耶やなのはとは幼馴染の関係にある。

  だからこそこういう場面には幾度となく遭遇しているし理解もある。

  指で前方をちょいちょいと指差すアリサ。

  ―――こういう展開のお決まりが待ってそうで気が引けるが、とりあえずそちらに目を向けてみる。




 「……げえ」




  そちらにあったのは講義を聞いていないことを不快に思った講師の視線―――ではなく。

  なのはにつつかれたり叩かれたりゆすられたりしているのを見た男子生徒諸君の嫉妬の視線だった。

  講師の視線なんかより数倍性質が悪い。










 「またか、あの野郎」

 「幼馴染だからってデレデレしやがって」

 「あれで友達? 馬鹿なの、死ぬの」

 「どこのギャルゲーだよ」

 「居るところには居るもんなんだな、我ら男児全員の敵ってのが」

 「講義終わったら締めるか?」

 「いや、あとが怖い。やるなら念入りに準備しろ」

 「あいつ、逃げ足異常ですから」

 「にゃー、どこぞの誰みたいに不幸にならねえ分だけ余計妬ましいぜよ」










  これは講義後に逃走した方が良いか、と陣耶は講義を右から左へ聞き流しながら逃げる算段を立て始めた。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「さて、ここまで順調に事を進めて来たけど……」

 「いよいよ、次が最後の難関だね」




  スバルとティアナは廃都市部の中でも一際大きな設置道路に立っていた。

  二人が眺める一面に並び立つ廃ビル群―――その中に一つだけ、大きな反応を示している物がある。

  魔導師Bランク試験最大の難関、巨大スフィアの設置場所だ。

  何人もの魔導師がその狙撃能力の高さとシールドの硬さに脱落を喫している。

  これを越えてゴール地点にまで辿り着かねばBランク試験を合格する事は出来ない。




  だが肝心のスフィアの設置場所はビルの中でも高所の方。位置関係で言えばこちらが下位だ。

  地の利で言えば向こうに分がある。上方からの狙撃とはそれだけで避ける事が困難だ。

  下からは相手を確認しづらいが、上からは下の標的を容易に確認できる。

  まともに走って通過する、なんて事が出来るのならば脱落者など出ていないのだ。




 「どうするの?」

 「普通は私が囮になって、その隙にアンタがスフィア本体に突撃、撃破ってのがセオリーだけど……」




  そう言ってビルを仰ぎ見る。

  辺りには同じような高さの廃ビルばかりが乱立していて、そこにスフィアの反応はない。

  それを見て思考する。

  何も、スフィアを破壊するのを一人に任せる必要はない。




 「―――試したい事があるの。頼める?」

 「もっちろん!」




  自分の意見を疑う事も無くこの馬鹿は受け入れる。

  だからこそ信じる事も出来るし、今までやってくる事も出来たのだ。

  柄にもないと思いつつも、それでも二人でならできるという気持ちが確かにあった。




 「じゃあ説明するけど―――」




















                    ◇ ◇ ◇




















  スバル達が試験を受けている地点から少し離れた場所―――そこで試験場をモニター越しに眺めている二人がいた。

  傍から見ただけでは瓜二つなその二人はどちらも女性で、当然のように管理局の制服に身を包んでいた。

  二人が眺めているモニターには動きだしたスバルとティアナが映し出されている。




 「お、動き出した動き出した」

 「さて、どんな風にここを攻略するのか―――お手並み拝見ね」




  試験を受けている二人を見守りながらもその声にはどこか楽しげなものが混じっている。

  誰かが頑張る姿を見るのが好きなのか、二人の尻尾が揺れていた。

  モニターの向こうでもスバルとティアナが配置に着き終わる。

  合図一つで今にも飛び出さんとするスポーツ選手のような気合が感じられた。




 「さて、本番が始まるわよ」




















                   ◇ ◇ ◇




















  多くの廃ビルが立ち並ぶ廃都市部。

  そのビルの内の一つに二人はいた。

  視線は目の前にそびえる一際大きなビル―――更にその中、ターゲット・スフィアが存在する場所へ向けられていた。

  今はビルというコンクリートの壁で遮られてはいるものの、近づけば確実にセンサーに引っかかり捕捉されるだろう。

  それに、突っ込めば引きつけていようが否応なく気付かれる。要は早いか遅いかだけの違いだ。




  だから問題は如何に早くターゲット・スフィアを破壊できるか。

  あの場所に設置されているスフィア攻略におけるの最大の難点はその硬い防御幕だ。

  サイズが大きいために元々頑丈でもあるが、それでも射撃で撃ち抜けないほどではない。

  だがあの防御幕の硬さは他のスフィアの群を抜いており、生半可な攻撃は通らない。




  しかし、それを砕けるだけの攻撃力があるのなら―――それだけで話は違ってくる。




 「だからこそアンタの出番―――頼んだわよ、スバル」

 「合点承知。こういうのは私の一番の得意分野だし」




  既にスバルはスタートダッシュのための準備を終えている。

  足元には既に魔力を奔らせ起動直前の魔法が待機中だ。

  ティアナも自前の銃型デバイスを構え、狙いを定める。




 「それじゃ行くわよ、準備は?」

 「OK、いつでも」

 「合図するわ―――3」




  スバルの体が沈む。

  両手を地面につき、前傾姿勢をとる。

  陸上競技ではクラウチングスタートと呼ばれる姿勢だ。




 「2―――」




  魔法陣の輝きが増す。

  青い光が奔り、待機させていた魔法が解放された。




 「ウイング―――ローードッ!!」




  叫びと共に魔法が奔る。

  青い光が目標のビルへと一直線へと伸びていく。

  作りだされるのは道だ。

  スバル自身が駆け抜けるための、唯一無二の疾走経路(ウイングロード)




 「1―――」




  両足に装着されたローラーブーツのローラーが回転を始める。

  高速回転するそれはコンクリートの地面を擦り、摩擦によって煙を巻きあげる。

  視線は一点に。

  勝利のための一手を、確実に。

  全力疾走とクロスレンジの一撃こそが―――自身の本領!




 「―――0!」

 「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」




  合図が下されると同時、矢のようにスバルが駆けた。

  同時に一直線に伸びていくウイングロードが目標の壁へと突き刺さる。

  ガゴン、と鈍いコンクリートが砕ける音を聞き―――




  その一瞬後に、青い閃光が爆発した。




 「―――ッ!」




  間違いなく爆発地点はウイングロードを伸ばした壁。

  ならばあれは確実にこちらを察知したスフィアの攻撃。

  わざわざ視認するまでもなくスフィアは確実にこちらを捕捉している。




  だが止まらない。

  スバルは一直線に、全力で疾走する。




 「―――」




  キチキチとスフィアのカメラアイが瞬いた。

  瞬間、溢れるように青い光が一直線に突撃してくるスバルへと放たれる。




 「(スバルッ!)」

 「(分かってる!)」




  ティアナの声に力強く応え、迫る閃光を恐れずに突き進む。

  だが道は一本しかない。横に移動するだけの広さも無い。

  既に道は敷かれている以上途中下車は不可能。

  正面から迫る閃光とは正面衝突を起こすしかない。




  目前に迫った閃光。

  スバルの視界を青い閃光が覆い―――




 「―――ッ!」




  ヒットした。

  全力疾走していた速度も相まってのカウンターじみた強烈な一撃。

  顔面にまともに受けたスバルは反動でそのまま後方へと宙を舞い―――




  まるで、初めから何も無かったかのように掻き消えた。




  突然の対象の消失にスフィアのプログラムも対処しきれていないのかカメラアイを回転させて対象を探す。

  そして、




 「一撃―――」




  同じ場所から駆けて来た、青い影。




 「必倒ォ―――!!」




  左の手で魔力を形成し、右のリボルバーを回転させる。

  全速力で駆け抜けるその勢いのまま必殺の一撃を叩き込む。

  スバルの持つ切り札。

  憧れの人より教わった必倒の一撃。




 「ディバイーン―――!」




  魔力のスフィアを前面へと押し出す。

  右のリボルバーからカートリッジが排出される。

  限界まで高めた魔力を拳と共に解き放つ―――!




 「バスタァーーッ!!」




  叫びと共に放たれた青い光が巨大なターゲット・スフィアを呑み込む。

  スバルの全力を傾けた一撃は防御幕を破壊し、スフィア自身の装甲すら破壊しにかかる。




  だが、砕けない。

  全力を傾けた一撃でなお、スフィアを破壊しきることはできない。




  砲撃が収まる。

  攻撃が止んだと見るや否やスフィアは即座に攻撃を再開した。

  再びカメラアイより放たれる閃光、スバルはそれを見切って右手に装着されているリボルバーナックルで受ける。




 「くっ……」




  それでも衝撃を殺しきれず勢いを殺すために後ろへと跳んだ。

  そのまま両腕を使い地面を跳ねて一回転、衝撃を完全にゼロにする。

  だがそれでは終わらない。

  スフィアは未だにスバルの姿を捉えている。




  追撃の一撃を放つために再びカメラアイに閃光を灯し―――スバルの顔の真横を一筋の閃光が通過した。




  それは本当に細い一撃だった。

  目を凝らさなければ見失うほどの細く、速い閃光。

  カン、と小さな音がフロアに響く。

  スフィアが追撃を放つ前に、それは正確にスフィアの動力部分を撃ち抜いていた。

  それを示すかのようにスフィアには小さな穴が穿たれており……一瞬後には爆散した。




 「(へへ……やったねティア)」

 「(上手くいったわね……対なのはさん用に作った一点集中型の狙撃弾がこんなところで役に立つとは)」




  二人は念話で軽く会話を交わした後に合流する旨を伝えて動き出した。

  試験最大の難関を突破し、残るターゲット・スフィアは僅かばかり。

  目指すべきゴールは目の前だ。




 「よっし、気合い入れていくぞー」




  走り出す。

  目標へ、夢へと向かって、その一歩を。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「ふいー、えらい目に遭った」

 「いつもながら激しい逃走劇だったね……」




  あの講義の後、男子生徒からの襲撃を予想通りに受けた陣耶は即座に逃走を図った。

  かれこれ小学生の頃から繰り広げられている光景に流石になれてしまったなのはも、今では半分呆れる事しかできない。

  自身の幼馴染のしぶとさはもしやこんなところから来ているのではないだろうかと勘繰る余裕すら生まれてしまっていた。

  繰り返して見ていると流石に人は慣れというものが出てくるのだ。暴力沙汰が苦手ななのはでもそれは変わらない。

  かと言ってあの光景が日常に定着してしまうのもどうかとは思うが……




 「んで次どっちだっけ?」

 「あ、そこを左」




  なのはのナビゲートに従って廊下をゆったりと歩く。

  二人が今歩いているのは聖祥大学の廊下―――ではなく、近未来的なデザインを思わせる廊下だ。

  もちろん聖祥大学にはそんな廊下は存在しないし、世界中を探したってこんなデザインの廊下には早々お目にかかれないだろう。

  ましてや街の真っ只中にある物となるとあるのかどうかすら怪しい。

  だが今二人がいるのは地球ではなく、異世界であるミッドチルダだ。それも管理局。

  建築物などの常識も当然違ってくるし、行動の勝手も違ってくる。

  世界間での価値観の相違という物はどうしようもないものだ。




 「にしても改めて話がしたいとは何事かあのタヌキ」

 「あ、またそんなこと言ってー。そんなこと言ってると私も猫とか言っちゃうよ」

 「それはむしろ猫姉妹だろ」

 「自分勝手で気ままな陣耶くんにはピッタリだと思うんだけど」

 「……軽くけなされた? 俺」




  そんな感じで会話をしている最中に一つの扉の前に着いた。

  ミッドの、それも管理局にある以上は手動式である筈もなく、ドアノブなども一切付いていない。

  地球の自動ドアが軽く近未来化している物らしく、近づいただけで素早く扉がスライドした。

  話によればこちらに二人の呼び出し人―――八神はやてがいる筈なのだが……




 「……居ないな」

 「……そうだね。どこに行ったんだろ?」




  間違いなく入った場所は個室だ。おそらくは面接室らしき場所。

  中央には備え付けのテーブルとソファーが見える。

  奥の方にもドアはあるが……




 「ここで待っとけって事かね」

 「そうかも」




  とりあえず座っておこうと思いどっこいしょと陣耶が腰を下ろした。

  自身の体重をふかふかのソファーが柔らかく受け止め、クッションの弾む感触が伝わってくる。

  硬い椅子に座っているのとは違った充足感と高級感は間違いなくソファーのものだった。




 「あ、お二人とも来ていらしたのですか」




  不意にそんな声が聞こえた。

  聞き慣れた声に辺りを見渡して―――それを見つけた。

  およそ30cm程度の小さな人。小人と言うよりは妖精と言われた方がしっくりとくるようなその姿。

  水色の長い髪が特徴的なその妖精の名前はリインフォース・ツヴァイと言った。




 「リイン、久しぶりだね」

 「お久しぶりですなのはさん。遠路はるばる御苦労様です」




  人懐っこい笑みを浮かべて指先と指先を合わせて挨拶をする二人。

  それは傍から見ていると本当に妖精と喋っているようにしか見えない。




 「丁度良かったです。今からはやてちゃんの所に向かうのですがお二人もご一緒してくれませんか?」

 「ん? ここで話すんじゃねーのか」

 「ただ今はやてちゃんは勧誘の最中ですので」




  勧誘? と二人は首を傾げる。

  心当たりがある事にはあるのだが、一体誰を勧誘しているというのだろうか。

  とりあえずこっちなのですよー、とふよふよ飛びながら移動を始めたリインの後に続く事にした。




 「また歩かせてしまってごめんなさいです。その分美味しいお茶を出そうと思いますので」

 「ほう、そりゃ期待しておこうかね」

 「こら陣耶くん。別に気にしなくても良いんだよリイン」

 「いえいえ、お二人は大切なお客様ですから」




  そう善意をにこやかな顔で押されてしまっては流石に首を横には振れない善人がなのはである。

  結局リインに押し切られる形でお茶を披露してもらう事になった。

  そのまま廊下を歩いていると幾人かの局員とすれ違う。

  茶色の制服に身を包んでいる人間が多いが―――やはり地上なだけあって陸士が多いようだ。

  たまに空や海の人間も見かけるが―――




 「着きましたですよー」




  と、リインが一直線にピューと少し離れた人影の方にまで飛んで行ってしまう。

  二人にリインが喜び勇んで飛んでいくような人物は数人しか心当たりがなく、着いたという言葉から候補は一人に絞れた。

  少し進めば茶色のショートカットが目に入る。

  その隣には金色の長髪も見えた。

  小さなリインとじゃれているその姿は間違いなく―――




 「ようはやて、改めて話がしたいとかどうした。また何かクラスで突拍子もないアイデア出したんじゃないだろうな」

 「そうそう、一つ飛びきりのサプライズでも起こしたろうかとお祭り魂が……って違うわい、もう学校卒業してるっつーねん」




  見事にノリ突っ込みを返された。

  彼女の名は八神はやて―――陣耶となのはの幼馴染の一人にして、管理局の若手出世頭の一人だ。

  階級は二等陸佐、職は特別捜査官。

  夜天の書の現所有者という事もあり、自身で「歩くロストロギア」を自称するほどである。

  それを言えば自分も同じなのではないのだろうかと白夜の書の現所有者である陣耶は時々考えている。




 「フェイトちゃん久しぶりー」

 「久しぶり、なのは」




  はやての隣にいる人物はフェイト・T・ハラオウン。

  若干19歳ながら執務官を務める、この女性もまた二人の幼馴染である。

  頭に超が付くエリートでありハラオウン家の主だった人物は何かしら重職に就いている事が多い。

  陣耶の師であるクロノ・ハラオウン然り、その母親であるリンディ・ハラオウン然り。

  そのあまりものコネっぷりに何か災いが降りかからないだろうかと危惧している陣耶となのはである。




 「で、再会を喜び合うのも良いんだがどーせそんな用じゃないんだろ? 色々忙しい上にやることてんこ盛りのこの時期に一体何の用だコラ」

 「あーもーそんな言い方やめなさーい! その口の悪さいい加減にどうにかならないの陣耶くんはー」

 「ママか、お前は」

 「幼馴染です、私は」




  主題がいつの間にやらすり替わって言い合う二人。

  なのはが注意するのに対し陣耶はそれをのらりくらりと適当にあしらっている。

  話しかけられた筈のはやては質問に答えようとして突如として目の前で繰り広げられ始めた光景にそのままの体勢でフリーズした。




 「うーん、なんていうか……暫く見ない間に二人とも余計に仲良くなったのかな」

 「いえ、元々あんな感じでしたよ……」

 「そうなんだ? ティアナはスバルと一緒に二人に会ってる機会多いんだっけ……ううん、まともなお休みとか会える機会とか少ないしなあ」




  と、フェイトは一人頭を抱えてもんもんと唸りだす。

  何やら落ち込んでしまったフェイトを尻目に、合の手を入れたティアナが放っておくと収まりそうにもない言い合いの仲裁に入った。




 「二人とも、仲が良いのは分かりましたから痴話喧嘩はもうちょっと場所を選んだらどうですか」

 『痴話喧嘩じゃない!』




  見事なハモリで即座に切り返されて流石の冷静沈着なティアナもおおう、と慄く。

  だがここで臆してはいられない。

  このまま放っておいても害はないだろうが最終的に変な方向に話が捩れるのは身を持って知っている。

  そしてその話をいきなり振られるという無茶振りがあったのもそう珍しくはないのだ。

  だがしかしそれ以上に困るのは周囲の目である。

  ここは管理局、一つの会社の中なのだ。

  当然局員という名の社員はいるし―――今だって周りが突然言い合いを始めた二人に好奇の目を向けている。

  余りに近くにいるために流石に他人のふりすら許されない非情な現実。世界はいつだってこんな筈じゃなかった事ばっかりだ。




  と、ここで見かねたスバルもティアナの加勢に入る。

  もちろんこちらにあらぬ話題が降られる事を恐れて、だが。




 「ま、まあまあ二人とも落ち着いて……ほら、はやてさんが恨めしーい目で睨んでますよ」

 「お互い言い分はあるでしょうけど、とにかく今は落ち着いてください」

 「ぬ……?」

 「あ……」




  そこまで言われて二人もようやく気がついた。

  言われた方に視線をやると確かにはやてがぶすっとした表情でこちらを見ている。

  隣りにいるフェイトも流石にフォローのしようが無いのか苦笑いをしながら頬を掻くだけだ。

  というか、恨みというかどす黒いオーラが漂ってる気がする。

  具体的には書類処理やら痴話喧嘩やら上の方々のお相手やらで溜まった鬱憤が良い感じにミックスされてカオスと化した感じ。

  夜天の主というより闇の主とかの方が似合いそうであった。




 「…………………………で、話の続きして、ええか?」

 「はい、どうぞっ」

 「ちゃんと聞くのであります八神二等陸佐殿っ」




  恨みのオーラで迫力増大。局員ですら無いのに思わず直立して敬礼してしまうほどのカリスマである。

  関係が無い筈のスバルとティアナ、それに傍にいたフェイトとリインまで無意味に直立して敬礼してしまう。

  全員が何やら得体のしれないオーラに気圧されて戦慄の表情を浮かべていた。

  ……『王』の構成体はあながち間違ってはいなかったのかもしれないと陣耶が思うのは悪くないだろう。




 「はあ…………で、話を戻すけど、スバルとティアナの二人をうちは機動六課のフォワード部隊に迎えたいと考えてる」

 「って、勧誘ってこの二人かい!?」




  驚愕する陣耶。そうなのですよーとリイン。

  いやいくらなんでも身近でこういう人材多すぎねと神にちょっくら問い詰めたくなる陣耶である。




 「まあ流れから分かると思うけど、陣耶くんとなのはちゃんも機動六課に協力してもらう事になってる」

 「ジンヤは教会騎士団の騎士カリムから派遣騎士として、なのはは民間の嘱託魔導師としてだけどね」

 「ほあー……何でもありなんですね、その機動六課って」




  オーバーSランクの執務官に捜査官、その配下である守護騎士たち。

  それに加えて凄腕の嘱託魔導師に教会の騎士。

  更には新人メンバーをスカウトしようとまでいうのだからその混成部隊っぷりは他に類を見ない。

  陸の管理局員が中心になって編成されるらしいが、海や空からもメンバーは集まっている。

  様々な意味で何でもありなのだ。




 「二人は地球での生活もあるから予定の空いてる時にしか顔を出せへんやろけど……」

 「ま、出来るだけ時間をとるようにはしてあるけどな……単位削って」

 「捨て身ですねー……まさに身を削ってますよね」




  いくら協力者とはいえ陣耶となのはは基本的に大学生だ。

  授業もあれば当然、進級のための出席日数や単位も必要になってくる。

  大きな事件があったからと留年してしまっては泣くに泣けないのだ。




 「アリサは浪人になったら就職先紹介してくれるとは言っているが……」

 「傷口に塩を擦り込まれてる感じで……」

 『…………………………はあ』




  二人の重い溜息に場が何ともいたたまれない空気に包まれる。

  協力することを承諾している以上仕方ないとはいえ何とも哀愁漂う雰囲気だった。

  そのまま周囲の視線がそもそもの原因へと向けられる。




 「え、え? うち?」




  右を見る―――可哀想、という視線。

  左を見る―――どうにかしろよ、という視線。

  前を見る―――何だか沈んだ陣耶となのはがいた。




 「あ、あう……」




  知らぬ間に周囲全てが敵に周っていた。

  右も左も敵意の視線。まさしく四面楚歌である。

  どうしたものかと近場の人間に助けを求めるはやて。




 「みなさーん、どうか……どうか許して下さい」




  と、健気にも小さな妖精リインが主を弁護するべく前に出た。

  小さな体で両手を大きく振って主を庇うその様は健気以外の何物でもない。

  おおリイン、と深い主従愛に少々はやての涙腺が緩んだ。




 「はやてちゃんは従者である私たちみんなと家族として接してくれて、一杯優しさや愛情を貰っているのです」

 「……あれ? 何でこんな話になってんだっけ」




  空気読まない一言が発せられるがそれは周りの空気がスルーした。

  一人状況に馴染めない陣耶を尻目に皆一様にリインの献身的な言葉に耳を傾けている。




 「一杯助けてもらったはやてちゃんは、その恩返しのために今も頑張っているのですよ。だから―――」




  リインの必死な訴えに敵意の視線はいつの間にか消えていた。

  それは献身的な従者に対するちょっとした感動と尊敬の眼差しへと変わっている。

  はやてに至っては今にも抱きついて可愛い従者に思いっきり頬ずりしたい衝動に駆られるほど感動していた。

  相変わらず場の空気の転換っぷりに取り残された陣耶は疎外感から帰った方が良いのだろうかと真剣に考え始めていた。

  周囲に懸命に訴えかけるリインは最後の言葉を言おうとしているのか、一息置き―――










 「確かにはやてちゃんは悪戯や悪ノリが過ぎたりおっぱいマニアだったりしますが、それでも一生懸命頑張っているのです!」










  一瞬で感動が消え去った。




  持ち上げてから落とす。ヘヴンからヘル。頂上から崖の底。

  あれだけの美辞麗句がたった一文で全て台無しだった。

  場の空気が更にいたたまれなくなる。

  ただし、次の哀愁の対象は先程視線で責められていたはやてではあったが。




 「大丈夫ですはやてちゃん。はやてちゃんがどんなに珍現象万歳な人でもリインだけは味方ですからっ」

 「……あのー、リイン? それ、止めだよ……」

 「はわ……? ああ、はやてちゃーーーん!? しっかりしてくださーーい!!」




  どよーんと先程より酷くなった負のオーラを背負って膝をつくはやてに慌てて飛び付くリイン。

  周囲の人間もこの残念感にどうすれば良いのかは検討がつかなかった。










  結局、はやてが再起動したのはそれから30分後の事らしい。





















  Next「やるならとことん、だよ」





















  後書き

  sts編開始ー!

  やっとここまで漕ぎ着けたのですが、当初の予定とは全然設定とか違う形に……

  しかたないよね、やりたいネタできたんだもんっ(ぁ

  ……それにしても酷い話だ。

  そして今回のBランク昇格試験で出てきた二人組。ええそうです、あの二人です。

  だってなのはが教導隊にいないんだもん……

  ついでにタイトル形式を変えて見ました。具体的に言うとガン○ムX風。

  そんな事やっときながらギャップが酷い。誰だ、こんなシリアス予感させるタイトル打っときながら酷い話にしたのは(ぁ



  それではまた次回に―――






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