「強襲陽動?」

 「おう」




  局のとある施設のとある一室。

  そこに俺達―――具体的には俺+三人娘+αは集まっていた。

  はやての付き添いはリイン’sだけで他のヴォルケンリッターは仕事で出払っている。

  そして俺の付き添いにトレイターもこの場にいる。




 「俺とトレイターで真っ先にこの施設に突っ込む。その際にできるだけ派手に動いて相手の戦力を引き付ける」

 「いやな、それは分かんねやけど……」




  件のトレディア捕縛作戦の打ち合わせ、俺が提案したのは囮と撹乱役。

  俺とトレイターで相手の戦力を出来るだけ引き付け、数を減らした所に本命の部隊を突っ込む。

  要はそれだけの単純な陽動作戦だ。




 「そんな簡単に相手が引っ掛かる? いくらなんでも本拠地にたった二人で乗り込むなんて無謀すぎるやろ」




  その意見は実に正しい。

  そもそも俺の様に正式な部隊や組織に所属していない者が言うような事でもない。

  今は聖王教会のカリム直属の騎士という名目はあるものの、それも今回は関係ない。

  トレディア自身の情報はあくまでも”管理外世界の嘱託魔導師”からの提供だ。

  そうである以上、俺の扱いはそうであるべきであって教会騎士としての名目は使えない。

  だけどそれでもこんな事を言う以上、理由はある。




 「あいつらと一度面識があって、その時に目の前で集落の人間皆殺しにされたんだ。報復に行ったって不自然じゃないだろ」

 「……」




  俺の一言に口には出さなかったが三人が苦い顔をする。

  なのはに至っては触れると泣き出しそうな感じだ。




 「俺とトレイターだけで派手に攻めに掛かって行けば、向こうはまず間違いなく三年前の報復に来たと思う筈だ。そこを突く」

 「確かにずっとジンヤだけで追いかけていたからそうかもしれないけど……」




  それでも、所詮は可能性でしかない。

  もしかすれば、取るに足らない存在だと気にも留められていないかもしれない。

  もし成功したとしても稼げる時間は少ないだろう。

  だけど、それでも―――




 「酷く自分勝手で身勝手な事だけど―――それでも、俺はあいつとけじめをつけたい」




  三年前の、あの時のリターンマッチ。

  あの光景を二度と見たくないから、俺の日常を害する敵を仕留めに行く。




















 〜A’s to StrikerS〜
        Act.40「リミット」




















  そうして、この場に俺達は立っている。

  俺とトレイター、この場に降り立ったなのはとフェイト。

  そして―――




 『こちら時空管理局。この施設にはロストロギア指定物の違法所持、並びに使用容疑がかけられています。

  速やかに武装を解除して投降してください。繰り返します―――』




  上からはやての声も降ってくる。

  この一件、扱いとしては「古代遺失物指定物レリックの違法所持および使用の捜査」となっている。

  だがそれよりも遥かに危険なモノが潜んでいる事は俺の情報で既に掴んでいる。

  だからこそ、はやては一個小隊を率いてこの場に来た。

  俺の減らした戦力を封殺するために。

  数に対しては少ないが、それでもはやての選んだメンバーだ。

  それ相応の実力もあると見ていいだろう。




 「さあ、こっちの札は切った……そっちも早めに切った方が賢明じゃねえのかよ、ケーニッヒ」

 「やれやれ、闇の書事件解決の立役者がこうも立て続けに顔を出してくるとは……トレディア氏も相当ツキが無い」




  俺とトレイター、そしてなのはとフェイトを前にしてもケーニッヒの態度はまるで変わる事は無かった。

  4対1という圧倒的不利な状況の中、あいつはまだ笑っている。

  ハッタリか、それとも本当にしのぐ自信があるのか……

  だが何にせよ、次に取るべき行動に変わりは無い。

  ケーニッヒの背―――その後方には通路らしき道が一つ。




 「なのは、フェイト……野郎を任せて良いか」

 「分かった」




  フェイトもケーニッヒを見据えたままに応える。

  こいつとなのはなら俺が余計な心配をする必要も無い。

  心おきなく、奴の元へ向かえる。

  一歩を踏み出し、ケーニッヒも俺もフェイトも、それぞれが構えを取り―――




 「陣耶くん」




  不意に呼び止められた。

  振り返ると、不安を隠せないなのはの顔が見えた。

  何かを言いかけて、口をつぐんで―――不安な顔のまま、もう一度口を開いた。




 「大丈夫、だよね?」




  何が、とは言わなかった。

  だけど、その言葉の意味は不安に揺れるなのはの目が物語っている。

  俺はそのまま背を向けて―――




 「だいじょーぶ」




  それだけ答えた。

  そして一歩を踏み出して、駆けだす。

  魔力を翼に乗せて、宙を駆ける。

  目指す進路に立ちはだかるケーニッヒは―――俺を攻撃する事無く素通りする事を許した。

  交錯は一瞬。

  その一瞬だけ交わった視線には、形容しがたい笑みが張り付いていた。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「行ってしまいましたか……」




  陣耶くんが奥の通路に姿を消した後、目の前の彼がポツリと零した。

  名前は確かケーニッヒ・アストラス。

  三年前、陣耶くんを退けた強敵。

  消耗していたとはいえかなりの実力を持つ筈の陣耶くんをその刀で斬り伏せた。

  斬る事を、血に濡れる事を厭わずに。




  あれが、人を、躊躇い無く殺せる人……




 「私も自分のルーツとやらには興味があったんですが、まあいいでしょう」




  ゆらり、とこちらに彼が向き直る。

  私も隣のフェイトちゃんも、戦いの予兆を感じて身構える。

  喉に切っ先を当てられている感覚―――これは、九年ほど前に感じた覚えがある。

  あの日、あの夜、あの戦いで―――




  隣にいるフェイトちゃんが、一歩踏み出す。




 「ケーニッヒ・アストラス、殺人容疑と古代遺失物不法使用容疑が掛かっています」

 「だから投降してください、と?」




  フェイトちゃんから無言の肯定が返される。

  それに対して彼が返したのは―――










 「ハ―――素直に応じるとでも」










  嘲笑。

  瞬間、弾かれるように全ての影が駆け出した。

  私が周囲に展開する魔力弾の数は28。

  それと同時に私目掛けて振るわれた刀はフェイトちゃんのバルディッシュによって弾かれる。

  だけど防いだのは右の刀だけ。

  今度は右の刀を防いで無防備な姿を晒しているフェイトちゃんに左の刀が振るわれる。




 「させないっ―――!」




  振るわれるより早く、展開したシューターを撃ち放った。

  四方八方から狙い撃つように彼へとシューターが迫る。

  だけど当たらない。

  即座にバックステップで後ろへと後退し、追撃してきたシューターは全て斬り落とされた。




  そして、それだけの時間があればフェイトちゃんは一気に距離をゼロに出来る。




  真後ろへ回った必殺の位置。

  体制的にも刀は間に合わない。

  無防備な背中へと一閃し―――




 「疾ッ―――!」

 「っ―――!?」




  突如としてあり得ない方向からの攻撃があった。

  一撃を入れようとしていたフェイトちゃんの真下―――

  見れば、彼は右の足で刀を掴み、振るっていた。




 「聞いてはいたけど―――実際に見ると奇怪だね」

 「はは、大道芸人が似合うとよく言われますよ」




  足で器用にも刀を回し、それを空いていた右の手で掴んで構える。

  顔には、薄い笑いが張り付いて絶えない。

  だけど不意に、その顔が残念そうな表情に崩れた。




 「それにしても中々―――とても楽しめそうですが、もう時間がありません」

 「時間?」

 「何、すぐに分かりますよ」




  もう言う気は無いとばかりに刀を構える。

  時間が無い―――何だろう、とても嫌な予感がする。

  基地の自爆装置とか、そんなイメージが浮かんで消えた。




 『何にせよ、急いだ方が良さそうです』

 「だね……一応、はやてちゃんにも気を付けるように連絡を入れておいてくれるかな」

 『All right』




  時間が無いって彼は言った。

  それは同時に、こっちにも時間は残されていないって事だ。

  だったら―――!




 「行くよなのは、構えて!」

 「うん!」




  再び駆け出した私達を彼は薄い笑いを浮かべたまま迎え撃つ。

  時間は、もう本当に残されてはいなかった。




















                    ◇ ◇ ◇




















  狭い通路に爆風が吹き荒れた。

  視界を瞬く間に塞いだソレを翼の一振りで吹き払う。

  辺りには、マリアージュのなれの果てが転がっていた。

  元は人の死骸だったモノを、兵器として転用した存在―――

  それは残骸としては、酷く歪なモノに写った。

  それらを振り払うように頭を振り、眼前にある一つの小さな扉へと目を向ける。




 「さて、と……ここだな」

 『ああ』




  眼前にある扉の向こう―――そこに、奴がいる。

  三年前から追い続けた男。

  痛みを感じないこの世界を正すために、革命を起こすと。




 「―――」




  目を閉じる。

  一度大きく息を吸って、吐いた。




 『……マスター』

 「ああ……行くぜ」




  言い終わると同時に魔力を込めて思いっきり扉を蹴りつける。

  機械仕掛けの扉はその役目を果たす事無く、豪快な音と共にひしゃげて飛んだ。

  ガシャン、という物と物とがぶつかり何かが砕ける音が響く。

  そして、その中に佇む男が、一人―――




  確信を持って足を踏み入れる。

  眼前に佇むこの男こそが、




 「久しぶりだな……トレディア・グラーゼ」

 「あれから三年、とうとう私の喉元に喰らい付きに来たか……皇陣耶」




  動ずる事無く、只々然とそこに立つ男。

  トレディア・グラーゼ。

  屍兵器マリアージュを用いて革命を起こさんとする者。

  俺の三年に渡る追跡劇の、終着点。




 「正直、ここまでやるとは流石に想像しなかった。そこにおいては君に敬意を表しよう」

 「……下らねえ御託は生憎と聞き飽きてんだよ」




  こいつの目的は知っている、言い分も知っている。

  だからこそ、効く必要も無いし―――

  躊躇う必要も、同時に無かった。




  一息で奴の背後に回る。

  まともに戦闘経験が無いのかあっさりと俺に背後を取るのを許し、それでも一瞬後の反応は返ってこない。

  だからそのまま頭を左手で鷲掴みにし、コンソールらしき物へと叩きつけた。

  短いうめきが聞こえたが、構わない。




 「終わりだぜ、トレディア・グラーゼ……直に施設の制圧も終わる。ケーニッヒの野郎もあの二人なら抑えられる」

 「だろうな。確かに、直チェックメイトだろう」




  決定的な詰み。

  敗北を目の前に突きつけられても、こいつは全く動じることはなかった。

  それはこいつがそういう人間だからなのか、折れ曲がる事の無い芯を持っているかは判断がつかないが……




 「お前の革命とやらは、俺がここで潰す。てめえはこのまま局の連中に引き渡させて貰う」

 「なるほど、それも良いだろう」




  俺の宣言すらもこいつはただありのままに受け入れていた。

  ここまでされるがままだと、流石に俺も胡乱気になる。

  何か、隠している……?




 「てめえ、何企んでやがる」

 「言った筈だが、革命だと」




  過たずの即答。

  いや、確かにこいつの目的はソレだろうが今は違う。




  考えろ、今の状況はどうなっている。

  外でもはやてが部隊の指揮を執っている。

  局員は施設に侵入し、残ったマリアージュの無力化と施設の制圧を行っている筈だ。

  マリアージュの数も俺とトレイターで出来うる限り減らした、数もトレイターが施設ごと把握したから間違いは無い。

  不安要素の一つであるケーニッヒはなのはとフェイトという実力者二人が押さえている。

  トレディアも俺に抑えられ身動きが取れない状態だ。

  この戦況をひっくり返すには―――単純に、戦力差を覆せば良い……

  それだけの戦力を保有しているのか? だとしてもどこに?




 「っ、とにかくてめえを連れていく。大人しく―――」

 『陣耶、後ろに跳び退けッ!!』




  頭に直接響いた声に反応できたのはほぼ無意識だった。

  他でもないトレイターの声だからこその脊髄反射。

  おもむろにトレディアの頭を掴んでいた手を離して一気に跳び退った瞬間、桜色の閃光が俺のいた場所を貫通した。




 「な―――」




  天井―――上方からの一撃。

  確実に俺に照準を絞った精密射撃。

  そんなデタラメができるあの魔力の持ち主を、俺は一人しか知らない。

  だけど理性はソレを即座に否定した。

  アイツは、なのははここまで容赦なく人を攻撃できるような人柄をしちゃいない。

  答えを求めて上を仰ぐ。










 「外しましたか―――まあ、彼から引き離す事が出来ただけ良しとしましょう」










  響く声。

  ソレは俺の知っている声とそっくりで―――それでいて、込められている感情が異質なモノだった。

  上方からこちらを見下ろすその人影。

  ゆっくりとこちらに降りながら、その眼は無感動に俺の姿を捉えていた。










  そうして、そいつは現れた。










  どこか聖祥を思わせる黒を基調としたバリアジャケット。

  栗色のショートカットに、無機質な青い瞳。

  手に持つデバイスは暗い青が輝く宝玉が映えている。

  まるで、なのはの写し身の様なその姿は―――




 「マテリアル―――!?」

 「ええ。早い再会でしたね、白夜の王」




  マテリアル―――かつての闇の書の闇と呼ばれたモノ。

  防衛プログラムの断片、その構成体。

  なのはの姿を模して現れたこいつの名は確か……『理』の構成体。




 「―――たくよぉ、神様はとことん俺が嫌いらしいな、え?」

 『好かれていないのは確からしい。このタイミングでマテリアルの介入とはな……』

 『マテリアルを当ててくる辺り随分と粋な神様のようですね』




  まったくだ、と存在するかどうかも知れない神様とやらに対して毒づく。

  俺が緊張感の籠った眼で、トレディアは全く動じた様子の無い目で、それぞれマテリアルを見上げていた。




 「で、こんな所に何の用だよ。まさか偶然だとかたまたまだとか言わねえよな」

 「……ある意味偶然、ある意味意図的、と言ったところでしょうか」




  少しの思考の後に曖昧な答えを返される。

  鵜呑みにする気は無いが、ある意味意図的だというのなら目的は何だ。

  いや、このタイミングで現れたならそれは―――




 「トレディアか―――」

 「ええ、私達は彼の回収に参りました。もっともそれは別件であり、本命は違いますが」




  トレディアの回収―――誰の差し金だ?

  いや、ある程度の想像ならつく。

  トレディアはレリック運搬ルートの一部……だとするなら、当然その関係者の可能性が高い。

  もしくはマリアージュを生み出すイクスヴェリアその者か……




 「(それは抜きにしても私達か……)」

 『ならば複数人と見た方が良いな。おそらくは構成体の三体全てがここに来ているだろう』




  だとするなら非常にまずい。

  マテリアルは一体一体が規格外の強さを秘めた固体である事はこいつがなのはを倒したことからも窺い知れる。

  もしもケーニッヒを押さえているあいつらの所へマテリアルが現れれば?

  そして外で指揮を執っているだろうはやての前にマテリアルが現れれば……?

  それは、非常にまずい。




  だが、




 「それにしても、この場に貴方がいた事にはやはり少々因縁を感じますね」




  目の前のこいつは俺を逃がす気など毛頭無かった。




 「何だ、ぶっ壊された意趣返しでもするつもりかよ」

 「いえ、私はその記録を持ってはいても記憶はありませんし、もしあったとしてもそれ自体に何の感情を抱く事も有りません」




  ただ淡々と、その完全な断言は自身を客観的に眺めるその推察眼から来るものか。

  だが、それでも眼光は鋭く俺を貫いている。

  ガラスみたいに無機質な目をしているくせに、その奥底には様々な悪意が滅茶苦茶に混ざり合って静かにとぐろを巻いている。




 「ふーん……で、その何の感情も抱かないお前が俺に何の用だよ」

 「単純な興味と好奇心ですよ。私は彼女達三人の事は知っていますが、貴方達の事だけは知らないのです」




  何か、妙な事を言われる。

  良く知るも何も、俺とこいつが顔を合わせたのはつい先日だ。

  それに彼女達って……なのは達の事か?

  だとすればそちらも辻褄が合わない……なのはとは直接戦闘したから別だろうが、他の二人については別だ。

  フェイトもはやても、あの時は海鳴にいなかった。

  だから知りうる機会があるとすれば確実に闇の書事件の中……けどそこには俺もいた。

  もしかして闇の書に閉じ込められた時に……? いやいや、それならなのはは取り込まれていない。




  くそ、考えてもキリがねえ。




 「さて、そろそろ準備は良いですか」

 「っ―――!」




  響いた声に思考を現実へと向ける。

  考えるのは後だ。

  とにかく今は目の前のこいつを何とかしないと―――!










 「では行きますよ、白夜の王。貴方の力を見せてください」




















                    ◇ ◇ ◇




















 「アクセルッ!!」




  指示と同時に加速した魔力弾が二本の刀を振るう彼―――ケーニッヒに向かう。

  閃光のように飛び交うスフィアが一斉に彼へと牙を剥き、彼は両手に持つその刀を振るう。

  一閃、二閃と刃が閃く。

  いくつかのスフィアが落とされるけど、足りない。

  単純に手数の差が出てくる。腕二本では20を超える数を一気に迎撃する事は出来ない。

  けど―――




 「疾ッ―――!」




  回転、同時に再び閃く刃。

  体を独楽のように回し四方八方から迫るスフィアを断ち切っていく。

  それを受けて、彼を取り囲む様に迫っていたスフィアの一部に隙が出来た。

  一瞬、だけどスフィアから逃れるには十分な隙。

  そこに、フェイトちゃんは踏み込んだ。




 「はあっ!」




  一文字に振るわれる大剣。バルディッシュのサードフォーム、ザンバー。

  見るからに剣の常識を逸脱したような巨大な剣は魔力によって形成されている。

  物理的な質量を十分に感じさせるその重量はかなりの物―――それを、真横一文字に一閃。

  迫って近くにあった私のスフィアごと彼を攻撃しにかかる。




  だけどそれでも、まだ届かない。




  それを捉えた彼は二本の刀でフェイトちゃんの剣戟を受け止め―――ずに、そのまま真横へと薙ぎ飛ばされる。

  だけど直前に目視したあれは違う。飛ばされたんじゃない、飛んだんだ。

  自分から力のかかる方向に飛んでダメージを軽減して、その勢いのままに私のスフィアの包囲網からも抜け出した。




 「くっ、ランサーセット!」

 「ディバインバスター―――!」




  カートリッジをロードする。

  これは余り狙いをつける必要も無い。撃てば、大抵はヒットする。

  ディバインバスターの拡散反応炸裂型―――




 「フル、バーストッ!!」




  魔力が弾ける。

  それは瞬く間に規模を大きくし、さながら魔力の壁の様な砲撃が放たれた。

  視界を桜色の光が覆う。




 「これはちょっと、洒落にならないのでは―――!」




  見えない向こう側から聞こえてくる焦燥の声。

  流石に捉えた―――!




 「…ん滅殺―――」




  ―――ふと、声が聞こえた。

  とても聞き覚えのある声。

  だけどそれは近くからじゃなくて、遠くから聞こえてきて―――










 「きょっこーーーーーーーーーー斬ッッ!!!!」










  瞬間、でたらめな斬撃が魔力の壁を縦一文字に斬り裂いた。

  壁や天井が崩れる轟音の中、魔力同士だけが呆気無い音を出して縦に裂かれる。




 「な……」




  突拍子もない光景に思わず絶句する。

  フェイトちゃんも目の前の光景に虚を突かれた様な顔をして、即座に上を見上げた。

  遠くと近くで何かが大きく崩れる轟音が響く中、私もそれに倣う。

  そして―――










 「点が呼ぶ! 地が呼ぶ!! 火とが呼ぶ!!!」










  場の緊張感が一気に地平線の彼方へと消し飛ぶ。

  …………そして、それは出て来た。

  バックに何かテンポの良いBGMか何かが掛かってきそうなくらいの勢いで。

  頭に揺れる腰まで届きそうな青いツインテール。

  目は紅く、黒を基調としたスーツに灰色のコートを纏っている。

  不敵な笑みを浮かべるその顔は、私が良く知っている人に似ていて―――だけど、決定的に違っていた。




 「そう、お前を倒せと僕を呼ぶッ!!」




  どこからかドーン! なんて効果音が響いて来た。

  ……なんか、色々と台無しな気がする。

  さっきまでの緊張感はどこへやら、場に満ちるのは突然の珍入者……もとい乱入者に対する多少の戸惑いと多大なカオス。

  筆舌に尽くし難い何とも気まずい空気が出来上がっていた。




 「……貴方が、『力』の雷剣士で?」

 「如何にも! で、そーいう君は例の彼で合ってるのかな、かな」

 「例の彼、とは……私は一応ケーニッヒですが」

 「ん? 例の彼じゃないのか……っは、じゃあお前は敵だなッ! 例の彼をどこにやった!!」

 「失礼ですが、探し人のお名前をお聞きしても?」

 「だから例の彼だ」




  ……何だろう、アレ。

  嫌にフェイトちゃんそっくりなんだけど、性格がなんて言うか、残念……?

  とりあえず気になった事を一言を……




 「え、と……例の彼って、名前じゃないよ?」

 「…………………………え?」




  流石にいたたまれなくなって口を挟んだらフリーズした。

  場に何だかよく分からない沈黙が落ちる。




  ……えっと。




 「……―――そんなことはどうでもいい!!」

 「丸投げたっ!?」

 「とりあえず教えられた特徴は殺人きょー? とか刀ふぇち? とか鮮血ふぇち? とかそんなのだけど……誰だか分かるか?」




  うわあ……言葉の意味が分かっちゃう自分が嫌になっちゃうよ。

  思い当たる節でもあるのかケーニッヒさんも何かプルプル震えちゃってるし……

  何だろう、彼からも殺気やら何やらがごっそり削り落とされている気がする。

  一瞬で自分のペースに持って行った事に驚愕するべきなのか呆れるべきなのか、なんていうか困る。

  どこかで誰かが「笑えばいいよ」なんて言うのが聞こえたけど、とりあえず無視しておく。




 「さてっ、そこに立っているのは闇の書の闇を撃ち抜いた魔導師二人組か!」




  彼に向き合っていたのから一転、バッとこちらに向き直る。

  妙に凄んでいたせいかやや気圧された。




 「にゃ、え、ぁ、うん」

 「そうだけど……」




  ハイテンションだなあ……

  語尾全部に感嘆符が付いてそうな勢いだよ。




 「ほんとに成長してもそっくりなんだな……いやいや、だからって負ける訳じゃないし……」




  今度は何かぶつぶつ独り言を始めちゃった―――

  ええと、もうどこから突っ込めばいいのやら。

  ていうかまずこの子、誰だろう?




 「えと、そういう貴方は闇の書の防衛プログラムの構成体……?」

 「……ぁ」

 『……素で忘れていましたね、マスター?』




  事ここに至ってフェイトちゃんの問いかけでようやく気付いた。

  あの子―――あの時、海鳴の空で戦った私のそっくりさんと同じ……

  ありうる、と私は即座に納得してしまう。

  私の使える砲撃系魔法の中でもかなりの威力を誇るディバインバスター・フルバースト―――

  それをいとも簡単に斬り裂くなんて、かなりの出力を持ってこないと出来はしない。




 「そのとーりっ! 僕こそがマテリアルこと『力』の雷剣士! 砕け得ぬ闇をこの身に再び宿し、完全な王となる者だ!!」




  声高らかに宣言し、デバイスを構える。

  フェイトちゃんのバルディッシュに酷似したそれはザンバーの様な形態をしている。

  私の予想が正しいなら、きっとこの子も……




 「やれやれ、興が削がれた感はありますが……」




  彼の方にも再び闘志が戻る。

  二本の刀を構え、私達を鋭く見据えた。




 「気を付けてフェイトちゃん―――」

 「分かってる……あの私にそっくりな人から感じる魔力は、普通じゃない」




  あの時、海鳴で対峙したマテリアルが持つ魔力は私を凌いでいた。

  陣耶くん自身も、実力はともかく保有している力自体は確実に私達を超えているって。




 「金色の方と戦うのは初めてだけど―――僕は負けない。君を倒し、僕は翔ぶッ!!」

 『―――ッ!』

 「というか積年の恨みをここで晴らーーーーーすッッ!!」

 「って逆恨み!? 何かした私達ッ!?」




  彼女が大剣を構え、向かってくる。

  放出される魔力は確かに、私達を超えたものだった。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「状況はどうなってる?」

 「第一班及び第二班は深層200mに到達、制圧を開始。他第三班から第五班まではそれまでの制圧を続行中」

 「ここまでは、予定通りか……」




  空間に写しだされたパネルを眺め、状況を確認する。




  陣耶くんとトレイターはこの施設の最深部だと思われる地下400m地点。

  なのはちゃん、フェイトちゃんはその少し手前の地下320m地点。

  大してリイン二人が率いる第一班及び第二班は200m地点。これはまだ良い。

  問題は下へ進む毎にフロアが狭くなること。

  最初は一辺100mはあろうかという広大なフロアでも、地下200mでは一辺25m程度と徐々に狭くなっている。

  ドリルでも使って縦へ縦へと掘り進めたようなこの構造。




  ……進む際は、細心の注意を払っておかなあかん。

  なのはちゃんから聞かされた相手の時間が無いというのも気にかかる。

  マリアージュ自体は抑えられているけどイクスヴェリア本体はまだ発見されていない。

  奥の方に隠されているか、それとも……










  その時、緊急事態を知らせるアラートが鳴り響いた。










 「っ、何事や!」

 「施設上空300m地点より高エネルギー反応! これは……転移魔法です!!」




  施設上空300m、こっちは270m地点―――ここのすぐ上!?

  私と同時に周囲の局員たちも上空を見上げる。

  私達より30mほど上空の地点に巨大な魔法陣が展開される。

  紫色に光る巨大なベルカ式の転移魔法陣―――あれは、古代の方か。




 「反応増大―――来ますッ!」




  局員の叫びと同時に転送陣から影が三つほど出てくる。

  遠目からでも視認できるその姿は―――




 「あれ、は……」




  そっくり、という形容詞がしっくりときた。

  出て来た三人はなのはちゃん、フェイトちゃん、そして私にそっくりで―――そして決定的に違っていた。

  少しの間、乱入者に対してどう対応すればいいのか分からずに全員の動きが停止する。










  そして、現れた三人の内、なのはちゃん似がデバイスを構えて―――










 「っ、みんな散ってッ!!」




  叫んで近くにいた局員を引っ張ってその場から飛び退く。

  瞬間、目の前を桜色の閃光が貫いた。

  地表に目標を定めた一撃。それは一直線に施設へと吸い込まれていき―――




  大地を揺るがすような轟音が、響いた。




  気が付けば、なのはちゃんにとフェイトちゃん似の二人は消えている。

  代わりに―――










 「―――ふん、今は小鳥一羽に塵芥共だけか。王の歓迎にしては少々華やかさに欠けるな」










  目の前に、私似の方がゆっくりとやって来た。

  灰色のショートカットに紫を基調とした騎士甲冑、そしてシュベルトクロイツ。

  翡翠の瞳は見る物全てを見下す色を宿している。




 「先程の砲撃により施設の一部が崩壊! 巻き込まれた局員が数名いる模様!」

 「……施設制圧を中断、巻き込まれた局員の救出に人員を廻して。それとさっきの奴らと遭遇したなら無理をせず撤退するよう」

 「はっ!」




  傍の局員に指示を出して改めて向き直る。

  私にどこまでも似ているあの姿―――だけど、自分でも思う以上にあれは悪い者だという印象が強く与えられる。

  性質一つで印象はここまで変わるものなのか……そう思うほど、目の前の存在は異質に感じられた。

  そうか―――




 「……あんたが、マテリアルか」

 「如何にも、我こそが『王』の構成体である」




  『王』の構成体―――

  陣耶くんから聞いた話やとなのはちゃん似が『理』、フェイトちゃん似が『力』らしい。

  そんで、うち似の方を『王』と呼んでいたとも。




 「あんたらの目的は、闇の書の復活か?」

 「然り。この身の内に砕け得ぬ闇を再び宿し、あの血と怨嗟の渦巻く闇へと還る事こそ我が悲願よ」




  当たり前のように言った。

  あの悲劇を―――守護騎士たちが苦しんだあの日々に還る事が願いだと。

  あの苦しみを、もう一度繰り返したいと。




 「またあれを繰り返す言うんか……守護騎士のみんなが苦しんでばかりいたあの日々をっ」

 「何を言い出すかと思えば……そう願ったのは他でもない貴様らだろう。自身の欲望が為に力を願い、その結果が今の我だ。

  今更その様な綺麗事、片腹痛いわ」




  くつくつと押し殺した声で嘲笑う。

  確かに言っている事は真実だ。その上、これ以上は無いくらい正しい。

  夜天の書を闇の書にしたのは過去に主となった人達やし、何であれ闇の書の闇も望まれて生まれた物である事に違いない。

  そして、どんな物であれそれは確かに、夜天の書の一部でもあった筈。




  せやけど―――!




 「っ、けど構成体とはいえ断片にすぎん。完全な形を取り戻すには欠けた物がいる筈や」

 「ほう、博識ではないか。褒めてやるぞ小鳥」




  そうして初めて、まともにこちらを見た気がした。




  鋭い目が向けられる。

  見るモノ全てを射殺さんとする冷え切った悪意の目。

  その冷たい視線に、背筋がゾッと凍った。




 「うぬが言った通り、我は所詮闇の断片にすぎぬ。そして欠けた部分も既にあの街で消えている」

 「やったら今さら何を―――!」




  構成体は闇の書の再生機能が働いた結果発生した現象。

  活動を開始した構成体は散らばった欠片を取り込む事により復元を進め、やがて闇の書として完全に再生する。

  せやけどその肝心の欠片も9割が海鳴で自然消滅している。

  そもそも構成体の再起動すら不自然なほどに時間が経っていた筈やのに―――




 「知れた事を。砕け得ぬ闇の復活と先刻言った筈だが、小鳥とはいえ阿保にはまだ早いのではないか?」

 「ほっとけ! それよか何を―――!」

 「既に再生は始まっている」




  な……

  始まっている……再生が?




 「まさか―――!」

 「嘘ではないぞ。闇は今も胎動し、再び世を暗黒に堕とすその時を待っている」




  力強く断言された。

  闇の書が、再生を始めている?

  それは本当? 嘘だという可能性は?

  もし本当なら残された時間は一体―――




 「考えに耽るのは良いが、あまり王を退屈させるものではないぞ」

 「っ―――!」




  マテリアルが動いた。

  シュベルトクロイツとそっくりの杖を構え、手には夜天の書に良く似た魔導書が浮かんでいる。

  何より、その体から溢れ出る魔力が―――戦いの始まりを告げていた。




  リイン達はまだ下の施設。

  なのはちゃんもフェイトちゃんも陣耶くんも、それぞれが動いている。

  下手をするとマテリアルと交戦している可能性もある。

  そして溢れ出る魔力は確実に私以上。




  勝てるか、タイマンで……




 「では行くぞ小鳥。余り退屈させてくれるなよ?」

 「ちぃっ……、みんな私の戦闘空域から退避! 巻き込まへん自信は無い、急いで!!」




  同時に魔導書の頁を繰る。

  そして杖を互いの敵へと向け、戦闘が始まった。




















                    ◇ ◇ ◇




















  轟音と共にコンクリートが砕け、それと同時に間抜けな音を立ててその中にあったパイプも吹き飛ぶ。

  そこから勢いよく噴き出るガスや水などの一切を無視して、ただ上へと速度を上げた。

  やがて、開けた場所へと辿り着く。

  一辺が大体20mほどだろうか……さっきまでとは違い、それなりに広い空間に出る事が出来た。




  それを確認した途端、真下から数十の閃光が俺目掛けて飛来する。




 「もう来たか―――!」




  翼を一度振り、反動で勢いよくその場から横へと飛ぶ。

  さっきまで俺のいた場所を閃光が通過し―――それはいきなり首をもたげて俺の方へと再び飛来した。

  舌打ち一つ。反転して迫る弾丸から逃れる。




 「くそっ…トレイター、数幾つだ!?」

 『視認できるだけで三十強、射出時には合計で40あった筈だ』

 「バケモンかよちきしょうめ……!!」




  悪態を吐いても事態は全く好転しない。それどころか悪化する。

  俺が狭くは無い、しかし決して広くは無い空間を必死に逃げている所に奴―――『理』の構成体が追いついてくる。

  ジャキリ、とまるでスナイパーライフルの様にデバイスがこちらに向けられた。

  途端にその先端に集束され始める魔力。




 『撃ってきますよ』

 「いつまで逃げてても埒が明かねえか……仕方ねえ。多少強引だが突っ込むぞ、トレイター!」

 『任された』




  30強ものスフィアから逃げ回り、目の前に壁が迫る。

  普通に逃げるならここで方向を緊急転換するところだが……!




 「く、のっ……!!」




  翼の遠心力を使って無理やり体を反転させる。

  そのまま後方へ足を出し、迫った壁を足場にして急停止をかけた。

  衝撃で、翼から羽根が舞い散る。




  正面を見据える。

  迫る多くのスフィア―――その後方で発射態勢を整えようとしている奴も見えた。

  剣に魔力を叩き込む。




 「ディバインセイバー……!」

 「ブラスト―――!」




  奴の発射態勢が整うと同時に、壁を足場にして全力で跳ぶ。

  だが奴の前に大量のスフィアが俺へと襲いかかる。

  一斉に牙を剥く30を超える弾丸。

  ホーミングレーザーのように標的を撃ち抜かんと矢の如く俺へと迫る。

  突っ込めばあまり硬くない俺では確実にダメージを被る。

  被弾した際の隙が致命的になり、追撃の砲撃もおまけで飛んでくるだろう。




  だが、俺が駄目なら他の奴がやれば良い。




 「トレイター!」

 『最大加速、フィールドを前面へ集中展開!!』




  そう、今の俺の中にはトレイターというこの上ない味方がいる。

  俺の目の前にフィールド系の防御魔法が展開される。




  ユニゾンの利点は幾つかある。

  一つは言わずと知れた戦闘能力の向上だ。

  同調しやすければしやすいほどシンクロ率は上がり、1+1を10にも100にもする事ができる。

  一つは主の行動不能時における防御システム。

  もしも主が危機的状況に陥った場合には主を自身の中へと取り込み、融合騎自身が表に出て戦闘を行えるシステムだ。

  これが暴発したりして融合事故が起こったりもするし、逆にこれを利用して逆ユニゾンなどという荒業も可能だ。

  だがこれは古いベルカの、それもトレイターやアインの様な等身大の人間サイズの融合騎にしかできない。

  そして最後に、主と融合騎の独立した魔法運用。

  融合騎が中で魔法を行使する事によって、主は常に融合騎からのサポートを受けた状態で戦闘を行う事ができる。




  それが、古代ベルカにおいて猛威を振るった遺産の一つの真価。

  故に―――




 「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」




  俺目掛けて突撃してきたスフィアは例外なく、正面に展開したフィールドによって遮られ、砕かれた。

  回りこもうとすれば俺の速度で問答無用に振りきれる。

  そして―――目の前には今まさに放たれんとする魔力の奔流。




  まとめて―――斬る!




 「ファイアーッ!!」

 「フルスラストッ!!」




  砲撃が放たれた直後、魔力を込めた剣が砲撃を斬り裂く。

  砲撃の重みに剣が軋み、腕に痺れが奔る。

  剣に弾かれた魔力波が床や天井を砕き、壁を削る。

  だけどそれでも……砲撃の勢いに、剣は負けてはいなかった。




 「こんくらいで―――!!」




  力を込めて、押し返す。否、斬り裂いていく。

  中と外が同調する感覚。

  一体となった身が共に力を込めていく。




 「止められると……思うなぁッ!!」




  振り切った。

  そのまま根元まで裂かれる魔力の奔流の中を飛ぶ。

  そして硬直している無防備な奴へと一気に迫り―――再び剣を振り抜いた。




  鈍い手応えと共に細い体が横薙ぎに吹っ飛ばされる。

  勢い良くコンクリート製の壁へと激突し、壁が砕ける音と共に砂塵が奴の姿を覆い隠す。




  ……手応えは、確かにあった。

  だけど、それは余りにも鈍すぎるものだ。

  一発は入れたものの―――




 「なるほど、凄まじい……やはり貴方はイレギュラーな存在の様ですね」




  やっぱ、この程度じゃ沈みやしないか。

  なのはを真似ているだけあってその硬さも折り紙つきらしい。

  砂塵の中からはほぼ無傷のマテリアルが出て来た。




 「人の事を知らないだのイレギュラーだの何だの随分好き勝手言ってくれるじゃねえか……」

 「気に障ったのなら謝罪しましょう。とはいえ、私にとっても事実なのだからどうしようもありませんので」




  言って、静かに上を仰ぎ見た。

  奴の視線の先には砕けた天井がある。

  俺はなのは、フェイトと別れて随分と下に潜ったが……こいつと戦闘を始めてから随分と上に上がった。

  あいつらと上手く合流できれば儲けものだが、こいつが素直にそうさせてくれるのかどうか。




 「……さて、もう時間も余りありません。私もその気になりましょう」




  ゆらり、と場の空気が揺れた。

  マテリアルから吹きだす魔力が徐々に大きさを増し、陽炎のように立ち昇る。

  確実に何かやる気だ、それもヤバイ類のもの。




 『陣耶ッ!』

 「分かってる!」




  悠長に見ていてやる気は無い。

  式に魔力を奔らせ、即座に転移魔法を起動する。

  瞬きも無い間にノーアクションで詰めた距離は既に俺の間合い。

  奴の目が俺を捉える。

  だけど、遅い。

  両の手で握った剣を袈裟に振るい―――真上から目前に叩き落された金色の巨大な刃に防がれた。




 「なっ……!?」

 「ブラスターシステムリミットT、リリース」




  瞬間、強烈な魔力が衝撃波として放出された。

  何が起こったかなど考える暇も無い。

  俺の攻撃は巨大な刃に防がれて、奴は手札を切った。

  それも―――




 「おいおい……マジかよ」




  ブラスターシステムなんて、とんでもない代物を。




 「おっとと、失敗失敗……って人が動けない時に斬りかかってくるなーっ!?」




  ……おまけに聞きたくない声まで聞こえてくるし。




 「にしても、ブラスターとはまた……とんでもない札を切りやがったな」

 「貴方達はそれに値する、という事です。結束のもたらす力とでも言うのでしょうか……

  貴方達だからこそ得られたその力に、私は敬意を表しましょう」

 「そらご丁寧にどーも」




  ズズン、とフロア全体が揺れた。

  そのまま鈍い音を立ててゆっくりと突き刺さった刃が抜かれていく。

  ……………




 「ディバインセイバー」

 「あべしっ!?」




  問答無用に真上を斬ったら変な鳴き声が聞こえてきた。手応えありだ。

  ガラガラとシュールに砕け散った天井をマテリアルと二人して眺める。




  ……ピューと青いのが落ちてきた。




  そのまま地面に激突。べしゃって潰れる青いの。

  格好は見るも無残でバリアジャケットがボロボロだ。どうやら直撃したらしい。

  まだピクピク動いてるところを見ると仕留めそこなった模様。

  どーやらあの時の……確か『力』のマテリアルだったか? のようだが、情けない姿である。




  遅れて上からフェイトとなのはも顔を出した。

  続けてケーニッヒの野郎まで下りてくる。




 「何が…、ってジンヤ!? じゃあさっきの私まで巻き込まれそうになったのもジンヤの!?」

 「あー……なんか、ありうるって思ってしまう辺りもうダメかなあ私」




  二人から全く分からない事を言われた。知らないったら知らない。

  ケーニッヒの野郎はあろうことかマテリアルの方に立った。

  ……あまり想像したくないが、マテリアルとトレディアが手を組んでたって事なのかねこれは。

  あいつの主義主張からして世界滅ぼそうとするような連中と手を組むとも思えんが……




 「ほら、貴方もいつまでも寝てないでとっとと起きなさい」

 「げふぅッ!?」




  ……青いのも片割れのマテリアルに叩き―――もとい蹴り起こされる。

  気付けにでもなったのか、ボロボロのフラフラながらもゆらーと立ち上がった。

  ついでに相当恨みの籠った眼で睨まれた。けどなんでだろう、あんま怖くねー。




 「場を濁してしまいましたね、とりあえず続きを始めましょうか」




  奴がデバイスを構えると、その傍に二つの物体が出現した。

  形状はデバイスの先端部分にそっくりで、それをそのまま飛ばしたような物体。

  ……間違いない。




 「ブラスター、ビット……」




  戦慄の声で、なのはが呟いた。

  アレの運用の難しさ、そしてそれを成し得た際の圧倒的なアドバンテージはなのはが一番良く理解している筈だ。

  フェイトも油断ならない状況に気を引き締め、構えをとった。




 「……いきますよ」

 『Short bastard』




  閃光が放たれた。

  湿気に視界を奔ったその数は三。

  狙いは全て―――俺!




 「させないっ!!」

 『Round shield』




  なのはが俺の前に躍り出てそれを全て防ぎに入る。

  両手を前に出して展開される盾に三つの閃光が激突する。

  ゴンッ、と鈍器で叩いた様な衝撃と音が響く中、押されながらもなのはは耐えていた。

  だが持たない。

  単純に出力が違いすぎる。アグレッサーとブラスターではその差は歴然だ。




  援護のためにいち早くフェイトが飛びだした。遅れて俺も駆け出す。

  だけどそう簡単に相手が接近を許す筈も無く、『力』のマテリアルとケーニッヒが飛びだした。

  俺を標的として捉えているのは―――考えるまでも無くケーニッヒだ。

  最大戦速での突撃。

  互いの間合いに踏み入った瞬間、一斉に剣を振り抜いた。

  鈍い鋼を撃つ音が響く。

  奴の二本の刀と俺の剣がぶつかり合い、軋みを上げる。




 「さあ、続きといきましょうかッ!!」

 「俺にその気はねえよ、こりゃ集団戦なんだからなッ!!」




  目の前のケーニッヒを退けるまでも無く俺の頭上に一つの魔法陣が展開し、魔力が収束する。中にいるトレイターの援護射撃だ。

  それはすぐさまケーニッヒ―――ではなく、砲撃を照射し続ける『理』のマテリアルへと放たれる。

  込められた魔力もそこそこに放たれた砲撃はそれでも直撃すればそれなりのダメージを被る。

  射撃に気付いた『理』のマテリアルも射撃を中止、その場から飛び退き砲撃を回避する。




  そこで自由になったなのはがすぐさま次の行動に打って出た。




 「エクシード・ドライブッ!!」

 『Ignition』




  閃光と魔力が駆け抜ける。

  アグレッサーを脱ぎ捨てエクシードへと、フルドライブモードを起動した。

  レイジングハートも形状的にはもはや杖と言うより槍と呼ぶに相応しい物へと変わる。

  個人戦闘を捨て砲撃に特化したエクシード。

  それでも戦闘力は全体的に上昇はしているし、出力も上昇している。

  だけどなのはの魔法の性質上、一番向いているのは後方支援だ。




 「いつまでも構ってる暇はねえんだよッ!」

 「ぬっ」




  右足で奴の顎を狙い思いっきり蹴り上げる。

  案の定、軽く回避されたがそれでも密着状態からは脱した。

  素早くアストラルアローを形成、トレイターも合わせて展開した砲撃も含めて―――!




 「一斉掃射ッ!!」




  号令と共に我先にと飛びだす白銀の矢と砲撃の数々。

  追い打ちをかける様になのはの砲撃も放たれる。

  狙いも付けずにでたらめに放たれたそれらは目の前の一帯を絨毯爆撃のように蹂躙していく。

  さながらマシンガンと大砲が同時に乱射された様な光景が繰り広げられた。

  当然、でたらめな攻撃に巻き込まれるのを避けるために打ち合っていたフェイトとマテリアルも離脱する。




 「もー陣耶くんいい加減すぎッ!」

 「やっといて言うか!? いーからあいつら牽制しろ、本気で攻め込まれたらこっちが危ねえんだからな!」




  言って、翼を大きく羽ばたかせて衝撃波を撒き散らす。

  同時に起こした風も使い、その流れを操作し渦を巻かせる。

  魔力によって編まれた風を大きく、大きく掻き回し作りだされるのは嵐。

  一切の身動きを許さない荒れ狂う暴風―――!




 「ストームバインドッ!!」




  奴ら三人を中心に巨大な嵐が吹き荒れる。

  周囲に散らばった瓦礫ごと逆巻く風は既にそれだけで凶器。

  フェイトの方も容赦は無い、ザンバーを大きく振りかぶり魔力を込める。




 「撃ち抜け、雷神ッ!!」

 『Jet zamber』




  雷撃を伴った長大な剣の一撃が身動き封じている嵐ごと奴らを叩き斬らんと振り下ろされる。

  魔力を込めたその一閃は嵐を容易く斬り裂き、次いで壮大に何かを叩きつけた音と衝撃がフロア全体を揺るがした。

  嵐が消えた事で巻き上げられていた瓦礫も落下し、瞬く間に目の前は砂埃で覆われる。

  ただ……フェイトの表情は未だ緊張の色を強く残している。




 「……駄目だ、上手く防がれた」




  防がれていた。

  言葉通り、バルディッシュは完全に振り切られておらず中途半端な位置で止まっている。




  砂塵が晴れる―――




  金色の刃を止めたのは、同じ金色の刃だった。

  両手で振るうにもかなりの重量であろうあの大剣を軽々と扱い、必殺の一撃を防ぎきっていた。

  そして奴ら三人を覆う桜色の魔力のフィールド―――あの様子じゃ巻き上げた瓦礫も大して意味を成していないな。




 「流石に硬いな……」

 「この程度で終わるつもりは毛頭ありませんので」




  桜色のフィールドが解除される。

  このままじゃいずれ時間切れだ。たぶん、その内トレディアに逃げられかねない。

  それまでに局員が確保するか、こいつらを振り切って俺達の内の誰かが直接向かうか。

  どちらにしろ簡単な話ではない。




 「それでは、もう少し付き合ってもらいます」

 「君が勝手に仕切るなよっ」

 「別に仕切っているつもりはありませんが、貴方も好きにすれば良いですよ」

 「よーしっ! 勝負だフェイト・テスタロッサーッ!!」




  行動早っ。

  『力』のマテリアルを皮切りに残りの二人も動いた。

  俺達もそれぞれ迎撃態勢を整える。

  奴が逃げるまでのリミットはそう残されていない。

  間に合うか―――!




















                    ◇ ◇ ◇




















  空を駆け、魔法が飛び交う。

  うちと同種の魔力光を持つマテリアル―――自身を『王』と称する者。




 「クラウ・ソラスッ!!」

 「アロンダイトッ!!」




  同時に放った砲撃が衝突、拡散し周囲に衝撃波を撒き散らす。

  ―――また、同種の魔法。

  さっきから名前こそ違えど、うちの魔法と同一の性質を持つ魔法をマテリアルは使ってきてる。

  ブリューナクしかり、バルムンクしかり、さっきのクラウ・ソラスしかり―――

  この調子やとこっちの使える魔法は相手も全部使えると考えた方が良さそうやな。




  けど、問題は他にもある―――




 「くっ、撃て―――!」




  後方からの局員たちの援護射撃。

  幾つもの閃光が空を駆け抜けてマテリアルに迫る。

  けど、マテリアルはそれに対して嘲笑を示すのみ。




 「塵芥如きが―――いくら束になろうと我の敵ではないわッ!!」




  即座に魔法陣が展開された。

  杖が振り上げられ、その先端に魔力が灯る。




 「この―――!」




  同じように杖の先端に魔力を灯す。

  膨れ上がった魔力をそのまま―――!




 「消し飛べッ!!」

 「させるかぁッ!!」




  膨大な魔力が爆発した。

  弾け飛んだ魔力はそのまま巨大な衝撃波に変換され、物理的な破壊力を伴って周囲に放たれる。

  全く同種、同質の破壊が互いに凌ぎを削る。

  けど―――




 「ぐ、う……!」

 「ハハッ、どうした小鳥! 先ほどよりも勢いが無いのではないか!?」

 「る、さいわ……!」




  一つ、決定的に出力が違った。

  うちのように細かい戦術とか考えずに撃つ事を得意とする者の場合、出力で劣る事は致命的。

  流石にそれだけではないけど、それが大きなウェイトを占めているのは事実。

  ジリジリと押されていく。




 「まさか、この程度で終わりか? 力の限り足掻き、王を楽しませてみせよ」

 「人の事いつまでも見下して―――王様気取ってんとちゃうでッ!!」




  空いている左の手で合図を送る。

  その先―――私の遥か後方にいる部隊の仲間。

  狙いは当然―――!




 「撃てッ!!」




  ありったけの砲撃が後方から放たれる。

  放たれた砲撃は一直線に、衝撃波の及ばない角度から―――狙いはマテリアル!

  衝撃波を放った状態で硬直している無防備なところへの一撃。これで―――!




 「―――笑止」




  すっと、左腕が突き出された。

  ゆったりとしたその動作。そこに放たれた砲撃は吸い込まれる様に直進し―――




  止まった。




 「んなっ……!?」




  比喩でも何でもなく、文字通り砲撃を止めた。

  直進する筈の魔力はマテリアルの左腕に触れるか触れないかの位置で停滞している。

  それはそのまま球体状に収縮し、マテリアルの左手に収まった。




 「これはうぬに―――くれてやろう」

 「―――っ!」




  軽く左腕を払う。

  それだけで、止められた砲撃は先程まで度変わらない速度でうちの方に直進してきた。

  それは真っ直ぐに衝撃波を突き抜けて―――マズイ、直撃コース!

  避け―――無理、防御展開!




 「が……!」




  まともに砲撃を受けて吹き飛ばされる。

  反射―――いや、魔力を魔力で無理やり抑え込んで掴んだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……!

  それどころかその分の魔力を上乗せされて返された……

  あんな芸当、よっぽどの出力と技量が無いととてもじゃないけどできる事やない。

  けど、それだけじゃ終わらない。

  向こう側では、マテリアルが笑みを浮かべて―――










  遅れてやってきた衝撃波が大きくうちの体を叩いた。




 「っ、は……!」




  衝撃で一瞬息が詰まる。

  反射で行われる行動に体の制御が強制的に持って行かれる。

  そして視界の先に、止めの一撃を放つ体制を整えたマテリアル。




 「しまっ―――!」

 「散れ」




  冷酷無比な死刑宣告。

  非殺傷設定など欠片も行っていない純粋な殺しの魔法が一直線に放たれる。

  目前に迫る絶対的な破壊の魔力。

  防御して、耐えられるか……!










  そして、目の前で翼が羽ばたいた。










  スレイプニル。

  私と同じ黒い翼を羽ばたかせ、銀色の長い髪をなびかせて―――




 「はあっ!」




  目の前に盾を展開し、攻撃を見事に防いで見せた。

  うちも良く知っているその姿は、間違いなく―――




 「リインッ!」

 「遅れましてすみません、我が主」

 『リイン達が来たからには百人力なのですよっ』




  アインの中にはツヴァイもいる。

  ここぞという時に、駆けつけてくれた私の家族。

  それだけで百人力な気分になる。




 「ありがとなリイン、正直助かったわ」

 「いえ、ご無事で何よりです」




  と、またくつくつと笑い声が聞こえた。

  こんな状況で笑う奴なんて―――まあ一人しかおらん。

  可笑しくて堪らないといった風に笑うマテリアルを見据える。




 「何が可笑しいんや、あんた」

 「いやいや、まさかそこの死に損ないがな……まさか、よりにもよってあの白夜の書とは……」




  カチンと来た。

  察したくも無いけど、死に損ないゆうんは多分リインの事やろ。

  人の家族をそうも貶して何が楽しいんか……!




 「滑稽だなぁ、自らの天敵に縋ってまで生き恥を晒すとは」

 「どうとでも言うが良い、マテリアル。私は主と共にある、ただそれだけだ」

 「そやっ、今頃になって出てきてあんたかていい加減にしつこいゆーねんっ!」

 「王が君臨するのはいつの世も心理であろう」

 『はやてちゃん、この人には多分何言っても聞いてくれません』




  いつにもなく緊張した小さいリインの声。

  確かにあれとは分かりあえそうにはない―――そう思った時に、それは起こった。

  遥か下、施設の方で起こる大きな爆発。

  桜色の魔力が奔り、同時に幾つもの―――桜、金、紅、そして白銀の閃光が飛び出す。

  見間違う筈も無い。

  あれは間違いなく―――!




















                    ◇ ◇ ◇




















 「ディバインセイバーッ!!」

 「トライデントスマッシャーッ!!」




  放たれた斬撃と砲撃が天井を上の奴らごと薙ぎ払う。

  ものの見事に天井を破壊しつくしたその攻撃は威力もさることながらその範囲も広い。

  だが墜ちない。

  一人は瓦礫を器用に足場にして、一人は持ち前の速度で、一人は城塞とも言える防御力でそれぞれ攻撃を凌がれる。

  しかしこちらの攻撃もそれだけではない。

  役目を終えた俺達は飛び退くように射線上から退避する。

  俺達の遥か後方から、なのはの砲撃が放たれた。




 「ディバインバスター・フルバーストッ!!」




  放たれたのはディバインバスターのバリエーションの一つ、フルバースト。 

  なのはの持つ砲撃の中でもトップクラスの攻撃範囲を誇る魔法だ。

  瞬く間に肥大化したそれは天井と言わず周囲のフロアごと奴らを纏めて薙ぎ払う。




 「二人とも、私の後ろへ」




  『理』のマテリアルが杖を構える。

  ケーニッヒと『力』のマテリアルは指示通り『理』のマテリアルの後方へと退避。

  同時に、二重三重に防御魔法が展開される。










  そして、爆音が轟いた。










  遥か上方から陽の光が差してくるのを見た。

  まずい……上層フロアに誘導されてたか。

  見ればあの三人も未だ健在。予断を許さない状況は、もはや取り返しのつかない域に達し始めている。




 「フェイト、全体の状況はどうなってんだ」

 「……マテリアルが最初に介入してきた際の攻撃で3割が行動不能。残りは瓦礫の撤去と救助作業に当たってるみたい」




  くそ、トレディアの方に向かってもらうってのは無理か……?

  ここを離れるにしても、この三人の内の誰か一人でも抜けるだけで一気に戦力バランスは崩壊する。

  そうなると結果はもはや火を見るよりも明らかだ。

  苦い感情が滲み出てくる。




  ―――その時、上で閃光が走り抜けた。




 「(っ、なんだ!?)」

 『上空200m地点だ。八神とリインフォースが戦闘中らしいな』




  見れば確かにはやてとリインが一人を相手に戦闘を繰り広げている。

  それも相手は―――またマテリアルかよ。

  見ないと思ったらあの高慢ちき、はやての方に行ってやがったか。




  ―――と、不意に奴がこちらを見た気がした。




  その瞬間、あちらからこちらに一直線に砲撃が放たれる。

  ってちょ、危なっ!?




 「どわっ!?」




  身を大きく捻って回避―――っ!

  俺の横を掠めて行った砲撃はそのまま施設内へと着弾、巨大な衝撃波を巻き起こした。

  衝撃に煽られた爆風が激しくコートを煽る。




 「なろっ、確実に俺を狙いやがったな……ッ」




  いつもだったら喧嘩売られたから買いに行くところだが、生憎そんな暇は全く無い。

  目の前のこいつらからだって逃げられるかどうかなんて状況であいつの相手までやっていられる筈が無い。

  くそっ……!




 「余所見をしている暇は無いですよッ!!」

 「ちい、ケーニッヒ!!」




  一息の間に間合いまで踏み込んできて斬撃が繰り出される。

  合わせる形で剣を振るいそれを弾き、返す刃でもう片方も叩き落とす。




 (まだ……!)




  ケーニッヒは弾かれた刀をそのまま手放し、それを脚で絡め取り振るう。

  それ以上の手が出せない俺は身を捻って回避するしかない。

  そこで空いた胴を狙った袈裟切りが放たれる。

  まるで円舞の様な剣技。回転する独楽の如く次々と刃が繰り出される。

  けどな―――!




 「させっか―――!」




  怒号一閃、魔力を叩き込んだ一閃を振り下ろす。

  袈裟切りにかかって来た刀と振り下ろした剣がぶつかり、そのまま力任せに大きく弾き飛ばした。




  そしてその瞬間には、目の前に砲撃が迫っていた。




 「いっ!?」

 「させない!」




  フェイトがバルディッシュを振りかざす。

  カートリッジをロードし、ザンバーと言うその刀身に力を込める。

  そしてその姿がブレて―――




 「はぁぁあああああああああああああああッ!!」




  その姿が掻き消えた。

  それと同時に目の前まで迫っていた砲撃が目に見えぬ何かに中ほどから横一文字に斬り裂かれていく。

  その速度たるやまさしく雷光。

  しかし、それは向こうにも同じ事が言えた。




 「その程度の速さ、僕が見切れないとでも思ったか!」




  『力』のマテリアルの姿がフェイトと同様にブレる。

  その姿が掻き消えたと思った瞬間、あらぬ場所で鋭い剣戟の音が響いた。

  一瞬遅れてその場所から『力』のマテリアルに弾き飛ばされる形でフェイトも姿を現した。




 「くっ……!」

 「みんな、上に気ぃつけてーッ!」




  っ、はやて……!

  声に導かれるようにもう一度上を見上げる。

  遥か上空から砲撃が絨毯爆撃のような規模で迫って―――




 「っ……! 全員回避だあああああッ!!」

 「うわぁ!?」




  攻撃範囲100mはあろうかという砲撃の嵐から全速力で逃れる。

  範囲が広いくせして一発一発に籠められている魔力量もシャレにならない。

  こんか広範囲に攻撃できる奴なんて俺が知るところ数名だ。

  そんでもって俺らを巻き込む形でぶっ放したとなると―――




  攻撃をやり過ごした後、上空から迫る影に吠える。




 「よっぽど俺の事が嫌いらしいな! ええ、王サマよォ!!」

 「蛮族が……その減らず口、二度と開けぬよう念入りに消し飛ばしてやろう!」




  杖が振るわれ複数の砲撃が放たれる。

  一発一発が確実に非殺傷などしていない純粋な破壊攻撃。

  いくら取り得たーが中にいるとは言え基本的な戦闘方法は変わりはしない。

  避けられるのなら―――確実に避ける!




 「それくらい見えんだよッ!」




  放たれた砲撃の隙間を縫う様にして避け、奴へと肉薄していく。

  はやてのコピーだってんなら性質だって似通っている筈……だったら遠距離戦で勝ち目がある訳が無い。

  なら狙うは接近戦!




 「叩っ斬ってやらぁ……!」

 「ほざけ下郎ッ!!」




  砲撃だけでは流石に墜せない事は理解しているのか攻撃が切り替わった。

  直線的な攻撃から波状―――周囲に向けて広範囲の衝撃波を撒き散らす。

  これなら下手に回避する事は出来ない。

  速度も上がっている以上このまま突っ込む事になる―――だったら!




 「ディバイン……セイバーッ!」




  衝撃波の一部―――俺の進路だけを斬撃で確保する。

  放たれた剣戟は俺の目前に迫る衝撃波を押し返し、そこに道を押し広げた。

  だがあいつも馬鹿ではない。

  衝撃波を斬り裂いてセイバーは消失した。

  つまりそこは俺にとっての侵攻路でもあり、奴にとっての射線軸。




 「失せよッ!」




  俺に向かって一直線に砲撃が放たれる。

  迫る閃光。

  上下左右は衝撃波、目の前には砲撃。

  逃げ道は無い―――




  けどな……!




 「そこは―――俺の間合いだッ!」




  イメージするのに時間など必要ない。

  俺が在ると思えば、その瞬間には俺がそこに在る。

  射程は約50m。奴との間合いは約35m―――!

  奴の背をイメージして剣を振り上げる。

  現れた無防備な背後に向けて、振り上げた剣を振り下ろす―――!




 「終わりだッ!!」




  必殺を確信して振り下ろした。

  全力で振りおろした剣は奴を叩き斬る。




  そう―――そこに介入者さえ現れなければ。




 「っ―――!」




  鋭い爪が俺と奴の間に割って入った。

  甲殻類の様な腕が見える。そして目の前ではためく赤いマフラー……

  見覚えのある蟲がそこにいた。

  そいつは両の腕の爪を交差させ、俺の剣を受け止めてみせた。




 「ッ、邪魔だ―――!!」




  一瞬気を取られたもののすぐに我に返る。

  力任せに思いっきり横へと弾き飛ばして―――鼻先に杖が突き付けられた。




 「死ね」

 「させっかこんのボケェッ!!」




  上空から物凄い勢いではやてが降って来た。

  体当たりでもする勢いで俺の鼻先に突きつけられた杖を弾く。




 「くそっ……!」




  その隙に翼を羽ばたかせた反動を使って一気に加速し、離脱する。

  はやてもリインもなのは達と合流したらしい。

  俺もそこまで一旦退く。




  そして―――その光景を見上げた。










 「残念ながら、チェックメイトはまだらしい」

 「トレディア……!」










  奴ら―――三体のマテリアルとケーニッヒの傍にはトレディアがいた。

  そして見覚えのある人型の蟲……そして、紫の長髪をなびかせるあの少女。

  また意外なところで会うもんだが―――どうしてこう敵方さんとの縁ばかりできんだろうね?




 「マリアージュも大半が破壊され、イクスヴェリアも堕ちた―――だが、まだ終わってはいない」

 「逃がすとでも思ってんのかよ……!」

 「思ってはいない、だがこの状況ならば十分に逃げ切れる」




  それは、確かに言う通りだった。

  転移を使うにしても二度は通じない……使うにしても周りのガードが堅すぎる。

  加えてあの女の子が既に転移魔法を起動している。

  文字通り―――来てほしくないリミットが来た。




 「それでは諸君、さらばだ。そう遠くない未来でまた会おう」

 「待ちやがれッ―――!!」




  駆け出す。

  だが既に遅い……剣が届くか届かないかの刹那、トレディアはマテリアルやケーニッヒ、少女や蟲共々消えてしまった。




 「く、そが……ッ!!」




  何も居なくなった空中を睨んで歯噛みする。

  悔しさだけが湧き上がってくる。




  また、逃がした……

  ここまでやっておいて、追いつめておいて、また―――!

  くそ……くそったれ……!










 「ちっくしょおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」










  叫びが虚しく木霊する。

  だが後の祭りだ。

  ここまでやっておいて俺は奴とのケリをつけられなかった。

  まったく……神様ってのは本当に俺が嫌いらしい。




  トレイターとのユニゾンを解除する。

  体から光の粒子が溢れ出て―――やがてそれが人型となり、外にトレイターが出て来た。




 「ったく……何やってんだろうな、俺。結局奴を逃がしちまった」

 「そうだな」




  何の気休めも何もなく断言される。

  マテリアルの介入があったとはいえ、あの少女と使役獣の介入があったとはいえ、取り逃がしたことに変わりは無い。




 「だがまあ、何も収穫なしという訳ではない。マリアージュの大半を削った事で奴は計画を大幅に遅らせるしかないだろう。

  それに―――」




  そう言ってトレイターが白夜の書を出現させる。

  現れた白夜の書は一人でにパラパラとページがめくれていき―――やがて、一つのページで動きを止めた。

  何か無数に古代ベルカ語が綴られている。




 「……これがどうしたよ」

 「まあ見ていろ」




  言うが早いかページが発光を始めた。

  何だ何だと全員でその様子を見守る。




  そして、それを見て一同は全員息を呑む事になる。




 「おい、これは……」

 「どうだ、収穫ゼロという訳ではないだろう?」




















  過ぎ去った時間は戻せない。

  終わってしまった事象は取り消せない。




  だけど、それでも―――




  まだ諦められない、まだ諦めたくないと。




  それでもと手を伸ばすのならば―――




  まだ物語は終わらない。

  諦めない者達が、終わらせはしない。

  決して……





















  Next「終わらせないために今を始める」





















  後書き

  長いわーーーーー!!?

  読者の皆様方、こんな長いのに付き合って下さりありがとうございます。

  つか長い、一話投稿形式でダントツトップの長さ。総字数23000オーバーとかどんだけ……

  ともあれこれで山場は終了、長かった空白期間も終わりです。

  そして前期の期末も死にました。

  次回、〜A's to StrikerS〜最終回。

  なんというか、感慨深いなあ……



  それではまた次回―――






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