「―――では、研究施設に潜入したもその時には既に他の襲撃犯によって融合騎は持ち去られていた……それで良いんですね?」
「ああ、それで良い」
カリムが事後報告の内容に念を押して来たので問題無いと答える。
十中八九こいつは気付いているだろうが、それで敢えて見逃してくれるってんなら遠慮なく見逃してもらうとしよう。
目の前の上司さんは呆れて溜息を吐いてはいるが……
「本当、苦労する部下を持っちゃいました。いくら見返りのためとはいえちょっと破格過ぎたかしら」
「じょーだん、俺が協調性無くて組織と相性悪いのは知ってるだろ。本命はレリックのくせに何を」
「本命のレリックは手に入ったから良いものの―――始末書はキチンと書いてもらいますよ、100ほど」
「げえ……」
「あと暇な時に一日私に付き合って貰いましょう。ええ、問答無用の無償奉仕休止辺りで」
「……また一日中ゲームに付き合わされるのが目に見える」
そんでもって協力の前提条件は―――期限が目の前に迫った今、ようやく果たされようとしている。
こうやって奴の足取りを掴めたのも聖王教会からの依頼があったからだ。
だからこそこれで契約が成立する。
3年前に取り決めた俺達の契約が―――
「……行くのですか」
「ああ……俺がそのために動いてたっていうのは、お前も良く知ってるだろ」
「ええ―――そう、そうでしたね」
思うに、こいつは優しすぎる。
万人に優しすぎるからこそ……俺の行動に関して心を痛めてしまう。
こいつはそうやって一体幾つの痛みを抱えて来たのだろうか。
偽善と知りながら、自己満足と知りながら、どれだけ……
まあ、俺が関与する様な事でもないのだが。
「じゃあ、そろそろ行くな」
「はい―――お気をつけて」
踵を返しながら手を振って適当に応えておく。
ちょっくら良い出来の扉を抜けると念話が飛んできた。
―――フェイトか。
「(ジンヤ―――)」
「(おう、座標の特定は済んだのか?)」
「(うん、それは終わった。今は明日に向けての準備中)」
「(そっか)」
明日に向けての準備、とは当然―――奴の所へ攻め入るための準備だ。
オルセアに隠されていた奴の本拠地……
データから得た最新の経歴ではかなり最近、そこと何らかの手段で連絡を取った事が窺えた。
ならば奴がまだそこに居る可能性は高い。
「(それで、そっちの方は?)」
「(普通に事後報告で終わった。これはあくまで俺個人の問題だからな……聖王教会には手を出してほしくないとは前から)」
「(そう……)」
……心なしか、フェイトの声は少々沈んで聞こえる。
何かあったか?
「(どーした、調子でも悪いのか。それとも腹の中身でも下したか)」
「(なっ、女性に対してソレはどうかと思うよジンヤ! 大体ジンヤはいつもいつも―――!!)」
「(あーはいはい、砂糖と塩を間違えるお前に言われてもねー)」
「(むーー!)」
あっはっは、あいつのむくれっ面が目に浮かぶようだ。
後のしっぺ返しがちっと怖いがまあ良いだろう。
脳内でがみがみ言ってくるフェイトからの念話を一方的に打ち切る。
と、教会の出口に見慣れた人影が一つ。
トレイターだ。
「済んだか?」
「ああ、こっちもとっとと準備を済ますぞ」
どうやら俺を待っていたらしいトレイターはそのまま俺の横に並ぶ形で歩き出した。
目指す場所は転送ポート。
そこから海鳴にあるポートまで一直線に飛べる数少ない長距離移動手段だ。
次元転送は色々と手続きが面倒なので早めに済ませるに限る。
「しかし、本当に良いんだな?」
「くどいっての……お前だって分かってんだろ、いくら大義名分を並べようが俺にとっちゃこいつは私闘だ」
そう、私闘だ。
フェイトという執務官の協力があろうが、聖王教会の協力があろうが、テロリズムの防止のためだとか……
そんな物は所詮余分でしかない。
俺は、俺のために奴を叩く。
だからこそ―――
「行くぞトレイター、明日で決着を着けてやる」
「ああ」
これは、他でもない俺自身の戦いだ。
〜A’s to StrikerS〜
Act.38「Dead or Alive」
戦場、などと一口に言ってもそれがどんなものか実感が湧く人間はどれだけいるだろうか。
絶える事無く聞こえてくる悲鳴、それを掻き消すように響く銃声や爆音。
空を覆う黒煙に立ち込める火薬臭、それに紛れてくる血の匂い。
肉が焦げ付く匂いや挽肉の様にぐちゃぐちゃのミンチになる光景など日常の様に繰り広げられている。
そこでは人の命など相手の命を奪う事以外に価値が無い。
戦争こそが日常、そんなものに対して一般市民が実感を持つようなら―――おそらく、もう世界は終わってしまっている。
管理外世界、オルセア。
今でも絶えず紛争や戦争が巻き起こるこの世界に管理局は未だ積極的な介入を行わない。
放置している訳ではない、抑えきれないのだ。
日々募っていく人々の不満を、狂気を、敵意を。
この世界に人類を導いて救ってくれる様な都合の良い救世主などいないし、命の尊さを説く聖人君子もいない。
都合の良い、万人の求めるヒーローなど、どこにもいない。いる筈が無い。
仮にいたとしてもそんなモノは俺じゃないと確実に断言できる。
そういった本当の意味で世を救うのは人のために動ける奴であって、俺の様に自分のためにしか動けない奴ではない。
俺の様な人間がよしんば世のためになるような結果を残したとしてもそれには何らかの代償が付き纏う。
自分勝手な奴は、周りに迷惑しかもたらさないのだ。
「オルセア第七地区、X48のY86……アレか」
だから、それをどうにかするのは俺の役目じゃない。
紛争地であるオルセアにもきちんと施設として機能する場所はある。
戦争がある以上は資源が必要だ、それを調達す施設も当然必要になってくる。
それらは一ヶ所に集中していると間違いなく襲撃対象になるため各地に分散して存在していた。
基地であったり拠点であったり、平凡な工場であったり―――形は様々だがそういった物はちゃんと存在している。
目の前の施設もその一つ―――いや、その一つだった。
徹底的に破壊しつくされた施設の残骸は無残にも焦げ落ちて朽ちている。
使える物は回収されたのだろう……辺りに散らばる鉄筋や機材の残骸はもはや粗大ゴミと変わりが無い。
それが数年前に戦闘に巻き込まれ、それにより破壊された施設の跡―――と言われている。
だが実際はこんな場所に施設など無い筈だった。
日常的に戦争があり、浸透し、破壊など些末事だからこそ起きた錯覚。
これは、元々この場所に何らかの施設があったと見せかけているだけの光景。
「味な真似をしてくれるな……世の中を変えると豪語するのは良いが、目の前の悲劇を堂々と利用する辺り中々」
「関係ねえよ、んな事はどーだって良い」
隣りで皮肉を零すトレイターに適当に相槌を打って目の前の光景を見つめる。
俺の目的はあくまでトレディアだ、関係が無い紛争にわざわざ手を貸す義理など無い。
どこかで紛争が起こっている、誰かが苦しんでいる、泣いている。
だけどそれはどこか他人事だ。
まるでテレビを介して世界中の悲劇を知っているかのように心に絶対的な隔たりがある。
そんな事に一々関わる気にはなれないし、人としてはそれが当り前だ。
自身の敵のみを叩く、それが真理。
「施設跡というのはカモフラージュ―――実際は地下に広がる広大な潜伏施設、屍の埋葬場」
「マリアージュなんていう死体保管庫ってわけか、悪趣味だな」
そう、目の前に広がる施設の破壊後なんていうのはカモフラージュ。
実態は地下に存在する貯蔵庫―――マリアージュの蓋だ。
そしておそらくは……そこにトレディアも居る。
トレディアが居るのなら当然、ケーニッヒの奴も出てくるだろう。
一瞬、3年前の光景が過る。
全力を傾けた一撃、真っ向から斬り裂かれた剣。
―――それが、どうした。
余計な雑念は頭を振って追い払う。
今は目の前の事に集中すべきだ。
「じゃあおっぱじめようぜ……トレイター」
「ああ」
トレイターが手をかざすと空中に巨大な魔法陣が描かれた。
目の前に広がる廃墟を覆い尽くすそれの大きさは直径にして約50m。
巨大すぎるそれは遠目から見ても分かる程に魔力が満ち溢れている。
高密度の魔力が光を放つ。
まるで天より振り下ろされる槌の様に、あるいは神が下す罰の様に―――それは不吉に眩しかった。
そして、手が振り下ろされる。
「これは俺とお前の戦いじゃねえ―――」
辺りを目を開けていられない程の閃光が包む。
爆撃機でも落下したかの様な轟音。
鼓膜をつんざき、空気を大いに振動させるそれは目の前の破壊の壮絶さを物語っている。
地面が揺れ、何かが重く沈む様な音が響く。
「こいつは戦争だ……だから、」
どちらかが倒れ伏すまで、終わる事など無い。
◇ ◇ ◇
―――その時、少女は星が落ちるのを見た。
実際は違うのだが、少女自身はそう思ったのだから少女にとってはそうなのだ。
少女は少し離れた場所まで食材の買い物を頼まれ、今は丁度その人の下へと戻るところだった。
そんな中に見た星が落ちた場所は自分も良く知る場所だ。
よほどの規模だったのか、僅かだがここまでまだまだ距離があるこの場所まで衝撃が伝わってきた。
嫌な予感がした。
漠然とした不安が募る。
だから、少女は駆けだした。
手に抱えた食材を落とさないように、それでも急いで。
少女は駆ける。
戦争によってくたびれた荒野を、ただ一人。
◇ ◇ ◇
トレイターが崩した施設の一部から地下へと侵入する。
降りた中は酷い有様だった。
壁や天井はひしゃげ、潰れ、変形し、焼き切られている。
施設に張り巡らされていたのであろう配管やコードは断線し、水や気体を垂れ流したりショートしていたりしている。
床も無残に砕かれ、そこは文字通り瓦礫の山。
だが―――この施設はまだまだ地下へ続いているらしい。
「でっけえの……これ、参考資料とか物的証拠とか残ってんのかね」
「さてな。だがここまで吹き飛ばせと言ったのはお前だぞ」
「わーってるよ」
眼下にはトレイターが開けた直径50mにも及ぶ巨大な穴がある。
それは地の底まで続く奈落の穴の様に見えた。
「これ位でチェックメイト、なんて事は無いだろうな……」
「だろうな。何せここはマリアージュの保管庫だ、保管庫が脆い様では話にならない」
さっきのトレイターの攻撃で施設の半分は無力化できただろうが肝心な部分は無事な筈だ。
今回の様に無茶苦茶な襲撃に対しての備えがあるかどうかは知らないが警戒はするべきか。
なら―――
「トレイター、前は頼む」
「だな。下で待ち伏せでもされて一斉射でもされればお前はひとたまりも無いだろう」
むしろそんなモノに耐えられる人類が本当にいるのかと問いたい。
……耐えそうな奴を知ってはいるがあまり言及したくは無い気分である。
トレイターが前になる形で地下深くへと飛んで行く。
電線などもさっきの一撃でやられているので当然のごとく灯りは無い。
非常用にぽつぽつと灯っている程度で地下へ進む毎にその暗さは深みを増していく。
途中、サーチャーをばらまいて軽くサーチしておくのも忘れない。
もし道行の中、すれ違いトレディアを逃がしたりするとそれこそ笑い話にすらならないし。
と、暗い視界の奥で小さく何かが光った様に見えた。
たったそれだけだ。
だけどそれだけで、トレイターは既に動いている。
目の前に展開される防御用の障壁―――次の瞬間にはそれが大量の何かに被弾した。
空気の摩擦熱か、それとも別の要因か、オレンジ色に光る小さな閃光が幾つも幾つも目の前から迫ってくる。
暗闇の中でそれはとてもよく映えた。
「へっ、予想通り団体さんでお出迎えらしいな……!」
「兵力に余裕があるのか、それとも無いが故の全力投球か―――どちらにせよ薙ぎ払うッ!!」
トレイターの右手に一本の槍の様な魔力の塊が現れた。
魔力を圧縮されたそれは本来なら硬い装甲などを貫くためのモノだ。
だが今回、トレイターはこれを別の形で使用した。
必要以上に魔力が手の槍へと込められ、それは容易く中空へと投げ捨てられた。
魔力の塊にも重力が掛かるのか、それともそういうプロセスを組んだのか、魔力の槍はそのまま底へと消えていき―――
瞬間、閃光と突風が駆け抜けた。
一気に局地的な衝撃が体を叩く。
「突っ込むぞ!」
「ああ!」
言葉を待たずに一気に地下目掛けてまだ閃光も突風も収まらない中を飛ぶ。
この閃光と突風の目的は二つ。
一つは相手の視界情報の阻害。
暗闇の中で急激に閃光を放つ事で目眩ましと同じ効果が得られる。
もう一つは突風による行動制限と銃弾に対する防御手段。
突風で動きを一瞬だけ封じ、迫ってくる銃弾は纏めて吹き飛ばす。
そしてその間に距離を一気に詰める―――!
「クラウソラス、ディフェンダー!」
『Ignition』
右手に握る剣の重みが一気に増す。
急に増加した重量に引っ張られ、飛ぶと言うよりは落ちる様に突き進む。
魔法による加速も重ねて速度を上げ、敵陣の真っ只中へと―――!
『まるで神風や特攻馬鹿の様ですね』
「うっさいッ!!」
床と敵が見えたと思った瞬間、文字通り砲弾と化した剣ごと着弾した。
衝撃で俺の近くにいた幾人かは大きく吹っ飛ばされる。
着弾個所を中心にして床が思いっきり陥没したようだが、気にしてはいられない。
撒き上がった砂煙でまだ視界は悪いが確実にいる。
なら、敵が反撃に移る前に仕掛ける―――!
手に握るクラウソラスの形を変える。
通常の西洋剣へ戻し、そのまま魔力刃を形成。
ブラストセイバー、触れればそこが爆発を起こす魔力刃―――それをその場で旋回する様に振り抜く。
突然砂煙から飛び出て来た魔力刃に触れ、爆発によって複数の者が吹き飛ばされた手応えを剣を握る手から確かめる。
だがまだ足音は響いていた。
砂煙が晴れる―――
「―――っ」
果たしてそこには、予想通りの顔があった。
顔の半分を隠しているバイザー、全身を包むボディスーツ。
外見的にはあまり個体差が見られず、電子コードの様な物を揺らすソレ―――
今も記憶に焼き付いている光景が、目の前のモノと重なる。
「マリアージュ……」
意識せず、声は低かった。
暗い感情が首をもたげる。
視界がぶれて、脳裏に焼き付いた光景がちらつく。
「っ、違うだろぉが……」
『動きますよ』
「分かってる!」
苛立ちを隠さずに剣を横薙ぎに振るう。
魔力刃の爆発によってまた数体が吹き飛ばされる。
(こいつらに構っている暇は無い、とっとと―――っ!)
群がるマリアージュを無視して駆け出そうとした時に横合いから放たれる銃撃。
転がるように前に出て回避し、今度は目の前で振り降ろされようとしているナイフが見える。
振り下ろされるより前に更に一歩踏み込む。
標的が逸れた事による誤差を修正しようと軌道を変える一瞬、それより早く右腕を左で掴んで、力任せに捻り引き倒す。
同時に周囲から一斉に火薬の破裂音が響いた。
空気を突き抜けて迫る銃弾より早く、俺の周囲に白い幕の様な物が筒状に展開されてその全てを弾き落す。
俺を守ったそれがどういった物を確かめるためなのか、銃撃はまだ止まない。
その間にも奥から次々とマリアージュが顔を出してくる。
文字通り、それは際限が無い。
「(キリがねえ……一体どれだけの数を貯蔵しやがったあの野郎)」
「(なにぶん死体には困らんだろうからな、それなりにいるだろう)」
「(そのそれなりの基準を教えてほしいもんだがね)」
しかし、どうする。
このまま足止めを喰らったままではトレディアを逃がしてしまう。
目の前のこいつらを薙ぎ払えればいいが、この防御壁がある間は俺も手が出せない。
かといってここから飛び出して反撃に移ろうにも、出たらその瞬間に全方位から銃弾の雨が降って来て蜂の巣だ。
ある程度ならバリアジャケットが防いでくれるだろうが、ある程度であって流石にそれほど持たない。
少しの間だけ耐えられるだけで、その後はミンチの出来上がりだ。
となると―――
「(私の出番だな、合図したら駆けろ)」
「(話が早くて助かる。それと、損な役回りばっかスマン)」
「(何を言っている、こういう事が従者の本懐だぞ? それを言うくらいならきっちりとやる事をやってこい)」
激励の言葉を貰って、やる気が湧いた。
トレイターはこの方針に不満など何一つ無いと言っている―――なら、俺もそれに応えないといけない。
この先に続く通路らしき物は見えている。
それを塞ぐように立ちはだかるマリアージュの数、およそ34。
通常の銃弾では俺の周りの防御壁には通用しないと判断したのか、バズーカ砲らしき物を持ち出していた。
そして、一条の白い閃光が駆け抜ける。
まるで熱光線の様なそれは一直線に俺の目の前に群がっていたマリアージュを瞬く間に呑み込んだ。
床は光線に抉られる様に削れ、吹き飛ばされ、その余波に周りのマリアージュも巻き込まれる。
爆音が轟いた。
衝撃による爆風が吹き荒れ、視界を覆う程の粉塵が舞い上がる。
「(今だ、行けッ!)」
「っ―――!」
頭の中で声が響くと同時、防御壁が掻き消える。
これで文字通り無防備―――だが、目の前に道は開けている。
粉塵で眼には見えないが、あの閃光は俺の目の前を一直線に薙ぎ払った。
だからこそ全速力で駆けだす。
ただ真っ直ぐに、前へと。
「任せたぜトレイター!」
「行って来い馬鹿主!」
軽口を背に速度を上げる。
マリアージュは、追ってこなかった。
◇ ◇ ◇
暗い暗い底にいた。
辺りはあまりにも暗く、目の前を覆っている漆黒以外は存在しない。
自分以外の存在はおろか自身の輪郭すら掴めない完全な黒、何も無い漆黒。
ふとすれば自分という意識の輪郭すら曖昧になる完全な孤独。
寂しくてどうにかなりそうになる。
悲しくてどうにかなりそうになる。
このままでは狂ってしまうと直感した。
だから探した、一筋の道標を。
何も無いここで縋れるナニカを、必死で探した。
他の存在の温もりを求めて、孤独を埋める確かな実感が欲しくて。
そうして―――、そうして―――
◇ ◇ ◇
「……結構、奥まで潜ったな」
『実際どこまで続くんでしょうねこれ、とりあえず現在は深度100程度ですかね』
トレイターと別れた後ひたすら床をぶち抜きまくりながら下へ下へと潜っていた俺だが、果てが見えてこない作業に辟易してきた。
一体どこまで巨大な基地をこうまでして隠し通す事が出来たのか甚だ謎だ。
それと、あいつにここまでの技術があったってのも驚きだが。
『いや、それは少し違うかもしれません』
「ん? じゃあどういう事だよ」
『トレディアの現在の所在を掴んだのは何を見つけたからですか? 確実に別の誰かとの繋がりはある筈です』
そういえばそうだった。
トレディアのいるこの場所を見つける事が出来たのは先日の研究所襲撃の際に見つけた”レリックの運搬ルート”を見つけたからだ。
そこで運搬ルート上、レリックが経由する場所の一つとしてこの場所があった。
もしやと思い研究所のデータを一通り漁ってみれば、案の定ここがトレディアの主要拠点だというデータも見つけられた。
だがそうである以上、クラウソラスの言うとおりトレディアは何者かとの協力関係にある可能性は極めて高い。
それはそう、例えば―――
「―――いやあ、よくここまでやって来ましたね」
パチパチと。
静まり返ったフロアに明るい声と拍手が響く。
突然の呼びかけに思わず思考が停止した。
「しかし本当にここまで突き止めてくるとは……尽く拠点を潰している事といい、その執念は驚嘆に値しますよ」
忘れる筈の無い声。
笑みを顔に張り付けたままに容赦なく人を殺しにかかる狂人。
求めるモノは、殺戮。
「ですがその執念に私は感謝しましょう。その事で―――」
そいつは闇の中から姿を現す。
気味の悪い薄ら笑いを顔に張り付けて、灰色のコートを揺らし、日本の刀を腰から下げ―――
その男は、俺の目の前に現れた。
「こうして、再びまたと無い死合を味わう事が出来るのですから」
「―――ケーニッヒ、アストラス」
3年前、俺とクラウソラスが完膚無きに叩きのめされた相手。
二本の刀を両手両足で自在に操る人間離れした曲芸的剣技を操る男。
あの日から、俺は強くなりたいと願った。
それは他でもない―――目の前のこの男を打倒するために。
「おや、せっかく会えたというのに機嫌は悪そうですね」
あの時と変わらない薄ら笑いを浮かべて話すあいつは実にご機嫌だ。
場所にさえ目を瞑れば街中でばったり再会した感動シーンとでも取れそうなくらいに嬉々としている。
が―――
「良いとでも思ってんのかよ」
姿勢を落とし、いつでも動けるように力を籠める。
ここはトレディアの本拠地、いつ何が起こるかなど予測できる筈もない。
しかし俺の不機嫌な声にすら何の反応も無く、奴は薄ら笑いを浮かべ続けている。
それは、無性に俺を苛立たせてくる。
「いやいや、それは意外でしたね。てっきり貴方もこの再会を喜んでくれているものだと思っていたのですが」
「あ? テメエふざけた事を言ってんじゃ―――」
「ほら、貴方も素直に喜んだらどうです?」
両腕を広げてまるで咎人を抱擁する聖職者の様に。
まったく違和感が無いようなその異常さに俺はさらに警戒を募らせる。
何を言っている、と反論しようとして、
「貴方も私を殺したいのではなかったのですか? あの時の仇討を貴方はその手で行いたいのでは?」
ずるりと、蛇の様に心の隙間に這ってきた言葉。
ずくんと、傷が痛む。
じくじくと、傷が膿んでいく。
脳裏に浮かぶ一つの光景。
燃える大地、暗雲に覆われた空、死に絶えた万物、視界を染める真っ赤な朱――――――
「て、めェェェええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
爆発。
全力を以ってスタートダッシュを切りケーニッヒへと肉薄する。
砲弾めいた速度で迫る俺を奴は腰に掛かる二本の刀を抜き放ち迎え撃つ。
射程に入った瞬間に横殴りに斬り払う。それに合わせる様に振るわれる右の刀。
響く様な衝撃が腕に響いた。
示し合わせた様に互いの中間でぶつかり合った刀と剣は、そこに籠められた魔力同士を反発させて火花を散らす。
だがやはり重さで言えば西洋剣型のこちらに分がある。
力任せに振り抜き、そのまま右の刀を弾き飛ばす。
「疾ッ!」
即座に逆の方向から閃となった左の刀が襲いかかってくる。
動かなければ致命傷、しかし下がればここまで埋めた距離が無くなる。
迷わずに前へ踏み込んだ。
土下座でもするかのような勢いで姿勢を落とし、地を這って振るわれた刀をやり過ごす。
視線は見上げる形に、奴を捉える。
「―――」
だがケーニッヒの視線はこちらを見失ってはいない、こちらを見て相変わらず笑っている。
更に一歩間合いを詰め、奴の真下から一気に斬り上げる。
一歩体を後ろへ引き奴はそれを避け、返し様に二本の刀が振り下ろされる。
防がなければ体が三枚に下ろされるであろう一撃を振るった剣で受け止めた。
今度は、刀は弾き飛ばされる事無く拮抗している。
「ははは、今回はちゃんと剣が刃毀れしていないじゃないですか!」
「うる、せえよ!!」
体をバネにしてケーニッヒを体ごと弾き、間合いを離す。
そのまま数メートルほど後方に弾かれたケーニッヒは体勢を立て直し音も無く地面へと着地した。
奴にも俺にも当然、疲労の色は見て取れない。
一度や二度の斬り合いではまだまだこの戦いは終わりそうにない。
「さてさて、このまま戦闘を続けていればトレディア氏は無事に逃げおおせる事が出来るでしょうが―――」
「トレイター舐めんじゃねえぞ」
ケーニッヒの言葉を一息に切り捨てる。
ここまで広大な施設の奥に潜っているのなら移動手段にも限りが出てくる。
トレイターならそれを封じる事は容易い。
だから今は目の前に集中する。
倒すべき敵だけを見据える。
「あいつは、俺より強い」
「それはそれは―――楽しみが増えた様です」
語外に俺を倒すという宣言。
奴の足元に紅いベルカの魔法陣が展開し、二つの刀に光が灯る。
剣を握る。
「上等―――テメエはここで潰す」
「もう一度貴方に刻んであげましょう、敗北を」
戦意を新たに、敵意をより激しく。
俺は自分の意思で、血みどろの一歩を踏み出した。
◇ ◇ ◇
―――また一つ振動が響いた。
先程、この施設を襲った大規模攻撃によってシステムの大半はダウン。
残ったセキュリティも徐々に機能を失いつつある。
一介の活動家であり、技術者や科学者ではない自分にはこの状況をどうにかする事は出来ない。
「さて、ここが私の命運か、それとも乗り越えるべき壁なのか―――」
侵入者は一組の男女。その内、男の方には見覚えがある。
確か、一度だけあの地獄で顔を合わせた少年。
あの時の少年が成長し、今ここで私に牙を剥いている。
これも運命というのならどこまでも皮肉な事だ。
思わず失笑する。
ここで私の命が尽きるか否か、どちらにせよこれは戦争だ。
彼が私の世界を否定するのなら、私は彼の世界を否定しよう。
「悲しみに濡れ、絶望に身を堕とせ。ありのままの世界を直視しろ」
世界の在り方、その姿。
それは万人の目の前に、いつもある。
「人は痛みを以ってしか学ばない。ならば、私は―――」
私自身が痛みとなる。
決意は確かに、愚論を抱えて。
私は自分の意思で、自らの道を血に染める。
Next「ヒーロー」
後書き
ラストスパート。とか言いつつ試験やら受験やらの忙しさの中でようやく投稿。
五月病やら新作ゲームやらが重なってかなり停滞してしまいました、待っていてくれた方々すみません。
残すところはあと2、3話程度、トレディア一味との決戦、つーか私闘。
陣耶は他人のためなんて言える様な人ではなく、どこまでも自分だけの戦いをしています。
最初は違った気がするけど中二病脱却辺りから色々変わってこんな事に……w
ではまた次回―――