「では―――いずれまた、どこかの世界で」










  時は少し遡る。

  構成体が去るその少し前、語られていない一つの幕間。

  一つは、ある可能性においては不屈のエース・オブ・エースと謳われた一人の魔導師。

  もう一つは、闇として、呪いとして砕かれ再生した欠片。一人の少女を写し取ったモノ。

  巡り合う筈の無いその写し身との出会い―――










  それは、一つの答えを探す物語。

  果たせぬ約束を抱いて、力故の怯えを抱いて。

  二人の想いが交差する時、物語は始まる―――




















  〜A’s to StrikerS〜
         Act.35「向かい合うべきは」




















 「反応は、確かここら辺だけど……」

 『座標に間違いはありません。ですがそれらしいモノは見当たりませんね』




  陣耶くんたちと別れて反応のある個所の一つに急行してきたんだけど……辺りを見渡してもそれらしいモノは見当たらない。

  いつもの―――とは少し違うけど、ビルが立ち並ぶ海鳴市街にこれといった異常は見当たらない。

  ただ少し……空が酷く淀んでいる事以外では。




  古代ベルカの封鎖結界―――

  闇の書事件の時に嫌と言うほど見たソレは記憶と違わぬ風景を目の前に再現している。

  あの事件では、ジュエルシード事件に負けず劣らず色々な出会いがあった。

  守護騎士のみんなと知り合って、はやてちゃんと知り合って、陣耶くんと知り合って……

  そして今また、この海鳴市で何かが起こっている。




  それきっと……今度もまた、大きな事になると思う。




  はっきりとした事は言えないけど、そう確信に近い何かがある。

  なんとなく経験論から来ていない事もないんだけど。




 「うーん、見つからないなあ……サーチャー使おうか」

 『All right』




  見渡しても見つからないなら本格的に探そうとサーチャーを出す。

  座標はここで間違いは無いんだし、必ずどこかに何かがある筈。

  そう思ってそこらじゅうにサーチャーをばら撒いた。

  いくつもの球体が光の尾を引きながらビルとビルの間に次々と消えていく。

  それを私はじっと眺めて―――










 「あれ……どなたですか?」










  直後、可愛らしい女の声が聞こえた。

  どこかで聞いた事のあるような、無いような……

  ちょっとした違和感に少しだけ動きが止まってしまう。




 『反応有り、後ろです』




  レイジングハートの音声にはっと我を取り戻す。

  何故だか、少しだけ怖い気持ちになりながら……

  自分でも分からない不安を抱えて、振り向いた。










  そして、悪い予感は的中するとでも言うんだろうか。

  後ろにいた人物に私は目を剥くしかなかった。




 「え……?」

 「あれ、私?」




  ―――そこに居たのは、まさしく私だった。

  姿形も、声も、仕草も……9歳の頃の高町なのはが、そこに居た。




 「わー、なのはのそっくりさんだ。ちょっと大きいけど」

 「あ、え……と、私?」




  大概のびっくりには慣れたつもりだったけど、流石にこれには驚きを隠せなかった。

  だって目の前に居たのは自分なんだし。しかも9年前の。

  9年前の自分と顔を合わせるなんて、果たして誰が考えるだろうか。




 「レイジングハートまで一緒だー、凄いそっくりさん」

 「えと、うん」




  えーと、それにしても一体これはどういった状況なんでしょうか。

  私がここに居て、けど目の前に私が居て、だけどそれは過去の私で、ていうか何で過去の私? タイムスリップ?

  あうう、余りにも予想外な状況に軽く思考が混乱してるよ……




 「と、とりあえず……あの、何でここに居るのかな?」

 「何で……あれ? そういえば私、何でここに居るんだろう。前後の記憶もあやふやだし―――」




  小さな私は可愛らしく首を傾げる。

  だけど、自分がここに居る理由が分からないとなると……やっぱり目の前の小さな私はこの結界に関係が?

  念のためにレイジングハートに確認を取ると―――返ってきたのは肯定だった。

  あの子が、反応そのものだと。




 「えーと……すみませーん、私がここに居る理由って知ってるんですかー?」

 「え、ええっと……」




  流石にどう答えればいいのか戸惑う。

  人―――しかも自分自身に向かって貴方が原因ですって言うのって凄く気後れする。

  だけどそういうのは言わないと始まらないし……うう。




 「うーん、ここら辺を飛びまわったら分かるかなあ」

 「えっと、ごめんなんだけど……できれば大人しくしていて欲しいかなーなんて……」

 「むう、そーですか」




  あ、自分ながら凄く聞き分けが良い。

  自分で言うのもなんだけど良い子だったんだなあ……




  そのまま暫く何とも言えない空気が続く。

  私はどうすれば良いか分からずに、あの子はただ純粋に状況が分からずに。




 (だけど―――)




  強い目を、していると思った。

  まっすぐに前だけを見て、純粋に強くなりたいって想いを抱いて。

  迷い無く、強い目を。




 「ねえ、一つ良いかな」

 「何ですか?」




  だから、少し聞きたくなった。

  本当の、最初の最初―――魔法を手にした、その理由。

  その理由は確かに私は持っている。だけど……




 「貴方は、どうして魔法を手にしたの?」




  この私から見れば、それはどんな想いに見えるんだろうって。

  そんな、純粋な疑問が首をもたげた。




 「どうして、ですか……うーん」




  何て答えればいいのかなーって頭を捻る私。

  自分で言うのもなんだけど、その仕草が歳相応に何とも可愛らしく見えてしまう。

  そのまま暫くう〜んと唸って、やがてうんと一つ頷くと顔を上げた。




 「ズバリ、飛びたかったからです!」

 「飛びたかった―――」

 「はい。この見渡す限りに広がる空を自由に飛び回れたら―――それって、すっごく気持ち良さそうじゃないですか」




  その場でくるんと回りながらにこやかに私は答える。

  空を飛びたいと言ったその表情は、本当に楽しそうな顔だった。




  そう、飛びたかった。

  このどこまでも広がる空を、どこからか吹く風を、流れる雲を、輝く星を、この体の全部で感じたい。

  見渡す限りに広がる空を自由に飛び回れたら―――それはどれだけ気持ち良いのだろうか。

  初めて空を飛んだ時は何とも言えない感情がこの胸に湧き上がったのを覚えている。

  感動、とはまた違う何か。でも、感動的な何か。

  言葉にはできないけど、それはとても尊いものだと感じたから。

  そんな感情が憧れになって―――私は、あの空を飛びたかった。




  それが、私の出発点。

  魔法を手にして、目指した理由、その始まり。

  それは揺らぐ事の無い”高町なのは”の確かな起源。




  だけど―――




 「うん……良い答えだね」

 「はい」




  今の私には、それは少し眩しかった。

  自らの持つ力の意味、その重さ。

  それを否応なく自覚した時……怖くなった。

  魔法が、力が、私自身が。




  だから―――眩しかった。




  純粋に空にあこがれる事の出来る私が、少し羨ましかった。




 「―――何か、悩みでもあるんですか?」

 「え?」




  不意に、そんな事を聞かれた。

  実際に悩みと言えば悩みなんだけど……あの頃の自分相手に言うような事じゃないし。

  だけど、そうは思っても、相手は私だった。

  そう、他でもない私自身―――高町なのはだった。




 「お話、できませんか? 力にはなれなくても、話せば少しは気が楽になりますよ」

 「えっと……」




  いくら相手が自分だとはいえ、幻影相手に話すのもどうかと……

  いやいや、そういうんじゃなくて小さい私にこんな事話しちゃって良いのかどうか。




  だけど、目の前の私は諦めない。




 「悩んでいるなら一度どーんと吐き出しちゃうと意外と楽なんですよ?」

 「う、うん……それはー、知ってるけど……」




  何と言えば良いのやら。

  自分自身に話をするかしまいか、そんな妙な状況に頭を悩ませる。

  真剣に考えればお話なんてしている場合じゃないんだけど、この妙な雰囲気に呑まれていて私わすっかりソレを忘れている。




 「ううーん……じゃあ、お話ができないなら妥協案でどうですかっ」

 「妥協案?」




  はい、と小さな私は何故か力の籠った返事を返す。

  ジャキッとレイジングハートを構えて―――って待った待って。

  我が事ながら何やら凄く嫌な予感がするのですが……




 「お話が出来ないなら思いっきりぶつかりましょう! 偉い人は言いました、拳は想いを表現するものだとっ!」

 「拳違うからねー!?」




  東方が赤く燃えるような意見を文字通り全力全開に誇示する私。

  その眼にはやる気がメラメラと燃えていてこの調子じゃあ問答無用な展開になりそう。

  うう、本当に小さい頃の私と被る……

  どこまでも真っ直ぐで、どこまでも自分に正直で―――




 「それじゃあ、いっきまーすっ!」

 「にゃー!?」




  そして、お話が聞けないと割と問答無用であるらしい小さな私だった。




 「アクセル―――シュートッ!」

 「うう、アクセルシュートっ!」




  向こうに遅れて無数の誘導弾が互いに向けて構えられた杖から放たれる。

  その数にして18。

  全く同等の数の誘導弾を操りながらも―――その動きの精度は見るに明らかだった。

  年月を重ねている分、そういった部分でも違いは出てくる。

  向こうの弾よりより早く、より正確に、より鋭敏に操作して迎撃していく。




 「それなら―――ディバイーン!」




  私もよく知る魔法が展開される。

  撃ち抜く力が欲しくて手にした魔法―――

  あれは現在展開しているシューターでは防げない。

  それなら―――!




 「ディバイーン!」




  全く同種の魔法を展開する。

  杖の先端に魔力がチャージされる。

  円環状の魔法陣によって制御され、指向性を与えられた魔力を―――撃ちだす!




 『バスターッ!!』




  今度は同時に放たれた。

  一直線に互いを狙った砲撃はライン上から迫る相手の砲撃に激突する。

  衝突の衝撃で空間が揺れる。拮抗する魔力が軋みを上げる。




 「く、う……」

 「まだまだ―――レイジングハート!」




  小さな私の声に従って向こうのレイジングハートから放出される魔力量が上昇する。

  途端に出力が上昇、拮抗していた力が崩れ始める。

  急激な力の上昇……たぶん、カートリッジ。




 「ブレイク……!」

 「―――っ」




  まだ来る―――!

  威力強化のブレイクシュート―――じっとしていちゃやられる……!

  だけど、相殺して見せる!




 「こっちもいくよ、レイジングハート!」

 『All right』




  レイジングハートが応える。

  砲撃に集中させている魔力を更に集中―――




 「ブレイク―――!」




  トリガーに合わせて追撃の術式が起動する。

  引き金が引かれるその時を待って魔力が秒刻みで肥大化し―――










 『シューートッ!!』




  追撃用の魔力が放たれる。

  性質が全く同等の巨大な魔力同士の衝突はそれだけで多大な負荷を周囲に掛けていく。

  轟音と共に軋みを上げる魔力。

  行き場を失くしたエネルギーは徐々に空間に満ちていき今にも暴発しそうだ。




 「うう……やっぱり、重い……!」

 「っ―――小さいからって、侮れないね」




  現に、目の前の小さい私は今の状態で耐えている。

  このいつ暴発してもおかしくない様な魔力の渦の中で―――ただ真っ直ぐに、私を見て。

  全力で―――




 「だけど……!」










  不意に、何かが背中を駆け下りた。










 (っ、何?)




  悪寒、とでも言えば良いのか。

  何か形容し難い……とにかく、何かがある。

  近くに、どこか見えない場所……分からない。




 「全力―――!」




  小さな私が最後の気合を入れている。

  ―――今は目の前に集中しないと。

  下手をすれば暴発に二人とも巻き込まれる……上手く威力を合わせて、狙うは相殺。

  同室の魔法でそれは難しいけど、やってみなくちゃ分からない。

  だけど、やってみせる……!




 「全、開―――ッ!!」




  最後の追い打ちがかかる。

  ありったけの魔力が注ぎ込まれたソレが砲撃の勢いを更に加速させて―――




  だけど、そこでふと違和感を覚えた。




  魔力が迫る。

  おそらくは彼女の精一杯であるその一撃―――それは有り余る魔力によってただでさえ巨大な砲撃が更に肥大化している。

  そう、巨大なのだ。










  自身の魔力量を考えれば、明らかに容量オーバーの規模だというほどに。










 「なっ―――!?」




  桜色の魔力が迫る。

  私の身長をゆうに超えるほど巨大な力の塊が、私の魔力を一気に押し返して。




 「マ、ズ……!!」




  アレは今の状態じゃ確実に相殺はできない。

  かといって対抗するなら―――これ以上の砲撃はスターライトブレイカーしかあり得ない。

  だけど今からではとてもじゃないけどチャージする時間も無い。

  避けるにしても今の私は砲撃状態……体は硬直して動けない。

  このまま直撃を受ければ大打撃を被るのは確実。




 (だったら―――!)




  相殺できないなら防ぐだけ。

  私の持ち味は何も砲撃だけじゃない―――堅牢な守りこそ私を単独戦闘を可能にしていた最大の要因。

  目の前の砲撃を防ぐために打つ手は一つ―――!










 「エクシード―――!」










  あんな巨大な魔力の理由を考えている暇なんて無い。

  一秒後には直撃する運命。それを覆すために今持てる力を振るうだけ―――!










 「ドライブッ!!」










  瞬間、莫大な量の魔力が弾けた。

  噴出する魔力は私が今身に纏っているバリアジャケットの形状を変化させる。

  レイジングハートの形状も変化し、まるで一本の巨大なランスの様な形を採る。




  エクシードモード。

  7年前のあの墜落時に使用者への負担が大きすぎる事が原因で取り払われたエクセリオンモードに代わるフルドライブ。

  バリアジャケットも変更され、アグレッサーモード時のそれよりも戦闘的な姿になる。

  アグレッサーモードは長時間の魔法運用の為の姿なら、このエクシードモードは完全な戦闘用スタイル。

  高速機動、省魔力の部分を切り捨てた代わりに出力の向上を重視してある。

  安全性を重視した為にエクセリオンよりはやや下回るけど、それでも十分に出力は向上している。

  故に堅牢。

  目の前に迫る巨大な砲撃すら―――この状態なら受け切れるっ!




  砲撃を破棄し、即座に一枚の盾を敷く。

  プロテクション・パワード―――私が初めて使った魔法の強化版。

  その強度は鉄槌の騎士と名高いヴィータちゃんの一撃すら止められるほど。




  だから、全力で張ったなら何であろうと防いで見せる―――!




 「こ、のぉおおおおおおっ!」




  巨大な魔力の奔流が盾に衝突する。

  巨大すぎるその奔流は盾の大きさを超え、流れを遮られたソレは周囲へと拡散していく。

  圧倒的な質、圧倒的な量。

  その威力が重さとなって腕に伝わり、久しぶりに感じるその感覚に思わず顔をしかめる。

  だけどこれくらいなら、耐えきれる―――!




 「もう少し……!」




  爆弾でも投げ込まれたかのような轟音の中で盾を支える腕に力を込める。

  盾がミシリと軋みながらも砲撃を防ぐ。

  桜色の閃光が乱舞し、視界がそれ一色に染め上げられる。




  前も見えない。

  あの子の姿も見えない。

  だけど、それでも腕だけは必死に前に突き出して―――










  視界が晴れた頃には、目の前に全霊を出し切ったという感じのあの子が居た。




 「にゃはは……防がれちゃった」

 「ほんとにビックリだよ……貴方は、強いんだね」




  本当にビックリした……まさか昔の自分にここまでの力があるなんて。

  少し押され気味だったけど、全力の一撃は何とか防げた。

  それでもエクシードを使うところまで追い詰められて……




 「うーん、なのは的にはちょっと反則を使っちゃったみたいだから……」

 「え?」




  それはあの膨大な魔力の事かと言おうと思って―――言葉に詰まった。

  目の前の小さな私の姿がまるで陽炎かの様に揺らいだから……

  違う、それだけじゃない。

  まるで壊れかけていたモノが崩れる様に、足元から少しずつ欠片の様に姿が零れていく。




 「そ、れ……」

 「時間切れ……ううん、声を無視しちゃったからかな?」




  目の前の小さな私は、それがまるで何でもないかの様に笑っている。




 「何で……」

 「私が気にする事なんて無いよ。これは私にとっては夢だし……少しの間だけだったけど、楽しかったし」




  夢……

  そう言って笑っている間にも小さい私の体は段々と崩れては消えていく。

  目の前の光景が正しく認識できずに思考がまともに動かない。




 『反応、消失していきます』




  機械的な音声が響く。

  もう体の半分は、消えていた




 「気をつけてね……きっと、これだけじゃ終わらない」

 「え?」

 「怖い声が聞こえるの―――ずっとずっと遠くて深いところから、撃てって」




  もう半ばほど消えた体を振るえるように掻き抱いた。

  それは、本当に怯えていて……小さな体が見た目以上に小さく見える。




 「だからかな……声を無視していたら体が重くなっちゃって」

 「貴方は―――」




  闘っていた。

  小さい体で、例え幻の存在だとしても……それでも、小さな私は闘っていた。

  得体の知れない何かと、文字通り身を削って。




  それなのに、そんな中でさえ―――




 「私の魔法は……悲しみを撃ち抜くために、届かない言葉を届けるために」

 「っ―――」




  はっとした。

  まるで今初めて目の前の人物を視界に収めたかのような錯覚が襲う。

  もうほとんど体が消えている小さな私は……何故だか、とても大きく見えた。

  強い目で、真っ直ぐと前だけを見つめて―――










 「大丈夫。私は私のやりたい様に―――真っ直ぐに、言葉と想いを伝えるだけだよ」

 「言葉と、想いを……」




  もう時間は無い。

  あと数秒で完全に目の前の私は消えてしまう。




  だけど、その前に―――




 「あのっ、ありがとう!」




  私でありながら、ちゃんと私でありながら、それでも私を気遣ってくれた事に。

  何かと闘って、忠告を残してくれる事に。




  何より、今までの自分に。




 「変なの……気にする事なんて無いのに。私も―――」










  ―――貴方なんだから。










  そう言って、微笑みながら私は消えた。




  熱い空に一陣の風が吹く。

  ツインテールに纏めた髪が風に揺られている。

  目を閉じて、想いを馳せる。

  小さな私が残した言葉に―――




 (悲しみを撃ち抜くために、届かない言葉を届けるために……か)




  そう―――私が魔法を振るう理由。

  きっかけはフェイトちゃんだった……力が無くて届かなくて、言葉だけじゃ伝わらなくて。

  だから私は強くなろうとした。




  そう、傷つけるためじゃない―――言葉と想いを伝えるために。




  何か、感覚の無い何かを―――感じていた。













































 『やはり―――どこであろうと、貴方は変わりませんね』




  声が、響いた。




 「っ、どこから―――!」

 『警告。反応増大―――目の前です』




  レイジングハートの音声が響くと同時に目の前の光景に変化が起こった。

  まるで染みだす様に、滲み出るかの様に黒い斑点が目の前に現れる。

  まるで陽炎の様に揺らぐソレは一つ、また一つと現れては折り重なっていく。




 「何、アレ……」




  呟いている間にも徐々に黒は増えていく。

  現れては折り重なった黒は―――もう人間ほどの大きさにまでなっていた。

  それはもう黒と言うより、暗く深い闇に見えた。




  場に満ちる異様な気配を感じて動けない。

  いけないと分かっているのに、目の前の現象をただ唖然と眺めてしまう。










 「そう、そうでなければ意味が無い―――私がここに来た意味が」




  そうして、ソレは現れた。




  栗色のショートカットに無機質な水色の瞳。

  黒を基調とし、赤いラインが入ったバリアジャケット。

  どこか聖祥の制服を思わせるソレに、胸元に大きなリボン。




  左手に持つデバイスは、色こそ紫を基調とするものの間違いなくレイジングハート。




 「貴方は……何?」




  知らず、問いかけていた。

  目の前の者を前にして怯えが声に混じっている。

  それは本能的な恐怖か嫌悪か、それともただ認めたくないだけか。




  それでも、相手は律義に私の問いに答えようと口を開く。










 「私は『理』構成体―――貴方達に砕かれた闇の書の闇の一部」










  目の前の人物は平坦な声で、私とそっくりなその声で。










 「果たせえぬ約束と、決着を着けるために―――今ここに」










  私と良く似た、だけど決定的に違う目の前の女性は―――そう言った。

  だけどそんな事より、もっと別の事が頭を占める。

  彼女が今言った事って―――




 「闇の書の、闇……それって」

 「ええ、貴方もよく知るあの防衛プログラムの事で間違いありません」




  否定して欲しい事はあっさりと肯定された。

  だけどその事を上手く把握できない。

  驚愕よりもまず疑問が頭を占める。

  闇の書の闇だと言われても実感が持てないし、信じられない。

  ―――いや、どちらかと言えば信じたくないんだ。

  あんなに頑張って、あんなに辛い出来事を乗り越えて……その果てに勝ち取った今を否定されたくなかった。




 「簡単には、信じられないようですね」

 「当然だよ……いきなり甦ったんだって言われたって、あそこまで破壊したんだから」




  そう、それは他でもない私達が一番良く知っている。

  みんなで頑張ってアレを倒して、コアはアルカンシェルで破壊した。

  そこまで完全に破壊されておきながら突然の再生だなんてまず信じられる筈がない。




 「構いません。別にその事自体に大した意味はありませんので」

 「……じゃあ、目的は何なの」

 「―――目的は何か、と問われれば」




  目の前の女性が動いた。

  左腕に持つレイジングハートとそっくりのデバイスを私に向けて構える。




  目には、隠しきれぬ闘志が見て取れた。










 「私の目的は貴方との戦いだと答えましょう。巡らぬ筈の幸運に恵まれた今この時に、貴方との戦いを」










  瞬間、目の前の女性から膨大な魔力が噴き出した。

  私と同じ桜色のソレは圧倒的な質を持って私の体に重圧を掛ける。




  物理的に重圧を感じるほど高密度の魔力。

  確実に―――私を凌駕していた。




 「さあ―――我が魔導の全てを賭けてッ!」

 「くぅッ!」




  目の前の女性から無数の魔力弾が放たれた。

  数にして25。

  私の限界数と同等のソレは、やっぱり余りにも私の魔法と似ていた。




  だから、取る手段は一つ。




 「アクセルシュートッ!」




  放たれた魔力弾目掛けてシューターを放つ。

  撃ち出した数は25。

  同等の量を以って全弾を撃ち落とす―――!




 「いっけえッ!」

 「っ―――」




  私と彼女の間に乱れ飛ぶ全く同等のスフィア。

  その質も、数も、魔力光も、精度も、動きすら。

  まるで自分自身と戦っているかのような錯覚。

  視界を埋め尽くす無数の弾丸は高速で飛び交い、互いを牽制し攻撃する。

  だけど見た目や中身が全くの同等なんだ。まともにやればその内操作が混乱しちゃう。

  だったら、目で追うだけじゃない―――思考と、感覚も!




  足りないなら補う。見えないなら感じる。

  イメージは明確に―――全ての動きを見て、感じて、思考する。

  こちらの動きを、相手の動きを、掴み取る―――!




 「……精度が上がった?」




  集中する。

  目の前の光景にマルチタスクの6割を傾ける。

  相手の動きを予測して、それに合わせるんじゃなくて先回り。

  イメージするのは幾つもの軌跡。




  全く同じで、均衡するのなら―――




 「私はそれ以上で、道を造って見せるッ!」

 「これはっ―――!」




  瞬間、目の前に飛び交っていた桜色の閃光の動きが変化した。

  一つの意思の下に制御され、飛び交っていた大量のスフィアがまるで弾けるかのように動きを変える。

  そこには先程までの様な完全に統一された動きは無い。

  代わりに見えるのは一つ一つの意思の動き―――

  一により作りだされる全ではなく、全により作りだされる一。

  個が持つ集団ではなく、集団によって作り出される個。

  一つ一つのスフィアがまるで別の独立しているかの様にもう半分のスフィアを迎撃し始める。




 「―――なるほど、先程の短時間の戦闘だけでこれ程とは。自身との戦いは予想以上に貴方に作用するようですね」

 「お話はできないの!? こんな風に戦うんじゃなくて、言葉で伝える事は出来ないの!」




  呼びかける。

  目の前の彼女は私の声を特に気にした様子も無く、ただ淡々とスフィアを操作している。

  それでも……投げかけられた言葉には応えてくれる人なのだろうか。

  彼女は私を一瞥した後、その口を開いた。




 「残念ですが、言った通りに私の目的こそが貴方との闘争。私は貴方と全力を以って戦うためにここに居るのです」

 「私と、戦うため……? 闇の書の闇が、何で私と……」




  復讐でもなく、報復でもなく、ただ闘争だと、目の前の人は言った。

  復習や報復ならまだ分かる。

  私を含めて闇の書事件の最終局面に立ち会った人達は、みんな一緒になって防衛プログラムを破壊した。

  もしも防衛プログラムにも感情というモノが宿っていたのだとしたら私に闘争を求めるのも頷ける。




  だけど―――目の前の人の目は、そんな負の感情なんて見て取れない。




  本当に、私との戦いだけを望んでいる。

  自身を闇の書の闇の欠片だと言っておきながら、そんな事は関係無いと言いたげに。




 「だけど、私は……」

 「どうしました―――動かないなら、こちらから行きますッ!」




  向こうのデバイスの先端に魔力がチャージされる。

  酷く見覚えがある光景、というより自分がいつも行っている動作を目にする。

  それを見て反射的に体は動いた。




 「ブラスト―――!」「ディバイン―――!」




  ともすれば1km先の標的まで撃ち抜けるほどの魔力が集中する。

  チリチリと肌が粟立つような感覚。

  来ると感じたその瞬間に、集束した魔力を解き放つ―――!




 「ファイアーッ!」「バスターッ!」




  全く同質の直射砲が鏡合わせの様に放たれる。

  一瞬後に衝突した砲撃はやはり全くの互角。

  押す事も退く事もなく、ただ行き場を失くしたエネルギーが乱舞する。




 「くぅ……!」




  場に満ちたエネルギーが徐々に私の体を押してくる。

  気を抜けばこの場に満ちるエネルギーを丸ごと叩きつけられるような状況―――

  だけど、まだ出力ならこちらが上―――!




 「ぁ、あああ―――!!」




  更に放出された魔力が一気に相手の砲撃を押し返す。

  予想通り、魔力はあっちが上でも出力ならまだこっちが上―――!




  私の砲撃が相手の砲撃を突き破るようにして蹴散らす。

  相手の攻撃を撃ち破った砲撃はそのまま一直線に射線がぶれる事無く突き進み―――女性のすぐ上を通過した。




 「狙ってない―――?」

 「レストリクトロック!」




  ギリギリのところで自身に向かわなかった攻撃に女性がいぶかしんだ瞬間、ほんの少し止まった隙を狙ってバインドを放った。

  光の輪は瞬く間に標的の手足を拘束していく。




  バインドには物理的に動きを封じるモノと、空間ごとその場に固定するモノとがある。

  物理的に動きを封じるタイプは手錠や縄とさほど差は無い。

  あるとすれば、扱う人によっては普通の縄や手錠以上に効果を発揮することだろうか。

  そしてもう一つのタイプ、空間ごとその場に拘束するタイプは完全にその場から動けなくする。

  その拘束を解かない限りはまともに身動きが取れない。




  つまり―――




 「チェックメイト、だよ」

 「……」




  ジャキ、とレイジングハートの先端を突き付ける。

  レイジングハートと女性との距離は僅か20cm。

  ショートバスターでも撃てば確実の直撃する距離……




 「この距離なら確実の外さない―――だから、投降して」

 「……」




  目の前の女性は答えない。

  ただじっと、私の目を見つめて―――




 「お願い。私は……戦いたくなんて、ない」

 「……そうですか」




  ふう、と目の前の女性が溜息を一つ吐いた。

  こっちの話を聞きいれてくれたのかとこちらも肩から力を抜いて―――










  次の瞬間、射抜くような眼光が私を貫いた。










 「拘束からの降伏勧告は―――相手に攻撃を加えられるからこそ意味があるというのは分かっていますか?」

 「ッ―――!」




  気付かれた、と気付いた時には遅かった。

  彼女から噴出される魔力量が爆発的に増大する。

  レイジングハートに似た紫色の宝玉が数回瞬いて―――




 「ルシフェリオン、フルドライブ」

 『Ignition』




  瞬間、閃光が視界を焼いた。

  噴き出される魔力に耐えきれず体が大きく後方へと吹き飛ばされる。

  感じられる圧力は、更に重みを増した。




 「くっ―――!」

 「少しおかしいとは思っていましたが……やはり、完全に同じなどあり得ないという事でしょうか」




  閃光が収まったところには、やはり彼女は予想通りの姿で私の前に立ちはだかっていた。

  胸元のリボンは消え、ジャケットは簡素化。

  前の方が見えていたスカートはより堅牢さを高めるために全体を覆うようになっている。

  完全に戦闘に特化したその姿は―――私のエクシードそのものだった。




 「貴方は、無意識の内に人に攻撃を加える事を恐れていますね」

 「……」




  沈黙は、肯定だった。

  あまりにも図星を突かれて何も言い返せない。




  ―――対人攻撃恐怖症。

  陣耶くんが経験した、魔法を使用しての戦闘―――その最中での殺傷。

  力はただ力だと。

  その気になれば、私は人を簡単に殺せるほどの力を持っている事を知った。

  手に持つのは拳銃―――人を簡単に殺す事の出来る、この上ない凶器。

  それが怖くなって、私は人を傷つけたくないっていう恐怖から、人に対して魔法を当てる事が出来なくなった。

  正確には攻撃を放つ事が出来なくなったんだけど、あまり違いは無い。




  だからさっきの降伏勧告は私にとっての最終手段。

  攻撃を加えられない以上は魔力ダメージによるノックダウンは不可能。

  ダメージを与えられないなら拘束してもすぐに反撃される。

  徹底的に逃げに走るにしても、ここまで実力が拮抗しているとどちらが先に力尽きるのかは目に見えている。

  その上、実力は均衡していると言っても保有している魔力量には明確な差がある。

  だからこそ、今さっきのハッタリを見抜かれた以上―――




 「そうですか……ならば気は進みませんが、この場で私達の糧となってください」




  そして、弾けた。

  まるで爆発したかのように魔力を噴射してこちらに迫ってくる。

  その速度は間違いなく私の最大戦速―――!

  すっかり緩んでいた今の状態で体はまともに反応できない―――




 「遅いですよ―――!」

 「くぅ―――!」




  即座に最大戦速など出せる筈もなく瞬く間に接近を許してしまう。

  彼女のデバイス―――ルシフェリオンと呼ばれたモノに桜色の光が灯る。

  それが至近距離で爆発して大きく吹き飛ばされる。

  至近距離で放たれたせいでダメージも殺しきれない。

  体中を鈍器で叩かれたかのような痛みが奔り―――?




 「あ、れ……?」




  違和感を覚える。

  今の攻撃、バリアジャケットは十分に破れた筈。

  だけどそれは無く、体に大した傷も見られず、あるのは多大な徒労感―――




  これは、まさか……




 「呆けている暇などありませんよ」

 「っ!」




  考えに耽っている間に砲撃が放たれる。

  それはやっぱり直撃コース、回避は不可能。

  だけど、これくらいなら迎撃できる―――!

  先端に魔力をチャージして、即座にそれを放つ―――!




 『Short buster』




  威力と飛距離を犠牲にしてチャージ時間を出来うる限り削った速射砲。

  それを複数放つ事で女性の砲撃を相殺しきる。

  だけどそれだけで彼女の攻撃は終わらない。

  視界を覆う砲撃が収まった後には無数の閃光が視界を焼く。




 「レイジングハートッ!」




  とっさに障壁を張るものの砲撃の数の多さに押されていく。

  ドゴン、ドゴンという衝撃と共に腕が痺れる。

  それでも歯を食いしばって必死に衝撃を維持して―――




 「どちらを見ているんですか?」

 「―――ッ!?」




  気づけば、後ろに彼女は居た。

  超至近距離、接触距離ともとれるこの位置では私に攻撃手段はない。

  せいぜい誘導弾であるアクセルシューターくらい……そして、今までの事を考えるとそれは彼女にも同じではないだろうか。




  が、そこまで思考したところで一つの光景が目に入った。

  彼女に右手に展開されている円環状の魔法陣、収束されている魔力。

  本来はデバイスから出す筈のそれと酷く類似している、アレは……!




 「ディバイン―――バスターッ!!」




  瞬間、まるで体を貫かれたかのような錯覚を受けた。

  否、実際に砲撃は体を貫いたし、ダメージだって体を文字通り貫いたような痛みを与えてきている。

  そのまま衝撃で吹き飛ばされて―――全力でフィールドを展開する。




  その瞬間、おびただしい数のスフィアが私に向けて殺到した。




  数に物を言わせて攻撃を仕掛けてくるスフィア群は私がとっさに張ったフィールドすら集中的な攻撃で砕いてしまう。

  その後に待っているのは当然、スフィアによる攻撃の雨嵐。

  360°全体から容赦なく私に向けて殺到する。




 「うあっ、あぁああぁあああああああああああッ!!」




  まともに防御をする暇すら無い。

  腕を、手を、肩を、脚を、腰を、頭を、首を、腹を、至る所をスフィアで攻撃されて例え様も無い痛みが奔る。

  視界が霞む。

  絶え間なく神経を貫く痛みに意識が飛びそうになる。

  それでも、まだだと―――




  それは、もう意地だったのかもしれない。

  だけどここで倒れるのは……何か、取り返しのつかないモノを失くしそうな気がした。

  だから、まだだと―――




  だから―――!




 「ぐ、ぅ……!!」




  レイジングハートを握る手に力を込める。

  まだ倒れない。まだこの手を離すわけにはいかない―――!




 「アクセル、シュートッ!!」




  負けじとこちらも出せる限りのスフィアを一斉に発射する。

  全身を強打されながら、それでも放ったスフィアに意識を集中させる。

  標的はこちらを攻撃している彼女のスフィア。

  上空に放たれたスフィアは一度その動きを止めた後、弾丸めいた速度で正確に彼女のスフィアを撃ち落としていく。

  歯を食いしばって一つ、また一つと上空から撃ち貫いていく。

  全てを撃ち落とした頃には、何故か攻撃が止んでいた。




  上空を見上げる。

  彼方には変わらずに私を見つめる女性。

  その眼は、とても静かに、私を見ている。




 (……強い)




  魔力とか技術とか、そんなところじゃなくて……もっと、別の所が。




  彼女は「私と戦う」ために全力を掛けている。

  だけど私は「戦わないために」戦っている。




  矛盾。




  戦いたくないのに、戦わないために持っている言葉なのに、最後には結局武器を取る。

  嫌だという言葉は掻き消されて、伸ばした手は払われて。

  そんな矛盾が私を躊躇わせる。

  そんな中途半端な状態じゃ何をやっても及ぶ筈が無い。

  それは当然の帰結だった。

  中途半端が全力に及ぶ筈も無く、カミサマはいつだって、最後は全力を傾けた人に微笑む。




  優しい世界だと思う。

  全てを認めて、全てを甘受する世界。

  けど同時に、それは酷く残酷な世界である事の裏返しだった。




  全てを認めるなら、全てを甘受するなら、それはつまりそういう事。

  どんなに苦しい悩みでもどんなに酷い行いでも全てをありのままに認め、受け入れてしまう。

  世界って、そういうものなんだ。

  だから最後に笑うのは、本当に全力を傾けた人だけ。

  中途半端な私がそんな全力に勝てるわけがない。




 (でも……)




  だけど、それでも―――この手に握るモノだけは、手放さなかった。

  腕は痺れ、視界は霞み、思考にノイズが奔り、今にも体は崩れ落ちそう。

  ともすれば視界が真っ暗になりそうな感覚の中、それでも私はかろうじて立っていた。




  そんな時、




 「……確かに、力はただ力でしょう」




  ぽつりと、また女性が口を開いた。

  小さく、それでも頭に響いてくるように。




 「特にこの力は容易に人を葬る事ができます。力の強い私や貴方ならば、尚更」




  ソレは確実に私の心に響いてくる。

  それは私が魔法を、私自身を恐れる理由そのものでもあるから。

  だけど目の前の人は―――




 「それに恐怖を感じるのは人としては正しいのでしょう。傷つける事を恐れる故の恐怖……しかし」




  そこで一旦彼女は言葉を区切る。

  私を見つめる目は未だ静かに―――

  だけどどこか、訴えるかのような色が見えた気がした。




 「だからと言って、貴方は自らの願いを諦めるのですか。貴方が魔導を手に取るきっかけとなった、その願いを」

 「だけど、それとこれとは―――」

 「それを理由に逃げるのですか。魔法と言う力から、貴方自身から」




  彼女から矢継ぎに放たれる言葉に反論する事ができない。

  的確に放たれる言葉は私がずっと目を逸らし続けてきた事に他ならなくて―――




  私は、ずっと魔法と言う力から目を背け続けてきた。




  やりたい事が他にあったって事に気付いたっていうのは、嘘じゃない。

  翠屋のお手伝いをして、みんなで学校に行って、買い物をしたり、歌を歌ったり……

  どれも楽しかった。どれも嬉しかった。




  だけど、段々と思うようになった。

  今の生活はとても楽しい。だけど……目を逸らし続けたままで、良いのかなって。




 「どう生きるかは貴方の自由です。ですが自分から逃げていては何も始まりません」




  淡々と。

  目の前の彼女は、私が思い悩んでいた事を目の前に並べてくる。




 「私は……」

 「―――災厄の塊である私が言っても説得力はありませんが、私の知る貴方は持ち前の優しさと強さで多くの人々を導きました」




  まるで想いを馳せるようにあらぬところを見た。

  遠い思い出に浸る様な、そんな目で―――

  彼女は、ここではないどこかを見ている。

  それと同時に、個々に居る私に言葉を向けている。




 「貴方の持つその力で、多くの人々を救ってきました」

 「だけど……それができないかもしれない。もしかしたら、気づ付けてしまう事だって、あるかもしれない」

 「ええ。ですがそうであると同時に貴方は”そうしない”事もできるんです」




  その言葉に、はっとした。

  今まで知らない驚愕の事実を突き付けられたみたいに固まって動けなくなる。

  驚きで目は見開いて、呼吸も止まったかもしれない。

  とにかく、私にとってはそれくらいに驚愕だった。




 「そうしない、事も……?」




  ゆっくりと、呟く。

  それを聞いて彼女はええ、と答えた後、




 「力はただ力、その気になれば簡単に人を傷つける事ができます―――」










  それは、どんな言葉だっただろうか。










 「それは同時に、”傷つけないため”の力を奮う事も出来るという事です」










  その言葉は、まるで魔法の様に―――私の心に響いた。










 「傷つけないための、力……」

 「先ほど言ったように人を導くために、救うために、護るために―――貴方は、その様に力を奮う事もできるのです」




  それは、少しも私が考えなかった事。

  戦う以上、どちらかは傷ついてしまうって思っていた。

  ……いや、結局は同じなのかもしれない。

  だけど、それでも……その言葉は、どれほど―――




 「戦う以上は傷つけ合いに変わりはないでしょう。ですが傷つけるために戦うのと傷つけないために戦うのとは違います」




  こんなにもあっさりと目の前の女性は私にとっての答えを示す。

  それはたぶん、私が誰かに言って欲しかった言葉。

  我儘で自分勝手で、弱い私の、怯え。




 「貴方は、貴方の戦いを成せばいいのです。それが全て貴方の先へと繋がっていくのですから」










  ―――そうだった。

  この力は、戦うためとか、傷つけるためとか、そんなモノじゃないんだ。

  私が魔法を手に取った、その理由は……




  困っている誰かを助けたくて、悲しい顔をしている誰かを救いたくて。




  それが、変わる事のない高町なのはの理由。

  たった一つだけ忘れていた、とてもとても単純で簡単な事。

  知った裏側があまりにも衝撃的でずっとそれを忘れていたけど……










  それでも、私はまだ、誰かの助けになりたかった。




 「―――良き顔です」




  大きく息を吸って、吐く。深呼吸。

  彼女は、自分自身を闇の書の闇の欠片だと言った。

  自信を災厄の塊と言いながら、わざわざこんな言葉を私に向けた。

  さっきの攻撃だって、その気になればまともにダメージを入れられたのに非殺傷。

  それはつまり―――




 「……行くよ、レイジングハート」

 『All right, my master』




  強い輝きが応えてくれる。

  彼女は、ほんの少しだけ笑った気がした。




 「では今度こそ始めましょう―――私達の戦いを」




  レイジングハートを正面に構える。

  魔力量の差は圧倒的。出力も多分、最終的には負けている。

  長期戦になれば確実にこちらが墜ちるのは目に見えている……




  だったら、その前に撃ち抜くだけ―――!




 「レイジングハート、ストライクフレーム展開ッ!」

 『Open』




  槍の様なレイジングハートの先端に超高密度の魔力刃が形成される。

  その色は、私本来の桜色の魔力の密度を高めた紅。

  それと同時に余剰魔力が翼となってレイジングハートから展開される。




 「来ますか……」




  実力は同じでも、地力の差は明確。

  だったら、私に出来る事は一つだけ。

  全力全開で、思いっきりぶつかるだけ―――!




 「A.C.S.ドライバー、ドライブッ!!」

 『Charge』




  レイジングハートの末端にある加速用のブースターが起動する。

  ありったけの魔力を注ぎ込んで、最大限にまで加速して突撃―――










  瞬間、私の頭に一つの考えが過る。

  これでもし傷つけてしまったら、大きな怪我を負わせてしまったら……

  そんな、怖い考え。

  思考が行動にブレーキを掛けようとする。

  無意識が反射に作用して魔力の放出を強制的にストップさせようとしている。

  鼓動が速くなる。息が詰まる。

  まるで心臓を素手で鷲掴みにされたかの様な圧迫感。










 「……!」




  怖い。

  確かに怖い、けど……

  だけど、それでも私は向き合うって決めたから。

  一歩を踏み出すって、決めたから。

  傷つけるのは怖い。傷つくのも怖い。

  だけど、そんな中でもやりたい事は確かにあるんだって。

  傷つくのは構わないから……それでも、やりたい事があるって。




  脳裏に浮かぶのは幾つかの光景。

  ―――夢をくれたって言ってくれたスバル。

  ―――そうしない事も出来ると言ってくれた目の前の女性。










  ―――そして、今もまだ孤独に戦い続ける人。

  心じゃ怖いって、嫌だって叫びながら―――それを奥底に隠して一人きりで戦おうとしている人。




  誰かを助けたい……そう願ったから、私は―――!!




 「いっけえええええええええええッ!」




  力のままに突撃する。

  ありったけの魔力を叩き込んだ突撃はソニックブームすら巻き起こしながら高速を以って彼女に迫る。

  彼女も避けようとはしない。

  あえて真正面から私の突撃を受けきろうと障壁を展開する。




  そして、正面から何の小細工も無く魔力刃と障壁が激突し火花を散らした。




 「くう……!」

 「ぐ、く……!」




  せめぎ合う。

  押し貫こうと、弾き返そうと。

  少しでも速度を緩めれば即座に槍の矛は折れ、少しでも力を緩めれば盾は容易く貫かれる。




  だけど―――私の狙いはそこじゃない。




 「ブレイク―――!」

 「っ!」




  矛の先端に急速に魔力が収束する。




  本来、この瞬間突撃システム―――通称A.C.S.を用いての砲撃の真骨頂は相手の防御を貫いての零距離砲撃。

  防御も何もかも関係なしに、最低限のバリアジャケット状態の身を狙っての捨て身覚悟の突貫システム。

  が、それはあくまで障壁を貫ければの話。

  障壁が展開されている状態で零距離砲撃を行おうものなら―――




 「シューートッ!!」




  放たれた砲撃は零距離で障壁に衝突し、誘爆する。

  そんな事になった以上誘爆の被害を受けるのは私だけ―――当然、障壁を張っていた彼女は無傷だ。




  だけど狙いはそんな事じゃない。だから、これも狙いの内。




  その誘爆で吹き飛ばされた勢いを利用して一気に距離を離す。

  一定の距離を付けたところでブレーキを掛けて急停止。




  正面から彼女と向き合う。




 「……」

 「―――」




  言葉は無い。

  語るべき事なんて、無い。

  彼女が望んでいるのはただ純粋な私との戦い。

  別に、殺そうとか傷つけようとか、そういうのじゃない。

  ただ純粋な、力と技の競い合い。




 「―――」




  だけど、怖さが無いと言えば嘘になる。

  さっきだって……それに今だって、恐怖は拭えていない。

  ずっとずっと、怖いって叫んでる。




  だけど目の前の彼女は言ってくれた。

  私の戦いは、私が決めるものなんだって。

  だから―――私が戦う相手は、敵じゃない。










 「―――レイジングハートッ!」

 『Starlight breaker』










  瞬間、場に光が満ちた。

  最初は僅かに、目を凝らせば見える程度に―――ぽつり、ぽつりと小さな光ができた。

  それはやはり少しずつ私の目の前へと集まっていく。

  そうしてまたぽつり、ぽつりと……まるで蛍の群れの様に、まるで空に輝く星の輝きが集まる様に。




  その場は、星の満ちる夜空の様に―――数え切れないおびただしい数の光が瞬いていた。




  その星達は少しずつ、少しずつ私の目の前へと集まっていく。

  集まっていった光は脈打つようにその大きさを肥大化させていく。




  これは、収束砲と呼ばれる砲撃魔法の一種。

  戦闘によって辺りに放出された魔力の残滓を全て術者の下に収束させる技術。

  それは場に満ちる魔力が多ければ多いほど絶大な威力を発揮し―――




 「……バインド、ですか。中々に」




  したたかだと、そんな声が聞こえた。

  さっきの突撃砲撃はダメージを与える事が目的じゃない。

  それをカモフラージュにした空間への拘束―――バインドが目的。

  収束に多大な時間を要するこの一撃を、確実に当てるために―――




 「いくよ―――これが私の、全力全開ッ!!!」




  ―――名を叫ぶ。

  全てを撃ち抜く星の光……流れ星の様に光が集うその様。




  ―――そう、私が戦う相手は常に




  私の持てる最大出力。

  星を撃ち砕くその名を、高らかに。

  星が脈動する。

  掻き集められた魔力は私の身長の三倍ほどにまで肥大化している。

  レイジングハートを振り上げる。




  私自身―――!!




 「スターライト―――ブレイカーーーッ!!!」













































 「ぁ、は……はあ、はっ……」




  撃った反動で体中に酷い痛みが奔る。

  収束砲は自分の限界以上の出力を出せる代わりにその負担も決して軽くはない。

  自分の限界以上の力を出すのだ。

  当然、必要以上の負担が体に掛かる。




  ガシュン、という音と共にレイジングハートの排気ダクトから魔力の残滓が放出される。

  ―――爆煙で視界は塞がれて何も見えない。

  それでも、何もアクションが見えないのなら……










 「……なるほど。良い、一撃でした」










  ぞくっ、と。

  背筋にこれ以上はないという程の悪寒が奔った。




 「とっさに盾を敷けたから良いものの……一撃で、限界寸前とは。他の構成体(マテリアル)よりは、頑丈なつもりなのですが……」




  驚愕と畏怖のあまりに目を見開いてじっと前を見つめる事しかできない。

  弱々しく……それでも、その声は確かに響いてくる。

  静かに、力の籠った声が。










 「では―――次はこちらの番です」










  ルベライト、と聞こえた。

  しまったと思った時にはもう遅い。

  私の手足は、バインドでその場に固定されてしまっていた。




 (マズ―――っ!)

 「集え、明星―――」




  瞬間、それは起こった。




 「なっ……!」




  まるで星々の真っ只中に居るかのようだった。

  この空間中―――いや、街全体から魔力という魔力が集まってきている。

  一つ一つは小さな星々が―――街一つという広大な広さを以って一つの大きな星と化す。

  それはまさに、想像を絶する光景だった。










 「全てを焼き消す焔となれ―――」










  円環状の魔法陣が回転する。

  掻き集めた魔力を一か所に集中させるために、ぐるんぐるんと回転する。

  それに応じて、光は鼓動をするかの様に鳴動して膨張していく。




  ドクン、と一際大きく光が脈打った。

  その大きさは―――直径にして10mはあろうかというモノにまでなっていた。




  状況の不味さを悟って全力で防壁を目の前に展開する。

  だけど、そんなものは関係ない。

  そんなものはまるで初めから無いかのように突き破られると、頭のどこかで理解していた。










 「貫け、閃光―――!」










  終わりを告げる杖が振り上げられる。

  いや、目の前の魔力の塊でそれは見えない。

  ただなんとなく、来ると思っただけ。

  必ず撃ち貫くという、強い意思が見えたから。










 「ルシフェリオン―――ブレイカーーッ!!!」










  そして、全ては星に呑みこまれた。













































 「……呆れ―――ね。アレの直―――けて辛うじ―とはいえ意―――っていると―。驚嘆―――ます」




  どこからか、声が聞こえた。

  体に感覚は無い。

  視界は定まらないし狭いしぼやけていてはっきりしない。

  音もフィルター越しの上にノイズが掛かったみたいな……

  意識だけが、どこか中途半端に宙ぶらりんになった気分。

  前後の記憶が良く思い出せない。




 「こ――貴方の可―――一つです。貴方が―――らぬ奥底に眠る―……その一―。ま―――識で力―――えている―――すが」




  断線が酷い。

  まともにモノを考えられない。

  そのまま、どこか遠くに行く感覚がする。










 「それでは良い眠りを。いつか時が満ちる場所にて、真の決着を―――」










  その言葉を最後に、

  今度こそ、私の意識は途切れた。





















  Next「ある炎天下の昼下がり」





















  後書き

  なっが……!

  総字数にして18916文字。いつもの二倍近くでお送りしました35話。ツルギです。

  なのはのトラウマ克服話にして星光無双の回。

  ルシフェリオンブレイカーは劇場版をイメージしてもらえれば、まんまそれイメージしてますのでw

  もうそろそろ〜A's to StrikerS〜最後の事件を描ける時期に入ってきました。

  あと少しでこの10年という空白期間の話も完走です。



  それでは、また次回に―――






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