鳴動する、湾曲する、同調する、合一する。
1から0へ、0から1へ。
門は開いた。力も満ちた。
だが未だ時満ちず―――
しかし鍵は揃いつつある。
ならば、彼の者達に復讐を。
ならば、彼の者達に報復を。
ならば、彼の者達に祝福を。
恨み在れ、強欲在れ、憎しみ在れ、妬み在れ、憎悪在れ、怒り在れ、蔑み在れ、怠惰在れ。
全ては等しく、全ては同じく。
深き深淵の底、始まりの混沌。
在るがままに、望むままに、思うがままに。
全てを等しく受け入れよう、全てを等しく許容しよう。
全ては始まりより起源を共とするモノ。
故に。
悪よ、在れ―――
〜A’s to StrikerS〜
Act.34「構成体」
「がぁッ―――！」
「スバルッ！！」
背中越しに鈍い衝撃が全身を揺さぶる。
叩きつけられた衝撃で肺から酸素が強制的に吐き出され、息が詰まる。
打撲や擦り傷だらけの体―――相手は、そんな事は一向に気に介さない。
あの紅い子は私を冷たく見降ろして―――
「アイゼンッ！」
叫びと共にカートリッジが排出される。
手に握られているハンマーの先端に突起が出てきて、反対側には噴射口が出現する。
拳を握る。
まだ、終わっちゃいない―――！
「カート、リッジ……ロードッ！」
リボルバーナックルから空になったカートリッジが排出される。
その魔力が体に流れ込み、身体能力を底上げする。
これならまだ動く……！
「ラケーテン、ハンマーッ！！」
「ぐ、ぁあっ！」
前方へ向けて転がるように飛ぶ。
上空から回転しながら襲ってきた一撃は冗談みたな破壊力でに私が叩きつけられた場所を粉々に吹き飛ばした。
吹き飛ばされたコンクリートの破片が四方八方へと飛来し、当然そこには私も居る。
コンクリートを粉砕した衝撃と、飛来してきた破片に襲われて私の体が大きく飛ばされる。
ただでさえ散々ばら叩かれた体にまた衝撃が加わり、それが直接脳を揺すっているかのような錯覚を受ける。
それでも、あの紅い子の攻撃が止んだわけではない。
目の前に迫る鉄球。数は二。
あの子が放った誘導性のある鉄球―――シールドを張ってもそれごと吹っ飛ばされる威力はあった。
こんな状態じゃあまともに対応なんてできる筈がない。
だけど、それは一人ならの話。
私は決して一人で戦っている訳じゃない。
「っの、馬鹿っ！」
横合いからタックルを受けて私が吹き飛ばされる方向が大きく横に逸れる。
もう目の前に迫っていた鉄球はそのまま壁に激突し、また破壊をまき散らした。
私とタックルしてきた人も一緒になって転がり、出来るだけ紅い子と距離を取りながら起き上る。
「馬鹿スバル！ 何一人で突っ込んでんのよ！」
「ごめん……だけど、逃げているだけじゃいつかはやられていたから」
ティアは私の言葉には何も返さない。
それくらいの事は分かっているって、無言のままに紅い子を睨んでいる。
……あの子は、強い。
二人掛かりで攻撃を仕掛けても堅い防御の前に意味は無く、逆にとてつもなく重い一撃を貰ってこの有様。
体はもうボロボロ。
あちこちに打撲や擦り傷、切り傷があって土や埃も被って余計にボロボロに見える。
「二人でその程度かよ……管理局が仕向けてきたにしちゃ手応えがねえ。偶然居合わせたにしちゃ妙だが」
口調からも伝わる余裕が余計に力の差を感じさせる。
分かっていた。私たちじゃ、束になってもあの子に敵わない事くらい。
だけど……だけど、それでも。
立ち向かわなくちゃならなかった。生きるために、守るために。
逃げてばかりいても何も変わらない。
逃げているだけじゃ、先に待っているのは何もできない後悔だけ。
実際、逃げてばかりじゃすぐにやられていた。それだけの力の差がある。
だから少しでも抵抗を。生きるために、守るために。
変わりたいと願った。変わるんだって決めた。
例え決して敵わない相手でも―――誰かを守りたいという、この気持ちだけを貫くために。
「……これだけやられてもその気迫は大したもんだが、運が無かったな」
ハンマーが構えられる。
今までのものより力が籠った身構え―――
来る、と確信する。
あの子は、次の一撃で決めるつもりだ。
「闇の書の事を管理局に嗅ぎつけられる訳にはいかねえ……悪りぃがここで死にな」
「っ！！」
瞬間、爆発したかのように紅い子が突っ込んできた。
身構える暇すらない。
ジェット噴射も利用して全力で突っ込んできた速度に、体が反応しきれていない。
（マズ―――！？）
とっさに急所だけでも守ろうとして―――今までとは桁違いの衝撃が体を襲った。
その衝撃の強さの余り、一瞬痛覚自体が全部飛んだ。
上も下も右も左も前も後ろも、感覚が全部真っ白になる。
自分が今倒れているのか飛んでいるのか、それすらも分からない。
ただ、目の前には小さいながらもこちらに向かってハンマーを振り降ろそうとしている紅い子。
（あ、死んだ……）
漠然と理解した。
いや、それ自体は分かり切っていた事だ。
振り返れば死ぬと、死神の鎌に首を差し出す事になるなんて、そんなこと……振り向く前から分かっていた。
私じゃ、この子には届かない。
圧倒的なまでの力の差―――努力とか、根性とか、勇気とか、そんなものではどうにもならない、圧倒的なまでの。
死神の鎌はもう首に添えられている。
あとは、もう一瞬もすれば、死神は鎌を引くだろう。
体は動かない……というより、感覚が全て飛んでいる。
手も足も動かしているかどうか分からずに、ただ目の前の死神を見つめて―――
トン、と―――
横から、誰かに押された感覚がした。
「―――え？」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ただ次の瞬間には、また轟音と衝撃が襲ってきたのを辛うじて理解しただけで……
地面を二転、三転と転がり続ける。
七回程転がった所でようやく止まった……体に、力が入らない。
「あ、ぅ……」
感覚が徐々に戻ってくる。
だけど、聞こえてくる音も視界に入る景色も、どこかフィルターが掛かったみたいに霞んでいる。
鈍い痛みが全身を支配している。
指一本を動かそうとするだけでも、それに連動して筋肉が嫌な悲鳴を上げている。
（あれ……私、生きてる？）
あの子の攻撃は、確実に私を捉えられた筈だ。
私にこうやって感覚がある以上、生きているって事で……それなら、外した？ 何で？
そういえばさっき、誰かが私を横から押した様な……
首を横に向ける。
やっぱり攻撃は見当違いの場所へ当ったのか、砂煙が激しい。
それも風に吹かれて徐々に晴れていく。
―――そこに、アリエナイ光景が広がっていた。
「……え？」
瓦礫の前に人が立っている―――あの紅い子だ。
手に持つハンマーは元の形に戻っているけど……おびただしい量の血が、こびり付いていた。
さっきまで私達を殴って付いた返り血なんかじゃない。
もっと、大量に……水風船の中身でもぶち撒けたかの様な……
「ぁ……あ、あ？」
見てしまう。見えてしまう。
普通の人とは違う私には、見えてしまった。
紅い子の眼の前にある瓦礫の山。
そこにひしゃげたゴミの様に打ち捨てられた……紅い、塊。
認めたくない、と本能が拒絶する。
認めろ、と理性が訴えかける。
「ぁあ……！」
それでも、見てしまった。
微かに見えた、あのオレンジの髪を―――
「ぁ、ああァあぁァあああああぁアアアああああああアアアアアアアああア！！」
吼えた。
指が、手が、腕が、脚が、肩が、悲鳴を上げて軋む。
通常なら動かないほどに痛めつけられた体。
もう動けない、これ以上動けば破裂すると体が叫んでいる。
それでも―――肉が動かなければ別のところで動かせばいい。
「オ、マ、エ……」
自分でも驚くぐらい、酷くどす黒い声が出た。
胸の底からざわざわと黒い感情が湧きあがってくる。
キュイン、と。
体が駆動した。
「オマエェエエェエエエエエエエエエエエエエエエエ！！！」
「なっ―――！」
体など無視して走り出す。
激情のままに、憎しみのままに、拳を握る。
左は動かない。足も、突っ込むだけで精一杯。
だけど、右が握れるなら……
目の前には敵が居る。
ティアを―した、敵が―――！
「ちっ、てめえもぶっ飛べ―――！」
ハンマーが振るわれる。
到底速度で追いつく筈の無いそれを、右の拳は真っ向から打ち返した。
「止めた―――！？」
だけどまだ足りない。
この程度じゃすぐに飛ばされる。
そうされないためには、もっと、もっと力がいる……
ガチン、とどこかでスイッチが入るのを聞く。
「ァ、アアァァアアアァァァアアアアアアァアァアアアアァアアアァ！！」
叫ぶ。
同時に目の前に円陣―――魔法陣とは別のソレが現れる。
これが、私の力。
私が忌み嫌っていた……敵を、破壊する―――！！
「これはっ―――！？」
敵が何かに気付いたけど、もう遅い。
接触した時点で既に条件は揃っている。
私のこの力は、何であろうと破壊しつくす―――！
私の拳と敵の間で共振現象が起こる。
その振動を、そのまま相手にぶつけて破砕する―――！
「ギ、ガァ……！？」
―――IS・振動破砕。
私と対象の間で共振現象を引き起こし、それによってどんな物であろうが破壊する私の固有技能。
何もかもを破壊するこの力……誰かを傷つけるのが嫌いな私は、まず一番最初にこの力を嫌った。
だけど、それを使った。
他でもない……私自身の意思で、敵を―すために。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
予想外の反撃だったのか、敵は振動破砕をまともに受けて吹っ飛んだ。
そのまま壁に叩きつけられて、同時に砂煙が巻き上がる。
……それで、姿は見えなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
……段々と高揚していた気分が静まってくる。
元々、怒りとかは長続きしないタイプだから……
後ろを振り返る。
「……ぁ」
瓦礫の山の中に放り出された手足。
胸の辺りが破裂したのか、真っ赤に染まりすぎていて確認できない。
それはもう、人の形をした肉人形―――
「う、ぶ……」
吐き気を覚えながらも、近づく。
足を引きずって、途中で倒れて……
這いずりながら、その場所に辿り着いた。
「……ティア」
名前を呼んだ。
ちょっとした事から私が勝手に呼び始めた、ティアという愛称。
夢を目指す仲間だから、一緒に頑張ろうって。
初めて読んだ時は、凄く照れながらも許してくれた。
ティアもその時から私の事を名前で呼んでくれるようになった。
だけど―――もう、名前を呼んでくれる事は無い。
「―――ごめん」
瞬間、横合いから凄まじい速度で衝撃が襲いかかった。
不意の事に碌な抵抗も出来ないままビルにぶつかるまで吹っ飛ばされた。
激痛が体を奔る。
「あ、が……！」
血で濡れる視界で見たのは、幽鬼のように立っているあの紅い子。
所々から血を流しながらも、しっかりと地に足を付けて立っている。
（振動破砕で、仕留めきれなかった……！？）
いくら実力が離れていてもあの不意打ち気味なタイミングからの振動破砕。
確実に決めたと思っていたけど、まだ動けたなんて……
対して、私の体は今の一撃でもう完全に動きそうにない。
いくら力を込めても、指一本、動きはしなかった……
（……これはもう、本当に、駄目かな）
乾いた笑いが浮かぶのが分かる。
ここまで圧倒的な力の差を見せられると、もう素直な諦めしか出てこない。
それに、なんだか……
遠くで紅い子が構えを取った。
その眼には、さっきまでの様な感情は見て取れない。
まるで、見るというだけの機能を持った硝子球。
「……ごめん、ね」
最後に出たのは、そんな言葉。
どこに向けたのかは分からない。
けど……後悔だけが、胸を埋めていた。
紅い子が地を蹴る。
弾丸の様な速度で私の方へ突撃し―――
その死神の鎌が、振り下ろされた。
「何、ボサっとしてんのよ馬鹿スバル！！」
と―――
あり得ない声が、聞こえた。
それどころか襟首をグイっと横に思いっきり引っ張られる。
次の瞬間には紅い子が突っ込んだ衝撃で吹っ飛ばされた。
「っ〜〜、どこまで手間をかけさせる気よアンタはっ！」
「……ティ、ア？」
うん、目の前にティアがいる。
触れてみるとしっかりと感触も伝わってくる。
あ、え……ティア、さっきまであそこに……
「はっ、ゾンビ！？」
「こんな時まですっとぼけてんじゃないわよ！？ あれは幻覚よ、幻覚！」
え、幻覚、って……
えと、あの、それじゃあ。
今の、子の目の前に居るティアは……
「本、物？」
「一体私がティアナ・ランスター外の何に見えるってのよ。悪かったわね死んだふりなんかして」
投げやりにそんな言葉が返される。
えっと、死んだふり……
「ティ―――！」
「待って、文句なら後でいくらでも聞くから……今はアレをどうにかするわよ」
ティアが目を向けた先には、あの紅い子がいた。
相変わらず幽鬼のように生気の無い目でこちらを見ている。
―――そうだ、ティアが生きていたにしても状況は変わっていない。
私たちが生きるにはあの子をどうにかしないといけないんだけど……それができるだけの力は、私達のどちらにも無い。
「で、寝ている時に聞いたんだけど、アレは実体化したプログラムの一種。完全に倒せなくてもある程度ダメージを与えれば」
「け、けど……」
ティアの体を見る。
ボロボロで、右の脹脛が切れていて左腕はあらぬ方向に曲がっていた。
そんなボロボロの状態でどうするんだって……
言いたかったけど、その言葉は口から出てこなかった。
「逃げるにしても時間が足りない。速度的には追いつかれるし、時間があっても今は力場が乱れていて難しい」
こんな状況でも、ティアの目は―――
「だから、生きるために私とアンタであいつを倒す。……凡人の意地を見せてやるわよ」
力強く、前だけを―――
「……うん。勝つよ、ティア」
「当然」
もう言葉を交わす必要はない。
元より、こんな状況じゃ出来る事なんて分かり切っている。
チャンスは一度。勝機は一瞬も無い。
賭けるチップは私たち二人の命。
負ければ死んで、勝てば日常が待っている分の悪いギャンブル。
だけど―――
「レディー……」
動かない筈の体に力が入る。
理屈なんて関係なく、ただの一撃のために。
体は動く。動く―――！
「ゴーッ！！」
全力で駆けだした。
相手はさっきの一撃で大分ガタが来ている筈。
なら、後一撃でも叩き込めばこちらの勝ち。
それまでに一撃でも貰えば確実に倒れる。その時点で敗北だ。
それでも駆ける。
その一瞬に賭けて、生きるために、拳を握る。
「―――ッ！」
同時に紅い子が爆ぜた。
その体の全部を一つの砲弾にして突っ込んでくる。
互いに全速力。
一瞬後には、この距離はゼロになる。
「―――っ、今！！」
だけど、紅い子の動きは唐突に止まった。
否、唐突には止められた。
その体を、いくつもの光に縛られて―――
「ぉおおおおおおおお！！」
ティアが仕掛けておいた設置型のフープバインド。
あんな砲弾じみた速度、ほんの少ししか動きは止められない。すぐに力ずくに引き千切られる程度の物。
だけど、この一瞬で―――！！
「か、ァ―――！！」
だけど、駄目だった。
こっちが攻撃するより早く、紅い子が拘束を引き千切って突撃してくる。
ほんの一瞬の差で、相手の攻撃はこっちより先に届いてしまう。
覆らない事実。防げない攻撃。一瞬後の敗北。
（―――そん、なの）
だけど―――
（認めて―――）
だけど、と。
それでもと、手を伸ばす。
（たまるかッ！！）
とっさに体を反転させる。
動かない左腕を蹴り上げ、遠心力も利用して持ち上げる。
そのまま紅い子と私の間に敷かれた盾―――
覆らない敗北を覆す、最後の一手。
ゴギン、と嫌な音が響く。
今まで散々吹っ飛ばされてきた衝撃が私を襲う。
ここで飛ばされればそれでも負けだ。
歯を食いしばり、腰を入れ、脚に力を込める。
バキ、とまた嫌な音が響く。
どこまで踏ん張っても紅い子の力はそれを上回る。
知恵を、力を、動かない筈の体も、全部振り絞っても―――まだ、届かない。
だけど、私は一人じゃない。
背中を支えてくれる、確かな温もり。
私には―――掛け替えの無い仲間がいる。
ゴン、という音と共に地面が沈んだ。
その瞬間、紅い子には攻撃を繰り出した硬直が生まれる。
これが、私達に残された唯一のチャンス―――！！
「スバルッ！！」
右の拳を握る。
足を地に付け、腰を捻り、肩を回し、遠心力を最大限に生かすために身を捻る。
「一撃―――」
眼前の敵を見据える。
相変わらず正規の無い瞳で、私達を無感動に見つめて―――
「―――必倒ォ！！」
そして、最後の一撃が突き刺さった。
◇ ◇ ◇
「くそ、ここら辺の筈なんだが……」
あの後、すぐに指定されたポイントに転移したんだが……そこに広がっていたのは破壊の傷跡ばかり。
この豪快なぶち壊しっぷりは……最悪な事にヴィータだろう。
あの残骸―――昔の方を再現しているせいか非殺傷なんていう生易しい物は一切付いていない。
だから全ての攻撃が殺傷。
下手を撃てば一撃で致命傷になりかねない破壊の化身。
しかもヴィータは硬さと破壊力が売りの守護騎士だ。
駆け出しの二人が相手にするには悪すぎる。
「反応は―――！」
『陣耶くん、聞こえる！？』
唐突にエイミィさんからの連絡が入った。
その表情は非常に切羽詰ったもので、嫌な感じを掻き立てる。
「エイミィさん、あの二人の反応は？」
『今、丁度力場が緩んで二人に連絡が着いたんだけど―――とにかく急いで！ 座標は送るからすぐに二人を転送して！』
ああくそ、悪い予感は的中してそうだ。
舌打ちしながらも送られてきた座標に向けて転移魔法を起動する。
一瞬後に飛び込んできた光景は、想像の斜め上を行っていたのだが―――
「な……」
どんな攻撃を繰り出せばこんな風になるのか……ビルの壁が放射状に粉々に砕かれていた。
それと、大きく窪んだクレーターの様な場所。
二人は折り重なる様にそこに倒れ込んでいた。
「っ―――！！」
慌てて二人に掛け寄るも反応は無い。
二人の体中に打撲や擦り傷があり、出血も酷い。
更には双方共に左腕があらぬ方向に曲がっているのだが、スバルはその度合いが半端では無かった。
そして、そこから見えるコードやケーブルは―――
「……トレイター、今からハラオウン家に転移しろ。急患が二人ほどいる」
『了解した。こちらも丁度終わったところだ』
トレイターの返答も聞き終えずに転送魔法を起動する。
魔力の力場が強くなりすぎて不安定だが―――俺の転送の類は多少悪条件下であろうが問題は無い。
出来るだけの気休めの治癒魔法を使った後、速攻でハラオウン家に向けて二人を転送した。
―――後に残った静寂の中、沈黙が続く。
「……ったく、こっちの事情になに関係ない奴を巻き込んでやがんだ、クソバカが」
自分自身に悪態をつく。
まったくもって最悪だ。
出現した予想外の相手もそうなら、それを予想できずにあいつらをこんな目に遭わせてしまった自分自身も。
吐き気がするくらいに嫌になる……
分かっていながらもやるせない気持ちばかりが募る。
だからせめて、その悔しさを忘れないように歯を食いしばる。
「……こんな下らない事起こした張本人を見つけて、思いっきりぶん殴ってやる」
『出来るかな？ 君みたいなのが、そんな事』
「―――ッ！？」
どこからか声が響いた。
物理的にではなく、頭に。
これは、念話―――！？
『陣耶くん、緊急事態！』
「ああもう、今度は何ですか！？」
『欠片の反応がいくつかの場所に集中しだしてる！ その一つが丁度君のいる所！！』
「いっ！？」
こうも都合良く事態が進展する場所にいる辺りつくづくこういった事には運に恵まれていない。
それでも何が起こっても対処できるように臨戦態勢を整える。
声は、どこからともなく響く。
『なのはちゃんは随分前からその反応と交戦しているんだけど―――』
言われて、意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。
だけどそれを正しく理解する前に―――
「君には無理だよ。何故なら……」
俺の眼の前に―――
「この僕が、君をこの場で殺すから」
アリエナイ敵が、まるで陽炎の様に、姿を現した。
腰まで届く青く長い髪、硝子球の様に無機質な赤い目。
黒いコートに、青い服。おそらくはバリアジャケットと思われるソレ。
そして、手に持つ斧の様なデバイス―――
色彩が違うだけで、目の前に居るのは今のフェイト・T・ハラオウンにそっくりだった。
予想していたようで、予想していないものが現れたと言えばいいのか。
目の前の敵は、余りにも似ているが余りにも似ていない。
「てめえ……人様の友達の姿を真似るたあ良い度胸だな」
「そうだよ、この姿形は借り物さ。中身は君の知るソレとは全く異なる」
飄々と目の前の敵は楽しそうに言葉を紡ぐ。
それはさっき見たシグナムとは全く違う何かを、俺に確信させるには十分だった。
「……お前が、この事態を引き起こしてんのか」
「そうだとも言えるし、違うとも言える。僕達の正体ぐらいはもう知れているんだろう？」
―――闇の書の闇と言われた防衛プログラム、その残骸。
あれには異常なまでの再生機能が付いていた。
その残骸が10年の月日をかけて再生し、活動を再開した―――と言うには、今回の事態は余りにも急すぎる。
懸念はそこだ。
なぜ今になって再生したのか、なぜ再生する事が出来たのか、なぜ10年間も感知されずにいたのか。
そして、なぜ残骸が俺達を狙うのか。
ここは少し探りを入れるか……？
「お前、他の残骸とは違うんだな」
「当然だよ、僕達はあんな小さな残骸とは違う。アレを再生して制御しているのも僕達だ」
「……つまり、お前を倒せば事態は丸く収まると。わざわざありがと」
「―――って、ああ！？ ゆ、誘導尋問なんて卑怯なっ！」
……確信した、こいつバカだ。もしくはアホだ。
残骸とは違うんだなの一言だけでこんなにもベラベラと喋るとは……
バカにしろアホにしろもはや救いようのない域ではありそうだ。
「く、一応それでも王なのに卑怯な真似を！ 所詮は低俗で野蛮な闇の書の闇を打ち砕いた王だという事か……！」
「貶してんのは俺と闇の書の闇のどっちだよ！？」
ダメだこいつ、言動がもはや救いようのないくらいアホ臭い。
あれで真面目そうなのが余計に救われない。
余りにも可哀想なので同情の視線を投げかけると面白い具合に顔が赤くなった。
「こ、こ、こ、こ、このー！ 人を馬鹿にするのも大概にしろー！！」
「単純……」
瞬間、どちらともなく弾けた。
あいつはフェイトを真似ているからか速度が尋常なものではない。
初速からして俺の三倍はあった。
だけど―――余りにも直線的すぎる。
ぶつかる手前で足を使って急ブレーキを掛ける。
いきなり距離感が狂ったがそんなものは気にならない。
即座に剣に魔力を叩き込み、刃を形作る。
敵もそれに一歩遅れて対応しようと構えを取った。
だが俺の急制動についてこれなかった分、俺の方が早い―――！
「ブラスト、セイバー！！」
ほんの数メートル先の敵目掛けて剣を振るう。
だがやはり反応速度などもそのままなのか恐るべき速度で上へ回避された。
なるほど、やっぱフェイトとやるつもりでいた方が良いか。
「電刃衝―――」
フェイト似の奴も弾幕を展開する。
雷の槍が一つ二つと展開されていき―――
「……オイオイ、何だその数」
出現した槍の数はざっと40はありそうだ。
確か、フェイトの最大展開数は20前後の筈―――が、目の前の光景は明らかにその数を超えている。
どういう事だ？ 能力は必ずしも再生した記憶に依存する訳じゃないのか……
「驚いてるね。ただ姿形を借りているだけじゃないよ……僕達は元から力を持っている。それを使っているだけさ」
「……勝手にベラベラとご丁寧にどうも。お前がマヌケで助かるわ」
「なっ、マヌケ！？ くう……ちょっと静かにしていたら調子に乗ってー！」
……こいつ、ほんとに乗せやすいな。
上手くいけばまだ情報を引き出せるか―――？
が、向こう側はこっちの一言が癇に触ったらしい。
槍が目に見えて分かるほどに唸りを上げだす。
魔力による炸裂音―――くるか。
「人をバカにした報い、きっちり取ってもらうよ……！」
「っへ、やれるもんなら―――」
「行くぞ白夜の王、魔導の貯蔵は十分か！？」
その時だった。
視界の隅で、星が瞬いたのは。
「―――っ！」
目の前の状況すら全て無視してその光に目を向ける。
ここからでも感じ取れる絶大な魔力。
あの星の輝きに似た砲撃は―――
「スターライト、ブレイカー……」
あれはなのはの十八番の集束砲の筈だ。
実際に目にした事は少ないが、周囲の戦闘空域の魔力残滓を掻き集めて放つソレの威力は想像を絶する。
リンフォースとトレイターが撃ち合った際には海鳴市街全域をカバーする大爆発が起こったとか。
その際、かなりの距離を取っていたなのはとフェイトが防壁を全力展開してもダメージがいく事からその凄まじさが窺い知れる。
だが、それを扱うなのはは対人攻撃恐怖症。
今のあいつに人に対してアレを撃てるとは思えない―――なら、シグナムの様な偽物？
「……あの白い魔導師もやるもんだね。流石は、闇の書の闇を砕いた一人と言っておこうか」
「っ、じゃあアレを撃ったのは……」
そうだよ、と奴は事もなげに答える。
なら本当に、あいつが撃った？
もし本当にそうだとするなら、それはいったいどういった状況で……？
対人攻撃恐怖症のあいつがそうそう人に向けて攻撃を仕掛けられるとは思えない。
そこを考えればあいつも捜査に参加させるべきではなかったのだが……あいつなら一人でも逃げられると思い、後回しにしていた。
だけど、その結果が―――
と、目の前の奴はいきなり攻撃をひっこめたかと思うとくるりと踵を返した。
「ってオイ、何のつもりだ」
「死にたくなければ君も離れた方が良いよ。あと、べ、別に心配しているとかそういうのじゃないから勘違いしないよーに」
何を―――と言う前に、あいつの姿は掻き消えた。
いきなりの事にどうも調子が狂わされる。ていうか、ツンデレなのか？ アレ。
しばらくそのままの格好で呆けて―――
『―――反応、ありませんね』
「……まあ、良いか。妨害が無いならとっととなのはの方に―――」
そして、星が爆発した。
「―――は？」
余りにもの光景に思わず絶句する。
さっきなのはがスターライトを放ったあの地点―――そこから巨大な魔力爆発がこちらに迫ってきている。
……あの距離から、こっちまで？
あっちからこっちまでの距離は軽く10kmはある筈だ。
その範囲をカバーしそうな魔力爆発って……
いつかの話を思い出す。
リインフォースとトレイターの撃ち合いの際には、街全体をカバーした……
「ちょ、冗談じゃねえぞ！？ 巻き添え喰ったら普通に墜ちるじゃねえか！！」
『状況にあたふたしてないでとっとと転移して下さい、死にますよ』
「マスター敬えくそったれ！？」
海鳴市上空へ緊急転移―――間に合うか！？
ええい、ままよ！
「……とんでもねえな、これは」
海鳴市上空へ緊急転移した事で何とか難は逃れたが……ほんとに街一つをカバーしやがった。
見たところファイアリングロックや非殺傷も働いているから大した被害は出ていないだろうが……
こんな大出力砲撃、撃った方も撃たれた方もただじゃ済みそうにない。
「連絡は……クソ、無理か」
『魔力の余波が強すぎます。いつぞやを思い出しますね』
ハラオウン家の方は……トレイターが何とかしてくれていると信じよう。
あれだけ時間があれば転移も出来ているだろうし、盾を敷く暇もあった筈だ。
今はあいつを信じて―――
「爆心地には―――！」
そして、またもや俺はそこで驚愕の光景を見る事になった。
所々が倒壊したビル。ただ瓦礫を積む様に砕いているだけでなく、熱で焼かれている部分まである。
至る所から煙が立ち上り、まさにそれは戦争の痕だった。
そして、その中に―――崩れたビルに体を預ける白い人影は―――
「なのはっ！！」
気づけば叫んでいた。だが、なのはが声に応える事は無い。
嫌な予感がして急いであいつの所まで降りて状態を確かめる。
頭は混乱しているが……こういう場面には幾度か遭遇しているからか、状態の確認だけはまともにできた。
バリアジャケットはボロボロ……レイジングハートの方もダメージは酷い。
擦り傷や切り傷ではなく火傷が外傷として目立っている辺り……ダメージは砲撃系のものによる可能性が高い。
息は―――大丈夫だ、ちゃんとある。
少し浅いが、スバルやランスターのそれに比べればまだまだ軽い。
意識こそ無くしてボロボロではあるものの……それでも重傷には至っていなかった。
その事実にほっと胸を撫で下ろす。
そして―――
「命に別状はありませんが治療は早めに行った方が良いでしょう。アレの魔力ダメージはかなりのものですから」
「……そうか、テメエか」
上から声がした。
予想通り余りにも聞き覚えのある声。
見上げれば、やはりそこには敵が居た。
黒を基調とし、所々に紅のラインが入ったバリアジャケット。
紫の宝玉が輝く、今時の魔法使いの様な杖。
栗色のショートカットの髪に、無機質な水色の瞳―――
高町なのはの姿をしたナニカが、そこに居た。
「フェイトの次はなのはかよ……何かこいつらに恨みでもあんのかね？」
「ある、と言えばあるのでしょうか。あるのはあくまで闇の書の闇であり、私ではないので」
―――やっぱり、こいつは明確な自我を持っている。
さっきのフェイト似の奴が話していたみたいに、こいつもまた……
「私は防衛プログラムの構成体の一つ―――『理』の
上空のなのは似―――構成体は、静かに語りだした。
「何だ、随分と口が軽いんだな」
「この程度はすぐに調べが着きますし、別に話したところでどうという事は無いですから」
―――さっきの奴とは違って冷静そうだな。
こいつにはさっきの奴の様に乗せて情報を引きだすなんて事は出来なさそうだ。
もっとも、俺の方も今すぐにあいつをたたっ斬りたい衝動に駆られている以上は情報を引き出す余裕など無いのだが。
「とは言え、こちらにも迎えが来たので余り話をしている暇は無いようです」
「テメエ、こいつをこんな風にしといて逃がすとでも―――」
「迎えが来た、と言った筈です。それとも貴方は私達三人を相手にするつもりですか？」
その言葉に反応するより早く、ソレは姿を現した。
闇から這い出るように、滲み出るようにその場に二つの人影が現れる。
「危うく僕まで巻き込まれるところだったじゃないか……君の方が『力』っぽくない？」
「寝言は寝て言いなさい。私は私、『理』の構成体です」
一つは、先程のフェイト似の奴だった。
こいつも奴が言っていたように構成体の一つと見た方が良い。
そして―――
「王の前で騒がしい―――少しは控えろ従僕」
もう一つ、極めつけが現れた。
黒と金を基調としたバリアジャケット―――いや、騎士甲冑。
手に持つ十字の杖はシュベルトクロイツに酷似している。
更には灰色のショートカットに無機質な緑の瞳。
―――確定だ。
はやてに似たこいつも、確実に
「しかもはやてね……ここまで来るともう呆れの念しか出て来ねえよ闇の書さんよ」
「―――五月蝿いぞ、玉座を壊す事しか能の無い下賤な蛮族が」
ギロリ、と憎悪の籠った眼ではやて似がこちらを睥睨する。
当然、顔が合えば目も合う。
そして俺は見た。
人を人と思わない目、全てを見下した目、自身以外の他者を許さないという刃。
それには、俺に対するありったけの憎しみが見て取れた。
……そして確信した。
こいつと俺は何があろうが絶対に相容れない、と。
「はっ、姿形を真似といて性格は全くもって正反対で傲慢極まりないですなあ」
「控えよ蛮族。王の姿を拝見するだけでもその身に余るというのにその暴言……よほど死に急ぎたいらしいな」
「テメエこそ上から物見てんじゃねえよオウサマ。その鼻っ面へし折ってやろうか」
互いにデバイスを握る手に力が籠る。
互いを射る視線に殺気が滲みだす。
こいつとは向かい合っているだけで気分が悪くなる。
気に喰わない、気に入らない―――互いの眼がそう語っていた。
「そこまでにしてはどうですか『王』。余りここに留まっていても面倒です」
「そうだよー、早く行こうよ」
「……ちっ」
『王』と呼ばれた
それに倣う様に他の二人も踵を返して背を向ける。
「……逃げんのかよ」
「私達にもやる事はありますので。追おうとするのは勝手ですが、その場合は貴方の友人を巻き込まない保証などありませんよ」
その一言だけで簡単に縛り付けられる。
向こうは三人、こちらは一人。
そのうえこっちは気絶者を一人ほど抱えているんだ……やればどっちが勝つかなど火を見るより明らかだ。
その場から動かない俺を見て追撃は無いと思ったのか、三人はそのまま闇に溶けだした。
―――何もできない。
倒すべき敵は目の前にいるのに、何もできない歯痒さ。
俺はいつもいつも、こんな事ばかりだった。
そして、姿が闇に溶けて消えるその直前に―――
「では―――いずれまた、どこかの世界で」
そう言って消える三つの背中を、俺は黙って見ているしかなかった。
Next「向かい合うべきは」
後書き
マテリアル's登場。しかし今回は顔見せ程度。
どんな人とでももれなく仲が悪くなるであろう某金ぴかの様なはやては扱いやすいなあｗ
ちなみに、身なりは"今の"なのは達と同じです。ちっこくありません、おっきいです。
しかしアホの子をもう少しアホに書きたい……そういう方面には才能が無い作者でした。
そしてもう期末。テストが怖いDEATH……
そしてスバルが主役を喰っちゃっているように思うけど、どー思いますかね？
では、また次回―――