―――消える。

  薄れていく……その存在も、意味も、思考も。

  その全てが薄れていく、ゼロへと還っていく。

  あの日、あの時、砕かれてから長い年月を漂い続けたが……消える時が来たようだ。

  あの心地良き世界は―――

  血と怨鎖に彩られたあの闇は―――もう二度と見る事はないだろう。

  もういい。

  このまま、もう……










 (接続(アクセス)




  ―――外部からのアクセス?

  残骸と化したこの身に、何が……




  その間にも外部からのアクセスは続く。

  消えかけている今では碌な事も出来ない。

  ただ、外部からのアクセスのままに流されるだけだ。




 (―――接続(アクセス)完了)




  やがて、完全に回線が繋がった事を感じる。

  ここではないどこか、データに無い別の場所から……




 (同調(アクセス)―――)




  ……ああ。

  なるほど、そういう事か。

  それならば納得がいく。この接続も、この意味も。




  データが循環する。

  失くした物が構築されていく。

  流れてくるのは夥しいデータ―――かつてこの身を形成した残骸の断片。




  さあ、再び舞台の幕は上がる―――




















  〜A’s to StrikerS〜
         Act.33「レムナント」




















  現在時刻、午後3時30分。

  日本のどこぞの海沿いに位置するここ海鳴市は少々おかしな街だ。

  巫女さんがいたり、香港警察とコネを持っている人がいたり、世界的有名な歌手が一時期住んでいたり……

  果てには人とは少し違った種族、どう見てもオーバーテクノロジーなアンドロイド、年齢を詐欺ってるとしか思えない若さ。

  極め付けには異世界からの危険物の漂流、その転生先。

  そして、もたらされたのは魔法という名の力―――

  誰かに聞けば100人中100人が何だそれと思うような事が起こったこの街で、今また異変が起きていた。




 「結界だと―――!?」

 『古代ベルカ式の閉鎖結界―――海鳴市街一帯に展開を確認』




  まだまだ明るい筈のこの時間に濁る空。

  太陽の光は不自然に歪められ、まるで別の場所に隔離されたかのような錯覚を受ける。




  いや、ようなではない。

  実際に今の俺たちは現実の時間、世界から隔離された―――




 「何だってんだよ、一体―――!」

 「古代ベルカの閉鎖結界……レイジングハート、術者の探知できる?」

 『無理ですね。反応が多すぎます』




  なのははこの非常事態にも冷静に対処し始めている。

  くそ、そうだ。うろたえてる場合じゃない……今の俺に出来る事を。




 「トレイター」

 「ここにいる」




  呼べば直ぐに出てきた俺の相棒の一人。

  異変を察知したから速攻で飛んで来たんだろう。

  とにかく今は情報が欲しい。こいつなら俺たちよりは確実に情報を持っていそうだ。




 「で、何か分かる事とかあるか?」

 「さあ、何分急いでいたからな……が、妙だと言わざるを得ないな」




  何が―――と言おうとしたところで突如、空間に一つのパネルが浮かび上がった。

  そこに映し出された人物は―――エイミィさん。




 『みんな、そっちは無事!?』

 「ええ、一応は」




  が、一概に大丈夫とも言い切れない。

  俺たちが近くに居たせいか、それとも一度巻き込まれたからか、はたまたそういう存在を認知したからか……

  とにかく、すずかとアリサはここに居る。

  結界に弾かれる事無く、ここに居る。居てしまっている。




 『そっちの二人は初めましてだね。私はエイミィ・ハラオウン』

 「あ、スバル・ナカジマです」

 「ティアナ・ランスターです」




  ―――この状況で自己紹介とは意外と余裕のある事で。

  しかし今はそんな風に和んでいられるような場面でもない。

  原因や犯人とか諸々が不明なんだ。データ収集担当名エイミィさんが弾かれずに済んだのは心強い。




 「それで、これはそっちでも分からないんですか?」

 『ごめん、もう少し時間が掛かる。だけど街中に凄い数の魔力反応が……』

 「はい?」




  術者は一人じゃないのか?

  ていうか、街中ってどんだけの人数だよ。凄い数とか聞いただけで嫌な予感がするんですが。

  トレイターに目を向けるも肩を竦められるだけだった。

  あいつがああいう態度を取るって事はつまり―――相当な数だろう。

  若干、億劫そうな表情が覗いている。




 『こっちは情報を集めてみるけど―――なのはちゃん、陣耶くん、トレイターは反応を調べに行って貰えないかな』

 「了解」




  まあ、いくら数が多くても三人で片っ端から潰せばそのうち終わるだろう。

  となると残りの四人―――すずか、アリサ、スバル、ランスターをどうするか。

  とはいえ、扱いに困ってるのはスバルとランスターだ。

  一般人であるすずかとアリサには安全な場所にまで逃げてもらう。これはもう確定事項だ。




 「……私たちも、その反応を調べに行きます」

 「スバルっ!?」




  その一言に驚きの声を上げたのはなのはだ。

  心配症が祟ったのか、過保護な面がこんな所でも出てきた。




 「だってスバル、危険なんだよ。何があるかなんて分からないんだよっ?」




  だが、なのはのその気持ちは俺にもある。

  今まで海鳴で起ってきた事件は、そのどれもがシャレにならないほどに危険なものだった。

  俺がまだこいつらと知り合う前に起きたジュエルシード事件、俺がこいつらと知り合うきっかけになった闇の書事件。

  フィアッセさんを狙ってコンサート会場を狙おうとした集団だっていた。

  そして、今回も規模が規模だ―――その上、術式は古代ベルカときた。

  正直、何が起こるか予測がつかないのが現状だ。




 「これは私たちの世界の問題だから、スバル達は―――」

 「違いますよ、なのはさん」




  だが、そんななのはの言葉はスバルはやんわりと遮った。

  まっすぐになのはを見て―――

  その眼には、強い意志が見て取れた。

  どこかの誰かさんに似て、強情なアレだ。




 「違う世界だからとか、そんなのは関係ないんです。ただ友達が危ない目に遭おうとしているから―――それだけです」




  スバルは強い笑みを浮かべながら、そう言った。

  その言葉が予想外だったのかなのははさっきとは違った意味で驚いた顔をしている。

  あ、ヤバイ。この顔面白い。




 「まあ、目の前で事件が起きているのに見過ごすのもどーかと思いますし……私たち、訓練生とはいえ管理局員ですし」

 「そんな建前はどーでも良いの。ただ友達を助けたい、それだけじゃ駄目ですか?」




  一片の揺るぎもなく言い切る。

  どこまでもまっすぐで、純粋なその姿勢は―――本当にどこかの誰かさんにそっくりだった。

  夢だの憧れだのとして見ていたけど……なるほど、内面まで似通ってるとなるとまるで写し鏡だ。

  なのはも、そんなスバルを見て困ったような笑みを浮かべている。




 「にゃはは……まいったなあ。そんな事を言われちゃったら断れないよ」

 「―――話は纏まった?」




  頃合いと見たのかアリサが会話に割り込んできた。

  割り込んだ声自体は軽いものの、表情は硬い。

  こいつもこの場がヤバイ場所だっていうのは身に染みて分かっているらしい。




 『それじゃあすずかちゃんとアリサちゃんはこっちに移動させるよ。安全は保障するから安心して』

 「はい、お願いします」




  エイミィさんが何かを操作する様な仕草を見せると同時にすずかとアリサの足元に転送用の魔法陣が展開される。

  こっちに移動させるって事はハラオウン家にでも直通しているんだろう。

  確かに、あそこなら色々と物もあるだろうし下手な場所よりは安全かもしれない。

  展開された結界が閉鎖型の以上、中から外に出すのは困難だろう。

  それ以上に効果範囲が海鳴市一帯だ。

  外に出すにしても街の外に放り出すわけにもいかない。




  白い光が二人を包む。

  その姿が徐々に薄れていき―――それが完全に消える直前に、




 「そんじゃ―――あんたたちの事、信じてるからね」

 「みんな、ちゃんと帰ってこないと嫌だよ。絶対に帰ってきてね」




  そんな言葉を残していった。

  ―――まったく、どこまでも他人優先な奴らなこって。

  心配されて嬉しいじゃねえかちきしょうめ。




 『それじゃあポイントはこっちで指示するよ。各自、気を付けて』

 『おう!』

































 「さて、指示されたポイントは確かここだったが―――」




  さっきの場所からは遠く離れたビル街の上空。

  デバイスを起動させ、バリアジャケットを纏った戦闘用のスタイルで現在は警戒態勢だ。

  ポイントは魔力反応のある場所だと言っていたが―――なるほど、確かに魔力を感じる。

  けど、これは身に覚えがある。

  この魔力は……そう、あいつだ。




  辺りを見渡すように首を巡らせると案外、そいつはすぐに見つかった。




 「―――ようシグナム、こんな所で何してんだ?」




















                    ◇ ◇ ◇




















  見た事もない街並みの中をティアと一緒になって駆け抜ける。

  指定されたポイントまでもう少し……

  なのはさんや陣耶さん曰く、この海鳴市ではこれまでにもこんな事件があったらしい。

  それは例に洩れず危険なものだったって。

  だけど―――




 「スバルいい? 私たちのする事、限度とかちゃんと分かってる?」

 「大丈夫。私たちはあくまで偵察で、マズイと思ったら迷わず撤退する事」




  扱いとしては妥当だと思う。

  私達はまだまだ未熟だし、実力不足だっていうのはお昼前の模擬訓練で身に染みて分かってる。

  だから今はできないけど―――それでも、できる事はあるから。

  何もせずにただじっとしているのは、嫌だった。




  ただ友達のため―――本当に、ただそれだけ。




 「さて、じゃあ次はここを……」

 「こっち」




  ティアを先導して道を突っ切る。




  ―――みんなには、ティアにすら話していない事が、一つ。




 (……何だろう、この感覚)




  胸の辺りがムカムカしている。

  本能的に怖いというか、避けたがっているっていうか。

  私は今のこの状況に対して何か危機的な事を感じている。

  だけど、それ以上に―――




 (―――呼ばれている)




  何かが、私を。

  そう思えてならなかった。

  けど、それはきっと良くないものだ。

  ずっと私の頭はそう訴え続けているけど―――




  だけど、知りたいと思う。

  これはきっと、ずっと疑問に思っていた事に一つの答えを得られる―――そんな気がするから。




 「―――あ」




  その時、目の前に人影を見つけた。

  小さい人影だ。




 「……あれが、エイミィさんの言っていた反応ね」

 「―――うん」




  ひとまずビルの陰に隠れて相手の様子を窺う。

  遠目なら普通の人は見づらい距離だけど―――私には、それは当て嵌まらない。

  それはやっぱり珍しがられたりするけど、人より視力が良い事にして誤魔化している。




  小さな人影は女の子だった。小学生くらいの、小さな女の子。

  全身を紅いドレスのような物―――おそらくはバリアジャケットで身を覆っている。

  頭には白い兎のマスコットが付いた帽子。右手にはどう見てもハンマーを構えている。

  この位置から見えるのは後姿だけで顔は確認できないけど―――




 「―――まずい。アレ、魔力量からしてそこら辺の魔導師じゃ相手にならないわよ」

 「うん……」




  見た目は子供でもあの子から感じる魔力は私たちのそれとは比べ物にならない。

  一目見ただけでここまでの力の差が見せつけられるんだ……

  多分、私たちじゃ相手にならない。

  今するべき事は勝てない相手に立ち向かう場面じゃなくて、相手を見極める事。




 「まったく―――今はこんなのが街中にゴロゴロ居るって? ほんとにどういう世界なのよここは」

 「あはは、ちょっと同感」




  ここはなのはさんと陣耶さんの出身世界―――

  なら、なのはさんの友人である八神はやて捜査官もここの出身の筈。

  ランクにしてオーバーSが一人にAAAが二人……十分異常だと思う。

  管理局の中ですらAランク以上はほんの一握りしか居ないのに。




 「さ、それじゃ気付かれない内に退散するわよ」

 「了解。それじゃエイミィさんに―――」




  連絡を、入れようとして……










  ドクン、と……

  どこかで、不吉な音がした。




 「―――ぁ」




  頭が空っぽになる。

  景色も見えず、音も聞こえず、感覚がなくなる。




  ただ、不吉な音だけが響いて―――




 「―――ぁ、あ?」























































  そして、それを見た。




  燃え盛る大地、死に絶える命、侵食される世界。

  空は闇に覆われ、一つの巨体が全てを蹂躙する。

  轟く怨鎖、果ての無い憎しみの連鎖。

  溢れ出るのは絶望。

  全てが黒く暗く塗り潰されていく光景を見せつけられる。




 「あ―――ぁあ」




  流れ込んでくる。

  紅い眼からありありと―――人を犯す毒が流れ込む。

  草を殺し花を殺し虫を殺し石を殺し雷を殺し風を殺し光を殺し水を殺し空を殺し雲を殺し鳥を殺し雨を殺し炎を殺し人を殺し殺し殺し殺し

  殺し殺し殺し殺し殺し殺しマダ足リナイ恨ミ憎ミ妬メ叫ベ絶望セシメ血ヲ啜リ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ




 「あ、ぁぁぁあああああああああ―――!?」




  耐えられない。

  こんなモノ、ヒトの心では耐えられない。

  こんな悪意の塊―――見ただけで心が死ぬ。触れたなら体が死ぬ。

  そうやって全てが死に絶えて全てが混ざり合い融け込み一つへと融合するプロセスは耐えられないシステム都合上のバグ或いは作為

  的そんなのはもうヤメテ血を肉を腸を臓器を心を全て分解結合接合統合融合し一の下へと還元せしめ闇を―――




 「スバルッ!!」

 「―――ッ、ぁ」




  ―――気づけば、目の前にティアが居た。

  あれ、私……?

  ティアはほっとした顔をしているけど―――同時に酷く険しい顔をしている。




 「全く、ほんとに手間を掛けさせてくれるわね……逃げるわよ、今すぐに」

 「え、何―――」




  瞬間、背筋を何か冷たいモノが滑り落ちた。

  直感―――いや、核心と言っても良い。

  私たちは今何か……徹底的に取り返しのつかないスイッチを押してしまった。




  頭は止めろと叫んでいるのに顔は後ろを向く。

  まるで蝋で固められてしまったかのように鈍い動きで背後を顧みれば―――





































  さっきまでは見えなかった青い目が、巨大なあの黒い靄と共に私達を睥睨していた。




















                    ◇ ◇ ◇




















  ガキンッ、と鋼と鋼がぶつかり合う鈍い音が響く。

  パワーは互角。ならば勝負の明暗を分けるのは己の技量。

  自らの足で踏み込む様に、同時に刀身を流す様に横へと滑らせる。

  それだけで拮抗していた力はあっけなく崩れ、相手は突如消えた力に対して対処できずに力のまま体勢を崩す。

  その崩れる体に合わせて引き抜くように剣を振るう。

  狙いは胴。この勢いでなら全力で振るえば相手を叩き飛ばせる。

  だが、相手も修羅場を潜り抜けた歴戦の戦士。

  胴へ対するカウンターに合わせて極小の盾を展開し、こちらの剣を受け止められる。

  なら―――!




 「盾ごとぶっ飛びやがれッ!」




  即座に刀身に魔力を通し、解放する。

  近接戦闘用の魔法、バーストセイバー。

  その効力は刀身へ通した魔力を衝撃をトリガーとして一気に解放、爆発を生むものだ。

  剣の衝撃と爆発の衝撃―――その二つが相手の馬力を超えて大きく弾き飛ばす。




  ―――空いた距離は10mほど。




  お互い、その気になれば一瞬でゼロに出来る距離で……




 「で……ほんとにこれは何なんだろうなシグナムさんよ」




  俺は、剣を交えていた烈火の将に声をかけた。

  俺の呼び掛けに対して目の前のシグナムは何の反応も示さない。

  いや、違う。

  ちゃんと反応は示す。だけど―――




 「決まっている―――貴様と私が敵同士だからだ」

 「んなアホな……それにしても少しは話し合いの精神とか持ち合わせちゃいないんかね、最近の趣味は辻斬りですか?」

 「―――そのよく動く口、すぐに黙らせてやる」




  ……やべ、逆鱗に触れた?

  しかしまあこういう言葉に反応する辺りシグナムらしく騎士道精神に溢れている。

  所持しているデバイスはどこからどう見てもレヴァンティン。

  姿形、言動や性格、声に至るまで完璧にシグナムだ。

  だけど、なら何故?




 「ていうか、お前仕事はどーした。それ以前にはやてはこの事知ってんの?」

 「何を―――訳の分からない事をッ!」

 「ッ、ちったぁ博愛精神を学びやがれ!!」




  一息で距離を縮めて振り下ろされた剣を受け止める。

  ああくそ、まだかよ―――!?




 「こっの―――クラウソラス!」

 『Load cartridge』




  廃棄口からカートリッジが排出される。

  溜めてあった魔力を叩きこんで身体能力の向上―――

  押し、返す―――!!




 「づ、らぁッ!」

 「ぬ―――!」




  弾き飛ばすと同時にシグナム大きく後退する。

  そのまま更に刀身に魔力を―――叩きこむ!!




 「斬り裂け―――極光!」




  クラウソラスの刀身が過剰魔力により眩しく光を放つ。

  その全てを切っ先に集中。

  大きく振りかぶり―――振り下ろす!




 「ディバイン―――!!」

 『Saber』




  光の奔流がシグナム目掛けて解き放たれる。

  一見砲撃にも見えるそれは魔力斬撃だ。

  とはいえ、斬撃効果があるのは魔力が集中している先端部分のみ。

  後の魔力の波は純魔力による砲撃と変わりが無い。

  だが、なのはの砲撃の様に長大な射程でこそないが中距離と遠距離をカバーできる俺の十八番の一つ。

  単純に魔力をそのまま撃つ事より固めて斬る事を優先しているから少ない魔力でかなりの威力を期待できる。

  当時の破壊力的にはディバインバスターと同程度だったが―――今じゃ向こうの方が上な気がする。




  そして、それを放つ以上―――俺はシグナムを本気で墜としにかかっている。




 「飛竜―――」




  理由は簡単だ。

  目の前のシグナムにしか見えないモノの、拭い切れない違和感。

  何故、何の話も無しに俺に剣を向けるのか。

  何故、はやてという言葉に反応しないのか。




  そもそも、目の前のあいつは本当に俺達の知るシグナムなのか?




 「一閃ッ!!」




  考えれば考えるほどに違和感は大きくなる。

  知っている事、知らない事―――

  俺の知るシグナムと目の前のシグナムの決定的な相違点。




  奴は、自身を闇の書の守護騎士と言った―――




  今の夜天ではなく、昔の闇。

  そうである事に誇りを持っている騎士がそんな些細な事を間違えるとは思えない。

  何かに操られているのか? シグナムを模したそっくりさん? それともただの偽物?

  可能性は無数に考えつく。だからこそ―――




 『陣耶、調べが着いた』

 「やっとかよ―――っと!」




  来た―――!

  斬りこんできたシグナムに対抗しつつ、トレイターからの念話に耳を傾ける。

  そのトレイターの声は、若干硬い。




 『私も似たようなのに遭遇してな……奴らの正体は闇の書の防衛プログラムの残滓だ』

 「防衛プログラムの、残滓……?」

 『残骸、と言っても良い。かつて砕かれたプログラムの断片がこの土地に染みついた情報を読み取って形を成しているがな』




  土地に染みついた情報―――それを読み取って形を成しているだけのプログラムの残骸。

  いくつかの符号が頭の中で噛み合う。

  てことは、こいつは……




 『そっくりそのまま、実に上手く真似てはいるものの……所詮、紛い者だ』

 「そう、かいッ―――!」




  大きく振り抜いてもう一度距離を離す。

  目の前のシグナムも俺もそれぞれ剣を構えて―――




  たく、嫌になるくらいそっくりだ。

  だけど……




 『残骸が形を成しているだけあってソレは脆い。適当に叩けば形維持できなくなり自滅するだろう』

 「ありがとよ……斬る斬ると気負わなくて済みそうだ」




  やる事は決まった。

  目の前のこいつを黙らせて、こんな事を起こした根本を叩く!




 『ただ気を付けろ。この残骸はただ形を成しているだけではない……何かがある。時の経った今に動き出した、何かが』

 「関係ねえよ。こんな下らねえ事はとっとと終わらせるに限るってのが相場だ」




  加速魔法を起動する。

  やる事が決まった以上は先手必勝だ。

  相手に仕掛けられる前に―――先に仕掛けて潰す!




 「スラッシュバインドッ!」

 「シュランゲバイゼンッ!」




  剣の刃が無数のパーツに分裂し、一体の巨大な蛇となる。

  シグナムの意のままに動き、得物を追い詰めるそれは、しかし―――見えている!

  迫る剣を次々とこちらも打っていく。

  支点を狙う様に一撃一撃を叩き込み―――!




 「―――っ、これは!?」

 「気付いたところで手遅れなんだよっ!!」




  打つと同時にスラッシュバインドを放つ事でほんの短時間、その動きを止める。

  徐々に固定されていった剣はその動きを封じられ―――まるで磔にされた蛇の様だ。

  だけどレヴァンティンは剣だ。シグナムの腕も考えると拘束できるのは良くて2秒。

  だけどこの距離なら―――




  カートリッジをロード、剣に魔力を叩き込む。

  そのまま加速して、突っ込む!!




 「おおおおおおおおあッ!」

 「くっ―――レヴァンティンッ!!」




  シグナムの叫びと共にレヴァンティンの鍔からカートリッジが排出される。

  同時にその刀身全てを炎が覆い尽くし―――蛇が巨大な炎蛇となった。

  その炎によってただでさえ脆いバインドの全てが焼き切られる。




  現在の俺の位置はうねる螺旋の様に固定されていた刀身のど真ん中……つまりは蛇の腹の中だ。

  360°全てが炎の刃に囲まれる。

  あと3mの距離が、その瞬間に大きくなり―――




  全速力で突っ込んでいる俺は、止まれない。

  目の前の弾丸に向かって振り下ろされる剣を、スローモーションのように見つめ―――
































  次の瞬間には、シグナムのすぐ後ろで剣を振りかぶっていた。




 「なっ―――!?」

 「ディバインセイバー―――!!」




  あの瞬間、転移によってシグナムの真後ろへ回った俺に驚きの表情を隠せていない。

  俺とこのシグナムの間には覆らない絶対的なアドバンテージがある。










  つまりは、互いの手の内を知っているかどうか。










  俺はシグナムと幾度も剣を交えてきた。それだけ、相手の手の内も分かっている。

  だが相手はどういう事か俺の事を知らない。

  今の急な転移に反応しきれていないのが、その証拠だ。

  だからこそ、そのアドバンテージを最大に生かすためにも―――




 「フルスラストッ!!」




  極光を渾身の力で振り下ろす。

  目の前に居た筈の敵に剣を振り下ろしたシグナムに避ける術は無い。

  シグナムの背中に容赦なく叩きこまれた剣は、そのまま刀身に籠めた魔力全てを相手に叩きつける。

  過剰魔力の放出が強烈な発光現象を起こし、周囲が白い光に包まれた。

































 「……終わった、か」




  眼下には俺の攻撃でビルに叩きつけられた事で形を保てなくなったシグナム―――の、形をした残骸。

  まるでシュレッダーにでもかけられる様にデータに分解され、消えていく。

  ……その光景が、あの聖夜を思い出させた。




  あの日、あの夜。

  リーゼとアリア、そしてグレアムさんの策略によって次々と闇の書へと収集されていった守護騎士たち。

  姿はリンカーコアの収集と共に徐々に薄れていき、最後には影も残さずに消え去った。




 「……くそ、嫌なもん思い出した」

 『大丈夫ですか?』

 「ああ……こんなもんじゃ、止まってられないからな」




  ともあれ、反応は一つ潰した。

  もう少し詳しい事が分かっていないかトレイターと連絡を取る。

  念話にはすぐに応答があった。




 『残骸を誰が動かしたかは不明だが……おそらく、外部からの干渉を受けている』

 「外部……?」

 『少なくともこの世界ではないどこか。管理世界か管理外世界か、まだ見ぬ世界かそれともはたまたどことも知れんアルハザードか』

 「よーするに分からんのか」




  しかし、まいった。

  一級以上の解析機能を持つトレイターですら分からないとなるとソレを特定するのは難しいだろう。

  トレイターは白夜の書。リインフォースの夜天の書とは対を成す魔導書だ。

  当時、暴走した夜天の書に対抗するために付与された高速学習機能。

  それは術式を解析し、記録し、それを自らの物へと変換する。

  そのプロセスをそのまま拡大し極端に高速化させた物なのだが―――それを利用し、ある種の超解析能力を得ている。

  俺も書と接続されているので使えるのだが、その精度や速度は人である以上どうしてもトレイターに後れを取る。

  そのトレイターはそれだけにソースを割けば例え建物の中のノミ一匹すら逃す事は無いと自身も断言しているほどだ。

  それが解析しきれない接続先となると俺にはまるで見当もつかない。




 『いくら反応が小さかったとはいえ10年もの間を見逃すとは……とんだ失態だな』




  トレイターもトレイターで少しショックを受けているのか声には普段の様な不敵な色は聞き取れない。

  しかしまあ……こんなのが街中にね。

  そうなるとなのははともかく―――




 「―――エイミィさん、聞こえますか?」

 『陣耶くんっ!? お願い、スバルちゃんとティアナちゃんの所に向かって!』




  ―――やっぱ、既に遭遇していたか。

  エイミィさんに座標ポイントとマーカーを貰う。

  二つの青い点を追いかける赤い点が一つ―――くそ、間に合えよっ!




















                    ◇ ◇ ◇




















  奔る、走る、はしる―――

  ただ前を見てがむしゃらに一本道を駆け抜ける。

  後ろには振り返るまでも無く、死神が大きな鎌を構えながら迫ってきていた。




 「く……こんな所で死ぬとか、冗談じゃないわよっ!」

 「同感っ!」




  かと言って、今の私達にはあの紅い子を撃退する術が無い。

  空を自在に飛び回り、ハンマーを振るい鉄球を飛ばす。

  そんな敵を破壊する事を最優先に考えた攻撃の嵐は、私達を確実に傷つけていった。




 「けどティア、このままじゃジリ貧だよ……!」

 「分かってる……! せめて、10秒ほど動きを止められれば―――」




  その10秒は拾ってもらうのに必要な時間だ。

  10秒があればエイミィさんはあちらから転送魔法を起動させて避難させてくれるだろう。

  だけど……背後から迫る死神が、一瞬でも足を止めれば命を刈ると囁いている。




  迫るのは絶対的な敗北。

  そしてあの子は―――躊躇いも無く私達を殺す。

  何故だか、そんな事を確信する。確信してしまえる。

  それほどまでに、この状況はヤバかった。










 「だけ、ど……」










  振り返ればその瞬間に死が確定する。

  だが立ち向かわねばいずれ死ぬ。

  どちらを選ぼうが死ぬのなら―――ならば、どうしろと言うのか。










 「だけど……!」










  そんな事は分からない。

  どうすれば良いのか、どうすれば二人とも生きて帰れるのか、そんな都合の良い事は分からない。

  ただ、それでも。










 「だけどっ―――!」










  それでも―――と。




  例え、どれほど危険でも。

  例え、どれほど苦くても。

  例え、先が死であっても。




  それでも―――と。




  伸ばした手は、望んだ声は……

  それを掴んでくれたあの手は、あの声は、あの空は―――!




 「この力は、誰かを守るための……」




  拳を握る。

  今から行われるのは戦闘ではない。

  ただの一方的な殺戮だ。

  殺す側である狩人は相手。殺される側である獲物は自分。




 「―――スバルッ!?」




  振り返った。

  体を反転させ、相手を見据える。




  青い目が、私を敵として捉えていた。










 「いっく―――ぞぉおおおおォおおおおおおおおおおオオオオッ!!」










  駆け出す。

  大切な友達を、守るために。

  決して敵わない敵へ、駆け出した―――





















  Next「構成体」





















  後書き

  闇の書の闇の欠片出現。

  どうでもいいが、はやての言う通りやっぱり「の」が多いと思うんだ。

  もう残骸とか欠片とかで良いよ。ちなみにレムナントは某禁書目録より引用。

  次回、スバル&ティアナvsヴィータ。果たして陣耶は間に合うのか。

  そんでもって後半は欠片も出てこなかったなのはは何やってんでしょうねw

  では有り難い拍手返しを―――



  >やっぱり陣耶×アリサが一番しっくりくるなぁ…

   いや、この場合アリサ×陣耶か?(主導権的な意味で)


  この二人、その時の気分によって普通に攻守を入れ替えそうですw

  しかしほんとに人気だなあ陣耶とアリサの絡み。

  書いた作者もビックリしてますw



  それではまた次回―――






作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
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