空の頂点に輝く太陽。

  眩しい光に照らされながら、目の前の少女二人は元気な声で挨拶している。

  ……訓練校の時の癖かね? プライベートの時くらいもっと肩の力抜けばいいのに。




 「よーし、そんじゃ早速始めるぞ」

 『宜しくお願いします!』




  うむ、元気があって実に宜しい。




  月宮家の広い庭、森の中にある少し広めの空間に俺たちは今立っている。

  目の前にはトレーニングウェアに着替えてデバイスを装備した二人。

  見たところ、スバルもティアナも支給品ではなく自前のデバイスを使っているようだ。

  スバルはスピナーの付いた右手甲にローラーシューズ。ティアナはハンドガン型のデバイス。

  特にスバルが装備している手甲はローラーシューズやティアナのハンドガンと比べてかなり出来が良い。

  おそらくはワン・オフ・モデルの特注品か何かだろう。

  形状から見る限りはほぼ間違いなくスバルは格闘戦を主体とするベルカ式の使い手。

  ティアナはデバイスが銃なんて形を取っているくらいだし……ミッド式なのだろう。

  ただ二人の武器であるデバイスにはそれぞれカートリッジシステムらしき物が見える。

  俺らの代物に比べて随分とまあ小型化されてるなあ……技術の進歩ってスゴイ。




  すずかとアリサは少し離れた位置へ移動して、俺となのははデバイスを起動しバリアジャケットを身に纏う。




 「さて、知っての通り俺となのはは別に正式な訓練を受けた魔導師ってわけじゃない。詰まる所、技術とかそんなんは教えられん」

 「戦闘とか、魔法とか、そういうのはほとんど独学でやってきちゃったからね……正直、正式な訓練を受けた人には負けるかも」




  いくら巨大な力を持っていても使い方を知らなければ猫に小判、豚に真珠、つまりは宝の持ち腐れだ。

  良い例としてはなのは達が管理局に入局したての頃に聞いた話。

  訓練校の短期メニューを終える際に一度だけ戦ったという校長さん。

  なんとその校長、ランクAAAであるなのはとフェイトを二人同時に相手をしておきながら普通に勝ったのだとか。

  しかもランクはAA。一般にAランク以上はワンランク毎の差が激しいのだが……それすら校長は経験で覆した。

  俺にだってそういった事に覚えはある。

  例えば最近ならケーニッヒ……魔力量ならこちらが上だったが、完全に実力が及んでいなかった。

  だからこそ俺は、あれからもずっと研鑽を積み続けている。

  それが形となるかどうかは別として、だ。




  まあ纏めると経験は何にも勝る力となるという事。

  だから俺たちが技術的な事を教えたとしても、それが何らかの形で足枷になる事があるかもしれない。

  そういった事をするのは自分のスタイルに取捨選択ができるようになってからだ。




  故に、俺たちができる事といえば―――




 「だから、俺たちにできるのはお前たちを徹底的に叩く事だけだ。初めっから全力で来いよ?」

 「その無意味なまでの自信は一体どこから……」




  長年の戦いと死地を潜り抜けた経験、あとは年下に負けたくねーという意地。

  ここで負けを見せては面目丸潰れなのだよ。よって容赦はしない。




 「うう、緊張してきた〜」

 「……なんか、イメージしてたのとは妙に違う」




  一体何を想像してたんだランスターやい。

  まあそれはいい。

  時間も押している事だし、とっとと始めよう。




  俺は右手にクラウソラスを構え、なのはがレイジングハートを構える。

  それに反応してスバルとティアナも構えを取る。ポジションはスバルが前でティアナが後ろ。

  俺たちのポジションは俺が前でなのはが後ろ。

  まったく、誰がどんな役割を持っているかが実に分かりやすい。




 「そんじゃ行くぜ……戦闘開始(オープンコンバット)!!」




















  〜A’s to StrikerS〜
         Act.32「暁にて染まる世界」




















  戦闘開始と共に俺が前へと跳び出した。

  ほぼ同時にスバルの方もスタートダッシュを掛けて突っ込んでくる。

  俺の後方ではなのはが、スバルの後方ではティアナがそれぞれ互いの前衛の援護の準備をしている。

  援護の方はなのはに任せればいい。俺のすべき事はそれまでなのはに敵を近づけさせない事と―――前衛の突破!




 「カートリッジロードッ!」

 「カートリッジロードッ!」




  俺とスバルの叫びが重なり、互いのデバイスからカートリッジが排出される。

  それと同時に剣に満ちる魔力。

  冗談から振りかぶって―――斬る!




 「せやあああ!!」




  振り下ろした剣と振り抜かれた拳が激突する。

  剣と拳の威力はほぼ互角―――いや、僅かだがこちらが有利!

  足をふんばって腰を入れて、更に体重を乗せていく―――!




 「ぐ、ぬ―――!」

 「くぅ……ティア!!」




  スバルの叫び。

  それに後方で待機していたランスターが応えた。

  展開されているのは無数の魔力弾。標準は全て俺に定められている。




 「おわ……!」




  スバルと接敵しているこの状態じゃ碌に対処もできないし、この距離じゃなのはも援護がやりにくい。

  慌てて距離を取ろうとするものの、スバルもそれに追いすがってくる。

  こっち、結構その気で走ってんだけどね……!




 「結構早いのな、お前っ!」

 「鍛えてますんでっ!」




  同時に魔力弾が俺に向けて放たれる。

  目の前にスバル、それと同時に襲ってくる無数の魔力弾。

  スバルに接敵されたこの状態では対処は難しいが……それでも、この距離なら!




 「アクセル、シュートッ!」




  俺が距離を取っている間になのはのシューターが放たれた。

  そのスフィアは数にして15。ゆうにランスターの二倍以上はある。




 「嘘ッ!?」




  ランスターから驚愕の叫びが聞こえたが、まあ当然だろう。

  あんなバカげた量の誘導弾、とてもじゃないが普通の魔導師が操れるような量ではない。

  それを初めて見た歴戦の戦士であるヴィータですら数の多さに驚愕の声を漏らしたほどだ。

  だがしかし、それをなのはは何の苦もなく精密に、そして確実に操作していく。

  なのはが操作するスフィアはまるで流星の様に空中を飛び交い、ランスターの魔力弾を一つ一つ確実に落していく。




 「ああもう、なんてデタラメっ!」

 「けど、そうでなくっちゃ!!」




  思わず悪態を吐いているランスターとは対照的にスバルは更に加速する。

  流石、ローラーブーツなだけあって下手な奴よりはよっぽど速いな……

  だけどまだまだ―――!




 「こんどは―――こっちの番だ!」

 「ッ!」




  身を翻して一気にスバルの方へと突っ込む。

  反射神経の賜物か構えを取るのも速いが―――それでも俺の方が少し速い!!

  狙いは左肩―――振り下ろす!!




 「くうっ!」




  思ったよりスバルの反応が早く、右手のデバイスとシールドで攻撃が防がれる。

  が、それなら諸共に吹っ飛ばすのみ。そのまま力任せに振り抜いてスバルをランスターの方へと吹っ飛ばす。

  そのままもう一度二人へと突っ込み、それと同時にスバルも体勢を立て直して向かってくる。

  その数、2。




  ……って、まてい。




 「増えただとぉ!?」

 「おおおおおおおおおおッ!!」




  俺の困惑を余所にスバルは構わず突っ込んでくる。

  いくら目を凝らしても二人という事に変わりはなく……く、幻影か。

  タイミングが上手いな、どちらが本物か見分けがつかん。

  クラウソラスのセンサーも誤魔化している辺り、結構なものだろう。

  見ればランスターは不動、幻影の操作に集中しているのだろう。

  一見すれば隙だらけだが、その隙を埋めるための幻影だ。

  どちらが本物か判断できない以上は避けるしか手がない。

  両方の攻撃を受け切れればまた別なのだが、生憎と今の状態なら俺に得物は二つも無い。

  また俺の紙な防御ではとてもじゃないがこいつの攻撃を受けきる自信も無い。

  けど―――それは俺が一人ならの話だ。




 『shout buster』




  響く電子音。

  同時に桜色の閃光がランスター目掛けて放たれる。




  ―――とはいっても直接狙っている訳ではない。

  なのはが狙っているのはランスターの足元だ。あいつの対人攻撃恐怖症は治っちゃいない。

  だけどその程度なら許容範囲。

  体制が崩れるなり集中が途切れるなりすれば幻影は消える筈だ。




  次の瞬間にはランスターの足元になのはの砲撃が着弾する。

  炸裂する閃光、それはランスターの視界を奪って……










  そのランスターの姿がかき消えた。




 「えっ!?」

 「あれもか!」




  どこから仕掛けたのかは知らないがランスター自身も幻影!

  ならば本体は今―――!




 「クロスファイヤー―――!!」




  声が響く。

  遥か後方―――なのはの背後から必殺の意を持った声が。

  そして、俺の目の前にいる二人のスバルとは別に背後から向けられる気迫。

  振り向けばそこに三人目のスバルがいた。




 「リボルバー―――!!」




  スバルの右手に装着されているデバイスのスピナーが音を立てて回転する。

  循環する魔力。

  円を描き、螺旋が渦を巻き、加速する。

  間違いなく、こっちの3人目こそが実体―――!




  目の前の二人のスバルも、さっきのランスターも最初から幻影。

  どのタイミングからは知らないが本体のスバルがランスターを運びながらこの機会を待っていたのだろう。




 『シューートッ!!』




  二人の全力の一撃が放たれる。

  ワンチャンスに賭けた全力投球、二人の出せる最高の一撃。

  だけど―――




 「カートリッジロードッ!」




  距離的には反撃は間に合わない、致命的な位置だ。

  それでも俺は迷う事無く迎撃を選択する。

  今打てる最善の一手、それは―――




 「レイジングハートッ!」

 『Wide area protection』




  俺の目の前に大きな桜色の魔法陣が展開される。

  それは彼の鉄槌の騎士すら驚愕を露わにした程に強固な盾。

  なのはの持つ不落の城塞。

  単独戦闘が可能な砲撃魔導師、若干年齢9歳にしてAAAクラスの実力を持つ所以、その一つ。

  その難攻不落の盾を前に、二人の全力を傾けた一撃は悉く防がれる。




 「うぇっ!?」

 「ディバイーン―――!」




  それと同時に俺の攻撃準備も完了している。

  ニヤリと口が笑みを作るのを自覚する。

  剣に宿る極光が辺りを白く染め上げ―――




 「セイ、バーッ!!」




  そして光は放たれた。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「ふえ〜……」

 「め、メチャクチャな……」




  あー、うん。何だろう、ティアの言葉を否定できない……

  まさか全力の一撃を事無げに防がれた揚句に向こうの大出力攻撃をまともに喰らう事になるなんて。

  というか、実力差が大きすぎるんだけど。




 「いーやー、流石に目の前の三人が全部幻影とは思わんかったなあ……ちっと肝が冷えた」

 「あと少し反応が遅れていたらまともに喰らっていたよねー」




  私たちとは違って二人は元気に立って談笑なんかしてる。

  うう、結構良い線いったと思ったんだけどなー。

  流石はミッドに真かどうかは分からないけど様々な噂が流れている人たち。

  あんまりにもあっさり終わりすぎて何が何やら。




 「すいません、これを繰り返すんですか……?」

 「ん? そのつもりだったけど」




  あ、ティアが沈んだ。

  まあ、確かに、こんなの続けても何かを掴める気がしないっていうか……

  実力差が無駄に大きいと本当に一方的だよね。




 「あんたらそんな調子じゃあ何も進展ないに決まってんでしょー」

 「おう?」




  と、アリサさんから合いの手が入った。

  顔には見るからに呆れが浮かんでいて……

  ああ、やっぱり傍から見ても呆れが浮かぶほどに圧倒的だったのかなあ。




 「えー、駄目か?」

 「駄目どうのこうの以前に効率悪いんじゃないの? もっとあんたらがいつもやってるようなトレーニングで良いじゃないの」

 「むー」




  首を捻る陣耶さん。

  まあ私としても実践演習はもう少しまともに相手ができるようになってからの方が有難いかなーなんて。

  今の私たちじゃ相手にならないよ……




 「あと、早速だけどもうお昼ね」

 「早っ!?」

 「うそぉ!?」




  さ、流石に早すぎない!?

  確か地球の時間の進みってミッドと変わらないよね……っは、まさかこの世界独自の時間ワープとか!




 「―――何か妙に目をキラキラさせているけど、期待すると落ち込むわよ?」

 「は、半分観光で来ている子たちにそれもどーかと思うんだけどなー」

 「まあそろそろここを出ないとお昼時に間に合わないって話よ。別に時間移動とかしたわけじゃないから安心しなさい」




  むう、そーなんだ。

  私とティアはこっちは初めてだし、色々お世話になるなあ。

  何といっても私の一番の楽しみってご飯だし。

  ミッドでは食べられないような物が食べられると良いなー




 「じゃあ何か食べたい物の希望がある人ー」

 「おいしい物! できればアイスもー!」

 「スバル、あんたねえ……」




















                    ◇ ◇ ◇




















 「わー、車があるんだー」

 「……お前が地球にどんなセルフイメージを抱いていたのかちょっと問い詰めたくなるよーな発言だな」

 「えっ? や、やだなー、他の世界に行くなんて初めてなので色々物珍しいんですよ」




  じゃあなんで声が上擦ってるんでしょうかねスバルさんや。

  じーっと見ると露骨に目を逸らされた。ヤロウ、やっぱ何か失礼な事考えてたな。

  自分が住んでいる世界とは別の異世界が珍しいというのも分かるが、ちょーっとそれに対するイメージが、アレなのだ。

  そのアレなイメージを持っていた前例を知っているだけに余計に失礼なイメージ持っちゃいないだろうかと不安になる。




 『地球って良いですよねえ……娯楽の文化が凄く発達していて。いっそあちらに移住しちゃいましょうか』

 『マテ、いきなり何突拍子の無い事を言い出す』

 『ほら見てください! わざわざ向こうのゲームをするためにこちらのマシンの規格やOSを弄ったんです!!』

 『無駄な事に時間裂いてないで仕事しろよ廃人騎士っ!?』

 『しかしそれだけの甲斐はありました……どの作品も素晴らしいです。もはやあの世界はメッカですよ、メッカ』

 『……ダメだ、聞いちゃいねえ』




  ……いやまあ、なんだ。

  アレは流石に例外な気もするんだけどね?

  でもやっぱちょっぴり不安です。




 「あ、着いたよ。今日はここでお昼にしようか」

 「りょーかーい。スバルとティアナもそれで良い?」




  目の前にあるのは小さなレストラン。

  海鳴の臨海公園の中でも人通りの少ない場所にちょこんと建っていて客入りが悪いのだが―――味の方はかなりのもの。

  お値段もお手頃で、所謂知る人ぞ知る名店というやつである。

  ちなみに、今回はランスターの意見を取り入れてパスタのお店だ。イッツイタリアン。

  目の前にあるちょっと古風な木製のドアを開けると、付けてあったベルが客の来店を知らせるためにカランカランと鳴り響いた。

  その音に誘われて従業員らしい青年がやってくる。




 「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

 「6人なんですけど、全員で座れる席はありますか?」

 「はい、ちょうど空いております。こちらへどうぞ」




  店員は丁重な接客で俺達を席へ案内してくれる。

  幸運にも窓際のテーブルに案内してくれた。

  臨海公園に近い場所にあるこのレストランは窓から海を一望する事ができる。

  料理も美味いので知っている人は常連さんが多いらしい。

  かくいう俺達も時々ここに食べに来る。

  フェイトやはやてとも来た事があるのだが……あいつら、今頃は何をやってんだろうね。




 「……」

 「ん? どうしたランスター、メニューと睨めっこなんかして」

 「いえ、あの……」




  気まずそうに視線を逸らされた。

  試しにメニューを覗きこんでみるが特に変わった所は無い、変な所も無い。

  何だ? もしかしてパスタはパスタでももっと別の物だったとか……?

  と、そこでスバルが勢いよく手を上げた。




 「すみません、字が読めないですっ」

 「……あー」




  ―――すっかり忘れてたわ、うん。

  ミッド人だから日本語なんて知ってる訳がねーんだよな。

  その割には口で話している言語は日本語そのまんまだったりするんだけど……言語って不思議だ。




 「あー、絵で大体分かると思うがこれがカルボナーラでな……」




  早速、周囲の人間の手伝いによるメニュー選びが始まった。

























 「ふー、美味かった」




  昼食を食べ終えた俺たちは店を出る。

  ……店員の顔がちょっと引きつっていたけど、気にしない。




 「本当に美味しかったです。ついついお箸が進んじゃって―――」

 「にゃ、にゃははは……」




  スバルといえばかなりの満足顔をしている。

  そりゃそうだろう。ナポリタンを食べて感動したからといってそれからメニューを片っ端から頼んでいって……

  気づけばメニューの半分ほどを制覇していやがった。

  流石にこれ以上は俺達の身が(金銭的な意味で)もたないのでドクターストップならぬオーダーストップが掛ったが。

  それでも目の前には明らかに人間の胃の蓄積量を超えるほどに積まれた皿の数々……会計時の額は店長がまけてくれた。

  すんません、店長……




 「うーん、これでデザートにアイスがあれば言う事なしだよねー」

 「って、あれだけ食べておいてまだ喰う気なのアンタ」




  ―――スバルもスバルでさらっと恐ろしい発言をしてやがる。

  なんて奴だ……こいつの胃袋はバケモノか。

  パスタを軽く10人前はぺろりと腹の中に収めているくせにまだ喰い足りないとは……

  こいつをどこぞのギャルに宛がうとどうなるんだか。

  奇妙な化学反応を起こしてレストラン街辺りが滅びそうだ。




 「で、次はどーすんのよ」

 「んー、少し早いけど浸かりにに行くか?」




  浸かりに行く、とはもちろん風呂にだ。

  喰ったばかりで風呂に入るのは健康上少し問題があるかもしれないが、それなりに距離はあるのでその間に消化すれば良いだろ。

  うん、夏の日差しの中を歩くんだし一っ風呂浴びてさっぱりするのは良い考えだと思う。

  スバルとランスターにも風呂に入る旨は伝えてあるので着替えは持って来させてある。

  よって、今から風呂に浸かりに行く事に問題は無い。




 「うし、そうしよう決定すぐ行こう」




  考えたらますます風呂に入りたくなった。

  でかい風呂で足を限界まで伸ばして浸かれるっていうのはそれだけで幸せになれる。

  ……うちの風呂、小さいんだよな。

  俺の両親が生きていた頃にそういう選択をしたのか、はたまた家賃をケチったのかどうかは知らないが風呂が小さい。




  けど―――風呂入っても俺一人なんだよね。

  くそう、武本と松田を誘いたいところだがそうするとまた変な噂が立ちそうだし……

  ただでさえ合っているようで合っていない様な噂が立ってんだからこれ以上は勘弁してもらいたい。

  恭也さんは―――今から呼ぶんじゃちょっと遅いか。

  仕方がないがまた一人で風呂を満喫するとしよう。




 「えらくノリが良いわね……着替え覗いたりしないでしょうね?」

 「何だ、覗いて欲しいのか?」

 「アンタだって男の子だしねー、溜まってるモノにはオカズとかが必要とか良く聞くんだけど」

 「俺はそこまで飢えちゃいねー。ま、健全な一男子としては興味が無いと言えば100%嘘になりますが」




  挑発的な言葉の応酬。

  俺とアリサは嫌な感じの笑み浮かべながら他からすればとんでもない事を話している。

  俺とアリサのこういったやり取りを初めて見るスバルとランスターは少々戸惑い気味だ。




 「え、えーと……あのお二人は、そういった関係で?」

 「にゃはは……まあ、そう思うのも仕方ないよねー」

 「二人とも、何があったのかは知らないけど私たちと話している時とは空気が全然違うんだよね……」




  そこ、苦笑いしてんじゃない。

  言いたい事ならもっとはっきりと言えはっきりと。

  しかしそんな外野の事などいざ知らず、俺とアリサの会話は段々とヒートアップしていく。




 「へー、流石に女性と同居しているだけにそういうのには困らないのかしら」

 「阿保か、あんな奴にどーやってそういう気分になれと。それともお前が提供してくれると?」

 「あら良いわね。その場合はこの先一生こき使ってやるけど」




  何やら色々と人生において危機的なワードが飛び交っているがそれすら許容範囲内。

  もはや日常的な領域にまで染みついているので会話が二人だけになるとどーしてもこうなってしまう。

  それすら慣れている時点でもはや取り返しはつきそうにないのだが。




  さて、そろそろ目的地に向かうとしますか。




 「じゃ、スーパー銭湯に行きますか」

 『おー』




















                    ◇ ◇ ◇




















 「はーーー、きーもちいー……」

 「極楽よねーー……」




  銭湯の大きなお風呂に浸かって、みんなして間の伸びたような口調で話している。

  熱いお風呂は歩き疲れて硬くなった筋肉をほどよく解してくれる。

  力を抜いていると気持ち良さのあまりに口元がついついにやけちゃって……

  にゃははー……




 「うわ、なのはさん凄い幸せそう」

 「……なんて言うか、この顔を見ているとこっちまで脱力しそう」

 「だってー、きーもちいーんだもーん」




  ダメだこりゃ、なんて顔をアリサちゃんとティアナにされる。

  すずかちゃんとスバルは私と一緒に幸せそうな顔をして……にゃー、はわー。

  本当、今の私は幸せですー。




  それにしても―――




 「スバルもティアナも、来たばっかりの時に比べると自然に反応してくれるようになったよねー」

 「そ、そうですか?」

 「うーん、自覚は無いですけどねー」




  自覚が無いのが一番良いんだけどねー。

  それってやっぱり意識せずに私たちと接してくれてるって事だし。

  やっぱり友達とは自然体で付き合いたいしね。




 「うーん……地球も良い所ですねー。美味しいお店があって、景色も綺麗で、温泉もあって」

 「全部が全部こうって訳じゃないけどね。地球って見た目ほど綺麗じゃないわよ」

 「あれ、そうなんですか」

 「そ、ミッドじゃ環境問題とか聞かない?」




  ア、 アリサちゃんはいつも一刀両断だなあ……

  予告無しで一気に斬りかかってきちゃうから勢いに呑まれるんだよね。

  だから会話する時は大抵はアリサちゃんがペースを掴んじゃう。

  たまに陣耶くんが反撃に出たりするけど結果は今のところ惨敗。

  アリサちゃんと同等の話術を持っているのははやてちゃんかシャマルさんかなあ。あとトレイターさんとか。

  あ、リンディさんも侮れないかも。あと意外とお母さんも……

  うーん、お話って奥が深いね。

  私もあんな風に話せたら気持ちをちゃんと伝えられるのかな?

  私も昔は色々とはっちゃけていたけどねー。




  とにかく前だけを見て全速前進。

  持ち前の猪突猛進を遺憾無く発揮して全力全開なお話―――

  後になって全力全壊とか言われたし……あうう、ある意味では古傷です。




  そ、その頃に比べれば随分と大人しくなったよね、うん!

  それに一応出るところは出てきたし、女の子らしくはなってる筈……!




  ―――その割には陣耶くんの反応が薄いのがちょっとつまらない。




  いや、慌てふためく姿を見てわははーと笑いたい訳じゃないんだけど。

  だけどああも淡白な反応だとちょっと自信を失くすというか―――

  まあそれを言えば私も同じかもしれないけど。




 「にしても、あいつも災難よねー。この面子じゃどうやっても男湯に一人で入る事になるんだし」

 「あ、あはは……仕方ないとはいえ流石にちょっと……」




  このメンバーの中じゃ唯一の男子だしねー。

  流石に少し寂しい思いしてるかなーとか思うんだけど……

  案外、一人でのびのびしているのが脳裏に浮かぶのはなんでだろう。




 「あら、そこの壁から目が―――」

 「にゃっ!?」

 「ホントにあるの!?」




  慌てて胸とかを腕で隠してアリサちゃんの指差した方から遠ざかるけど、すずかちゃんとティアは涼しい顔。

  対して、慌てて動いたのは私とスバルだけ。

  当のアリサちゃんはしたり顔で―――




 「あ、アリサちゃーん!?」

 「あっははは、ごめんごめーん!」




  もー!

  うう、まんまと騙されたのが恥ずかしい……

  陣耶くんに影響されたのかアリサちゃんの性格も悪くなってるような気がするよう。




 「あんたも何見え見えの嘘に引っ掛かってんのよ」

 「だ、だってー、ティアー」

 「ったく、そんな所に覗き穴なんてある訳ないでしょ」




  とか言いながらティアナがお湯をバシャッと壁に向けて掛ける。

  緑色のタイルはお湯を弾いて、滴るお湯が光を反射している。

  湯気が満ちる浴場の中で、もう一度お湯に浸r「うわっちゃーーー!!?」―――ってハイ!?




  急に聞こえた声にみんなしてその方向に顔が向く。

  みんな揃って向けたのは男湯―――つまりはさっきの壁の場所。

  壁の向こうから明らかに男子の声が聞こえてくる。




 「熱っ、あっつ!? 目が、目がーーーッ!!」

 「黙れ竹本! せっかく良い場面がばれるだろうが!?」

 「それ以前にお前ら阿保な事してんじゃねー! 巻き添え喰うのはこっちだろうがーッ!?」




  ……えーと。

  何か、どこかで聞いた事のあるようなー……?




 「ま、向こうも寂しくないようで何よりね」

 「何でそんなに冷静なんですかっ!?」




















                    ◇ ◇ ◇




















  暁に染まる夕焼け時、俺たち6人は少し広めの歩道を歩いている。

  風呂上がりなのでみんな少し顔が赤い。




 「あーくそ、馬鹿な目に遭った……」

 「楽しそうだったから良いじゃない。で、覗いたの?」

 「覗くかっ!?」




  あーもう、まさか銭湯の中で松田と竹本に遭遇する事になるとは……

  無駄な探索能力を発揮して穴を見つけたと思ったら早速覗き始めやがった。

  オチが読めていたので俺は手を出さなかったんだが……とうとう騒ぎ出して俺が纏めて蹴り倒した。

  蹴り倒すまでに今度は無駄な戦闘力を発揮されて関節を極められかけたり右腕一本で風呂の端までぶん投げられたり。

  何て言うか―――欲望が絡むと強いよな、あいつら。




 「で、件の竹本くんと松田くんは?」

 「竹本は捕まって穴の補修、松田は逃走スキルを発揮してエスケープした」

 「何なのかしら、あいつのあの危機回避スキルは」




  松田には身に染みついてる感がするしなあ……

  逆に竹本には不幸臭、つーか報われない感がビンビンする。

  今頃は銭湯の親父さんにガミガミ言われて泣きながら穴の補修をしているに違いない。




 「楽しそうですねー」

 「ただ騒がしいだけだっつの」




  さて、風呂にも入ったしそろそろ合流時かな。

  トレイターも翠屋のバイトを切り上げている筈だし―――

  恭也さんの方も良い感じに切り上げてくれると良いんだが。




 「じゃ、そろそろ月村家に戻りますかね」
























  ―――瞬間、世界は反転した。




 「―――っ!?」




  いきなり周囲一帯を包んだ異常な空気に息を呑む。

  暗く淀む空、普段とは違う現実とはどこかで切り離された感覚。

  周囲に満ちるコレは―――!




 「結界だと!?」

 『古代ベルカの閉鎖結界―――海鳴市街一帯に展開を確認』




  レイジングハートから無機質な音声が響く。

  どうしようもなく冷静に状況を伝えるその音声は、どこまでも残酷な現実を認識させてくる。




  突如展開された結界。

  街に満ちる魔力の渦。










  それは、日常の終わりを告げる鐘。

  それは、非日常の幕開けを告げる神託。










 「何だってんだよ、一体―――!!」

























  ―――彼の物語は未だ終わらず。

  夜が明ければ朝が昇り、朝が終われば夜が来る。

  暗き夜は胎動し―――




  今一度、その闇が牙を剥く。





















  Next「レムナント」





















  後書き

  どうも、ツルギです。間違って前回の次回予告のタイトルミスってた……orz

  今回は平和に海鳴でほのぼの……とか思いきや、一気にシリアスに突き落としました。

  飛んだネタが舞い飛んできたものですからもー勢いでやっちゃいましたよ。

  さて、今回も分かる人には分かるであろう展開。

  その中でも楽しめる様な物に出来ればなと思います。

  では拍手返しを―――



  >このシリーズはアニメでは公開されそうにない部分なので、大変面白かったです。


  そう言ってもらえると書いた甲斐がありましたw

  空白の10年間って断片が描かれるだけで全然出てきませんし。

  色々とやりたい放題にやらせてもらっています。ほどほどに……たぶん。



  ではまた次回―――






作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。