なのはが眼の前で空間パネルをピコピコしている。
指の先には文字の並ぶパネルがあり、それに触れる度に別の画面に文字が次々と打たれていく。
暫くの間ピコピコと単調な動作を繰り返し数分、作業を終えたなのはがこれで最後と別のパネルをタッチする。
「ん、メール送信完了」
メール―――文字を綴って文章を作り、それを相手へと送る意思疎通の手法。
今はアナログメールとか言われる一般的な手紙、もっと昔で言うなら文から始まったこれは今では世界すら超えて人と人を繋げている。
昔よりも秘守性が上がったとか言われるがその手のハッカーくらいごまんと溢れているであろう今日この頃。
情報のやりとりが果たして昔より安全なのかどうかは疑問を挟むところである。
「あ、メール返ってきた」
「早……」
こっちからメールを出してまだ2分ほどだと思うのだが、この早さは何だろう。
こっちもむこうも今どきの女子は携帯などで高速の指捌きを以ってメールを打つというのは変わらぬのか。
なのはが嬉々としてメールを展開。
俺も横から覗かせてもらう。
『なら次の日曜日はどうですか。私とティアもその日は自主トレを予定していましたから、そちらはどうですか?
私たちもそちらの予定に合わせるようにしますので』
思いのほか短かった。
というか自主トレなんて単語がある時点で今どきの女子のやるようなメールとはかけ離れている気もする。
まあ先程のメールのやり取りからして今どきの女子の話題なんかまったく関係が無いのだが。
メールの目的は日程合わせだ。
学生の俺たちと局員であるスバル達とではスケジュールは前々から打ち合わせておかないと合致しない。
さっきから小話を交えて日時、場所、予定の打ち合わせなどが行われているのだ。
文面を読み終えたなのはは数回頭を傾げた後に再びパネルに文字を打ち込んでいく。
気分的には昔やっていたと聞いたフェイトとのビデオメールに近いのだろうか。
やり取りの速度が全然違うからキリが無い辺りが大きな違いだが。
などと思いながらも俺も携帯を片手にアリサ及びすずかとメール中。
内容はなのはと似たり寄ったりと実に色気が無い。
「日曜は10時くらいからすずかん家の森を間借りするので、と」
ボタンを地味にポチポチして用件を纏める。
出来上がった文章を送信、と。
最後にボタンをポチっと押すとほどなくして送信完了の画面が表示された。
きちっと届いたなら、数分待てば返事が来るだろう。
「そっちはどーお?」
「うん、日曜日にって事に落ち付いたよ。お昼も一緒にって」
「ういうい」
てことは夕方辺りまではこっちにいるって事か?
そうなりゃ昼飯の手配もしなけりゃねえ……予定がてんこ盛りだわ。
土曜の間に宿題終わるかねえ。
〜A’s to StrikerS〜
Act.31「そんな理由」
そんで、例の日曜日がやってきた。
一通りの荷物確認―――
財布持った鍵持った、水筒にタオルに携帯に……こんなもんか。
荷物を適当なハンドバッグに纏める。
昼食は外で済ませる予定なので資金は少しだけ多めに持った。
時計を見れば時刻は既に午前9時。
待ち人が来るのは一時間後……その頃にはきちっと行っておかねばアリサにお小言をくらう。
そろそろ家を出ないとな。
玄関に行って靴を履く。
履き慣れた運動靴はもう結構ガタが来ている。
そろそろ買い替え時かもしれん。
「さて、私は途中から補充要員を連れて合流する事になるが……粗相を働くなよ?」
後ろからトレイターに声を掛けられる。
白いYシャツに青のジーンズ、そこに黄色のエプロンなんてシュールな格好をしている。
これも、見慣れた日常の風景だ。
いつもの様に軽口を叩く。
「誰が。むしろ粗相されて失礼なのはこっちだろ、年上を敬えと」
「ならばお前は私を敬わなければな」
「んー、中身は年齢(ピー)歳のオバハンと?」
「女性に対して年齢の事に触れるのはタブーだぞ。死んでみるか?」
うわ、こええ。
こういう時は撤退が一番と長年の経験から判断。
そそくさと靴を履いてドアノブに手を掛ける。
「んじゃ行ってくるわ。お前も来るのは無理せずゆっくりでいいから」
「ああ、わざわざお前の両手に花束を邪魔する気はないさ」
しゃらっぷ。
◇ ◇ ◇
「で、来たのは良いんだけど……私たちって眺めている以外する事無さそうな気がするんだけど?」
「まあまあ。休憩の時にマネージャーみたいな事ならできるよ、うん」
でもやっぱりそれ以外する事無いわねー。
ふう、と一つ溜息。
私の家は他のみんなと比べてすずかの家に近いので一足先に到着した。
現在の時刻は午前9時30分。
あと30分もすれば……
「ここは超人が争う魔境の地と化すのねー」
「超人って……それはあんまりじゃないのかなーアリサちゃん」
いいのいいの、あんなでたらめ戦闘能力をポンポン振るうなんて私には無理だし。
私の様な一般人は逃げ惑うしかないわけで。
見物するなら至近距離だろうし……流れ弾とか来るかもしれないわね、予め言っとこう。
まあそんなドジはしないだろうとは思っているけど。
だけど―――
懸念事項はそれだけじゃないから困るのよね……
軽く森を見渡す。
今でこそ作動していないものの、ここは月村家のセキュリティー群の真っ只中だ。
9歳の頃に一度だけそれがどれほどの脅威なのかを眼にした事があるけど……
すずか曰く、日に日にセキュリティー強度が増しているとかいないとか。
あの後、中学生になりたての陣耶もまた引っかかったらしくその時の感想が下手な軍事施設よりよっぽど脅威だとの事。
一般? 市民が下手な軍事施設より強烈なセキュリティーを持つって……世も末ねー。
かくいう私も忍さんのオーバーテクノロジーの産物を少々セキュリティに使っていたりはするのだが。
世の中って摩訶不思議よねー。
「さて、と……とりあえず二人とも来たみたいね」
「へ?」
視線をふい、と横に向ける。
そこには遠目ながらもこちらに向かって手を振っている人影が二つ―――
間違いなく今回の主役である内の二人だ。
暫くその場で待っていると、ほどなくしてあの二人―――陣耶となのはもこちらに来た。
まともに話ができる距離にようやくなったので声を掛ける。
「おはよう、二人とも」
「おはよー、アリサちゃんすずかちゃん」
「二人ともはえーのな……俺なんて15分ほど前にいれば十分だとか考えてたのに」
女性は時間に厳しいのよ。
さて、あるかどうかは知らないけど……早い事出迎える準備に取り掛かりましょうか。
◇ ◇ ◇
「ほえー、すごーい」
「話には聞いてたけど……ほんと、これは凄いわね。ほんとに個人資産?」
件の二人―――スバルとティアナが到着して最初の言葉がコレ。
二人ともすずかの庭、というか森の広さに目を白黒させている。
まあ木々が邪魔して森の果てが全く見えないもんだから広さの想像はつかんだろうが……どんだけあんだろ、実際。
まあいいか、とりあえず挨拶だ挨拶。
「よ、久々ってほどでもないが……」
「あ、こんにちはみなさん! 今日はお世話になります」
「よ、宜しくお願いします」
こっちを見ると勢い良く挨拶するスバル、おずおずといった感じのランスター。
うん、こうして見ているだけでも二人の違いは如実に見て取れるな。
二人ともデバイスも持っているせいか荷物はリュックに詰め込んであるらしい。
一応自主特訓名義でこっちに来た二人だが……こっちの観光も目当てに入っている事は入っているのだろう。
昼辺りになれば外に出て外食、そのままちょっとばかし海鳴を周る予定になってたな。
時間的にはあと2時間ほど……まあ、一訓練するには丁度良い時間か。
「そんじゃ昼まで時間もあんま無いし……早速やるか?」
『はい!』
おー、やる気満々。若いって良いね。
こっちもその熱意に負けないようにしないとな……
じゃあこっち、と訓練予定地に向けて歩き出す。
流石に転送ポートの近くでは万が一があると非常に困るのでやってられない。
少しの間は徒歩だ。
「でねでね、この前そのお店で食べたアイスなんだけど……」
「ホントですか!? 私、アイス大好きですっ!!」
早速会話に花咲かせてやがるし……
アリサもすずかも、なのはやスバルと一緒に会話に花を咲かせている。
が―――
「どーした、混じらんのか?」
「いえ、なんというか……」
少し言いにくそうに言葉を濁すランスター。
まだ馴染めんのだろう。まあ仕方のない事だと言えば仕方ない。
つい先日までお互いを知らぬ他人だったのだし……とはいえ、向こうは少々くらいの事なら知ってたみたいだが。
そのせいか要らぬ先入観が働いて気負いしているのかもしれんなあ。
課題その一、いらんお節介を焼いてやる、かな。
普段ならこういうのはなのはの役目なんだがなあ……
が、今日一日これだと流石にこっちも気兼ねしてしまう。
これも俺らに関わった運の尽きだと思って諦めてもらうか。
「さてランスター、昼の予定のためにお前の好きな料理なんか聞かせてくんね?」
「好きな料理、ですか?」
なんともまあ定番な女生徒お近づきになる方法。
他にも趣味は何かとか色々あるが、これから先の予定にも入ってるしこれが一番自然なようにも思える。
それなら戦闘もそうなのだが、それは余りにも殺伐としている。
どーせ会話するなら少しでも楽しかったり和めたりする方が良いのだ。
「そう、ですね……パスタとか好きです」
「ほーほー、イタリアンか。分かりやすくて実に助かる」
「はあ……イタリアン、ですか」
あ、こっちの言葉なんてあまり分からんか。
イタリアンなんて呼び方もその国からきた料理だからイタリアンなんだし。
うーん、ここら辺はやっぱ世界の違いを感じる一瞬だ。
これを機にちょっとこっちの知識を吹き込むのも面白そうだ。
「うむ、こっちではパスタ料理はイタリアっていう国から伝わって来てだな」
「ああ、だからその国の料理という事でイタリアン、と」
「そそ。お前優等生なのね」
こいつ、実に察するのが上手いな。
分かりやすいとはいえスパッと言い当てよったぞ。
むう、油断ならん。
「他にも、この日本という国には変身ヒーローがいたり霊媒師がいたり……日本のどこかで今日も怪人と戦ってらっしゃるのだ」
「は、はあ……」
「こら陣耶くーん、変に間違った知識植え付けないのー」
ち、変なところで目敏い奴め。
いーじゃんいーじゃん、ちょっと遊び心湧いたっていーじゃん。一部微妙に真実だし。
しかし当のランスターにはあんまり受けが宜しくなかった模様。
むう、最初からはハードルが高すぎたか。
「あの……」
「ん?」
珍しくランスターから口を開いた。
顔を向けると何と言って良いか考えているような顔をしたランスターがいた。
そうして少し逡巡した後、こっちを見て―――何だ?
「みなさん……仲、宜しいんですね」
「ん? まあ友達だしな」
「いや、そういう意味でなくてですね……」
何だろう、ランスターの言いたい事はいまいち要領を得ない。
また何かを考える様な顔をして黙りこむ。
ふむ……
「遠慮せずに言ったらどうだ?」
「え?」
「聞きたい事はきっちり聞いておかないと後々で後悔するぞって話」
ランスターも俺の言いたい事は分かってくれたのか、少し唸るともう一度顔を向けてきた。
おっかなびっくりといった風に、おずおずと口を開く。
「あの、負い目とかは感じないんですか?」
「ほ?」
いきなりな質問に呆気にとられた。
いや負い目て、何に……?
考えても分からんのでとりあえず黙って続きを聞く事にする。
「あの、なのはさんは……高ランクの魔導師、なんですよね」
「ふむ―――そーだな」
俺となのはは一時期とはいえ管理局にそれなりに関わっていた。
その時に魔導師ランク試験もいくつか受けたのだが……
俺は空戦AAA+だった。
なのはも空戦AAA+なのだが……たぶん、あいつはもっと上に行く。
あいつが管理局を辞める時、そのすぐ後にSランク試験が本来あった筈だ。
受ける直前で辞めてしまったのでどうとも言えないが―――なのはが万全だったならおそらく受かっていただろう。
フェイトやはやてだって既にそれぞれ空戦S+、総合SSなんて法外なランクを取ってやがるのだ。
なのははフェイトと互角に渡り合うと言うし、技量的スペックもさほど差は無いと聞く。
ならば、なのはにも潜在的には空戦S+級の力がある事になる。
かといって俺もそれぐらいの力があるかと言えばそうでもない。
純粋な勝負ならともかく、こと魔力ランクじゃまず確実に俺はAAA+止まりだろうと分かってる。
トレイター曰く、素質としては十分なのだが生まれつきの差が大きいと。
つまりあいつらは超一流スペックを持って生れてきたのに対して、俺は良くて一流のスペックを持って生れてきたと。
まあそれでも十分すぎるのだが……
話が大分逸れた。
で、それとこれがどう関係あるのだろうか。
「自分より力が強くて、才能に恵まれた人に対して……引け目を感じる事は無いんですか?」
「……あ、あーはいはい。そゆこと」
ランスターの言いたい事がようやく分かった。
ついでにこいつがどーいった奴なのかもほんの少し理解した気がする。
言った瞬間に何言ってんだ自分みたいな顔してるし。
こいつが負い目を感じられる立場なのか感じる立場なのかはさておき……
「まあ、そういうのはあんまねーわな」
「―――理由、聞いても良いですか?」
理由、ね……
ぶっちゃけ一言で終わらせられるんだが、それはまたこいつが聞きたい事とは違うと思う。
となると―――まあ、俺としてはこれが妥当か。
「俺の場合さ、逃げたくないんだよね」
「逃げ、る?」
流石にこの言葉だけで理解しろって言うのは無理がある。
ランスターも何やら困惑顔だし。
もうちょっと具体的に噛み砕いて説明するとだな……
「あいつより弱いから、あいつの方が上だから、あいつには勝てないから……だからって諦めるのが嫌いなんだ」
俺は今まで格上ばっかと戦ってきた。
ヴィータ、クロノ、フェイト、リーゼたち、リインフォース、闇の書の闇、シグナム、スライサー、なのは、無色、ケーニッヒ。
こいつらとの戦いで俺は手酷くやられるか良くて引き分けだった。
なのはだけには勝ったのだが、それは相手が精神的なハンデを背負っていたからだ。
更に付け加えれば、俺はタイマン勝負でまともに勝ちを取った事など無い。
勝った事があるのは決まって集団戦。
個人戦のスコアなどとてもではないが直視できない。
だけど、例え俺の力が届かない相手だとしても―――
だからこそ、俺は退かなかった。
「そんな当たり前の事を理由にして何もしないっていうのは―――逃げるのだけは、嫌だったんだ」
逃げれば、認めてしまう気がしたから。
大きな力には逆らいようが無いなんて事を甘受してしまいそうだったから。
世界にはどうしようもない事があって、それに逆らう事は出来ないのだと。
けど、だからってあるがままを受け入れろっていうのか?
理不尽も何もかも全てを無視して、ただ逃げ続けろと?
ふざけるな……
俺は、そんなモノを認めたくない。
無理だと誰かが囁くなら、それでもと手を伸ばす。
世の中は、こんな筈じゃなかった事ばっかりだ。
死に意味など無い。
死に理由など無い。
それはただ必然としてやって来る死神だ。
いなくなれば無くなるのだ。
その命も、意思も、想いも、全てがゼロになる。
だから死に意味など無い。
そして必然としてやって来る以上、死に理由など無いのだ。
だけど、そこに意味を求めてはいけないのだろうか……
そうでなければ余りにも救われない。
無論それは死者ではなく、残された者が。
だから俺は手を伸ばす。
それでも、と。
相手が何であろうと俺のする事は変わらない。
俺は認めないために、手を伸ばす。逆らい続ける。
「そう、相手が自分より強いからってやる事は変わらない。俺は俺のやりたい事をやり続けるだけだしな」
「自分のやりたい事……」
まあ、だからなのだろう。
俺は俺のやりたい事をやるだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
だから強弱とか、そんなのは俺には関係ない。
「俺にとっちゃ同じなんだよ。力が強いとか弱いとか、そんなのは判断基準にならねーの」
「はあ……」
「まあ要するに気にしない性質なのよね。なので大して参考にならんと思うよ」
友達だからって理由もあるのだがまあそれはそれ。
ランスターは今の話を聞いて何やら小難しい顔をしてるし……逆効果だったかな?
まあいいや。まだあと少し距離もあるしその間にもう少しだけ話をしとこう。
「ま、気難しく考えんなよ? 根を詰めて一人で悩んだって良い結果なんて出ないし」
「―――はい」
◇ ◇ ◇
にゃ、あっちは何やら難しいお話してるね。
やっぱり誰も彼も悩みってあるんだよねー、私もその例に漏れないし。
隣りで明るく振舞っているスバルも……やっぱり、悩み事の一つや二つはあるんだろうな。
「本人たち聞こえてないって思ってるけど―――実際ダダ漏れよね」
「あ、あははは……私たち、揃って妙に聴力とか良いしね」
そう、そうなの。
盗み聞きする気はなかったけど聞こえてきてしまうんだよね……二人も内緒話にしては普通に会話してたし。
それはスバルにも言えるみたいで、ティアナの方を見て何だか複雑な表情を向けているし。
うーん、やっぱり思い当たる事とかあるのかな。
「私の場合分からなくもないんだけどね、あの子の気持ち」
「アリサちゃん?」
意外な所から声が上がった。
けど、考えてみれば確かにアリサちゃんって今のティアナの話と似通っている箇所がある。
「まあ私の場合は小さい頃からの付き合いがあるからさして気にはならなかったりするけどね」
「……幼馴染、ですね」
「ええ」
「いいなあ、そういうのって」
本当、良い友達を持ったなあって思うよ。
私たちの事を本気で思ってくれていて、時にアドバイスをくれたり時に叱ってくれたり……
時々素直じゃなかったりするけど、それでも私たちの事を大切に思ってくれているって事は凄く伝わって来て。
それは勿論私も同じ。
すずかちゃんや陣耶くん、今は遠く離れているフェイトちゃんやはやてちゃんだって。
幼い頃から繋いできたこの絆―――ずっとずっと、大切に抱え込んでいる。
「幼馴染といえば……なのはさん達はあのフェイト・T・ハラオウン執務官や八神はやて捜査官とも幼い頃からの付き合いだとか」
「そうだよ。フェイトちゃんにはやてちゃん……二人とも、私たちの大切な友達」
「……世間って、意外と狭いんですねえ」
にゃ、にゃはは……何か思うところでもあるのかな?
スバルが妙に悟った様な顔をしてる……
けど私も同じような事を思った事はあるんだよね。
陣耶くんへの生活資金の仕送り人がはやてちゃんと同じでグレアムさんだったり、そのグレアムさんが局員で地球出身だったり。
そういえばグレアムさん、そんな大金一体どこにあるんだろう……
「……なのはさん、一つ良いですか?」
「うん? 何かな」
スバルの方を向けば、私を見るその眼は真剣だった。
その真剣さに私も自然と背筋が伸びる。
スバルの眼に見て取れるのは……純粋な疑問と少しの興味。
―――何だろう?
「なのはさんは、どうして管理局を辞めたのか……聞いてみても良いでしょうか?」
「……どうして辞めたか、か」
うーん、中々に予想外の質問。
やっぱり辞めちゃった元エースって事で興味があるのかな?
それは流石に自惚れかなあ……
けどそういう事をいきなり聞いてくるって、スバルってやっぱり自分には正直なんだね。
まあそれはそれとして、辞めた理由かあ。
私は暫く考えるように目を瞑って上を向く。
瞼の外には、きっとどこまでも続く青い空が広がっていて―――
「えと、やっぱり拙かったでしょうか……?」
スバルとしても触れてはいけない類の話かもしれないという考えはあったのか少々弱腰。
なんだか、ちょっと可笑しく感じて思わず笑ってしまう。
「ちょ、な、何でそこで笑うんですかー」
「にゃはは、ゴメンゴメン」
スバルの非難を笑って誤魔化す。
―――まあ人に聞かせたくないっていう理由でもないし、良いかな?
「簡単に言うとね……怖くなっちゃったんだ」
「怖く、ですか?」
そう、と肯定を示す。
怖くなった……そう、私は怖くなったんだ。
戦場が、戦いが、死が、力が―――
「知り合いがね、魔法で人を大怪我させちゃった事があるんだ」
あれはもう4年くらいは前になるのかな……
フィアッセさんがこっちにコンサートに来た時、たまたまお兄ちゃんたちと合流していた陣耶くんが一緒に警護に当たったんだ。
「人を傷つける事なく振るえる力―――傷つけないための非殺傷。だけど……」
その時に陣耶くんは―――人を斬った。
殺した、とも言った……
あの時の衝撃や、あの悲しみや恐怖に塗りつぶされた顔は―――今もまだ忘れていない。
「それでも止められないモノがある。傷つける事でしか、止められない事がある」
力は、ただ力。
そう言ったのは陣耶くん。
どれだけ都合の良い力であっても、それはやっぱり力。
使う人の意思一つで簡単に人を傷つけられる。
「今更ながらに自分がどれだけ大きな力を持っているのか分かっちゃって……」
私たちが持っているのは一丁の銃。
使っているのはゴム弾だけど、その気になればいつでも鉛玉に換えられる。換えられてしまう。
弾自体は安全でも、撃ち出すモノは間違いなく人を殺める事のできる凶器。
「それが分かった途端……人に向けて魔法を使ったりするのが怖くなっちゃって」
情けないよね、なんて自重気味に笑ってしまう。
言ってみれば逃げたも同然なんだし……
今までずっとやっていた事に急に掌を返しちゃったし。
「他にもやりたい事ができたっていうのもあるけど……やっぱり、そっちが一番の理由かな」
だけど、時々思う事がある。
怖さから逃げて、目を背けて……
私は―――何をしたかったんだろうって。
「まあ、私が局を辞めたのはそんな理由かな」
「そんな事が……」
話を聞いたスバルはヘビーな話に顔を歪めている。
あはは、やっぱり気楽に話せる事でもないよね。
軽かった空気が一気に重々しく……ううん、失敗したかな。
スバルがやけに真剣だったからつい話しちゃったけど……
「けど―――私も少しなら分かります、そういうの」
「え?」
意外な言葉にスバルの方を見れば、さっきまでとは違って笑顔を浮かべていて―――
「私も戦ったりするのって怖いです。誰かを傷つけたり、傷つけられたり……やっぱりそういうのって、怖いし嫌です」
だけど、とスバルは私に語りかけてくる。
私を見るその眼は強い意思に溢れていて、とても力強い。
まるで―――
「だけど―――それでも、その自分が持っている力で誰かを笑顔にできる。泣いている誰かを救ってあげられる」
まるで思い返すかのようにスバルは言う。
嬉しそうに、感謝するように―――
切望にも似た、その一途さ。
それで、何となく理解できた。
「私にもできるかもしれないって―――なのはさんは、私に夢をくれました」
「スバル―――」
スバルはきっと、あの星空を―――
それは、私とよく似ていて……
何だか私も嬉しくなってくる。
あの日あの時―――私が焦がれたあの空は―――
確かに、目の前の子に伝わったのだと。
同じ物を見た―――それが、こんなにも嬉しい。
「だから、この力が怖くたって―――傷つける事ができたって、逆に救う事だってできるんですよ」
「……スバルは、強いね」
何の躊躇いもなく言い切るスバルを見て、本当にそう思う。
私が無くした強さは―――この子は確かに持っている。
「強いだなんてそんな、私なんてまだまだですよ」
「そうかもしれないけど……うん、そのまま進めればきっと大丈夫。私が保証するよ」
照れくさそうに視線をずらしているけど、嬉しいっていうのが顔に出てるよねー。
うんうん、スバルは将来きっと素敵な人になるんだろうな。
何だか予感めいた確信が湧いてしまった。
私、そっちの気は無いんだけど―――何だかロマンチックだしいいかな。
こんな予感だって当たったら大喜びだし。
「それじゃあ特訓の方、気合い入れていこうか!」
「おー!」
こんな事を聞いた後だと尚更に気合が入ってきた。
ここは先輩として色々と教えてあげなきゃだね、うん!
……まともに訓練を受けていたスバルたちに教えられる事があるかが心配だけど。
基礎訓練はともかく専門的な事習ってたらどーしよ……
私もちょっとしか専門的な事は齧ってないし、そもそも射撃専門だし。
そもそも下地で追いつけるのだろうか……私、専門的に基礎訓練はやってないからなあ。
それを言えば戦闘スタイルだって我流だし―――
あうう、考えれば考えるほど不安になってきたよう。
だ、大丈夫、そのための助っ人の手筈もおっけーの筈!
それに実戦経験では流石に二人の上を行ってる筈!
でないとまともに教えてあげられそうにない……
「え、えとー、どうしたんですかなのはさん」
「えっと、ちょっと考えすぎてるだけだから大丈夫だよ、うん」
「そーそー、その内勝手に立ち直るから」
っは、でもそれじゃあ逆に戦闘しか取り柄が無い事に!?
わ、私バトルマニアの認定受けちゃう!?
にゃー、そーれーはーイーヤー!!
「……何か、まずい方向に向かっているのは気のせいでしょうか」
「ああ、まあ大丈夫じゃね? 深く考えるのはあいつの癖だ。もっともそう見えるだけであんまり考えてないが」
お料理とかお菓子作りとかお裁縫とか―――
私はフェイトちゃんやシグナムさんや陣耶くんみたいな戦闘好きとかじゃなくて普通に女の子なの!
け、けど普通の女の子は魔法使わないし、そもそも砲撃で戦ったりしないし……
あうう、普通には程遠いー。
「あ、あははは……まあ、変に完璧じゃない方が付き合いやすくて良いかも」
私は、女の子なのーーーーー!!
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後書き
オチが酷いw
どうも、今回はスバルとティアナの二人が海鳴にやってまいりました。
ここら辺から原作との関係の違いを楽しんでくれればと思います。
やっぱ主人公同士の絡みって良いですよね!
このお話はまだ次回も続きます。
……それにしても今回の話、知人に見せたら知人の話に似てると。
ワオ、大丈夫か自分。
で、リリカルなのはってどこに向かいたいんでしょうw
廃墟のビル街が一瞬で蒸発って、おま……核ですかそーですか。
とりあえず劇場版仕様なら絶対に勝てそうにないw
それではまた次回に―――