「それじゃ、退院祝いにみんなで温泉に行こう!」




  などと、突拍子もない事をなのはは言いだした。

  現在位置は病院のロビー。

  今日、晴れて退院となった俺は少ない荷物を纏めてロビーに出たところでなのはに迎えられた。

  退院おめでとうとありきたりの祝辞を受け取った後、なのはは急にそんな事を言い出したのである。




 「……は?」

 「はやてちゃんの研修先の近くに良い温泉があってね、ゴールデンウィークも丁度その時期だからゆっくりしようって」




  あー、そういやそんな話をはやてがしていたっけか?

  温泉旅行とはまた乙なものだが……ゆっくりするのは普段から忙しいフェイトとはやてでは? などと思ったりする。

  まあそんな事は今に始まった事でもないのだけれど。

  しかしせっかくの黄金週間、家でゴロゴロとしていたいというのが俺の本音―――




 「ね、行こ?」




  だからといってそこで狙い澄ましたように追い打ちをかけるのは止めていただきたい。

  本人が意識せずともやっているだけに手のつけ様も無いのが嫌すぎる。




 「ぐ、ぬ……」




  だめだ、ほんとにこういう時のなのはは手におえない。

  下から目線で首を傾げて可愛らしい顔で実に誘ってくれる。

  耐性の無い奴はこれ一発でやられそうだ……

  しかも本人に自覚が無いというのが恐ろしい。

  現に中学ではこいつが無自覚に立てたフラグがベキベキと片っ端から折られていく阿鼻叫喚が繰り広げられている。




 「あー、分かった分かった。予定は組んどくから、いつ?」

 「えへへ、日程はね―――」




  ちょっとした打ち合わせを終えて俺の脳内スケジュールに新たに項目が追加される。

  そのあと、あの顔は気軽に見せてはいけませんと釘を刺しておいた俺は悪くない。

  後でタヌキが文句抜かすかもしれんが知った事ではない。




  ……当の本人が全く分かっちゃいないので意味は特に無いのだが。




















  〜A’s to StrikerS〜
         Act.28「色の無い者」




















 「それでは、お約束の品の納品タイムです!」

 「実に一方的だったが―――」




  ただ今は管理局本局にある研究室の一室にお邪魔中な俺こと皇陣耶。

  あいつらと温泉旅行に向かう際、丁度クラウソラスの奴が仕上がったとの事なので俺だけより道がてら受け取りに来た。




 「では、これがクラウソラスさんです」




  シャーリーから改修の終わったクラウソラスを受け取る。

  手には、確かな質量が感じられた。




 「……やっぱ、待機状態の外見は何も変わらないのね」

 『この方が持ち運びやすくて便利でしょう?』




  まあそうなんだけどね。

  シャーリーから手渡された待機状態のクラウソラスは相変わらず好きとおた琥珀色の菱形宝石だ。

  ずいぶんと中身が入れ替わったとか言ってはいたが―――これだけじゃ何も言えねえ。




 「じゃあ、この度管理局メカニックチームの手により見事パワーアップを果たしたクラウソラスさんの軽い説明をしておきますね」




  ……なんだろう、シャーリーが軽いせいか妙にありがたみが感じられないなあ。

  管理局屈指のメカニック班なのでそういった心配はあまり無いのだが―――




 「ちなみに、初期の改造案では剣が巨大化して人型に変形とかもあったんですよねー」

 「って人のデバイスを訳の分からん愉快な物にすな!?」

 『むう、結構真面目だったんですが……こう、ダ・イスォ○ドみたいな』

 「お前かよっ?!」




  い、いかん。いきなり雲行きが怪しくなってきた……

  改造なんてしてしまって良かったのだろうか、俺。

  改造案を提示したのがクラウソラスだという時点で危惧しておくべきだった―――




 「今回の改造でクラウソラスさんの中身は術式処理と魔力運用、あと記憶装置の機能も大幅に向上しているんです」

 「へえ……具体的には?」

 「エクスカリパーからエクスカリバーですね」




  どこで知ったんなもん。

  とまあツッコミはさておき、それはそれでとんでもない変わりようである。

  まあ単純な戦闘デバイスの他に情報収集用デバイスの機能も兼ねていたらしいし。

  その分を取っ払って増やした、ってことなんだろう。うん。




 「あと、ついでなので刀身の材質もより魔力を通しやすい物に一新しちゃいました」

 「―――後でやってくるであろう請求書が怖いな」




  そういった鉱石や金属の類って割かし高かったんじゃなかったっけ……

  やばい、早速またグレアムさん頼りのブラックカードの出番が出てきてしまいそうな予感がする。

  ええい、そんな事は今気にしたって始まらん。次だ、次!




 「半ばやけっぱちですねー。では、次は各形態について軽く触れておきますね」




  シャーリーが手元のパネルを操作すると空間に画面が表示される。

  その数は合計三つ。映っているのはそれぞれ形状の違った剣。

  形状からして―――まず間違いなくこれが新たなクラウソラスなのだろう。




 「まずはこれ―――標準的なそちらで言うところの西洋剣の形態ですね。名称は“ディセイバーフォーム”」

 「ディセイバー……di saber、ね」




  まーたアレな名称だが―――

  柄のグリップ部分は樹脂製の物なのか黒いゴムっぽい物体が巻かれている。手が滑りそうにはないな、うん。

  他は……刀身の形状とかはあまり変わりが見て取れないな。




 「全体的な出力アップにも成功していまして、この状態からでも陣耶さんのディバインセイバーシリーズは出せるようになってます」

 「へー、そりゃ随分な向上のしようだ」




  単純に出力アップだけでなく内部機能、術式や魔力処理機能の向上もそういった部分には強く影響しているらしい。

  ヴィータやシグナムも中身が変わるだけで大分違ってくるとは言っていたが……

  なるほど、こうして説明を聞いてるだけでも随分と違っている事が分かる。

  ……やっぱ、パソコンと同じでハードやら何やらはどんどん進歩しているわけね。




 「次に、この大きな刀身を持ったのが“ディフェンダーフォーム“。これはエッジフォームのオマージュみたいなものですね」




  エッジフォームか……高速戦闘や切り払いが多かった俺にはあの大きな刀身はあまり馴染まなかったんだよな。

  よって、いつの間にか忘れ去られた大太刀形態。何気に障壁とかには強かったりするのだが……

  んー、ぶっちゃけ印象強くなかったのがいけなかったのか?

  で、今回のディフェンダーフォームってのはエッジフォームとは随分と形が違ってる。

  まず大太刀じゃなくて両刃の西洋剣になってる。大型バスターソードみたいな。

  というか、全長で軽く俺の身長くらいなくね?

  あと見た感じではあまり切れ味は良くなさそうである。




 「この形態はディフェンダーの名称からも分かる通り防御に特化しています。なので斬る方向には全然向いていませんね」




  名は体を表すと言うが、やはり完全に防御仕様の模様。

  まあこれで攻撃にも普通に使用できるとか言い出すとどんな万能君だという話なのだが。

  防御としての使い道は……やはりデカさを利用しての盾だろうか?




 「もう予測はついていると思いますが、刀身を盾として使います。材質もそれに合わせて頑丈で魔力を弾き易いのをチョイスです」

 「金かかってんなあ……んな費用どこから出てんだか」

 「金かかってるって……どこのデバイスも大抵はこんな感じですよ?」




  ―――何だろうね、この世界観の違い。

  お金に関しての価値観が違うというか……やっぱり職業柄なのだろうか、こういうのは。

  食うために、金を稼ぐために働く奴とやりたいが為に働く奴。

  世の中にはその二種類がいると思うが……こいつは間違いなく後者だな。

  それもやりたい事の為なら努力を惜しまないタイプ。

  だから金にも糸目をつけないんだな……




 「けどこれ、ちょっとした欠点があるんですよ」

 「欠点?」

 「はい。色々頑丈にしちゃったせいかとんでもなく重いんですよねー。具体的には5tハンマーみたいな」

 「えらく扱い辛いなオイッ?!」




  何だそのクソ重たい数値は!? 刀身でかい分地面に立てて盾にするしか使い道がねえ!!

  それどころか下手な建物で使えば圧壊すんじゃねえの!?




 「大丈夫ですよー、気持ちそんな感じって意味ですから。あ、けど重さを利用して上からドーン、ってのもありでは?」

 「そりゃまあ出来るだろうが被害がどうなるか予測もつかねえよチクショウ」




  こんなもんを魔力込めて思いっきり落してみろ。

  きっとビルだの何だの、建物を素敵にぶち抜いてくれる事請け合いだ。主に重さで。

  実際にはもっと軽いらしいが、それでも相当な重さだろう……




 「それじゃあ最後に、フルドライブの“レイヴェルトフォーム”です」

 「お、なんかカッコいい」




  名称は全部ガラッと変わってんだな、やっぱ。

  なのはもエクセリオンが消えてエクシードになったし。

  フェイトに至ってはザンバーがフルドライブから降格という何やら妙に虚しい事態に……

  レイヴェルトフォームの形状は両刃の西洋剣。

  より一層研ぎ澄まされ、薄くも鋭くなっている刃。

  その見た目に反して耐久力は素材の都合で以前よりも上がっているというおまけ付き。

  金に糸目をつけないとほんとにセレブ仕様なのね……後が本気で怖い。




 「なのはさんの時と同じように、無茶なブースターシステムであるエクセリオンはありません。
  代わりに無茶にならないようならいつでもどこでも全力全開なんていう物騒な造りでもあるんですが……」




  それは開発側としてはどうなんだよメカニック。

  だが色々と作業をして貰っている俺がそんな事を言うのも場違いだろうと口を閉じる。

  ……ホントはすっごくツッコみたいが。




 「レイヴェルトの特性自体はあまり特筆するような事でも無いんですよ。基本的にはディセイバーの強化型ですから」

 「なるほど、なら扱い方自体は大差ないわけだ」

 「そうなりますね」




  それはそれでありがたい。

  刀剣の種類、形状、特性によって剣筋などは大きく変わってくる。

  そういった中でも扱いがあまり変わらないというのは、慣れ親しんだ行動をそのまま生かせるという事。

  このアドバンテージは大きいだろうなあ。




 「あ、後もう一つなんですけど……今回のクラウソラスさん、オプションパーツもあるんですよ」

 「―――オプションパーツ?」




  はい、とシャーリーは剣の柄尻の部分を拡大して示す。

  ……んー? 言われてみれば確かに不自然な突起物が付いてはいるが。




 「オプションパーツの方はまだ完成していないんですよね、実は」

 「なんだそれ」

 「だけど本体であるクラウソラスさんのオーバーホールは済んだので、オプションの方は後日完成次第にしようと」




  それは俺もありがたい。

  いざという時に手元に相棒が無ければ非常に困る。

  その辺りを考えて本体のオーバーホールだけでも俺の退院に合わせてくれたのだろうか、ここのスタッフ……

  考えすぎかもしれんが、だとすると本気で優秀なスタッフである。技術だけでなく、そういった気配りも。




 「今回の改修はアイデアをクラウソラスさんが、具体的なプランをトレイターさんが提示して私たちがそれを実現しました」

 「―――そっか」




  俺が病院で寝ている間に、本当にこいつらに世話になってたんだな。

  こうやって俺の知らないところで色々と動いて俺を助けてくれている……本当に、出来すぎた相棒たちである。

  俺も、あいつらの助けに報えるように―――




 「提示された開発コードは“ノイ・クラウソラス”。貴方たちの世界のどこかの国の言葉で、新生の意を示すらしいですよ」

 「ノイ・クラウソラス……新生、か」




  琥珀色の宝石が鈍く光を放つ。

  それは、ある種の決意の表れにも見えた。




 『クラウソラス―――貴方が私にこの名をくれた由来、覚えていますか?』

 「ああ……一度鞘から抜き放たれればその一撃から逃れられる者はいない、無敗の剣」




  あの時は軽い気持ちで、名前がかっこいいからなんて理由がでかかった。

  立派な名前をつけてやろうなんて頭捻った結果が、クラウソラス。

  アイルランドの神々トゥアハ・デ・ダナーンの王、銀の腕のヌァザ・アーケツラーヴの持つ魔剣。

  その名は光の剣、炎の剣を意味し、抜き放てば光り輝き敵を眩惑させ、その一撃から逃れられる者はいないとされた剣。

  石、剣、釜、槍の四つからなるエリンの四秘宝の一つ―――不敗の剣、それがケルト神話におけるクラウソラスだ。




 『私としても、そんな立派な名前を冠しているのだから頑張ろうとか思っていたんですよ? 珍しく』

 「ああ、そうだな」




  だからこそ、俺もこいつもアレの開発に励んでいたわけだし。

  機能的な限界もあって結構難航してはいたが……




 『今回の負け、私としても相当悔しく思えました』

 「―――」




  負け―――ケーニッヒとの戦い。

  その最中で、俺とクラウソラスは完全に敗北を喫した。

  刃を折られたクラウソラス、持てる全てをぶつけた俺。

  それでも、敵わなかった相手。




 『だから―――だからこそ私は、今度こそ貴方の道を斬り拓く剣でありたい。貴方のくれたこの名に、恥じぬように』

 「お前……」




  知らず、こいつにとっても負担になってた事を今更ながらに気づく。

  俺が与えたクラウソラスという名―――こいつは、それにこたえようと躍起になっていた。

  ああ、そうか……




 「分かった―――なら、これからもよろしく頼むな、クラウソラス」

 『ええ、それは是非』




  それに対しての謝罪も何も、あいつは望んじゃいない。

  だから俺はクラウソラスのその想いに負けないよう―――思いっきり使ってやるだけだ。




  次こそは負けない―――その想いを抱いて。




 「じゃあ、ありがとなシャーリー。こいつは有り難く引き取らせてもらうよ」

 「はい。っと……あれ? 緊急通信が―――陣耶さん宛てですね」




  俺? という疑問を余所に目の前に通信画面が開かれる。

  そこに映ったのは―――はやてだった。




 『陣耶くん、そっちにおったか!』

 「おおう、どうしたはやてそんな切羽詰った顔して」




  画面の向こうにあるはやての顔には酷く落ち着いていない。

  いや、落ち着いていないというより危機感に溢れていると言った方が正しいか。

  とにかく―――また何かあったらしい。




 『今から指定するポイントにすぐ駆けつけて! 管理局の魔導師としてあんたに協力要請したい!』

 「分かった、すぐに行く。仕事と座標ポイントを頼む」




  シャーリーに室内での魔法使用の許可を取る。

  少々手荒になるが、知った事か。




 『場所は第一世界ミッドチルダ北部、臨海第8空港! 依頼の内容は―――火災現場からの人命救助!』




















                    ◇ ◇ ◇




















  ―――通信を切って現場に目を向ける。

  目の前に広がるのは燃え盛る空港。

  立ち上る黒い煙に、肌を焼く熱気と炎……




  今日、突然発生したこの火災。

  聞いたところによれば今までの聞き込みから何らかの爆発の可能性が高いとされてはいるけど―――




 「あの中の人たち―――大丈夫でしょうか」

 「そこは信じるしかないな……中にいる人たちの生きようとする姿勢と努力、それとみんなを」




  今さっき応援も呼んだ。

  他の局の魔導師かて動き出してる筈。

  だけど、今は少しでも時間が惜しいのも事実で……




  なのはちゃんとフェイトちゃん、そこに陣耶くんも加えて過ごす筈やった休暇中に突如立ち上った爆音、そして炎。

  幸い、うちらは現場の近くにいたからすぐに駆けつける事が出来たけど―――




 『こちら皇陣耶。たった今現場に到着した―――今から救助活動を開始する』




  音声のみでの通信―――陣耶くんか。

  流石に転移が早い。現場にも一分と経たずに次元跳躍してくるとは……

  やっぱり、こういう時には凄く頼もしい戦力やね。




 「了解。すまんな陣耶くん、怪我も治ったばかりやのに」
 『気にすんなよ依頼主(クライアント)。俺は依頼をこなしているだけだっての』




  依頼主、か―――まあ、たしかにそうかな?

  依頼やってんならあとでお金払うわなあかんのやろか……

  まあ、それはまた後で考える事や。

  今うちが考えるべきなのは、どうやって私がこの火災から人命救助を行うか。




 「そやね……うん、向こうから指揮官が来たら私も空に上がるから、それまでお願い」

 『了解……ん?』

 「? どないした」




  返事は無い。

  しばしの無言を挟んで―――何でもないと返ってきた。

  それで通信が途切れる。なんなんやろ?




  空を見上げる。

  立ち上る黒い煙は、不安を掻き立てるには十分な不吉さだった。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「なーんか違和感感じた気がすんだが……まあいっか。じゃあ―――」




  手に相棒を握りしめ、眼前の光景を見据える。

  燃え盛る炎、場に満ちる熱気、立ち上る黒い煙、崩れていく建築物。

  そのどれもが―――あの光景と重なって気分が悪い。




 「たく……俺は火災にでも縁があるのかね?」

 『縁がある、というのはあながち否定できませんね』




  幼少の頃の火災、フィアッセさんの一件、先日のトレディアとケーニッヒによる集落への襲撃。

  極めつけが今回の空港火災だ。

  本気で何かに憑かれてるんじゃないだろうな……




 『そうそう。バリアジャケットについてですが、もう一度一からイメージしてくれませんか?』

 「は? 何で」




  バリアジャケットって既に登録されてる筈だよな。

  何で急にそんな事。




 『早い話が入れ替えた記憶装置にその部分だけ置き去りにしてしまったんですね。いわゆる私の凡ミスです』

 「……ますます不安になってきた」




  こんなんでこの先大丈夫なんだろうか、俺。

  こんな凡ミスかます辺りこいつも人間味があると言えばあるんだろうが……

  何か、ますます変な方向に突き進んでいる気がしないでもない。




 「まーいっか。丁度良いからイメージチェンジでもしますかね」

 『それでは―――』




  周囲に魔力フィールドが形成される。

  白銀の光は俺を包み―――




  その中でイメージする。

  戦場に立つ自分の姿、剣を振るう自分自身。

  イメージは確固たる力になる。

  現実で勝てないのなら……頭の中で、勝てる物を幻想しろ。




 『―――完了。バリアジャケット、及びデバイスモードを展開』




  魔力が収束し、形を成す。

  これはいつかの、懐かしい感覚だ。










 『Standing by, Set up』




  起動音と共に剣がこの手に握られる。

  同時にバリアジャケットも展開されて、俺の身を包んだ。

  黒を基調にした武装隊のアンダースーツを真似た物。

  その上から大きめの白いコートを羽織り―――




 『今回のはえらくシンプルになりましたね武装隊のアンダースーツの上からコートを着ただけとは』

 「少なくとも、なのはやフェイトのアレよりはマシだと思うがね」

 『まあ、地球の現代社会を基準にすればそうかもしれませんが』




  軽口を叩きながら―――飛ぶ。

  生存者のいるフロアのデータは既にクラウソラスが受信している。

  トレイターにも先程連絡は入れた。

  あとは、この壁の先にいる人たちの救助!




 『生体反応は無し。景気良くぶっ飛ばしちゃってください』

 「うし来た! バースト、セイバー!!」




  目の前に迫った壁に勢いのまま爆発剣を叩きこむ。

  火災で劣化した壁が斬撃と爆発の衝撃を耐えられるはずも無く、轟音を上げ砕け散るのみ。

  そのまま内部へと侵入し―――その熱量に思わず顔を顰めた。

  施設内の温度が凄まじく上昇している……

  まずい、このままじゃ老人とかはみんな衰弱死しかねない。




 「クラウソラス、反応は?」

 『一番近いのはここから500ヤードほど下に一つ―――移動しています』




  うし、ならまずはそこか、ら……




 「クラウソラス、はやてに通信繋げてくれ」

 『はい』




  ザザ、というノイズ音と共に通信が繋がった事を確認する。

  要件はできるだけ手早くに、だな……




 「皇陣耶より八神はやてへ。まずい事になりそうだから救助を本気で急いでくれ」

 『どうしたん、何かあったん?』




  何かあった―――あるとすれば、それは今から起るんだろうさ。

  目の前を見据えて、剣を構える。

  視線は逸らさず、気を張り詰めて―――




 「急げよ……最悪な奴がここにいる」

 「最悪とはまた御挨拶だな。俺も随分と嫌われたものだ」




  これ以上の通信は危険と判断して一方的に切断する。

  眼前に佇む男。

  ボロボロになったフードを纏い、爛々と紅い眼を輝かせる―――奴。

  つい先日の事だ……俺たちは、ロストロギア回収の際にこいつに襲撃を受けた。




 「てめえ……探し物をしている奴がこんな火災現場に何しに来てんだよ?」

 「いやなに、その探し物に関連する物がここにあると聞いたのだが……どうやら少々遅かったようなのでな。仕方が無いので散歩中だ」




  軽い口を叩きながらも奴から発せられるプレッシャーは尋常ではない。

  緊張に心臓が早鐘を打ち、手に汗が滲む。

  こいつがまだこうやって大人しくしているのならばそれでいい。

  だが、こいつが一度その力を解き放てば―――被害は馬鹿にならないだろう。

  とにかく、こいつはここで少しでも足止めをしておかないと……




 「やっぱお前、前に会った事あるよな―――ベルカ自治区で」

 「ああ、そういえばあそこがお前との初会合だったか? あの時は面白い見世物を見せてくれたな」




  ち……やっぱ思い出したく無いところ抉ってきやがる。

  あの時の訳の分からないのもやっぱり……あの時の球体なんだろうか。

  なんにせよ、気をしっかり保っておかなければならないのは確実だ。




 「―――ほう、また面白い眼をしているな」

 「っ―――」




  奴の顔がニィ、と歪む。

  それは―――まるでとっておきの玩具でも見つけたかのように無邪気で、恐怖ばかりを掻き立ててくる酷い笑みだった。

  嘲笑う、とでもいえばいいのか。

  奴の今の表情は、悪意に満ちすぎていて判別がつかない。




 「ククク……そうか、何があったかは知らんが」

 「―――調子づいてんじゃねえぞ、てめえ」




  だがそれでも、奴の言わんとしている事には予測がつく。ついてしまう。

  悲しいまでに当事者である俺には、奴の嘲笑の意味が理解できてしまう。

  絞り出した声はせめてもの反抗か……だがそれも、奴には何の意味もなさない。




  何故なら―――奴はただ、俺の眼に宿る何かを見て楽しんでいるだけなのだから。




 「人の内心覗くのはあまり良い趣味とは言えねえな」

 「元々狂楽的な性質なのでな―――」




  そう言いながら、奴が構えをとる。

  ……どうやら、時間稼ぎもここまでらしい。




 「さて、散歩のついでだ……お前の力がどれほどのものか、見せてもらおうか」

 「上等―――返り討ちにしてやるよ」




  ―――瞬間、足を踏み出し、剣を振るった。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「良かった、間に合った……!」

 「あ……」




  燃え盛る空港の中、崩れ落ちそうになった石像の下にいた蒼い髪の女の子。

  何とかフープバインドで石像を空間ごと束縛する事で難は逃れたけど―――

  それでも、ここはまだ危険だ。

  急いでこの子を連れて脱出しないと。




 「一人でよく頑張ったね……もう、大丈夫だから」

 「本、当……?」

 「うん、本当本当。お姉さんに任せて」




  さて、と―――

  上を見上げる。

  ここからコンクリート造りの天井は一枚だけでなく、あの向こうにも何枚もある。

  つまり、ここは地上よりずっと地下にあるホール。

  今来た道を地道に戻っていたらどれだけ時間がかかるか……




  よし、多少無茶だけど非常時だからこの際気にしない事にしよう。




 「レイジングハート、いける?」

 『地上までの距離算出―――余裕ですね』

 「うん、ならよし」




  万が一に備えて女の子の周囲にフィールドを張っておく。

  それを確認した後、杖を振って魔法陣を展開する。




 『ファイアリングロックシステム、解除』




  音声と同時にカートリッジが一発、ダクトから排出される。

  そこに込められた魔力を使って、レイジングハートをバスターモードに移行。

  そのまま天井に向けてレイジングハートを構えて―――狙うは一撃で地上まで貫通!




 『射線上の安全を確認、いつでもいけます』

 「じゃあいくよ。ディバイーン―――!」




  魔力を杖先に集中させる。

  これだけの魔力を込めれば、たぶん地上目で撃ち抜きができる筈。

  あとは、私自身の腕の問題。

  大丈夫、局員を辞めても基礎はちゃんと続けてきた。

  自分を信じて―――よし!




 「バス―――!」




  そしてその魔力を解き放とうとした瞬間。

  今、私がいる空間の真上が突如として爆音を上げた。




 「なっ―――!」




  とっさにバスターを破棄してシールドを上方に展開させる。

  落ちてくる瓦礫はシールドにぶつかる度にドスン、と重い音を立てて辺りを震わせた。




 「っ、何が―――!」

 『マスター! 魔力反応二つ、上方です!』




  警告にはっ、となって上を仰ぎ見る。

  そして確かに、爆煙の中から二つの人影が飛び出てきて―――

  そしてその一方は、私の良く知る人物だった。




 「陣耶くん!?」

 「っ、なのはか!?」




















                    ◇ ◇ ◇




















  奴との戦闘中、俺は地下のホールへと飛び出た。

  だがそこに、思いがけない人物を見つけてしまう。




 「陣耶くん!?」

 「っ、なのはか!?」




  言いながらも正面の奴から眼を逸らす事はしない。

  瞬時に繰り出される右、それを剣の腹で何とか受けて―――




 「ぐ、この……!」




  受け止めているだけで体がミシミシと嫌な音を立てる。

  押し返そうにも、奴の力は強すぎる……!

  その場で押し留まるのが精一杯。

  それだけで、俺と奴の単純な力の差が見て取れた。




 「どうした、最初に比べて勢いが足りんぞ?」

 「うる、せえよ……!」




  頭がグラつく。

  こいつのギラギラした紅い眼を見ていると、不意にどこかが揺れてしまう。

  そこからまた、何かに触れてしまいそうで―――




 「ちっ……だらぁッ!!」

 「っと」




  緩急をつけて薙ぎ払う事でどうにか奴との距離を開ける。

  くそったれめ、強い強いと思ってはいたが……まさか長、中、近、何でもござれの超人の類とは思わなかった。

  どこにいても高出力の攻撃が飛んでくる―――その上防御まで硬いときた。

  単独での戦力ならば下手をすればアインやトレイターすら凌駕している可能性すらある。

  それでも俺やなのはだけならまだ耐えられるだろうが、あそこにいる子の安全までは流石に保証できる自信が無い。

  となれば当然―――




 「なのは、その子連れてさっさと逃げろ!」

 「で、でも―――!」

 「いいから行け! そんでもってとっとと助けに来いっての!!」




  暫しの逡巡。

  なのははそのまま傍にいた子を抱えて、すぐに戻る、と空を駆けていった。

  それを視線だけで追い―――奴も、その姿を見ていた。




 「……追わねえんだな」

 「言ったろう、これは散歩ついでの暇つぶしだと。それにまだ時期ではない」

 「お前の言う事は一々訳が分からねえ、よ―――!」




  今度はこちらから仕掛ける。

  上段から斬りつけ、それを奴は身をずらすだけで避けてみせそのままカウンター気味に掌底を一発放ってくる。

  一歩後ろへと下がり、もう一歩飛び退く事でその掌底から逃れる。

  そこから追う様にして放たれる黒い砲撃を、今度は足に集中させた魔力を爆発させその場から一気に移動する事で回避する。

  急な速度の上昇について行けずに奴は俺が視界から消え失せたように見えている筈。

  その一瞬の思考を衝いての背後からの奇襲。寸断無く剣を奴の右肩めがけて振り降ろす。

  本来ならこれで手傷の一つでも負わせるのだが―――




 「ぐ、く……!」

 「どうした、終いか?」




  奴の体に剣が届く寸前、揺らめく陽炎によってそれは遮られてしまう。

  このままでは埒が明かず、もう一撃を加えようとして―――独楽のように奴の体が回転する。

  それを察知した俺はとっさに一歩跳びずさり、次の瞬間には薙ぐように奴の回し蹴りが放たれた。

  そこから迸る重苦しいまでの魔力波が、俺の身を吹き飛ばさんと襲いかかる。




 「くそ、馬鹿魔力め……!」




  腕を交差させてそれを耐え凌がんとするが―――

  そこに、奴の追撃が迫っていた。




 「しまっ―――!」




  目の前に迫る奴、降り上げられる拳。

  しまったと思った時には既に遅い。

  致命的な距離にまで迫った拳は俺に向けて振り降ろされ―――




 「ディーショナルフォール!」




  突如として奴が白銀の閃光に襲われた。

  次いで首襟を後ろへと引っ張られて強制的に下がらされる。

  そこにいたのは―――トレイター。



 「案外遅かったじゃねえか……遅刻だ遅刻」

 「すまんな。だが良いタイミングだろう?」

 「まあな……正直助かったわ」




  そう、俺がさっき呼んでおいたトレイターが今やっと到着した。

  一人で奴の相手をするのは骨が折れていたところだ―――この上ない救援と言える。

  もう一度剣を構えなおし、眼前に気を巡らせる。

  奴は―――この程度で沈みはしない。




 「白夜の書もお出ましか……いよいよもって、面白くなってきた」

 「へ、分かっちゃいたが―――あれで無傷はねえだろ」




  ほんと、バケモノじみている。

  けど勝てない道理は無い。勝てないのなら、とっくに俺は逃げ出してる。

  奴がどれだけの強者でも、まだ対抗できる手段はある。

  なら―――




 「だが、そろそろ時間切れの様だ」

 「何?」




  奴がそう言った瞬間、目の前の景色がみるみる間に変化していく。

  凄まじい速度、規模で凍結されていく空間。

  燃え盛る炎すら消し去り、この空港一帯を覆わんとする冷気。

  これは―――




 「はやてか!」

 「だろうな。先程空に上がるのを見た」




  とりあえずこれで誰かが焼け死んだり建物が崩れたりすることは無くなった。

  残る問題があるとすれば、それは目の前の―――




 「そう急くな、時間切れだと言っただろう」




  だが、当の本人はやる気が削がれたかのように臨戦態勢を解いていた。




 「……見逃すとでも?」

 「見逃すさ。今のまま戦ったとしてもお前たちには何の得も無い……無駄な戦闘は避けたいだろう?」




  確かに奴の言う通りではある。

  正直、このままやりあっても周りに被害を出さずにというのはまず不可能だろう。

  それはこちらとしても御免被りたい処ではある。




 「だから今日のところは大人しく身を引くとしよう―――お前、名はなんと言う?」

 「は?」




  急に間の抜けた事を聞かれて思わず脱力する。

  奴の雰囲気からはただ純粋な興味で、というのが見て取れた。

  が、そのまま教えてしまうのには少々癪でもあった。




 「名乗るならまず自分からってのは礼儀じゃねえのか?」

 「ん? ああ、そういうものか……ならば、無色と呼べ」




  無色―――色の、無い者。




 「さて、こちらは名乗ったぞ。次はお前が名乗るのが礼儀ではないのか」

 「―――陣耶。皇陣耶だ」




  それを聞いた奴―――無色は、皇陣耶、と俺の名を反復する。

  そして、その身を翻し背を向けた。




 「ではまたな、皇陣耶。俺と貴様は、否が応でも再び相対する事となりそうだ」




  その言葉を最後に―――

  奴―――無色は、氷の世界の中に消えていった。





















  Next「蒼橙の翼」





















  後書き

  かの有名な空港火災のお話。

  ここでもう一人のオリキャラの名前がようやっと判明です。

  その名も無色。実に偽名臭いですねw

  このキャラも絡む事で色々と厄介な事態へ転がっていきます。色々と。

  これからのお話はstsに向けての伏線が多くなってきますので、そこを意識して読むと何か発見があるかもです。


  それではまた次回に―――






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