遠い空で炎が赤く燃えている。

  今まさに、あの炎の中では地獄が繰り広げられているのだ。

  そこは糧とするには丁度良い者たちが住まう場所―――

  多少想定外のイレギュラーはあるが、それも許容範囲だ。

  計画通り、私は地獄をあの場所に再現した。




 「―――」




  無念のままに散りゆく者たちを思い、黙祷を捧げる。

  これは私の責だ、私の罪だ。

  その咎は、いつかこの身で甘んじて受けよう。

  だが今はその時ではない。

  そう、まだ―――私にはやるべきことがある。

  だからこそ、願わくは―――




 「願わくは、今この時に散る命が新たな世界の礎とならん事を―――」




















  〜A’s to StrikerS〜
         Act.26「狂喜の刃」




















 『敵対勢力を排除する』




  それが引き金となって周囲から銃弾が雨霰のように俺に向かって放たれ、襲いかかる。

  純粋な鉄の塊。

  非殺傷という気休めがある魔法と違い、当たれば肉を抉り確実に傷をつける凶器。

  風すら裂く勢いで放たれるそれは、なるほど―――確かに人を死に至らしめるには十分な脅威だ。

  だが―――




 「―――遅い」




  銃弾が放たれると同時に俺も動いている。

  俺を取り囲んでいる奴らの背後へと転移し―――魔力を込めた剣を一閃させる。

  それだけで、あっけなく敵の体は真っ二つになった。

  ゴトン、と音を立てて落ちる斬り裂かれた体。だがそれを確認することなく視線と同時に体をすぐ近くにいた敵へと向ける。

  一瞬の内に起った動作だ。センサーは捉えているだろうが、まだ敵はこちらに反応できていない。

  そのタイムラグの内にその敵の首から上は体と離れた。

  ……剣の刀身に黒い液体が付着している。

  微量無それからも十分に発せられる刺激臭―――そうか、こいつら自体が火薬庫か。

  それなら……




 『高機動タイプと判断。まずは足を止める』




  ―――うるさい。

  振り向きざまに背後から跳びかかってきた奴の腕を切り落とす。

  そのまま首を切り落とそうとすると、その背後からもう一体が手刀を突き出してくる。

  身を捻って回避―――したところで、足を先程の奴に掴まれた。

  そこに図ったかのように後ろからの射撃が―――




 「―――ストームバインド」




  足元から幾重にも折り重なった風が吹き荒れ、俺の周囲を全てその流れに攫っていく。

  それは俺の周りに群がっていた敵や足を掴んでいた敵、風を裂く勢いで俺に迫ってきた銃弾ですら例外ではない。

  炎も、そこらに散らばっている様々な残骸すら巻き込んで嵐が吹き荒れる。

  質量を持つに至ったそれは周囲を全て俺の上空へ打ち上げ―――




  その全てを、一閃の光で斬り裂く。




 「ディバイン―――セイバー」




  赤い空に向かって、一筋の白銀の光が天を衝いた。

  立ち上る光はまるで、空を大地から支える柱のように聳え立ち―――やがて、その光は徐々に消えていった。

  光が消えた跡には何も無い。

  あの光に呑まれたモノは、全て跡形もなく消し飛んでいた。

  ディバインセイバーは魔力による斬撃の後に高密度のエネルギーを直接相手にぶつける魔法だ。

  非殺傷を解除していれば当然―――攻撃が通過した場所は文字通り跡形も残らない。

  そのまま暫しの沈黙が流れる。

  そんな中で、俺は相手のあまりにもの呆気無さに拍子抜けしていた。




  ……何だ? コレは。

  こんな物か、こんな物なのか?

  まったく手応えが無い、歯応えが無い。

  こんな物は―――ツマラナイ。




 『危険数値上昇』

 『危険。排除する』

 『危険』

 『危険』

 『危険』

 『危険』

 『危険』




  まだ懲りずに周りからわらわらと際限なく敵が出てくる。

  どうやら俺を本気で危険対象と見なしたのか、全戦力でも傾けたようだ。

  近くからだけでなく遠くからも機械的な音がこちらに向かってきている。




  ……ああ、そうだよ。そうこなくっちゃな。




 「そうだよ―――簡単に終わってくれるんじゃねえぞ?」




  嘆くと同時に身を躍らせる。

  高く跳んで奴らのまっただ中へと身を落とし―――




 「ああああああああああ!!」




  近くの敵から手当りしだいに叩き斬っていく。

  右の敵の首を落とす。

  正面の敵を頭から両断する。

  上の敵の両腕を斬り飛ばす。

  左の敵を蹴り飛ばす。

  後方の敵の脚を切り落とす。

  血飛沫の代わりに黒い液体が飛び散る。

  斬る度に舞い飛ぶソレはまるで血のシャワーの様。

  それを浴びて、また体の熱が熱さを増す。

  頭が沸騰しそうな程の熱。脳髄を犯す興奮。

  足りない。

  足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りないタリ

  ナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリ

  ナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリ

  こんなんじゃ足りない、満たされない。

  もっとだ、もっとこい。

  もっともっと、俺に斬られに来い。




  そうだ、もっと―――俺を満足させろ。




 「ハ、ハハ―――ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」




  笑う、嗤う、哂う、わらう、ワラウ―――

  ああ、可笑しい、楽しい、面白い、心地良い。

  本当に、本当に、なんて―――なんて楽しいのだろう。

  ワライが込み上げる。

  あまりにも可笑しくて、あまりにも心地良くて―――この美酒に酔いしれる。

  快楽が脳髄を犯す。

  黒い、ドロドロとしたモノが体を犯す。




  ああ、なんて綺麗な―――惨殺現場。




  斬る度に舞う血飛沫は命の華。

  剣を伝わる肉の感触は生の証。

  完全に人というわけではなく機械人形なのが惜しい処だが、まあいい。

  それでも、それでもなんて―――




 『Master!』

 「あ?」




  剣が何かを叫んだ。

  それが何かを認知する前に、真横から体が千切れ飛びそうな衝撃が襲いかかってきた。




 「が、ギ―――ッ?!」




  あまりにもの痛みに一瞬だけ頭の中が真っ白になる。

  思考が切断され、感知できるのは身を襲う痛みのみ。

  何があったのかと自分の体を確認して―――ああ。

  何だ―――怪我した腹部が抉れてら。こりゃあ痛い筈だ……

  認識すると腹の底から生暖かいモノがせり上がってくる。

  堪えようとするが、どうにも量が多すぎるので腹に戻しきれなかった。




 「がっ、ハ―――ぐぇ、ァ、ぶぁ……」




  堰をきったダムの様に口の中から生暖かいモノが飛び出す。

  びしゃびしゃと音を立てて口の下に溜まっていく。

  ああくそ、このまま池でもできそうな勢いだ―――




 「く、ぞ……何が、どうなって」




  ―――ようやく正常な思考が戻ってきた。

  俺はいつの間にか住居の瓦礫に突っ込んで倒れ伏している。

  脇腹が軽く抉れて血が流れ出ている。

  やっべえ……血、止めないと……




  魔力を使って傷口の細胞を封鎖する。

  以前、トレイターが使っていた手段だ。これなら少しの間は大丈夫だろう。

  そんで、状況認識。

  周りには依然奴らがわらわらといる。

  その中でも一体だけ特異な格好をした奴がいて―――何かえらく嫌な感じをさせるフォルムの物体を手にしている。

  形からして銃器の類だろうが―――やられたのはアレか。手酷いもんだ……

  後は……ああもう、訳わかんねえ。何だアレ。

  さっきの異常なまでの気分の高揚、普段とは真逆の観念。

  ―――そして、殺戮への快楽。

  あの瞬間、俺は確実に―――人を斬りたいと、そう思っていた。

  あそこまで心底拒否していたソレを、呆気なく、俺は……

  今思い返すだけでも心底吐き気がする。気分は実に最悪だ。

  けど―――




 『全機、一斉射撃用意』




  やっこさんはどうやら、俺が物事を考える暇すら与えてくれないらしい。

  ああくそ、気分が悪いってのにちょっかい出してんじゃねえ―――!




 「ぐ、の……このまま、やられてたまるかっ!」




  今は難しい事を考えている暇じゃない!

  集中しろ―――気を逸らせばそれだけで今の俺は死んでしまう。

  体を襲う脇腹の痛み、喪失感、気だるさ、頭痛、意識の白濁―――

  これだけバッドコンディションだというのに、この軍勢だ。

  正直、絶望的にも程がある。

  足に力を入れて―――ああ、震えてやがる。こんなんでどう戦えって言うんだよ、俺。

  はは……クソッタレが……!!

  ここでやられてたまるか―――!!




  消えそうな意識を痛みで繋ぎ止め、気力を振り絞って意識を集中させる。

  そして、軍勢が俺に照準を向ける。



 『発射』

 「が、ぁぁぁあああああああアアアあああアあああアアアアアアアアアアアッ!!!」




  気力を振り絞って転移魔法を起動させる。

  対象は俺で、転移先は空中。

  文字通り瞬間移動じみたソレは間一髪の差で俺を銃弾の雨から救ってくれた。

  そのまま空中に浮遊して体を支える―――




  くそ、気分も悪いし体の痛みも酷いが頭の痛みが最悪だ。

  まともな思考はできるけど、この分じゃ……

  そんな風に考えていると、いつの間にか接近してきた敵が一体。




 「なろっ……!」




  力の出ない腕を振り上げて相手の攻撃を弾く。

  いや、弾くというよりはほとんど俺が一方的に吹き飛ばされた。




  どうにも頭痛が邪魔すぎる―――

  こんな状態じゃあまともに逃げる事すらできそうにない。

  どうする―――ッ!




 『貴方を確実に排除する』

 「ちいっ、ちったあ考え事ぐらいさせやがれ……!!」




  今度は他とは違う一体が突っ込んでくる。

  これじゃあまともに思考する時間すらあったもんじゃない。

  どうする―――!?

  決まってる、迎撃!!




 「づぁッ!!」




  繰り出された拳を叩き落とすように剣を振るう。

  ガィン、と鈍い音を立てて拳の軌道が逸れる。

  そしてそのままそれを横に薙ぐ裏拳が顔面に迫る―――




 「ぢっ―――!」




  頭よりも体の方が長年培ってきた危機回避能力に従って反応した。

  とっさに頭を後ろへと逸らして、拳は寸での処で鼻先を掠めていく。

  よし、振るった腕が戻るまでに距離を―――取ろうとした時に、脇腹に衝撃と共に鈍くも鋭い痛みが奔った。




 「ガッ―――!?」




  迂闊―――!

  脇腹は繰り出された蹴りがクリーンヒットしている。

  くそ、相手がこっちの急所を突いてこない筈が無いってのに……!

  まずい、痛みで体が一瞬とはいえ硬直している。




 『マスター、前です!!』

 「―――ッ!!」




  零距離に構えられる銃口。

  体はまだ硬直している。

  一瞬後には動けるだろうが、遅い。

  体が動くより先にあそこから放たれる銃弾が確実に俺の命を奪っている。

  転移は?

  駄目だ、まだ頭痛が酷くてそこまで集中できない。




  ―――意識が張り詰める。

  避けられない事象、揺ぎ無い現実を前に感覚が限界にまで張り詰める。

  全ての動きが緩慢に見える―――まるで時間が引き延ばされたかのような感覚に陥る。




  ズキン、と頭が痛くなった。




  ―――瞬間、景色が一変した。

  全ての景色が反転し、視界から一切の色彩が奪われる。

  目に映るのはモノを形作る輪郭、一切が灰色に染まった色―――




  不思議と、頭痛は消えていた。




  なら、体は動く。

  頭痛が無いのなら集中できる。

  体が動くのなら戦える。




  ―――今なら、この状況もひっくり返せると思った。




 「―――っ」




  大丈夫だ、腕は動く。体も動く。

  頭もいつになくスッキリしている―――さっきまでの頭痛が嘘みたいだ。

  その上、相手の動きは実に遅い。

  代わりに色彩の一切が灰色に染まっているが―――構うものか。

  今は、生き延びる事が出来るのならそれでいい。




  クラウソラスをしっかりと両手で握りしめ、振りかざす。




 『終わりです』

 「―――っ、だぁあっ!!!」




  そのまま、相手が銃弾を放つより早く―――

  剣を振り降ろして、奴の体を両断した。




 「っ、はぁ、はぁ、は―――!」




  真っ二つにされた残骸はそのまま地面に向かって落ちていく。

  それからやっと、視界に色彩が戻ってきた……

  さっきの様な時間が延長されたかのような感覚も消えている。

  思考もいつも通りだ―――さっきほどクリアでもない。

  頭痛こそ消えているものの……ああもう、さっきから何だっていうんだ、一体。










 「いや、凄いですね。まさかあの状況から反撃をするとは思いませんでした」










  パチパチと、この場に全くもって似つかわしくない乾いた音が響いた。

  手を打つ音、拍手、柏手の音―――

  発生源は、眼下に存在するあの軍勢の中から。




 「かなりの腕、とは思っていましたが……まさかこれほどの腕前とは」




  最近、聞きなれた声が聞こえる。

  言葉の端々が緩んでいるようにも聞こえる、その声―――

  この、声は……まさか。




 「私としても胸躍る気持ちですよ―――ねえ、貴方もそうは思いませんか?」




  やがて、その声の主は姿を現した。

  糸のような細い眼、根元で括った肩まで伸びる黒髪、笑みが絶えないその顔。

  サラリーマンの着るようなスーツに身を包み、その上から灰色のコートを羽織り、腰に二本の刀を差して―――




 「ケーニッヒ……アストラス」

 「そうですよ。間違いなく私はケーニッヒ・アストラスです」




  ……こんな状況でも、俺のポンコツな頭はちゃんと動いてくれるらしい。

  つまり、何だ……

  お前がそこにいるって事は、つまり―――そういう、事なのか。

  見慣れない服装、見慣れない装備。

  いや、服自体は知っているし装備自体も知っている。

  ただその服はこの集落からすれば異質で、腰に差している刀だってここにあるはずがない物だというだけだ。

  だが、それが意味する処は―――




 「お前の、仕業なのか……」

 「半分は正解、と言いましょうか。確かに手引きをしたのは私ですが手を下したのは別の人物だ」




  そいつは、当たり前のように、そう言った。

  何ということはない、とでも言うように。

  散った命を気に留める事もなく、笑みを絶やさずにあいつはそこに立っている。




 「何で……なんでだよっ! 何で、ここの住人を殺した! お前もここの住人だったんだろう!!」

 「何故、と言われても―――ここには元々そのつもりで来たのですから、当然でしょう?」

 「なっ……」




  絶句した。

  こいつは元々そのつもりで来たのだと―――

  なら、何だ。ここの住人はそんなことは知らずに……最初から、騙されていた。




 「私もここに来たのはつい半年前なんですよ。旅の者だと言えば物珍しさに好意を示してくれまして―――実に、やりやすかった」




  こいつは―――




 「何のために、そんな事をした……」

 「私の依頼者の意向でしてね―――それ以上は本人に聞いてください。丁度、到着したようなので」




  そうしてまた一人、奴らの中から一人の男が現れた。

  決して若くない、少々大柄なその男―――

  眼は、揺ぎ無い眼差しを宿している。




 「初めましてだな。私はトレディア・グラーゼ―――ケーニッヒの依頼者だよ」

 「お前が……」




  トレディア・グラーゼ―――

  こいつが、この惨状を……この地獄を、呼び起こした人物……!

  意識せずとも俺は自然と奴を睨んでいる。

  それぐらい今の俺は―――頭にきている。




 「まずは一言謝っておこうか。巻き込んでしまって済まない」

 「……何?」




  出会い頭にいきなり、それもこんな状況でそんなセリフが出てくるとは流石に思っていなかった。

  だが、巻き込んでしまって済まない……?

  それはつまり、俺に対する謝罪。

  それはつまり、俺以外の―――今ここで死んでいった人たちへの謝罪ではない。

  ―――まあ、そんなモノは端から期待しちゃいないが……

  それでも―――真っ先に謝罪を述べるべき相手を差し置いて俺にそれを述べた事が余計に頭にきた。




 「テメエ、謝るなら相手を間違えてんじゃねえよ……! 俺に謝るぐらいならここの住人に謝る気はねえのかよ!?」

 「……確かに気の毒な事をした。だが私はそれに後悔はしていない」




  本当、我を忘れそうになる。

  後悔してないだと? ふざけろってんだ……!

  自分の意思でやってんだ、後悔なんざしているようだったらこの場で有無を言わさず切り捨ててる―――




 「君の怒りも尤もだ。このような大量虐殺―――確かに許されざる事ではない。だが―――だからこそ、私は止めるわけにはいかない」

 「ハ……なるほど、イカれてやがるなテメエ」




  剣を構える。

  痛みなんて怒りでどこかに飛んでいる。

  この分なら、十分に戦える。

  少なくとも目の前の馬鹿野郎を斬る事は―――できる筈だ。




 「私は革命を起こしたい。今の様に誰かの命が散っても遠くの者は何も感じない―――そんなこの世の中を変えたいのだよ」

 「一生言ってろ……俺には関係のない事だ」

 「そうかね? 私としては、君のその力こそ世を変えるために使うべきだと考えているのだが」




  世の中を変える?

  はっ、馬鹿言ってんじゃねえよ。

  こんな事をやっておいて、よくもまあそんな事を言いやがる。

  何かを変えるのに犠牲は付くものだとか、そんな下らない御託はどうでもいい。

  いいか―――




 「世の為だろうが何だろうが、それで誰かを泣かせてりゃ世話ねえんだよッ!!」

 「では―――私と共に世を変える気は無いと?」

 「くどい! 俺はテメエを許さねえ、許す訳にはいかねえんだよ!!」




  叫びと同時に、爆ぜた。

  ただ一直線に眼下のいる奴―――トレディア・グラーゼに向かって突っ込む。

  だが、そこに割り込む一つの影。




 「ならば―――貴方の相手は私です、皇陣耶」

 「どけぇえええええッ!!」




  ケーニッヒが腰から二本の刀を抜き放つ。

  日本刀を思わせるそれは右が左より長めに出来ている。

  そして柄から鍔にかけての機械的なあの造り―――やはり、デバイス!




 「だぁあああああ!!」

 「はぁ!」




  振り降ろしたクラウソラスと奴の刀がぶつかり合い、その衝撃が辺りを揺らす。

  刀は構造上どうしても打ち合いには向かない造りだ。

  だったら、その弱点を責める―――!




  拮抗している状態を自ら別方向に移動することで崩し、奴の体勢を僅かながら崩す。




 「ぬ」

 「せいっ!」




  そのまま左へと回りこみ、斬り上げを仕掛ける。

  だが軌道が読まれているのか、それは奴が横に身を逸らしただけで軽く避けられる。

  負けじと踏み込み、奴にもう一振りを見舞う。

  左上方からの斬り下げ、これに対して奴は―――ガシャン、という音と共に二つの刀の柄尻から何かを排出した。

  途端に奴のデバイスに多大な魔力が―――




 「ッ―――!」




  とっさに危険を察知して身を捻る。

  奴の刀は、その刀身が紅く輝き―――右の刀を振るった。




 「血ノ嘆キ―――!」




  トリガーと共に刀身に宿った魔力が解放される。

  放たれる魔力は紅―――血の様に、深く濡れたアカイ色。

  それが、まるで鎌鼬の様に俺の真横を通過する。

  アレが通った場所は深く鋭利に、地面が割れていた。

  そして、寸断無く奴の左が俺に向けられ―――




 「弐ノ太刀!」

 「バーストセイバー!」




  俺が剣を振るうのと奴の刃が届くのは同時だった。

  ギィンと血の刃が嫌な音を立て、俺のバーストセイバーがその効力を発揮する。

  即ち、接触による爆発。




 「っ、中々―――!」

 「だぁ!」




  何度もこれを経験した俺は当然、爆煙が視界を奪う中でも相手を認識する術を使っている。

  視界が悪いからといって奴の姿を見失う事は無い。

  真正面にいる奴の背後へ転移を使って即座に移動する。

  目の前にはがら空きの背中。俺が正面から来るか背後から来るかを窺っているのか―――

  だが奴が構えるその前に、俺は奴を仕留める!




 「疾っ」

 「っ、そこ!」




  奴の銅を薙ぎにいった剣は振り向きざまに鋭く払われた右の刀に撥ねられた。

  次いで左の太刀が続きざまに振るわれる。

  くそ、俺が次に振るうより奴が別の刀で来る方が速い―――!

  まるで円を描くかのような、舞を想わせるその剣裁き。

  右や左、上や下と様々な方向から刃が迫ってくる。

  二刀に対して一刀と手数からして不利なところだっていうのに―――!

  徐々にケーニッヒの速度に俺がついてこれなくなっていく。

  肩、左腕、脚―――次々と小さな切り傷が付けられていく。




 「なろう―――!」

 「ははは、どうしました! 貴方はこの程度ではない筈だ!」




  うるせえよ―――!

  安い挑発にまんまと乗せられながらも、クラウソラスを握る手に更に力を込める。

  このままではジリ貧になる事は必至だ。

  だったら、その前に奴の手数を減らしてやる―――!

  狙いは左。

  奴が振るうのにタイミングを合わせて―――




 「はあ!」

 「そこ、だっ!!」




  振るわれた刀に対して全く逆の向きから剣を合わせる。

  左の刀の刀身の付け根を狙ったそれは当然、振るわれた刀と衝突する。

  後は純粋な力勝負。さっきは刀二本で俺の剣を受けていたのなら―――片腕だけなら弾き飛ばせる率が高い。

  だからこそ両手に力を込めての渾身の斬りこみ。だが―――




  あろうことか奴は、刀を握っていた手を離した。




  支えられる力が無くなった刀は自重で当然地面に向かう。

  そして、狙った場所に何も無くなった以上―――俺の攻撃は空を切る。



 「なっ―――」

 「ほら、空振っている場合じゃない!」




  即座に右の刀が迫る。

  奴の剣戟は既に線ではなく閃。

  電光石火で繰り出されるそれは通過した箇所を容赦なく切断する線。

  アレに捕まってしまえば人間など面白いように解体されるだろう。

  それほどまでに鋭利、それほどまでに洗練された殺すための太刀。




 「く、そ……!」




  迫る太刀をやっとの思いで弾き返す。

  その次の瞬間には、真下から迫る白刃の刃―――




 「うぉわっ!?」




  とっさに頭を同じ方向に逸らして頭がぱっくり割れるのを回避する。

  そのまま後ろへと後退し―――今のありえない方向からの奇襲に歯噛みする。

  あの右を振るった直後、体の右側面を俺の正面に向けていた以上は左が来るなら必然的に左側からだ。

  だが真下からの奇襲―――あれは何だと思い、正面にいる奴を見て得心がいった。




 「どうです? 私の特技は―――中々に大したものでしょう」

 「……どこかの大道芸人って方が説得力あるがね」

 「良く言われます」




  そう言って奴は“足”で自身の刀を回す―――

  なんて非常識な、と悪態をつく。

  俺の目の錯覚でなければ、奴は足すらも刀を扱う手段としているのだ。

  よくよく見ればあいつの足を覆うバリアジャケットはそれを考慮されているのか足袋の様な形状になっている。

  なるほど、鋭さを武器とする奴にとっては刀を鋭利に払う事が出来るのならどこで刀を使おうと変わりは無いらしい。

  刀は元来、純粋に物を切断する事に特化した獲物だ。

  俺の扱うような西洋剣は重さと力で叩き斬る、もしくは潰す事に特化している。

  それと違ってただ純粋な切断に特化した刀が必要とするのは何よりも速さと技。

  強度が無い分扱いが難しい刀は、それ故に使いこなす事が出来ればこの上ない武器となる。

  日本刀が最強の刃物と称されるのもその純粋な切れ味の高さが評価されての事だ。




  だが、そうなると非常にまずい―――




  俺の手に握られるクラウソラスの刀身を見る。

  さっきまで傷一つ無かった刀身は、奴の剣戟によって所々が刃毀れしている―――

  つまり、技術としては完全に奴が上だ。

  強度として勝るこちらの剣をここまで傷つけている以上、それは確実だろう。

  ならば、長期戦は不要。

  いや、元々それほど俺に時間も残ってはいない。

  さっきから体の感覚が薄くなってきている。

  このままじゃそう遠くないうちにぶっ倒れてしまうだろう……

  魔力もさっきから飛ばしている上に傷口を塞いでいる。もう奇襲を仕掛けるだけの分は無い。

  だから、狙うのなら一撃必殺!!




 「―――む?」




  俺の全力を以って―――奴を斬る!




 「ディバインセイバー―――」




  クラウソラスを逆手に構え、刀身に魔力を叩きこむ。

  カートリッジを装填し、更に魔力を刀身に流す。

  魔力が流れる度に輝きを増してく刀身―――

  燃える夜の中、星が落ちたかのように眩い光が溢れている。




 「―――なるほど。そちらがその気なら、私も」




  奴のデバイスからもカートリッジが排出され、血の様に紅い魔力が揺らめく。

  それは徐々に密度を増していき、より深く、より色濃くその色を赤く染める。




 「啼きなさい―――月影」




  まるで超音波の様に甲高い音が辺りに響く。

  立っているだけでも眩暈がしそうだっていうのにこの仕打ち、正直キツイ。

  特に頭に直接響くのは頂けない。

  これ以上は、またおかしくなりそうで怖い。

  だから、剣を握る手にもっと力を込めた。




  ―――静寂が流れる。

  互いに魔力を臨界にまで高め、確実に相手を仕留めるために―――駆け出した。




 「フル―――スラストォ!!!」

 「紅ノ閃光―――!!!」



































  キン、と―――

  そんな呆気無い音を立てて、刃が地面に突き刺さった。




 「―――」

 「―――」




  動かない、動けない―――

  硬直の理由が違う双方。

  あの瞬間、確実に決着は着いた。




  そう―――




 「が、はっ……」

 『マスター!!』




  胸から右肩にかけて、鮮血が飛び散った。

  次いで、また腹の中からせり上がってきて―――それもまた吐いた。

  目の前が、紅く染まる。




  そう、あの瞬間に決着は着いた。

  紅い軌跡がクラウソラスごと俺を斬り裂き―――




 「勝負あり、ですね」




  クラウソラスはその刀身を両断され、俺は更に深手を負った。










  つまりは、俺の―――敗北。










 「は……ぁ……」




  体を支え切れずに、仰向けになって倒れこむ。

  ……血が、止まらねえ。

  こりゃちょっと、ヤバイかな……

  急激に意識が白んでいく。

  もう、自分の意識を繋ぎ止めるだけで―――精一杯だった。




 「楽しかったですよ、皇陣耶―――貴方との殺し合いは久々に心躍るものだった」




  ―――奴が、近づいてくる。

  顔にはすでに余裕の笑み。

  いや―――




 「気を抜けばこちらが斬られるあの緊張感―――貴方ほどの腕前の人間はそうはいないでしょう。誇って良い事だ」




  あれはただ純粋に―――殺戮を楽しむ者の顔だ。

  悦楽と狂気に歪んだ、冷酷な顔。




 「こんな死闘は、そう―――二年ほど前、ティーダ・ランスターという男と戦った時以来だ。できれば再戦を願いたい処ですが―――」




  今までずっと糸のように細かった眼が、うっすらと開く。

  瞳は、残酷なまでに紅く染まって、冷酷だった―――




 「これも依頼者の意向です。残念ですが、貴方はここで―――死になさい」




  死神がその鎌を振り上げる。

  死の宣告を告げようと、ケタケタと嗤っている。

  それを見ながら、俺は―――



































  最後のカードを、切った。










 「なっ―――!?」




  ここに来て初めてケーニッヒの顔に動揺が浮かぶ。

  それもそうだろう。

  奴の目に飛び込んできた光景とは―――奴を中心とした半径5mに及ぶ巨大な魔法陣。

  二つのベルカ式魔法陣が重なり、六芒星を描くソレ―――




  そう。

  俺の持つ中で最大の威力を誇る魔法。

  ―――グランシャリオ・エクスキューションシフト。




  六つの頂点、中央の天空より白銀の星剣が顕現する。




 「最初っから用意していた大番狂わせの最後の大道芸だ―――たっぷり味わいやがれッ!!」

 「―――ッ!!」




  最後の魔力を使ってスイッチを押す。

  瞬間、七つの星は周囲諸共目標を吹き飛ばした―――



































 「がぁ……っ!!」




  爆風に吹き飛ばされて体を地面に打ち付ける。

  そのまま飛ばされた勢いに逆らえずに二転、三転―――

  十を超えた処で、ようやく体は止まってくれた。




 「は……ぐ」




  もはや指一本動かせそうにない。

  俺の最後の大仕掛け―――確実に奴を捉えたソレはかなりのダメージを与えられた筈だ。

  たとえ倒すまでにはいかなくとも、一矢は報いれた……は、ざまあみろ。

  が、状況は依然著しくない。むしろ最悪だ。

  魔力はゼロ。体は痛みで動かせない。おまけに意識は今にも消えそう―――

  それに加えて相手方の軍勢はいまだ健在。トレディアの野郎だって悠長に眺めている。

  ああ、くそ……本気で今日は厄日だ。

  死ぬつもりなんてさらさら無いが、これは流石に……










 「まったく、まだあんな手を残していたとは―――本当に殺すのが惜しくなる」

 「―――ッ」




  その上、今一番聞きたく無い声まで聞こえてきやがった。

  何とか顔だけでもそっちに向けて―――ああ、いたよ。

  纏っているジャケットに傷一つ付けずにピンピンしてやがるよ、野郎―――




  ……クソッタレ。




 「実際、貴方が酷く消耗していなければどうなっていた事か―――」

 「ケーニッヒ、もういい。早急に止めを刺せ」

 「……まったく、仕方ありませんね」




  今度こそ、死神が近づいてくる。

  さっき殺し損ねた分、確実に殺す気だ―――鎌がでっかくなってる。




 「―――何か、言い残す事はありますか」




  言い残す事―――沢山ありすぎて困るな。

  ただまあ、一つ言うとするなら―――




 「地獄に堕ちろ、クソッタレ」




  そう唾を吐いてやった。

  それを見届けて、奴は宣告を下す。




 「では―――さようなら、皇陣耶。貴方と過ごした日々はそう悪くありませんでした」



































 「ディバイン、バスターッ!!」

 「何っ!?」




  瞬間、目の前を一筋の閃光が襲う。

  確実にトレディアを狙ったそれは、桜色の―――




 「くっ!」

 「逃がさない―――!!」




  大きく後退してソレを回避したケーニッヒに迫る金色の閃光。

  そして―――




 「ディアボリック・エミッション!!」




  上空に現れた巨大な闇の塊が周囲の敵を呑みこんでいく。

  これは―――




 「陣耶! しっかりしろ、陣耶!!」

 「ぁ……とれい、たー……?」




  白いバリアジャケットに、黒い髪と、蒼い目に、背中の翼……ああ、トレイターだ。

  なんだよ、情けない顔をして……

  何泣きそうになってんだ? お前、そんなキャラじゃねえだろ……









  遠くに雷鳴が聞こえる。

  不意に、顔に落ちてきた雫を見て―――ああ、降るな、なんて思った。

  そうして、俺の意識は断線した。





















  Next「止まれぬ者」





















  後書き

  陣耶、完全敗北の巻。

  前回で「誰だよケーニッヒってw」って思った人、こういう事です。

  陣耶とほぼ同年代だけど若干ケーニッヒの方が上です。

  そして何やら色々出てきちゃった今回。

  そうです。〜A's to StrikerS〜最大の山場がこれです。

  といってもまだ大分続くんですがねw これが終わったらようやくStrikerSです。

  ていうか、今回に色々詰め込みすぎだっての……読者の方々ついて行けねーよ。

  お目汚し失礼しました。

  では、最後に拍手の返信を―――





  >もっとアグレッシブな陣耶を期待するwww


  またもや催促が!?

  こ、これは本気でアリサIFを考えた方が宜しいのかw





 

  それではまた次回―――






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