「―――」




  暗い、暗い場所にいる。

  深い、深い場所にいる。

  いや、そもそもここが場所なのかさえ分からない。

  分かるのは、俺がここにいる事……

  何の目的も、意志も無く―――ただここに在り続ける。

  ここはそういう所だ。

  誰しもが持つ始まり、根源、起源、原初の場所。

  生まれ落ちたその時から持つ、生物におけるオド、無意識の領域。

  自身を形作る中枢。理性や本能を超越した在るべき姿。

  その暗い淵、原初の海の果て、根源の根幹において―――




 「―――」




  小さな黒と、大きな白。

  その小さな黒はとても怖い。

  それはつい最近根付いたモノなのか、まだ小さくはある。

  けど―――いつか全てを呑み込んでしまいそうで、怖かった。

  大きな白は何故か懐かしい。

  いや、正確にはソレは白くはない。

  黒と鬩ぎ合い、争うようにそこに在る大きな―――虹色。

  それは酷く懐かしく感じられるモノだった。

  あの虹色を見ていると、あの頃の熱を思い出す。




 『打倒せよ―――』




  あの、頭が真っ白になるような―――




 『あの闇を打倒せよ―――』




  あの、溶けるような、熱―――




 『その為に―――』




  その為に、俺は―――










 『―――ッ』




  声にならない叫びを聞いた。

  遠く響く怨鎖の声、慟哭の咆哮。

  全てを蹂躙する大きな闇、それに対する小さな光。

  戦場は瓦礫だらけの―――ついさっき廃墟となった街。

  動く生命は一つ残らず喰い尽され、取り込まれた。

  そして、その光景こそがあの場にいる者たちの根源にして起源。










  大きな船と、小さな光。それに追随する様に集ういくつもの小さな灯。

  それに対する、一つの巨大な―――黒い影。




















  〜A’s to StrikerS〜
         Act.25「零れ堕ちる者」




















 「ん―――」




  軽い日差しを浴びて、目が覚めた。

  自分が寝ているのは大きな干し草の束。

  まるでどこかの農家みたいだ。

  この時期はここでは夏季にあたるのか、体に掛ける物は必要無かった。




  風が吹く。

  鼻をくすぐる自然の臭いが心地良い。




 「ここに来て早三日―――まだ回復の兆しは無しと」




  唐突だが、俺は現在時空遭難者もどきの状態である。















  ―――時は数日前までに遡る。

  あの強制転移魔法でみんなとはバラバラにされてどこぞの世界へと飛ばされてしまった俺は、運良く通りかかった人に助けてもらえた。

  そのままその人の住んでいる集落にまで運びこまれた。

  住民からすれば奇特な格好をしているのも遠い所から旅をしてきたという言葉で誤魔化した。

  そのまま何とか腹部の傷の治療をしてもらって、何とか危機は免れた。

  しかしそこでもう一つの問題にぶち当たる。




 「クラウソラス、まだ駄目か」

 『はい。少なくとももう数日程度はかかるかと』




  強制転移魔法があまりにも無理矢理な術式だったのか、世界と世界の間の次元が安定していない。

  この状態で下手に次元転送を行おうものなら荒れた次元の波に捕まって変な所に攫われかねないのだ。

  事例なんて無いが並行世界とか時間移動とかもありうるかもしれない。

  次元なんて移動できるだけであってそれ以上の事はまだ謎だらけなのだ。

  世界中の学者が全員躍起になって解明しようと頑張ってはいるが、はてさてそれはいつの事になるのやら……

  だがまあそんな事は関係無い。今の俺に関係あるのはこのままでは下手に帰る事も出来ないという事だけだ。

  本当、傷が良くなるまでならここに留まってくれて良いなんて言ってくれる奴がいなけりゃ途方に暮れてたところだ。




 「ケーニッヒには感謝しなけりゃなるめーな」

 『そうですね』




  ケーニッヒ―――ケーニッヒ・アストラス。

  道端に倒れてた俺を拾ってくれて、傷の面倒まで見てくれた揚句に暫くの間なら住居すら提供すると言ったおそらく超の付くお人好し。

  中世的な顔立ちで肩まで伸びる黒髪は根元で括ってある。

  最初見た時は思わず女かとも思ってしまったものだ。

  あと、すっごい優男だった。そして細目、つーか糸目。

  世の中はいる奴はいるもんである。




  ……同年代で懐の広い人物で助かった。




 「もしもーし、起きましたかー?」

 「おう、今行くわ」




  ケーニッヒが住んでいるここは決して文明が発達した場所じゃない。

  食材調達には狩りを行うし、火を熾すのだって化学燃料とかは一切使ってない。

  ちょっとした集落の周りに広がるのは地平線まで広がる広大な草原と密林。

  密林の中には川もあるらしいので水には事欠かないらしい。

  そんな大自然の中のせいなのか、空気は美味いし出される料理だって良い味を出している。




  けど女性ばっかり見かけるのは気のせいだろうか。

  男を見たのなんてここじゃケーニッヒくらいで……男女比1対792とか言い出さんだろうな。




 「さて、と……いい加減に起きますか」

 「ええ、そうしてください。見た所大分良くなった様なので少し手伝ってもらいたいんですよ」

 「よしきた任せろ」




  ―――他の奴らとの連絡は取れていない。

  これも次元の荒れが原因なんだろうから俺にはどうしようもないのだ。

  けど、俺は別段心配はしていない。

  俺と違ってあいつらはそれぞれ複数人で纏まっていた。

  だから何かがあったとしても、あいつらなら大丈夫だろうと……そう思ってる。

  第一、 今の俺は他人の心配をできるほどの余裕も無い。

  あいつらの事を心配するのは帰ってからでも遅くはないだろう。

  今は海鳴に戻る事を考えて―――




 「ああ、今日は狩りに出ますので遅くなります」

 「おーう、気いつけろ」




  ―――まあ、その割には大分のどかな時間を過ごしてはいるのだが。




  あ、学校の出席日数と単位どうしよ……




















                    ◇ ◇ ◇




















 「―――貴様も随分と味な真似をしてくれる」

 『―――』




  無視、か……

  まあいい。どの道返事など期待してはいない。




 『……貴方は』

 「何?」




  珍しい事もあるものだ。

  まさか奴から会話を試みるとは……干渉した事からの影響か?

  まあ下らない話になるだろうが、暇つぶし程度にはなるだろう。




 「何だ、聞きたい事があるなら言ってみたらどうだ? 答えてやらん事も無いが」

 『貴方は……何時まで、こんな事を続ける気ですか』

 「ハ―――」




  ……ク、まさかな。

  今更奴の口からこんな事を聞くとは思いもしなかった。

  ああそうだとも。いつまでこんな事を? 続ける気かと?

  そんな事は言わずとも知れているだろう。

  俺はそうで在り続ける者でお前はそうした俺の原因の一つだ。

  ああそうだ。だからこそ止める気などない、続けるさ―――それこそ、永久に。

  それこそが俺の本懐、望み、願望、願い、欲望―――求めて止まない渇望せしモノ。




 「ハ、ハハハハハハハ……聞くまでも無いだろう聖者。俺は元よりそうした者なのだからなあ」

 『……』

 「ああそうだ、そうだともッ! 他でもない貴様が分からない筈がない! 知っているだろう、成るべくして成った者だとッ!!」




  ハハハハ、面白い。

  今更こんな事を問う必要があるか? 下らない、意味が無い、面白い。

  茶番か? ああそうだな、茶番だとも。

  贖罪か? そのような殊勝な心掛けがあるようにも思えんがな、俺には。

  希望か? そうだろう。でなければ何故あのような真似をするのか。

  ああ、こうして見ると実に下らない!

  その縋る様、未練がましくも見ていられん!




 「滑稽だ。実に愚かで愚鈍で鈍感愚昧不変無意味無知愚直純真潔白!! あんな事で何かが変わる訳でもあるまいに!!」




  笑う嗤う哂うわらうワラウ。

  可笑しくて嗤う、悲しくて笑う、憤りで哂う。

  ああ、なんて茶番。三文芝居にも劣る安物の脚本だ。

  だがそんな出来の悪い茶番劇こそが―――相応しい。

  ああ、いいだろう。そうすると決めたのが貴様だ。

  貴様がそうである様に、俺とて俺の生き方がある。




 「精々足掻くんだな。どの道、今の貴様には何も出来ん」

 『……』




  黒い球体が、脈を打った―――




















                    ◇ ◇ ◇




















 「ふむ、狩りに参加させてほしいと」

 「おう。いつまでも世話になりっぱなしってのもなんだしな」




  あれから二日して俺はケーニッヒに狩りの参加を申し出た。

  ここ数日傷の手当てに食事の面倒、寝床まで用意してくれているに何も返さないというのは流石に無いだろうと思っての申し出だ。

  傷はまだ完治という訳にはいかないがもうほとんど塞がっている。

  少々の戦闘ならば大丈夫だろうし、何より体をそろそろ動かさないと鈍りそうだ。

  そこで恩返し+適度な運動として狩りの協力を申し出た。

  一人でやる訳ではないのならそれほど負担にはならないだろうし、いざとなれば奥の手でも使えば良い。

  ここの文明なら下手を打っても怪奇現象で済ませられそうだからまあ大丈夫だろう。




 「うーん……」

 「とりあえず囮役ぐらいにはなれるからさ、なんとか頼めんか」




  唸るケーニッヒにもう一押し。

  ここ数日でこいつが押しに弱い事は知っている。

  つーことで後もう一押しぐらいで―――




 「はあ―――仕方ありませんね。私の傍から離れない事が条件ですがそれでいいですね」

 「おーけー、感謝する」




  なんだ、もう一押しと思っていたのに拍子抜けした。

  珍しく折れるの早いな。

  それはさておき、そうと決まれば狩りの準備だ。

  もと着ていた服を整えて―――靴良し、体良し、体力良し。

  クラウソラスの方もダメージは無い。万が一の時はこれで大丈夫だろう。




 「それじゃあ行きましょうか。少々遠いですが良いですね?」

 「うっし、了解」















  で、気づけば辺りは真っ暗だった。




 「おーいケーニッヒさーん。ここ何処よ?」

 「どこも何も、狩り場ですが? ここいらに丁度美味しいネッシーが……」

 「いやいやいやいや」




  ここまで来てネッシーかよ、っていうのは置いておく。

  つうかこんな所にネッシーかよっていうのも置いておく。

  あと地球じゃないのにネッシーかよってのも置いておく。

  重要なのは今日はえらく遠出をすしているという事。

  いつもならもう帰っているのだが―――あ、遅くなるとは言っていたか。

  そこまでの手間暇をかけるとは結構な珍味と見た。

  少しばかり料理を齧る者としては興味は尽きない。




 「さて、着きましたよ」

 「おおー……やっぱり湖なのね」




  はてな顔をされるが、まああまり関係の無い事なので口を紡ぐ。

  さて、ネッシーといえば恐竜っぽい姿形がメジャーなのだが……




 「なあケーニッヒ。ネッシーってどんなのだ?」

 「ああ、はい。具体的には―――ああ、丁度あんなのです」




  と、ケーニッヒが湖面の一角を指差す。

  その湖面がザザザザーと音を立てて盛り上がり―――




  出てきた巨体は全長で5mほど。

  けむじゃくらな体毛に鷲の様な嘴。

  ぎょろんと見開かれた目玉にエラの様な四本の脚。

  それと3mはある長い尻尾。

  …………………………ネッシー?




 「いやいやいや、ネッシーってのはもっとこう愛嬌のある―――」

 「アレがネッシーですけど」




  マジかよ。

  何だあれ、キマイラ上等とでも言いたげな怪生物は一体何なんだ。

  全人類の夢を悉くブロークンファンタズムってくれたよ。流石異世界だなコンチキショウ!

  なんか体毛は嫌にカラフルだし……ピンクに黄色に緑に黒に―――うわあ、目が痛い。

  もう可愛らしいなんて間違っても言えない。むしろキショイ。




 「? どうかしましたか」

 「いや、夢の儚さを改めて実感してた所」




  ははは、ほんとに人の夢って自分勝手なのが多いなあ。

  それはそれとしてもこの仕打ちはあんまりではなかろーか。

  くそう、子供心に期待していた俺の純心を返せ!

  はあ……




 「まあいいや。早い事仕留めよう」

 「っ、いや……待ってください」




  出頭をケーニッヒに早速挫かれる。

  むう、今度は何だというのだろうか。

  ケーニッヒが息を潜めてネッシーを見ている。

  俺もそれに習ってネッシーを見ると……何か震えていた。ネッシーがフルフルと。




 「……何だあれ。何かの合図?」

 「いえ、私がこれまで見てきた限りではあんな事は―――」




  なかった、と続ける前にソレは突如として起こった。

  突如膨らむネッシーの背中。ボコボコとかたちが変形し、盛り上がっていく。

  そのまま壊れた人形のようにネッシーは力無く首を垂れ、盛り上がった背中から血飛沫が舞い上がった。




 「んなっ……!」




  鮮血乱舞、とはこの事でも言うのだろうか。

  バラバラと空を舞う鮮血の雨に紛れてネッシーの破けた背中からいくつもの人型の影が飛び出す。

  およそ人間としてはあり得ない脚力を持ったソレは湖の淵に着地すると同時にその姿を見せた。




  全身を覆うスーツに所々の関節や要所を覆うプロテクター。

  目はバイザーを付けていて見えない。頭からは触手の様なコードらしき物が二本ほど伸びている。

  女性なのか、胸にははっきりと膨らみがある。

  そしてその降り立った人影は―――全て同じ姿をしていた。




 「おいおい……ここの住民はあんなビックリをする趣味でもあるんかね?」

 「いえ―――少なくとも私は、あんな奴らの事は知らない」




  だろうな。

  アレはどう見たってここの文明レベルと釣り合いが取れる代物じゃない。

  ここの世界を見て周った訳ではないからはっきりとした事は言えないが―――十中八九、アレは別の世界から持ち込まれた物だ。




  ケーニッヒと息を潜めて様子を窺う。

  現れた人影はひいふう……4、か。それなりの数だな。

  状況整理―――俺は完全とはいかないが戦闘は出来る。7割程度の戦闘なら支障は無いだろう。

  クラウソラスも問題は無い。

  だが、あの人数相手だとケーニッヒの存在がネックだ。

  あれだけの数を相手に護りながらっていうのは、今の俺には少々きつい。

  さて、どうしたもんか―――




 『―――』




  キュイン、と機械的な音を立てて人影が辺りを見渡し始める。

  くそったれ、機械か何かかよあんな音立てやがって。

  だとするとマズイな……大体こういうのはお約束がある。

  そして月村家での経験が頭の中でアラートを発している。

  即ち、“ニゲロ”と。

  ありゃー隠れていても意味なんてなさない代物だと訴えかけてくる。

  うん、同感。俺だって今そう思う。

  だってさ―――




 『―――熱源反応、探知』

 「ほらねえええええ?!」




  あーいうのにはそういった探知機能が付いているのがお約束だよねえええ!?

  あいつらがこっちに手を向けようとして―――その前に隣のケーニッヒを抱えてダッシュ!!




 「な、何をっ?!」

 「逃げんの! 離れるの! あーいうのは相手にせずにとっとと撒くの!!」




  先手必勝三十六計逃げるに如かず!!

  あいつらがアクション起こす前に回れ右180°反転全力疾走脱兎の如く颯のよーに!

  殺られる前に逃げるが勝ちッ!!




 『マスター。後方より熱源反応、四』

 「ちい、やっぱ追ってくるか」




  そりゃあこの程度で撒けるなんて期待しちゃいませんでしたがね。

  さて、そうなるとケーニッヒをどうするかだが……

  一緒にいるなんてのは論外だ。何かの拍子で被害が行きかねない。

  そうなると必然的に一人で帰ってもらうのが一番なんだが……

  ―――




 「ケーニッヒ、どうやらお迎えが来たらしい」

 「は?」




  走りを止めて体にブレーキを掛ける。

  あいつらとの距離もそう遠くない―――

  この距離のアドバンテージもすぐに消えてなくなる。

  少々危険だが、ここから先は一人で戻って貰う方が纏まっているより安全だ。

  あの四体は俺が相手をすればいい。




 「こっから先は一人で集落に戻れ。いいな?」

 「いや、だから貴方は―――」

 「んじゃな!!」




  ケーニッヒを置いてその場から駆け出す。

  魔力も使った疾走はみるみるケーニッヒの影を小さくして―――

  ほどなくして、目の前にさっきの四つの人影を捕捉した。

  速度はやはり、人間のソレを超えている。

  何一つ無駄の無い統率された、不自然なまでに自然な動き。

  間違いない。アレは中身が機械―――




  クラウソラスを起動させて、バリアジャケットを展開する。




 「後ろには集落―――ここで食い止めるぞ、クラウソラス」
 『了解(ヤー)




  月明かりと星明かりが薄く森林を照らす。

  視界は少々悪いが―――この程度っ!




 「まずは牽制!」

 『Shooting set』




  周囲に白銀の矢を展開する。

  1、2、4、8、16……




 『魔力反応、感知』




  こちらの魔力行使に気付いたのか敵は散開して回りこもうとする。

  魔力行使に気付く辺り、やはりそっち関係なのか―――

  だが、それは後で考える事だ。

  今は目の前の敵を―――打倒する!!




 「シュート!」

 『―――魔力弾多数接近。回避運動』




  放たれた矢は敵に当たる事無く、散弾銃の様に辺りの地面を抉っていく。

  だが回避のために出来た動きの乱れ―――まずは右!

  足を滑らせるように横へ流し、魔力と共に一跳びで接近する!




 「はあ!」

 『敵対勢力接近。近接戦闘を開始』




  嫌に機械的な音を立てながら振り抜いた剣を拳で迎撃される。

  最短距離、最短の動作で放たれた拳は最短の硬直でもう一撃を俺に見舞ってくる。

  狙いは顔。

  情けも容赦も見受けられない常人ではありえないスピードで繰り出されるソレは一撃必殺。

  当たればまず命は無い。俺の顔などトマトの様にぐちゃぐちゃになるだろう。

  その拳が顔に当てられる―――その直前に斬り返した剣で弾き飛ばす。




 『―――』




  不意に別方向から襲った衝撃に今度こそ敵は体勢を崩す。

  姿勢が崩れた体にそのまま追い打ちをかけ―――その前にその場から横へ跳ぶ。

  その瞬間に俺のいた場所を抉る質量を持った爆発。

  爆発した個所からは黒煙が立ち上り焼け焦げる匂い―――質量兵器か、厄介な。

  バリアジャケットには耐衝撃用の機能が備わってはいるが、完璧なんて事は無い。

  普通の銃弾程度なら肌が露出している個所にでも当たらなければ大丈夫だろうが、流石に限度がある。

  それにそういった物理的攻撃は魔法を防ぐ障壁では防げない。

  魔法を防ぐ障壁はあくまでも魔法を防ぐ物であり、それは物理的攻撃を防ぐのも同じ事だ。

  とはいえ俺の障壁なんてあったとしても大して役に立たないのだが。




  前方から敵二体の射撃。




 「当たるかよっ」

 『Quick move』




  加速魔法で一気に横に跳んで射撃を避ける。

  その勢いまま近くの木々の間に突っ込んで、そこに紛れこんで敵の目をやり過ごす。




 「さて、どうするか……」




  予想通りあれは機械兵器だ。

  腕からあり得ない物が飛び出たりしている時点でそれは確定的だ。

  その上、奴らは動きに無駄が無い。

  常に最高の攻撃を繰り出し、最大の効果を得ている。

  統率された動き、隙の無い動作、機械故の無駄の無い判断。

  さて、厄介だが―――まあやりようはある。

  見た所奴らは大した知能を持ってはいない。

  あらかじめプログラムされたとおりに動いているだけの人形だ。

  それなら、そこを衝けば十分に勝機はある。

  それに―――




 「こういった障害物だらけの場所は、俺のフィールドだ」




  視界の悪い遮蔽物や障害物だらけの月夜。

  ああ、なんて俺向けの戦場だろう。




  俺は元来、正面切っての戦いはやりたがらない方だ。

  周りがなまじ俺より実力のある奴らだらけだったので必然的に生き延びる方を先に体が覚えた。

  どれだけ上手く攻撃を避け、どれだけ上手く距離を取り、どれだけ上手く撹乱するか。

  そんな事をやっている内にそんな戦い方を俺は覚えた。

  そこいらにある障害物で敵の攻撃や動きを制限し、その隙を衝く戦い方。

  遮蔽物から遮蔽物への魔法の補助を得ての三次元運動。

  時には直線的に加速しての直線運動。

  敵を惑わせ、死角を衝き、一撃を加える。




  その様は、そう―――まるで闇夜に潜む暗殺者の様だと、誰かが言っていた。




 「やるか―――」




  可能な限り音を殺し、気配を隠し、魔力を抑え、木から木へと跳び続けて移動する。

  木の幹を蹴り、また別の木へ。

  当然、俺の動きはセンサーで感知されているだろう。

  だがそれだけだ。

  不規則に遠ざかり近づき、視界から消える軌道を採る俺を奴らはまだ捉えられていない。




  だから、今この瞬間に狩り取る。




  狙いは一番距離が空いている敵。

  奴に狙いを定め、前傾姿勢を取る。

  両足に魔力を集中する。

  張り裂けそうなまでに圧縮されたソレを―――解き放つ!




 「獲る―――!」




  足に集中させた魔力を炸裂させての加速。

  一瞬の溜めが凄まじい速度を生みだし、体を弾丸にしての突進。

  一番距離の開いていた敵は射撃体勢を取って―――




 「まず一体!」




  次の瞬間、突如として真後ろから飛来した俺に胴体を真っ二つに斬り裂かれた。

  その勢いのままに直線上の敵に向かって加速―――!

  気づいた敵が迎撃態勢を取ろうとするが、遅いッ!

  左手で奴の顔を鷲掴みにしてそのまま進行上にあった木へと思いっきり叩きつける。

  バキッ、と嫌な音を立てて叩きつけた個所の幹が割れて敵からは機械的な雑音も漏れてくる。

  そのまま首を斬り落とし―――二体。




 『後方に敵反応が二つ』




  クラウソラスの警告に従って即座にその木の上へと跳ぶ。

  空を切る敵の攻撃。

  それを確認した敵二体は上にいる俺へと視線を向け―――その視界に映ったのは落ちてくる大きな木の枝だった。

  気付けば視界を覆うほどに接近していた大きな木の枝―――俺が跳び上がると同時に適当な木の枝を斬り落とした物だ。

  それを奴らが回避する間に枝の一つを蹴り、反転。

  枝に気を取られて俺が視界に映らなかった敵の一体を頭から両断する。

  これで、三体。

  その直後に空を切る音。

  その場を滑るように横に跳んでその攻撃を回避する。

  攻撃を回避された奴はそのまま俺の方へと突進。

  引き離されまいと俺へ接敵しての格闘戦を仕掛けてくる。

  だが―――




 「ウィンドバインド!」




  奴の攻撃を避けながら、腹の部分へと手を当ててバインドを使う。

  手から発生した風が瞬く間に奴の動きを絡め取り、拘束する。




  ―――狙い通り、零距離からのバインドは相手の障壁などの抵抗を最小限に抑えて素早く拘束できるらしい。

  自分がやられてそれを実感したが―――なんとまあ危なっかしい方法だろうか。

  だが、その分メリットも高い。

  現に俺を襲っていた奴も今は身動き一つ取れない。




 「これで―――最後だ」




  五体をバラバラに斬り裂いて、完全に動けなくする。

  これで―――終わった。

  念のために周囲を確認する。

  俺の周りには散らばった機械兵器の残骸が―――合計四つ。




 「ふう……」

 『周囲に反応、ゼロです』




  戦闘が終わった事に気が抜けて、息を吐いた。

  くそ、胸糞悪い……

  機械とはいえ、人の形をしたモノを斬っているんだ。

  分かっちゃいるが、気分が悪くなる。

  ―――駄目だな、切り替えないと。

  とりあえずは片付いたが―――あれで終わりじゃないだろうな。

  ある程度はまだ数が有ると見た方がよさそうだ。

  今ので俺の存在もばれているだろうし……

  何か下手な事をされる前にトンズラしたい処だが―――まだ次元が安定していない。

  もうすぐだとクラウソラスは言っていたが、どうするか。

  こちらから潰しに行くという手もあるがリスクが高すぎる。今の状態じゃまず無理だ。




 「はあ……どうすっか」

 『格好つけて“お迎えが来た”なんて言ってしまいましたしね』




  ぐああああ、後先考えないのもいい加減どうにかしたいんだけどなあああ。

  おちおち集落に顔出すなんて恥ずかしい事この上ないし―――それ以前に巻き込みかねん。

  これで寝床は失った。

  本気でどーするよ、俺。




  と―――




 「……? 何だ、妙に向こうが明るいな」




  遠くが、妙に明るくなっている事に気付いた。

  あっちは確か―――集落のあった方角だ。

  集落があんなに光るような物を所持していたとは思えないんだが……

  妙に明るいその光は空まで赤く照らし上げて―――赤?

  ―――待て、俺はアレと同じモノを……知っている。




 「くそッ!!」




  思考を即座に切り替えて、駆ける。

  密林の中をいちいち走っていたのでは間に合わない。空に出て―――飛ぶ!

  徐々に加速していく景色を横目に、目の前の赤い光を見つめる。




  その光景には見覚えがあった。

  あの色には見覚えがあった。

  あの景色を知っている。

  空を焦がすその色を―――俺は知っている。

  アレは、あの光は―――!




  やがて、集落の上空へと辿り着いた。

  そこに着いた時に目に飛び込んで来たその光景に―――俺は、息を止めた。




 「これ、は―――」




  声が掠れる。

  喉が渇いて、唇は震え、眼は見開かれて―――

  いつか見た地獄が、そこにあった。




 「―――ッ!」




  碌に思考が回らない頭のままその地獄へと突っ込んだ。

  辺りから聞こえる悲鳴。肌を焼く炎の熱。

  そのバリアジャケット越しでも感じる熱さに驚愕する。

  こんな温度の高い炎、普通じゃあり得ない。

  鼻を衝くこの刺激臭は、確実に発火燃料……

  くそ、誰か―――!!




 『敵対勢力、発見』




  不意に、後ろから声がした。

  ついさっき聞いたその機械的な音声。

  ガシャン、ガシャン、と重量を感じさせる音を立てる体。




 『最優先目標として、排除する』




  いつの間にか辺りは、敵で埋め尽くされていた。

  悲鳴はもう、聞こえない。

  …………………………




 「そうかよ、お前らが……」




  血に塗れた手を見て、頭が真っ白になる。

  理性ではなく、本能でその事を意識する。

  生きている生物は―――もうここには俺以外に存在しない。

  奴らの手からポタリ、と落ちる血の雫。

  それが俺の思考を掻き消していく。




  その時だった。

  俺の背後から、物音がしたのは。




 「っ!」




  即座にその場に向けて剣を構える。

  崩れ落ちたテントの様な住まいから這い出てきたのは、一人の女性だった。

  顔は蒼白で、体は今にも崩れ落ちそうだった。




 「な、無事か!? しっかり!」

 「ぁ……」




  女性の顔がこちらを向く。

  駆け寄る俺の顔を認めて、助けが来たのだと思ったのか笑みを漏らした。

  濡れた瞳は涙を流して―――




 「っ、ぁ」

 「―――あ?」




  口から大量の血を吐いて、倒れた。

  体の―――丁度胸の辺りに穴が空いている。

  心臓を、撃ち抜かれて―――

  少し離れた所では、あの敵が射撃した体制のままでいた。

  女性の体から止まることなく血が流れ出る。




 『微弱な生体反応を排除。回収する』

 「……」




  頭が真っ白になる。

  思考は止まり、全ては忘却され、クリアーになる。

  頭が痛い。

  痛い。痛い。

  痛い。痛い。痛い。痛い。

  痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

  痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。




  頭が、真っ白に、なる―――




 「……」




  奇妙なほど静かだ。

  まるで自分だけが止まってしまったかの様に―――

  それでも、痛みは治まらない。

  痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

  ズキズキと痛む。ガンガンと響く。

  掘り起こされる―――深い場所から、ぬるりと、ナニカが、這い出て、クル。




  どこかでそれを拒絶する。

  だけど、止まらない。

  一度漏れ出したその染みは、毒の様に広がっていく―――




  頭の中が、カチリと、繋がった。




 「ァ……」




  瞬間、視界の何もかもが無となって反転する。

  暗い、暗い淵でそれを見る。

  大きな黒と、大きな白と―――

  対峙する二つの色。白と黒、明と暗、陽と陰、光と闇。

  大きな船と、その先頭にある大きな虹色の光。それに集う小さないくつもの灯。

  それと対峙する、大きな―――巨大な黒い龍。




  ドクン、と。

  体の奥底が脈打った。




 「ァ、ア……」




  頭の痛みは無い。

  なら、どうする?

  決まってる―――




  周りには敵。

  敵だ、敵がいる。

  殺しつくした奴らがいる。

  なら、殺しても、文句は無いよな?




 「アァアアアアァァァアアアアアアアアアァァアアアアァアアァアアアアアア!!!!」




  赤い空に、慟哭が響き渡る。

  それが―――殺戮の合図だった。





















  Next「狂喜の刃」





















  後書き

  シリアスパート突入。

  なーんかこの手のお話って筆が良く進みます。

  何せこのお話を書き上げたのたった一日……どんだけー。

  さて、勘の良い人なら色々と気づいちゃえるこのお話。

  分かっちゃった人も分からなかった人もこの先の展開をお楽しみに。

  ここからもう正史から大分歪みますんで。

  それでは最後にありがたい拍手の返信を―――



  >やはり、アリサとのIF ENDを見てみたいw今の関係も凄く良いが、更に近付いた場合どんな感じになるのか……

   甘えまくる猫みたいなアリサも見てみたいw


   それはもうきっと酷い事になりかねませんねw

   普段のやり取りの端々にさり気なく色っぽかったりエロかったり……おや誰か来(ry


  >アリサかわえぇw  しかし個人的には、すずかを……MOTTO!!MOTTO!! 発情期ネタを掘り下げて欲s(ry   


  それは固定ルート確定ですね(断言

  そっちのネタ掘り下げるならIFになるだろうなあ……気長に待っていただければw

  それにしても、アリサ評判だなあ……w


  >メイド服GOOD!! 執事服GREAT!! それに対する陣耶の反応グッジョブwww


  フェイトはメイドも執事もこなせる万能さんだと思うのですよ。

  ほら、男装麗人ってどこか惹かれるものありません? あ、俺だけ?

  さて、次は巫女服でも……(ぇー



  ここまでありがとうございました。

  それではまた次回に―――






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