「じゃー行ってくるなー」

 「おう、行って来い」




  ある日の昼下がり、はやてが学校から抜け出した。

  正確には適当に理由をつけて仕事に出かけたのだが……

  今日は間の悪い事に授業に仕事が被っていたのだ。

  なんでも同窓会的仕事らしく内容としては平和なものだとかなんとか。

  それを聞いてたまにはいいだろうとなのはまで嘱託として出て行ってしまった。

  授業ほったからして何やってんのかと言いたいが、まあ後で泣き目を見るのはあいつらなので放っておく事にする。




 「けどノート取ってやるとか、お前もほんと物好きな」




  俺は面倒くさくてやってられんよ。

  第一自分の事で手一杯で他人の分に気を回せるほどに余裕がないのです。

  くそう秀才め。中学入ってからなんか急に伸びやがって。

  俺は中の中を維持するので精一杯です。




 「アリサちゃんなんてなのはちゃんとフェイトちゃんの二人分だよ」

 「うげ、マジかよ」




  そして流石だな完璧超人め。

  毎回テストで100点が当然とか抜かしやがる天才なだけの事はある。

  その脳細胞の欠片でもいいから俺によこせ。




 「さて、じゃあ私たちも屋上でお昼を食べよっか」

 「おーう」




  仕事は俺も誘われたが面倒だし授業あるからパス。

  今日も平和に学校生活を満喫しましょうかー。




















  〜A's to StrikerS〜
         Act.24「始まりの日」




















  キンコンカンコンと終礼の終わりを告げるチャイムが鳴る。

  空はまだまだ明るい、っつーかまだ昼過ぎである。

  ぶっちゃけ今日は長期の休みが近いこともあって早めに授業が終わるのだ。

  なので別に途中で抜け出そうが別段問題はなかったりするのだが、まあそれはそれである。

  さて、俺はこれからどうしよっかなー。




 「んー、私はこれからお稽古かな」

 「右に同じく。やることが多いのよねえ最近」

 「それはまた、いつもながら御苦労さん」




  塾だの稽古だの、自由を信条とする俺には関係の無い事である。

  そんなことやってるより学校の宿題を片付けるとか家で本を読むとかの方が実に有意義だ。

  まあとにかくこれで俺は実に暇になったわけだが……




 『マスター、聖王教会の騎士カリムからプライベート通信が入ってます』

 「は?」




  こんな時に何の用だあのグータラ騎士。

  また仕事さぼったり抜け出したりして周りに迷惑かけてんじゃないだろうな……

  いつもの様に暇つぶしの相手してくださいとか言ってきたら仕事しろと言って通信切ってやる。

  などと心で愚痴りながらも周りに知り合い以外いないのを見て通信を繋げる。




 『こんにちは陣耶さん。ご機嫌いかがでしょうか』

 「すこぶる元気だが……今からは分からないっすね」

 『あら、それは良かったです』




  にっこりと笑顔でそんな事をの賜りやがる。

  何がいいんだ、何が。

  この人が通信してくるってことは大抵仕事か厄介事である。

  けど仕事なら予めローテーションを組んであるし、今日にその予定はない。

  よって、そこから導き出せる結果と言えば……




 『これからする私のお願いに、"はい"か"イエス"で答えてください』




  また面倒くさい事が起こりそうだ……




















                    ◇ ◇ ◇




















 『アンノウン、南の方角からそちらに向かって進行中』




  今回は平和に終わるかなー、って思っていた今日の任務。

  私のそんな楽観的願いは見事に打ち砕かれてしまったわけで。

  回収対象のロストロギア"レリック"の突然の爆発と、おそらくはレリックを回収しようと現れたアンノウン。

  群青色で細長い楕円形のフォルムに幾つかの黄色い、おそらくはメインカメラと思われる物が目立つソレ。

  浮遊能力を持っていて、攻撃能力として背面からはコード思われる触手のような物とレーザー兵器のようなものが確認できた。

  一機一機は大した戦闘能力は持っていないけど、やっかいなのはそれぞれに搭載されているアンチマギリングフィールドだ。




  一般的には、AMFと呼ばれる対魔力フィールド魔法。

  魔力の結合を著しく妨害されるフィールドの中じゃあ並の魔導師では完全に無力化されてしまう。

  そんな魔法の中でも上位ランクに食い込むその魔法を機械兵器がそれぞれ搭載している。

  フェイトちゃんやはやてちゃんの話だと、これが量産されていたりすると次元犯罪に発展する可能性が高いんだとか。

  ちょっとは管理局に所属していた私としてもその懸念は理解できる。

  それにもしあのアンノウンが量産型だとすれば、AMFを搭載した機械兵器が大量に存在することになる。

  もしそうなった時、管理局の魔導師は果たして対抗できるのだろうか―――




 『南はあたしたちがやる。なのは、テメエも手を出すんじゃねーぞ』

 「はーい。片手が塞がってるから無理な事はしませーん」




  南から向かっているアンノウンの集団はシグナムさんとヴィータちゃんが迎撃するらしい。

  あのアンノウンの戦闘力は未知数だけどあの二人なら万が一の事はないだろう。

  そっちはおとなしく二人に任せて、私たちは転送ポートの方に向かう。

  と、またシャーリーから通信が開いた。




 『北からもアンノウンの反応が出ました! そちらとかなり近い位置から接近しています』

 「む」




  シャーリーからサーチャーマップを受信すると……確かに、結構な数の反応がかなり近くにある。

  たぶんあと二分もしない内に遭遇するだろう。

  南の方は囮で、こっちの方が本命だったのかな。

  こうなっては交戦は避けられない距離だ。片手は塞がっているけどあの程度ならなんとか―――




 『あー、丁度いい。俺が今そこにいるんで迎撃するわ』

 「はえ?」




  と、いきなり聞きなれた声が聞こえてきた。

  ここには今いない筈の声。それが通信で―――




 「ちょ、陣耶くん。いつこっち来たん」

 『学校終わってからいきなりカリムさんから通信貰ってな。報酬出すんで行ってこいと』




  ……ああ、そういう事。

  カリムさんっていうのは確か、陣耶くんや八神一家がお世話になっている聖王教会の人だったっけ。

  トレイターさんも古代ベルカ魔法の保存に協力していて、支払いが中々に良くて財布が潤うとか言ってたね。

  陣耶くんも依頼って形で色々やっているって聞いたし……今回もそういう事なんだろう。

  何であれ、陣耶くんが来てくれる事は心強い。




 「そっか。ならそっちは頼んだよジンヤ」

 「そのアンノウン、AMF張ってるから気をつけてね」

 『りょーかい。俺には相性抜群だってな』




  そう言って通信が途切れ、次の瞬間には近くの森林から爆発音が聞こえた。

  たぶん陣耶くんやヴィータちゃんたちが戦闘を開始したんだと思う。




  ベルカの使い手はミッドの使い手とは違って直接接近戦闘をすることが多い。

  ベルカの魔法の性質上、接近戦闘じゃないと決定打は多くないからだ。

  まあ、はやてちゃんみたいな例外はいるけど。

  それはともかくとしてベルカの騎士は接近戦闘が主になるのでデバイスもそれに準ずる物になる。

  それは剣であったり、ハンマーであったり、槍だったりと様々だ。

  そしてそれらのほとんどに共通する事は―――魔法手段に頼らず、デバイスによる物理攻撃を得意としていること。

  それはつまり、AMFに左右される事なく確実な攻撃が加えられるという事。

  けどベルカでも魔法に頼ってる面はあるので戦力のダウンは免れない。

  が、それでもミッドの使い手よりはまだ戦力になってくれる。

  あのアンノウンにとっては陣耶くんたちは不得意の相手だろう。

  だから、特に心配する事は無い。

  私たちは転送ポートに行ってレリックを届ければ、それで―――




 『―――マスター、前方に魔力反応一……来ます』

 「え?」




  転送ポートの手前で突如レイジングハートからの警告。

  周りからまだ戦闘音が響く中、私たちの目の前で転送魔法の陣が―――




 「しもた! 本命はこっちか!?」

 「くっ!」




  はやてちゃんとフェイトちゃんが私の前に出て臨戦態勢を取る。

  目の前で広がる漆黒の魔方陣。




  全てを塗りつぶす黒の中から、まるで影の様に―――その人は姿を現した。




  頭まで古びたボロボロのコートで身を隠した長身の人。身長は大体……170前後だろうか。

  まるでゲームにでも出てくる放浪者が着ている様なコートで外見から性別は判別できない。おまけに顔も見えない。

  けど―――その人から発せられる圧倒的なプレッシャーは、嫌と言うほど体に響いていた。

  知らず、レイジングハートを構える。




 「……何者だ。何が目的で、私たちの前に姿を現した」




  ただならぬ気配に警戒しながらも、フェイトちゃんが相手に向かって呼びかける。

  そこでようやく相手は私たちがいた事に気づいたように―――




 「……そのレリックを、渡して貰おうと思ってな。ああ、ちなみに用途を話す気は無い」




  そんな事を、口にした。

  重い、低い声……たぶん、男性。

  重くてもはっきり響くその言葉自体は、とても静かに。だけど―――

  逆らえば殺すと、禍々しい笑みを浮かべたように、見えた。




 「あの機械兵器はあんたが差し向けたん?」

 「違うな」




  きっぱりとした否定。

  あまりにもはっきりと響いてくるその声に身が竦むものの、不思議と嘘には聞こえなかった。

  それとも、嘘を吐く必要すらないのかそれすら目的なのか―――分からない事だらけなんだけど。

  分かるのは―――おそらくはこの人の実力は生半可なモノじゃないという事。

  フェイトちゃんもはやてちゃんもいるけど、私にできるのはせいぜい牽制くらいだ。




  あの時の、人を傷つけることに対する恐怖は拭えない―――




  だからって、こんな時に力になれないのは……

  まるで足手まといだ。私がいない方が二人とももっと動きやすいのに。

  二人を信じていない訳じゃない。

  けど―――私がそう思ってしまうくらい、あの人から発せられるモノは異質だった。




 「それで、どうなんだ? レリックは渡してくれるのか」

 「―――断る。素性すら分からない者を信用できる訳がない」




  フェイトちゃんの返答にあの人はク、と笑いを洩らした。

  まるで最初から全て分かっていたかの様に―――残酷に、その宣告を告げた。




 「そうか―――仕方がない、その命を堕としても恨むなよ?」




  瞬間、それは起こった。




  唐突に体に重圧が掛けられる。

  上から何か物理的に物を載せられて圧迫されている訳でもないのに体にかかるこの重圧―――

  まさか魔法? いや、けどそんな素振りは少しも―――




  けど、目の前のあの人は魔法なんて全く使っていなかった。

  代わりに見て取れた事は、ある一つの事。




 「な―――」




  驚愕に声が詰まる。

  だって、ありえない。

  こんな馬鹿げた事、ある筈が―――

  だけど、実際目の前にそのあり得ない光景がある。

  魔法すら使わずに体に重圧を感じさせる、その元凶。




  圧倒的なまでの―――魔力。




  目の前の人は、ただ魔力を発するだけで……それだけで、物理的重圧を与えている。

  その常識的にはおおよそ考え付かないような魔力量。

  それが目の前に、ある。




 「そんな―――こんな魔力量、個人が保有できる限界量を超えている……!」

 「こんな魔力、まともに扱えても体の方が持つわけが……!」




  私の驚愕から間を置かずに二人から驚愕の言葉が漏れる。




  ―――普通、個人で保有できる魔力量というのは限度がある。

  それは元々のリンカーコアの限界でもあるけど、人の体が耐えられる魔力の限度というのもある。

  それを超えた出力を無理やり引き出したり作り出したりするのは出来る。

  事実、私の持つ最大魔法―――集束砲、スターライトブレイカーもその類の一つだ。

  体のポテンシャルを超えた魔力の行使は当然、術者にそれ相応の反動をもたらす。

  私もその反動が溜まりに溜まって、あんな事になってしまった。

  だから、こんな魔力はありえない。

  並大抵のロストロギアすら超えるこの魔力量―――それは、人の身で扱える魔力の限界を超えている。

  だから、こんな事はありえない。




 「踊れ亡霊ども―――貴様らが待ちわびた時が来た」




  この目の前に広がる、百は超える大量の召喚陣も―――

  漆黒に濡れるその魔力光にどこまでも暗く、深く、無意識下の恐怖を引きずり出される。

  そう、恐怖。

  私は―――目の前の光景に戦慄と恐怖を感じている。




 「さあ―――幕開けだ」




  その言葉が文字通り、この戦いの―――これからの戦いの、幕開けとなった。




















                    ◇ ◇ ◇




















 「―――っ、何だ?」




  アンノウンを撃破したのはいいが、何だ? 異常な魔力を感じる。

  ここですらはっきりと感じられる魔力だが―――

  距離が離れている割には嫌にはっきりと感じられるな。

  とにかく状況を確認した方がいいか。

  クラウソラスに通信を繋いでもらって―――




 「こちら皇陣耶。シャーリーっつったか? 応答求む」

 『あ、陣耶さん!?』




  何やらえらく慌てた様子で対応に出てきたな。

  慌てようから察するに、はあ……また何かあったか。

  とりあえず移動が先だな。




 『大変なんです! いきなり変な人が現れて、何かいっぱいドバーってシギャーって出てきて!!』

 「あー、落ち着け。何言ってるかイマイチ分からない」




  が、まあヤバメな状況らしいな、どうも。

  ったく、あいつらは毎回事あるごとに厄介事が降ってかかるな。

  速度を最大まで上げる。

  あの二人も流石に気づいてるだろうが……一応確認の通信を入れておくか。

  なのはたちは先頭の真っ最中でそれどころじゃないだろう―――




 「くそ……無事でいろよ」




















                    ◇ ◇ ◇




















 「ガァアアアアアッ!!」

 「くっ!」




  正面から体を喰い千切ろうとしてきたソレをギリギリの間合いで横にいなす。

  攻撃を避けられ無防備な背中を晒したソレに反撃を―――仕掛ける事はできない。

  反撃を仕掛けようとする前に全く別の方向から同じモノの攻撃が仕掛けられる。

  危険を察知し、直感に従って頭を下げる。

  下げた頭の所を一瞬後に相手の牙が掠めていった。




 「く……キリがない」




  今、私の目の前に広がるのは―――黒。視界がすべて黒で埋め尽くされている。

  重く、暗く、深く、恐怖を掻き立てる様な禍々しい黒。

  その中で蠢く、爛々と輝く赤い斑点―――

  アレは、さっきから私たちを襲っているモノ。

  大きな翼と鋭い牙を持った、2mはあるかという黒竜。




  あの瞬間、展開された召喚陣から一気にこの黒竜が召喚された。

  通常では考えられないような規模の召喚が成され、召喚されたモノは本能のままにこちらに襲い掛かってくる。

  私たちを殺すことに一切の躊躇いなく、餌程度にしか思っていないと思えるその眼。

  ギラギラと輝くその眼には怒り、憎しみ、妬み、恨み、後悔―――ありとあらゆる負の感情が宿っている。

  それ故に―――怖い。

  他を殺す事にのみ特化したその生命。その在り方。

  絶対の負を以て他者を蝕み、飲み込もうとするその様。




  一度呑み込まれれば戻ってくる事は無い―――永久の闇。




 「ギシュアアアアアアアアアッ!!」

 「トライデント―――スマッシャーッ!!」




  砲撃魔法で目の前に群がる竜を薙ぎ払う―――が、すぐに別の竜が目の前を埋め尽くす。

  キリがない、ともう一度嘆く。

  さっきからこれの繰り返しが続いている。

  倒せども倒せども次々と現れる黒竜の群れ。

  無尽蔵に現れるその竜をいったいどこから呼び出しているのか―――

  そして、これだけの量の竜を召喚して未だ底をつく事の無い彼の魔力にも歯噛みせざるをえない。

  おそらく、彼は召喚に特化した魔導師だ。形式は先ほどの召喚陣を見る限りはベルカ式。

  それも、古代ベルカの方だろう。

  今の近代ベルカに召喚術など見当たりはしない。あるとしても何かしらの発表が管理局内である筈だ。

  管理局に所属していない者がそれを成した可能性は十分にあるけど―――だとしても、これは異常だ。




  正直―――終わりが見えない。




  いつまでもこの状況が続けば、いずれは―――




 「イクスプロージョン!!」

 「ディバインバスター!!」




  はやての連鎖爆撃となのはの砲撃が目の前の闇を灼く。

  流石に大半を削られてはその隙間をすぐに埋める事はできないのか、視界が開けた。




  そこでは―――




  あの闇の帳の向こう―――竜の群れの奥で口元を歪めて、巨大な魔方陣を前に、彼が嗤っていた。




  魔力光は―――黒。

  この場にいる人間でそんな魔力光を持つ者は彼だけ―――まずい、攻撃が来る!?




 「二人ともっ!!」




  二人の避難を見るまでもなく私は竜に背を向けて二人の方へ飛ぶ。

  いつの間にか空も重い闇で閉ざされている。

  く、竜で視界を塞がれていたせいもあったけど、気付けないだなんてなんて油断……!

  そんな中でもあの竜の群れは私たちを喰い千切ろうと一斉に迫ってくる。

  それでも、あの魔方陣から感じる魔力の高まりは止まる事は無い―――

  彼は、味方すら巻き込んで撃つつもりだ……!




  高まる魔力。迫る牙と怨鎖の叫び。空で蠢く闇。




 「……ヘヴンズフォール」




  そして視界は、完全に闇に染まった。





















                    ◇ ◇ ◇




















 「ふう……危機一発ってか」




  あっぶねえ……あと一瞬でも遅れていたら今頃あの闇で潰れている空間でくたばってそうだ。

  目の前にはさっきまで三人が黒竜の軍勢と交戦していた空域。

  その空間―――おそらくは半径500mほどが空から落ちてきた闇に丸ごと潰されていた。

  あそこにいた黒竜は恐らく全てアレに潰されただろう。

  自分の召喚獣とはいえ、あそこまで大量に巻き込むとは……




 「じ、ジンヤ……」

 「おう、無事かフェイト」




  左脇で抱えていたフェイトを解放してやる。

  あの攻撃の瞬間、フェイトを視認できる距離にまで接近した俺はそのまま転移でフェイトの所まで移動。

  次の瞬間にはまた転移をして一瞬の内に攻撃範囲を離脱したというわけだ。

  が、それでも攻撃寸前のタイミングだったので危なかった。




 「つうか、誰だあいつ。フードすら取らねえで怪しさ満点だなオイ」

 「分からない……急に襲って―――って、なのはとはやてはっ!?」




  こいつにしてはそこに突っ込むの遅かったなー。

  やっぱ急な事に頭がついて行ってなかったのか?

  隠すような事でもないので後ろを指して教えてやる。




 「あの二人なら心配しなくても―――ほれ後ろ」




  なのははヴィータに、はやてはシグナムとザフィーラにそれぞれ抱えられ、その後方にはシャマルも待機している。

  あの二人は後方に居たために攻撃範囲にはフェイトほど深みにはいなかった。

  一番遠かったフェイトを俺が、他を残りの連中で退避させた。

  なるべく堅そうなのを着かせて攻撃の余波もきっちり防げた様子。

  が、トレイターはまだ来ていない。

  距離がある上に次元転送だ。早い内の救援は望めない―――




 「さて……取りあえずあそこから避難はさせたんだが正直状況を上手く呑み込めていないんだが」

 「うん。レリックを護送していると急にあの人の襲撃を受けて、そのまま交戦していたんだ」




  さっきは後ろで溜めていた魔法をぶっ放したってところか。

  典型的な後衛型か?

  あのキリも無く出てくる黒竜による物量作戦。その後の大魔法による殲滅攻撃。

  放っておけばこの上なく厄介だな。




 「なら俺が最初にあいつに接近して仕掛ける。お前らはその後を頼むな」

 「流石にこの距離を一息で埋めるのは難しいし―――分かった、行くよ」




  他のみんなにも軽く目配せをして大まかの意図だけ伝える。

  あいつもこっちに気づいたのか、視線を感じる……




  一度深く息を吐いて、深呼吸―――

  ……うし。

  目視できる場所ならば、どこにだって飛んで見せてやる。




 「いっくぜぇ!!」


 『sift』




  視界が反転し、一瞬後には全く別の光景が目に飛び込んでくる。

  すぐ目の前にあるのは、奴の背中。

  奴はこちらに気づいてない。このまま―――




 「ふっ―――!」




  こちらに気づく事も無く、悠然と佇んでいる奴に向かって剣を振り下ろした。

  これで終わりだ。

  こちらの一撃に気づかない奴は俺の攻撃をまともに受けて、倒せなくともここから体制は崩れる。

  故にこれで決まる。




  だが、その理屈なんて簡単に例外は存在する―――




 「……なっ」




  剣は、奴に触れるか触れないかの間際で止まった。いや、止められた。

  奴の体を覆う陽炎の揺らぎ。確かに魔力を感じる事の出来るこれは―――




 「フィールド系防御魔法……!」

 「その通りだ。少々見通しが甘いぞ?」




  ドムッ、と自分の体から鈍い音が響いた。

  息が詰まり、一瞬思考が真っ白になる。

  奴の掌が俺の腹に押し付けられ―――




 「カプテント」




  そこから迸った閃光に、俺の体は悉く縛られ、動きを封じられた。

  体を動かそうにもまるで繭にでもいるかのように身動きが取れない。

  魔力を使ってもギシギシと音を立てるだけ。

  くそ、そこらのバインドよりよっぽど硬い……!




 「悠長にバインドに構っていていいのか?」

 「っ!」




  奴の右拳に収束する魔力。

  渦を巻いているソレは際限なく圧縮され、まるで爆弾でも拳に乗せているかの―――




  マズイ……!




  それを見て本能的に危機を察知する。

  アレは、魔力量のケタがまずい。

  拳に込められている魔力量、軽く長距離砲撃級はある……!




  そして奴は渦を巻くそれを振りぬき、その力を解き放った。




 「ハウリング」




  その瞬間、俺の視界は全て奴の解き放った閃光に埋め尽くされた。

  拳の衝撃と共に放たれた鼓膜をつんざく衝撃音と魔力砲撃。

  その衝撃に地面に向かって吹き飛ばされる。




  ―――ハウリングっつったか。なるほど、確かにこれは咆哮の様だ。

  収束され、圧縮された魔力が強い衝撃によって炸裂するあの瞬間―――たしかに咆哮の様な轟きだった。

  けど、な……!




 「こ、の……!」




  握る剣に魔力を籠める。

  刀身に白銀の輝きが宿り、漆黒に塗りつぶされた視界を照らし上げる。

  夜闇を裂く光の様に、白銀の刃を振りぬく―――!




 「ディバインセイバーッ!!」




  放った斬撃が奴の砲撃を真っ二つに切り裂きながら突き進む。

  その先にいる奴はまだ砲撃の硬直で動けない。

  だが、奴の目に焦りの色など全く無い。

  拳を振りぬいたその姿勢のまま、俺の放った斬撃を―――




 「紫電―――」




  そして、奴の背後に迫る一筋の炎。

  鞘から抜き放たれた刀身には全てを焼き尽くす業火。

  揺れる桃色の髪は―――まぎれもなく烈火の将。




 「ほう……」




  男が僅かに目を向ける。

  その眼はまるで称える様にも、嘲る様にも見え―――




  一瞬の後に、爆炎と極光が奴の姿を呑み込んだ。




 「―――」




  目を凝らす。

  ―――まだだ、と。そう本能が告げている。

  あの程度で終わる筈がない。それならばとっくになのは達でケリが着いている。

  それに……この場に満ちる異常なまでの魔力は、まだ一向に収まってはいない。




  徐々に、爆煙が晴れてゆく。




 「―――なるほど、確かにアレを追い詰めただけの事はある」




  ―――声がした。

  晴れた煙の中から現れたのは一人の男。

  顔を覆っていたフードが脱げ、その顔が露わになっている。

  見た目の年齢は大体20前後といったところか。

  釣り上った細い眼と口元に浮かぶ薄い不敵な笑み。

  髪は癖毛がかなり目立つ黒い長髪。




  ―――ヤバイ、と感じた。




  訳も無く、理由も無く、感情より先に本能が。本能より先にもっと根本的なナニカが、この場から逃げろと告げている。

  今の俺達には太刀打ちできない。レベルが、格が違うとどこかが警鐘を鳴らしている。

  あの血の様にどこまでも淀んだ紅い眼―――

  まるで全てを見透かして嘲笑うかのような眼が、俺たちを射竦める。




 「いいだろう。役者も揃っている事だ―――奴とてお前たちに会いたがっている事だろう」




  男が何かを言っている。

  独り言のようにも、俺達に聞かせているようにも聞こえるそれはどれも要領を得なくて意味を掴めない。




  ただ、何かが起こるという事だけはハッキリと理解できた。




  痛む体を押さえて身構える。

  今の俺の状態は―――腹部に裂傷が一つか。

  それほど深くはないが出血と痛みが酷い。

  十中八九さっきの砲撃で肉が抉られた……早めに処置しないとまずそうだ。

  奴の行動を見極めて、動作を起こす前に出頭を潰せば―――




 「ク―――」










  そして、それは起こった。










  ―――ドクン




  奴に備えていた俺たちを嘲笑うかのようにこの空間一帯に亀裂が入る。

  それは亀裂に留まらず、罅割れて周囲の空間を巻き込んでいく。




  ―――ドクン




  どこからか鼓動が響く。

  とても重く、体の奥底から震え上がるような―――生々しい、心臓が鼓動する音。

  それに合わせるかの様に亀裂から黒いシミが這い出してくる。




  ―――ドクン




 「空間の湾曲距離が広すぎる―――!」

 「逃げ切れない……!」




  そして、まるで世界が反転するかの様に―――割れた世界に俺たちは呑み込まれた。




















  気づけば、目の前の景色は廃墟に変わっていた。




 「な―――」




  倒壊して朽ち果てたビル群。

  町を埋め尽くす瓦礫の山。

  そこら中に散らばる木々、焼け焦げたアスファルト。

  地面すら割れて地形が変形している其処はまさに廃墟の街。




  その異質さに息を呑む。

  この場に存在する全てのモノが死に絶えている。

  命の気配など無い。自然の生命力など感じない。石やアスファルトの無機質さすら無い。

  全てがゼロ。存在するのは見かけだけで、その全てはとうの昔に無へと還っている。

  その無を、赤黒い光が照らし上げるこの空間。




  だが―――




 「なん、だ……」




  それは、誰の嘆きだったか。

  瓦礫の山、廃墟の街の中央にただ一つだけ佇む一つの塔。

  死と破壊のみが埋め尽くすこの場において、唯一傷一つ無く存在する一つのビル。











  そこに―――あらゆるモノを否定するモノがいた。




 「なに、アレ……」

 「やだ……怖い」




  大きな―――とても大きな黒い球体。

  黒などと言うのも生温い。全てを塗りつぶす闇。

  黒、闇、漆、暗―――それよりももっと深く、ドスの利いた……




  そう―――恨み妬み後悔痛み死ネ怒り辛み憎しみ拒絶死ネ破壊差別傷み死ネ煩い憎悪嫌悪死ネ死ネ死ネ煩い懺悔死ネ死

  死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死煩い死死死死死死死死煩い死

  死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死煩いって死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

  死死死死死死死死死煩いってさっきから死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死煩い黙れ消えろ―――!!




 「がッ―――は、ぁ……ッぁ」




  何、だ……今の。

  まるで一時間で20kmを全力疾走したかのような疲労感。

  体中から大量の汗が噴き出てゼエゼエと犬の様に喘ぐ。

  ……アレを視界に収めただけで、死にそうになった。

  例えや比喩じゃなく、事実としてそうだ。

  あのまま呑まれていれば死という強迫概念に衝き動かされて―――




 「っ、みんなは!?」




  周囲を見渡す。

  守護騎士が他の三人を必死に揺り起こしていて―――

  とりあえずは守護騎士がいれば大丈夫だろう。

  けど、何なんだアレは……




 「心配せずとも、アレはただの亡霊だ。自身を覆う肉の体が無ければ直接的には何も出来ない」

 「亡霊……ハ、コレで何も出来ないとかふざけてんのかよ」




  亡霊、悪霊の類? 馬鹿言え、これはもっと危ないモノだ。

  その場に在るだけで周囲を呑み込み、呪い殺す巨大な呪詛の塊。

  この世の全てを呪う、圧倒的なまでの負の想念―――

  アレは、この世界に存在して良いモノじゃない。この場で速やかに、疾く破壊すべきモノ。

  そう、誰でもなく、この俺が破壊すべきモノ。

  他でもない俺が―――もっと、深い所から、アレを破壊しろと囁いてくる。

  その為の力だ。その為の力だ。その為の力だ。

  生まれる以前から決まっていた事だ。

  この身に宿るモノは、そう。

  全て―――




 「待て待て、そう殺気立つとアレが反応するぞ。唯でさえアレは―――っと、遅かったか?」

 「ッ!!」




  黒い塊が、こちらに意識を向けた。

  いや、意識があるかどうかなんて定かじゃないがとにかく全身が警鐘を発している。

  思考を破棄して目の前の状況の打開へと小さい脳の回路を全開で廻す。

  どうする、なのはたちは全員回復したようだが確実に疲労に見舞われている。

  奴の個人での保有戦闘能力は俺たちを凌駕している。戦力の差で言えば更に絶望的だ。

  奴の後ろに控えている黒い球体―――

  たぶん、アレに飲まれてしまえばひとたまりも無いだろうと、体で理解していた。

  そして……この場にいる限り、アレからは逃げられない事も。




  ―――球体が膨れ上がる。




 「こうなってしまっては手が付けられんな……死にたくなければ足掻けよ?」

 「野郎……!」




  際限無く球体は肥大化してくる。

  逃れられないのなら斬るだけだ。

  正面から迎え討って、逆に返り討ちにしてやるだけだが―――

  くそ、あの質量……果たして斬れるかどうか。

  それでも、剣を構える。

  俺の周りでも次々と己が武器を正面へと構える音。




 「む……待て貴様、それは―――」




  目の前に球体が迫る。

  逃れられない脅威を前に、俺たちはその力を解き放つ―――!!




 「ディバイン―――!」

 『駄目です』




  瞬間、頭に響いた声と共に俺たちのいる場所を光が包んだ。




 「な―――!?」

 「き―ま、だから待――――――――――オ―――エッ!!」




  男が驚愕の声を上げるが、頭に響く声が邪魔をして上手く聞き取れない。

  これは―――さっきの様な次元の割れ目と違う。

  実に馴染みがあるこの感覚……強制転移魔法か―――!?




 『今はまだその時ではありません。去りなさい、力無き者達よ』

 「だから、なん―――っ?!」




  目の前の球体に呑まれるその寸前―――

  虹色の光に包まれて、俺たちはもう一度世界を超えた。





















  Next「零れ堕ちる者」





















  後書き

  はーい、やってまいりましたオリジナル展開。

  色々と展開する気満々なので規模がホントにどでかいです。それなりに壮大? です。

  どんな感じに壮大なのかはだいぶ後になりますが……

  それにしても、酷いネタバレだ(ぁ

  それでは魔法の解説を。



  イクスプロージョン  

  連鎖爆撃による中距離の広域魔法。

  一つの爆発が別の物体に触れる事でその爆発が連鎖する。仕組みはよく分からない。

  イメージ的には殺○丸が使う爆○牙。


  カプテント

  魔力によって相手の動きを封じるバインド。

  詳細不明。


  ハウリング

  拳に圧縮した魔力を一気に爆発させ、撃ち出していた。

  その際に響く音はまさに咆哮の様な轟きである。

  詳細不明。


  ヘブンズフォール

  上空に闇を出現させ、それを堕とす事で範囲内に存在するモノを攻撃していた。

  規模からして相当な威力だと思われる。

  詳細不明。



  それではまた次回に―――






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