「おーい、陣耶ー」
聖祥の校舎へ続く長い街道の途中で声をかけられた。
声のする方―――後ろを振り向けば、そこには見慣れた奴らが揃いも揃って仲良く登校していた。
桜もそろそろ散り始めるこの時期。
花びらが舞い散る中で、五人ほどの女生徒が振り向いたこちらに気付いて声をかけていた。
「こんな美少女達が声かけてんのやからもうちょい嬉しそうにしたらどうやー?」
「自分で美少女って言ってる辺り底が知れるなあ」
「あーんですって?」
いつも通りの朝だ。
登校中にこいつらと会って、下らない話をして、周りから様々な目で見られて・・・うん、いつも通りだ。
このあと公舎に入ったら奴らの襲撃を受けることになるだろうが、まあそれもいつも通りだろう。甚だ不本意だが。
慣れとは本当に恐ろしいものである。
「そろそろ本格的に勉強が始まるかしらね」
「今まで復習だったけど、あらかた終わったしね」
桜散るこの季節。
俺たちは小学生から中学生へと、その歩を進めていた―――
〜A’s to StrikerS〜
Act.21「中学生活にて」
『は、すずかが休み?』
『うん。今朝からちょっと体調が優れへんねやて』
今日の朝の事だ。
最近は喉が少々痛いなと思いつつ早めに俺は目が覚めた。せっかくなのでそのまま早めに登校。
珍しく一人で登校した俺は暇な時間を家から持ってきた小説を読みながら潰していた。
そうして暫くすると生徒の数も一気に増えて賑わいが出てくる。
そうなると、もうあと少しで予鈴が鳴るのだ。
そしてそろそろ授業の準備でもやっておこうかと思った時に、クラスメイトからそんな話を聞いた。
クラスメイトっつっても馴染みのはやてではあるが。
ともかくすずかが体調を崩して休んだらしい。
軽い熱と体のだるさなのですぐ回復するとは思うのだが……
で、その日の終礼が終わった後だ。
『なあ陣耶くん。すずかちゃんに今日の分のプリント届けてくれへん?』
『はあ? 何で俺が―――』
『うち今日はこの後に仕事入ってるし。せやから、お願いできるかな』
なんて言われてはこっちも無碍に断れなかった。
あいつらに人が良いとか言うが、俺も大概なのではなかろうか。
そんなちょっとしたお使いみたいな事を頼まれて、俺は今現在―――
「―――やってきました魔界月村家」
『正直、ここだけ本当に地球なのか疑わしくなりますね』
この際もう要塞と言っちゃっても差支えないと思う。
現代科学の域を超えた超科学の賜物である月村家セキュリティは軍事基地だってびっくりだ。
無数に張り巡らされた赤外線センサーに簡易地雷。
ちょっとした銃撃機や果てにはアンドロイドまで出てくる始末。メカ○翠ならぬメカノエルさん。
最初はゴム弾だが進めば進むほど危険度が増す辺り手に負えない。
俺が最初ここを訪れた時なんてまさにそんな状態だったのだ。
その所為かここに来るのは少々勇気がいる。
「あー、まあ声紋登録してあるし大丈夫か」
相変わらず最初のインパクトが効いているなあ。
ぶっちゃけ、怒りよりもトラップの恐ろしさの方が身に染みてる。
さて、いつまでも門の前で立ってるのもなんだし、そろそろ訪問しますか。
ピンポーン、と小気味の良い音と共に機械的なチャイムが鳴る。
それから数秒後、もう聞きなれた電子音が応答してきた。
『いらっしゃいませ。どちら様でしょうか』
「皇陣耶」
なんとまあつまらない事務的な受け答え。
声紋認証の数秒が長ったらしく感じられるったらありゃしない。
ほんと、慣れって怖いわ。
けど内心アレが尾を引っ張ってちょっとビクついてる。なんという矛盾。
そんでほどなくして目の前の門が開いた。
『どうぞ、お通りください』
「はいはいー、っと」
ふう、まあそういつまでもビクつくような事じゃないんだけどな。
いつもの様に高速でガーッと門が閉じられていつも通り―――って、はい?
いつもはもっとゆっくり、普通に閉まってたような……
『ブー、ブー、ブー! 声紋が一致しません! 声紋が一致しません! 侵入者です!!』
「って、待てえええええええええええええええええええええええええッ?!!」
今更こんなオチありか!!? ここに来る度にこれっていい加減読者の方々も飽きる―――って電波を受信してる場合じゃない!!
俺が困惑している内に次々と目の前の地面に穴が開き、そこから機械音と共にナニカが高速で出てきた。
まあその黒光りする長い筒を束ねたようなフォルムはまず間違いなく―――
「ガトリングで蜂の巣なんざ御免だああああああああああああああああああッ!!」
『あ、撃ってきましたよ』
「ファック!?」
速攻で車線軸の直線上から逃れるが台座が回転式なのか首を捻ってこっちを追ってくる。
だがそれも所詮は普通の人間の身長に合わせられている物だ。
木々に跳び乗れば銃撃はやり過ごせる。のだが―――
そこで更に張り巡らされていた赤外線のセンサーに体が触れる。
それに反応して周りから漁業に使うようなネットが撃ち出され、上から覆いかぶさろうと俺に迫る。
だがこのトラップ自体も軌道は単純である。
いくら範囲は広いと言っても直線でこっちに向かってくるのだ。
線の軌道ならば、その軸から外れてしまえば避けることは容易い。
向かってくる方角から軌道を読み、より足場のよさそうな場所へ跳ぶ。
が―――
「ちっ」
待っていたかのようにまた網が俺の上から迫ってくる。
なんとも狙い澄ましたかのようなトラップに舌打ちしながら、今度は地面に足を付けて枝で網をやり過ごす。
当然、地に足を付けてしまえばそこはさっきのガトリングの射程である。
獲物を捕らえたガトリングの砲門が俺目掛けて再び吼える。
それをまた上に跳んで回避し―――クソッたれめ、埒が明かねえ。
さっきから前進するどころか横に移動しまくってるし。
更には銃撃音やらに交じって奥から聞こえてくる規則的な複数の機械音。
徐々にこの場に迫ってくるソレはあのアンドロイド軍団に違いない。
―――まったく、本気で性質が悪い。
移動する所はどこもかしこもトラップだらけ。しかもどう動くかまで心理的に計算されているであろうその配置。
後詰めに機兵軍団とまで来た。ほんとどこの要塞だ。むしろラストダンジョンかこんちきしょう。
こういう時にあいつ―――トレイターの学習機能がこれでもかって位に役に立つんだが、肝心な時に居やしねえ。
で、わざわざ帰るのもまた面倒。転移使えば良いかもだが、それしようとしている内に捕まって蜂の巣である。
この弾膜の雨嵐が一瞬でも止めばどうにでもなるのだが―――まあそんな事を愚痴った所で何も変わりはしない。
「まー、仕方ない……」
眼前にまたネット。
大きさはさっきまでとの比では無く、俺を呑み込もうと迫り―――
「力づくで突っ切る方向で行くぜ、クラウソラス!」
『まったく、乱暴ですね。もうちょっと頭使いましょうよ』
起動させたクラウソラスによって、両断された。
そのまま体を沈めて森の中を駆けだす。
できるだけ姿勢を低く、速力を保って、センサーに引っ掛からないように。
空を飛んでも十分対策はされているだろう。下手をすれば地上以上に。
だからここを突っ切る。
それが多少無茶な事になろうが、まあ不慮の事故って事で一つ。
目の前には例のアンドロイドの大軍。
「そんじゃ、いっくぜー!」
『私たち、プリント届けに来ただけなのにこの展開はなんでしょうね』
俺に聞くなッ!
『侵入者ヲ発見。コレヨリ排除シマス―――オープン・コンバット!!』
◇ ◇ ◇
「……あれ?」
ベッドで朝からずっと横になっていた私は首をかしげた。
さっきから何やら外が騒々しく思える。
ベッドでずっと寝ていて静寂に包まれてする事も無く何も出来ずただ暇を弄んでいたから、その些細な変化にも気付けた。
ほんの少し、ほんの少しだけ騒音がしたのだ。
この月村家は門を抜けても屋敷までは少し遠い。車の騒音などはほとんどここまで聞こえてこない。
その筈なんだけど―――さっき、というか今も継続的に響いている騒音らしきもの。
まだ小さいから何かしらの作業をしているであろう屋敷の人は気付かないだろう。
けど、その音は確実に近づいてきている。
―――私にはその音にも多少の心当たりがあったりする。
それは即ち、この家の防衛システムだ。
お姉ちゃんの並々ならぬ、というか常識を逸脱した科学力によって構築された我が家のセキュリティ。
軍事施設だろうが真っ青になるその堅牢さはもはや要塞と言っていいかもしれない。
今の段階でも一家庭としては十分以上にお釣りが来るような設備なのだが、お姉ちゃんはまだまだ設備を追加している。
開発欲から来るのか、趣味から来るのか、どっちでも大差はないような気はするけどとにかく色々開発して設備を追加している。
それで追加しては機能実験と言って試運転をするのだ。
発明したり仕掛けたりした物の精度を確かめるために色々とやって、結果こんな騒音が起こったりする。
だから今日もそれじゃあないかと思うのだけど―――なんだろう、嫌な予感しかしない。
今日はまたいつもより派手と言うか、大きいと言うか、一体またどんな物をお姉ちゃんは作ったんだろうか。
興味本位で体を起こし、窓の外を覗いて見る。
―――そして私は、その直後に奔った白銀光のレーザーの様なモノを見て別の意味で驚いたのだった。
◇ ◇ ◇
「あー、くそ。キリがないなあホント……なんだこの馬鹿な量は」
そして真面目に正面からこいつらと向き合ってる俺も馬鹿か。馬鹿なんだな? 馬鹿でいいよもう。
さっきディバインセイバーで大半を薙ぎ払って行動不能に追い詰めたが、いかんせん数が多い。
屋敷はまだ小さいが見える範囲まで来ている。
転移してしまえばもう安全なのだが、ここまで来るまでにあの時の苦々しい理不尽な思いがよみがえってしまった。
自分に素直をモットーとしている俺としてはこれはもう目の前のアンドロイドをヤッちゃわないといけない訳だ。
ということで本格戦闘開始五分。現在結構キツイです。在り大抵に言えばピンチです。
正直舐めてました、スンマセン。
ちくしょう、無駄に高性能だなこのロボット共!?
某人型凡庸決戦兵器並みに人間的アクションな上に武装が多彩過ぎる。
ロケットブースターとかロケットパンチとかミサイルランチャーとか光○力ビームとかスペ○ウム光線とか。
あと暗黒翡○流って何だ。
とにかくその高性能な機動性やらな上に集団で連携してくるんだから嫌になる。
常人じゃあり得ない廃スペックでこっちの攻撃避けられるし当たっても装甲固いわで・・・
流石忍さん。AMF発生装置とかいう異世界の産物まで作ってしまうだけの事はある。
やっぱ最後は自爆とかすんのかね?
後ろから羽交い絞めにされて自爆されて、バラバラの肉片になる俺。
もしくはトラ○ザムしてあの大群が突っ込んで来て塵一つ残らない俺。
うわ、ぞっとしねえ……
『ともかく、とっととここを抜けださないと後が酷い事になりそうですね』
「つってもなあ……」
ここで大っぴらに魔法を使う訳にもいかんのだよなあ。
この家の関係者は魔法の事については知ってるといっても派手すぎるのは頂けない。
あまり派手すぎるとご近所さんに怪奇現象として見られてもおかしくないからなあ。
さっきは威力は押さえたとはいってもディバインセイバーを使ってしまった。正直内心ビクビクものである。
―――まあ、忍さんの超絶科学による産物の実験って事で納得してもらえそうな気はするのだが。
それはともかく、派手なモノは使えない。
普通に斬りつけようとしても避けられるだけだし……
仕方ない、まだまだ未完成で不安な上に魔力喰うが、実践で通用するか試すにはいい機会だ。
姿勢を思いっきり低く落とす。
右足を曲げ、左足を後方へピンと伸ばす。
背中と腰が平行になるまで姿勢を落とし、両足に力を籠める。
その様は、まるで獲物狙う獣の様―――
―――陸上競技で、クラウチングスタートという姿勢がある。
しゃがんで前屈みになりながら、右足を折り曲げ左足を伸ばす。
それぞれの足はバネ付きのペダルに乗せられて、スタートと同時にそれを蹴る事によって速力を得るのだ。
この時、前屈みになるのはより速力を得るためだ。
空気抵抗などをより減らし、加速を維持する手段なのである。
一番都合がいいのは地面と平行方向での加速だ。
最も空気抵抗が少なく加速が得られる。
だがそれは人としては無理な話である。出来るとするならばどこぞの氷河期の原始人でもなければ無理だろう。
しかしそれに近づく事なら出来る。
そう―――今の俺の様に、獲物を狙う獣の様に―――
そして、両足を全て体を加速させるためのバネとして―――
「―――疾ッ」
次の瞬間、魔力を弾薬として炸裂させ、自身を弾丸として一気に奴らへと駆ける―――!
「―――」
奴らとて馬鹿ではない。
一気に加速した俺の速度にも寸分の淀みなく対応してくる。
忍さんの手によって訳の分からない高性能AIを搭載されたロボットは伊達ではないのだろう。
いくら猛スピードとはいえ真正面から向かってくる俺にはいくらでも対処のしようがある。
そもそも相手は機械だ。AIを搭載していても思考も感情も持っていない機械相手に奇襲も何も無い。
奴らはただ目の前の目的を遂行するだけである。
そして、その内一体が俺を無力化するためにその手刀を俺に向けて振り抜く。
「だから単純なんだよ、お前ら」
そして、俺がその一体を背後から袈裟した斬りした。
完全な不意打ち。
つい一瞬前まで目の前にいた存在が自分のすぐ背後、数cmにも満たない距離から猛スピードで駆け抜けながらの斬撃。
速度という力が上乗せされた俺の剣は、ロボットの装甲をキン、と一文字に容易く両断した。
―――超加速で相手へ接近し、速力を保ちながら背後へ転移することであたかも消えたかの様に見せる。
俺の特異な転移を使ってのハッタリ技だ。
敢えて名前を付けるとするなら神速(偽)。当然本物は仕組みからして全然違うしもっとエグい。
更には魔力の結構消費するし溜めも一瞬必要と結構使い勝手が悪い。
が、その点を除けば俺にとってはかなりの武器になる。
真正面からの戦いじゃあどうしてもあいつらに力負けする俺は奇襲などを使って戦う。
その点においてこのハッタリ技は色々と応用が利くので何かと有用だ。
が、まあ問題が一点。
「うし一体―――お?」
高速移動しながらいきなり視点が変わるので―――
足元でガッと音がする。
「って、どぅあらららあああああああああああああッ!!?」
足場がいきなり変わった事について行けずに何かに躓いてしまうのである……!
さながらパチンコにでも飛ばされたかの様に飛びながら起用に空中側転なんてしてる俺。
そんな状態で勢いなど殺せる筈も無く、また正常な判断なんて出来る事も無く思いっきり体を木に叩きつけた。
くそ、ぶつけた個所が酷く痛い……
『あ、マスター上です』
「は? ってぬぉお!?」
し、しまったまた網トラップ!?
木にぶつかった拍子に起動したのかよ、笑えねえ。
古典的な方法とはいえ中々に辛い。網が所々に絡まって動きづらいったら……
くそ、動きが制限されてるせいか中々斬れんなこれ。
『そして囲まれましたよ』
「って俺のアホおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ゲホッゲホッ、喉痛い……
周囲には俺が網に苦戦している間に集ったロボット軍団。
俺の360度を絶対封鎖してその銃口を向けている。
ご丁寧に設置型ガトリングの砲門までこっちに向いてる。その無慈悲さにもはや涙すら出ねえ。
だが焦ってはいけない、俺にはまだ奥の手があるのだ。
俺の転移を以てすればココから抜け出す事なんて―――
「……って、あり?」
『転移できませんね』
What!? ちょ、何故に!?
魔力量だって足りてるのに何でよ!?
うろたえている俺を余所にロボット軍団はもう発射態勢に入っている。
やばい、これは俗に言う絶体絶命という奴なのでは。ど、どうする。
避ける? 無理だ、動けん。
防御? 論外、持つ訳がねえ。
迎え討つ? 出来りゃ苦労しねえよ、くそ。この網頑丈だなあチクショウ!!
『ターゲットロック』
『フルオート射撃ヲ開始シマス』
絶望を知らせる宣告が告げられる。
相手に躊躇う理由などある筈がない。向こうからすると俺は侵入者である。
つまり命乞いなんて無駄。敵は完全鎮圧がここの防衛システムのモットーである。
命乞いが無駄なら文句の一つくらい言っても罰は当たらないだろう……
「ここの警備システム、性能はともかく判断力がポンコツだよね……」
『……ファイアッ!!』
「死んだら化けて出てやるううううううううううううううううううううううううう!!!」
過たずして、俺はゴム弾総射の洗礼を受けたのであった……
◇ ◇ ◇
「えーと……大丈夫?」
「えーえー、お陰さまで全身の痛みで目は冴えておりますともさ」
あのあと大慌てでお姉ちゃんに行ってみたら案の定、防衛システムが作動していたみたい。
しかもその相手が陣耶くんで―――
急いで止めようとしてはくれたんだけど、気づけばもう陣耶くんは気絶して取り押さえられていた。
なんでも屋敷のAMF領域内に入ったんだとか。
……お姉ちゃん、その超技術は一体どこから仕入れてくるんだろうか。
運び込まれた陣耶くんは介抱されて、私は自分の部屋に戻った。
意識が戻ると私の部屋にまでわざわざお見舞いをしに来てくれ―――いや、もしかすると愚痴を言いに来ただけかも。
まあ、さっきからお喋りしてるんだけど……どうにも体が熱っぽい。
うーん、やっぱりまだ無理は厳禁かな。
「さて、と……ほれ、これ今日の分のプリント類」
「わ、ありがとー」
本当なら今日ははやてちゃんが届けに来るはずだったらしい。
ところがはやてちゃんはお仕事で、代わりに暇な陣耶くんに白羽の矢が立ったのだとか。
けど陣耶くんもさっきから咳が多い。風邪かな?
私の事もあるし悪化させても何なので、あまり長居はさせない方がいいかも。
「陣耶くん、風邪なら家に帰ってちゃんと休まないと」
「かねえ、喉痛いし……うーん、これでもあまり引いた事が無いのは自慢なんだがなあ」
ゴホゴホしながら言っても説得力は皆無だよ。
はあ……これは陣耶くんも―――って、あ。
そういえば陣耶くんの症状に思い当たる事が一つ。
この時期の男の子って、確か良くあの時期に入る筈。
表のシステムもそれが原因ならまだ納得がいくし……
「声変わりかも、しれないね」
「んー……そっか、もう俺もそんな時期か」
大して反応も見せずにぼーっと宙を見る陣耶くん。
……あの顔は何も考えてない顔だ。
いくら付き合いが親しいからと言ってもここは私の部屋だ。女の子の部屋だ。
そこに異性の人がいるんだから少しくらいは意識してしまうし、ちょっとはしてほしいなんて願望もあったりする。
が、目の前の人はそれといった反応が見当たらない。
正直、一介の女の子としては複雑です。
もうちょっとこう、女の子の部屋にいるっていう意識とか……
うう、なんか自分で考えてて凄く恥ずかしいし。
何か話題を―――
「そういや、お前最近何かやったのか?」
「へ? な、何って、何を?」
「だーかーら。お前が珍しく体調崩したから、何かあったのかと思ったんだよ」
と、言われましても……私はこれといって特別な事をした覚えなんて無いし。
中学生になって、小学生の終わりから感じてた成長って感じが実感できたけど。
こう、背が伸びた事とか特に。
みんな小学生の終わり頃から背が伸びてきたけど、特にフェイトちゃんは顕著だったなあ。
ぐんぐん背が伸びて今じゃ陣耶くんとほぼ背丈は同じ。
けど、陣耶くんだけ背があまり伸びないんだよね……後になってグンと伸びるのかな?
そうしたら、もうちょっとは男だって言う自覚は出るんだろうか。
今より身長が高くなって、私が見上げる形になって……
抱きすくめられたりしたら、暖かいのかな。
「すずか?」
「ひゃうっ!?」
あ、変な事考えてたからつい変な声が……じゃなくて、私も何を考えてるのっ!?
そ、そりゃあ近くの男性って恭也さんとかユーノくんとか色々といるけど、一番親しいのは陣耶くんだし……
私だって、その、ちょっと位は興味は……ってそういう事でも無くてっ!!
ああんもう、熱のせいかさっきから頭がなんかクラクラするし……変な考えだってきっとその所為だよ、うん。
「……本気で大丈夫か? さっきから百面相して」
「な、何でもない。何でもないから、うん」
うう、顔を合わせづらい……
何か今は顔を合わせたらまた変な事を考えそうで怖い。
もうさっきから頭もぼーっとして、なんだか眠いし、体は熱いし……
これは、割と本気で不味いかも。
「とにかくもう寝ろ。ほら」
「あ―――」
起こしていた上半身を寝かしつけられて、そのまま布団をかぶせられる。
か、顔。顔が凄い近くに……
うう、普段なら意識しないのに何でこんな事に。
「じゃあ、あんまり長居しても悪いしそろそろ行くわ」
「あ」
陣耶くんが椅子から立って背を向ける。
立ち去ろうとする背中。遠くなる距離。
それが、なんだか無性に寂しく感じて―――
気づけば、彼の袖の部分を握っていた。
「……すずか?」
「えと……あ、れ?」
何で私、こんな……
今の私は調子が悪いから、陣耶くんのためにも早めに帰ってもらいたい。
そっちの方がいい、筈なのに―――
それでも、もう少しだけ甘えたいなんて―――温もりが欲しいなんて、我侭。
「―――」
「―――」
頭が、熱で、クラクラする……
熱に浮かされたみたいに、彼から目が離せない。
まるで白昼夢にいるみたいだ。
ここにいる私が曖昧になる。熱の熱さに溶けてドロドロになっていく。
ドロドロに溶けて、溶けた私が混じり合う。
何と? ワタシと。
私とワタシがドロドロに溶けあって混じり合う。
私がワタシになって、ワタシが私になる。
ワタシと私の境界が無くなる。どこまでも共有し、同期する。元々同一なのだから当然の事だ。
現実味が無くなって、頭に靄が掛かったみたいに不鮮明になる。
「おーい、どうした?」
「……」
彼が訝しみながらも問いかけてくるけど、残念だ。
今の私には、問いかけには答えられそうにない。
―――だから、代わりに行動で応える事にした。
突かんだ袖を引っ張って、彼を私の傍まで引き寄せる。
「うわっ、たっ、と」
彼が間近に居る。
帰るところを引き止められた彼は戸惑いを隠せてない。
けど、そんな事はどうだってイイ。
今は、ただ―――この熱に浮かされるままに。
そのまま首を抱きよせて、顔を間近に持ってくる。
「な……ちょ、おま―――」
彼の顔が紅くなる。
間近にある彼の顔。間近にある人の温もり。
私が求めているのは、そう―――
アア、今ハタダ―――
「はーい、すずか調子どうかなー?」
『っ!?』
瞬間、頭にかかっていた靄が綺麗に晴れた。
目の前に何かある。何? 決まってる、陣耶くんの顔だ。
私は何をしている? そりゃあ、陣耶くんの首を抱きかかえて―――って、私は何をやっているの!?
そこでやっと現状を認識した私は慌てて陣耶くんを開放して顔を背ける。
所要時間は思考も含めて実にゼロコンマ1秒。
み、見られてないよね……?
そろーりと開け放たれた扉の方を見ればひょっこりと顔を出しているお姉ちゃん。
私の寝ているベッドの横にはいつの間にか椅子に座ってる陣耶くん。速い……
陣耶くんは何やらそっぽを向いているけど、お姉ちゃんは私の顔をじーっと見てくる。
……み、見られてないよね?
「ははあん」
うう、そこで意地の悪い笑顔をされると見られたかもしれないなんて不安がより一層……
お姉ちゃんは意地の悪い笑顔のまま何やら得心のいったとでも言う様に―――
「あ、二人きりの所をお邪魔して悪かったかな。ゴメンね、また出直すっ」
「あ―――!?」
待って―――なんて言う暇も無くお姉ちゃんは去っていった。
そして何とも言えない奇妙な気まずい空気が満ちる部屋。
……うう、絶対誤解されてる。
こういうのは変に取り繕うと余計に誤解されるんだよね。正直に言ってるのに……
はあ、人の心理って世知辛いよう……
と、陣耶くんがいたたまれなくなったのか椅子から立ち上がった。
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ帰るな?」
「う、うん。じゃあ、また―――」
どこか気まずい空気のまま部屋を出ていく陣耶くん。
それは私も同じで―――
バタン、とドアが閉じる。
それを確認してから私は一人布団に潜ってはあ、とため息を吐いた。
何だって私はさっき―――あんな、事を……
◇ ◇ ◇
「はあ……成長は早い方だなあとは思ってたけど、まさかもう来るとは」
今はまだ可愛いものだろうけど時間がたてばいずれ私の様になるだろうなあ。
そうなると抑えが効くかどうか……効かないかなあ、やっぱり。
あーあ、覚悟はしてたけどやっぱり複雑だなー。
はあ、とまた溜息を吐く。
溜息をつけば幸せが逃げていくとは言うけど、それはたぶん既に幸せが逃げたからなんだろうなあ。
またあの子は夜の一族の重荷を背負う事になる。
アレは女性は特に顕著だし―――本当、女に生まれて幸せなのかそうでないのか。
私は幸せだけど、あの子が必ずしもそう思うとは限らないしね。
はあ……憂鬱だ。
私は今日三度目の溜息を吐きながら、この先を思って色々と考え込んでしまうのだった。
Next「私と俺」
後書き
中学生編スタート!
この中学生編は小学生編みたいに長くなりません。早くstsやりたいです……
で、分かる人には分かるであろうこのお話。あまり深く突っ込むとアレなのであまり触れないと思いますw あしからず。
MBAAが遂に発売。隠しで出た赤い月はチートキャラですw ラストアークパネエ……
コミックマーケットで公開されたFate -UBW-のプロモーションも相変わらずのクオリティで安心。
90分の物語に今から期待が止まりません。おらワクワクすっぞ!
それではまた次回に―――