ここの所、少々アイツに対して思う事がある。




 「うっしゃ勝利!」

 「あー、陣耶くん大人げなーい。女の子に対しての手加減とか無いの?」




  この二人―――なのはと陣耶の奴は格闘ゲームをエンジョイしている。

  確か、メル○ィとか言ってたっけ?

  で、なのはが選んだ金髪の女性が陣耶の和服メイドな女性にやられたんだけど・・・




  この試合は一方的だった。もうこれでもかってくらいハメまくってた。

  大人げないや容赦が無い位の問題じゃない、こんなん嫌われるわよ・・・




  ・・・この二人はいつもどちらかが一方的な展開なんだけど、それはそれ。




 「ふははは、戦いとは非常なものなのだよ。男女平等を俺は掲げる」




  この馬鹿ってば・・・そういう意識やレディーファーストとかいう意識は無いのかしらね?

  レディーに対する意識が薄いというか認識が無いというか・・・

  この前だってソファーを一人で二人分のスペース占領したり―――まあ家のソファーは大きいから問題なかったんだけど。

  他にも色々私たち、と言うか女性に対しても遠慮が無いのよねえ。

  アイツらしいと言えばそれまでだけど・・・流石に、ちょっと先が心配ね。




  ふむ―――




 「さて、明日から夏休みなんだが・・・なんか予定は?」

 「んー、うちは仕事がなあ」

 「私も暫くは・・・」




  んー、管理局組は仕事手一杯ね。

  それになのはは翠屋、すずかは稽古・・・うん。




 「そういうアンタはなんか予定あんの?」

 「いんや特に」




  そう・・・なら。




 「決めたわ。アンタ明日から一週間ほど私に付き合いなさい」

 「・・・・・はい?」




  さて、根本的なレディーに対する認識を私直々に矯正してあげましょうか―――















  〜A’s to StrikerS〜
         Act.18「アリサの礼儀作法特訓教室」














  アリサのよく分からん発言からは凄まじい速度で話が決まった。

  当人そっちのけでアリサがトレイターと交渉。

  いかなる手段を用いたのかあいつが俺の扱いに関しては一任するとか賜りやがった。

  結果、俺に人権は無いとばかりに荷物を纏められて放り出されてここ―――つまりは、アリサの家に。




  ・・・・・うん、ほんとによく分からん。

  ていうか俺あそこの家主だよね? あいつの主だよね?

  こんな扱いって無いんじゃないの・・・・・




 「・・・で、この状況は一体何だ」

 「何って、言ったでしょ。今日から一週間アンタは私の家に泊まり込み」

 「いやいやいやまてまてまて!?」




  全く以って脈絡が無くって理解に酷く苦しむのだが!?

  せめて説明ぷりーす!!




 「アンタ全く心当たりが無いの」

 「うむ、これっぽっちも」

 「はあ・・・・・」




  露骨に溜息を吐かれても無い物は無い。

  俺は俺として誠心誠意を尽くして友達としてやってきた筈だが?




 「んなこと言われても、俺は誠心誠意やってきたものだから皆目見当も・・・」

 「そうそれよ、その誠心誠意」

 「は?」




  ズビシッ、と擬音が出てきそうなくらいに指を突きつけられる。

  人を指さしちゃいけませんよー? レディーとしてそれはどうかなー?




 「アンタさあ、レディーに対しての気遣いとかした事ある? というか、日常的にしてる?」

 「む・・・それくらいは意識してるぞ」




  流石にそんな事もやってないとなると世間体が悪いというか男としてどうかとか・・・

  第一に、同居人にどんな目にあわされるか分かったものでは無い。




 「へー」




  なのに何でそこで意味ありげな目と笑いをいたしますかね、君はッ!




 「なんだよ、その如何にも何か言いたげな顔は・・・」

 「ふっふーん。それくらい察せない程度じゃ、まだまだね」




  分からんと言えば何か勝ち誇った顔をされる。

  ・・・いかん、なんか馬鹿にされているようで腹立つ。




 「悪かったな・・・こちとらまだまだ小学生ですのでね」

 「つってもあと一年も無いじゃない」

 「まあ、それはそうだが」




  小学六年生の夏休み―――つまりは、小学時代最後の夏休みだ。

  あいつらとつるむ様になってからはこういう大型連休の際はみんなでよく集まっていた。

  が、ここ最近は局の仕事が忙しいらしくそうもいかないらしい。




  ほんと、この年から仕事なんてよくやる気になるよねあいつら。

  俺には想像もつかんわ・・・・・




 「で、結局用っつーのは何なんだよ。もし下んねえ事だったら他の所にでも俺は行くからな」




  ああなった以上、トレイターは一週間経つまでは俺を立ち入らせる気は無いのだろう。主思いの無い従者め。

  そして当人そっちのけで話が進められたので呆然としていたがちょっとくらいは怒りも持ってるのだ。




  なので、事と次第によっては俺は逃げる。




  が、当の本人は自信ありげにニヤリと笑う。

  むむ、これは何かありそうな予感・・・ってこれ自体がその何かだっての。




 「まあまあ、アンタにとってもそう悪い話じゃないわよ」

 「へえ?」




  意味あり気なこの言い回し、やはり何か厄介事に違いない。

  早速回れ右を―――




 「そーは問屋が降ろさないわよ」




  アリサがどこぞにあったボタンをぽちっと押す。

  すると同時にガー、と音を立てて目の前のドアに金網が落ちた。




 「・・・・・・・・・・」




  や、もうなんて言うか言葉が出ない。

  呆れ果てて物も言えないというか、何でこんな物があるんだとか、まあ色々と言いたいが・・・




  とりあえず、アリサに捕まった奴はご愁傷様だな。

  ・・・・・今まさに俺がその捕まった奴なのか。




 「うん、昨日突貫作業で忍さんに付けて貰ったんだけどいい出来ね」

 「これ忍さん作!? つーか作業早ッ!! どっからどうやったんだこんなモン!?」




  さ、流石我が海鳴が誇るマッドサイエンティスト。やる事が半端じゃねえぜ。

  一日も経たない内にこんな大がかりな仕掛けを作るとか人間技じゃねえ。




  ・・・や、正確には吸血種だけどさ。




 「・・・で、お前は監禁趣味でもあんのか?」

 「無いわよそんな趣味。そもそもアンタが大人しく監禁されているとも思えないわ」

 「ごもっとも」




  今だってこーしている間に何とか逃げる算段を・・・・・

  よし、転移でも使ってシュバッと―――




 「ああ、この屋敷一帯には対魔法の結界張ってるから。AMFだっけ? 便利よね」

 「何未知のテクノロジーの装置に手を出してやがりますかテメエ!?」




  つーかAMFも純粋な魔法だったと記憶しているのだが!

  そもそもそんな魔法技術はどこでどうして手に入れた!?




 「忍さんのネット友達の提供らしいわ。コミュニティは赤いボタンは科学者の嗜み、だったかしら?」

 「・・・・・もーさ、どこから突っ込んだらいい?」




  物騒過ぎるぞそのコミュ名・・・

  ていうかこっちの世界のネットワークに侵入されてねえ?

  ああいや、向こうはこっちからすりゃオーバーテクノロジーだからそれも・・・ああもう頭こんがらがってきた。




  つーか俺を留まらせるのにここまでするか普通。




 「さて、と。大分話が逸れちゃったけど本題に入るわよ」




  もうここまで徹底されたら逃げ出す気すら失せた。

  ・・・仕方無い、不承不承ながらだが付き合おう。




 「・・・・・ういさ」

 「何か不満げだけど―――まあいいわ。話を聞いてくれる気になっただけでも進歩だし」




  人に強制させておいて何を言うか!

  とか言いたいが下手に逆らうと何やらまたマッドサイエンティストな仕掛けが発動しそうで怖い。

  それは流石に御免こうむりたいので大人しくアリサの言葉を聞いておく。




  で、アリサは左腕に右腕を乗せ、人差し指を立てて説明を―――あ、やっぱりこの格好だとコレを着けないとな。




 「ほい、これも付けて」

 「あら、ありがと―――って違うわよ!!」

 「えー」




  似合うと思うんだけどなーその伊達メガネ。

  と言うか実際さっきの格好とマッチしていたし、もったいない。




 「あーもー、ふざけてんじゃないの。話聞く気ある?」

 「そりゃもう両手一杯に広げても足りないくらいに」




  わー、実に胡散臭いって顔してくれるなあ。

  ちゃんとその気はあるというのに。




 「はあ・・・真面目に相手していると疲れるから流すわよ」

 「んなこと言わずにほれ、このハーブティーのクッキーでも食って―――」




  懐から対アリサ対策用切り札である俺特製のハーブティークッキーを取り出し・・・




 「アンタをここに読んだ理由って言うのはね、ここ最近の態度にちょっと問題があると判断したからなの」




  無視ですかい。

  く、アリサの好物であるハーブティーのクッキーを餌として準備したのにそれにすら揺るがないとは・・・侮れん!




  ―――で、俺の態度が何だって?




 「まあつまりは女性に対する誠意が足りないって言いたいのよ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・今更必要あるかね、そんなん」




  なんと言うかもう、そんなの気にしなくてもいいような気がするのだが。

  というか、今更あいつらに対する態度かえろとか無理難題にも程がある。




 「あのね、私が言ってるのは接し方じゃなくて気構え、心構えの問題。分かる?」




  気構え・・・んー、つまりはコミュニケーションの意識について?

  ・・・まあ、俺の意見を総括すれば。




 「・・・んー? なんとなく?」

 「そこで疑問形になるんじゃないわよ」




  だっていきなり言われてもいまいちピンとこないって言うか・・・

  そもそもだな―――




 「俺のその心構えのどこが問題なわけ? ちっとも心当たりが無いのだが・・・」

 「―――ハッ、これだから」




  ぐ、ぐぬぬ・・・! またもや馬鹿にした笑いを・・・!

  思わずムッとするが当の本人はどこ吹く風。全く以って遺憾である。




 「じゃあ質問―――アンタなのは達とエレベーターに乗った時、先に降りたりしてる?」

 「先っつーか、そんなん扉に近い奴から出るだろ、普通」




  いちいち奥の奴を前に通して降りるとか手間じゃんか。

  いや、扉に近い奴がボタン押してるんだったら話は別だけどさ。




 「じゃあ質問その二、ドアを開けて先に通してあげたりは?」

 「んー、体調が悪そうな時とかには」




  む、何やら不服そうな顔。

  俺の答えの何が気に入らないと言うんだ、何が。




 「―――質問その三、階段を降りる時に手を差し伸べてあげたりは?」

 「それは無いな、全く」




  いつまでもそんなよちよち歩きの子供じゃあるまいし・・・ん? 何故そこで頭を抱える。

  そのままため息を吐いて頭を振って―――




 「0点」

 「いきなり最低評価かよ!? つか何の!?」




  そんな救いようの無いような点数を付けられる覚えは無いのだが!?

  そもそも、さっきの質問で何の点数付けてたんだ!!




 「アンタ、ほんとこのまま社会に出たら後悔するわよ」




  と、アリサは急にそんな事を言った。

  はて、いきなり世間話か―――?




 「アンタのそのコミュニケーションに対するずさんな意識・・・放っておけば社会的弱者になりかねないわね」




  なんか酷い言われようだなオイ・・・

  お前、何か俺に恨みでもある?




  いくら心が広くて温厚な俺でも我慢の限界と言うのが―――




 「おい、さっきから好き勝手言って・・・何様のつもりだっつーの」




  ここで下手に出ればコイツ絶対に調子付く。

  そうなったら何言われるか分かったもんじゃないし―――第一、いい加減ムカついた。




 「あら、そんなのもまだ分かってないの?」

 「てんめ・・・!」




  その「いい加減気付け、鈍感」みたいな目は止めろ!

  俺だって分んねえからこんなんなんじゃねえか!?




  訳も分からない俺を見てアリサはまたため息を吐いて―――




 「ていうか、さっき言ったでしょ―――アンタの気構え、心構えがなっちゃいないって」




  む、そう言えばそんな事を言っていたような・・・

  確か女性に対する誠意がどうのこうのとも言ってたような?




  むう・・・確かに今の質問と俺の返答を聞く限りには誠意が足りないって思うかもしれんが・・・

  だからと言って何で社会的弱者とか言われねばならぬ訳よ!?




 「考えてもみなさい、もしもアンタに恋人ができたとする」

 「む・・・?」




  とことん解説に回るアリサ。

  どうでもいいがやはり似合ってるなあ・・・




 「で、アンタはその時エスコートに一つも出来ない。それでフられたりしたらどうすんの?」




  ・・・うん、まあそんな事あれば悔しいのか?

  それとも悲しいのかどうかは知らんが・・・




 「・・・・ぶっちゃけよう分からん」

 「はあ・・・じゃあ例えを変えるわね。アンタは図らずも美少女なあたしを友達として持ってるわけだけど」

 「―――美少女?」




  おおう、目がこええ・・・

  ここは沈黙美が得策也。




 「話を戻すわよ・・・そんなあたしをアンタが蔑ろにしていたら周りの男子はどう思うと思う?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




  アリサの言葉に今度は何も言えなくなる。




  いや、だってさ・・・身に覚えがあり過ぎると言うかなんと言うか。

  毎日の様に騒がしく追っかけまわされるのは御免こうむりたい。

  出ないと俺の健全な学校生活が、平和が・・・・・




  どうする? 確かにあの連中が俺を追ってる理由としての筆頭は俺がこいつらと仲良くしてるのが気に喰わない事らしい。

  だからこそ、その俺がこいつらを蔑ろにしてたら怒り心頭にもなる、か。

  こいつらはあの連中にとって手に届かないアイドルに対する憧れとかそんなんかね。

  そら意中の相手が別の奴に夢中でその夢中な相手がそいつに対してそっけない態度をとってりゃ怒るわな。




  難儀なもんである・・・




 「で、どうすんの?」




  既にアリサは勝ち誇った顔だ。

  こいつとももう長い付き合いになる。俺の考えている利害の損得算とかもう頭の中では答えを出してんだろう。

  だからまあ、悔しいがそうする方が最善と思ってるのは確かだし。




  まあ、ここまで来たんだし仕方ねえか。




 「分かった、やりゃいいんだろやりゃあ」

 「やった! そう来なくっちゃねえ!」




  こうして俺はこいつの特訓を受ける事になる。

  まあ別に大して嫌なわけでも無いしそれは良いのだが・・・




  俺の答えに対するあいつの笑顔は嫌なくらいに喜々として輝いていたのが不安だ。















                    ◇ ◇ ◇















  さて、これから私によるコイツへの教育、もとい特訓が始まる訳だけど・・・

  その前にこれを渡しておこうかしらね。




  懐からとある物を取り出して目の前で白けた顔をしている奴に渡す。




 「さて、それじゃこれ着けて」

 「? 何だこれ、バングル?」




  私が陣耶に渡したソレは正しくバングルだ。

  ソレは白銀のフレームを上下に分ける様にに金の線が入った物でちょっと上等物に見えなくもない。

  見えなくも無いだけであって、純銀製とかじゃなくてそこらで売っているようなメッキなんだけどね。

  けどそれにしてもちょっとくらいの値は付きそうな代物である。




 「ふーん、どうしたんだこんなモン」

 「私の特訓教室に入る人にはもれなくプレゼントしているのよ。そこらで売ってるものよりは少し高いから感謝しなさい?」




  陣耶は「そーですか」と生返事を返しながらバングルを右腕に着ける。

  ふん、中々どうして・・・陣耶のルックスが1上がった! って程じゃないけど別に違和感も無いわね。

  まあコイツじゃこの程度か。




  と、私の視線に何か含む所でも感じ取ったのか陣耶がこっちを見てる。




 「・・・」

 「・・・何よ?」




  あ、目を逸らした。

  何なんだろうか、一体。

  まあ、然したる問題でも無いからいいか。




  さてと、じゃあ・・・




 「陣耶、とりあえずこっち来なさい」




  ベッドに腰掛けて隣をポンポンと叩く。

  つまりは隣に座れ、という意思表示。

  けどまあアイツは例の如くすぐに行動はせずに理由を聞いてくるわけで―――




 「は? 何で」




  全く・・・ここまで予想通りなのも何だかね。

  まあいいか。こっちの方が説明するの手っ取り早いんだし。




 「来なさいっての」

 「だから、何で―――」




  と、私はここで陣耶がそれ以上を言う前に指をパチンと鳴らす。

  すると次の瞬間―――










 「どあだばばばばばばばばばばばばば!!?」




  全身がこれでもかってくらいに陣耶はスパークした。

  あ、骨まで見える。

  まあそれも一瞬の事でスパークが収まると陣耶は床に倒れ伏した。

  ご丁寧に体からは煙が出てる・・・




  ・・・普通は死んでいるかもしれないけど痙攣している所を見ると大丈夫なんだろう。




 「うん、大丈夫大丈夫。問題ないわね」

 「何がじゃあああああああああああああああああああああああッ!!」




  おお、復活した。早いわね。

  けど電撃で服が所々焼け焦げて・・・はいないか。

  流石忍さん、出力調整が絶妙ね。

  その絶妙な出力によって目の前のコイツも元気一杯だけど。

  で、当然の如く喰ってかかってくる。




 「今の何!? コレか! コレが原因なのか!?」




  陣耶は今にもバングルを外そうとしながら詰め寄ってくる。

  距離は結構近い・・・けどまあ、そんな事は関係無い。




 「だから、こっち座りなさいって」

 「いやだから、俺は今の現象の説明を―――」




  とか言いながらもうバングルを外そうとしてるし。

  むう、まだ分かってないらしいわね。

  じゃあもう一度その身を以て味わってもらおうかしら―――




  もう一度指をパチンと鳴らす。

  瞬間―――




 「ごぼふッ!!?」




  うわっ、ビックリした。また変な声を上げるわね・・・

  今流したのは軽い電気ショックだからちょっと体が痙攣した程度だけど、さっきよりリアクションがアレなのは気のせいだろうか。

  陣耶がジト目で睨んでくるけどそんなちょっと焦げた顔じゃ迫力無いわね。




 「で、座ったら?」




  もう一度私の隣を叩く。

  陣耶はしかめっ面で私と手のバングルを見比べて―――

  その後、諦めた様に溜息を吐いた。




 「・・・・・座りゃいいんしょ、座りゃ」




  ようやく諦めがついたわね。

  最初っからそうしてれば無駄に苦労せずに済んだのに。

  何でこんなに物分かり悪いのかしらね、コイツ。




 「今、物凄く失礼な事考えたろ」

 「べっつにー?」




  ・・・けど勘は鋭いのね、相も変わらず。

  だけどそっちの方が都合がいいのかしらね。こういうのって一種の勘に頼るから―――

  うん、やっぱりちゃんと教えこんだら以外と紳士的になるかも。




  ・・・・・今の私にはそんな陣耶が果てしなく想像できないんだけどね。




 「さて、それじゃアンタには一般世間で言う所のレディーファーストについて教授するわけだけど―――」




  だけどそれを少しでも改善するために教えるんだし。

  伊達に金持ちやってないって事を教えてやるわよ。















                    ◇ ◇ ◇















  ―――あれから数日が過ぎた。

  それからの俺は何故かレディーファーストの発祥やら意義やらそんな歴史的な事を聞かされた上にそれを実践させられた。

  具体的には歩道を歩く時は俺が車道側に立って歩いたり、重そうな荷物は持ってやったり。

  更には扉を開けて優先的に通してやったり、階段とかじゃ手を差し伸べて支えてやったり、注文を先にさせてやったり・・・

  挙げればきりが無いがそんな事だ。

  何か一つでも間違えるようならアリサがこれまた忍さんに依頼してできた電気ショックバングルによる制裁が待っている。

  しかもお子様な俺がアリサに対してレディーファーストやってるところを近所のおばちゃん達に見られて・・・




  あああああ、今思い出しただけでも小っ恥ずかしいいいいいいいいいいい。

  あの目、あの目が、あの微笑ましそうな目がああああああああああああああああああああああああああああああ。




  ・・・くそう、屈辱だ。めっさ屈辱だ。




  けど仕方ないんだよう・・・ちゃんとやらないと電気ショックが、ショックが・・・

  電撃自体の出力はアリサが操作しているらしく最初の時の様な大電流は今の所は流されていない。

  だけど、どこかであいつの機嫌を損ねてしまえば・・・

  しかもアレの感覚にはどうにも慣れない。妙に体に響くからなあ・・・

  電撃を発しているのはこのバングルなのは確定なんだが、何故か外れない。

  どこか電子的なロックでもされているのか、力づくじゃあ無理そうだ。

  何度か試したがその度に電気ショックで撃退されたよ、ちくせう・・・




  人権侵害?

  HAHAHAHAHAHAHA、もう慣れましたよ・・・・・

  こんな理不尽な目に遭っても未だに耐えている俺はどこかイカレてんだろうか。




 「けどまあ、あと数日だけだし・・・そうなればこんな日々ともオサラバだ!」




















 「とか思ってた時期が俺にもありました・・・」

 「? 何言ってんのよ」




  アリサの言葉を無視して現状整理しよう。




  期限の一週間、その最後の日。

  最終試験だとか言われて連れてこられたのは翠屋。

  店の中に入ったらある席引っ張って来られた。

  無論、道行はきっちりエスコートしてやりましたとも、ええ。




  しかし、しかしだ・・・・・

  この目の前に座っている同年代の碧の髪の人・・・誰?




  いや、見覚えはある。あるんだ。

  だけど見覚えがあるからこそ困ると言うか・・・・・




 「あら、分からない?」




  子供特有の高い声音が聞こえる。

  だけどその声には不思議と包み込むような優しさと言うか、妙に大人びた感じと言うか・・・

  隣を見れば、件のアリサはニヤニヤしている。

  カウンターに目をやる。桃子さんが眩しい笑顔を見せた。

  続いてトレイターが嫌な顔してサムズアップ―――てめえ後で覚えてろ。




  ああ、認めたくない。

  認めたくないけど・・・認めなきゃならん現実が目の前に。




  ああ・・・世界は、こんな筈じゃなかった事ばっかりだよ。




  ついに俺は意を決して目の前にいる女の子に声をかける。




 「えーと・・・リンディさん?」

 「どうしたの?」




  100点のスマイルで返された―――

  ああくそ、認めてやろうじゃないか。目の前の人物は確かにリンディ・ハラオウンその人だ。

  まあそれはまだいい。というか、もういい。

  問題はこの人がどういった形でアリサの言う最終試験とやらに関わってくるかだ。

  アリサは考え無しにこんな悪戯するような奴じゃないだろう。

  だから、誠に遺憾ながらも、不安ながらも、目の前にいる小リンディさんが最終試験とやらに関わってくることは確実なのだ。




  ―――いやまあ、大体の予想はつくけどさ。嫌な事ばっかり。




  そして俺が一抹の不安を拭いきれないまま、アリサはそのニヤニヤ顔のまま口を開く。




 「じゃあアンタにはこれからリンディさんをこの一週間で培った技術でエスコートしてもらおうかしらね」

 「やっぱしですか・・・」




  はあー、と脱力して項垂れる。

  よりにもよってソレですかい・・・・・めちゃくちゃハードルたけえってのッ!?

  考えてもみろ、リンディさんは大人だ。それも子持ちの。

  つまりは慨婚者、人妻なわけですよ。てことは夫がいるんですよ。

  夫がいるって事はつまりはそういった経験ももちろんあるということで―――




  つまり、そんな熟練者相手に俺を当てがって何したいんだテメエええええええええええ!!




 「まあそんなに気負う事無いわよ。そのためにリンディさんにわざわざこんな格好してもらってるんだし」

 「いやいや、それとこれは別だろ・・・」




  正直、子供ながらも醸し出されている大人な空気に気後れしてならない。

  その当の本人であるリンディさんはニコニコしたまま俺とアリサの事の成り行きを見守っている。

  くそう、その余裕がすっげえ悔しい。




 「ま、これが終わったらアンタは晴れて自由の身なんだし頑張りなさい」

 「あ、おい・・・」




  ・・・・・行っちまった。

  残された俺とリンディさんの間に何とも言えない空気が漂う。

  実際は俺一人が気後れしているだけなのだが・・・

  相も変わらずリンディさんはニコニコしてるし。

  向こうから話しかけてくる気はなさそうだ。

  ・・・このまま俺が喋らなかったら本気でどうするんだこの人。

  いや、この人の事だ。平気な顔して俺が口を開くのを待つんだろう・・・

  そんな所が容易に想像できる辺り、恐ろしい。




  仕方が無いので、緊張やら気後れやらを一旦押しのけて声をかける。




 「えーと、どうします?」

 「どうって?」




  ハイ、逆に聞き返されましたよ―――どないせいっちゅうねん!?

  ええい、これはアレか。これから即興で何かやれってか。

  うう、この人どこ連れてったら喜ぶとか分かんねえ・・・・・

  とりあえず何するかを考えるためにも時間を稼がなければ。




 「えーと、何か軽く飲み物でも頼みましょうか」

 「分かったわ」




  終始ニコニコ顔が絶えないリンディさん。心なしか楽しそうだ。

  鼻唄なんてやりながらメニューを開く。

  俺も習ってもう一個のメニューを開いて・・・・・さて、どうするか。




  ここって何かいい場所あったか?

  観光地っぽいところと言えば山にあるあの神社とか、眺めで言うなら桜台とか海岸とか―――

  あとは商店街に映画館、ゲーセン・・・うーん、何が楽しめるだろうか。

  けど・・・これの趣旨ってアリサが今まで俺に叩き込んできたやつの最終試験だよな。

  じゃあ楽しめるって事よりそういう方を意識した方がいいのか・・・?

  うーん。




 「・・・くん、陣耶くん」

 「っわ、ハイッ!」




  急に声をかけられてついつい声が裏返ってしまう。

  目の前のリンディさんは変わらないニコニコ顔で俺の左を指して―――ん? 左?

  指につられるようにして顔を向けると・・・




 「全く、注文はまだか? お客様」




  麗しの黒髪麗人が注文票を持って立っていた。

  リンディさんはいつの間にかトレイターの奴を呼んで注文したらしく、トレイターは俺に注文を促してくる。

  ・・・くそう、してやったり顔が憎い。

  とりあえず注文は―――




 「え、うーと・・・ウーロン茶一つ」




  いつも通りウーロン茶を頼む。

  別に牛乳でもよかったのだが、今はとにかく気持ちを落ち着けたい。

  でないと要らぬヘマをかましてしまいそうだ・・・もう既に一回やったけどさ。




 「ご注文、確かに承りました」




  綺麗にお辞儀をして厨房へ去っていくトレイター。

  だがその横顔に明らかにこっちを笑う横顔で俺に視線をくれやがったのは見逃さない。

  くう・・・嫌過ぎるぞ、なんだこの圧倒的戦力差。

  かつてこれほどに経験と言う名の壁を高く感じた事はねえ・・・




  とりあえず、俺は注文した飲み物が来るまで必死でこれからの事を考えていたのだった。















                    ◇ ◇ ◇















  うーん、今日は日差しが気持ちいいわね―――




  海鳴の商店街を歩きながらそんな事を思う。

  さんさんと輝く太陽は気持ちの良い気温に空気を暖めてくれる。

  これでこそおしゃれして出て来た甲斐があったというもの。

  もしもこの天気が曇っていたり雨が降っていたのならば今の気分は味わえないだろう。




 「リンディさん、大丈夫ですか?」

 「ええ、平気よ」




  今の私は少々機嫌がいい。

  アリサさんから協力してほしい事があると言われて来てみれば何か面白そうな事をやっていたので喜々として協力したのだ。

  その結果が、目の前のコレ。

  顔を少々赤くしながらもしっかりと私の手を握って道を先導してくれる陣耶くんである。




  この子ったらこういう事には案外初心なのかしら。

  いつもあれだけはやてさん辺りに絡まれていたから多少は慣れていると思ったけど。

  いくら変身を使ってるとはいってもこんな歳の離れた人を意識する事なんて無いのにねえ。

  やっぱり周りの環境が恵まれててもまだまだ子供ね―――




 「むう、休日なだけに流石に混んでるか・・・」




  目的地に着いたのか陣耶くんがその足を止めた。

  その視線の先にあるのは―――スーパー?




 「すいません、ちょっと混んでますが付き合ってもらえますか」




  ここに陣耶くんの目的があるらしい。

  ここは私もよく来るのだけれど・・・何があるのかしら?

  とりあえず陣耶くんの目的に期待しましょうか。




 「ええ、いいわよ」

 「うし、じゃあ行きましょう」




  と、また私とはぐれないように手を繋いでくれる。

  決して強制ではなく、手を差し伸べて。

  そういう事は何か気分が良くなるのでついつい握り返してしまう。

  こう、あれね。以前クロノが背伸びして身長を高く見せようとした時の心境と同じ。

  うーん、親心かしら? なんというか、フェイトさんみたいにほっとけないタイプに対する部類の。




  そうしてスーパーに入る。

  中は休日のバーゲンを狙った方々で溢れかえっていて、凄い熱気。

  これこそまさに主婦の戦場・・・なんだけど。

  うーん、夏だし健康上あまりよろしくないわねえ。空調は効いているようだけれど。




 「えーと・・・お、丁度いい感じにエレベーター」




  その時、ちょうど私たちのいる階に来たエレベーターに陣耶くんと二人で乗り込んだ。

  他のお客は一階に集中していて他の階に移動しようとする人は少なく、エレベーターの中は私たちだけだ。

  そして陣耶くんがパネルで行き先を・・・6階?

  確かあそこは電化製品のコーナーだったと記憶しているけど―――何があるのかしら?

  隣にいる人の顔を見てもその表情からは何も窺えない。

  ただ漠然と、寂しそうに見えた・・・




  そうして、目的の6階に到着した事を知らせる音が鳴り響いた。

  それと同時に目の前の自動式のドアが左右に開いて、目の前に電化製品が立ち並ぶ光景が広がった。

  その中を陣耶くんが歩きだし、私もそれに後ろからついて行く。




  右を見る。電化製品だ。

  エアコンやヒーターが見える。空調関連かしら?

  左を見る。やっぱり電化製品。

  こっちにはパソコンやDVDデッキが見られる。




  ・・・うん、やっぱりここに何があるか分からないわね。




 「陣耶くん、一つ良い?」

 「何ですか?」




  私の呼びかけに反応しながらも陣耶くんはその足を止めない。

  質問する分には問題は無いのだけれど―――




 「ここに来た理由って、一体?」




  ピタリ、と陣耶くんの足が止まった。

  私に背を向けたまま頭を掻き毟って、それからこっちを振り向きながら困ったような笑みを浮かべた。

  その表情が、まるで迷子の子供の様に見えて―――




 「あはは・・・まあ、ちょっとした事がここでありまして・・・ああほら、アレです」




  そう言って陣耶くんはある場所を指し示した。

  ソレは電気製品が陳列する場所に目立たないように、だけど場違いにも思える存在感があって・・・

  木造の―――祠、と言ったかしら、日本の神社なんかによくある。

  小さいソレの前には真新しい花が花瓶に生けてある。




  これは・・・




 「もう、7年前になりますかね・・・」




  そう言って、祠の前に行って手を合わせる。




  ―――7年前。

  それは確か、陣耶くんのご両親が逝った―――




 「コレ、あの時の死者たちの為にあるんですって。あの時死んでいった人たちの・・・」




  ならこれは、その事件で死んでいった人たちへの慰霊碑・・・

  悲しみや、過ちを忘れないようにするための象徴。

  背を向けて祠に手を合わせている彼の表情は、見えない。




 「・・・・・」




  この子は、ずっと縛られているのだろう。7年前の事件に、ずっと。

  なのはさん達と触れ合うようになって出会った当初に感じていた空虚さは感じなくなった。

  ・・・けれど、それでもまだこの子は抜け出せずにいる。

  未だに剣の手放さないでいるのも、恐らくは事件の時の様に失うのを恐れているから。

  だから―――囚われているのだと。

  この子のこれは、たぶんこれから先も・・・たぶん、一生変わらないのだろう。

  それほどまでに深く根付いて、それが今の陣耶くんの原動力。初期衝動にして第一動因。

  陣耶くんを囚えている地獄のような光景こそ、心の原風景。

  だからこそあんな無茶な行動に走って、あまつさえそれに対して意地を張る。




  だけど、それじゃああまりにも―――




  私に彼の苦しみは分からない。その辛さも、孤独も、何も。

  だけど私に出来る事があるとするのなら、それは―――そう。

  きっと、背を向けて悲しい目をしているであろうこの少年を―――










 「で、この隣で売っている鯛焼きがまた絶品なんですよ」




  次の瞬間、思いっきり満面の笑顔で、そんな事を言われた。




 「・・・は?」

 「いやだから、ここの鯛焼きが絶品なんですって」




  「おーい、おじちゃんいつもの二つお願いー」などと言って本当に鯛焼きを注文する陣耶くん。

  屋台の主人も「おう、いつもの坊主か。ちっと待ってろ」なんて普通に鯛焼きを包んで陣耶くんに手渡す。

  ・・・あれ? ここに来た目的って、祠に祈りを捧げる事じゃあ・・・




 「この鯛焼きは祠にお祈りするついでに買うんですけどね、ここの粒あんと生地の組み合わせがまた―――」




  ・・・つまり、何か。

  最初から目的はこの鯛焼きだったと、そういう事なの。

  あれだけ思わせぶりな前振りをしておきながら・・・

  確かに、本来の目的からすればこっちの方が正しいのだろうけど・・・ふ、ふふ。




 「ほら、リンディさんもどうぞ」




  少々釈然としない気持ちのまま近くにあったベンチに腰を掛ける。

  座ったら、先ほど陣耶くんが買った鯛焼きを差し出された。

  少々熱いそれを受取って、甘いあんこの香りを漂わせるそれを頭からパクリ―――あら美味しい。




 「さて、これ食べたら次はどこに行こうか・・・」




  本気でこの後の事で悩んでる。

  うーん、まあ張り切ってくれるのは嬉しいけど・・・こういう性質の悪い持ち上げて落とすのはやめてほしいわね。

  なんと言うか、非常に疲れた気がするわ。




 「うし、じゃあ次はあそこに・・・」




  ・・・まあ、鯛焼きも美味しいし。

  ひとまずはそれで良しとしましょう。















                    ◇ ◇ ◇















 「あー、やーっと着いた」

 「ふふ、お疲れさま」




  リンディさんをエスコートすること約4時間。

  太陽はとっくに沈み始めて、ただ今の時刻は午後7時。

  俺としてもそろそろ夕飯の時間なので帰ろうという事でリンディさんを自宅まで送ってきたのだ。

  ハラオウン家の玄関口を前にして俺の気が一気に抜ける。




 「はー、ホンットくたびれた・・・」

 「あらあら、エスコートした女性の前でそんな事を言うものじゃないわよ」




  それもそうですがいい加減に精神が限界なんです。疲れたの一言くらい言いたくもなりますよ。

  しかもそれに対してエスコートされた側であるリンディさんは元気が有り余ってるとばかりにニコニコ顔。

  ほんと、ため息の一つでも吐いてなきゃやってらんねえ・・・

  何にせよ、この扉を開ければミッションコンプリートだ。

  俺の長い苦労もこれで報われる―――




  ドアノブに手を掛ける。




 「こんばんはー」




  ガチャリと回して扉を開けた。

  電灯が点いている玄関口にはいくつかの靴が並べられ、照らされている。

  数はひいふうみい・・・6つか。

  一つは明らかに男物。クロノだろう。

  残りの女性物はサイズから言って普段のリンディさんのとエイミィさんの物。

  あとはアルフとフェイトのか・・・ん? 後一つのは誰のだ?

  と、奥からバタバタと足音が聞こえてくる。出迎えとはわざわざ御苦労だなあ。

  そしてリビングの扉から現れたのは二つの金髪・・・・・二つ?

  一つは間違いなくフェイトだ。

  首元が開いた黒の半袖Tシャツに赤いスカート、何かそのまんまだな・・・奥からパタパタ駆けてきた。

  で、もう一つはこの一週間で嫌と言うほど見慣れた・・・・・




 「お疲れ。やっぱ最後はここに来たわね」




  何を思ったか、俺に礼儀作法を叩き込むとか言い出した御令嬢である。

  いつも通り、変わらない勝気な眼をして何故かハラオウン家で出迎えてきた。

  いつも通りと言っても、しっかりと外出着は着ているが。

  白のワンピースにロングスカートとは・・・暑さ対策か? それにしちゃ何でロングスカートなんて。




  まあいい。そんな事よりだ―――




 「お前もよっぽど暇なんだな、こんな所で悠長に俺を待ち構えているとは。マンションの前で帰るとか思わなかったのか?」

 「あら、そんな風に教えたつもりはないけど?」




  ぐ、とアリサの言葉に言い返せなくなる。

  確かに一週間ほどみっちり仕込まれたお陰でそんな事は出来そうにも無いのだが・・・

  とは言え、なんかそこはかとない敗北感があるのは何故だろーか。




 「さて、じゃあありがとうね陣耶くん」

 「あ、はい」




  リンディさんが軽く会釈をして靴を脱いだ後に家に上がる。

  で、それと入れ替わるようにアリサが靴を履いてそれが当然という様に俺の隣に並んだ。




 「それじゃフェイト、今日はもう帰るわね」

 「うん、またねアリサ。ジンヤも」




  フェイトも軽い挨拶をしてリンディさんと一緒に奥に引っ込んだ。

  そして目の前のドアがバタンと閉じる。




  で、ドアの前には俺とアリサの二人だけ―――

  沈もうとしている太陽が眩しくて仕方がない。




 「さ、帰るんでしょ?」




  アリサが俺の方に向き直ってあの勝気な笑顔を向ける。

  その笑顔は、夕焼けの陽光とそれを反射するウェーブのかかった金の髪で妙に眩しくて・・・




 「お、おう・・・」




  その笑顔がとても綺麗に見えて、柄にもない事を思った俺はそれを悟られないようにとぶっきらぼうに返事を返した。




















  薄闇のかかった街の中を歩く。

  太陽も、もう半分以上が既に沈んでいる。

  陽は、もう間もなく堕ちる。

  街の電灯も暗がりに反応してぽつぽつと明かりがつき始めている。

  後数分もすれば陽は完全に沈み、街には明かりという明かりが煌めく事になるだろう。

  聞いているだけなら涼しそうな景色とも思えるが、夏はそんな事お構いなく暑い。

  見た目と反して猛暑な夜というのは中々に堪える。が、それでも昼間の暑さに比べればまだマシだ。

  だけどどうしても暑さに辟易して顔を歪めてしまう。




  そして、そんな俺の隣を涼しげな顔をして歩くアリサ。




 「何よ、私の顔に何か付いてる?」




  いつの間にか顔をじっと見ていたのかアリサが胡乱げな視線を向けてくる。

  別に下心なんて何も無いのだがついつい顔を逸らしてしまう。




 「別に、何も」

 「ふーん・・・」




  別に興味は無い、といった風にアリサは視線を前に戻す。

  そのまま何の会話も無く街の中を歩き続ける。




  いつの間にか顔を出していた月は、俺たちの姿を白く照らし上げている。




  そうして、アリサの家の前に到着した。

  陽はとっくに沈んで月ももう頭の上にある。

  ちょっとこれは帰るには遅い時間帯だ。もうちっと急げばよかったか・・・




 「―――ありがと、ここまで送ってくれて」




  と、ここにきてアリサが口を開いた。

  視線は未だにこっちを向いていない。




 「流石にこんな時間帯にお前一人を歩かせる気にはならねえし、大した事じゃねえさ」

 「そう」




  そのままアリサは門の手前まで先程までと変わり無く歩いて行く。

  俺はその姿を見送って―――




 「で、今日はどうだった?」




  アリサが足を止めて、そんな事を聞いてきた。

  背を向けていてその表情は窺えない。

  今日は、というのは―――まあ、十中八九リンディさんとの事だろう。




 「緊張しっぱなしだったなあ。いくら子供の格好していても中身は全くの別物なんだし」

 「ふーん。それでちゃんとエスコート出来たのかしら?」




  それは・・・

  今日一日を思い返す。

  翠屋から始まって、商店街、スーパー、それから・・・




 「うん、結構上手くいったんじゃないかと」

 「嘘ね」

 「否定すんの早っ!?」




  そこまでばっさり否定されると流石に悲しくなってくる。

  俺ってそこまで信用無い?




  ・・・あれ? こんな感じの事、前にもあったような・・・




 「だってアンタ、嘘ついてる時って耳動いてるんだもの」

 「嘘だッ!? その癖は何年も前に・・・!」

 「嘘よ」




  が、ぐ・・・・・

  目の前のアリサはこっちを向いてクスクスと笑っている。明らかに馬鹿にされた。ハメられた。

  ちきしょう、猫二人に散々弄られたあの忌まわしい記憶さえなければ・・・!




 「まったく、そんなんじゃ私が教えた意味無いじゃない」




  あのなアリサ、やれやれと溜息を吐かれても一週間だけでまともにエスコートとか無理にもほどがあると思うんだが。

  イギリス生まれの英国紳士でもあるまいし、それは流石に無理だ。

  ―――けど、そんな風に自信満々な所がアリサらしいと言っちゃらしい。




 「まあこの先でゆっくりと矯正していけばいいか。時間は結構あるし」

 「お前・・・それはまた気の長い話だな」




  つーかそんなお前の理想像に近づけられても俺には何の得があるんだか・・・

  だけど時間が結構あるのも事実。

  何もする事が無いのなら、こいつに付き合ってやるのもいいかもしれない。




 「それじゃね―――また今度は、私をエスコートしてもらおうかしら」




  そんなセリフを残して、勝気な笑みのままアリサは自宅へ帰った。

  俺は暫くアリサの消えた門を見つめて、月を見上げて頭を掻いた。




 「まあ・・・いいか」




  きっと俺たちの関係なんてこんなものだ。

  きっとこれからも変わらない、絆の一つだ。




  そんな事を思いながら、俺も自宅に向けて足を向けた。











  Next「大事な思い出」











  後書き

  お久しぶりです、ツルギです。

  前回から大分間が空いてしまった・・・途中でマンネリしてしまってどうしようかと。

  けどちゃんと形に出来たので一安心です。

  もうちょっとでやっと次のステージ。このまま一気に書き切りたいですが、果たして・・・


  拍手を頂いているのでレス返しを


  >まさかのなのは辞職。StS時のなのはは傭兵扱い?

    でも経験が原作より落ちるから実力は下がるか? まさか御神流を……

    ティアナの暴走自滅フラグが立った気がしますね。 ルファイト


  感想ありがとうございまっす!

  なのはにしろティアナにしろ色々考えてはいますがまだ詳細が決まっていません。

  が、stsに入る前に色々とやらかすつもりですのでお楽しみに。先は長いですが・・・


  それではまた次回で―――







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