「ちーす、こんちはー」
目の前の扉を開けて店の中へと入る。
店内はいつもの様に賑わっていて、繁盛しているようだ。
その中で桃子さんが俺を出迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい」
「こんにちは。暇なものなので手伝いに来ました」
今日は珍しく夕食まで何の予定も入っていない。
宿題ももう終わらせたし、恭也さんとの稽古も入っていない。
他の奴らはそれぞれ所用で出払っている。
で、やる事もなく暇だったのでトレイターが毎度バイトをさせてもらっているここに来たというわけだ。
「あらあら、それは助かるわ」
とまあ、こんな感じで俺の様な子供でも普通にここで手伝いをさせてくれている。
もっぱらの目的は料理について色々と盗む事だが・・・
俺はこうやって時に手伝いをやりながら料理について色々と学んでいる最中である。
プロの人から学べる、というか盗める事は多いからな。
適当に掛けてあるエプロンを着けて厨房に入る。
と、そこで食材を切っているトレイターを発見した。
「おや、珍しく来たな」
とか言って俺に声を掛けながらも食材を切る手は止まっていない。
ううむ、手慣れている・・・
「たまにはお前の仕事ぶりを覗こうと思ってな」
『まあ、暇を持て余しているとも言うんですがね』
「くく、成程な・・・構ってもらえる相手がいないという事か」
ええい、悪かったね暇人で。
とりあえず何か仕事は無いかと辺りを物色・・・
「陣耶くーん、3番テーブルお願いできるかしらー」
「分かりましたー」
丁度お呼びがかかったし、久々のお手伝いを頑張りますかね。
注文された品を持ってテーブルに向かう。
(・・・そういや)
ふと、心の片隅で思う。
ここ最近になってやっとあいつは復帰した。
今日は肩慣らし程度に局でヴィータと模擬戦でもやろうと言っていたけど・・・
(んー・・・何か不安だなあ)
あいつの猪突猛進は今に始まった事じゃないが・・・
まあ、気にしてもしゃあない。
(ま、なのはなら自力で何とかしてそうだがな。他の奴らもいる事だし)
〜A’s to StrikerS〜
Act.16「願い -前編-」
「んー、終わったー」
トレイターの勤務時間も終わったので俺も手伝いから上がる。
時刻は午後6時半。窓から外を眺めれば夕日が眩しい。
んー、そろそろ頃合いかな。
「じゃあ桃子さん、俺たちはこの辺で」
「うん、ありがとうねー。これ今日のバイト代」
と、桃子さんから差し出される封筒二つ・・・二つ?
一つは間違いなくトレイター。で、もう一つは消去法で・・・
「うぇ? 俺の分まで?」
「やっぱり働いてくれる子にはご褒美を上げないと」
や、すっごく有り難いのですが・・・
こうなると完全にバイト。こんな年齢でいいのだろうか・・・?
・・・・・ま、それを言えば管理局も同じか。
こっちとあっちを混ぜる事がおかしいとかいう反論は認めない。認めないったら認めない。
「じゃあ、ありがたく頂きます」
「うん、素直でよろしい」
それならば、と遠慮なしにバイト代を頂く。
よし、これで小遣いが増えた―――何を買おうかなー?
「陣耶、そろそろ行くぞ」
おっと、トレイターが呼んでら。
まあそろそろ出た方が良いし、早く行こ。
トレイターと一緒にドアを出て、挨拶。
「それじゃ桃子さん、また」
「またねー」
ドアを閉める。
さて、と・・・
「じゃあ夕飯を御預かりに八神家に行きますかね」
「うむ、では行くか」
さー、今回はどんな料理があるのかなー?
◇ ◇ ◇
キッチンで料理をしているとピンポーン、とチャイムが鳴った。
ん、来たんかな?
「ヴィーター、お願いできるー?」
「はーい」
ソファーで漫画を読んでたヴィータにお出迎えをお願いする。
うちも火を弱めて・・・うし、客人はやっぱ家主が出迎えんとな。
キッチン出てリビング出て―――いたいた。
ヴィータが何やら話してたけど、すでに終わったみたいやな。
「いらっしゃい二人とも」
「おう、お呼びに預かった」
「御馳走になる」
靴を脱いで陣耶くんとトレイターが我が家へと上がる。
―――陣耶くんたちは時々夕飯を一緒に食べている。
と言ってもうちが一方的に呼びつけているだけなんやけど・・・食費が浮くとかで喰いついてくる。
理由としては二人で寂しないかなー、というのがあってなんやけど。
本人の前でそれを口にしたら絶対来ないとか言いだしそうや。
それにうちの料理を喜んでくれる人がいるっていうのは嬉しいし、友達と一緒に食べる夕食ってすっごい楽しいし。
「今日のメニューは? タダ飯も何だし手伝うぞ」
あとは、こうやって見せてくれる優しさとか、すっごい嬉しいなって最近思う。
というか、一緒に料理が出来る人って結構貴重。互いに料理についての討論とか楽しいし。
うちのシャマルにも仕込んでもらいたいわー。
「ほなお願いしよかな。今日はロールキャベツや」
「うい、りょうかーい」
さー、今日の料理もおいしく仕上げよかー。
◇ ◇ ◇
「はもはも・・・うん、良い味出てる」
今日は八神家で夕飯の伴侶に預かっている。
本日のメインはロールキャベツ。
切ると中にある肉の肉汁が染み出てきてそれがまた食欲をそそる一品である。
「ほんま? うち的にはまだもうちょっと頑張りたいねんけどなあ」
「これ以上を目指すともはやプロだぞ、それは」
管理局に所属していながらそれは無いでしょうよあーた。
どこぞのブラウニーにでもなるつもりか?
「じゃあ俺のハリハリサラダを評価してもらおうか」
夕飯を手伝うといってもメインメニューはもう既に完成間近。
なので軽いサイドメニューを今回作った。
で、それがハリハリサラダ。
シャキシャキとした触感が癖になるんだよな。
「んー、ロールキャベツとはまた違った触感やからそこも楽しめるなあ」
「味どーよ、味」
「和風の・・・これは醤油と鰹? ドレッシングがマッチしてて美味しいで」
「うっし」
とりあえず合格点。
家の仕事がほとんどトレイターに掻っ攫われた今、台所のこの仕事だけは譲らないためにも日々腕を磨いているのである。
これ以上あいつに俺の空間を侵略されてたまるか・・・!
「あ、そやヴィータ。今日なのはちゃんのリハビリに付き合ったんやろ?」
「ああ・・・うん」
そうそう、そういやそうだ。
今日はなのはの奴ヴィータに付き合ってもらうとか言ってたんだよな。
あり? けど俺らが翠屋を出る時にはなのはいなかったし・・・入れ違いか?
また、あいつがヘマかましてないかは気になるなあオイ。
「で、どうだったんだ?」
「いや、まあ・・・リハビリとして模擬戦をやったんだ」
うわあ、それは如何にもなのはらしいと言うかなんと言うか・・・
で、やったと聞けば結果が気になるのが人の性。
当然そこらへんも問いただす。
「そんで結果は?」
「・・・中断」
「ほえ?」
こいつに限って中断・・・?
いや、ヴィータも何やら苦い顔をしているので嘘ではないらしい、か。
それにしても、中断とはまた・・・
「珍しいな、何かあったのか」
「あったっちゃああったが・・・無いっちゃあ無かった」
? ヴィータの答えはイマイチはっきりしない。
本人からしてもどう言えばいいか迷ってる風に見受けられるが・・・
「はっきりしないなんてお前らしくも無い。どうした?」
「いや、な・・・変なんだよ」
ふむ・・・変か。
心当たりがあるとすれば・・・
「お前のゴスロリ趣味か」
「違うッ! 潰すぞ!?」
いやすまん、言ってみたかった。
で、何が変なんだよ。
「それがよ・・・」
◇ ◇ ◇
「ふう・・・」
今日、なのはの様子がおかしい。
正確にはなのはが管理局から帰って来てから様子がおかしい、だ。
一人で窓の外を眺めて黄昏ている・・・
向こうで何か嫌な事があったのかと聞いてみてもそんな事は無いの一点張り。
正直、一人で抱え込んでいないか心配になる。
なのはも年頃の女の子だ。それ故に成長も早いが・・・反面繊細で、傷つきやすい。
何かあるのならば早めにアフターケアをしておくに越した事は無い。
陣耶くんの時はあまり出番が無いというか役立たずだったが・・・
とにかく、黙っていても始まらないので再度の聞き取りを試みる。
「なのは」
「あ、お兄ちゃん・・・」
声に反応してこちらに見向きはしたものの、返事を返すと再び窓の外を眺め始めた。
目にも朝までの元気は見られずに深い憂鬱を湛えている。
やはり、こんな状態で何も無いと言われても納得など出来る筈も無い。
「なあ、なのは・・・何か悩みがあれば遠慮なく言っていいんだぞ」
「うん・・・別に、悩みって程の事じゃないよ」
やはり、どこか遠慮しがちだ。
あまりそっちで力になってやれないとはいえ、やるせない。
が、諦めずに食い下がる。
「嘘だ」
「・・・何でそんな事言えるの?」
「そんなに露骨に溜息を吐いて何も無いなんて通るとでも思うのかお前は」
あんな風に黄昏ていれば誰だって何事かと思う。
いつも笑顔な分、余計にな。
何事も無ければ笑顔でずっと笑っている。なのはは、そんな子だから。
「うう、それは・・・」
「・・・お前がそんな顔をしていると周りのみんなも心配する。何があったんだ?」
なのはは目を伏せて、そのまま黙りこんだ。
まあ、無理に聞き出せそうな事でもないよな・・・
自分の浅慮さを馬鹿にしながらなのはをそっとしておこうとその場を立ち去る。
いや、立ち去ろうとした。
「・・・・・の」
「え?」
不意に、なのはが口を開いた。
だけど何を言ったのかまでは声が小さすぎて聞き取れない。
なのはは依然目を伏せていて、上げようとはしない。
「なのは・・・?」
「分からないの、自分でも」
なのはの声は随分と沈んでいて・・・
それでいて、戸惑ったような、怖がっているような声で―――
自分でも何が何だか分からない、と。
そう、告白した。
「・・・どうしたんだ?」
「・・・今日、ヴィータちゃんと模擬戦をやっていたのは、知ってるよね?」
「ああ・・・」
昨日なのはが随分と嬉しそうに言っていたからよく覚えている。
そして、それをわざわざ話に出すからにはそこで何かがあったのだろう。
例えば、ヴィータに完膚無きまでに負けてきたとか・・・
「最初は普段通りだったんだ。けど・・・」
◇ ◇ ◇
「いくよヴィータちゃん! かなり久しぶりの砲撃魔法!!」
「いっ!?」
上空には既に発射態勢に入ったなのはがいる。
砲撃魔法、ディバインバスター―――その気になれ1km先の相手だって狙い撃てる砲撃魔法。
その癖チャージの時間も少ない上に威力も半端が無いと来た。この上なく厄介だなオイ。
現在の状況を速攻で把握。
―――あたしは今、空中にいる。現在も飛行中だ。
そんなあたしの周りを飛び交う―――いくつもの鉄球と魔力弾。
あたしの魔法、シュワルベフリーゲンとなのはのアクセルシューターだ。
数の多い誘導弾は非常に厄介であたしの行く先々を数に物を言わせて制限してくる。
あたしのも一応は誘導弾なので対抗してはいるものの・・・いかんせん、あいつほどの数と誘導性も無い。
気分としてはファン○ルにミサイルぽっどで対抗するモビル○ーツだ。
そしてそれによって周囲は塞がれており、抜け道は無い。
あるとするなら前方―――なのはの砲撃が待ち構える方向。
「ディバイーン・・・!」
あんなもの、まともに喰らって無事で済む保証は全くない。
今から盾を展開したとしても、耐えきれるか―――
(・・・いや)
違うな、そうじゃねえ。
こういう時はどうする? 決まってる、あたしは騎士だ。
八神はやてを守護する騎士―――ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータだ!
その役所は―――!!
(何が来ようが、相手を真正面から―――!)
アイゼンからカートリッジが排出される。
あたしの意思に応えてその姿を噴射機とドリルのついた形態―――ラケーテンフォルムへと変化させる。
目の前の相手を見据えて、狙うは一撃必倒!!
「ぶっ潰すッ!!」
目の前で放たれんとする光に目を見据え、ありったけの魔力と共に一気に前方へ加速する。
そして放たれる魔力もろとも相手を打ち負かそうと―――
「・・・ぁ、れ?」
「・・・は?」
目の前で放たれようとした魔力が―――消失した。
当然、砲撃が来ると予測していた個所へと振るっていたアイゼンは空振り。
―――それどころか、ありったけの魔力で思いっきり加速していた体は止まらない。
「え? ちょ、わっ、どけええええええええええええ!!?」
「へ? にゃーー!?」
そうして盛大に、あたしたちは星を見た・・・・・
◇ ◇ ◇
・・・うん、話は分かった。
分かったのだが・・・分からん。
「ヴィータ、今のどこが変なんだ?」
「うん・・・術式の消失ってフェイクくらいでいくらでもできるやろ」
予めそういう術式を組んでいたのなら出来ない事じゃない。
魔力を収束して、ただ霧散させる・・・これくらいならなのはなら簡単にこなすだろう。
それに、スターライトへの布石にもなる。
・・・全面的に使用禁止だが。
けどまあ、それを踏まえても結構無駄がある事だというのは同意だ。
だけどそれが変だとも一概に言いきれないと思う。
「いやな、そこまでは普通だったんだよ、あいつも・・・問題はその後」
「後?」
「おう・・・分かりやすく言うとだな、お前と似たような事になってる」
と、ヴィータは俺の方を見ながら言った。
・・・俺と、似たような事?
似たような事と言われても・・・さっぱりだ。
「すまん、何の事だ?」
「あー、言い方が悪かったか」
面倒くさそうに飯を置くヴィータ。
そんで湯呑みに入っていたお茶を飲んで一息を付いて―――
「今のあいつはな・・・」
「なのはちゃんは・・・?」
場に奇妙な沈黙が流れる。
そんな中で、少しの間を置いて―――
「相手に攻撃を当てられる決定的瞬間に―――攻撃が出来なくなってんだ」
そんな事を、口にした。
◇ ◇ ◇
「ふむ・・・つまり、魔法を当てようとすると途端に魔法が使えなくなる、と」
「うん・・・」
その後も暫く魔法が使えなかったらしいのだが、少し経てばまた使えるようになったらしい。
で、また魔法が当てられそうな状況や当たりそうになった途端に魔法が使えなくなる、と。
・・・・・それはまた、難儀な。
「それで、何でかなって」
「分からないからずっと考え込んでいたわけか」
「うん・・・」
なのはの顔は不安で染まっていて、心当たりはありそうにない。
・・・いや、もしくは心当たりがあるから不安になるのか。
なのははあの大怪我を負った際に医者からある通告を受けている。
すなわち、“下手をすれば空を飛ぶ事も、歩く事も出来ない”と。
それはつまり身体機能の障害だけではなく魔法に関しても障害を負うという事。
あの医者だって後遺症が残る確率は高いと言っていた。
そして、今の様に回復しているのも奇跡の様だ、とも―――
だから、なのはは不安なのかもしれない。
そんな風に下手に心当たりがあるからこそ、追い詰められている。
だけど、今のなのはの症状・・・俺は最近身近な所で聞いたばかりなのだが?
「なあ、なのは」
「何?」
「本当にその症状に心当たりが無いんだな」
それを聞くと、なのははバツが悪そうに顔を伏せて黙りこんだ。
やはり、心当たりの一つや二つはあるのか?
「無い事は、ないけど・・・」
「それは?」
「・・・あの時の、怪我の事」
ああ、やっぱりそっちなのか。
半ば予想していた答えなだけにそれほど衝撃でもなかった。
だが、かと言って楽観視して良いわけでもない。
「やっぱり、あの時の後遺症なのかなって・・・」
「そうか・・・」
俺は、魔法なんてモノにそれほど意識は無い。それも全くと言って差し支えない位に。
そちらに関して、俺は全くの役立たずだと言ってもいい。
だが、それとこれとは話は別だ。
「実を言えばな・・・俺はなのはが管理局で働く事には、あまり賛成はしたくなかったんだ」
「え・・・?」
どうして、となのはは目で問うてくる。
どうして、と聞かれても・・・そんなこと、決まりきっている。
「聞けば、なのはのいる部隊は戦いの前線に出る事もあるじゃないか」
「あ・・・」
「つまりは、そういう事だ」
自分の家族を、そんな危険な場所に好んで投げ入れたいとは俺は思わない。
それは父さんも母さんも、美由希だって同じだ。
それに俺や美由希は裏に生きる人間だ―――
できる事なら、なのはには普通の女の子として育ってほしかったというのは・・・俺たちの我が儘なのだろうか。
「なのはにそんな場所は似合わないというのが俺たちの共通認識でな。笑顔が一番、似合う子だから」
「・・・ありがとう、嬉しいよ」
その気持ちは、確かに伝わってはいたのだろう。
なのはははにかんだ様に微笑みながら、再び視線を窓の向こうへと戻す。
「やっぱり、魔法は諦めるしか無いのかな・・・」
そんな事を、なのはは窓の向こうの景色を眺めながら呟いた。
悲しい目で・・・そんな事を言っているのを見て、何も言わないほど俺は落ちぶれたつもりは無い。
「それは、なのはが決める事だろう?」
「私が・・・?」
「ああ」
何があって、どんな選択を迫られたとしても・・・最後にそれを決めるのは他でもない自分自身だ。
それは他人に出来るものではなく、その本人だけにしか出来ない事だ。
だから、それを決めるのは他人ではなく、自分。
何があろうとも、自分の意思一つでそれに抗う事も、従う事も出来るんだ。
「選ぶのはなのは自身だ。魔法が時々使えないからと言ってその道を諦めるのか、諦めないのか」
「・・・・・」
その選択は、もしかすると間違っているかもしれない。
その選択をした時に取り返しのつかない事が起きる、そんな事もあるかもしれない。
だけど、その選択をした時に後悔しないためにも―――
「何にせよ、俺は何を選んだとしても後悔をしたくない。その未来の自分に恥じないために」
「その未来の、自分―――」
本当は後悔なんてたくさんある。
だけど、それを受け止めるためにも、俺は―――
「何があっても俺はありのままを受け入れるよ。そのために俺は、俺たちは―――」
この今を、一分一秒、この一瞬を―――
「精一杯で生きているんだから、な」
「精一杯・・・か」
何かを考える様にしてなのはは何も無い宙を見上げる。
・・・よし、そろそろ言っておこう。
何も出来ない俺からの、一つだけの手掛かりになるかもしれない事。
・・・いや、本人が気付いてなければの話なんだが。
「ところでなのは、気付いてたか」
「え? ・・・何を?」
本気で分かっていないのか、なのはは首をかしげるばかりだ。
いかん・・・我が妹ながら不安になってきた。
俺もよく鈍感だの唐変木だの言われるが、なのはも言われないだろうな・・・?
まあ、それはさて置きだな。
「お前、その症状が陣耶くんのと良く似ているのは気付いていたか?」
「・・・・・にゃ!?」
・・・・・結論。
なのはは、変な所で抜けているらしい。
◇ ◇ ◇
「・・・で、何で私の所?」
「あー・・・何というか、直接聞くのはちょっと・・・アレだと思ってだな」
朝、急にジンヤが私の所を訪ねて来た。
何でもヴィータがなのはの様子をおかしいと言っているのだとか。
しかもそれがよりにもよってこの前までのジンヤと似たような感じらしくて・・・
うん、その気持ちは分からなくも無いよ。分からなくも無いけど―――
けどそこで何で私?
「いやさ、実はアリサとすずかも呼んであって・・・」
「・・・一応言わせてもらうと、本人の許可くらい事前に取ろうね?」
「すんません。一応リンディさんの許可は取ったんです、はい」
もう・・・今日は特に予定が無くて暇だったから良かったけど。
はっきり言ってジンヤってそこら辺の・・・こう、でりかしーだっけ? が足りない気がする。
確かに今日は暇なんだって言ってはいたけど、無思慮じゃないのかな?
・・・何か用法を間違っているような気がするけど気のせいだと思う。うん。
というか、お義母さんもお義母さんだよ・・・
と、そこで家のチャイムが鳴り響いた。
「お邪魔しまーす」
「陣耶ー、話って何よー?」
あ、もう来た。早いね。
部屋から出て迎えに行くと陣耶もついてきた。
廊下で、丁度こっちに向かっていた二人とばったり会う。
「あ、フェイトちゃん。こんな朝早くからごめんね」
「おはよう二人とも。特に片方はこんな時間に呼び出してくれちゃってまあ・・・後でどうしてやろうかしら」
「あ、あはは・・・お手柔らかに」
うん、ジンヤって後の事を全っ然考えてないよね?
陣耶とヴィータって似ているけど、以外と陣耶の方が後先考えないタイプなのかもしれない。
とりあえず、立ち話も何なので部屋に入ってもらう。
「お邪魔しまーす―――あ、またCD増えた?」
「あ、分かる?」
「これなんて最近話題の売れ手のアーティストじゃない?」
「あ・・・意外とJ○Mまで持ってるんだ」
うん、結構好きだよJ○M。
というか、歌とかはほとんど雑食なんだよね、私。
YU○とかも好きだし、サイキッ○ラバーとかも―――
・・・ちなみに、J○Mの提供者は隣で胡坐を掻いている人です。
「で、仰々しく“明日、話しておきたい重要案件がある”なんてメール送りつけてきて・・・一体何よ?」
うわあ、いかにもって感じがする内容だ・・・
何もそんな風に仰々しく送り必要も無いと思うんだけど。
けどまあある意味重大だしそれもいい・・・かな?
「というか・・・なのはちゃんは抜きなの?」
「うむ、今回はあいつに関する事だからな」
・・・それで、陣耶は私に話した事と同じ事をアリサとすずかにも話した。
ヴィータと模擬戦を行った際に起こったらしいなのはの変調。
それが、この前までの自分と酷く似ている部分があるという事。
「・・・つまり、アンタみたいになのはも何か面倒くさいこと考えてるって事?」
「まあ、その可能性は大きいな」
「あー、もう・・・次から次へと・・・」
思わず頭を抱えるアリサには何と言うか、うんざりしたような表情が見て取れる。
それでも心配そうに見えるのは、やっぱりアリサが優しいから。
「で、具体的にはどう焚きつけるのよ」
「焚きつけるって・・・」
「当り前でしょう。なのはは一度ガツン、と言ってやらないと絶っ対に伝わらないんだから」
あー・・・それには少なからず同意見かも。
なのはって融通が利かない部分がちょっとあるから。
「・・・融通が利かないの塊であるおみゃーがそれを言うかね」
「え?」
「いや、なーんも」
・・・何か失礼な事を言われた気がするけど、まあいいや。
それより今はなのはの事を―――
「やっぱり・・・暫くはそっとしておいてあげた方がいいと思う」
「まあ、それも手か・・・」
「むう・・・」
普通は、それが一番良い解決策なんだろうけど・・・
それでも、友達の力になってあげられないという事にはちょっとばかり悔しさが残る。
「まあある意味、なる様になれと言うしかないのかもね」
「そ、それはぶっちゃけすぎかと・・・」
どちらにせよ現状維持につきなのはの様子を見る、という所で話がまとまっているみたい。
―――やっぱり、こんな時に私たちにしてあげられる事っていうのもよく分からないままでいた。
◇ ◇ ◇
夏も近い今日この頃。
今日はお姉ちゃんと一緒にミッドチルダに来ています。
何故かって言われると、それは当然―――
「診察は以上です、お疲れさま」
「はい、どうもありがとうございました」
とまあ私のリンカーコアに異常が無いかどうかを診察しに来たものでして。
けど私一人で行っても病院の事とかはあまり詳しくなくて・・・
お母さんとお父さんはお仕事、お兄ちゃんは用事でお出かけしてたのでお姉ちゃんに頼んだら快く了承してくれました。
丁度いいので陣耶くんがこの前診察を受けた先生に頼もうと思ったんだけど、それを言ったら―――
『はあ? 正気かお前。頭は大丈夫か? 正常か? どっかねじ緩んで・・・ああ元々か。
とにかくそんな真似するなんてのはお前、マーボー神父に懺悔してぎっちょんになって帰って来るようなモンだぞ』
『えーと、色々ツッコみたかったり言いたい事はあるんだけど・・・止めておけって意味でいいんだよね・・・?』
あの時の陣耶くんは思いっきり挙動不審だった―――
こう、妙に鬼気迫る表情で肩をがしっっとされた時は驚いたよ・・・
診察室を出るとお姉ちゃんが迎えてくれた。
それにしても・・・
ちょっと横のお姉ちゃんに視線を向ける。
「ん? どうかした?」
「ううん、何でも」
今にして思うと、こっちにはフェイトちゃんやはやてちゃんたちとは良く来るけど、他の人たちと一緒に来るっていうのは結構少ない。
次点で陣耶くんだけど・・・それでも、フェイトちゃんやはやてちゃんと比べると大分少ない。
こう考えると私って凝った付き合い方しているのかも・・・
「うーん・・・」
「何か悩みごと?」
「うん、ちょっと今までを軽く振り返ってみて・・・」
「?」
今更だけど魔法関連での付き合いとそうでない付き合いが顕著だなあと・・・
陣耶くんも魔法関係者だけど、局に深入りしていないからか地球でのお友達もそれなりにいるとの事。
・・・実際に見た事は無いけど。
今度紹介してもらおうかな?
「で、診察の方は結局どうだったの?」
「うん、異常は特に無いんだって」
リンカーコアは正常そのもの。
陣耶くんと同じく、問題があるとするなら精神面なのだろうと言われて・・・
「まあそうなると私たちもどうすればいいのかっていうのは非常に悩むんだよね」
あははは、なんて苦笑しながら頭をかくお姉ちゃん。
けど、問題が精神面―――私の内である以上、私自身にしかどうにか出来ない問題であることは確かで。
ほんと、どうしようかなあ・・・
「まあそれはそれとして・・・結構混んでるね、これいつも?」
「今日は休日って事もあるし、ここはかなり大きい病院だし・・・それを踏まえてもちょっと多いかな?」
「ふーん」
各次元世界からも患者さんは来るからお客さんは多いんだけど・・・やっぱり、ちょっと人が多く感じる。
少なくとも、私が入院していた頃にはこんな風に混むなんて少なかったし。
間が悪かったのかな?
「まあこの調子じゃあもう暫くは待ちぼうけかなあ・・・」
「だねえ―――ん、なのはこの近くに自販機ってある?」
「あるよ?」
と、お姉ちゃんから小銭を少々渡された。
つまりは、何か買って来て欲しいっていう事なんだろうな。
少し多めなのは・・・私の分まで出してくれているんだろう、お駄賃らしい。
「じゃあ、いつものでいいよね?」
「うん、お願いするぞ我が妹よ」
「了解でありますお姉ちゃん」
ここには私も入院していたことがあるから病院内の経路は全部頭に入ってる。
・・・入ってるんだけど、一年くらい経ってしってるからちょっと忘れ気味。
確か自販機はここの角を曲がって―――
と、曲がった直後にドンッ、と何かにぶつかった。
「わっ」
「うにゅっ・・・ごめん、大丈夫?」
ぶつかったのは蒼いショートヘアの・・・女の子。
年齢はたぶん、9歳前後かな?
とりあえずぶつかった衝撃で倒れるとかは無かったみたいで安心。
「あ、はい。大丈夫です」
「良かった。ねえ、自販機ってこっちで合ってるのかな」
「うん、連れてってあげよっか?」
あ、それは助かる。
物のついでだし頼んで・・・と言っても、この子だってどこかに向かってたんだろうし。
流石にちょっと遠慮になる。
「けど、あなただってどこかに向かってたんでしょ?」
「・・・・・注射キライ」
・・・・・うん、自体はよく分かったよ。痛いほどに。
私ももっと小さい頃は注射からは逃げてたから・・・
「じゃあ―――せっかくだしお願いしよっかな」
「じゃあこっち! 連いて来て!」
ああ、駄目だと分かっていてもつい―――
うう、ごめんなさい見ず知らずの親御さん。
「これと、これと・・・あとこれ」
いくらかの小銭を自販機に入れてスイッチを一押し。
たったそれだけで望みの飲み物が出てくるんだから凄い。文明の利器って素晴らしい。
「はい、どーぞ」
「わー、いーのお姉ちゃん」
「いいよ」
わーい、とオレンジジュースを早速飲む女の子。
私も隣に並んで一緒にミルクティーを飲む。
・・・さて、ここまで付き合ったのには当然訳がありまして。
まあお察しの通りここまで付き合わせちゃった以上、この子が注射から逃げているのをどうにかしないといけないのであって。
理由はどうあれ、逃げるのに手を貸しちゃったからね・・・
とにかく、ここは私がお話で何とかしなくちゃ、経験者として。
・・・というか、誰に説明しているんだろう、私。
―――電波?
「お姉ちゃん?」
「にゃっ、ど、どうしたの?」
うう、変な電波を受信している場合じゃないよ私。
この子の親も心配している筈だし早く説得しないと、うん。
「ねえ、どうして注射が嫌なの?」
「ぅ・・・痛いもん」
にゃはは、やっぱり・・・
あの注射の鋭い針が腕にぷすっと刺される瞬間のあの痛みには妙に慣れないものだと思う。
こんなに小さい頃から苦手意識を強く植え付けられてその根が残るようなら世間体としてはいただけないかも。
例えば、例えばの話で、もしお兄ちゃんが注射をぐずっている光景があれば・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
速攻で思考を切断、それを即時廃棄した上で厳重に封印。
阿鼻叫喚もかくやという見てはいけないモノを見てしまったような気がする―――
い、いくらなんでも想像したのがシュール過ぎたよ・・・
「お姉ちゃーん?」
「・・・はっ!?」
ああ、危ない・・・思考が段々別のベクトルに移りかけてた。
情けない、情けないよ私・・・
「お姉ちゃんは注射は嫌じゃないの?」
「え? 私は・・・ちょっと嫌だけど、ちゃんと注射は受けるよ」
「どうして? 痛いのに」
どうしてって・・・うん、確かに痛いけど。
けど、ちゃんと注射をしておかないと大変な事になったりする事もあるかもしれないから。
そんな事で周りのみんなに迷惑をかけるよりは何倍もマシだと思うし。
「お姉ちゃんは、痛いのは怖くないの? 嫌いじゃないの?」
「・・・怖いし、嫌いだよ。たぶん、それは誰だって同じだと思う」
戦ったりして怪我をして、それで傷が痛んで泣きそうになって。
痛くて痛くて、それが怖くて怖くて―――泣きそうになる。
だから私も、本当は痛いのなんて、嫌だ。
「・・・お姉ちゃん、変な事聞いていい?」
「ん、どうぞ」
とりあえず、痛いのが嫌っていう意見には賛成できる。
できるけど、だからと言って注射から逃げていいわけでもなくて・・・
とりあえず話題が無いと話にならないので、その変な事っていうのを待つ。
「何で、みんなは戦ったりするのかな・・・」
「・・・・・え?」
問いかけられた事は、とても予想外のものだった。
こんな小さな子が、戦いの事を質問してきて―――
「誰だって痛いのは嫌なのに、何で傷つけたりするんだろう・・・」
「それ、は・・・」
返す答えに詰まる。
聞かれた事を頭の中で半濁しても一向に答えは出ない。
だって、今の私に、その答えは―――無いから。
だって、その答えは―――私が、欲しいモノ。
「あ、ごめんなさい・・・急にこんな事聞いちゃって」
「ううん・・・けど、何でそんな事を聞くのか、聞いてもいいかな」
こんな小さな子まで、そんな事を考えている。考えてしまっている。
それはそんな事がとても身近にあって―――たぶん、他人事じゃ済まされない環境で。
それはとても、悲しい事で―――
「お母さんがね・・・管理局っていう所で働いてたんだ」
「・・・うん」
その言葉に、少し違和感。
だけどそれを無視して話を聞く。
「お母さんは危ない所に行って、戦って・・・そんな事が多くて、時々怪我をして帰って来て、心配だった」
「・・・うん」
誰だって傷つくのは怖いし、傷ついてほしくないって思う。
私だって、知り合いがけがをすればとても心配する。
特に酷いのが陣耶くんで、事ある毎に大怪我をして帰って来るという・・・
むしろ怪我をしないと事件を解決できないとかそんなジンクス?
だとすれば事ある毎に私は泣くんだろうなあ・・・何か考えると虚しくなる。
「・・・お姉ちゃん、聞いてる?」
「え? あ、うんもちろんっ」
嘘です、ごめんなさい。
「戦ったって、何も良い事なんて無いのに・・・・・みんな、悲しむだけなのに」
「・・・けど、戦って誰かが笑顔になってくれる事もあるんだよ」
「そうかもしれない・・・ううん、きっとそうだと思う。だけど、やっぱりどこかで悲しんでいる人は、いると思うんだ」
返す言葉が無い、というのはきっとこういう事を言うんだろうな。
なんて考える辺り、私も結構酷い人間なんだろうか。
「・・・・・」
戦えば、必ずどこかで誰かが悲しむ。
だけど、どこかで笑顔になってくれる人もいる。
笑顔が見たいから戦って、戦った分だけ悲しみが増えて―――その矛盾。
みんなが仲良く笑っていられればどれだけいいだろう・・・
だけどそんな夢を見るほど私は無力で、一人で何かをやった所で世界は何も変わらない。
この手の魔法は、悲しみを撃ち抜く力だって―――そう、信じてた。
だけど本当は、力はただ力。
その気になれば人を傷つける事が出来る、力。
それこそ、魔法を使う犯罪者なんて大体がそうだった。
逃げるために、生きるために魔法を―――人を傷つける力を使って。
なら、この手の魔法は、何?
悲しみを撃ち抜くのか、悲しみを生みだすのか―――
今の私には、分からないよ・・・・・
Next「願い -後編-」
後書き
なのはがメインのお話第二弾。根っこが誰よりも優しいなのはは陣耶と同じ壁にぶつかりました。
vividでなんのトラウマとかもなく聖王モードになったヴィヴィオに少々ビックリ。
正常な反応? をしたのはフェイトだけ・・・? 理由が怪しいから却下ですな。
そもそも25で女二人+子供一人暮し・・・結婚とかする気あるんでしょうかね、ホントw
そしてまた出てきましたよベルカの王様の覇王様。
格闘主体ってまんま自分が考えてたのとおn・・・ゲフンゲフン。
さて後編とあるように次回もなのはのお話。さーどうなるでしょうね?
ではまた次回に―――