堕ちていく―――

  暗い暗い漆黒の闇の中を、どこまでも。

  深く、深く、堕ちていく―――




 『オノガツミヲミツメヨ―――』




  ・・・誰、だ?




 『オモイダスノダオノガツミヲ―――』




  ドクン、と嫌な鼓動が何も無い筈の空間に響く。

  怖い―――




 『ヤミニオビエフヘトソマリツミニオボレソノゴウニシズムガイイ―――』




  瞬間、頭に強烈なイメージが―――アノ光景が、再生された。




 「ァ・・・」




  やめ、ろ・・・

  腕を落とし脚を斬り首を撥ね胸を貫き肩を断ち切り、人を斬り殺す―――

  そして、その行為の中で嗤っている―――




 「ァ、ァ・・・!」




  俺、が―――




 「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」










  〜A’s to StrikerS〜
         Act.14「ただ俺で在るために」










 「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネェエエエェ!!」

 「うあっ!!」




  繰り出される刺突が騎士服を削っていく。

  あの絶叫の後、攻撃の手は更に勢いを増して来た。




  ―――10年前、闇の書の暴走、いや守護騎士による蒐集によって家族を失った男。

  その憎しみが、悲しみが、怒りが、絶望が、彼をこんな行動へと駆り立てた。




 「ハアアァァァアアアア!!」

 「この!」




  闇の書への復讐―――それはつまり、元所持者であるうちを殺すという事。

  うちの家族であるあの子らの罪、それを一緒に背負って償って生きてくって決めて―――

  少しずつ、少しずつ頑張ってきた。けど―――




 「ハッ!? ヒャ、ヒャハハハハハハハハハハハハハ!!」




  狂ったように笑い続ける彼の心に、届く事はない。

  悲しくなる、辛くなる。

  確かに、これはあの子たちの面倒を見ると決めた時からいつかは向き合わんといけない問題やった。

  それは分かってても、それでも―――実際に目の当たりにするのは、辛い。

  それに、家族を失う気持ちはよく分かるから。




  うちかて、あの日の夜、一度みんなが消えてしまって。

  それで、私は――――――




 「ヒャアッ!!」

 「ッ、しまっ!?」




  気づけば目の前に黒い槍の矛先がある。

  次の瞬間には確実に私の頭を貫いて―――ああ、あかんな、これは。

  迫る矛先がやけにゆっくりに見える。

  戦闘中にごちゃごちゃ考えてたからや・・・また、みんなの事を悲しませる。

  他の人のこと言ってられんなー、自分。




  けど、これでこの人の気が、済むなら―――










 「―――ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 「ッ!?」

 「んなっ!?」




  突如横合いから凄まじい勢いで割って入ってきた白い閃光が相手を襲った。

  予想外の攻撃に晒された男は碌に対応する事も出来ずにそのまま地面へと叩きつけられ、床が砕けて粉塵が舞う。

  そして、その中に佇む二つの影―――




 「・・・」




  ひとつは、まず間違いなくあの男。

  まだ立っている所を見ると直前で防いだらしく、大したダメージは入っていない。




  そして、もう一つ―――

  粉塵の中からゆっくりと姿を現すソレは―――




 「陣耶くん、なんか?」




  見間違う事は無い。まごう事なくうちの友達の一人、皇陣耶その人。

  その姿は何故かバリアジャケットを纏っておらず私服のまま。

  デバイスであるクラウソラスすら起動していない。

  ただ、陣耶くんの周りにうっすらと見える白い光・・・あれはたぶん、魔力光。

  ただの身体強化で・・・? いや、それ以前に魔法が使えへんのにどうやって・・・

  けど陣耶の場合は気持ちの問題でリンカーコアが魔力を生成するのを止めていた、って事やけど、じゃあアレは、何?




 「誰だ、お前は・・・お前は、俺の邪魔をするのか・・・?」

 「・・・・・」




  いつもの様な、どことなく寂しそうな、そんな雰囲気じゃなく―――

  ただ荒々しい。禍々しい。

  離れているのに、はっきりと感じてしまう、陣耶くんから放たれている黒い感情。




  ―――怖い。




 「邪魔をするんだな・・・? やっと、やっと見つけたんだ、殺せるんだ、この手で、奴を、闇の書を・・・
  ああ、殺す? 殺された、殺さ、コロ、シテヤル・・・コロスコロスコロスその汚い中身を全部ブチマケテヤル」

 「―――ァ」










  とても黒い、暗い感情。

  これは、そう―――あの闇の書の暴走した防衛プログラムの様な、悪意の塊。

  そんな悪意を放っている、あの人は―――

  今、うちの目の前にいる―――










 「ァァァアアアァァアアアアアアァアァアアアアアアアァァアアアアアアアアア!!!」










  この怖い人は―――誰?




 「陣耶、くん・・・?」




  言って、はっとした。

  あれは陣耶くんなのだと、うちは今そう自分で言った。

  けど、アレは本当に・・・?

  あそこまで悪意を漲らせた、あの人は、ほんまに・・・?




 「アァァァァアアアアアァァァアアアァァアアァァアアアアアァアアァァァアア!!!」

 「ヒャハハハハハハハ!! 死ね死ね死ね死ね死ねシネェェエエエエエエエエエエエ!!?」




  突き出される鋭い突き。

  それを陣耶くんは真正面から拳を以て対抗した。

  本来ならば腕ごと貫かれるであろうその拳は、果たして勢いのままに槍を弾いていた。

  しかし、その拳もすぐに裂傷が奔り傷口から血が噴き出す。




 「ヒャッ、ハ!!」




  そんな事は関係無いという風にさらに繰り出される刺突の雨。

  どう考えても避ける術の無いそれは、陣耶くんを殺してしまうと―――

  そう思った瞬間には、体はもう動いていた。




 「プロテクション!」




  陣耶くんの目の前に現れた防壁は刺突の雨からその身を護る。

  けどやはり、そんな事にも目もくれない男と―――陣耶くん。




 「アアァァアアアアアアァアァアァアァァアアアアアアアアアァアアアァアア!!!」




  勢いは弱まる事を知らず、瞬く間に男に肉薄する。

  そのまま血に塗れた拳を振り抜き―――




 「ハッハハ、死ねよ!」




  と、槍の柄尻が陣耶くんの溝落ちに叩きこまれる。

  肺を強打された陣耶くんは堪らず咳き込み、その隙が致命的となった。




 「ヒャッハハハハハハハハ!!」

 「っ―――!」




  あかん、あれは避けられへん!

  はよ障壁を―――っ、攻撃!?

  不意を突いて、頭上から雨霰の如く漆黒の弾丸が降り注いでくる。

  この空間一面に降り注ぐそのあまりにも常識外れな数は、まるで弾丸の絨毯が迫ってくるようで―――




  そして、その一瞬の思考が手遅れを悟らせる。




  もう障壁を展開できるような余裕のある距離に男はいない。

  すでに陣耶くんへと肉薄し、その切っ先を―――




  迫る弾丸。




 「ダメッ―――!!」




  何も考えずに足は動き、駆けだして―――




  切先が体に触れ―――




  雨は今まさに降り掛かろうとし―――










 「陣耶、逃げて―――!!」










  その体が、黒い槍に、貫かれた―――

  そこから、赤い鮮血が、噴き出して―――




 「ッ、陣耶ァァァァァッ!!」










  漆黒の雨が、大地を濡らした。










                    ◇ ◇ ◇










 「・・・何だよ、コレ」




  予想通り待ち伏せていた奴らを他の連中に任せて奥へと進んで来たあたし。

  早くはやてを助けに行く―――そう思って全速力で飛んで来た。

  その途中で感じたあいつの―――陣耶の、異常なまでの魔力。

  あそこまで荒々しく魔力を放出したのは、あたしとあいつが初めて出会ったあの時を思い出させる。

  あの時は白夜の書のプログラムによる暴走。

  驚異的な身体能力は半ユニゾン状態だった事でトレイターの魔力も出ていた事に起因しているんだとか。

  が、そんな話は今はどうでもいい。




  問題なのは、目の前に広がるこの光景だ―――




 「完全に瓦礫の山じゃねえか・・・」




  今までの様に古びて風化したような遺跡、という感じが無い。

  ただ無作為にありとあらゆる物体が破壊しつくされた空間が、そこに広がっていた・・・




  そして、そこに横たわる影が一つ。




 「っ、はやて―――!!」




  瓦礫の山の上でボロボロになった騎士服を纏ったあたし達の大切な主。

  切っているのか、所々から血が出ている。




 「っ、・・・!」




  傷だらけのその姿は満身創痍。

  もっと早く駆けつけられていたなら、と後悔だけが押し寄せてくる。

  だけど、悔やんでいてももう後の祭りだ。




 「はやて! しっかりしてよ、はやて―――!!」

 「ん・・・ぁ、ヴィー、タ・・・?」

 「ぁ・・・うん!」




  良かった・・・ちゃんと、目を覚ましてくれた。

  まだ意識がはっきりしないのか、はやての目の焦点は合ってなくて、ぼうっと宙を見ている。

  無事だった事に心で胸を撫で下ろして、口からは喜びの言葉が出てくる。




 「助けに来たよ、あたしらがいればもう大丈夫だから」

 「助け・・・そや、うちはカリムを・・・それで・・・ッ!!」




  突然、はやてがガバッと起き上がる。

  けど傷だらけの体は動かすだけでも痛みが伴う。

  その痛みに顔を顰めながらも、はやては杖を支えに立って―――




 「はやて、無茶だよ!」

 「うちはええ! うちはええからはよ陣耶を―――!!」

 「え?」




  陣耶? あいつが―――

  はやては今にも泣きそうな顔をしていて、ともすれば直ぐにでも飛んで行ってしまいそうで。




 「陣耶が、陣耶が―――!! はよ、早く探して、はよ―――!!」

 「はやて落ち着いて! 何があったの!」




  このまま混乱されたまま何かを言われても何も分からない。

  とりあえずははやてを落ち着かせようとして―――次の言葉に、あたしも言葉を失った。










 「陣耶が、体を貫かれて、この瓦礫の中に―――!!」




  理解するのに、ほんの少しだけ時間が掛かった。

  理解してからは、急速に体の熱が冷めていって―――




  陣耶が―――?




 「それ、ほんと・・・?」

 「ほんまや! せやから早く―――!!」

 「八神、はやてえええええええええええええええ!!」

 「なっ!?」




  突然、後ろの瓦礫から飛び出してきた男。

  はやてのみを目に入れて、手に持つ槍で―――




  そして、体に再び熱が戻る。




 「うっせえ・・・どいてろッ!!」

 「ヒャアアアアアア!!」




  振り抜いたアイゼンが奴の槍とぶつかり、そして弾き飛ばす。

  その一手であたしを危険な人物とでも見たのか、男が一旦距離を取る。




  ―――手に持つのは槍。

  恐らくはやての傷もこいつの仕業。

  そして、はやてから聞いた、陣耶が貫かれたってのは―――




 「・・・・・てめえに、構ってる暇なんざねえんだよ」




  だとすれば、許せねえ。

  それ以上に、構ってる暇もねえ。




 「とっととそこを、ど―――!!」

 「アアアアアァァァァアアアアアァアアァァアアァアァアアアアアアアアア!!!」




  今度は別の場所から絶叫と膨大な魔力が吹き上がり、瓦礫を盛大に吹っ飛ばした。

  あの魔力光は―――陣耶か!?

  だとすりゃ、やっぱ魔力暴走を―――!




 「陣耶、もう止めて!!」

 「ァ・・ァアアアアアアアアアァァアアァアァアアアアア!!!」

 「ッ・・・!!」




  あいつの腹からはおびただしい量の血が出ていて、あのままじゃあ確実に出血多量だ。

  現に、今のあいつは今にも倒れそうなほどにふらついている。




  だけどそれ以上に―――今のあいつは、おかしい。

  あいつは元々あんな、憎悪や殺意を剥き出しにぶちまける様な奴じゃない。

  けど、今のこいつは何だ・・・?

  ただただ荒々しく、禍々しく、黒く暗い感情を辺りにまき散らしている。

  こんなのは、ただの悪意の塊・・・




 「っの、てめえ陣耶! はやての声が聞こえねえのかよ!? そのままじゃてめえ死ぬぞ!!」

 「陣耶ァ!!」




  ダメだ、あたしらの声なんざ聞いちゃいねえ。

  このままじゃ本当に―――!!




 「どこを向いている!?」

 「ちっ、てめえに構ってる暇はねえっつってんだろぉが!!」




  はやてに目掛けて繰り出された槍を再びアイゼンで弾き、今度は正面を見据えて構える。

  背後―――陣耶にも注意を回して。

  はっきり言って今のあいつは異常だ。

  あんな状態でとても正常な判断が出来るとも思わねえ。

  だから―――もしもがあれば、その時は―――




 「死ぃねえええええええええええええええええ!!」

 「アアアアアアアァァアアァァアァァアァアアアアアアアアアアアァアアァアア!!!」




  くそ、二人とも同時に動きやがって―――!!

  はやてを護りながら奴を迎撃―――陣耶は、どう動くか・・・




 「くっそ、はやてこっち!!」

 「へ? うひゃあ!」




  はやてを抱えてその場から跳び退く。

  すぐ後には男の槍が突き刺さり、遅れて陣耶が男に襲いかかる。




 「邪魔をするなあ!! 邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ああああああああ!!」

 「ちぃッ!!」




  突っ込んだ陣耶は無造作に振るわれた槍の一薙ぎで吹き飛ばされてしまう。

  確かに、魔力の暴発がもたらした身体能力の過剰強化は凄まじいだろう。

  だが、満身創痍な上に単調なその動きは、いくら迅くても対処される。

  あの傷で突っ込んでもどうにかなる訳が無い。

  クソッタレ、あの馬鹿野郎は・・・!!




 「はやて、ここで待ってて!」

 「あ、ヴィータ!」




  薙ぎ払われたあいつに追い打ちを掛けようとする男に割って入る。

  今度こそ、今度こそ護ってみせるんだ・・・




 「だから、邪魔すんじゃねえええええええ!!」

 「ヒャアアアアアアアアアアアアア!!」










                    ◇ ◇ ◇










 「陣、耶・・・」




  血が、止まってない・・・

  あのままじゃあ、ほんまに・・・




 「っ、んなこと、うちがさせへん・・・!」




  倒れたまま動かない陣耶に近づいてみる。

  呼吸もある、意識もある。

  ただ、体のダメージが大きすぎて動けずにいる。




 「ァ・・ア、ァ・・・」

 「―――」




  何で、こんな事になったんやろう・・・

  陣耶に何があったのか―――これは、誰かの仕業?

  それとも、ずっと抱え込んでいたモノをうちらが気付いてあげられんかっただけ・・・?




 「・・・ううん、今はそれを考える時ちゃう」




  シャマルほど上手くはないけど―――気休め程度になら、うちも治療用の魔法は使える。

  これで少しは持ち直して―――




 「お願い、陣耶・・・!」

 「アァ・・ア・・・!」




  未だに陣耶は怖いまま・・・

  けど、だからって、友達をうちは見捨てたくない。

  ちゃんと生きて・・・笑って、ほしい。

  うちがうちであれる場所に―――帰る場所に、いてほしい―――!

  うちはいいから・・・失くしたくないから・・・!

  せやから、お願い・・・!




 「陣耶・・・!」

 「ア、ァアァアアアアアアアアァアア!!!」

 「きゃあっ!?」




  急に放出された純魔力に堪らず吹き飛ばされる。

  そのまま、碌に力が入っていないのに立ち上がろうとする陣耶・・・




  嫌や・・・




  その目が、うちを捉える。




 「陣耶・・・」




  何で、こんな・・・

  何でこんなに、陣耶が苦しまなあかんの・・・!




  陣耶の意識が、悪意が―――確実に、うちに向けられた。




 「アァアアアアァァアアァアアァアアアアアァアァアアアア!!!」

 「お願い・・・お願いやから・・・」




  うちが、罪を背負いながらのうのうと生きてたからこうなったのなら・・・ちゃんと、償うから。

  何でも償うから・・・だから、友達を、関係の無い人を・・・巻き込まんといて・・・




  その拳が振り上げられ―――




 「帰って来てよ・・・陣耶ァッ――――――!!」










                    ◇ ◇ ◇









  ―――黒い、暗い・・・

  ここは、どこだ・・・?




 『コロセ―――』




  ・・・誰?




 『コロセウバエオソエオカセコロセウバエオソエオカセコロセウバエオソエオカセコロセコロセウバエオソエオカセ』




  ・・・うるさい。




 『イタイニクイイヤダツライタスケテホシイヨコセイタイニクイイヤダツライタスケテホシイヨコセ』




  ・・・やめろ!




 『殺し犯し襲い奪い憎み痛み妬み怒り悲しみ傷つけ疑い拒絶し混濁し融け合い染まり個を捨て摩耗しワレラトヒトツニ―――』




  やめろ、止めろやめろ止めろやめろ止めろヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ




  これ以上来るな怖い痛い嫌だ辛い憎い妬ましい悲しい欲しい殺したい犯したい奪いたい傷つけたい違うこれは俺じゃ―――!




 『サアヤレココロノママニマズハメノマエノアレヲコロシオカシコワシウバイキズツケニクミウタガイゼツボウサセロ―――』




  塗り重ねられ積み重ねられ何も見えぬ暗闇、永久の黒、覚める事の無い憎悪の悪夢―――

  そして、その悪夢から逃れるために拳を振るう。




 『来るな、来るなあ!!』




  周りからは怨鎖の手が伸ばされる。

  血に濡れた手で、断ち切られた体で、俺を、オレヲ―――




 『テイコウセズトモワレラトトモニヒトツトコタイナドナクゼントイチコニシテフクスウフメツナルワレラト―――』

 『う、ぁああああああああああ!!』




  血に濡れた腕が、怖い―――

  途中から無くなっている腕が、怖い―――

  向けられる怨鎖が、怖い―――

  怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ来るな俺は嫌だそんな事俺は―――!!




 『ムダダノガレラレヌミズカラノヤミミズカラノツミミズカラノキョウフオソレハヤミヲフカクツミハヨドミヲフカク―――』

 『誰、か・・・』










  誰でもいいから・・・ここから、出して。

  もう、嫌だよ・・・こんな、悪夢。

  斬りたくない、殺したくない、傷つけたくない、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤ・・・




 『チニソマリヤミヘトオチヨエイゴウノオンネンノナカデクツウトトモニヤミノイチブトナレ』




  全部、消える。

  名前も経歴も記憶も過去が未来が自我が感覚が心が大切な物が全部黒く塗りつぶされていく―――

  誰か・・・















 『お願い・・・お願いやから・・・』




  ・・・こ、え・・・

  知ってる、この声・・・

  とても大切な、大切な・・・




  必死に、大切なナニカを探す―――




 『サアウケイレヨワレヲゼントイチコニシテフクスウユエニムニシテユウキエヌコトナクエイゴウノツミトヤミ―――』

 『ガッ―――!?』




  黒いナニカがまた押し流そうと、塗りつぶそうと―――

  それでもまだ、しつこく周囲を見渡す。

  ただただ、永久の暗闇だけ・・・




 『帰ってきてよ・・・』




  また、声が、聞こえた・・・

  帰る・・・俺は、どこに。

  俺、は・・・















 『陣耶ァッ――――――!!』

 『ッ―――!!』




  瞬間、脳に全てがフラッシュバックする。

  そうだ、俺は―――!!




  視線の先にある光。そこに確かに見えるあいつの顔。




  この声は、そうだあいつのだ!

  何で分からなかった? 阿保か俺は!

  何またあいつを泣かせてんだ! こんなんじゃ他の奴らも泣いてしまうかもしれねえだろ!!

  こんな所に、いてたまるか・・・!!




 『ミトメヨウケイレヨオノガツミトバツヤミノキゲンショキゲンドウタルオノレノクラヤミノキオク―――』

 『ッ、ごちゃごちゃうるせえんだよ!! 俺は、帰るんだ―――あそこに、あの場所に!!』




  手を伸ばせば、届きそうな場所にあるあの光。

  似つかわしくない、なんてどこかで思う。

  けど、それがどうした。それが俺だ。

  人を傷つけて、悲しませて、恨まれて―――そして、命を奪う事になったとしても・・・




  俺が俺だから―――俺が俺で在りたいから。

  こんな場所で、あいつらを泣かせる訳にはいかない。

  だって、こんな状態でも、あいつらは俺を助けてくれた―――

  殺す側の人間に、一緒にいちゃいけない筈の俺に、一緒に答えを探そうって言ってくれた出来過ぎた奴ら・・・

  俺にも帰れる場所が、居場所があるって教えてくれたんだ。

  だから、俺は帰る。そして、護るんだ。

  俺が俺で在れる場所を、世界を。俺が俺で在るために。

  こんな俺でも、そう思えたから―――だから!!




 『てめえは、そこをどけえええええええええええええええええええ!!』

 『―――――――――ッ』




  一気に駆け抜けて、光の中へ―――

  ああ、そうだ・・・そんな簡単な事、どうして忘れていたんだろう。










  俺が戦う理由。何かを傷つけてでも護りたいモノ。

  それはとても単純で、明快で、大切で、尊く、儚い―――

  すぐ傍にあるのに気付けない、それは―――










                    ◇ ◇ ◇










  振り降ろされた拳は、当たる直前に止められていた。




 「陣、耶・・・?」

 「ぅ・・・はや、て?」




  焦点が定まらない目で陣耶がうちを見て・・・

  そこに、さっきまでの怖さなんて欠片も無い。




 「俺、は・・・」

 「ッ!? 陣耶!」




  力が抜けたのか、急に倒れ込んだ陣耶を受け止める。




  ・・・酷い、腹の真ん中を貫通してる。

  正直、悲鳴を堪えるのに精いっぱいや・・・けど!

  ここで動かへん方が、後になって絶対後悔する。

  せやから、少しでもうちにできる事を・・・!




 「シャマルの様に上手くはないけど・・・!」

 「ぅ、ぁ・・・?」




  傷口に手をかざして回復用の魔法を掛ける。

  けど、うちではこんなに大きな傷は直せへん・・・血を止めて、これ以上悪化させるのを防ぐ事しか・・・










  そんな時だった。

  また、この場に異変が起こる。




 『――――――ッッ!!』




  急に響き渡った、声にならない悲痛な絶叫の様なモノ―――

  この一帯の空気が、一気に変貌する。




 (なっ・・・重・・・!)




  空気が、質量を持って体に重圧を掛けてくる。

  どろどろとしていて、重くて・・・息が詰まりそうな、そんな感じ。

  この重苦しい空気は・・・まさか、魔力?

  けど、この一帯に重圧を掛けるほど魔力なんて・・・




 「なんなん、コレは・・・」




  ただ、異常としか言いようがなかった。

  秒を置くごとに徐々に高まっていく魔力の濃度。

  それは徐々に輪郭を成し、やがて―――




 「・・・召喚、陣?」




  漆黒に彩られた、魔法陣がその姿を現した。

  だが、この光景の異常さは他にある。

  この場を埋め尽くす召喚陣という召喚陣。

  その数―――軽く見ただけでも、50前後・・・・・




 『・・・・ァァァ』

 「まさ、か・・・」




  こんな大量の・・・

  いくらなんでも、それは・・・




  だがしかし、切望にも似た希望的意見は虚しくも否定された。

  展開された召喚陣全てから顔を出してくる黒いナニカ。

  爛々と紅く狂気に燃える眼を湛え、漆黒の翼を広げ、その牙を剥き、殺戮の咆哮を上げるソレは―――




 『ギャシャァァァァァァッ!!』

 「黒い・・・竜・・・?」




  体長にして約2m程だろうか。

  人間を優に超えるソレは次々と這い上がり、そして、うちら全員をその瞳に捉えた―――




 「ッ、く、陣耶―――!」

 「ぁ・・・ぃい、から・・・」




  無視。ていうか怪我人が遠慮するんとちゃうわ。

  すぐさま、陣耶を抱えてその場から離れる。

  あれはヤバイ、この場にいる人間全てに容赦はしない・・・!

  この状態で相手をしたら、私たちは確実に喰われる。

  そう、直感した。




 (ヴィータ、ここはマズイ! 早く離脱するで!)

 (了解!)




  速攻で戦線を離脱しようとするけど、それを見咎めた黒い竜がうちらに迫る。




  ―――私に肩を貸される形でうちが抱えている陣耶。

  傷は深くて、うちは回復魔法の使用中。

  同時に別の魔法を使うなんて真似、ユニゾンでもしない限りうちには難しい。

  陣耶は今は自力で動けない状態。うちは陣耶を抱えて無防備な状態。

  ただでさえ速度が遅いうちが陣耶を抱えていると更に遅い・・・ああ、もう追いつかれそうや。

  だから、うちに出来るのは二択。

  陣耶を見捨ててうちが逃げるか、陣耶を見捨てず自分の身を晒すか。




 (まあ―――考えるまでもないわな)




  うちが囮になればええんやけど・・・たぶん、そんなのは関係無い。

  現にあの黒い竜は自身の近くにあるモノを手当たり次第に破壊している。

  噛み砕き、踏み砕き、吹き飛ばし、消し炭として―――

  だから、うちが陣耶を一旦降ろして囮になったとしても・・・確実に、陣耶は死んでしまう。

  なら、うちに残された手段は―――




 「ギャシャァァァァァァァァァァッ!!」




  追いつかれた―――!

  陣耶・・・




 「くっ・・・!」

 「や、め・・・!」




  絶対に、死なせへん!

  これ以上、絶対に傷つけさせへん!

  せやから―――!!










  耳に、肉を裂く鋭い音が聞こえた―――










                    ◇ ◇ ◇










  背中に灼熱が奔る。

  急激に熱を持ったその個所からは、霧の様に血が噴き出した。




 「が・・・ぁ・・・!」

 「な・・・陣耶!?」




  腕の中から悲鳴が聞こえた。

  よかった、とりあえずは無事らしい。

  けど、その代わりに俺が痛い・・・




 「何をやってんの! また、血が―――!」

 「うっせえ・・・体が、勝手に動いてたんだ、っての・・・」




  あの黒竜の爪に襲われそうになったはやてを俺はとっさに腕に抱えて、そのまま背で黒竜の爪を受けた。

  はやてという攻撃対象がなくなり爪は無造作に振るわれることになったのだが、それでも俺の背を傷つけるに至った。

  だが、幸いにも背中は薄皮一枚が切れた程度だ。

  これなら、まだ・・・




 「てめえ、ら・・・どこの誰の差し金かは知らねえが・・・調子に、乗るなよ」




  意識を集中させる。

  手に握るのは琥珀色の宝石。

  白銀に輝く刀身を持つ、俺の剣―――




  リンカーコアが鳴動する。

  大気より魔力素を取り込み、魔力を生成し俺の体を満たし始める。

  その魔力を以って、今再び、ここに俺の剣を―――!




 「いくぞ・・・クラウ、ソラスッ!!」

 『Set up』




  光が俺を包み、身に纏う物を変えていく。

  黒のアンダースーツに白のジャケット。

  手に握られているのは、白銀に輝く俺の相棒。




 「こいつには―――はやてには、指一本触れさせねえ!!」

 「陣耶、待って! これ以上はほんまに―――!!」

 「ギャシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」




  制止の言葉を振り切り、襲いかかってくる黒竜を迎撃するために駆ける。

  前方二、右前方二、左前方一―――突っ込んで来た俺を第一目標としたのか、黒竜は俺を狙ってきた。




 「づッ・・・!」




  傷口が、酷く痛む。

  血を、流し過ぎた・・・

  意識が、上手く、纏まらない・・・

  それでも、痛みで無理矢理に消えそうな意識を繋ぎ止める。

  後ろには、はやてがいるんだ・・・

  俺がここで倒れてしまえば、今の状況で誰がはやてを護れるんだよ!

  だから、こんなとこで寝られねえ―――絶対、ここは通さねえ!!




 「まずは、テメエだ―――!」

 「ッ!!」




  接近してきた俺に向かって爪が振るわれる。

  けどこんなもん、恭也さんの斬撃に比べれば―――!

  軌道を読んで回避、そのままガラ空きの懐に入り込む。




 「これで―――っ!」




  一瞬、躊躇いが生まれる。

  いい加減にしろ、何をまだ迷っている。

  お前は決めたんだろうが、護るって―――だったら、それを貫いて見せろ、皇陣耶!!




 「一匹!!」




  今まで駆けてきた勢いのままに、首を切り落とす。

  一瞬の痙攣の後、ソレは物言わぬ骸となった―――

  あと、四―――!!




 「グルァァッ!!」

 「っ―――!」




  上空から俺を踏み砕かんと黒竜の脚が迫る。

  けど遅い、体を回転させ回避し、そこから必殺を―――!




  だが、その焦りが短絡的な行動を生んだ。

  必殺を狙った首、その後ろから顔を出していた別の顔があぎとを開いて―――




 「っ―――!?」




  気づいた時には既に遅い。

  加速した体は止まる事を許さず、その勢いのまま誘われるように射程内へ―――




 「グガァァアァァァァァァァ!!」

 「がああああ!?」




  く、そ―――焼ける―――!

  灼熱に体を焼かれ、たまらずに落下する。

  その衝撃が傷に響き、止まっていた血が溢れ、口からは大量の血が吐き出される。

  く、そ・・・!




 「ギャシャアアアアアアアアア!!」

 「この・・・調子、に・・・!」




  好機と見たのか、周りに群がっていた黒竜も含めて一気に襲い掛かってくる。

  けどな・・・向こうで悲鳴を上げて今にも泣きそうな奴がいるんだよ・・・

  だから、とっとと・・・くたばれ・・・!




 「乗ってんじゃ、ねええええええええ!!」

 『Storm Bind』




  手の中に風が生まれ、瞬く間にそれは突風と化し、膨張し、折り重なり、嵐となる。

  幾重にも絡み合う暴風は周囲に存在する黒竜の動きを完全に縫いつけた。

  そしてその風に抗えずに次々に俺の頭上へと打ち上げられていく。

  これで、一気に―――!




 「まと、めて―――っ!」




  刀身から魔力刃が伸びる。

  およそ常識的な剣とは思えない長さを伴うそれを、必殺の意の下に振り下ろす―――!




 「ぶッ飛べええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」




  瞬間、空で幾つもの星が瞬いた。

  曇天の空を爆煙で照らし上げるソレは爛々と輝き―――瞬く間に光を失う。

  今ので、十匹位か・・・?




 「っ、が・・・っ!」




  急に腹の底から込み上げてきたモノを吐き出す。

  ここ最近よく目にするようになったソレは、地面を紅く染めて―――




 「く、そ・・・」




  まだ、まだ終わっちゃいないんだ・・・

  この黒竜を全部ブッ飛ばして、あいつを倒して、カリムさんを助けて、終わらせるまでは・・・!




 「だから・・・!」




  まだ、倒れてたまるか・・・!




  だが、そこでまた異変が起きた。

  周囲に点在していた黒竜の骸が、まるで霧の様に霧散したのだ。




 「な・・・?」




  あれは召喚されたものだ。送り帰されたならまだ分かるけど・・・

  だけど、霧散するというのは見た事も聞いた事も無い。

  そもそもアレは生物なら、死骸すら残らないってのは一体・・・




 「陣耶、後ろ!」




  その言葉で、思考に耽っていた頭が現実に引き戻された。

  そして、いきなり後ろに殺気を感じる。




 「しまっ―――!?」

 「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」

 「がぁっ!?」




  勢いよく振るわれた翼が、俺を叩き飛ばした。

  そのままボールの様に地面にぶつかっては跳ねて、数十メートルは飛ばされた所でやっと止まった。

  当然、そんな衝撃を受けて体が無事である筈も無い。




 「がっ・・・は、ぁ・・・」




  まともに呼吸すら出来ない・・・

  息が苦しく、傷が痛み、意識が薄らいでいく・・・

  くそ、ったれが・・・!




 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・ぁあああっ!!」




  精一杯の虚勢を張って、なんとか立ち上がる。

  けど、脚は思うように動かず、腕も碌に上がらない・・・

  くそ・・・




 「ギシャァァァァァァァ!!」

 「ちぃ―――!!」




  数にものを言わせて再び黒竜の群れが突っ込んでくる。

  今の俺には、あんな数の竜を倒しきる力なんて、無いかもしれない・・・

  けどな・・・例え、敵わない勝負だったとしても・・・




 「それでも、護りたいモノがあるんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」




  叫ぶ。

  己の意思を誇示するためだけに、ただ叫ぶ。

  例え負けの勝負だったとしても、一匹でも多くブッ潰してやる!!




 「かかって、来やがれぇぇぇぇぇぇぇ!!」




  正面から黒竜の群れが迫る。

  それから目を逸らさず、正面から―――!

  そして、牙が目の前に迫り―――




 「グシャァァァァァァァァアァッ!?」

 「・・・は?」




  その牙を、俺の顔の真横から飛び出した拳が綺麗に殴り飛ばした・・・

  え・・・と・・・?

  突き出された拳は、少なくとも俺の知るものじゃなかった。

  拳は見えたのだが、手首まで黒い服で覆った奴なんて知り合いにいない。

  誰が・・・




 「全く・・・丁度いいのでじっくりと寝ておきたかったんですが・・・こうも煩いとそうもいきませんね」

 「は・・・?」




  俺の後ろから、突然黒竜を殴り飛ばしたその人は・・・

  なんというか、凄く面倒くさそうに。それでいて仕方無いなあって諦めたような・・・

  というか・・・




 「ですが、こんな状況を放って置けるほど私も冷たくはないつもりです。ここからは陣耶さんに代わってこの私が相手です!」

 「いや、ちょっと待て何でいるんだああああ!!?」




  そう、俺の後ろで仁王立ちして怒りのオーラを振りまいているのは事もあろうか攫われたはずのカリムさん!?

  ちょ、何で!?




 「みなさんが連中を引きつけてくれたお陰で監視も手薄になったので・・・その時にちょっと」

 「ちょっとって、あんた・・・」




  一人で脱出できるのならはやて達が行く理由なかったような・・・

  けどまあ、無事でよかった。

  しかしその騒ぎを起こすのにどれだけ苦労したか・・・って俺は何もしてねえし・・・




 「伊達にシャッハに仕事をしてくださいと追われ続けてませんから」

 「いや、それは問題ありだと思うんです、っづ・・・」




  ああくそ、やっぱ痛む。

  これじゃあ足手まといもいい所だな、くそ・・・




 「大丈夫ですよ」

 「はい? ってカリムさん前!?」




  喋っている内に目の前には黒竜がまた一匹迫っていた。

  が―――




 「せいっ!」

 「ゴギャアッ!?」

 「・・・・・はい?」




  それを避けるのでもなく、防ぐのでもなく、あろう事かただの格闘で迎撃した・・・

  迫っていた頭のこめかみ目掛けて綺麗に放たれた円錐蹴りが直撃。そのままカリムさんは足を振り上げて―――




 「ていっ!」

 「ガッ!!」




  そのまま頭を踵を使って叩き落とした―――

  その、あんまりと言えばあんまりな光景に愕然とする。

  えっと、見かけによらず、逞しい・・・




 「舐めないでくださいね。これでも魔法学院は卒業しているんですから、一通りの戦闘ならこなせます」

 「いや、そーゆーのって戦闘以外でも道あったような・・・」

 「魔法の腕はともかく、体術ならシャッハ達にも負けませんよ! 伊達に騎士は張っていません!!」




  拳を握って力説するカリムさん。無視ですかそーですか。

  何にせよそこいらの連中じゃ手も足も出ないような人っていうのは分かった。

  よくもまあ攫えたもんだと感心するよ・・・




 「それに、ここに来たのは私だけではありませんよ」

 「へ?」




  カリムさんが言った、その瞬間。

  まるで待ち構えていたかのように、俺の目の前で白の翼が広げられた―――




 「なんだ、ずいぶんとボロボロじゃないか」

 「トレイ、ター・・・」




  俺と同じく黒のアンダースーツに白の騎士服を身に纏い、背に白の翼を広げた俺の従者。

  今この場においてこれ以上は無いというほどの救援が、来てくれた・・・




 「何をしたのかは知らないが・・・また随分と傷だらけだな、お前は」

 「うる、せ、な・・・ちょっとは、心配、しろっての」




  くそ、憎まれ口ばっか叩きやがって・・・

  けどまあ、これでもあいつなりに俺を気にかけてくれてるわけだし・・・




 「もう少し我慢してくれ―――シャマル」

 「はい、今すぐに」




  シャマル・・・? ああ、シグナムにザフィーラ、リイン達も・・・

  みんな、無事だったんだな・・・




 「いくわよ、力を抜いて・・・」




  シャマルの手がかざされ、碧の光が俺を包む。

  その光の一粒一粒が傷口へと浸透し、痛みを和らげていく。

  ・・・これなら、まだ。




 「・・・トレイター」

 「まったく・・・お前は大人しいや待つといった言葉を知らんのか?」

 「ふざけろ、それくらい知ってるっての・・・知ってるから、やるんだろうが」




  それに、まだ借りを返していない。

  はやてに助けられた借りを、そしてあいつに・・・土手っ腹に風穴を開けられた借りを。

  やられたからには、やり返すってのが筋ってもんだろう・・・!




 「このままじゃ収まらねえんだよ・・・だから」

 「・・・シャマル」

 「もう・・・五分だけなら、どうにかなるわ。終わった後は暫く通院よ」




  シャマルは諦めた顔で仕方無い、といった風に笑って・・・

  それに俺は、上等だ、と返してやる。




 「なら私は、お前の中で傷を診ておくとしよう」

 「頼む」




  俺とトレイターの手が繋がれる。

  互いが互いの中へ入り込むように、深く、深く繋がって・・・




 『ユニゾン・イン』




  トレイターが光となって俺の中へと入り、融合する。

  全身にトレイターの存在を認識し、その力が、意志が循環する。

  瞳は黒から蒼へと変わり、俺とトレイターのイメージが混同し、手足に甲冑が現れる。

  そして背には一対の白い翼―――




 『魔力循環、細胞閉鎖開始』




  トレイターの手により傷口の細胞が閉じられていき、血が止まる。

  体から何かが流れていく感覚は無くなったが・・・まだふらつく。

  けど、な・・・




 「体一つまだ動かせるんだ・・・まだまだ、終わらねえよなあ!!」




  吼える。

  漆黒の大群に、その奥にいるであろう漆黒に遮られて見えない奴に。
  俺は此処に存在(ある)と、叫びを上げる―――




 「さあ、第二ラウンドと行こうか―――!!」
















  Next「我が儘」











  後書き

  あはははははははは、マ タ ヤ ッ チ マ ッ タ イ

  カリムさんって詳しい設定が無いからついつい調子に乗って・・・ああ、止めて! 石を投げないでっ!?

  ここまでヤッチマッタ以上もはや引き返す道はありませんね、ええ墓穴的な意味で。

  それはそうと、前回に投稿して掲載して貰ったお話、タイトルミスっていました、すいません。

  この場でお詫びをさせて貰います。皆さんを混乱させてしまい、重ね重ねすみません。同じ事が無いよう努力いたします。

  最近新型のインフルエンザが蔓延していて物騒ですが皆さんもお気をつけて。  

  ではまた次回に―――






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