某月某日、春真っ盛りのとある家―――というか、八神家。
今ここにはいつものメンバーよろしく俺、なのは、フェイト、アリサ、すずかがお邪魔している。
だが今日はトレイター、そしてクロノ、エイミィさんにリンディさんまで来ている。
八神家も八神家で全員集合だ。
今日は前々から噂されていたのが完成したらしい。
製作期間が実に数年がかりである。そりゃー期待に胸も膨らむわけでして。
『さー、皆々様方、本日はこのような場所にまでお集まりいただきまずは感謝の言葉を述べたいと思います』
マイクとスピーカーまで用意して演説を始めおった。
まあ準備を手伝わされたので知ってるけどな!
『早速本題に入らせていただきますが、今日集まっていただいたのは他でもありません』
「・・・ゴクッ」
みんな、訳も無く固唾を飲んでいらあ。
俺もそんな一人。結構ドキドキだったりする。
『以前から開発を進めていた例の物が完成しましたので、本日はそのお披露目をやりたいと思います!』
会場、つーか部屋からおおーと歓声が上がる。
そしてはやてがサッとカーテンに身を隠し―――
『この子が! うちの新しい家族!! 末っ子のリインフォース・ツヴァイでーーす!!』
「よ、よろしくお願いします・・・です」
そうして、八神家に新しい家族が加わったのであった。
〜A’s to StrikerS〜
Act.13「闇の帳」
「いやー、にしてもちっこいんだなー」
「あ、あう、ちっこいのはその、仕様です」
周りがみんなでっかいからなのか少々おっかなびっくり状態のリインフォース・ツヴァイ。
基となったリインと同じロングヘアーだが色は蒼い。目の色も蒼だ。
身長は大体30pくらい・・・? まさに妖精といった姿である。
「にゃはは、かーわいー」
「小さい・・・」
早くも学友たちに大人気だ。
俺の友人四人にもみくちゃにされて右往左往・・・見ていて飽きない。
他のみんな? リンディさんやエイミィさん、シャマルなどは揃ってグラスとかを用意している。
・・・宴会もする気か。まあ子供が出来たようなもんだし、何よりめでたい。
「やー、色々立てこもってる時にありがとうな」
「んなことねーよ。俺だってこういうのは素直に祝福したいしな」
「あはは、なんやこれから忙しくなりそうでなー」
ユニゾンデバイス・・・つまりツヴァイは自我を持っている。
ちゃんと記憶も、感情も―――心がある。
だから必要最低限の常識はあっても、まだ生まれたばかりの赤ん坊と同じだ。
普通の赤ちゃんに比べるとそりゃあ成長も早いだろうし知識もすぐ身につくだろうが、心だけはすぐにどうこうなるもんでもない。
「こんな歳から子育てとは、お前も苦労するなあ」
「いやいや、万が一辛くなったとしてもその時は思いっきり甘えさせてもらうから」
「力になれるかどうかの保証はしないけどな」
「むー、意気地無し」
「言いおったなおみゃあ・・・」
ううむ、こいつと話しているとどうしても話がこんな風に・・・
まあこれが俺たちだし、別に困るわけでもないが。
「主、聖王教会から通信が」
「ほ?」
「聖王教会っつーと、ベルカ自治区の?」
行った事は全くないが話くらいは聞いたことがある。
古代のベルカ戦争を収め、終結に導いた聖王家を信仰する宗教集団、聖王教会。
ミッドチルダの一部に自治区を敷いていて、また一風変わった文化があるのだとか。
「そうそう。んでリイン、相手は?」
「騎士カリムからです」
「で、何の因果かやって来ましたよ聖王教会」
外国のどっかの異文化を思わせるような格好の人がそこらじゅうにいることいること。
全員が似たような格好してるし・・・
俺もこっちに来たら渡されたマフラーっぽいの・・・名前なんてんだっけ? それで頭を隠してる。
そして建物がでかい・・・どこぞのテーマパーク並はある。
ちょっとした学園みたいな広さだな。
はやてに届いた通信。内容は俺とトレイターを連れてきてほしいとの事だ。
面倒な事件の事後処理やロストロギア所持についての審議が終わった後の俺はあまり積極的に管理局と接触していない。
なのはやハラオウン家や八神家といった様に個人的な付き合いなら問題ないのだが・・・いかんせん、組織ってのは慣れない。
ロストロギア所持者なんていう危険者マークみたいなのを付けられてるから、そういうのもやっぱある。
なので俺とコンタクトが取れる人物―――はやてに俺とトレイターを連れて来てくれるよう頼んだのだとか。
目的は、今となっては希少な古代ベルカ魔法の保存協力。
どこに行っても希少物の価値は変わらないらしく、ギャラもそれなりにあるという話なので引き受けた。
「さーこっちやで」
「ういうい」
はやては1年ほど前から今回の依頼主、騎士カリムと面識があるらしい。
それと守護騎士も何度か面識があるらしい。
今日が初面談なのは俺とトレイター、それとツヴァイだ。
「はうう、緊張するですー」
「そない緊張せんでええよ。カリムって優しいお姉さんっぽい人やから」
「お姉さん、ですか・・・」
「まー、会ってみない事には分からんけどな」
とはいえ・・・どんな人物なんだか。
みんなが言うには女性、年上、お偉いさん、あと優しい。
みんな口を揃えて優しいだの人が良いだの言うんだからそこはまず間違いないだろう。
とはいえ、懸念事項が一つ―――
「俺、今は魔法使えないんだが」
「んー、そこはまあしゃあないんちゃう。カリムも分かってくれるって」
つっても俺がメインに使ってるのは近代ベルカだし。
どっちかというと目的はトレイターの方なのだろう。
もちろん、はやての方もはやて本人よりは守護騎士たちが目的なのだと思う。
俺たちはただあいつらを従えているだけなのだから。
暫くして、少し大きな扉の前に着く。
「ここ?」
「うん」
はやてがノックすると中から入室の許可が出たので失礼する。
そこにいたのは、二人の女性。
一人はパープルカラーのおかっぱなシスター。
一人は金髪のロングヘアーででかい机で庶務をこなしてましたっていう人。
「こんにちはーカリム」
「こんにちは、はやて」
「シャッハもこんにちは」
「こんにちは、騎士はやて」
ほー、流石に交友関係は良好の様子。
まああいつは面倒くさい事もあるが基本的に嫌われないタイプだからな。
「守護騎士の皆さんも、今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ主との交友、感謝します」
「いやいや、どこまで過保護かあんたらは」
交友に感謝してどうする。ずっと友達できなくてやっと友達が出来ましたよーな人か、奴は。
それだけは断じてありえんな・・・
「そして、今日はこのような方法で呼び出してすみません。皇陣耶さん」
「いえ、こちらも連絡が取りにくい様にしていたものですから」
といっても周辺の環境の調整程度だが。
そこら辺はハラオウン家の皆さん、特にリンディさんに大変お世話になった。
「挨拶が遅れましたね。私はここ、聖王教会の騎士団に所属するカリム・グラシアと言います。そしてこちらが―――」
「教会騎士団所属のシャッハ・ヌエラです。お見知り置きを」
ふむふむ、金髪の人がカリムさんでおかっぱがシャッハさんか。
「どうもご丁寧に。知っているとは思いますが、俺は皇陣耶」
「私が従者のトレイターだ。よろしく頼む」
「こちらこそ」
軽く社交辞令を済ませるけど・・・こう、なんだ。
やっぱ、こういうのは慣れない・・・
なんと言うか、性に会わないんだよなあ堅っ苦しいの。
普通に年上に対して使うならともかく、こういった風にその場の空気で使っているっていうのがちょっと慣れないんだな。
「立ち話もなんですし、まずはお茶でもしましょうか。シャッハ」
「はい、かしこまりました」
・・・おおう、精錬された手慣れた手つきでテーブル、お茶、お菓子の数々が。
これはもはやプロの領域だよ。
「さあ、どうぞ」
「では遠慮なく」
真正面に向かい合って座る。
こういう交渉事は何事も及び腰になっては駄目だと言うのはトレイター談。
より有益な報酬を得るためにもあくまで「頼まれてやる側」として振舞うのだとか。
何か間違っている気がしないでもないが、些細な事だ・・・と、思いたい。
けどまあ・・・
「さて、既に聞き及んでいると思いますが今回は古代ベルカ魔法の保存に協力して貰いたくお招きしました」
「待った」
案の定、こいつが割って入って来るわけで。
俺の隣にトレイターが腰掛ける。
「主はまだ人生経験に浅いのでな。そういった込み入った話は、私の方でさせてもらう事になっている」
「・・・・・」
おー、面喰ってる。
そりゃ、従者―――てーかデバイスが主人の代わりに交渉するなんてどうかと思うよな、普通は。
それを前に言ってみたら。
『お前、相手はお前より人生経験が豊富な人間だぞ。
比べてみればミジンコと老獪の顔がシワだらけで髭を蓄えまくった如何にも無駄に生きていますと言う老人ほどの差だ。
お前が相手をすれば話を相手の都合の良いように持って行かれてホイホイ頷くに決まっている』
・・・我が従者ながら容赦が無い。
ちょっと、いやかなーり情けない気持ちになる・・・
けど事実なだけに否定できない自分が悲しい。
おかっぱの人にもこの人大丈夫か的な目をされた。
うう、従者を御しれてないって結構きついハンデ・・・
「えっと・・・」
「とまあ、今はまだ未熟ですので。交渉事は年長者のを後ろから見て学んでいる最中ですよ」
「そうですか」
「まあ、俺も・・・自分の従者は、信頼、しているので・・・と、とにかく、話を続けてください」
くそ、なんかこういうのはいい慣れないせいかかなり照れる。
あいつは―――トレイタ−は、態度こそこんなんだけどさ。
それでも、こいつはいつも俺の事を考えてくれている。
だから、俺は・・・信頼している。
「あ、はい。それでは―――協力の件については、どうでしょうか」
「確かに、私や主が持つ古代ベルカ魔法は膨大だ」
こいつらが経験し、記録した魔法の量が半端じゃないからな。
それに何百年も前から存在しているんだ。
それだけの年月の積み重ねをたかが数年で理解できるはずもない。
「だが、こちらとしてはあまり積極的に協力に応じたくないというのが本音だ」
「・・・・・」
こっちの答えは予想していたのか表情を崩す事は無い。
なら、とりあえずは言いたい事を言わせてもらおうというのがトレイター。
「知っての通り、我らが膨大な量の古代ベルカ魔法を所持しているのはひとえに白夜の書の恩恵による物だ」
白夜の書は、元は闇の書を破壊するために作られた魔導書だ。
当時、既に膨大な量の魔法を記録していた闇の書に対抗するために付けられた能力、高速学習機能。
あらゆる物質、事象を解析、収集、分析、学習する能力。
これにより一度見た魔法は寸分違わずにトレイターは記録してきた。
そして、闇の書が所有者を選んでいたように白夜の書もまた宿主を求める。
白夜の書は闇の書が暴走した際のカウンターガーディアンだ。
闇の書の暴走と同時に覚醒し、宿主の体を乗っ取る。
そのままプログラムに突き動かされるように戦い、限界が来たのなら闇の書と共に転生する。
そういった―――ロストロギアだ。
「そして、その白夜の書はロストロギア。それが何であれ、管理局に危険視されていることに変わりはない」
ロストロギアの定義は、現在の管理局の技術で解明できない物。
故に、こういった古代の遺失物は大抵がロストロギア扱いされる。
どんな物かが完全に分からないが故に、何が起こるかも分からない。
そういった危険性を管理局は危惧しているってトレイターは語る。
「だから―――こちらからいくつか条件を提示させてもらおう」
「何でしょうか」
いい感じに話が流れてくれたので、この分なら問題なさそうだ。
トレイター提示した条件は・・・
「まず一つ、記録されている魔法全てを保存させる気は無いという事を理解してほしい」
「―――それだけの物があると、そういう事ですか」
「そう取ってもらって構わない」
実際、白夜の書や夜天の書には物騒な魔法がいくつかあった。
どれもこれも実用性は皆無の代物だったが―――それでも、危険極まりない事に変わりは無い。
「二つ、我らが教会と相互関係にある事は出来るだけ伏せてもらいたい」
「それは?」
「理由としては、教会と管理局の仲が問題だ」
一部とはいえ仲が悪い連中がいるのだから、双方に関係を持つことになるからにはこれ以上の刺激は控えたいらしい。
まあ確かに、それが巡り巡って俺の身に降りかかる不幸となったら笑い話にすらならない。
「三つ、提供した魔法の公開はやめてほしい」
どこからかこちらの提供した魔法が流出し、悪用されるのを防ぐための措置らしい。
都合上、どうしても研究機関辺りにデータは送られるだろうが・・・
そういやクラウソラスも元はと言えばデータ収集が目的だっけ、近代ベルカ発展用の。
「四つ、これが最後だが―――報酬はこちらの指示に従ってほしい。なに、無茶な額は吹っ掛けない」
「・・・いいでしょう、古代の歴史を紐解くためにも資料はいくらあっても足りません。出来る限りそちらの指示額に従いましょう」
「ならば、交渉成立だな」
えらくあっさりと話が決まったな。
トレイターとしても昨日から向こう側にも無理のない条件を考えてたみたいだし、まあスムーズにこした事は無いか。
「日程は出来るだけこちらに合わせてほしいのだが、どうだ?」
「それならば何の問題もありませんよ。こちらは特に込み入った用事が無い限りはいつでも」
「そうか。なら問題は無いな」
こーいうの見てると慣れてるなあと思う。
今回も聞いてるだけだったけど、いつかはちゃんと主らしく振舞ってやりたい。
見返したいってのもあるし、なによりトレイターに失礼だ。
まあ先は非常に長いけどな・・・まず俺は目前の問題からか。
「さて、込み入ったお話も終わったことですし・・・みんなでお菓子を食べましょうか」
「ちゃんと仕事はしてくださいよ、騎士カリム」
「いいじゃないのシャッハ。こういう一時くらい仕事の事は忘れさせて」
「それとこれとは関係ありません」
「・・・えーと、とりあえず・・・いただきます」
二人を尻目に紅茶を一口・・・おお、旨い。
みんなもそれぞれ思い思いにお菓子をパクついている。
やー、平和だなあ・・・
「実を言えば今回のお話、古代ベルカ魔法の保存協力というのは建前なんですよ」
「はい?」
と、唐突に何を言い出すかと思えば。
なんかいきなり衝撃の事実を打ち明けましたよこの人。
話した当の本人はニコニコ笑顔。お付きのおかっぱさんは頭を抱えてるし。
「えっと・・・じゃあ何が目的で?」
「それはもちろん、はやてのお友達であるあなたに会いたかったんですよ陣耶さん」
「・・・えーと」
これは、どう反応すればいいんだろうか・・・
「本当は他の皆さんにも会えればいいんですけど・・・いかんせんそれなりの役職に就いてるものですから」
「はあ・・・」
「で、陣耶さんにはちょうどいい口実があったので」
えーと、つまり、何だ?
この人はただ単にはやての友達という俺に会いたかったと・・・
「・・・おい」
「あははー、堪忍なー」
「最初からグルだったか貴様らは!?」
ええいくそう、まあいい仕事にありつけたけどさ。
そうでもして納得させないと脱力しそうだ。
「さーさー、それじゃあ色々とお話ししましょう。聞きたい事もたーくさんありますし」
「えと、はい・・・」
もうどうすりゃいいの、このお偉いさん・・・・・
◇ ◇ ◇
「それでは、失礼します」
「はい。じゃあシャッハ、お願いね」
「はい。それでは―――」
シャッハがみなさんを外まで見送りに出て行きました。
・・・ここには今、私以外誰もいない。
「ふう・・・これでようやく息抜きできますね」
机に倒れ込んで腕を伸ばして・・・ああ、書類仕事って疲れます。
早く部屋に戻ってアイス棒を咥えながらごろごろしたい・・・
私はもっとゆっくりとしたいのにシャッハってばいつも仕事を急かして。
それで仕事をこなしていってもそれ以上に増えていく仕事の山。
ああ、私にも有休がもう少しあれば・・・
「うう、考えても無い物ねだりですね」
ゲームだって溜まってますし・・・救世主候補の物語とか魔を断つ剣とか運命の物語とか。
ああ、最近発売したの空で君と再会するお話も。
うう、続きが気になります・・・
「はあ・・・嘆いてないで仕事を進めましょ「カリム・グラシアだな」へ?」
っ、貴方は―――むー!?
あ、ダメ、意識が・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◇ ◇ ◇
「で、ツヴァイ。どうやったお話しの感想は」
「えっと、よく分かりません・・・」
「ふむ」
「けど、何だかもう少しお話していたかったなーって、思ったのですよ・・・」
「うんうん、いい傾向や」
はやては元々面倒見が良い方だ。
ずっと家事をこなしていた経験もあって今では八神家のお母さん的存在。
その感性を遺憾無く発揮している。
ツヴァイの方もはやてがきっちり面倒を見ていれば色々と学ぶだろう。
「さーて、帰ったら何をするかね」
「まずは宿題を済ませなければな、お前は」
「後は漢字の書き取りだけだっての。よゆーよゆー」
こんな時にまで保護者みたいな事言わなくったって―――「キャアアッ!!」ッ!?
「何だ・・・?」
「蛇でも出たんやろうか」
ああ、ここなら出てもおかしくないな。
何にせよ、下らない事で済めばいいんだけど・・・
すぐにシスター・シャッハが連絡を取るために空間パネルを開く。
と、向こう側から音声オンリーの通信が来た。
「ちょうど良かった。さっきの叫びは?」
『―――カリム・グラシアは我々が預かった』
「っ、・・・何ですって?」
『繰り返す。カリム・グラシアは我々が預かった』
・・・・・マジかよ。
相手の声は編成期でも使っているのか、機械的でくぐもって聞こえる。
とうぜん、ジャミングの類も掛っているんだろう。
シャッハさんも慌てて連絡を取る。
「騎士カリムは!?」
『申し訳ありません! 物音がして部屋に入った時には、もう・・・』
「っ・・・」
『分かっていただけたかな?』
おそらく犯人であろう人物の声は冷淡だ。
声はくぐもって聞こえるのに、何でだ―――酷く、怖い。
「要求は、何ですか」
『闇の書の主―――』
「っ!」
『八神はやてを我らに差し出せ―――十分後までに八神はやてが指定の位置へ来ない場合、人質の命は保証しない』
待て、何ではやてなんだ。
わざわざカリムさんを連れ去ってまで何で―――
『以上だ。十分後に八神はやてを差し出せ』
「っ、待ちなさい!!」
そして、通信は一方的に切られる。
代わりに画面に表示されたのはここからそう遠くない地点が赤でマークされた地図。
そして、苦い沈黙―――
何故はやてなのかという疑問と、ある種の予感めいた確信―――
考えたくはないが、犯人は・・・
「・・・失態です。ちゃんと代わりの者を就けてから離れるべきだった」
シャッハさんは唇を噛んで、怒りを露わにしていた。
別に代わりの者を呼んでいない訳じゃない。
ただその人が来る前に離れた―――それだけだ。
けど、その時間で、カリムさんは―――
けど、今はそれを悔やんでいる時じゃない。
「何にせよ、相手の目的が謎だな」
「何ではやてなんだ・・・」
「気になるのは闇の書という固有名詞を使ってきた事だが―――」
「ただのテロリズムか、それとも夜天の書が目的なのか」
憶測は、所詮憶測の域を出ない。
だが犯人の態度が態度だ。仮にはやてが素直に行ったとしても、無事に帰してくれる保証はどこにも無い。
けど、時間は十分のみ。
この短い時間でどれだけ動けるか―――
「うち、行きます」
「主!」
「危険すぎます! 相手の目的も分からないというのに!」
「せやけど、こっちが動かん限りは向うも動かへん。時間を掛けていたらそれこそカリムの命の保証は無くなる」
「はやて・・・」
捜査官として動いている経験から来るのか、それともただの勘なのか。
どちらにせよ、はやての言葉には一理ある。
「相手がわざわざ相手を指名してきたからには何らかの意図がある事は確実です。当然、それ以外の者が行っても無駄でしょう」
「しかし―――」
はやての言葉にシグナムは難色を示す。他のみんなだってそうだ。
だけど、言い返す事が出来ない。
これ以上の最善なんて、今の焦っている俺たちには浮かばない。
「・・・分かりました。頼めますか騎士はやて」
「っ、シスター・シャッハ!」
そして、シャッハさんが冷酷な判断を下す。
それは文字通り、囮になれという事。
下手をすれば最悪の事態もあり得る。けど―――
「分かりました」
こいつはもう、決めてしまってる。
こんな状態になったら、こいつは誰の言う事も聞きやしないだろう。
それはずっと一緒にいた守護騎士たちが一番良く分かっている筈だ。
「みんな、聞いての通りや。うちは向うの要求を飲んで一人で指定のポイントに向かう」
「主・・・」
「だから、後の事は頼むで。シスター・シャッハ、お願いします」
「はい、必ず」
時間が惜しいとばかりにはやてが背を向けて歩き出す。
俺は、その背中を見つめる事しか出来なくて―――
「っ、はやて―――」
「・・・どないしたん、そんな情けない顔して」
「・・・だってさ」
今の俺には、何も出来ない。
魔法という力も、クラウソラスという剣もない今の俺は―――ただの子供だ。
そんな子供が犯罪者相手に何かできるかなんて言われると、正直、手も足も出ないだろう。
それが分かるから、分かってしまうから。
今の俺はただの足手まといにしかならないって、そう分かってしまうから・・・
けど、だけどさ―――!
「大丈夫・・・うちは、ちゃんと帰ってくるから。カリムも取り返して、犯人しょっ引いて、ちゃんとみんなで―――」
「はやて、俺は―――!」
「お願い、信じて・・・それで、待っといて。ちゃんとうちが帰れる場所で・・・うちが帰ってこれるように」
「俺は・・・」
情けない・・・
ただ待っている事しか出来ない自分が、こんな時に限って動けない自分が・・・!
「じゃあ、行ってくる」
「―――どうか、御無事で」
去って行く人。
その背中をただ見つめて、俺は一人無力さを噛みしめて―――
「ちっくしょお・・・・・!!」
ただ悔しさに、身を震わせるだけだった・・・・・
◇ ◇ ◇
「ここ、か・・・」
指定された場所には、何も無かった。
ただ広がっている荒野―――
果ては見えずに、どこかに身を隠すような場所も無い。
さて、指定された時間には来たけど・・・
と、ザワッと空気が揺れた。
(魔力―――!)
視界外からの攻撃か、それとも幻覚か何かか。
何にせよ次のアクションに備えて―――それが失敗だと悟った。
足元に展開される魔法陣。
これは―――!
「転移魔法!?」
マズイ―――!
そう思った次の瞬間には、うちの体は奇妙な浮遊感に襲われて―――
「・・・さて、なんや物騒なとこに来てもうたな」
石造りの、これは―――神殿?
ところどころに石柱やら石造やら・・・
曇天の空が更にそういった雰囲気を醸し出させる。
うちがいる座標を知らせようにもジャミングが働いているのか通信の類が効かん。
相手の目的は、まあうちを誘い出すことやろ。
暫く待ってみても何の反応も無いし。
これは、間違いなく奥に誘ってるな・・・
確実に罠。うちは自分から敵の口の中に飛び込もうとしている。
それでも、脚を進める。
(うちが奥に行かな、カリムは)
とは言っても、うち一人が行っただけでどうにかなるとも到底思えへん。
だから、今うちに出来るのは―――
(ただ、みんなの準備が整うまで時間を稼ぐこと)
何があろうとも、一分一秒でも時間を稼ぐ。
カリムを助け出すために。
せやから―――
暫くして、広間らしき場所に出た。
天井は吹き抜けになっていて、曇天の空が見える。
「―――来たか」
「っ」
突然掛けられた声。
奥から・・・あれは、男。大体30前後?
それと聖王教会の騎士団服・・・内部の犯行、という事か。
身元を調べなそこまでは分からんけど・・・
「あんたが、うちを呼び出したん?」
「―――そうだ」
「ほなカリムは返してくれるんか」
「・・・・・」
返される言葉は無く、ただ沈黙のみが続く。
・・・この調子やとすんなりと返してくれそうには、ない。
あの時の通信―――カリムは、我々が預かったという言葉。
十中八九、実行犯の協力者はいる。
うち一人でどこまで―――
「・・・・・ク、クカカ」
「っ?」
不意に、不気味な笑いが響く。
広いここには実にその声が良く響く。
目の前の男は顔を手で覆ってたまらないといった風に、恐ろしく笑っていて―――
「ク、ハハハ・・・ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!?」
「ッ!?」
次の瞬間、その身を空中へと踊らせていた。
その目標は―――見るまでも無く、うち。
思考が追いつかない頭に体は勝手に反応し、うちの体が空へと舞って飛びかかってきた男を避ける。
「やっぱ、うちが狙い―――!」
「クハハ!? ハァハハハハハハハハハハハ、ヒャアッ!!」
狂ったような声を上げて再びうちに飛びかかってくる。
手に持つのは真っ黒な槍。
相手の身の丈はあろうかというソレを容赦なく突き出してくる。
「ハッハァ!!」
「づっ!」
雨霰の様に繰り出されるそれを障壁で何とか逸らす。
うちは、元々個人戦闘が得意ではない。
みんなの様に魔力の精密な調節や小回りの利く魔法とか、そんな物はあまり使えない。
撃つのならば立ち止まってデカイのを一発、なんやけど・・・
「ハ、ハァッ、ヒャアア!!」
「あぐっ・・・!」
うちの障壁はフェイトちゃんほど脆いわけでもないけど、かと言ってなのはちゃんほど硬くは無い。
高速で移動が出来ん以上、速度では決定的な差が出る。
防御力も間髪入れずに攻撃を貰っていれば簡単に砕けてしまう。
本来なら頼れる前衛―――守護騎士のみんながいてくれれば、うちも思う存分に戦える。
せやけど、みんなは今ここにいない―――せやから!
「ブラッディダガー!」
「ッ!」
うちの周囲に無数の刃が姿を現す。
狙いは目の前にいるこの男―――!!
「穿てッ!!」
「ハアア!!」
一斉に放たれ弾丸と化したそれは男を目掛けて殺到する。
しかし、対する男も即座に体を反転。
空中で宙返りでもするかのように起用に体を動かし、距離を取った。
「・・・・・」
「・・・・・」
張り詰めた空気が緊張を促す。
私を見る男の眼に湛えられた狂気の色は薄れることなく、それどころかさっきよりも確実に色を濃くして―――
「やっと見つけた、見つけた・・・殺す、殺してやる、肉を裂いて骨を砕いて臓器をかき回してその顔を絶望で歪ませてやるッ!!
安易な死などさせるものか、俺がさせてたまるかァ!? 殺して殺して殺して殺しつくしてやる!!
ああそうだ、俺が殺す。殺せるんだ、奴を・・・クハハ、ヒャハハハハハハハハ!!」
その狂気に殺意を、憎悪を、嫌悪を、嫉妬を、怒りを、悲しみを、絶望を滲ませて・・・
そのあまりにもの光景に呑まれそうになる。けど、まだ―――聞いてない事が、ある。
「―――ッ、そこまでしてうちを憎む理由は、何・・・?」
その理由。この動機。
ここまでくればカリムがただの囮という可能性が極めて高い。
あの時の通信相手が別ならまた違ってくるけど、それとこれはまた別。
そして、大体の予想もついている。
こうもうちに対し敵意を見せる理由、それは―――
「理由だと・・・?」
その瞬間、場が凍りついた。
先程までとは違う、底冷えするような眼と空気に身が竦む。
「お前がそれを言うか・・・16年前、俺の家族を奪った闇の書の主であるお前があああああああ!!」
「ッ―――!」
それは、予想しえたシナリオの内、最悪の―――
◇ ◇ ◇
守護騎士のみんなやシャッハさん、それにトレイターはもう動きだした。
準備を整えた今はトレイターが探し当てた転送ポイントに向かっている筈だ。
だけど、魔法も何も使えない俺には何も出来ない・・・
「くそ・・・」
信じていてくれと、待っていてくれと言われた。
実際はそうしていた方が賢いのだろう。頭だって、俺なんかが行っても何にもならないと冷静にほざいている。
けど、そんなので気持ちは納得できない―――
どうしても不安になり、胸騒ぎがする。
一人でいると碌に思考が回らない。思考は悪循環して焦りを生み、不安だけが思考を埋め尽くしていく。
「俺は・・・・・」
どうして、ここにいるんだろう・・・
「何だ貴様、こんな所で何をしている」
「ッ!?」
急に掛けられた聞き覚えのない声に振り向く。
ボロボロのフードで頭まですっぽりと覆った・・・男?
俺より少し上くらいだろうか・・・
悠然と俺の前に立つそれは、まるで王の様な威厳を感じさせ―――
「何、って・・・」
「そこまで悩むのならなぜ動かない、行動を起こさない」
「・・・俺には、何も出来ねえんだよ」
つい、喋ってしまう。
別に隠すほどの事でもないが、他人に話すような事でもないというのに。
「そんな事を誰が決めた、何故決められる」
「何故って、そりゃあ・・・魔法が飛び交う場所に行って、それに対して何も出来ないなんてのは足手まといだろ」
「ふん、そんな物はただの理屈だ。理屈を言い訳にしたただの逃避にすぎん」
「っ・・・」
随分と痛い所を突いてきてくれる。
逃避・・・確かにそうかもしれない。
俺はただの足手まといだからって、体を張ってあいつの盾になることすら出来ずにいる。
もちろんそんな事すればあいつは悲しむだろうからなんて理由はごまんとあるけど・・・
「貴様自身はどうなのだ」
「俺、自身・・・」
「貴様は今何を成したい、何を遂げたい。その想いは、気概は、意思は無いのか」
俺が今、やりたい事―――
決まってる、あいつらの所に行く事だ。
それで―――
「けど、行って何になるんだよ」
「なるならないなど問題ではない。問題なのは貴様の意思とその心だ」
「・・・」
「このまま安穏と何もせずに後悔だけを残し朽ち果てるのか、危険を冒してでも自らの意思を昇華させるのか―――」
「俺、は・・・」
「自らを偽る生など生きているとは言わん、それはただの屍だ。人とは自らの意思を通せるからこそ、人なのだろう」
自分の意志を、通す―――
「まあ、もっとも―――」
「・・・なんだよ」
「いや何、自分を誤魔化している臆病者などには・・・」
フードから目が見えた。
赤く、紅く、アカク、爛々と輝くそれは血の色の様で―――
「安息など、似つかわしくないと思ってな?」
「―――ッ!?」
そう言って、奴は底冷えするような笑いを洩らした。
表情は依然フードに隠れていて見える事はない。けど、きっと笑っている。
そして、分かる。あれはヤバイと。
「生の果てに安息は与えられるというのに、もはや死んでいる貴様に安息を与える意味はあるのか―――?」
「―――ァ、アァ・・・!」
怯える。
アイツの瞳の奥に見える、黒いモノが、俺を絡みとって―――
「クク、滑稽な目だな。自らの闇の大きさを自覚していながらその意味をまるで分かっていない。
なるほど、アレが反応するわけだ・・・貴様は、さぞ極上なエサだろうなあ?」
そうして、アイツの奥から、黒いモノが―――俺を、呑み込んだ。
「――――――ッ!!?」
瞬間、あらゆる負の感情を押しつけられたような錯覚に陥る。
嫌疑、嫉妬、憤怒、強欲、憎悪、嫌悪、悲愴、拒絶、殺意、絶望―――
ありとあらゆる負の感情が押し寄せてきて俺を呑み込み圧迫し擦り減らされ痛みが苦しみが悲しみが怖い辛い嫌だ助けて
何で俺が私がイヤダコワイツライコロスホシイユルサナイイタイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
「ウ、アァァアアァアアァァアアアAAAAaaAAaaaAa!?」
黒い塊が俺に流れ込んでくる。
中に、内に、奥底にどこまでも入り込んで来て、俺の理性を容易く砕いていく。
「ふん、当てられたか・・・」
「ガアアァァアアァ!! アアアaAァAアアaaaァアアアAaアアアアアァァ!!?」
止め、ろ―――!
潰れ、る―――俺が、壊れる―――!!
「どうもいかんな、俺も感情をコントロールできていないか・・・さて、本来はアレを探しに来たのだが・・・」
俺という全てが塗り潰されていく。
怖い憎い辛い許さない嫌だ殺す違う何が俺がお前だ意志が心が全てが俺が俺は俺に俺は俺はオレハオレハオレハ
「当てられたとはいえ、それを引き寄せたのはお前だ。それだけの闇を持つお前が」
オレ、ハ―――
「何かの余興くらいにはなるだろう―――これからお前が何をするのか、見させてもらおうか」
―――――――――
Next「ただ俺で在るために」
後書き
超シリアスパート発動。
この頃風邪がきついっす。シャレになりません。
だらしないカリムさんが登場しましたが・・・後から出ただけに被りな匂いがぷんぷんと。
そして色々とバレバレなフラグ共。もう作者のせいで台無しです。
うう、俺頑張るから・・・あ、石を投げないでッ!?
ではまた次回
追記:先日投稿したこのお話で、タイトル部分の表記を間違っていました。
次回予告部分と重なり皆さまを混乱させてしまった事を深くお詫び申し上げます。