『魔法が使えないって、何で・・・』

 『さあな、それこそ専門の医者にでも診てもらわなければ分からんだろう』




  突然の出来事だった。

  何故かまともに念話が出来なくなっていて―――




 『・・・・・』

 『ダメだな、これは』




  他の魔法を使おうとしても、結果は同じだった。

  別に障害を負った訳じゃない。

  別段どこか調子が悪いというのではなくただ魔法が使えない。そんな状態。




 『お手上げよ。私たちにはサッパリだわ』

 『適当な専門医を見繕っておいてやる。日を見て検診してもらえばいい』




  そんな事が、つい数日前にあった。

  もう明日には新学期が始まる。

  だけど、俺にとって最後の小学校生活の始まりは―――今までの中で最悪な始まりになりそうだった。










  〜A’s to StrikerS〜
         Act.11「傍にいるから」










 「皇さん、皇陣耶さんどうぞ」

 「はい」




  看護士さんに呼ばれて個室に入る。

  パッと見ただけじゃあ地球とあまり大差がないそこは最先端の医療技術の固まりだ。

  で、目の前にはバサバサした黒い短髪で鋭い目つきの・・・

  一言で言えば、煙草を咥えているのが似合いそうなねーちゃん。

  すげえ、いかにもヤクザやってますよって人始めてみたよ俺。

  白衣を着ているって事は・・・この人も医者・・・なのか?

  疑問形になってしまうのは医者に似合わない妙な威圧感のせいだと思いたい。




 「で、あんたが皇陣耶で間違いなんだな?」

 「は、はい・・・」

 「えー、急な魔法の使用不能、原因不明、特に外傷は無し、最後に魔法を使用したのは数日前の戦闘、と・・・」




  面倒くさそうな眼でカルテに目を通していく医者。

  ひたすらにやる気が感じられない・・・




 「あー、何が悲しくて野郎の中なんざ診なきゃいけねえんだか。どうせなら女連れてこいっつー」




  ―――うん、ダメだこの医者。

  とっとと席を立って出口に向かう。

  それからドアを開けて一言。




 「ありがとうございました」

 「待てや金ヅル」




  速攻でバインドで捕まりました。

  病院内で医療用の魔法以外使うなよ・・・てゆーか金ヅルってあんた・・・




 「カダ先生、また院内で魔法を使用して・・・」

 「あ? 金ヅル逃がすよっかはよっぽどマシだろうが。でなきゃ野郎なんざ誰が診るか」




  さ、最低だこの医者・・・

  医者としての誠意が全く感じられねえ・・・




 「いい加減にしないとまた自宅謹慎ですよ? 下手をすれば今度こそ首が落ちますよ」

 「あのな、俺らは患者を診てやる代わりに金を貰う。患者は金を寄越す代わりに診てもらう。実に対等の立場じゃねえか」

 「だから遠慮する必要はない、ですか? 人類全てが貴方の様に最低な思考をしている訳ないじゃないですか」

 「言う事かいてそれかよテメエ。気に入らねえ・・・喧嘩売ってんな?」

 「ご安心を。貴方の様な人に気に入られても全っっっっっっ然嬉しくも何ともありませんから」

 「上等だ、表に出ろや」




  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何この展開。

  てゆーかなんてワイルドな性格。一人称が俺だ。

  もーいいや。意識がこっちに向いていない今の内に出てって院長に文句言いに行こう。




 「だから、待てと言っとろうが金ヅル」

 「・・・しっかり見てはいるんですね」




  バインドされたまま芋虫のように出ていこうとしたら速攻で捕まった。

  逃れようとじたばたしても文字通り手も足も出ない。




 「諦めて俺に診察されろ。それで金置いてけ」

 「・・・ホント、最低ですね」

 「おお? 言うじゃねえのガキが」

 「さっき対等の立場だって自分で言っていたでしょう」

 「はん、生意気なガキなこって」




  そのまま備え付けのベットに寝かしつけられる。

  で、医者のねーちゃん・・・カダ先生だっけか、が魔法を使用した。




 「・・・まったくもって健康な体じゃねえか、異常なんてどこにもねえ。リンカーコアも特に異常は無しだな」

 「・・・・・」




  調べるの早いな・・・

  そこは流石に腐っても医者なんだろうか、俺の体の状態を手早くカルテにまとめていってる。




 「あん? 何だジロジロ人の事見やがって」

 「いや、ちゃんと医者らしい事が出来たんだなーと」

 「・・・テメエも喧嘩売ってる口だな? あ?」




  っといけない、つい本音が・・・じゃなくて。




 「ごめんね。カダ先生ってこんなだからそう思うのも仕方がないよね」

 「何でテメエはそこで嬉しそうな顔をする」

 「別に他意はありませんよ」

 「そのにこやかな顔にどんだけの奴が騙されてんだか・・・」




  普段からこうなのだろうか、この二人。

  だとすれば他の患者の方々、苦労するんだな・・・




 「たくっ・・・ほれ、診察終了。体に特に異常は無しだ。問題があるとしたら精神面じゃねえの」

 「精神面、ですか・・・」




  精神面か・・・凄く心当たりが多すぎて困る。

  あの時からなんだ、魔法が使えないのは。


  あの時、あの場所で、俺は―――




 「―――へえ?」

 「っ!」




  いきなり嫌な感じな声が上からした。

  突然声を発したのは、不気味な笑いを浮かべるカダ先生―――




 「ただのガキかと思ったが・・・面白い目をしてんじゃねえか」

 「面白いって・・・」

 「そうだ・・・傷ついた、傷つけた目だ。暗くて、淀んだ・・・ああ、いい迷いが見える」

 「なっ・・・」




  放たれた言葉は俺を驚愕させるには十分だった。

  俺の眼を見ただけで、この医者は―――




 「クク、図星か? さしずめ、初めて人を傷つけてビビってるってとこか」

 「なん、で・・・そんな・・・」

 「何でか? はっ、分かんねえガキだな。分かる奴には分かるもんだぜ?」




  医者は、俺の方へ顔を寄せ―――




 「―――人殺しの眼ってのはな」

 「―――ッ!?」




  今度こそ、俺を凍りつかせた。




 「こいつは傑作だ! ああ、まさかそうとはな―――!」

 「俺、は・・・」




  思考が混濁する。

  ノイズが入ったように乱れて、ぐちゃぐちゃに掻き回され、バラバラになりそうになった思考を拾い集めて、また落とす。

  息が荒くなる。心臓の鼓動も。

  目を瞠目させて目の前の如何にも面白いという風に笑う者を凝視する。


  何で、どうして、そんな事で笑える・・・

  何がおかしいんだ・・・普通、怖いだろ。そもそも殺人者って分かってるなら放っておいていいのかよ。

  何なんだよ・・・訳、分かんねえ・・・




 「違うってか? 何を今更。テメエはもう立派な―――「調子に乗らないでください」おぶはっ!?」




  ・・・・・

  瞬間、振り抜かれたのはどこからか取り出したフライパン。

  それが見事にカダという医者の頭にクリーンヒットしものの見事に吹っ飛ばした。

  ・・・ていうのか、院内暴力?

  ナースコールいいですかー、って目の前の人もナースだ。いやいやそうじゃなく・・・ダメだ、俺もだいぶ混乱してる。




 「大丈夫ー? カダ先生ったらまーた変な事言っちゃって・・・こんな人の戯言、聞き流しちゃってくださいね」

 「だ、大丈夫です・・・」




  ・・・いや、あの先生が言ってた事はあながち間違いじゃない。

  それどころか、的確過ぎた。

  それを容赦なく突き付けてきて、遠慮なく抉ってきて、それをさもおかしそうに笑って―――




 「いってえなクソ・・・興が削がれたじゃねえか」

 「それに付き合わされる患者さんの身になってください。後で院長には報告しておきますからね」

 「ちっ・・・」




  ・・・今一状況が呑み込めない俺、一体どうすればいいんだろうか。




 「ごめんね・・・この先生、腕は確かなんだけど性格に多大な問題があって・・・」

 「ああ、いえ、こちらこそ・・・」




  まあ、患者にこんな事言うのは問題ありだよな・・・

  けどこの医者がこんな風に絡む事は非常に珍しい事らしい。

  その珍しい目に合って俺は酷く参ったが・・・




 「まーとにかくだ。体の方に異常はねえんだから次来る時は精神科にでも行け。間違ってもこっち来んな」

 「・・・頼まれなくたって、誰も来たいなんて思いませんよ」

 「はっ、言ってくれんじゃねえか」




  もう色々と疲れた・・・

  早く帰ろ・・・




 「ああ待ちな、おめえに人生の先立から一つありがたーいアドバイスくれてやる。敬って崇めろ」

 「・・・・・」




  はっきり言って今までの事から信用できないので無視して扉を開ける。

  が、今度はバインドなどで拘束される事もなかった。

  代わりに―――




 「お前は、その結果にすら後悔してんのか」




  そんな言葉を聞きながら、俺は部屋を出た―――










                    ◇ ◇ ◇










 「おかしい」

 「い、いきなりそれ・・・?」




  やって、今日の陣耶くんはいつにも増して変や。

  ここ最近様子が少しおかしかったけど・・・今日はまた特におかしい。

  こないだまではうちらをどこか避けてるような感じやったけど・・・




 「あ、また電柱に―――」

 「〜〜〜ったくもう、あんのアホは。陣耶くん、前!」

 「・・・おおっ」




  たった今気付いたみたいに目の前の電柱を認識して避ける陣耶くん。

  ・・・あのまま声かけへんかったらまたぶつかってたな。




 「ほら、こんなん変やない? おかしいやん」

 「ま、まあ今日のジンヤはいつも以上にその・・・ぼーっとしてるよね」

 「上の空言うんや、上の空」




  今日の朝に合流して一緒に登校してるのはいいとして・・・

  今の陣耶くんは心此処に在らずといった風に上の空。

  話しかけても中々反応がないしこれまで色々なモノとぶつかって・・・




 「何かあったのかな・・・」

 「間違いなくあったんやろ、あれは」




  恋の悩みとかそんなベタな悩みやったら楽なんやけどなあ。

  陣耶くんに限ってそんなことありえんし。

  むー




 「ジンヤがちょっと変なのもかれこれ一週間・・・何か、悪化しちゃったのかな」

 「せやねえ・・・」




  自然と解決すればいいと思ってそっとしておいたけど・・・逆効果やったんかな。

  まあそろそろうちらも我慢の限界や。

  ここは一つ強硬手段にでも出るとしますか。




 「うし、今日の放課後にうちらで陣耶くんを確保や。事前になのはちゃんには連絡つけとこ」

 「うん、了解」




  さー、何があったか洗いざらい吐いてもらおうかー










                    ◇ ◇ ◇










 「・・・・・」




  気づけば、いつの間にか始業式は終わっていた。

  それどころかHRも終わって今は休憩時間。

  ・・・イカン、完全にボケてる。




 「・・・はぁああああああああ」




  大きくため息を吐く。

  俺の頭の中を占めているのは一つの考えだ。



  そう、あの言葉―――




 『お前は、その結果にすら後悔してんのか』




  結果―――結果として、あの少女も俺の命も守られた。

  そこに後悔があるかと言われれば・・・無い。

  そうでもないとあの子と俺の命は無くなっていたのかもしれないのだから。

  だから・・・結果自体に、後悔は無い。

  けど―――




 「だからって、殺しを認められるかよ・・・」




  結果が良かったからって殺しを認められる訳が無い。

  好きで殺しをするような、そんな奴になんて俺はなりたくない。




 (・・・・・けど)




  ついこの前に、そんな生きるか死ぬかの場所にいたのも、また事実。

  好き嫌いに関わらず他人の命を奪ってでしか生き残れなかった、あの場所―――

  あの場所にいる以上は、否応無く命のやり取りに関わる事になる。

  望む望まないに関わらず、この手を血に染める―――




 「俺がしたいのは、そんな事じゃねえんだ・・・」




  命のやり取りなんて御免だ。

  他人の命を奪うのも、奪われるのも。




 「剣を持つ意味と怖さ、か・・・」




  恭也さんが言った、剣を持つ意味と怖さ。

  それは人を傷つける力を持つ責任、命を奪う者の責任―――

  その重さを知っているからこその、あの言葉。

  今まで単純に“斬る”と考えていた剣が“命を奪う”になると途端に重さを変えてくる。

  それこそ、こっちが押しつぶされてしまいそうなほどに重い―――

  だからなのだろうか、俺が魔法が使えないっていうのは。

  あのカダっていう医者は精神面の問題だろうと言った。

  心当たりがあるとすれば命を奪えることの重みから逃げいる事ぐらいしか・・・




 「まあ、時間を掛けて考えるか・・・」




  急いだって良い結果なんて出ないんだ。

  じっくりと、時間を掛けて―――




 (気晴らしに、屋上にでも行くか)




  丁度いい気分転換にもなるだろ。

  席を立って教室をぐるりと見渡す。

  いたって平和だ―――




 「ついこの前、あんな場所にいたのが嘘みたいだな・・・」




  けどそれが良いんだ。

  こんな平和な場所に命のやり取りなんて持ってくるのが間違い―――


  扉に手を掛けて教室を出ようとする。

  その瞬間だった―――




 (・・・え?)




  ありえない音がした。

  俺の後ろから、生々しい音が響いた。

  次いで、鼻にくるあの異臭―――




 (なん、で・・・)




  何で、こんな・・・

  何でこんな所で、あの匂いが、あの音が・・・

  音の正体を確かめるために、振り返る。

  そこには―――




 「あ・・・・・」




  ただ真っ赤な地獄が、広がっていた―――




 「な、ん・・・」




  目の前に広がるのは、ただ赤。

  地面一面にそれはただ広がり、ただ赤く紅くアカク―――

  気づけばソレは、足元にまで広がっていた。




 「う、ぐっ・・・!」




  鼻を突く異臭に目が眩む。

  頭が痛みだし、思い出したくもないあの光景がフラッシュバックする。




 「何、何だ・・・え?」




  ふと、視界に赤以外の色が入ってくる。

  真っ白な、服の色・・・倒れ伏す、人。

  ただ倒れているんじゃない。

  手が、腕が、脚が、胴が、首が、頭が、目が、指が、爪が―――

  ありとあらゆる所が切断され、砕かれ、ひしゃげ、すり潰され、抉り、圧迫し、締め上げ、掻き回し、捻じ曲げ―――




 「あ、ぁあ、ああ・・・・・!!」




  この場に存在する人という人が全て死に絶えている。

  見るも無残な、原形を留めないまでの程の殺戮によって―――

  その中には、見慣れた人も・・・

  ウェーブのかかった金髪、特徴的なヘアバンドをつけた栗色の髪、紫のウェーブの長髪、金髪のツインテール。

  どれもこれも、見覚えがあり過ぎる人の形をしたモノが、赤に沈んでいた―――




 「何で・・・どうして・・・ッ!!」




  いや、一人だけ、そこに立つ者がいた。

  そいつはその赤の、死骸の中心に悠然と立って・・・




 「・・・な」








  血に濡れた剣を手に―――








 「なん、で・・・」








  返り血に染まった体で―――








 「何で、お前が・・・!」








  ただ冷酷な目で―――








 「何でそこにいる!!」








  嘲笑うかのように嗤いながら―――








 「何でお前が―――俺がそこにいる!!」








  俺が、その場に立っていた―――










                    ◇ ◇ ◇










  バタン、と音が教室に響いた。

  それは丁度、今私たちがいる所とは反対側にある教室の出入り口から。

  突然響いたその音に何事かと思って目を向ける。

  そこには、見覚えがあり過ぎる奴が倒れていて―――




 「陣耶ッ!?」

 「ちょ、陣耶くんどないしたん!」




  急いで私やすずか、はやてとフェイトが駆け寄る。

  けど、私たちが寄っても何の反応も無い。

  急いで抱き起して呼びかける。




 「ちょっと、しっかりしなさいよバカ!」

 「ぅ・・・」

 「酷い・・・汗でびっしょりだよ」




  顔色も蒼白だし・・・ああもう! この前から様子がおかしいなんて思っちゃいたけど!!




 「はやて、フェイト。これってこないだ使えないって言ってたのと関係あるの」

 「たぶん・・・けど、原因はもっと別の所やと思う」

 「少なくとも、私たちと一緒に登校していた時はまだ元気だったよ」

 「私から見ていてもさっきまではこんな風に酷い顔色はしてなかったよ」

 「それくらいは私も知ってるっての!」




  ああもう結局原因分からないんじゃ意味無いじゃない!

  とりあえず・・・こんな明らかに病人みたいな顔している馬鹿はとっとと保健室に放り込む!




 「とにかく私がこのバカを保健室に連れて行くわ。はやてもお願い」

 「了解や」

 「すずかは先生に、フェイトは人目につかない所に行ってとっととトレイターさんと連絡取って」

 「うん」

 「分かった」




  ほんっとに・・・どんだけ友達に心配掛けたら気が済むってのよこいつ等は!










                    ◇ ◇ ◇










 「ぅ、ぁ・・・」




  あ、れ・・・




 「ここ、は・・・」




  白い―――

  それに・・・俺、寝てるのか?




 「あ、やっと起きたのね」

 「・・・先、生」




  保健医の・・・

  俺は・・・?




 「急に倒れたって貴方のお友達がここまで運んで来たのよ。ちなみに、今は放課後ね」

 「倒れた・・・っ」




  そうだ・・・あの時、あの赤い光景を・・・

  あれは、幻覚・・・?




 「酷い熱ね・・・40℃もあるわよ。何か無茶でもした?」

 「いや・・・やった覚えは、無いです」




  少なくともここ数日は魔法も使ってないし目立った運動もしてない。

  ただ、あの光景がショックで・・・




 (俺も・・・あんな風に、なるのか?)




  人を人として見ずに、残虐に、冷酷に、嘲笑うように人を殺す―――そんな人間に。

  そうだ、俺はそれが出来る。出来てしまう。

  人の命を奪う事が、その気になれば、いとも容易く―――




 (・・・・・ああ、だからか)




  そうか・・・俺は、怖いんだ。

  人を殺す事の出来る力でも、剣でも、魔法でも無く―――

  だから―――



  感情と一緒に、魔力があふれ出す。




 (そうだ、俺は・・・)








  何よりも、誰よりも―――人を殺す事の出来る俺が、一番怖かったんだ・・・




  そうして、俺の姿は保健室から消えた。










                    ◇ ◇ ◇










 『陣耶くんがいない!?』

 「少し目を離した内にいきなり消えちゃったんだって」

 「なんや保健室からいきなり魔力反応が出たから嫌な予感して行ってみたんやけど」




  けど、そこに陣耶くんの姿は無かった。

  フェイトちゃんとはやてちゃんが言うには魔法が関連している可能性が高いみたいなんだけど・・・




 「痕跡を見辺り、どこかに転移したのは間違いないんだ」

 「けど術式とかが滅茶苦茶でなあ・・・どこに飛んだのか見当もつかへんねん」

 『そんな・・・』

 「手掛かりと言えばその時身に付けてなかった装飾品くらいなんやけど・・・」




  そう言ってはやてちゃんが菱形の琥珀色のペンダントを取り出した。

  それはクラウソラスって呼ばれている、陣耶くんのデバイス。




 「クラウソラスに聞くと、これまた厄介な事になってなあ」

 『今回の転移は感情による魔力の暴走が原因です。なので、どこに転移したのかまでは・・・』

 「この通り、手掛かりが無いんだ」




  つまり、今の陣耶くんは確実に独り―――

  それは―――どうしようもなく、陣耶くんが今辛い思いをしているという事を確信させてしまう。




 『他には何かないのかな。最近の陣耶くんの様子とか―――』

 『それは―――私の方から話せるものではありません』

 「何で・・・」

 『すいません。ただ―――今のマスターは、とても怯えています』




  怯えて―――?



  確かにあの時、フィアッセさんのコンサートの日から、どこか陣耶くんはおかしくなった。

  どこか私たちを避けるようになって―――最初は、私たちがなにかしたのかとも思ったけど、違った。

  今思い出した。あの時の陣耶くんの眼は、よく知っている。

  そして、今のクラウソラスが言った言葉。



  あれは、あの眼は―――




 「急いで、陣耶くんを探さないと―――」

 「そうだね。もしも大変な目に遭っていたら・・・」

 「そうじゃない、そうじゃないの」

 「すずか?」




  ・・・もし、もしも陣耶くんが塞ぎこんでいる原因が私の予想通りなら・・・

  独りでいたって、良い方向にはいかない。

  独りで考えているとどんどん辛い方向に考えが行って―――だから。




 「今の陣耶くんを独りにしちゃダメ。じゃないと、きっと私たち―――」

 「すずか? アンタ何言って・・・」




  だけど、どこにいるかが分からない。

  はやてちゃん達が言うにはデバイスを持っていたら楽に探知できるらしいんだけど・・・




 『独り・・・怯えている・・・』




  と、なのはちゃんが画面の向こうで何やらブツブツと言いだした。



 「なのはちゃん・・・」

 『・・・うん、陣耶くんのいる場所に心当たりがあるよ』

 「ほんまか!?」

 「嘘!?」




  それで、陣耶くんは今どこに―――




 『陣耶くんって、ああ見えて以外と寂しがり屋さんだから―――』

 「ふんふん」

 『だからきっと、無意識に落ち着ける場所に行ったと思うんだ。そう――』










                    ◇ ◇ ◇










 (・・・ん、ぁれ・・・)




  目に飛び込んできた景色は、酷く見慣れたものだった。

  棚に整理された漫画、ゲームソフト、ビデオやDVD・・・

  ここは・・・俺の部屋?

  それもベッドの上・・・トレイターは留守か?




 (転移した・・・? けど、今の俺は魔法が使えないんじゃ・・・)




  試しに適当な魔法を使ってみたが・・・駄目だった。

  ここにいるのはまあ・・・十中八九転移したんだろうが、何でだ?

  考えてもキリが無いので、重くて動かない体に従ってそのままベッドで時間を潰す。

  学校に電話を入れた方がいいんだろうが・・・やっぱり体が動かない。




  無意味に時間だけが過ぎていく・・・

  ・・・俺は、いつまでここにいるんだろうか。




 (・・・それこそ、分かる訳が無いか)




  それでも・・・俺は、あそこにはいられない。

  あそこはとても平和な日常に満ちている。

  穏やかに笑って過ごせる毎日が、あそこにはある。

  だけど・・・だから、俺はあそこにはいられない。

  あんな眩しい場所に血に濡れた俺はいられない。

  戦いを知って、人を殺して、人を殺せる立場にある俺なんかが・・・いていい場所じゃない。



  だからたぶん、俺は、ずっと・・・




 「おじゃましまーす・・・」

 「ジンヤ、いるかな」

 「さーなー。なんと言ってもなのはちゃんの勘を頼りに来たからなあ」

 「まあまずはあいつを探しましょ。しらみ潰しに当たればいいでしょ」

 「うん、分かった」




  !?

  な、なんであいつらがここに・・・

  俺、あいつらに鍵渡したか・・・? いやいやいや渡していない。

  じゃなんでここに・・・




 「トレイターさんも偶然会えてよかったです」

 「いきなり主が行方不明とも言われればな・・・」




  ・・・なるほど、トレイターか。

  けど今の俺はあまりあいつらと顔を合したくない。

  とりあえずガバッと布団に包まる。

  次いで襖が開けられた。




 「あ、いたよ!」

 「ほんと!?」

 「寝ているんかいな、これ・・・」

 「・・・・・」




  寝たふりだ寝たふり。

  そうすればこいつらも大人しく・・・




 『反応あり。間違い無く起きてますよマスター』

 「あれ、ホント?」

 (レイジングハートおおおおおおおおおおお!!?)




  ぐ、デバイスってそんな機能あったのか!?

  くそ、顔を会わせ辛い時に・・・




 「陣耶くん・・・?」

 「・・・何だよ」




  顔は向けずに受け答えだけ。

  非常に失礼なんだが・・・今は、顔を会わせたくない。




 「良かった・・・学校からいなくなったって聞いた時はどうしようって・・・」

 「大したことじゃねえから、そんな騒ぐ必要もないだろ・・・」




  また無駄な心配を掛けてしまった。

  だけど、俺は・・・




 「・・・ジンヤ、最近おかしいよ」

 「何がだよ」

 「変にうちらを避けてるやん、自分。自覚無しか?」




  いや、自覚はあったさ。

  俺はこいつらと意図的に距離を置いていた。

  それもやっぱり・・・知られたく、なかったから。




 「ふーん・・・何か私たちに言えないような後ろめたい事でもあるわけ?」

 「す、すずかちゃん」




  流石に、鋭いな・・・

  ああ後ろめたい。

  けど、俺がそんな思いをするぐらいでこいつらに余計なモン背負わせずに済むなら・・・それでいい。




 「私たち、みんな陣耶くんの事が心配なんだよ。だから―――」




  ああ、お前たちが優しいっていうのはよく知ってる。

  けどさ・・・だから俺は―――




 「うるせえよ」

 「え?」

 「うるせえっつったんだ・・・出てってくれ」




  だから、俺は突き放す。

  俺の甘えでこいつらに迷惑を掛けたくない。

  つまらない意地、だけど・・・俺には、もう・・・




 「待ってジンヤ、まだ―――」

 「うるさいって言ったんだ! 構うなよ!」

 「私たちじゃあ、聞いてあげる事も出来ないの・・・?」

 「お前らには関係無いだろ!」

 「っ、あんたなあ・・・みんなどんだけ心配してると思っとるんや!」

 「俺にはいい迷惑だ! 頼んでもいないのに絡んで来て!」

 「くっの・・・! いい加減にしなさいよあアンタ! 心配して来てくれたみんなに失礼じゃないの!?」

 「それが迷惑だって言ってんだ! 出てってくれ!!」




  ああくそ、こんな風に突き放そうとする俺に反吐が出る。

  もっと他に言い方はないかって言うけど・・・俺には、こんな風にしか突き放せない。

  トレイターもトレイターでただ見ているだけ。




 「アンタっ―――!」

 「アリサちゃん、待って」




  不意に、すずかがアリサを止めた。

  姿は見えないけど、強い声で。




 「すずか! このバカ一発殴ってやんなきゃ―――!」

 「待って」

 「う・・・分かったわよ」




  それで、その場に沈黙が流れた。

  俺は依然布団にくるまってあいつらに背を向けたまま動かない。

  頼むから、このまま・・・




 「―――陣耶くん」




  今度は、俺に声が掛けられた。

  また強く、それでいて静かな声。

  だけど俺は―――

  と、



 「えい」

 「どわっ!?」




  いきなり信じられない力で布団が引っぺがされる。

  布団にしがみついていた俺は実におかしな体制を取る。

  と、そこに更に逃がさないとでも言うかの様にすずかが馬乗りにのしかかって来た。

  ・・・こいつ、こんなに力あったのか。



  正面から、すずかの眼をじっと見る羽目になって・・・

  耐えきれず、目を逸らす。

  そして、また場に沈黙が流れる―――




 「・・・どうして?」




  ポツリ、とすずかが嘆いた。

  それは今にも掻き消えそうな・・・小さな声で。




 「どうして、そんな寂しい事を言うの?」

 「な・・・俺は」

 「どうして、怖いって言えないの」

 「っ―――」




  勘づかれてる―――

  ダメだ、このままじゃ俺は―――




 「どうして、一人で抱え込もうとするの」

 「だから、俺は―――!」




  何か言い返そうと思ってすずかに向き直って―――二の句が継げなくなった。

  あいつは―――




 「どうして・・・」




  その眼に、いっぱいに涙を溜めて・・・




 「どうして・・・私たちを、頼ってくれない、の・・・」

 「ぁ・・・」




  ぽたぽたと、涙が落ちては服にシミを作っていく。

  泣いているのはきっと―――何も言わない俺に、何も出来なかった自分に。

  優しいこいつは、泣いていた―――




 「怖いなら怖いって、言ってよ・・・助けてって、言ってよ・・・」

 「俺、は・・・」




  突き放さないといけないのに・・・

  きつく一言言って、それで帰れって言えば終わるのに・・・

  だけど、口を開いてもその先が紡げない。




 「私が怖い時に・・・助けてくれたのは、陣耶くんたちだよ」

 「・・・」

 「だから今度は私が、私たちが陣耶くんを助けたい・・・それじゃ、ダメなの?」




  やっぱり、すずかは気付いている。

  俺が他の何に怯えるのでもなく、俺自身に恐怖しているんだって事に。

  すずかだって自分が―――夜の一族という事が怖かったんだろう。

  だから、同じように自分に怯えている俺の事が分かった―――




 「私たちじゃダメなの? 陣耶くんの苦しみを、一緒に背負ってあげられないの?」

 「違う、そんなんじゃ・・・」




  堰を切ったように言葉を募るすずかに対して、たった一言が出ない。

  ああ分かっていたさ、どっちにしろこいつらにいらん気遣いをさせるなんて事は。

  けど、だけど―――




 「すずか、ストップ」

 「アリサちゃん・・・」




  と、今度はアリサがすずかを止めた。

  これ以上は平行線を辿ると考えたのか、それともすずかの感情が暴走しかけているからか・・・

  さっきの様に激高している訳ではないが、それでも見る者を圧倒しそうなほどのプレッシャーである。




 「ちょっとどいて・・・」

 「う、うん」




  アリサのプレッシャーに気圧されたのかすずかは素直に俺の上から退いてくれた。

  が、次の瞬間にはいきなり胸ぐらを掴み上げられてアリサの顔の高さくらいにまで引き上げられた。

  そのまま鋭い視線で射抜かれて―――




 「アンタ、いつまで一人で抱え込んでいるつもりよ」

 「・・・・・」




  返す答えは無い。

  そんな事、俺にだって分からないんだから・・・




 「・・・そう、そっちがその気ならこっちにも考えがあるわ」

 「な―――」




  にを、とは続かなかった。

  気づけば今にも触れそうな距離にアリサの顔があって―――って!?




 「な、何やってんだああああ!!」

 「わっ」




  全速力で後方に後ずさり!

  そんな俺をアリサは変わらずに鋭い視線で射抜いてきて―――

  そして俺と他の四人はというといきなりの事に顔が真っ赤である。

  二名ほど例外がいたが・・・




 「いきなり何をする!?」

 「何って、アンタが一人で抱え込もうとするのって要は私たちに対して遠慮があるからでしょ」

 「だからってこの突拍子の無い行動はなんだ!」

 「遠慮があるなら遠慮がいらない関係になればいいんでしょ」

 「な・・・」




  要はそういう事よ、なんて簡単に言って・・・

  ていうか、こいつの言う関係って・・・




 「お前、その意味分かって言ってんのか」

 「十分に理解しているつもりよ」




  こいつは冗談でこの手の事は言わない。

  だから嫌でもこいつが本気って事が分かってしまって―――

  分かってしまうから、こいつの行動に俺は憤ってしまう。




 「っ、何でだよ! 何でそんな簡単に―――!!」

 「分からない? 本当に?」




  分かったら苦労しねえしこんなに憤らねえよ!

  何だって俺にここまで―――!




 「そんなの―――アンタが友達だからに決まってるでしょうッ!!!」

 「〜〜〜〜〜!!」




  この部屋、というか隣の部屋にまで響くんじゃないだろうかというほどの怒鳴り声。

  そんなデカイ声を至近距離で出されたもんだから頭がかなりクラクラする。




 「っ〜〜〜〜、テメエなんつー声出してくれやがる!」

 「うっさいわね! それもこれも全部アンタが変に遠慮しているせいでしょうが!」

 「だからと言って近所迷惑考えろ! それでも良いとこのお嬢様かお前!」

 「だったら変な遠慮せずに私たちを頼ればいいでしょ!」

 「それとこれとは関係無いだろ!?」

 「うっさい! アンタはいつもいつも人の気も知らないで―――どんだけ心配してると思ってんのよ!」




  結局、また口論になる。

  だけど俺も枷が外れかけている。

  さっきみたいに追い返そうと言葉を選ばずに、ただ感情のままに―――




 「俺だって苦労してんだよ! 色々と考えたりしてるんだっての!」




  人の気も知らないで―――!




 「じゃあ何で私たちに話せないのよ! そんなに頼りない訳!?」

 「んな訳あるか! こっちだって大助かりしてるっての!!」




  実際何回も助けられてるっつーのに!




 「じゃあ頼りなさいよ! なんで何も言ってくれないのよ!」

 「言いたくない事の一つや二つくらいあるに決まってるだろ!」




  察してくれよ、頼むから―――




 「何でよ―――! 何で頼ってくれないの!?」

 「だからそれは―――!」

 「遠慮なんてしないでよ! 何でもいいからちゃんと頼ってよ!」

 「―――アリサちゃん?」




  それは、誰の嘆きだったか。

  けど騒がしかったその場に何故かはっきりとそれは響いて―――




 「お願いだから、それくらいの事は、させてよ―――」

 「―――アリ、サ」

 「私には魔法なんてないから、アンタたちの手助けなんてほとんどできない・・・だから、せめて、その位はさせてよ」




  ・・・気付いて、いなかった。

  忘れがちだけど、俺たちはかなり特殊な環境に置かれている。

  俺やなのは、フェイトにはやては魔法という特殊な環境。すずかなら夜の一族。

  だけどアリサは―――家がかなり大富豪ってだけで、それ以外は普通の一般人と変わらない。

  だからアリサは―――




 「私たち、友達なのに・・・友達を助けたいのに、助けられないのよ・・・」

 「ぁ・・・」

 「だから、せめて背負っている苦しみくらいは一緒に背負いたいのに・・・私はっ」




  友達を助けたい―――ただ、それだけの理由。

  それだけでここまでやれるこいつは・・・凄く優しい。

  それこそ、俺なんか比にもならないくらいに。

  優しいから、だからこんな―――傷つくようなモノは背負わせたくないっていうのに。

  なのに―――




 「そんな事くらいしか出来ないのよ、ただの一般人の私には・・・」

 「アリサちゃん・・・」




  ・・・折れてしまうのは簡単だ。

  折れずに我儘を通そうとするからどちらも傷つく。

  だけど、どちらにしろ傷ついてしまうなら・・・

  こんな重っ苦しいモノは俺だけで十分だって、そう思ってたのに・・・




 「私の我儘だって分かってるけど・・・けど!」

 「―――分かったよ」




  しかしどうも―――俺はこの手の方向に話を持って行かれると弱いらしい。

  んな顔されたら詰まんねえ意地通した意味がねえだろ・・・クソ。




 「アンタ・・・」

 「言っとくけど、これ聞いたからって無理に気負う必要はない。好きにしてくれればいい」

 「好きにって・・・陣耶くん、あんた」




  呆れた顔をされるが、まあ意味はすぐに嫌でも分かる。

  そうして俺は―――ポツリ、と語りだす。




 「俺な・・・人を、殺したんだ」

 「・・・・・え?」




  一瞬、何を言ったか分からないという顔をされる。

  まあそうだよな。俺だって目の前の奴が“人を殺した”なんて言い出したら耳を疑う。



  けど、事実なんだ―――




 「殺したんだよ、この手で・・・胸に、剣を突き立てて」

 「え、ぁ・・・」

 「殺、した・・・」

 「陣耶、あんた・・・」

 「・・・そんな」

 「・・・・・」




  みんな突然の告白に戸惑っている。

  事実を呑み込めなかったり、唖然としたり、戸惑ったり、色々だ。

  けど、卒倒されないだけ・・・まだ現実味に欠けているのか、冗談だと思われているのか。




 「陣耶、それはほんまか」

 「ああ・・・事実だ」




  例え誰かが嘘であってほしいと願ってもそれは叶わない。

  何故なら既に殺したという事実は過去の出来事だから。

  だから、このジクジクとした痛みも消える事は無い。




 「陣耶くん・・・なん、で・・・」

 「そうじゃないと・・・こっちが、殺されてた」

 「魔法を使って気絶させれば!」

 「それが通じない相手だっているんだ!!」

 「っ!!」




  魔法で気絶させれば―――ああ、それが絶対だったらどんなに良かっただろう。

  だけど世の中に絶対なんて事は無く、例外なんてモノはどこにでも存在する。

  そう、例えば―――薬を使って、痛覚などの類を麻痺させたり。




 「失敗が許されなかった。失敗すれば、その場で命が無くなる。そんな状況だったから―――」

 「そん、な・・・」




  だから確実に仕留めるために―――殺した。

  別に、他の方法は確かにあったのかもしれない。

  だけどそんな事を今行っても後の祭りだ。

  俺が人を殺したっていう事実は、もう揺らぐことは無い。




 「なあ分かるか、殺したんだよ・・・この手で、肉を斬って、骨を断って、臓器を貫いて―――」




  思っているより酷く軽く、残酷なくらい軽く剣が体を貫いて―――

  命って重いのに、奪うのはとても簡単な事で―――




 「そこから血が出てくるんだ。ビックリするくらいたくさん、鉄の匂いがしてて・・・」




  異臭が鼻を衝いて、頭の中をかき回して、前も後ろも右も左もぐちゃぐちゃになって・・・

  自分で、自分が、分からなくなって・・・




 「そしたら体がすぐに重くなって倒れるんだ。動かないのに血だけはずっと出続けて、止まらなくて―――」

 「ジン、ヤ・・・」

 「触ったらさ、冷たいんだ。人形かって思えるくらい、冷たくて・・・それで、人を殺したって、俺が、人が・・・俺がッ」

 「ジンヤ! もういい、もういいから!!」




  ぁ・・・あった、かい・・・

  誰、か・・・?




 「もういいよ・・・そんなに辛い思いまでして、話そうとしないで」

 「フェイ、ト・・・?」




  気付けば、フェイトに俺は抱きすくめられていて・・・

  その温もりが、俺には過ぎたものに思えてならなくて。




 「俺は・・・人を、殺した、殺せるんだ・・・今だって、お前たちを殺す事だって、出来てしまう」

 「陣耶・・・」




  俺は戦っている内に、いつの間にか、殺す側の人間になってしまっていて・・・

  その気になれば一方的に人を殺せてしまうなんて事実が、とても怖くて―――




 「俺は、殺す側の人間なんだ―――人を殺せるような、そんな人間なんだよッ!」




  ニュースで上がってるみたいに人を殺して、それでのうのうと今を生きて。

  あの時の様に、他人の命を奪って俺は生きている。

  けど決定的に違うのは―――自分の意志で命を奪ったか否か。

  自分の意志で殺しをやった以上―――どんな理由があれ、殺人者に変わりは無い。




 「だから、もう・・・」




  みんなとは、いられない。

  平和に今を生きている奴らに―――俺という争いの種なるような奴をわざわざ放り込む必要は無い。

  だから―――




 「けど、だからジンヤがここにいる」

 「・・・ぇ?」

 「ここに友達が―――ジンヤが生きていて、私たちの前にいる。私は、それで十分」

 「え、ぁ、ちょ・・・待って、待て」




  何を言ってるんだ―――

  それじゃあまるで、殺しても良かったって、そういう風に―――




 「何で、そんな事・・・」

 「ジンヤは私たちの友達だから。だから、他の知らない誰かが帰ってくるよりは―――私はジンヤに帰ってきてほしいって思う」

 「待ってくれ・・・それじゃ、殺した奴はどうなる。殺されて、そいつは・・・殺しても良かったって、そう言うのかよッ!?」




  分からない。

  何でフェイトがこんな事を言うのか、分からない。

  分からない、解らない、判らない、ワカラナイ―――

  なぜ、何故、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、どうして―――!?



  思考が混乱する。

  否定されてほしい筈の事がよりにもよって一番否定してほしい人物に肯定され、困惑する。

  疑問、懸念、焦燥、愚考、驚愕、希望、絶望が混濁し、前後不覚。

  疑問が懸念を呼び、焦燥が愚行を生み、驚愕が希望を絶望へ塗り替える。

  何から何までが否定されたような、そんな気分で―――




 「・・・それは、分からない」

 「ぁ、え・・・」

 「殺すっていうのは、本当にとても悲しい事。一番やったらいけない事だと思う」

 「なら、何で・・・」




  じゃあ何で、殺された奴がいてもそれでいいって・・・




 「それでも、生きていてほしいから」

 「生き、て・・・」

 「うん。ジンヤは、私の友達―――とても大切な人。だから・・・」




  殺さずに死んでしまうよりは、生きていてくれる方がずっと嬉しい、そう言った。




 「陣耶くんが自分が怖いなら・・・私たちが、それを乗り越えられるように支えるから」

 「アンタは一人じゃ碌な方向に行かないって改めて身に染みたからね。付き合ってあげるわよ」

 「うちらの仲やろ。遠慮せんと甘えてええねんで」




  みんな口々に、誰も彼も優しい言葉を投げかけてきて―――




 「ちょっと待て、俺は人を殺して・・・」

 「でも、陣耶くんだから」




  俺・・・だから。




 「陣耶くんは、人を殺してしまって・・・それをいい事って思っているの」

 「違う! 俺は、人を殺したくなんて・・・!」

 「なら、陣耶くんは私たちがずっと友達だった陣耶くんだよ」




  そう言ってなのはが戸惑いながらも微笑んで・・・




 「いつか、言ってたよね」

 「・・・何を?」

 「私が私だから、陣耶くんは友達なんだって・・・だから、陣耶くんが陣耶くんだから、私たちは友達なの」

 「ぁ・・・」




  俺が俺だから・・・

  だけど、それは・・・




 「それじゃあ、理由になんてならない・・・」

 「そうかもしれない。けど・・・大切なのは理由じゃなくて、その後」

 「後?」

 「うん。どうすればいいかなんて全然分からないけど・・・それでも、何もしないよりはいいと思う」




  ・・・




 「何が正しいかなんて、私たちにも分からないよ。けどね、私は陣耶くんがここにいてくれて・・・凄く嬉しい」

 「だから、私たちはジンヤの力になりたい。まずは、ジンヤが自分を許せるように」

 「俺が俺を・・・許す、か」




  何だ・・・結局は、振り出しに戻ったのか。

  は、はは・・・そうだ、そうだよな。




 「力になりたいから、一緒に向き合いたいから・・・だから、傍にいるよ」

 「・・・ああ、そうだよな。過ぎた事に囚われるんじゃなくて、それとどう向き合うか・・・そういう事か」

 「うん」




  ははは・・・そんな事、今更気付くなんてな・・・

  ほんと、バカだよ・・・俺も、お前らも。



  だけど・・・




 「なあ・・・」

 「何?」

 「ちょっとだけ、情けないの、見せる・・・」

 「・・・うん」




  だけど、俺は・・・




 「う・・・ぁ・・・!」




 (お前は、その結果にすら後悔してるのか)




  答えはまだ出ないけど、だけど―――




 「怖かった・・・怖かったんだ・・・ッ!」

 「うん・・・うん」




  傍にこいつらが―――友達がいてくれるなら。

  震えながらでも、こうして温もりを分けてくれるこいつらと一緒なら。




 「うぁ、あ、ぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」




  いつかきっと―――答えに辿りつけるって。

  そう、信じてる。










  おまけ




 「ねえアンタ・・・」

 「にゃ? どうしたのアリサちゃん」

 「いー加減に聞きたいんだけど、アンタって陣耶の事好きなわけ?」

 「うん、大切な友達だもん」

 「いやそーじゃなくてさ」

 「リハビリの時はたくさん支えてもらったから。だから、今度は私が支えてあげたいって」

 「それで・・・友達なわけ?」

 「うん!」

 「はぁ・・・・・恭也さん、なのははぜーーーーーったい貴方に似ました。なので責任もって修正してください」

 「嫌だ」

 「はぁ・・・」











  Next「紅い夕暮れ」











  後書き

  うん、正直やっちまったZE☆

  いやもうほんと調子乗っちまったい・・・なにやってんのアリサああああああああ!?

  書いている内にキャラが暴走してその様をありありと指が、指が・・・!

  あまりにもインパクトが強くて他の人たちが空気だ。もっと精進しろ、俺・・・

  あ、その前に国家試験どうにかしなくちゃ・・・

  本当、一日が48時間あればいいのに(ぁ

  では、また次回―――








作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。