・・・何だか、周りが騒がしい・・・

  微かに聞こえてくる歓声・・・

  一人や二人じゃなくても、もっと多くの人の。

  けど聞こえてくるのは微かな歓声。

  俺は・・・?




 「・・・・・」




  重い瞼を開けばそこは暗い場所。

  何やら見た事も無い機械類でごたごたしている。

  その向こうから照明の明かりが少しばかり差していて・・・

  そこから見えるのは・・・フィアッセさん?

  歌っている所を見ると・・・そっか、無事にコンサートは開けたのか。

  ・・・・・




 「目が覚めたか?」




  不意に声が掛けられた。

  首を横に捻れば、そこにいたのは恭也さん。




 「どうだ、気分は」

 「・・・最悪ですね」

 「そうか」




  それだけで会話はぷっつりと途切れる。

  その時、改めて思い返した。




  肉を分ける感触。

  臓器の脆さ。

  流れ出る紅い血。

  むせ返る様な鉄の匂い。




 「っ、ぐ、ぉぶ・・・」

 「大丈夫か」




  差し出された洗面器に腹の中の物を全部吐き出す。

  方向感覚が無くなって、視界が回り、頭の中はぐちゃぐちゃになって、俺がかき乱される。


  ああ、そうだ・・・




  俺は、人を殺したんだ―――










  〜A’s to StrikerS〜
         Act.10「残るモノ」










  フィアッセさんのステージはその歌声や歓声によって賑わっている。

  だが、その裏方は打って変わって180度雰囲気が逆である。

  まあ原因は俺なんだけど。




 「・・・・・」

 「・・・・・」




  お互いに会話が無いままに時間が過ぎていく。

  話題も無く、互いに声を掛け辛く、ぎこちない空気だけが流れる。


  くそ、こういう空気は苦手なんだ・・・




 「・・・その、すまなかった」

 「・・・どうしたんですか、いきなり」




  知らず、声が硬くなる。

  理由は・・・言うまでもない。

  俺にそんなつもりが無くとも、どうしても、そう思わずにはいられない・・・




 「君を、こんな事に巻き込んでしまったことについて、謝罪したい」

 「・・・・・」




  恭也さんがこちらに向き直って頭を下げる。


  ・・・そう、事の発端は恭也さんの一言から。

  つまり根本的な原因は恭也さんが大きいわけで―――


  俺だって、そんな事を考えたくなんてない。

  だけど恭也さんが俺を巻き込んだというのも一つの事実で―――


  けど・・・それを責める資格は、俺には無い。




 「確かにきっかけは恭也さんかもしれません」

 「ああ・・・」

 「だけど、それを責めるつもりなんてさらさらありませんよ」




  どんな事情があろうと最終的に関わる事を選んだのは他でもない俺だ。

  そのケジメは自分でつけるべきだし、ましてや他人に擦りつける様なものでもない。




 「決めたのは俺です。その責任は恭也さんには無い」

 「―――すまない」

 「だから・・・」




  ああ、やっぱり似ているのかもしれない。

  こうやってずるずると引きずる部分とか、特に。




 「俺は少し外を見回ってくる。君はもう少しここで休むといい」

 「そうさせてもらいます」




  正直、今は動く気力が無いからありがたい。

  それで恭也さんが裏口から出て行き―――




 「―――いい加減に覗き見はやめろよ、お前」

 「失礼だな、主を温かく見守ってると言ってくれ。それに今回は恭也にここにいると言っていたぞ」




  物陰から姿を現したトレイター。

  関係者じゃない奴がここに入って・・・あの場に居合わせたから関係者、なのか?

  まあ、こいつの事だから口先八寸でどうとでもごまかしたんだろう。


  体を起こす。

  トレイターが俺の隣に腰を下ろして、沈黙が流れる。




 「・・・・・」

 「・・・・・なあ」

 「なんだ?」

 「俺さ・・・人を、殺したよ」

 「そうか」




  それだけ。

  こいつの事だからそんな大仰に反応しないとは思っていたけどさ・・・

  それにしても端的過ぎやしないだろうかこの反応。




 「辛かったか?」

 「は?」

 「辛かったのか、と聞いている」




  視線はどこかを見つめたままでこっちを向いてない。

  それでも意識はこっちに向いていて・・・




 「・・・そりゃ、辛かった。怖くて、泣きそうになって、俺が」




  俺が人の命を奪ったっていうのが何よりも怖くて―――




 「あんな光景は見たくないって、そう思ってたのに・・・俺は自分で、それを再現した」

 「・・・・・」




  人が死にゆく様を見ていて、そんな悲しい思いをしたくなくて。

  だけど、俺は―――




 「でも、仕方が無かったのだろう」

 「っ―――」




  ああそうだよ、仕方が無かった。

  あのままじっとしていれば俺もあの子もあの男に殺されていた。

  けど、それは―――




 「・・・だからって、殺した事を気にするなってか」

 「そうは言ってはいない。ただ、お前にはそうするだけの理由があった。違うか?」

 「―――ッ!」




  だからって、それが人を殺していい理由になんかなりはしない!

  それを認めてしまえば、俺は!




 「・・・・・認めろ。お前は生きるために他人をその手に掛けた」

 「だけど、だけど―――!」




  認めてしまえば、そんな理由で、全てが正当化されてしまう。

  そんなのは、嫌だ・・・嫌なんだ・・・




 「俺は・・・」

 「・・・すまない」




  いきなりの事だった。

  急にあいつがこっちを向いて、俺を正面から抱いて―――




 「え・・・」

 「お前にまた、業を背負わせてしまった。お前はまだ幼いというのに」




  そのままトレイターが語りかけてくる。

  その言葉から感じ取れるのはただ、悲しみ・・・

  声は微かに、震えていて・・・




 「本来ならばそれは、私がお前の代わりに背負うべきのものなのだがな」

 「お前、何で・・・」




  語りかけてくる声はとても物哀しそうで・・・

  いつものあいつからすれば、それがとても珍しくて・・・




 「主の身を思わぬ従者が、どこにいる?」

 「・・・トレイ、ター」




  ・・・こいつがここまで悲しみとかそう言うのを見せるのは珍しい。

  俺も、こいつのこんな声を聞いたのは・・・まだ会って間もない頃だけだ。

  つまりは、俺がこいつにこんな情けない気持ちにさせてしまったわけで・・・




 「だからせめて、泣きたい時に泣けばいい」

 「・・・・・」

 「人を殺めてしまった事は辛いだろう。だが・・・泣きたい時に泣けぬ方が、よほど辛いと私は思う」




  それは、まだ俺と出会って無かった頃、遥か昔に、自らの役目に疲れ果てた―――




 「だから、泣いてくれ。お前がお前で在れるよう」

 「俺、は・・・」

 「心配しなくともここには私たち以外誰もいない。あちらに聞こえる事も無い。それに―――」




  トレイターは腕に一層力を籠めて―――




 「お前がそんな顔をしている事の方が、私にとっては辛いんだ」




  ・・・もう、だめだった。

  優しい言葉に、今までずっと抑えてきたモノが、溢れて来る。




 「う、ぁ・・・」

 「泣けばいい・・・私が望むのは、お前がお前で在れる明日だ」




  怖かった、辛かった、悲しかった、逃げ出したかった。

  嫌になって、意地を張って、目を背けて・・・

  現実を突き付けられて自分を見失って、体が竦んで・・・

  ただ怖かった、悲しかった。


  俺は―――人を殺すなんて事は、したくはなかった・・・!




 「あ、あぁ・・・!」




  泣いたら全部崩れてしまいそうだった。

  殺したという意識に潰されて、きっとそこで止まってしまうって。

  それが、怖くて・・・


  だけど、それ以上に、俺の身を案じてくれる奴がいた・・・




 「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」




  溢れ出した涙は、叫びは、止まらない。

  傷は癒えない、いつまでも。

  けど、それでも・・・俺にはこうやって、泣ける場所があったんだ・・・










                    ◇ ◇ ◇










 「・・・って事だ」

 「ふむ、とりあえずは無事ですんだという事か」




  まーな。

  ていうかあいつもなんつー無茶しやがる・・・あのまま木っ端微塵に吹っ飛ぶつもりだったってか?

  なっさけねえ・・・




 「いつになく不機嫌だな」

 「うっせーよシグナム」




  速攻で約束を反故にしようとした奴に腹立てて何が悪い。

  とりあえず目を覚ましたら顔面に拳を五発ほど入れてやる。




 「しかし、トレイターだけでなくシャマルまでもが探索を行ってたというのに認識できぬとはな」

 「あいつへったくそな認識阻害と防御の結界張って行きやがったからな」

 「けど・・・その結界の認識阻害の度合いってどれくらいのものなのかしら?」




  どれくらいって、そりゃ・・・結界張ってもあたしは普通に認識できたから精々魔力無しの一般人が見えねえ程度か?

  そこんとこ詳しく知らねえ・・・




 「まー精々一般人が見えねえ程度だろ、あんなんじゃ」

 「・・・おかしいわね」

 「あん?」

 「その位の認識阻害ならサーチャーに引っ掛かってもおかしくないんだけど・・・」




  どこか間違えたのかなあ、と首を傾げるうちの参謀。

  ったく、こんなんで大丈夫なのかよあたしら守護騎士・・・




 「時に皆よ」

 「あん? おう、戻ったのかザフィーラ」




  さっき見た時は狼だったのがもう小犬に戻ってやがる。

  ・・・戻ってるって思う辺り子犬が定着してんだな。




 「何か?」

 「いや、別に」

 「・・・まあいい。それで皆よ」

 「あんだよ」




  今あいつをどうブッ飛ばしてやろうか考えてんだから邪魔すんなって。




 「主たちへの元へ還らなくてよいのか?」

 『・・・あ』




  ・・・・・忘れてた。あたしら全員トイレつって抜け出してきたんだっけ。

  ああああどうするどうしよう今だけ長い時間席を外したらいくらなんでも怪し過ぎる!?




 「し、しまった! く、今から間に合うか・・・!?」

 「なりふり構ってはいられん、急ぐぞ烈火の将!」

 「はわわ、ちょ、待ってー!」

 「・・・さて、我も逝くとしようか」

 「字が違うぜ、ザフィーラ・・・」




  ああ、これで三日間アイス抜きかなあ・・・・・










                   ◇ ◇ ◇










  ―――あの事件からいくばくかの時が過ぎた。

  フィアッセさんは無事にコンサートを終え、次のコンサートを開く国へと今まさに飛び立とうとしている。

  俺たちはそんなフィアッセさんの見送りに来ていた。

  来ていた、のだが・・・




 「なのはちゃん、久しぶりー」

 「にゃはは、久しぶりですー」

 「なのは、フィアッセさんと知り合いだったんだね・・・」

 「くう、ナマで有名人と会えるとは・・・高町家の交友関係、恐るべしや」




  ・・・なんでこいつらまでここに居るのだろうか。

  いや、まあ理由というか原因の想像はつくのだが。




 「・・・恭也さん?」

 「い、いや、なのはがどうしても会いたいと言うのでな・・・」

 「仮にもフィアッセさんの護衛している人がそんなんでいいんですか・・・」

 「面目ない、私もフィアッセに押し切られてしまってな。フライトギリギリまで友人と話がしたい、と」




  ホント、苦労しますねエリスさん。

  向こうでにぎやかに友人との久しぶりに親交を深めるフィアッセさんとなのは。

  普通に巻き込まれてるフェイトやはやても結構絵になってるってーかそこだけ空気が違うなあ。

  なんか妙に暖かいって言うか・・・




 「そう言えば、まだ君には礼を言ってなかったな」

 「は? ・・・俺、なんかしましたか?」




  正直言って場をかき乱すことぐらいしかやってないと思うんだが・・・




 「あの時、君が来てくれなければ恭也が来る前にフィアッセは連れ去られていただろう。だから、ありがとう」

 「・・・え、あ、はい。どういたしまして」




  あの時は色々と混乱していたから・・・ただ、がむしゃらに突っ込んだだけだ。

  って、あ・・・そういやあの時・・・




 「あ、あのー、エリスさん・・・」

 「何だ?」

 「ええと、その、あの光については・・・」

 「ああ、あれなら気にしなくていい。私も深くは首を突っ込まないでおこう」

 「ありがとうございます・・・」




  あ、あっぶねええええええ!

  いくら混乱してたとはいえディバインセイバーは流石に目立ち過ぎる。

  あれを突っ込まれたら言い訳に非常に困るところだ・・・




 「奴らの依頼人も片付いたらしいからな。もうこのコンサート中に襲われる事はほとんどないだろう」

 「そうですか・・・良かった」




  色々と・・・色々とあったけど、それでも・・・守る事は、出来たんだ。




 「さて・・・私は恭也と話でもしてくるよ」

 「そうですか。じゃあ俺はあそこに混ざろうかな」




  そう言って別れる。

  とは言ったものの・・・俺はあの輪の中に入りあぐねる。




 「・・・・・」




  なんとなく、踵を返してあいつらとは少し離れた位置に腰を下ろす。


  ・・・駄目だな、一向に気分が乗らない。

  あの一件の後どうにもあいつらとは顔を合わせづらい。

  あんな事があったからか、それとも俺が人を傷つけてしまったからか・・・そんなこと、俺にだって分からない。

  ただ一つ言える事があるとすれば、俺はいつまでもこれを引きずるだろうという事。


  あの日の、両親が俺を護ってくれた事と同じように、ずっと―――










                    ◇ ◇ ◇










 「・・・ジンヤ、どうしたんだろ」

 「むう、やっぱ気になる?」

 「だって久しぶりに会ったっていうのに陣耶くん暗い顔してるし・・・」




  どこかよそよそしいんだよね、今のジンヤ。

  関わりを持ちたくないっていうか、放っといてくれっていうか、そんな感じで。




 「むう・・・フィアッセさん、陣耶くん何かあったんですか?」

 「あ、えーと、その・・・」




  ジンヤって普段は好き放題言う割に変な所で私たちに気を使うから。

  自分が悩んでいる事すら抱え込んで私たちに心配をかけないようにしたり・・・

  そうやって私たちの事を気遣ってくれるのは嬉しいけど、それ以上に心配。

  抱え込んでいるままじゃ私たちは何の助けにもなれない。

  助けてあげたいのに何も出来ないって、凄く、辛い・・・




 「えっとね・・・陣耶くんは言ってほしくないっているんだ」

 「うう、だけど・・・」

 「だから・・・本人に直接ぶつかって聞きだしちゃえ」

 「にゃ!?」




  そ、そんな簡単に・・・

  こういう時のジンヤって頑固だから、それが出来れば苦労しません、はい。




 「あはは、けどね・・・これだけは聞いて」

 「はい?」




  途端、フィアッセさんは真剣な顔になる。




 「彼に―――陣耶くんに何があっても、それで彼を嫌わないであげて」

 「え?」

 「お願い。彼―――きっと今はとても、脆いから」




  どこまでも真摯に、悲しそうな眼をして―――

  ・・・うん、大丈夫。




 「フィアッセさん、大丈夫だよ」

 「私たちは何があっても、ずっと友達でいるって―――そう、決めてるから」

 「まー今まで色々とありましたし。今さら何かあっても陣耶の事を嫌いになろうなんて思えませんよ」




  友達―――そう、私たちは友達だから。

  だから、嬉しい事も悲しい事も辛い事も全部―――全部、一緒に背負っていけるって。

  私は、そう思ってる。




 「そっか―――うん、陣耶くんは素敵なお友達に恵まれてるんだね」

 「にゃはは、それほどでも」




  とは言っても・・・もうあと数日で学校だし。

  聞く機会があるとしても少し落ち着いてからかな。

  それまでに陣耶が悩みを解決できていればそれにこした事はないんだけど・・・




  目を向ける。

  ジンヤは、ずっと遠い空を眺めていた―――










                    ◇ ◇ ◇










  その日の夜。

  俺とトレイター、それと守護騎士連中は揃ってクロノと顔を合わせていた。




 「・・・そうか」

 「・・・・・」




  守護騎士たちが動いたのはトレイターの独断。

  爆弾処理の際、配線のどれを切ればいいかというのは物質の解析をすればすぐに分かったとの事。


  物質の解析、把握、理解、記憶―――これが高速学習機能のプロセス。

  これは魔法へも通用するんだが・・・俺の場合、そんな事をすれば脳の処理が追いつかずにパンクする。

  精々解析と把握が関の山だ。


  で、指示を受けた守護騎士たちが爆弾処理に乗り出し、途中で遭遇した刺客たちは尽く撃退したとの事。

  どいつもこいつも守護騎士たちの足元にも及ばなかったらしく傷一つ無い。


  そして俺といえば―――




 「―――」

 「―――」




  沈黙が痛い。

  ・・・人を傷つけ、あまつさえ殺したんだ。

  何らかの処罰くらいは覚悟している。




 「・・・確認するぞ。君はまだ幼い少女を発見、そこに銃を持った男が現れこれを防衛のために殺害」

 「・・・ああ」




  クロノの眼は鋭い。

  目の前に殺人犯がいるとなればそれも仕方のない事だが。


  何にせよ、クロノは今非常に怒っている。




 「君は、それについてどう思っている」

 「・・・正直、すっげえ怖い。人の命を奪うのがどれだけ重いかって、思い知らされた」

 「・・・」

 「けど、それであの子を守れたんだ・・・なら後は俺がどうなっても、受け入れるだけだって、そう思っている」




  理由が何であれ、俺は人を殺した―――

  そのケジメはつけるべきだ。




 「・・・まったく、僕もとんだ弟子を取ったもんだ」

 「すまん」

 「どこか捻じ曲がってしまわないかと思っていたが・・・根本的な部分は変わってないみたいだな。馬鹿のままだ」




  そんな、どこか諦めたような声を出して―――

  ・・・そこで全員そろって何で頷く。




 「なら―――君に対して特に処罰は行わない。これが君にとっての『罰』だ」

 「・・・ったく、手厳しい」




  いっその事すっぱりと切り捨ててくれればどれだけ楽だったか・・・

  どうにも俺のお師匠さんはそう言った甘えすら許してくれないらしい。




 「―――この事、あの五人には?」

 「言ってない。余計に気を遣わせる必要もないだろ」




  あいつら、知ったら知ったで悲しむだろうし。

  それに、それ全部ひっくるめて一緒に背負おうとする―――

  こんなもん、背負うのは俺だけで十分だってのに。

  それでも、あいつらが一緒に背負おうとするなんて思ってしまうのは俺の甘えだろうか・・・




 「それじゃあ、君はこれからどうする」

 「・・・分かんね」




  こんな短い期間にたくさんの事がありすぎて―――整理なんてついちゃいない。

  俺は本当はどうしたいのか、何がしたいのか・・・

  今までは、ただ漠然と守るための力が欲しかった。

  あの事件の時の様な事があれば、また守れるように。

  だけどそれは逆に相手を傷つけるって事で―――

  そんな事、考えもしなかった。

  戦う覚悟なんて、ほんとは少しもできちゃいなかったんだ―――




 「・・・少なくとも、今は答えはない。けど」

 「・・・けど?」

 「それを見つけるために、これから少しずつ、ちゃんと考えていきたい。俺が本当は何がしたいのかっていうのを―――」




  もしかすれば、そんな都合の良い事なんて見つからないかもしれない。

  だけど、それでも、どれだけ時間がかかっても―――




 「納得のいく答えを見つけてみせる。俺が、俺でいられるように」

 「そうか。期待はしないでおこう」

 「ほんと、手厳しいな・・・」




  けど、それでいいんだ。

  人を傷つける以上、俺はちゃんと向き合わなきゃならない。

  自分の持つ力を、その意味と責任と―――










                    ◇ ◇ ◇










  ―――あれから数日。

  私たちは今、なのはのお家で春休みの宿題の最後の仕上げの最中です。

  特に私は入院していた時期が長いので・・・

  みんながノートを取ってはいてくれたんだけど、文系がダメダメです・・・




 「ほれ、ここが指しているのはつまりはだな―――」

 「あうー???」

 「あかん陣耶くん、なのはちゃんちょっとオーバーヒート気味や」

 「むう・・・ちょっと休ませるか」




  はい、とフェイトちゃんからお水の入ったコップを・・・

  ごくごく・・・あー、生き返る・・・




 「なのは、大丈夫?」

 「うん、まだまだイケるよ」

 「とか言って・・・まーた無茶はしてないよなあ、なのはちゃん?」

 「あう、大丈夫です・・・」




  信用無くしてるなあ・・・仕方がないんだけど。

  もうちょっとしたら車椅子生活ともお別れ。

  それまではちゃんと大人しくしてなさいって散々念を押されたのでじっとしてます。

  時々体を動かしたくなるけど・・・また、あんな風に心配を掛けたくないから。




 「まあこの分なら夕方には終わるだろ」

 「そうだね。それまでもうちょっと頑張ろっか」




  みんなでちょっとしたお菓子を摘みながらこうやってお勉強するのって・・・ほんとにいつ以来だろ。

  入院する前だから少なくとも・・・




 「ほい、ここ間違い」

 「にゃ!?」




  あうう・・・こんな調子で学校のお勉強についていけるのか非常に心配です・・・

  Sランクの試験も控えてるのに大丈夫かな本当・・・




 「どーした、憂鬱な顔をして」

 「ううん、私の未来が心配になっただけ・・・」




  どうか、未来の私は文系が人並みにできますように―――




 (・・・ねえ、なのは)

 (どうしたのフェイトちゃん)

 (うん、ジンヤの事なんだけど・・・)




  陣耶くん―――


  フィアッセさんのコンサートがあってから・・・ううん、日本に帰って来た時から、ちょっと様子がおかしい。

  今でこそ普通に私たちと一緒にお勉強しているけど・・・




 (ジンヤの悩みってもう解決しちゃったのかな)

 (そうだといいんだけど・・・)




  あの時みたいにあからさまな違和感を感じている訳じゃないけど・・・

  けど、今の陣耶くんを見ていると・・・どこか、安心できない。




 (やっぱり、聞いてみた方がいいのかな)

 (難しいよね・・・放っておいてほしいのか助けが欲しいのかなんて分からないし)




  フェイトちゃんと出会ったころの私なら迷わずに聞いていただろうけど・・・

  今は、それが出来ずにいる。

  私が陣耶くんに負い目を感じているのか、それとも―――




 (聞く事を・・・怖がってる?)




  だとしたら・・・情けないかな、私。

  友達なのに、聞いてあげることすら出来ないなんて。




 (なーんや二人してさっきから陣耶くん見つめて。二人ともお熱?)

 (にゃ、そ、そういう事ではなくてですね・・・)

 (? 私は別に熱はないけど・・・)




  あうう、はやてちゃんのこの冗談には妙に慣れないなー。

  フェイトちゃんは意味が分かってないみたいだから・・・被害をこうむってるのは私だけ。

  うう、ちょっと恨めしい。


  ちょっと一息吐いて、陣耶くんに目を向ける。




 「・・・あん? どした」

 「ううん、何にも」




  やっぱり、今の陣耶くんを見ていると何か胸に引っ掛かる。

  ・・・それが、思い過ごしであったらいいけど。




 (何もなくて、今の日常がずっと続けばいいのに―――)




  不意に、そんな事を考えてしまった。

  何でそう思ったんだろう・・・理由は分からない。

  けど、一つだけ言える事は―――




 (―――私は、ずっと願ってる)




  この些細な日常が、ずっと終わらずに続けばいいって。

  この楽しい毎日を、私たちみんなで―――










                    ◇ ◇ ◇










  さて、もうすぐ終わるな。

  これで安心して残りの休日を過ごせるってもんだ。

  懸念事項だったなのはの宿題も無事終わりそうだし・・・




 (陣耶、聞こえるか。今日の夕飯だが・・・)

 (お、トレイターか。食材の買い出しなら駅前のスーパーが今日は安いぞ)




  今日は豚肉が安い筈だ。

  今日は豪勢に豚生姜焼きでも作るか?

  にしても念話なんて忙しくてここ数日やってねえ・・・




 (・・・おい陣耶、何かあったか?)

 (は? 別に何もねーけど)




  お菓子をパクつきながらごく普通に勉強会しているが。




 (陣耶・・・? おい、返事をしろ)

 (あのな、返事してるだろ。何わけの分からん事を言って―――)

 (返事をしろ! おい、陣耶!!)

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」




  っの、いきなり頭の中で怒鳴りやがって―――!!


  空間パネルをクラウソラスに開かせる。

  当然、トレイターの所にだ。

  なのは達はいきなり何をしているのかと目を向けてくるが、無視。

  文句の一つでも言わなければ気が済まん―――!




 『っ、陣耶』

 「トレイター、てめえいきなり人の頭の中で怒鳴り散らすとは一体どういった了見だ!?」

 『・・・お前が念話を返してこないだからだろう』

 「返してただろうが!」

 『返ってきてないから私は焦ったんだが』




  ・・・・・念話が、返せてない?




 「えっと、一体どうしたんですかトレイターさん」

 『私がそこにいる奴に念話を飛ばしたんだがな。全く返事が返ってこなかったのだ』

 「・・・クラウソラス」

 『私の方でも、マスターが念話を使った様には見受けられませんでしたが』




  おいおいおい、そりゃ一体どういう・・・




 (陣耶くん、聞こえるかー?)

 (? どうしたんだよはやて。至近距離にいるっつうのに)

 (・・・・・)

 (おーい?)




  何のつもりだ、とはやてに抗議の視線を送ってみるものの逆にキッツイ視線を返される。

  ・・・何だ?




 「・・・アカンな」

 「何がだよ」

 「陣耶くん、ほんまに念話が返せてへん」




  ・・・へ?




 「ちょっと待て、それって―――」

 「自覚無しみたいやな。自分、まともに念話使えてないよ」




  どういう事だよ、それ・・・




 「は、はやてちゃん、それって・・・」

 「今は念話だけ確認できた訳やけど・・・まずいな」

 「何が・・・まずいの」

 「―――念話が使えへんだけかもしれん。せやけど、最悪の場合やけど」

 『下手をすれば、今の陣耶は魔法がまったくもって使えない状態にある―――ということか』




  一体俺に、何が起こったっていうんだよ――――――











  Next「傍にいるから」











  後書き

  とらハOVA編も終了ー・・・って、ラストが短い・・・・・

  なにかとらハ勢が空気すぎて「入れる意味があったのかー」と突っ込まれるのが非常に怖いです・・・

  それはさておき、陣耶を襲った不測の事態。まほーが使えません。

  何がどーなっているのやら訳が分かりません。

  この先がどうなるか知っているのは・・・神だけですね、ハイ(ぇー

  あと関係無いですがマンキン完全版最終巻ゲッツ! ハオの強さにたまげましたね・・・

  葉のあのユルさ、見習いたいです・・・(ぁ

  それでは、また次回で・・・








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