―――命は、何にだって一つだ。

  限りあるモノだからこそそれを大切にし、尊重し、守っている。

  だって、それが無くなってしまえば、全てが終わってしまうから・・・

  それを知っているからこそ慈しみを覚え、優しさを覚え、命の尊さを知る。




  なのに―――なんで・・・・・




 「・・・・・」

 『・・・マスター』




  目の前に倒れ伏し動かぬ男。

  その身を包む服は朱に染まり、周囲には紅い水たまりができている。

  それは文字通り・・・命そのものであり・・・




 「俺、は・・・」




  こんな光景を作り出したのが他でもない俺だという事―――

  護りたかった、見たくなかった、生きたかった、死にたくなかった・・・

  俺は、自分自身のエゴで他人の命を―――




 「俺は・・・」




  信じたくなかった、認めたくなかった。

  俺が、俺自身があの光景を再現した事は・・・

  人の命が失われていく、あの悪夢を―――繰り返したく、なかったのに・・・




 「・・・・・」




  ああ、分かっていた。

  戦いなんて、本当はこんなものなんだって。

  あんな風に想いが通じるなんて、本当は奇跡みたいな事なんだって。

  戦い続ける以上、誰かを踏み躙る事になるんだって・・・

  だけど、目を逸らした。

  甘い幻想に縋りついていたかった。

  傷つけずに、踏みにじらずに―――命を、奪う事も無く・・・

  そんな風に、戦えるんだって。

  だけど・・・




 「・・・・・」




  訳も無く、上を仰ぐ。

  目に入った光景の全てがとても脆く、儚く見えた―――










  〜A’s to StrikerS〜
         Act.9「血濡れの刃」










  コツコツと、静かな足音が聞こえた。

  一瞬だけ警戒したが、すぐ止めた。

  だって、この魔力は知っているから―――

  これはあいつの―――




 「よう、シケたツラしてんじゃねーか」

 「・・・ヴィータ」




  夜天の王、八神はやてにつき従う四人の騎士団。

  その内の一人、鉄槌の騎士の名を持つチビッ子、ヴィータ。

  今纏っている物は私服ではなく騎士としての戦闘服―――深紅の騎士甲冑にあいつは身を包んでいる。

  そればかりか相棒のグラーフアイゼンまで構えていて・・・




  そんなあいつは、俺の目の前に広がる光景を物ともせずに近づいて来た。




 「何やってんだよ」

 「・・・それは、こっちのセリフだよ。何でこんなとこにいるんだ」

 「・・・野暮用だよ。あたしたちの楽しみに水差そうなんて無粋な奴らにな」




  気軽そうに話しているもののその目は鋭い。

  目の前の光景と、そして俺の手を見比べて・・・




 「何があったか、なんて馬鹿な事は聞かねえ。ここは戦場だからな」

 「・・・ああ」




  つい最近まで他愛のない言葉のように思えた言葉が、今の俺には重く圧し掛かる。

  そう、戦場だ。

  人の命を奪い、他人の生き血をすすらなければ生き残る事の出来ない地獄―――




 「―――ッ」




  瞬間、脳裏にイメージが湧く。

  辺りを煉獄が燃やし、あらゆる人という人の首が、手が、脚が―――

  そこから流れ出る深紅の命と、漂うアノ匂い、臭気が―――




 「う、ぶっ、ふ・・・っ!」




  腹から何かが込み上げてくる。

  急にせり上がってきたそれを吐き出すまいと手で口を塞いで―――

  次の瞬間には、何故か地面が酷く近かった。




 「・・・あ、れ」

 「ったく、世話焼かせんじゃねえよ」




  いつの間にか俺はヴィータの腕に体ごともたれかかって―――いや、支えられていた。

  そうやってようやく、俺が倒れたという事を認識する。




 「・・・すまん」

 「いーよ別に、素直なテメエなんざ気持ちわりい」




  臆面も無くそう言った事を言ってのけるヴィータ。

  それは、この光景に動じることも無く―――




 「何も、思わないのか」

 「あん?」

 「殺したんだぞ、俺は・・・命を、この手で・・・」




  傷つけてしまった。奪ってしまった。

  もう元に戻る事は無い。

  俺は、この手を血に染めた―――

  手を握るが、何も感じない。




 「・・・まあ、やっちまったかって程度には思う」

 「軽いんだな」

 「慣れちまってんだよ、どうにもな」




  ・・・そうか、忘れていた。

  こいつ―――ヴィータは、いやヴィータだけでなく守護騎士のみんなは、等しく人の死を見て来たんだ・・・

  はやてよりも前の主人達による蒐集に次ぐ蒐集。

  その中にはやはり、手段を選ばない者や非人道的な手段を用いた者もいたのだろう。

  だから、こんな光景に嫌悪感を抱きこそすれ目を背けることは決してない。

  はやてに出会うまでずっと戦場で生きてきて、泣く事も、笑う事も知らず・・・

  それ故の戦場へ立つ覚悟。

  それは、命を奪う―――




 「いつまでもウジウジしてんじゃねーぞ。やっちまったもんは仕方ねえんだ」

 「っ、仕方ないって・・・!」




  そうやって、認めろって言うのかよ。

  戦場だから、殺すのは仕方がないんだって・・・!




 「そうは言わねえよ。けどな、悔やんだ所で何かが戻るかよ」

 「それは・・・」

 「・・・確かに、誰かの命を奪うってのはつれえよ。今になって、あたしもそう思う」




  ・・・それは、心を知ったから。

  はやてとの触れ合いを通して、人の温もりを、命の尊さを知ったから。




 「けどな、戦いなんてそんなもんだ。命の奪い合いが魔法なんて都合のいいもんで霞んじまってるけどな」

 「だけど、だけどさ・・・」

 「すぐに割り切れなんて言わねえ。けどこのまま戦い続けるっつーなら・・・お前、死ぬぞ」

 「っ・・・」




  本当の戦場では一瞬の迷いが死を招く。

  ヴィータはたぶんそのことを言ってるんだろう。

  だけど、そう簡単に割り切れるかよ・・・・・

  殺してしまったんだ、俺が、この手で、他人を―――

  また手を握る。

  今度は何かが滴り落ちた様な気がするが、関係無かった。




 「お前な・・・」

 「・・・何だよ」




  暫くヴィータからキツイ目で睨まれて、それから盛大に溜息を吐かれて・・・




 「これが片付いて、そんでもって落ち着いたらちょっとあたしに付き合え」

 「・・・は?」




  いや待て、どこをどうしたらこんな状況でそんな言葉が飛び出してくる。




 「いいから付き合えってんだよ、いいな?」

 「あ、ああ・・・」




  勢いに呑まれてつい承諾してしまったが・・・・・

  ・・・まあいいか。それより、今は・・・

  ポケットから無線機を取り出してフィアッセさんの護衛と連絡を取る。




 「どうですか、状況は」

 『思わしくないよ。護衛対象は白髪の男に拉致された』




  くそ、やっぱ今美由希さんとやり合ってる奴は囮・・・

  本命がおそらく護衛の人が言う白髪の男。

  一人感傷に耽る時間すらねえのな、くそ。




 「どこに向かったのかは?」

 『地下に向かったという報告があったよ。さっき君の知り合いの恭也という者が向かったから―――』




  最後まで聞かずに通信を切る。

  フィアッセさんは地下。恭也さんはそれを追って、美由希さんも今は戦闘中。

  聞きそびれたが、エリスさんもフィアッセさんを追っているだろう。

  なら―――




 「行くのか?」

 「ああ」




  けどその前に―――

  踵を返して、あの少女がいるであろう柱に近づく。




 「・・・もう、大丈夫だよ」

 「・・・怖い人、いない?」




  柱から顔だけを出して聞き返してきた。

  声は未だに震えている。

  俺がいくら大丈夫だと言ってもこの子の恐怖が拭えるわけがない。

  ずっと怯えさせたままで、それでもずっとここに、俺の言葉を信じて―――




 「うん。だけどまだ怖い人がいるかもしれないんだ」

 「まだ、いるの?」

 「分からない。もしいたら、これからお兄ちゃんがやっつけに行くから、大丈夫」

 「・・・おにーちゃん、大丈夫?」




  ・・・怖い筈なのに、それなのに、それでも俺を気遣ってくれようとしてくれて。

  そんな優しさが、今の俺には素直に受け取っていいものかどうかが分からない・・・




 「おにーちゃん?」

 「大丈夫。だから、もう少しだけここで待っててくれないかな。ちゃんと、迎えに来るから」

 「うん、分かった」




  そう言って少女はまた顔を引っ込めた。

  怖さの中で、俺の言葉を信じてくれて・・・




 「あんな事言ったからには、ちゃんと迎えに来てやれよ」

 「分かってるよ、そんな事」




  ここの構造はクラウソラスが全部記憶している。

  フィアッセさんの向かった部屋から近い地下へ続く道。

  そこから人目につきそうにない移動経路は―――ヒット、地下に続く螺旋階段。

  もし違ったとしても地下からなら広域探索をすればなんとかなる。




 「悪いがお前の野暮用に付き合える暇はなさそうだ」

 「いーんだよそれで、お前はとっととテメエがやらなきゃなんねえ事をやってこい」

 「・・・ああ」




  転送魔法を起動する。

  グレアム宅で散々やらされたソレは瞬く間に俺の体を光で包んで―――




 「―――陣耶」

 「ん?」

 「帰ってこいよ」

 「―――ああ、分かった」




  最後に、そんな言葉を胸に刻んで―――俺はその場から消えた。










                    ◇ ◇ ◇










 「フィアッセはこの先のはず・・・!」




  くそ、私がついていながらフィアッセを攫われるなんて・・・何て失態。

  けど私があの男にやられて気絶してからまだ数分しか経っていない。

  その短い間に移動でき逃走経路を確保できる場所、加えて人目につかない場所といえば―――




 「この螺旋階段の先の地下駐車場・・・」




  今キョウヤが交戦しているポイントとはまた別の場所、地下駐車場の端側。

  そこならば車での逃走経路は容易に確保できるし人目にも付きにくい街道へ出られる。

  私はプロだ。一度請け負った仕事はやり遂げて見せる。

  なによりもフィアッセをあんな男に―――よりにもよって、あの男に渡してなるものか!




 「―――っ!」




  徐々に螺旋階段の終わりが見えてきて、扉が目に入った。

  脳裏に苦い光景が浮かぶ。

  あの時、あの場所で起きた、惨劇―――

  あの男が引き起こした、私が何も出来なかった、あんな思いはもう―――!

  目の前に迫った扉を勢いよく開け放って―――見つけた!

  男がフィアッセに―――このっ!




 「離れろ!」




  威嚇で奴を撃って―――いない!?

  どこに―――!




 「まだまだ甘いね」

 「っ!」




  後ろ―――!




 「くぅっ!」

 「遅いよ」




  奴の武器―――トンファーだろうか、それで私の銃が弾かれて―――

  まだ懐にもう一丁―――!




 「遅いと言っているだろう? 学習しないねえ」

 「―――っ」




  奴も銃を抜いて私の額に突き付けて・・・

  く、速い・・・




 「これくらいは出来ないと、こっちの世界では長生きできないからねえ」




  動けば撃たれる・・・

  けど、この距離なら―――!




 「フィアッセ、駄目!」

 「っ!」




  動こうとした腕もフィアッセの一声で止まった。

  くそ・・・




 「いーい子だ。そこで大人しくしているんだよ」




  銃口をフィアッセへと向けて男が私から離れていく。

  それと同時に周りから二人ほど奴の仲間らしき男が出てきて私を威嚇してきた。

  もしも私が動きを見せればその時には私はあの二人に撃たれる。

  もしうまく躱せたとしてもその間に奴が気付く。

  そうなってしまってあいつがフィアッセを撃ってしまうようなら―――




 「私は、また、なにも・・・」




  なにも、出来ないのか・・・

  ただ目の前の光景を見つめ、事態が最悪の方向へ転がっていくのを見ている事しか―――!

  私は、そんな事のために―――!




 「ああああああああああっ!!」




  っ!?










                    ◇ ◇ ◇










  転移が終了して目に入った光景は二つ。

  二人の男に銃を突き付けられているエリスさん。

  そしておそらくは本命であろうフィアッセさんを連れた男。

  エリスさんは銃を突き付けられて動けず、フィアッセさんも銃を突き付けられて男の言う事を聞いているしかなかった。

  それを理解した瞬間、俺は飛び出していた。




 「ああああああああああっ!!」

 「っ!?」




  銃を構えていた男二人が俺に銃口を向けてくるけど―――さっきの奴に比べれば遥かに遅い!

  懐に飛び込んで―――!




 「っ」




  躊躇いが生まれる。

  けど、今は―――!!




 「どけっ!!」

 「がっ!」




  大きく一薙ぎに剣を払って二人の男を振り切る。

  そのまま奴に―――いない!?

  右左上―――後ろか!?

  勘に任せて後ろへ大きく振り払う!




 「ぬっ」

 「・・・捉まえた」




  こいつも強い―――けど、こいつもさっき奴ほどじゃあない。




 「やはり、イレギュラーなんてモノはいるもんだねKの15」

 「・・・訳分かんねえ呼び方してんじゃねえよ」




  問答している間も惜しい。

  悪いが、ここで―――!




 「ジンヤ、後ろだ!」

 「っ!?」




  エリスさんのとっさの叫びに大きく横に跳ぶ。

  瞬間、俺のいた場所を穿ったのは鋭い音と鉛玉・・・




 「ハハハハハ、こちらの人数がこれだけだと思ったかい?」

 「このっ・・・」




  辺りからさっき斬った男とと同じような格好をしたやつらがぞろぞろと―――

  数にして、十数人。




 「く・・・」

 「君たちはそこで指をくわえて見ているんだ。さあ行こうか、フィアッセ・クリステラ」




  男がフィアッセさんを連れて車へ移動し始める。

  動こうとしても、銃口は依然俺たちに向けられて―――




 「・・・」




  エリスさんにはこの十数人を一気に片付ける手段が無い。

  このまま手をこまねいていればフィアッセさんを連れていかれる。

  ―――それだけは




 「させて、たまるかあ!!」

 「な、ジンヤ!?」




  十数の銃口に向かって一直線に駆ける。

  即座に放たれる銃弾の雨。

  だけど、当たってやる義理は無い―――!




 「クラウソラス!」

 『Quick move』




  加速魔法を使って一気に最高速度まで速度を上げ―――跳ぶ!




 「なっ―――!」

 「邪魔だあああああ!!」




  敵陣のまっただ中へと飛び込み―――そのまま、手当たり次第に斬る。

  一人、二人―――

  血が、目の前で飛び交う。




 「この―――!」

 「っぁ―――!!」




  なんで―――

  三人、四人―――

  簡単に倒れていって、痙攣している男。




 「ガキが調子に―――!」

 「ふぅっ―――!!」




  どうしてだ―――

  五人、四人―――

  またあのイメージが湧いてくる。

  人という人が切り刻まれ、首が、手が、脚が、無残に放り出されて―――




 「なんで、向かってくるんだよ・・・!」




  頼むから来るなよ、通してくれよ。

  命が惜しくねえのか、見てただろ。人があんな簡単に倒れていって―――

  俺はそんな事をやってんだぞ? 怖くねえのかよ、恐ろしくねえのかよ。命がなくなんのは怖いだろ!

  なのに、なんで、どうして―――!




 「頼む、頼むよ・・・」




  クラウソラスを握る手に力が籠る。

  頼むから、俺に、これ以上―――!!




 「頼むから、大人しくしていてくれ―――ッ!!」




  剣に極光が宿る。

  眩く輝くその光を―――




 「うああああああああああああああああッ!!」




  全力を以て、振り下ろした―――




















 「何だ、今のは―――」

 「ほーう・・・」




  振り下ろした後には、倒れ伏している男たちと立っている俺―――

  放ったのはディバインセイバーだ。

  これならまとめて倒す事も出来るし、衝撃で気絶させる事も出来る。

  ・・・いや、そんな後付けの理由なんて、どうでもいい・・・




 「今のはHGSかな・・・? 興味深いね」




  フィアッセさんを助けるためだって、そんな理由で、誰かを傷つけて・・・

  挙句、命まで奪い去った・・・

  俺は、何をしているんだろうか・・・




 「だけど、隙だらけだよ」

 「ジンヤ!」




  突然、後頭部から大きな衝撃が加わる。

  まともにそれを受けた俺はそのまま吹っ飛ばされて、倒れ込む。




 「う、ぁ・・・」

 「ん? まだ生きているか・・・確実に仕留めたと思ったんだけどね」




  傷つけて、傷つけて、傷つけて・・・その繰り返し。

  そんな事ばかり繰り返して、最後には何が残るんだろう・・・

  戦争や何かの事件ならば、地位や名誉、金・・・そんな理由があるけど。

  だけど、今は何がある。




 「まあ、いい。行こうか」

 「っ、フィアッセ!」




  傍で響く銃声。同時に、打撲音。

  それに次いで、何かが倒れる音。




 「ダメだね・・・おいたが過ぎる子には、お仕置きが必要だ」

 「ぐ、くぅ・・・!」




  どこか他人事のようにそれを見ている。

  朦朧とした頭で目の前の光景を理解しようとするけど、上手く動かない。

  くそ、何やってんだよ、俺は・・・・・




 「さあお休みだ、エリス・マクガーデン」

 「くっ!」

 「エリス!」




  男が武器を振り上げ、エリスさんが動かなくて。

  このままじゃエリスさんがやられるって、分かっているはずなのに。分かって・・・

  なのに、体が動かない。

  何でこんな肝心な時に、俺は、無力な・・・




 「―――ッ!」

 「ん・・・?」




  瞬間、風が駆け抜けた。

  扉から吹き抜けた風は一瞬にしてこちらまで駆け抜け―――

  エリスさんを仕留めようとしていた男を斬り払った。




 「・・・ぇ」




  風が人を斬り払えるわけがない。

  その風は、その正体は―――




 「キョウ、ヤ・・・?」

 「恭也!」




  高町恭也。

  御神の誇る至高の刃が、ここに降り立った。










                    ◇ ◇ ◇










 「さて・・・あたしも用事を済ませるか」




  あの馬鹿はああでも言っときゃ意地でも帰ってくんだろ。トレイターもそろそろ向かってる筈だしな。

  にしてもトレイター、んでシャマルから指定されたポイントはここなんだが・・・

  ・・・ねえな。




 「反応が消えてやがる・・・誰かが先にブッ潰したか?」




  とは言えここ以外にもう反応は見られねえし・・・




 (ヴィータ、聞こえるか。こちらの分は済ませたぞ)




  考え事してる最中にいきなりの念話。

  この声は・・・




 (あーシグナムか。こっちも終わってた)

 (終わってた? どういう事だ)

 (気にすんな)




  別に説明するほどの事じゃねえだろうし。

  ・・・めんどくさがった訳じゃねえぞ?




 (では、早急にトレイターと合流しよう)




  ・・・んー




 (・・・あたしはパスだ。やる事が出来た)

 (そうか、なら私からは何も言わん。きっちりと済ましてから来い)

 (そーさせてもらう)




  シグナムとの念話が切れた。

  ・・・へったくそな結界残していきやがって。これじゃいつ消えるか分かったもんじゃねえや。

  あいつもあの子にここで待ってろなんて言ったしな・・・

  戻ってきたら一発あいつの顔殴ってやる。










                    ◇ ◇ ◇










 「さて、フィアッセを返してもらおうか」

 「断る、と言えば?」

 「当然―――」




  途端、とても常人とは思えない覇気が放たれる。

  そしてその姿がぶれ、あの男も―――




 「はあっ!」

 「ふんっ!」




  次の瞬間には互いに接敵し、打ち合っていた。

  鞘を捨て、体術を最大限に生かし速度を上げていく恭也さん。

  その驚異的な速度で繰り出される剣戟を両手に持つトンファーで打ち返す男。

  だがあれは男の方が圧倒的に不利だ。

  素人目に見ても恭也さんが押している。




 「はああ!」

 「ぐっ!」




  男が恭也さんの攻撃を大きく弾き、一度大きく間合いを開く。

  距離にして約20。

  この二人なら何なく間合いを詰められる距離。

  だけど・・・




 「ふ、ふふはははは・・・流石だね、Kの14。いや本当に強い」

 「―――観念が付いたのならさっさとフィアッセを返せ」

 「いーや、まだ諦めちゃあいないし・・・終わってもないさ」




  そう言って男は懐から何かを取りだした。

  手に収まるほどのサイズのそれは白い長方形の小さな箱。

  中心には紅い四角のボタンらしき物が見える。

  それを見た途端、恭也さんとエリスさんの顔が驚愕に染まる。




 「それは―――」

 「貴様、やはり!」

 「そう。お察しの通り、これはこの会場のあちこちに仕掛けられた爆弾の起爆スイッチだよ」




  爆、弾・・・会場の、あちこちに?

  何だって、そんな物が・・・




 「今回のは最新型の自信作だからねえ・・・まずコンサートホールは跡形も残らないんじゃないかな」

 「くっ―――!」




  奴の言葉一つでこちら側の動きが止まる。

  下手に動けば奴はあのスイッチを押すだろう。

  その瞬間、奴の言う通りならばコンサートホールが吹き飛ぶ事になる。

  だが爆弾の話が嘘という可能性もある。

  つまり、こいつにとって爆弾の話しなんてどうでもいい。




 「このスイッチは軽いからねえ・・・斬られようが撃たれようがそれより前に押してしまえる代物だよ」

 「この・・・!」




  それが嘘であれ真実であれこちらの足は確実に止まる。

  つまりは逃げるだけの時間だけを稼げれば、それでいい。

  男がフィアッセさんを連れ、再び車へと歩を進める。




 「・・・・・」




  ・・・待てよ、何勝手にフィアッセさん連れてこうとしてんだ・・・

  ここで連れていかれたら、俺は何のために・・・

  嫌だ、それだけは。

  こんなことまでして、その理由すら果たせないなんて、俺は―――




 「ざ、けんな・・・」




  嫌だ・・・俺は、もうこれ以上、俺は―――




 「俺、は・・・!」




  もう、これ以上―――




 「ま、ちやがれ・・・!」

 「・・・ん?」




  俺の言葉を、嘘にしたくない・・・!

  でないと、そうじゃなきゃ、崩れてしまう・・・




 「君はこれが見えないのかな? さっき言ったようにこれを押せばコンサートホールは・・・」

 「それが、どうした・・・!」

 「何?」

 「その前に、テメエからそれを取り上げりゃいいだけだろうが・・・!」




  アレならば、一瞬であいつの背後まで回りこめるはず。

  問題は奴に気付かれる前に実行できるかどうか・・・!




 「・・・そんなにもコンサートホールが消えるのが見たいのなら、お望みどおりにしてあげよう」

 「っ!」




  くそ、かえって煽ってしまった―――!

  エリスさんが銃を構え、恭也さんが踏み出そうとする。

  俺も駆け出しながら転移しようとする。

  けど―――タイミングが、早すぎた。




 (・・・ッ、間に合わねえ!)




  指が徐々にスイッチへと伸びる。

  止めろ、まだあそこにはたくさんの人が―――

  止めろ、やめろ、ヤメロ―――!




 「さあ、ショウタイムだ」

 「やめろおおおおおおお!!」




  そして、奴の指がスイッチを―――




 「残念だったな、既にその仕掛けられた爆弾とやらはこちらが全て潰させてもらった」

 「―――ッ!」




  押すその直前、一つの声によってそれは止められた。

  その男の後方、ちょうど車の辺りから姿を現したのは黒い長髪の女性。

  凛とした雰囲気を纏って現れたのは―――




 「トレイ、ター・・・」

 「どうした、ずいぶんとボロボロじゃないか」




  うっせえ・・・いきなり出てきて、それかよ・・・

  ていうか、爆弾を潰したって―――




 「ほおう・・・君は誰かな?」

 「トレイター。ただのしがない反逆者さ」




  突然の乱入者にエリスさんと男の注意は自然にそちらへ向く。

  俺と恭也さんは爆弾が解除されたというこれもまた突然な事実に少々唖然としてしまう。




 「少々数が多かったので手伝ってもらったがな。お陰でこの施設に隠されていた爆弾は何とか潰せたよ」




  相変わらず顔に薄い笑みを浮かべて淡々と語り続けるトレイター。

  その余裕が嫌になる。




 「何の連絡もないと思ったら、裏でそんな事やりやがって・・・」

 「なに、相手のが他の切り札も潰せたのだ。文句はないだろう」

 「はっ・・・」




  そうだ、これで奴に頼る札は無くなった―――!

  奴の背後にはトレイター。正面に恭也さんとエリスさん、そして俺。

  フィアッセさんは未だに人質として捕まったまま。

  けど―――




 「―――」

 「―――」




  恭也さんに目配せをする。

  意図を理解してくれたのか、合意の意志だけを目で伝えて来た。

  それを見て、あいつにも緊張が奔る。

  張り詰める空気、奔る緊張、交錯する視線―――

  そして、奴の脚が僅かに動いた、その瞬間―――




 「おおおおお!!」

 「あああああ!!」




  俺たちは同時に駆けだした―――!




 「やれやれ、そんな風にバカ正直に突っ込んでも―――」




  奴の銃口がこちらへの警戒を解かぬままにフィアッセさんへ向けられて―――




  瞬間、この一瞬を永遠へと引き延ばす―――

  色素は無くなり、世界は停滞し、今この瞬間「俺」という世界に存在するのは唯一俺のみ。

  この「世界」という枠組みから俺を切り取り、どこにも存在しないものとする。

  存在しない以上「俺」という世界は止まり、あたりの光景は一切の意味を持たなくなる。

  その中で、イメージする。

  この状態に置いて俺が唯一なせる事。

  確固たる俺という存在のイメージ。そして、世界への介入。

  アリアが言っていた、俺の転移のソレは異質だと。

  空間と空間、世界と世界を繋げ転移するのではなく「俺」という存在を抹消し再構築する。

  そう、まるでその物語にあたかも「元々存在しない」かの様にかき消え、己が望んだ場所へと現れる。

  それはもはや転移や転送という域ではなく「存在の操作」。

  それは自身の存在がとても不鮮明であるという証にして自身が自身で在れる証なのだと。

  他者に自身の存在を犯される事が無い絶対自由が確約された自己の持ち主。

  故に「自由存在」。

  その場に俺が存在するもしないも俺次第。

  俺という存在は俺だけが決める事が出来る究極的自己の証明。

  だから、俺は―――!




  意識を奴の背後へと集中させる。

  俺はそこに存在するという確固たるイメージを持って―――!




 「何っ!?」




  それは奴の目にはどう映っただろうか。

  その場から文字通りかき消えた俺は既に奴の背後、フィアッセさんの場所へ転移している。

  いち早くそれにフィアッセさんが気付き、次に奴に気付かれる。




 「陣耶く―――」

 「くっ!」




  フィアッセさんを奪われまいと右からトンファーが振り抜かれる。

  だが俺に背後を取られた事がショックだったのか―――この程度!




 「くうっ!」




  素早く身を屈めて回避する。

  だがそこまでだ。身を屈めた俺は素早く迫る追撃を回避する事は出来ない。

  だけど―――十分すぎる時間を稼いだ。




 「はああああ!!」

 「しまっ!?」




  俺に気を取られて恭也さんの接近を一瞬とはいえ忘れてしまっていたこと。

  あの一瞬があれば恭也さんがこちらに接近するなんて事、訳はない。

  見事に隙を衝いた恭也さんの一撃は奴のトンファーを弾き飛ばし―――




 「終わりだ!」




  返す刃で、奴の体を斬り裂いた―――




  奴の体が揺らぎ、足取りがおぼつかなくなる。

  そのままバランスを失い、座り込むように倒れ込んだ。




 「ク、ククククク・・・」




  辺りに奴の不気味な笑い声が響く。

  体から血を流しながらも不敵に・・・




 「やるねえ・・・完敗だよ、Kの14」

 「ここまでだな。貴様には法の裁きが待っている」




  恭也さんの言葉が嫌に辺りに響く。

  こんな状況でも奴は不敵に笑い―――




 「なあ・・・君たちが潰した爆弾は『この施設に隠された』爆弾だったよなあ」

 「それがどうかしたか」

 「いやなに、フィアッセ・クリステラを攫いに向かう途中、小さな女の子にあってねえ」




  ・・・・・小さな、女の子?

  何だ、何か、嫌な予感が・・・




 「可愛らしいものだからついつい自信作の一つを彼女に渡してしまったんだよ」

 「―――っ!」




  一瞬でまた場に緊張が奔る。

  自信作―――爆弾を、持たせた・・・?




 「それも時限式だ。そうだな・・・爆発するまであと3分足らずかな?」

 「くっ!」




  即座にトレイターが念話を取り始めたようだ。

  けど、俺の中じゃあ嫌な予感がしてならない。

  そもそもこいつ等はどうやって隠された爆弾を見つけた?

  それは、探索魔法を使って―――

  あの少女はなんて言ってた。

  「知らない男が道を教えてくれて父親にこれを渡してくれ」と籠を渡された―――

  そして、俺が保険として張った防御と「認識阻害」の魔法―――




 「まさ、か・・・」




  ありえない、そんな奇跡的な事は、万が一にも・・・

  けど、あり得ないなんて、事は、無い・・・




 「くそっ!」

 「陣耶!?」




  人目なんて気にしてられるか! 転移魔法を起動!




 「面倒な事を―――っ!」




  転移先は―――さっきのホール!

  途端に俺の体が光に包まれ、次の瞬間には先ほどのホールが広がっている。

  時間が無い―――!!




 「あ? どうした陣―――」




  悪いけど話は後だヴィータ!

  あの子がいる柱は―――あそこ!!




 「あ、おい―――!?」

 「大丈夫か!?」




  柱の裏では少女がじっと屈んで待っていた。

  手に、籠を抱えて―――




 「あ、おにーちゃん」

 「ちょっと、これ見せて!」

 「ひゃあ!?」




  乱暴に少女から籠を取り上げ中身を確認する。

  中には―――




 「―――ッ!!」




  あった―――!

  確かに時限式を思わせるカウンタータイマーが作動している。

  くそ、見た目より軽いからこんな子でも持ち歩けたって事か―――!

  残り20秒!!




 「お、おにーちゃん?」

 「離れて!」

 「え? あ、はい!?」




  どうする、ここで爆発させるわけにもいかねえ。

  人目につかなくて、被害も少なく、人気も少ない―――海か山!

  海はここから遠い、山!!

  あと10秒!

  即座に転移を開始!




 「貴様も逝ってこいヴィータ!!」

 「な、トレイターてめェ何しやが―――おわあっ!?」




  また俺の身が光に包まれ、その場から転移する。

  一瞬にして辺りが森林へと変わり―――

  あと7秒!

  急いで上空へ―――!!




  6秒




  くそ、思うように高度が上がらない―――!




  5秒




  この高度じゃあまだ人目につくし、何よりこいつの被害の程が分からない。




  4秒




  最悪、俺がこいつを抱えて―――




 「ったく、つまんねーこと考えてんじゃねーぞ」

 「は?」




  3秒




 「死にたくねえならちゃんと構えろよ―――!」

 「ちょ、待て―――!」




  物騒な物を構えるそいつの直線状に爆弾の入った籠を放りだす。




  2秒




 「いくぞ、アイゼン!!」

 『Jawohl!!』




  鉄槌の騎士と鉄の伯爵が吠える。

  その必殺の鉄槌を振り被り―――




  1秒




 「いけえええええええええええええええええええええええッ!!!」




  その全霊を以て、目標の物体を遥か空の彼方へと打ち上げた―――




  0




  そして次の瞬間に発生した閃光と轟音。

  衝撃はここまで来なかったが、それでも・・・




 「終わった、のか・・・?」




  フィアッセさんを取り戻して、爆弾も全部なくなって―――




 「ったく、いきなりトレイターに放り投げられた時は何だと思ったてーの」

 「・・・・・は、はは」




  終わった・・・

  これで、もう・・・




 「あんにゃろう帰ったらとっちめ―――っておい!?」

 『Master!』




  俺は、傷つけずに―――








  最後に、あの幻想を見ながら、俺の意識は黒に染まった―――











  Next「残るモノ」











  後書き

  とらハOVA編、決着!

  作者もリアルピンチもひとまず乗り切り、次は国家試験に備えなければ・・・

  ていうか4期決定!?

  魔法戦記・・・もはやぶっちゃけたな制作陣w

  ああ、これでまた風呂敷が・・・ただでさえsts編は妄想という名の風呂敷が大変な事になってるのに・・・

  とまあ陣耶がやったのって場をかき乱したくらい。

  最後に見せ場があったけどヴィータにかっさらわれましたw

  爆弾をいち早く発見したトレイターが機転を利かせて処理したのは良いけど陣耶が結界張ったせいで一個反応が消えました。

  あと何故恭也が閃を使わなかった、というのは神速の負担からまだ十分に回復していなかったのとその必要もなかったというw

  今回なんだかヴィータが目立ちましたねえ―――

  そんなこんなで傷を抱えたまま終わりを迎えたこの事件。

  まだ、少年の苦悩は終わりません。

  それではまた次回―――








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