『はい、こちら空港からの中継です』




  テレビの中継を通して空港の様子が映し出された。

  今日はお兄ちゃんとお姉ちゃんに陣耶くん、それにフィアッセさんが日本に来る日。

  厳密に言えば、フィアッセさん以外の三人は帰って来たって事になるんだろうけど。

  フィアッセさんの歌ってとっても綺麗で・・・今年はどんな歌を歌うんだろうなぁ。




 『あ、いらっしゃいました! クリステラソングスクールの若き校長、フィアッセ・クリステラさんです!』




  みんなの目がざっとテレビに移る。

  ・・・うん、フィアッセさんも元気そう。

  お兄ちゃんとお姉ちゃん、それに陣耶くんもテレビに映っちゃって・・・

  なにか、ちょっとだけ誇らしいかな。




 「おー、フィアッセさんや。ナマで見れるかな、ナマで」

 「たぶんね。知り合いだから会える機会はあるかな・・・?」




  お仕事忙しいだろうから分かんないけど・・・

  少しくらい、お話しできたらいいな。

  今までの事とか、色々とお話ししたい事はたくさんあるし。




 「コンサート当日は仕事を早めに切り上げてみんなで行くか?」

 「あら、いい考え」




  お父さんにお母さんも乗り気みたい。

  これならはやてちゃんの期待には応えてあげられるかな?




 「フェイトちゃんはこういうの初めてだよね」

 「うん。地球じゃあ初めての事が未だにいっぱいだよ」




  そう言ってくれると地球在籍の私としては鼻が高いです。

  後で陣耶くんにも連絡を・・・?




 「・・・あれ?」

 「ん? どうかしたのなのは」

 「あ、ううん、なんにも・・・」

 「んー、怪しいなあ。綺麗な人が陣耶くんの傍にいて嫉妬?」

 「そ、そんなんじゃないよ!」

 「あははー!」




  もう、はやてちゃんってば・・・

  テレビに映し出されている陣耶くんに顔を向ける。

  その表情はいつもと変わりないように見えるけど・・・どことなく、違和感を感じた。




 (・・・なんだろう、この感じ)




  こんな感じ、前にもあったような・・・

  気のせい、なのかな。

  こういうの、虫の知らせっていうんだっけ?




 (・・・うん、やっぱり後で連絡を入れてみよう)




  いつもと変わらない陣耶くんに見えたけど、微かに感じた違和感。

  それだけで、私の不安は募っていった―――










  〜A’s to StrikerS〜
        Act.7「恐れる者、求める者」










  パンッ、と乾いた音が響く。

  平和な町只中、冷たい夜風が吹きつけるこの場所で剣呑な空気だけが漂っている。

  ひりひりと痛む頬を抑え、変わらない意地を以て睨み返す。




 「何を言われたって俺の意思は変わりません」

 「そのただの我侭で自分の命すら投げ出す気なのか、君は」




  この場にいる人物は四人。

  俺と今俺が向かい合っている人物、エリスさん。

  その傍でただじっと成り行きを見ている恭也さんと心配そうな顔をした美由希さん。




 「この件は君みたいな子供が関わっていいようなものではない。大人しく家に帰るんだ」

 「お断りします。何度も言いますが俺は意見を変えるつもりはありません」

 「っ、子供が―――!」




  先日の一件の後、日本に到着した俺たちはコンサート会場に近場のホテルで宿を取っている。

  当然、先日の一件があった以上この日本を安全とはとてもじゃないが言いきれない。

  フィアッセさんが泊まるこのホテルには厳重な警備が敷かれていた。

  そして日本に着いたならばとっとと引き上げる、そう言っていた俺なのだが・・・




 「分かっているのか、この事件には命が関わっている! 下手を打てば死ぬかもしれないんだぞ!」

 「分かってますよそんな事! だから俺も手伝うって言ってるんじゃないですか!」

 「ただの子供が何を!」

 「ああ子供ですよ! そんな子供でも譲れない事があるんですよ!」




  さっきからずっとこの繰り返し。終わる事の無い意見の平行線。

  エリスさんは俺がこれ以上事件にかかわる事を拒絶し、俺は関わる事を望んでいる。

  確かにエリスさん、それに恭也さんや美由希さんから見れば俺はただの邪魔者だろう。

  はっきり言って警護の妨害以外の何者でもないと思う。それは分かっている。

  だけど、俺は―――!




 「俺は逃げたくないんだ! 人を斬るって怖さから、戦うことそのものから!」




  ただ、逃げたくない。

  俺はまだ子供だ。人を斬った事に恐怖して、みっともなく泣いて、家に逃げ帰って、塞ぎ籠っても構わないんだろう。

  だけど、それは嫌だ。それは逃げだ。

  人を斬った事から目をそむけて、その事実から逃げてるんだ。

  ふざけるな。俺は逃げたくなんてない。

  あの時だってそうだった。逃げていたから、全く前に進めなかった。

  そんなのはもう御免だ。

  だから俺は、もう逃げたくなんてない!




 「俺が逃げたくないんだ! 逃げ道を用意してくれたって知った事じゃない、誰が何と言おうと俺は俺の意志を曲げない!」




  俺の小さな体での精一杯の叫びが静かな夜に木霊する。

  思えば、こんな風に叫んだのはいつ振りだろうか。

  こんな風に俺が自己主張したのは、本当に久しぶりの様な気がする。




 「条件付きだ」




  そう言ってエリスさんは踵を返した。




 「私たちの指示には従ってもらう。それと、フィアッセと一緒にいること」

 「・・・前者はともかく、後者は?」

 「もしもの事があると困るからな。守るなら一緒にいてくれた方が都合がいい」




  つまりは邪魔者扱いされていることに変わりは無い。

  それでも、まだ俺はこの事件に関わる、それについての最大限の譲歩―――

  警護対象がありながら、俺の身も心配してくれたエリスさんの僅かながらの優しさ―――




 「それが守れないのなら力ずくでこの場から退場してもらう。いいな?」

 「・・・はい」




  礼は言わない。

  本当なら言うべき立場なんだろうけど向こうはそんな事望んじゃいないからだ。

  守る者がわざわざ他人の命を危険に晒す事に礼を言われても全く嬉しくもないだろう。

  それに、ここで礼を言ってしまえばそれは向うに対して負けを認めた事になる。

  それだけは御免こうむりたい。

  だから、礼は言わない。

  関わると決めたのは俺であって、それを許す許さないを決めるのも俺なんだ。

  俺が俺に対しての絶対的な決定権を持っている以上、誰が何といっても俺の意思は曲がらない、曲げられない。

  曲げられて、たまるものか。




 「キョウヤ、話がある」

 「ああ」




  エリスさんは恭也さんを連れて立ち去って行った。

  二人が去っていた方向を、ただ見つめる。




 「―――陣耶くん、なんで」

 「・・・言ったでしょう、逃げたくないんです」




  人を斬る怖さから、戦うことそのものから。

  もしくは―――得体のしれない、ナニカから。

  あの時も―――闇の書事件の時も、そうだったように。

  逃げるなんて事は嫌だから。




 「分かってる? 君のその道は、きっと・・・」

 「だとしても、それでも―――」




  それでも、俺は――――――








                    ◇ ◇ ◇








 「さて、聞かせてもらおうか」

 「何をだ?」




  今更しらばっくれる気かコイツは。

  今までのらりくらりと躱されてきたが今回ばかりはそうはいかない。

  私だって腹に据えかねている。




 「ジンヤについてだ、なぜ彼を巻き込む」

 「・・・・・」

 「別段特別な位置にいる訳でもない、君たちの様に家に特殊な事情があるわけでも無い。そんな彼をなぜ巻き込む」




  本当なら彼は今ここにおらず友人たちと笑いながら平和な日常を過ごしている筈だった。

  だというのになぜ、人を守りたいと願う君がなぜ彼を巻き込む。




 「・・・なあ、エリス」

 「何だ」

 「特別とか、特殊とか、一体何なんだろうな」

 「は?」




  そう言ってキョウヤは空を見上げた。

  夜空に瞬く無数の星々。それを眩しそうに目を細めて―――

  いや、星ではなくそれすら通り越して、まるでここではないどこかを見つめているようで・・・

  不意に、キョウヤが背を向けて歩きだした。




 「責任はとる。死なせもしない。君は君の仕事をこなせばいい」

 「っ、待て! まだ質問に―――!」




  歩みが止まる。

  そのまま振り返らずに、空を見上げたまま―――




 「俺の下らないエゴと、感傷だよ」




  それだけを言って、今度こそ止まらずにキョウヤは立ち去った。




 「・・・なんだと言うんだ、一体」




  エゴと感傷。それが彼にとってどんな意味を持つのかは知らないが・・・

  だからと言ってなぜあんな子供を巻き込む必要があるのか。

  その肝心な部分だけは、結局聞けずじまいだった。








                    ◇ ◇ ◇








  冷たい夜風が吹きつける。

  身を冷やす夜間、ホテルの屋上でひっそりと俺は連絡を取っていた。




 『で、ホントに大丈夫なの?』

 「ああ。そんなに心配しなくてもコンサート当日には会えるんだ、大丈夫だって」




  屋上の片隅で光を放つ空間パネル。

  そこにはそろそろ店仕舞の翠屋と仲良し三人組が映っていた。




 『ホンマかー? 陣耶くんって肝心な事だけはいっつも黙っとるしなあ』

 「そこまで俺が信用ならんか」

 『そういうわけじゃないけど・・・やっぱり、みんなジンヤの事が心配なんだよ』




  そうやってこちらの身を案じてくれるのは凄く嬉しい。

  嬉しいが、反面―――俺が人を傷つけた事を知ると、どうなってしまうのかが怖くなる。




 『それじゃあそろそろ遅いから切るけど、ちゃんと怪我の無いように気をつけること』

 「へいへい。あ、クロノ今そっちにいるか?」

 『クロノ? いるけど・・・』

 「ちょいと代わってくれないか。相談事があるんだ」

 『分かった。ちょっと待ってね』




  モニターから三人の姿が消えると、俺はようやく一息吐いた。

  ・・・ホント、平静を装うのには苦労した。

  あいつら、些細な違和感すら見逃さずに指摘して心配してくるからな・・・

  余計な心配掛けたくないと思うし、何より知られるのが怖い―――

  俺に対する目が、みんなとの関係が、それだけで変わってしまうんじゃないかと不安になる。




 『代わったぞ、何の用だ?』

 「クロノ・・・」




  つい、情けない声が出てしまった。

  途端にクロノの顔が訝しげになる。




 『・・・何があった』

 「・・・なあ、初めて人を傷つけた時って・・・どんな気分だった?」




  それだけで大体把握は出来たのかクロノの目が鋭くなる。

  やや間を置いて、クロノが口を開いた。




 『―――正直な所、よく覚えていない。その頃は僕も色々と必死だったからな』

 「・・・そっか」

 『ただ―――漠然と、怖いと感じた。人を傷つけ、容易に命を奪えるという事を、その時になってやっと実感した』




  ああそうだ、俺たちの持つ力は本当なら容易に人の命を奪い取る。

  非殺傷なんて聞こえは良いが、それがなければそこらにある銃や爆弾、剣やミサイルと変わらない。

  地球の科学レベルで考えてみるとあり得ないほど効率的に人を殺せてしまう。

  そんな、本当は危険極まりない力―――




 『元来、力というモノは何かを傷つけるだけのモノだ。僕たちはそれを効率的に利用できているだけで本質は何も変わらない』

 「・・・そうだな。力はただ力、どんな縛りがあたっとしてもそれは変わらないんだよな」




  今でもまだこびり付いて離れない。

  迫る死、生への執着、肉を斬る感触と音、手を染める血の温かさ、倒れ伏した男と流れ出る命―――

  斬った時の、殺しへの躊躇いの無い俺――――――




 「怖いんだ・・・! また斬ってしまうんじゃないかって、今度は、殺してしまうかもしれないって・・・!」




  考えると手が震えて、頭が回らなくなって、何が何だか分からなくなっていく。

  思考は泥沼に陥ってまともな考えが出来なくなる。




 「怖いんだ・・・命が無くなるのが・・・」

 『・・・なら、剣を捨てればいい』




  戦いの放棄。

  つまりは、魔法との縁を切る事。

  だけど・・・できない。




 「・・・ダメなんだよ」

 『何が』

 「俺は、逃げたくないんだ・・・あの時みたいに、自分を止められない。怖くても、前に進まないといけない。それが・・・」




  それが・・・それだけが、俺に出来る事だから。

  なのはが、みんなが俺の背を押してくれてやっと一歩を踏み出せたのに・・・なのに、こんな所で止まれない。

  半ばうわ言のように、衝き動かされるように・・・それは、強迫概念じみた・・・




 『・・・まったく、世話のかかる弟子もいたものだな。まさかここまで手がかかるなんて思わなかったよ』

 「・・・」




  クロノには、ホントに世話になっている。

  だから手のかかる奴を拾ったと思ってここは一つ諦めてもらいたい。




 『はあ・・・詳しい事は帰ってから聞く事にするよ。その方が君も落ち着いているだろう』

 「分かった・・・」

 『ああ、それと一つ』




  通信を切ろうとしたところを呼び止められる。




 『それは君自身の問題だ。誰かの答えを求めるんじゃなく、自分で答えを見つけなきゃいけない』

 「自分で・・・」

 『そうでなければ、命の大切さを忘れるからだ。いいな?』




  それだけ言って一方的に回線が切られた。

  後に残ったのは、静寂の夜だけ―――




 「・・・俺自身の答え、か。お前らは、どう思う?」




  俺の首に下げられた相棒と、もう一人・・・さっきから陰で覗いている奴に話しかけてみる。

  すると階段の影から一人の女性が姿を現した。

  腰まで届く艶のある黒髪、深い海の底の様な蒼い目。

  何よりもその凛とした絶対的な存在感がその場を支配する。

  不敵な笑みを浮かべて俺の相棒、トレイターはその姿を見せた。




 「なんだ、気づいてたのか」

 「ついさっきな。ずっと人の事覗きやがって・・・何時からだよ」

 「そうだな、エリスとかいう女性と口論をしていた辺りからか・・・」

 『盗み聞きとは趣味が悪いですよ』

 「なに、お前ほどではないさ」




  まったく、この相棒どもは・・・

  端の方で夜景を眺める俺にトレイターが並び立つ。

  そのまま夜景を眺めて冷たい風が吹くと、トレイターが口を開いた。




 「人を斬ったそうだな」

 「・・・ああ」




  開口一番に容赦なく傷口抉りやがって・・・

  気遣いってのを知らんのかねコイツは。




 「これでも私なりに気遣っているのだがな。主が帰国したと分かってわざわざ飛んできたというのに」




  やれやれなんてジェスチャーをされる。

  ・・・こいつの人を喰ったような態度は死ぬくらいはしないと治らないだろうな。




 「ごくろうさん。それと、あんがとな」

 『私にはそういうねぎらいの言葉は無いんですか?』

 「へーへー、いつもありがとな」




  こいつもこいつで感化されてきやがって・・・

  そのうち俺まで感化されんじゃなかろうかと酷く不安だ。




 「はあ・・・礼を言われるほどの事でもないだろうに。やはり堪えているな?」




  ん? などと言いながら分かり切った顔をして聞くんだな。

  そこまでして傷を抉りたいかコンチキショウめ。




 「・・・当然だろ。お前も分かってんだろ、俺があの日を忘れられないなんて事」

 「―――ああ」




  静かな、透きとおった、包み込むような声。

  こいつはまったくもって俺に対しての敬意とか容赦とかが無い。

  その代わり、一番付き合いが長い。

  だから―――




 「だが、それでも進むと決めたのだろう。失った命を背負って、尚前へ」

 「ああ・・・」




  立ち止まれば、もう歩けないかもしれないから。

  それが何よりも怖いから・・・俺は、逃げないと決めた。

  だけど・・・




 「それでも、誰かの命を奪うかもしれないっていうのは・・・傷つけるっていうのは、凄く、怖い・・・」




  手を握る。

  拳はみっともなく震えて、体は夜の冷たさとは別に凍えて―――




 『マスター・・・』

 「それでいい・・・人を傷つけることへの恐怖を、お前は忘れるな」




  そっと、温かなぬくもりが体を包む。

  やや間を置いてトレイターに抱きすくめられていると理解する。

  ほんと、この保護者面した相棒は―――




  夜は過ぎていく。

  明日への暗い不安は、拭えないままに――――――








                    ◇ ◇ ◇








  コンサート当日。

  会場には厳重な警備が敷かれている。

  やはりこの道が長いのか警備態勢にも手慣れたものが伺える。

  だが―――




 「気付いているか」

 「うん―――いるね、何人か」




  今まで客の中を美由希とざっと見回ってみたが・・・客に紛れている奴が幾人か。

  隠れて息を潜めているのも居るな。

  注意深く探せば何人かなどと言わずに数十人は楽に見つかるだろう。

  一旦人通りの少ない通路で落ち着く。




 「・・・フィアッセは頼むぞ。護るべき者を護るのが、御神の剣士だ」

 「うん。けど陣耶くんの方は?」

 「そっちなら、俺が手を打つ必要も無くなったみたいだ」

 「どういう意味?」




  頭にハテナマークを浮かべているが、秘密だ。

  いつどこで誰に聞かれているとも分からないし、切り札は多い方が良い。




 「俺は出来るだけ引き付けて人気のない場所で叩く」

 「私はエリスさんと一緒にフィアッセの身辺警護」

 「頼むぞ」




  力強く、確かに首肯してくれた。

  それを確認して、互いに背を向ける。

  美由希は御神の剣士だ。陣耶くんも、あれは護る者だ。

  そして、俺は―――








                    ◇ ◇ ◇








  吹き抜けの通路を通って待合室へとフィアッセさんは向かっていた。

  その警護にエリスさんとボディーガードの男性が二人。オマケ扱いで俺がいる。

  ガードの三人は懐に手を入れて常に臨戦態勢だ。いつでも銃を抜けますよって威嚇しまくっている。

  こうもあからさまにやっていると当然一般の人も普通に気付く。

  少々過度な警護だとも思われそうな気もするが・・・世界的な有名人だからこれくらい当然かとも納得してしまいそうだ。

  それにしても・・・やっぱり肩身が狭い。

  こうも緊張した空気を張り詰められていると妙に落ち着かなくてそわそわしてしまう。




 「―――大丈夫?」




  妙に落ち着かない俺が気になったのかコソッと話しかけてくるフィアッセさん。




 「もしかしてトイレ?」

 「いや何か落ち着かなくって。こう、空気が硬いというか・・・」




  と、フィアッセさんの顔が翳った。

  へ? 俺何か言った?




 「ごめんね、こんな事に巻き込んじゃって」

 「いやいいですよ。元はと言えば俺の我儘なんですし」




  その通りだと言わんばかりにエリスさんに睨まれる。

  うう、やっぱ肩身が狭い・・・

  こうも肩身が狭いとこっち身動きが「待てぇっ!!」っ!?

  後方から男性の叫びが聞こえた。

  振り返れば、金髪の女性が大剣を持ってこっちに向かって―――!




 「フリーズ!!」




  エリスさんが即座に銃を構え、射撃する。

  が、一気に加速して銃弾を回避し奴は視界から消え―――

  くっ、どこに!?




 「―――っ!」




  とっさにフィアッセさんを囲む様に円陣を組む。

  視界から消えた奴はどこから襲ってくるのかが分からない。

  上か、下か、右か、左か、正面か、背後か・・・

  目を閉じる。

  嫌な汗が頬を伝う。

  感じろ。

  敵の気配を、動きを、鼓動を、呼吸、足音、視線、全てをこの身をを使って感じ取れ・・・




 (―――落ち着け。心を澄ませ)




  視るんじゃない、感じろ。

  敵はどこかにいる。狙いがフィアッセさんである以上必ずだ。

  感じろ―――視野で追えない攻撃など何度も見てきた。

  感じろ―――揺れる気配、張り詰めた空気。どこまでも鋭利な―――殺気!




 「そこ、かっ!!」




  即座にクラウソラスを起動させ、後方へと斬りかかる。

  その瞬間金属音が鳴り響き、クラウソラスは大剣によって止められていた。

  その大剣を握る者は・・・先程の金髪の女性。




 「ちっ」




  軽く舌を打って相手が視界から離脱する。

  だけど、一度捕らえたなら気配は追える―――!!




 「逃がすか!」




  一気に右に跳んで何も無いように見える空間を斬りつける。

  するとそこからまた大剣が現れ、止められた。




 「ジンヤ!」

 「ここは俺がやります、エリスさんはフィアッセさんを!」




  相手を捉えたのは良いが、押し返されないようにするので精一杯だ。

  く、見た目に反してなんつう力・・・!

  これ、女性の筋力じゃねえだろ!




 「早くっ!」

 「しかし・・!」




  ああもう!! こっちは自分の事だけで精一杯だっつうに!!

  誰でもいいからフィアッセさん連れて安全な場所まで行けっての!!




 「陣耶くん!」

 「っ、美由希さん!」




  別方向から来た美由希さんが剣を振るって相手を俺から離す。

  そのまま並んで構えを取る。




 「美由希さん、フィアッセさんを頼めますか」

 「陣耶くんは?」

 「こいつの相手です。相手の狙いがフィアッセさんな以上、俺よりも美由希さんが傍についているべきです」

 「でも―――」




  こんな会話をしながらでも相手からは目をそらせない。

  こいつは強い。それもとんでも無く。

  おそらく・・・俺は今のままじゃ確実に勝てない。

  だけど、それでも―――




 「任せますよ!」

 「あ、ちょっ!」




  合図も無しに一気に駆ける。

  そのまま身体強化の魔法を起動、加速―――!




 「っ!」

 「はああ!!」




  不意を突いての加速での奇襲もあっさりと防がれる。

  だけど急な加速に相手の反応が少しだけ遅れた。

  そのまま右足で踏み込んでそれを軸に右回転、相手の後ろに回り込んでその回転に乗せて流すように―――!




 「てい!」

 「くっ!」




  その斬撃すら、相手がとっさに剣の柄尻を出してきた事で防がれた。

  この、なんつー反応の良さだ・・・!

  相手もそのまま体を回転させてこちらの剣を弾き、体勢を立て直す。

  俺も一旦距離を取り、構えなおす。




 「美由希さん」

 「―――っ、すぐに戻るからね! エリスさん!」

 「あ、ああ!」




  エリスさんとガードの二人、そしてフィアッセさんと一緒に美由希さんが視界から消えていく。

  ・・・フィアッセさんの傍に付いていてくれって言ったのにな。

  と、相手がその動きに反応してフィアッセさんたちを追おうとする。

  行かせるか―――!

  加速して懐に飛び込み剣を振るう。

  それは一跳びで簡単に回避されたが、結果として俺がフィアッセさんたちが行った通路を塞ぐ形になった。




 「・・・邪魔をするな」




  不意に、相手が口を開いた。

  だがそれは女性的な声では無く、もっと図太い―――




 「僕は御神と戦うんだ。そこを退いてくれないか」

 「冗談。お前の狙いが何であれ、ここを通すわけにゃいかねえよ」

 「そうか」




  女性がコートに手をかける。

  それをそのまま勢いよく剥ぎ―――




 「ならばお前を殺して、早く御神に追いつこう」

 「させねえよ。そのために俺がいるんだ」




  銀の修道服に青い短髪の男。

  手に持つ大剣を片手で扱うほどの怪力を持ち、反応速度も半端ない。

  全てにおいて俺を軽く上回っている。在り大抵に言えば格が違う。

  このままじゃあ勝てない。けど―――




 (・・・だいぶ人も避難したな。カメラ部分はあっちが弄ってくれる筈・・・なら)




  この状況なら、多少おかしな光景が出たとしても・・・第三者に見られることは無い。

  クラウソラスを握る手に力が籠る。




 「・・・やるぞ、クラウソラス」

 『All right』




  魔力を開放する。

  こいつも魔力量はそう多くはない。

  一撃入れる事さえ出来れば、まだ勝機は―――!




 「いくぞ!!」








                    ◇ ◇ ◇








 「―――始まったか」




  建物の中から微かに聞き取れる騒音。

  それは銃声、破壊音などの戦いの音。

  下を見下ろせば建物の前に集まった多くの人々が今か今かと開演を待ちわびている。

  その中に見覚えのある者たちを見つけ―――




 「―――コンサートまで残り時間も少ない。そろそろ動くか」




  念のために会場をざっと解析してみたところ、非常に厄介な物が引っ掛かった。

  私一人では流石に骨が折れる―――あいつらにも手を貸してもらおうか。

  身を翻して建物の中へと向かう。

  その途中―――




 「・・・陣耶?」




  ふと、あいつの顔が脳裏をよぎった。

  流石に死ぬことは無いだろうが・・・




 「・・・お前はまだ小さい。世界の広さ、自分の小ささを知るべきだ」




  どんな奴と戦っているかは先程覗かせてもらった。

  今の陣耶ではまず確実に及ばない相手だ。確実に負けることだろう。

  が、バリアジャケットさえあれば滅多な事で死ぬことは無いだろう。

  それでも頭部を狙われれば危ないか―――その時は、気が引けるが手を出すか。




 「―――陣耶」




  今のお前は酷く危うい。

  これでお前が折れるのか、それとも立ち直るのか―――

  強くなれ。

  お前が逃げたくないと、負けたくないと、護りたいと願うのならば―――

  なによりも、己自身に打ち勝てるように。




 「さて、始めるか」




  お前もおそらくは死力を尽くして戦うのだろう。

  ならば私も、私に出来る事を成そう。











  Next「護るために」











  後書き

  さて、とらハ3OVA編もサクッと終盤にw 正直展開が早いかなーとも・・・

  陣耶のお相手は原作で美由希と戦った口癖が「もっと!」の人。私の中では「もっと君」です。

  素で神速についてこれるような困った超人に勝てるのか・・・? それは皆さんのご想像にお任せしますw

  で、今回は周りに流され気味だった陣耶がちょっと自己主張しました。

  これを通じてまた少し自立していくんでしょうね、きっと。の割には妙に大人びてるけど・・・

  子供らしい子供が書けない私に絶望しそうです、ハイ。

  それでは、また次回








作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。