―――あの電話から数日。
なんでもイギリスに用があるらしい二人がこちらに来るのでついでに会わないかという事。
グレアムさん、ロッテ、アリアの三人からの一週間の修行もちょうど終わった。
そんなこんなで、俺は今イギリスの空港で二人を待っている。
慣れない場所のせいか少々落ち着かなかったりもする。
「―――？ ――――――？」
「ううう・・・・・」
『ほらマスター、頑張ってください』
くそう、何言ってるかまるでサッパリだ。
俺に外国語の知識などある筈もなく声をかけて来る人の対応にも一苦労する。
それに俺は子供、それも一人で待っているのでたまに奇怪な目で見られることもある。
さっきまでに何度か声をかけられたんだが・・・全部凄く適当に流していた。
これで何事も無いのが不思議である。
現在午前八時。先ほど飛行機が到着したのでそろそろなのだが―――
うう、早く来てくれお二人さん・・・
「ああ、いたいた」
「おーい、陣耶くーん」
と、救いの手が差し伸べられた。
俺をこんな未知の言語地獄から救ってくれるであろう二人、高町なのはの兄と姉。
高町恭也さんと高町美由希さん、その人たちだ。
「ごめんねー、道がちょっと混んでてさー」
「いやいや、凄くナイスタイミングです」
親指を天に突き上げてあらん限りの感謝の意を示す。
実際ピンチを脱出したし。
「――――――」
「―――？ ―――」
おお、あっという間に見ず知らずの人を撤退させたぞ・・・
恐るべし、御神の剣士。
「そこはまったく関係無いんだが・・・ま、久しぶりだな」
「はい、久しぶりです」
二人は香港で訓練を積んでいたそうでもうすぐ帰国という時にこちらに用が出来たらしい。
あんまり深く顔を突っ込んでもいけない気がするのでそこら辺は全く知らない。
「それで、今日はどこまで行くんですか？」
「音学校のクリステラソングスクールという所までな」
「陣耶くんも知っているであろう有名人がいる所だよ。きっと驚くと思うなー」
クリステラ・・・何か聞き覚えがあるようなないような。
まあそれは置いといて、そんな所に行くなんて一体どんな用なんだか・・・
〜A’s to StrikerS〜
Act.6「剣の意味」
「美由希！」
「フィアッセ！」
感動の再会、とでも言えばいいのだろうか。
というか、スクールに着いて校長室を訪ねた途端にこの展開は一体・・・
ていうか今普通に日本語を喋ったような。
「元気だった？」
「うん、元気にしてた。校長としての仕事も頑張ってるよ」
「・・・・・校長だって、ねえ校長だって」
『深く突っ込んではいけないと思いますよ、こういう場合』
やっぱり喋っとる。しかもかなり上手いぞ。
にしても校長かあ・・・若いなあ。そんな若さでよくそんな重責任な仕事を・・・あ、それを言えばなのは達もそうか？
ていうか、その校長先生の顔にすっごく見覚えがあるんですが・・・
「ねえ恭也さん」
「何だ？」
「あの人って・・・もしかしてフィアッセ・クリステラさん？」
「もしかしなくとも本人だ」
・・・・・マジですか！？
いやフィアッセ・クリステラってあのフィアッセ・クリステラ！？
あの世界的に有名な歌姫さん！？ マジですか・・・
「一体どんな交友関係持ってるんですか、世界的に有名な歌姫さんと知り合いって」
「それを言えば君たちだってそうだろう。異世界との交流を持つなんて前代未聞だぞ」
うぐ、最近ファンタジック慣れしているから忘れがちだがそうだった。
俺も十分異常な交友関係を持ってるんだなあ・・・
「恭也も久しぶり！」
「ああ、久しぶりだなフィアッセ」
恭也さんに近づいて来て・・・うわあ超至近距離。
どんだけ親密なんだと真剣にツッコミたい。おそらくこの現場をファンの方々が目撃したらあの嫉妬団の様に襲いかかることになるだろう。
まあその場合は御神の剣を容赦なく味わう事になるだろうが。
「あら、そっちの子は？」
「紹介するよ。数年前に知り合った皇陣耶くんだ」
「ああ、一緒に来るって言ってた」
「初めまして」
なんか他人から紹介されると背中がこそばゆい。
それに有名人の前だしどうしても少し緊張してしまう。
「初めまして、フィアッセ・クリステラって言うの。よろしくね」
「よろしくお願いします」
差し出された手を握り返す。
う、間近で見るとテレビで見る以上に・・・・・
『おや、顔が赤いですよマスター』
（黙ってんかいクラウソラスや）
ええい見惚れて悪いか。すっごい綺麗だよちきしょう。
・・・？ 何やら突き刺さるような視線が・・・
誰だ？
「―――」
「・・・ぇっと」
窓の傍にいる金髪の女性に思いっきり睨まれてました。
何故に？
「さて、と・・・」
美由希さんが抱えてた荷物を下ろして傍にあった机に広げ始めた。
って・・・
「えー・・・もしかしなくても刀ですかそれ」
「うん。これは恭ちゃんのね」
「ああ」
何のはばかりも無く銃刀法違反物を受け渡しする恭也さんと美由希さん。
他にもよく見ればナイフやクナイなど・・・
あのー、ここ音学校ですよね？ 物騒事とは無縁の筈ですよね？
そんなモノ広げて一体どうする気ですかあんたらは。
ひしひしと嫌な予感が・・・
「えっと、恭也・・・」
「構わない。この子もこちらの者だ」
「ちょ、恭ちゃん！？」
「・・・はい？」
いきなり何を唐突に仰いますかこの方は。
ほら、窓際の人からの視線が更に険悪な物に！
（どーゆーつもりですかアンタは！）
（いやなに、話を聞かれるくらいなら君なら問題ないだろう）
（アンタって人はー！？）
話なんか聞いて俺にどないせいっちゅうねん！
そんな俺の心境はいざ知らず、みんなの反論をのらりくらりと躱した恭也さん。
銃弾に溺れて溺死してしまえ・・・
で、聞かされた話というのが脅迫事件ものだった。
ここ最近フィアッセさんに対して脅迫状が届いているという。
内容についても全く心当たりが無いらしく条件も呑みようがない。
それをどう取ったのか、相手方が物騒な手段に訴えてきそうとの事。
なので、近々ある世界一周のコンサートでの警護を頼みたいと・・・
ふんふん。
「俺なんかが聞いていい話なんだろうかコレは」
『何か碌でもない意図とかあるんじゃないでしょうかね』
「君ら、人聞きが悪いな」
「君ら？」
「いや、こっちの話だよ、あはは・・・」
だってさー、この流れじゃあどうやっても厄介な頼み事とか押しつけられそうなパターンだし・・・
俺は平穏無事に過ごしたいんですが。
「だから別に聞かれても問題ないと言っただろう。フィアッセのコンサート最初の目的地は日本だ」
「てことはつまり・・・ただ俺は寄り道しただけだと？」
「そうだな」
そこで胸張って頷かんといてください。
ああ、転送ポート使えば旅費が浮くのに・・・
「その位の面倒は見るさ。それに外国の旨い料理を味わいたいと思わないか？」
「む、それは―――ぜひ」
旨い料理、凄くそそられる言葉ではないか。
いざゆかん、まだ見ぬ料理の元へ！
『思いっきりいいように乗せられてますよ？』
（お願いだから黙っててください。悲しくなるから）
◇ ◇ ◇
「ねえ恭ちゃん、どういうつもり？」
「何がだ？」
本当は分かっている、美由希が何を聞きたいのかは。
が、俺は先程からはぐらしてばかりいる。
「いい加減にはぐらかさないで。何で陣耶くんに聞かせたの？ それも私たちに同行させるって」
「―――まいったな」
目が本気だ。これは、真面目に答えないとどんな目にあわされるか分かったもんじゃないな。
フィアッセを守らなきゃいけないというのにそれは避けたい。
仕方ない―――
「彼は―――いや、彼だけじゃない。なのはやその周りの魔法関連者にはなまじ力を持った者が多い」
「うん、分かる」
剣の腕などで言えばシグナムなどかなりのものだろう。
それに守護騎士は全員、生きるか死ぬかという本物の戦場を経験している。話はしないが、確実に。
それに比べてなのはやフェイトちゃん、はやてちゃんや陣耶くんなどはそういった“戦場”を経験した節が無い。
それは、力を持つ上で最も危険な事態でもある。
「そう、なまじ力を持ち過ぎている。だからその扱いを間違えれば取り返しのつかない事になりかねない」
「そう、だね―――」
そういって美由希が見つめた先、それは何を映していたのだろうか。
なんにせよ決して喜ばしいものではないだろう。
「で、それとこれとがどう繋がるの？」
「早い話が、彼には戦場の空気という物を知ってもらう」
「それって、早すぎない？」
「いや、この場合早い方がいい。魔法の世界がどういったものかは知らないが、過ぎた力は災いを呼ぶだけだ」
聞けばあの四人の力は魔法界の中でも屈指のものだとか。
それはあの四人を取り巻く従者や知人にも及ばずとの事。ならば、何かしらの陰謀が降りかかってもおかしくはない。
たとえば、御神という名に引き寄せられる災い。
たとえば、忍などの夜の一族という血族に引き寄せられる災い。
万が一に備えておくにこした事はない。
「それでもし恨まれようとも―――あの四人のためになるならそれでいい」
「恭ちゃん、けどそれは」
「分かってる。分かってるさ―――」
俺の言っている事は酷く矛盾している。しかもかなり押しつけ気味な理屈だ。
だけど、それでも俺は・・・
◇ ◇ ◇
「―――そんなわけで、そっちに帰るのは少し遅れそうなんだわ」
『けど、その時期ならなのはも車椅子でならこっちに来られるって言っていたよ』
『ちょうどええしそのままみんなでコンサート聞きにでも行こか。あの有名なフィアッセさんが生で見られんのはレアやでー』
うん確かに。
実を言えば俺も感動で胸一杯だったりする。
一人でやっていると虚しいだけだからあまり機会は無いが歌うのって俺は大好きだ。
そもそも音楽自体が大好きだ。
超時空戦艦と戦闘機、そして歌でフューチャーを切り開くなんてアニメには多いにハマった。
空間パネル越しにはフェイトとはやての二人。一週間ぶりに顔を見たが元気そうである。
「了解、その線で行くか」
『なのはちゃんにはうちから伝えとくわ』
『ジンヤ、その、道中気をつけてね？』
「わーってるよ。相変わらず心配症だな、お前は」
『しょうがないやん。陣耶くんて何かと巻き込まれやすいし』
む、一概に否定できない・・・
ていうかその厄介事に今まさに巻き込まれかけなんですけどね。
『・・・む？ なんか隠しとらんやろな』
「いや、なにも無いさ」
危ない。
俺の友達はどうしてこう勘のいい奴が多いのだろうか。隠し事も一苦労だなこりゃ。
今はまだ巻き込まれたって確定したわけじゃないし、余計な心配をかける必要も無い。
平穏無事に済めばそれが一番いい。
「さて、気づかれると拙いからそろそろ切るな」
『了解や。ちゃんと無事に帰ってくるんやで？』
『それじゃあ、また』
電子音を立てて空間パネルが閉じられる。
彼方を見れば、夕日はもう沈みかけている。
「おーい、そろそろ行くぞー」
「分かりましたー」
恭也さんたちは前代の校長―――フィアッセさんの母親のお墓参りをしていた。
見ず知らず、それも全く関係の無い俺が冥福を祈るのもどうかと思ったが思いのほかちゃんと冥福を祈れた事に自分でもびっくりした。
それから機を見計らって少し離れた所で通信。
恭也さんの知り合い、それも子供という事もあったのかガードのエリスさんもあまり気に留めなかった。
明日からは恭也さんたちも本格的にフィアッセさんをガードすることになる。
俺は基本的に自由にしろと言われていて行動の制限は無い。
できるだけ迷惑はかけないつもりだが・・・いざとなれば、自分の身くらい自分で守らないとな。
―――徐々に沈む夕日。
それは俺の中の何かをどうしようもなく不安にさせた。
◇ ◇ ◇
まったく、キョウヤは一体何を考えているんだ。
フィアッセの警護を手伝うだけならまだしも、あんな子供を引き連れてくるとは一体どういう了見なんだか。
本気でプロの世界を舐めてはいないだろうな・・・
対象が増えたとしても守ることに変わりは無いが・・・どうしたものか。
「いや、何を弱気になっている」
私はプロだ。何があっても絶対に対象を守らなければならない。
そう、なにがあっても絶対に守ってみせる。
もうあんな想いは―――
「―――ん？」
向こう側でキョウヤとミユキ、それと例のジンヤとかいう子供がドライバーに地図を見せてもらっていて―――
まったく、大人しくしていてほしいとあれほど言ったのに。
「何をしている？」
「ああ、こちらの三人がこれから向かう先の建物の地図が欲しいと」
・・・本気で懲りてないと見える。
これはもはや、邪魔になるようなら強硬策も辞さない方向で行った方がいいのではないのだろうか。
昨日は不覚を取ったけど今度はそうは―――
「邪魔はしないと約束したろう。だからそんなに怖い顔をしないでくれ」
「む・・・」
顔に出ていたか？
だとしても、あんまり出しゃばってほしくは無いんだけど―――
「・・・ふん」
「あ、行っちゃった」
「まったく、恭也さんがそう憚りの無い物言いをするから」
「俺の所為か？」
ああ、半分は間違いなく君が原因だともキョウヤ。
それにしても―――
「―――」
一度だけ振り返る。
「―――？」
こちらの視線に気づいたのか思案げな視線を返してくる。
この程度の視線にも反応するか・・・
それを無視して踵を返す。
「あの少年―――」
あのジンヤという少年にはなぜか親近感がある。
どこかしら似通った所でもあるのか・・・
特に、あの目だ。
あんな年齢でもう何かを背負っている。そんな目。
それは、まるで昔の私で―――
「・・・つまらない感傷だな」
私は昔の自分が嫌いだ。
無力で、何も知らず、何も出来ず、何も救えず、何も守れず、ただ守られるだけの私―――
そんなだから、あんな事件が起こった。
だから、私は―――
◇ ◇ ◇
車に乗って数十分。例の建物に到着した。
今日もここで誰かのコンサートがあるらしく人で賑わっている。
もし誰かを狙うとすれば、うってつけの場所だな・・・
（クラウソラス、念のために警戒頼めるか）
『了解です。マスターも気を抜かないように』
（わーってるよ）
さてさて、恭也さんたちがいるから大丈夫だとは思うが一応警戒を・・・？
エリスさん、どこへ？
「エリス、どこへ？」
「邪魔するなと言ったろう」
こちらに振り向く事も無くエリスさんは去っていった。
むう、取りつく島も無い・・・やはり俺が原因？
「そう気にする事は無いさ。おそらく俺が原因だろうから」
「むう、私あの人苦手ー」
「まあそう言うな。それより美由希、フィアッセを」
「あ、うん」
美由希さんも行ってしまった・・・いつの間にかフィアッセさんも視界から消えてるし。
恭也さんは手元の地図を広げて・・・あの、俺は？
「えーと、俺はどうすれば・・・」
「―――そうだな、一つ話しておきたい事がある」
いつになく真剣な態度で恭也さんがこちらになおる。
こういう眼をした恭也さんの話は、決まってかなり重大な事だ。
「君は人を斬った事があるか」
「いえ、ありませんが・・・」
物やら魔法やら、後は禍々しい防衛プログラムとかならありますが。
「なら、君は人を斬れるか」
「へ？ いや・・・無理、だと思いますが」
いきなり見ず知らずの人を斬れ、と言われたとしても絶対斬れないね、うん。
なのはやフェイトやはやてとかを斬れというのも論外だ。
「それが何か・・・？」
「君のソレ、デバイスと言うんだったか。形状は確か剣だったな」
「クラウソラスですか？ そうですけど」
まあ確かに人も斬ろうと思えば斬れるけど・・・
非殺傷設定とかあるからそんなこと無いと思う。
「―――剣を持つ以上、それが人を殺めることのできる凶器だという事を覚えておいてほしい」
「人を殺めることのできる、凶器・・・」
「そうだ。刃を持った以上、何かを傷つけるという事は避けられない。傷つけたならば、その痛みを背負わなければならない」
それを聞いて、思わず自分の手を見つめる。
―――そんなこと、今まで一度も考えた事が無かった。
俺がこの手で、誰かを傷つけて・・・
「無理に分かろうとしなくていい。だが覚えておいてくれ、剣を持つその意味と怖さを」
「・・・はい」
それから、俺はフィアッセさんと美由希さんを追って恭也さんと別れる。
剣を持つ意味、か・・・
（なあ、お前はどう思うんだ）
『どう、とは？』
（剣を持つ意味と怖さ）
本当に、そんなこと考えもしなかったし思いもしなかった。
魔法なんて言うファンタジックな、人を傷つけずに振るえる力。
そんなモノにずっと触れてきて俺はそんな傷つけるという考えを放棄していたのかもしれない。
『―――そうですね、確かに私は剣です。人を傷つけ、そして殺めることのできる凶器です』
（―――）
『しかし、それを実行するかどうかは剣を振るう者が決めることです。それが出来るからといってするしないはまた別ですよ』
（振るう者が決める、か・・・）
結局は俺の意思次第、そういうこと。
俺が斬ろうと思えば斬れるし、斬りたくないと思えば斬れない。
こいつにも意思はある。だけど武器だ。振るわれる存在だ。
そこにこいつ自身の意思はなく、ただ振るう者の意志によってそれを強制される。
『まあ、そういう顔をしないでください。別にあなたを責めている訳じゃないんですから』
（そう、だな・・・ごめん）
『いえ。ただ、やはり恭也さんが言った通り覚えておくべきです。どのような力があろうと私は傷つけるための武器なのだという事を』
（―――ああ、分かった）
まあ今考えても仕方がない。
こんな問題はじっくりと考えて答えを出せ「キャアアアアアアアア！？」―――ッ！？
「今のは！？」
間違いなく誰かの悲鳴！
くそ、ほんとにフィアッセさん狙いの奴らが強硬手段に出て来たか！？
「場所は―――！」
『このすぐ先です！』
クラウソラスのナビゲートに従って長い廊下を駆けて―――いた！
銃を持った男が見知らぬ女性に近づいていってる。
クソ、こんな所に何持ち込んでんだ！
即座にクラウソラスを起動させる。同時に加速！
一気に接近して跳び上がり、そのままロッテ直伝―――！
「円錐蹴りっ！！」
「ガッ！？」
横っ面からまともに蹴りを受けた不審者はそのまま運動エネルギーに任せて壁に突っ込む。
手応えはあったが・・・
「ヒ、ハ・・・」
「ちっ、まだ立つか」
一撃で意識を奪えなかったのは痛いな。
けどさっきの蹴りが効いているのか動きが緩慢だ。これなら―――
「そこの人、逃げてください」
「え、でも―――」
「ああもう早く！」
ほら言ってる間に相手が銃を構えた！
撃たせてたまるか―――！
さっきの様に懐に入り込んで銃を―――斬る！
一瞬、何が起こったか分からないといった顔。
その隙に見えないようにアストラルアローを一本形成。
こいつの魔力量ならこれ一発で片がつく筈。
そのまま矢を拳に乗せて―――！
「はあ！」
「ギッ―――！」
ドサリと倒れ込む男。
身体強化による腹部への強打と魔力ダメージだ。これで―――
「ギ、ガ―――」
「っ、な―――」
まだ意識が・・・？
魔力量を見誤ったか？
普通魔力が底を吐いた場合極度の疲労感によってその場で倒れてしまう事が多い。
非殺傷による魔力ダメージで相手の魔力をゼロにした場合もそういった事が起こる。
だけど、じゃあこれは―――？
「シ、シャアッ―――！！」
「っ！！」
不意を付いて振るわれたナイフをとっさに横に跳んで回避する。
それでも右の頬に掠めたらしく鋭い痛みとそこから何かが流れる感覚―――
危ねえ・・・身体強化をしてなかったら確実に殺られてた。
「クラウソラス、あいつの魔力量は？」
『確実に先程の一撃で底をついています』
くそ、魔力ダメージで止められないならどうする？
意識を奪うという手段で魔力ダメージを取ったが効果が無い。
物理的に動くを封じるならバインド・・・いやだめだ。俺のは長持ちしないし何よりここじゃあ人目につく。
意識を奪うにしてもさっきのを見る限り打撃じゃあまり効果は望めない。
ダメージを蓄積させればいいかもしれないが・・・
「ハアァ・・・」
とてもじゃないが効果があるとは思えない。
さっきの一撃を受けても平然と立ち上がる・・・たぶん、痛覚とかそんなのが麻痺してる。
なら、手足の腱を斬って―――？
（斬る・・・俺が、人を？）
いやまて、それ以外に何か方法が・・・
「ヒャアッ！！」
「っ、くそ！！」
思考が混乱した状態で振るわれたナイフを弾く。
姿勢が崩れた隙にクラウソラスを振るって―――！
（振るって、どうする？ 斬るのか、このまま・・・？）
瞬間、フラッシュバックの様に目の前に浮かぶ光景。
炎に包まれた建物。崩れ落ちる壁や天井。瓦礫だらけの道。
覚えているのは底知れぬ孤独感。炎の中に一人ぼっちで―――
そして、俺を見ながら微笑む両親。
至る所から血を流しながら、瓦礫に圧迫されながら、身を焦がす炎にさらされながら、ただ俺を見つめて微笑んで―――
血を、文字通り自身の命を流しながら―――
「っ―――！！」
寸での所で振るった腕が止まる。
剣は男を斬る事は無く触れる触れないの位置でピタリと止まり・・・
「ハァッ！！」
「のっ！」
くそ、ナイフに集中しないとマズイ。けどどうやってこいつを止めれば―――！
だけどさっきの光景が頭から離れない。
俺にとっての始まりともいえる光景。身を焼く煉獄で失った掛け替えのないモノ。
抜け出す事のできない牢獄。未だに俺が捕らわれた遠い記憶が―――
「陣耶くん！」
「っ、恭也さん！？」
エリスさんも一緒にいる。さっきの悲鳴を聞きつけて来たのか？
一瞬の安堵感。それが、拙かった。
『マスター、前です！』
「っ！？」
気がつけば目の前に迫ったナイフ。
このままじゃ、もうあと一瞬後には頭がざっくりと割られた死体が一つ出来上がる。
それはつまり、死ぬ―――誰が？ 俺が・・・俺が、死ぬ？
終わるのか？ ここで、何も出来ずに。
「ぁ―――」
あの時に両親に救ってもらった、トレイターに助けてもらった。その命を、終わらせるのか？
こんな所で、まだ何も返してはいないのに。まだ前に進めていないのに。
終わる、のか―――？
「ぁっ―――！」
ふざけるな。
俺は生きる。まだ何もやっていない、やり残した事がある。まだ前に進めちゃいない。
両親から、トレイターからもらったこの命、こんな所で、俺は―――！！！
「ぁ、ぁぁぁぁあああああああああああああああああ！！！！」
剣から、ナニカが滴り落ちる。
同じように、頬を滴り落ちる温かいナニカ。
後ろには倒れ伏した男。そして恭也さんとエリスさん。
壊れた人形みたいな緩慢な動きで、振り向く。
男は倒れたまま動かない。ただ、赤いナニカだけが広がっていき―――
「―――まだ息はあるし急所も外れている。十分に助かる範囲だ。エリス」
「ああ、分かった」
後ろで二人が何かを話している。
何かという事までは聞き取れない。だけど、事実は一つ。
「斬っ、た・・・？」
俺が、この手で、人を斬った・・・？
あの日の様に、徐々に流れていく命を、俺がこの手で・・・
「ぅ、ぁ・・・」
手が震える。
確かに手には、あの瞬間の、斬った時の感触が残って・・・
クラウソラスを見る。
刀身は確かに、男の血で濡れている。
剣を握る手に視線を落とす。
肌の色は見えず、ただただ暖かい深紅の色が―――
「―――ぁ」
手からクラウソラスが乾いた音を立てて血に落ちる。
そうだ、あの時の俺は・・・
誰かの命を、この手で奪おうとしていた――――――
「俺、は・・・俺は・・・！」
遠い日の煉獄、流れ落ちる命、赤い血潮。
俺は自らの手で人を斬った。
それはつまり、あの日の再現を、俺が生きるために誰かの命を奪う、その再現を―――
「俺は―――ッ！！」
遠いどこかで燃える炎。抜け出せないあの日の牢獄。
この日、俺は初めて、血で濡れた―――
Next「恐れる者、求める者」
後書き
風邪で咳が酷いです・・・喉が・・・・
ていうかお久しぶりです皆さん。待ってくれてた人にもそうでない人にも最新話をお届けします。
で、今回のお話。とうとう人を斬らせちゃいました。
武器や力を持つ以上人を傷つける、それはやっぱりちゃんと知っておかねばならないと・・・
話がそれますがこのお話、分かる人には分かりますよね。
前回の最後の振りだけでこの展開が読めた人はよっぽどのリリなのないしとらハのファンですなｗ
それではまた次回