「その傷、本当に大丈夫なんですか?」

「もちコ〜ス。これくらいの傷なら日常茶飯事だからな。しっかしあの尻の触り心地は最高だったなぁ〜」

「先生から話を聞いて驚きましたよ……手術中に何かあったらどうするんですか!?」

そう言って私が持ってきたお見舞いのリンゴを、ヤマトさんは皮も剥かずにバリバリと食べていく。

あの後、すぐ緊急手術の為に運ばれていったヤマトさんはその後すぐに驚異的な回復力で傷を治していき、1日でティアナのいる一般病棟に移ってしまった。担当した主治医の話では、輸血を始めて少ししてから意識が戻ってしまったらしく、更に麻酔も効かないというとんでもない状況の中、看護婦さんのお尻を触るという空前絶後な事をしていたそうだ。

因みに、ヤマトさんが身につけていた武器は私が別の場所に預かった。流石に、質量兵器を持っている事が表に出てしまうと色々と不味い事になるからだ。

「そんなんで手元狂ってたら医者は務まらねぇよ」

「いくらお医者さんでもそんな経験はないんじゃないんでしょうか……」

隣で横になっているティアナは呆れた顔をしながら事件の資料を読んでいる。

「そんな事言っちゃって、ホントは俺の方が退院予定日早いから拗ねてんだろ? ティアナちゃんはまだまだ子供だねぇ〜」

「そ、そんな事ありません! 私は貴方と違って――」

「ねぇねぇフェイトちゃん、退院したらどっかでお茶しない?」

「ちょっと! 人の話を聞いて、うっ……」

ヤマトさんの挑発に完全に踊らされたティアナは、まだ治りきってないお腹を抱えて呻く。

「ムキになってる辺りが心の内を曝け出してるんだよ……たくっ、ティアナちゃんはまだ治ってないんだから、気をつけろよ」

「あら、そんな言い方したらこの子がかわいそうじゃない。女の子にはもっと優しく話をしなくちゃ」

「人間でもないお前に言われたくはねぇよ」

「ヤマトさん! それはあの人に――」

「それはそうだけど、でも女性の気持ちくらいは解るわよ」

ティアナは目を剥いて驚いている。それはそうだ。目の前にいる人間が人外呼ばわりされた事を素直に認めたら誰だって驚くだろう。だが、この人の場合は本当に人間ではないわけで、ティアナはそれを知らないから仕方ないのだろうが。

勿論、兄さんから話を聞くまでは私も信じることはできなかったが、あの影から伸びた巨大な腕を見ていた為か、何故だか簡単に納得出来てしまった。

「嘘つけ。お前、女にはこれっぽっちも興味を示さねぇじゃねぇか」

「そんな事ないわよ。美しくありたいという女性の気持ちは常に持っているわよ」

「どうだかねぇ……」

そう言ってリモコンの電源を押してテレビをつけるヤマトさん。丁度つけた番組では、そう遠くない場所で起きた研究所の不法占拠事件について取り上げていた。

『現在、テロリストに不法占拠されている大手医薬品メーカーの研究所では、今も地上本部の陸士部隊による懸命な交渉が行われている模様です。尚、時空管理局は近く、この研究所に対して武装局員による大規模な鎮圧作戦を敢行するという発表を行いました。では、現場にいる……』

「不法占拠ねぇ……また面倒そうな話だな」

そうヤマトさんが言い終えると同時に、バルディッシュになのはからの通信が入ったことを知らせるコールがきた。その内容を聞いた私はちょっと急な用事が入ったと言って、直ぐに病院を後にした。

不法占拠された、研究所に向かう為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでやっと酒もタバコも出来るぜ〜」

そう言いつつ俺は病院の入口を出ていく。当然見送りに来たのはティアナちゃんとガキ3人、そして俺の横にいる羅美阿だけ。何ともまぁ寂しい見送りである。とは言っても、ミッドチルダでの俺の知っている人間なんて、両手足で数えられるほどだ。それも、最近増えた数が結構多い。

「そんな事言ってると、また病院のお世話になりますよ?」

ティアナちゃんの笑顔が妙に気になる所だ。何もそんな顔して言わなくていいだろうに……。

「そうならない事を願うが……まぁ無理だろうな」

「けどよぉ、お前本当に大丈夫なのか? あん時見た傷、とても2日で治るとは思えねぇんだけど」

「あぁ。あれくらいの傷なら、まぁこんなもんで治るよ」

“貴方のどうしようもない変態具合から見ても、まぁ馬鹿は死なないんでしょ”

「お前、ホントに愛想ねぇよな……」

「フェイちゃん、それは言い過ぎだよ……」

“駄目よラナ。こういうタイプの人間にはハッキリと自分は変態だと認識させないと”

そんな他愛もない話(?)をしていると、日本で言う所のジープによく似た、陸士がよく使っている車が近くに止まった。そして、その中から出てきたのは……、

「シグナムさん?」

「む、ティアナか……あれから具合はどうだ?」

「おかげ様で2日後に退院が決まりました」

「それは良かったな」

「……皆、私だけ仲間外れにしとらへん?」

「はやてさん!?」

はやてと呼ばれた子が車の助手席から不貞腐れたような顔をして出てくると、シグナムちゃんやティアナちゃんの顔が慌てた様子になった。

「そ、そんな事はありません!」

「そ、そうですよ、ただ気付かなかっただけです!」

(ティアナちゃん……それはフォローになってないと思うけど?)

俺が小声でそう言うと、口を手で押さえて『しまった』という意思表示をするティアナちゃん。見ると、はやてと呼ばれた女性はいい感じに拗ねた顔をしている。それがまたそそられるいい感じの拗ね方をしていて、そのままテイクアウトしてしまいたい心境だ。

「……そういえばティアナ、この方達は誰なん?」

俺がそんな事を考えていると、はやてちゃんの顔が俺と羅美阿の方を向いた。

「あ、こちらヤマトさんです。私やこの子供達の命の恩人で、スケベな変態です」

「ヤマトだ、よろしくな」

ティアナちゃんの毒のある紹介に若干違和感はあったが、とりあえず自己紹介をしつつ手を差し出す。しかし、はやてちゃんの顔はやや引き攣っていて、手は出してもらえなかった。

「……いいんだ、いいんだ、別に女の子に嫌われたって……」

「あ、えっと、別に嫌ったわけじゃ……」

「気にしないで、いつもの事だから。私は羅美阿よ」

「初めまして」

そう言うとはやてちゃんは羅美阿と『握手をする』。その光景に、俺はとてつもない敗北感と絶望感に苛まれた。

「……駄目だ、立ち直れる気がしない」

「あ! ご、ごめんなさい!」

慌てて俺にも手を出してくれるが、既に満身創痍の俺の心には、それが寧ろ憐みの様に感じられてしまい、余計に虚しさだけが増えていった。

「主、そろそろ……」

「そ、そうやった! ほな皆、しっかり養生するんやで」

「……なんか臭ぇなぁ」

慌てて走っていくはやてちゃんの後ろ姿を眺めながら、俺は『何か』を感じた。

「そりゃそうだろ。テメェのむさ苦しい臭いがここまでしてき、やっ!?」

「拳骨で済ませてやるから、その口閉じときな」

「どんな臭いなの?」

俺の疑問に、羅美阿は顔を紅潮させながら聞いてくる。どうやら薄々感づいているようで、喜びを隠しきれないでいるみたいだ。

「俺たち好みの『祭り』の臭いさ」

「あら、面白そうね」

「そういうわけで、俺達は今からはやてちゃんの尾行を開始する。ガキ共はティアナちゃんと仲良く帰んな」

そう言うと、俺と羅美阿は唖然とする面々を置いていって、はやてちゃんが向かっていった方に行く。しかし、その方向には既にはやてちゃんの姿はなかった。

「見失っちゃったわね。これからどうするの?」

「な〜に、俺にかかれば女性の尾行なんて朝飯前だよ」

俺は周りの匂いを嗅ぎながら、病院内を歩いていく。

エレベータに乗り、時には方向を見失いながらも、何とか目的の匂いがする部屋に到着した。

何で匂いなのかというと、あの時間近で嗅いだ、はやてちゃんの頭髪から香る芳しきシャンプーの香りを頼りに来たからだ。匂いというモノは、実は結構長い時間空気中に滞留する。例え換気しようとも、壁等に付着した匂いまでは早々には消えない。

「……そしたら、急になのは達と連絡が取れなくなって。最初はフェイトもいるから大丈夫だろうって思ってたんだけど、別の隊からもSOS信号が届いたと同時に連絡が取れなくなって……」

「それで、ヴィータ達はどうしたん?」

「そりゃ、SOS信号があったら直ぐに救助に向かうさ。そしたら、その途中で……なのはが……あたし達を……」

ヴィータと呼ばれた少女は、それっきり下を向いてしまった。どうやら溢れてきた涙を止め切れなかったようだ。そんな少女を、はやてちゃんは優しく抱きとめる。

(ねぇ、なのはって誰なの?)

(下の名前だけじゃ良くは分からんが、俺の知り合いの娘にそんな名前の娘がいたはずだ。管理局で戦技教導官をしてるって話だけど……)

そんな事をこそこそと話していると、シグナムちゃんとはやてちゃん動きが止まる。どうやら念話で内緒話をしているようだ。

(動きが止まったわね)

(恐らく念話で内緒話をしてんだろう)

(念話?)

(異能力の『テレパス』と同じだよ)

(成程ね〜)

そんな事を話している内に、どうやらあちら側の内緒話も終わったようで、帰り支度をしている。

「とりあえず、なのはちゃん達の事は出来るだけ早く調べてみるから、ヴィータはそこでゆっくり休んどき」

そう言って2人は病室の外に出てくる。そこで、見事にご対面を果たした。

「それで、さっきからこそこそと聞き耳を立てとるのは……ってあなた達ですか!?」

「よっ♪」

俺は、とりあえず景気良い挨拶を交わして和やかなムードを作りだそうとしたが、しかしシグナムちゃんの顔色はどんどんと険しくなっていく。

「それで……どこから聞いていた?」

「何をかな?」

「惚けるな。我々の話の内容を聞いていたのだろう」

「さぁてね〜。俺達はただ、はやてちゃんのシャンプーの匂いを辿ってきたらここに行きついただけさ」

「それだけで完全に犯罪行為やね……。まぁええわ。兎に角、話を聞いた聞かないに関係なく、私達の事に余計なちゃちゃいれないで下さい」

「残念ながらそうもいかなくてね、こっちはフェイトちゃん探さないといけないのに、そっちの話からお目当ての名前が出てきたのなら、そこを当るのが普通だろう」

「やっぱり聞いとったんか……てか、あなた達フェイトちゃんの何なん? あなたみたいな変態さん、フェイトちゃんが友人にしないと思うんですけど」

「流石にそこまで露骨に嫌われるとはねぇ……俺達は知り合いのクロノの依頼でフェイトちゃんの捜査のお手伝いをしているだけだよ。何なら、そこのシグナムちゃんに確認してみたら?」

「確かに、クロノはこの男を『知り合い』と言っていました。それに、性格は最低ですが腕は確かなようです」

シグナムちゃんの返答に頭を抱えながら思案するそぶりを見せるはやてちゃん。

「……まぁ、例えそうやとしても、だから『じゃあ説明します』とはやっぱりいきません。クロノ君と一体どんな契約をしてるか私は知りませんけど、私としては民間人の、ましてや魔導師でもない人を現場に同行させるわけにはいきません」

「そいつは困る。雇用主がいなくなっちまったら、俺はおまんま食いっぱぐれちまうよ」

どうやら、話はこのまま平行線を辿りそうだという事をあちら側も理解したらしく、踵を返して厳しい顔をする。

「……ここでこんな事話してる間に状況が悪化するかもしれません。兎に角、フェイトちゃんの事は私達が何とかしますから、あなた達は大人しくして下さい」

そう言うと、はやてちゃんとシグナムちゃんは足早に歩いていく。

そして、暫くして2人の気配が消えた頃に、俺は羅美阿に合図を送る。

「……羅美阿」

「分かってるわ。貴方はどうするの?」

「何、俺の仕事の流儀には女性へのアフターケアも含まれてるんでね」

俺がヴィータがいる病室を指差しながら言うと、羅美阿は「じゃあ後で」と言って窓から飛び立っていく。

病室に入ると、ヴィータはどうやら窓の外を眺めているらしく、その顔には苦々しげな表情がはっきりと出ていた。

「そんな顔してっと、若い内から眉間に皺寄っちまうぞ?」

「……変態が何の用だよ?」

「何だ、聞いてたのか」

「そりゃ、あんなデカイ声で話してたら誰でも聞こえるって……あたしに何か用かよ?」

そう言って窓の外にやっていた視線を俺に向けてくる。その眼は、子供とは思えない程の鋭さと強さを感じさせた。

「特には無いんだが、あそこに行く前にお前さんと話がしたくなってな」

「行くって……さっきはやてに来るなって言われてたじゃねぇかよ」

「悪いが、そんなんで諦めるほど俺は潔くないんだ。それに、こう言っちゃ悪いが……はやてちゃん、このまま放っといたらかなりの率で死んじまうと思うが?」

「……」

俺の言葉にヴィータは押し黙る。どうやらその事は理解しているらしい。それでも行かせたという事は、何か思惑があるからなのだろう。

「……はやては、なのはやフェイトの大親友だ。はやてなら、あの2人を止められるかもしれねぇ」

そう言うヴィータの顔はしかし、自信があるとは言い難い顔をしている。

「その様子じゃ、お前の中でも五分五分って感覚みたいだな」

「……お前は違うのか?」

「残念だが、確実に駄目だな」

その瞬間、ヴィータの視線が再び鋭くなった。

「何も僻んで言ってるわけじゃねぇ。奇跡とかそういった場の流れを無視したらそういう結果になるって言ってんだ。まぁ、仮に奇跡が起きたとしても、1割あればいい方だろうな」

俺は備え付けられた椅子に座ると、タバコに火を点けないで咥える。

「まず相手の能力も出方も分からねぇ。だが、はやてちゃん達の方は既に丸裸だと考えていいだろう。そして、フェイトちゃんが操られているかもしれないという事を考えると、確実に勝てる見込みはないだろうな。恐らくはやてちゃんはフェイトちゃん達に本気では攻撃出来ないだろうし」

「そんな事――」

「ないってか。そんな事はありえねぇんだよ。どれだけマジ気でやろうがな、パンピーじゃ無意識に感情が邪魔して手心が入っちまう。例え僅かな手心でも、それが理性からくる手心でもない限りは絶対に入っちまうんだよ。それに……」

俺は一息入れると、少しだけ微笑んでヴィータの顔を見てやる。

「はやてちゃんは、俺みたいな『変態』にも優しい子みたいだからな。敵にまで情けかけちまうタイプなんだろう?」

「お前……」

さっきの鋭い視線から一変して、今度は驚きの表情を浮かべるヴィータ。表情がコロコロと変わるその姿は、傍から見れば只のガキにしか見えない。

「俺だって伊達や酔狂でこんな世界にいるわけじゃねぇんだ、あれだけ話せば相手の性格なんぞ丸裸だよ。だから勝てないと見ているんだがな」

そう言うとヴィータは押し黙ってしまった。部屋の中に、長い沈黙が流れていく。

しかし、その流れを止めたのもまたヴィータだった。

「……なぁ。お前が行けばあいつ等に勝てんのか?」

「さぁな。もし俺の予測が正しければ十中八九勝ちは拾えねぇな」

「そうか……」

「おいおい、そう気落ちするなよ。勝てるとは言わねぇが……」

俺は椅子から立ち上がり、窓を開ける。そしてヴィータが驚いている間に、後ろを向いて極上の笑顔で答えてやる。

「生きて全員連れ戻す事なら確実に出来るさ」

そう言って窓から一気に飛び出す。そこに、合わせるように羅美阿が俺をキャッチして飛び去っていく。

俺達好みの『祭り』のど真ん中に。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。