「失礼します」

そう言って看護婦は子供達がいる部屋に入っていく。

「では、今から採血を行ないますので、順番にこちらに来て下さい」

子供達は言われた通りに順番に並んでいく。そして看護婦が1人目を採血しようとしたその時、

「今だ!」

と、列の中にいた男の子が叫び、出入り口に向かって駆け出した。

その言葉を合図に、2人の女の子が同じように列から抜け出していった。

「あっ、ちょっと!」

唖然とするその一瞬のうちに、逃げ出した子供達は大勢の医者や看護婦をすり抜けるように避けていく。

そんな折、先頭を走る男の子が避けきれず1人の看護婦にぶつかった。子供達はそのまま走り去っていったが、ぶつかられた看護婦は持っていたカルテを盛大にぶちまけながら倒れた。

「だ、大丈夫?」

「え、えぇ……」

近くにいた看護婦が倒れた看護婦と共にカルテを拾っていると、わらわらと医者や警備員達が走ってくる。

「君達、今ここを子供が通らなかったか?」

「えぇ、彼女にぶつかってそのまま走り去りました」

「そうか……よし、急ぐぞ!」

そう言って医者や警備員達は走っていった。だが、その時誰も、目の前にいる看護婦でさえ気づくことはなかった。

倒れた看護婦の唇が、微笑んでいることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、嬢ちゃんの容態はどうなんだよ?」

病院内の売店で買ってきた炭酸飲料を振りながら、病室から出てきたフェイトちゃんに質問をする。よく見ると、フェイトちゃんも執務官の着る黒色の制服に隠れて包帯を巻いているようだ。

ちなみに何故分かるのかって? そんなもん、一目見ただけで女のスリーサイズを言い当てられる俺が、包帯の厚さ如きを見逃すはずがないからに決まっている。

「幸い急所は外れていたので、命に別状はないそうです。何日か入院して治療に専念すれば完治するだろうと」

「腹に風穴開けられたってのに、数日で治るとはホント魔法文明様々だぜ。相変わらず、地球の医療技術とはえらい違いだな……おっとっと」

散々振りまくって口を開いた炭酸飲料からは、完全に吹き出すように泡が出てきた。それを少し零しながら一気に飲み干す。病院内でアルコールを摂取しようと思うと、それなりに気を使わなければならない為、炭酸飲料を振ってビールの代わりにしている。

「そうは言っても、回復魔法はあくまで自然治癒能力を高めるだけなので、欠損した体の部位自体の再生とかはまた別の方法で治療しないといけないんですよ」

「ふ〜ん……」

フェイトちゃんの言葉を聞きながら、俺達の横を通りすぎていく看護婦さんの体をくまなく見る。

「ヤマトさん」

そんな時に掛けられたクロノの言葉に、普通の男ならば動揺するはずの俺の心は、しかし一切の揺れもなくクロノの方を見ることが出来る。女体を見ることに、俺は別に羞恥など感じないからな。

まぁ、例え感じたとしても、クロノ如きに説教されたところでどうって事はないが。

「お前、出航ギリギリまで俺等と一緒にいるんじゃねぇよなぁ?」

「まさか、そこまでは流石に無理ですよ。……そんなことより、良い事と悪い事が両方起きてしまったんですが、どちらから聞きたいですか?」

俺の不快感MAXな視線に、クロノは苦笑しつつ質問してくる。

「また随分と唐突だな……まぁ、ここは無難に良い方から聞こうじゃねぇか」

「良い事というのは、今回ヤマトさん達がボッコボコにしてくれた犯罪者の逮捕によって、上層部にヤマトさんの実力を見てもらうことが出来ました」

「見たって言っても、あそこにはカメラの類は無かったが……あぁそうか、そういえばデバイスには記録能力もあったっけ」

そう言うと、クロノはコクリと頷いて続きを話し始める。

「はい。それで、これが局のIDカードです。本当はデバイスを渡せれば色々と楽なんですが、流石にそういうわけにもいかないので……。ただ、これがあれば局関係の施設には自由に出入りする事が可能です」

俺はクロノからそこら辺のクレジットカードの様なものを渡される。

「そいつはどうも。んで、悪い方ってのは?」

「実はその……フェイトが保護した子供達が、今さっき病棟を抜けだしたそうなんです」

「兄さん、それどういう事!?」

クロノの爆弾発言(?)にフェイトちゃんは明らかに狼狽していて、さっきまでの落ち着いた雰囲気は微塵も感じられない。

「残念ながら、詳しい事は僕も知らないんだ。ただその時に看護婦の1人が怪我をしたそうだ」

「そんな……」

「全く、これだからガキってのは面倒なんだよなぁ……まぁいいさ。とりあえず、俺はそのガキ共を探してくるよ」

俺は適当に頭を掻きながら考える。逃亡したガキが行きそうな所といえば、俺には1つしか思い浮かばない。

「探すって言っても、一体どこを?」

「なぁに、ガキが好んで行く所に行きゃいいだけだよ。羅美阿、お前はクロノと一緒に探してくれ」

「分かったわ」

そう言って、俺は上へと続く階段を登っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、間違えたかなぁ……」

意気揚々と屋上にきた俺の眼前に見えるのは、真っ白なシーツだった。

(う〜む、まさかとは思うがもう外に出ちまったか……だが警戒態勢に入ったここから医者や警備の眼を盗むってのも――)

 

 

 

 

ガッ……

 

 

 

 

そんな音が頭上から聞こえて振り返ってみると、ガキが拳を振り上げて降ってきていた。

「なっ!?」

流石にガキが降ってくるとは想定外だったから一瞬驚いたが、ガキの拳を軽く握って地面に叩き落す。

「うっ!」

「おいおい、いきなり殴るこたぁねぇだ、ろぉ!?」

頭を掻きながらそう言うと、背中に突き飛ばされるような衝撃を感じ、顔面から地面にキスをする。

顔面と後頭部の痛みに耐えながら首だけ振り向くと、目の前には硝子の破片を首に突きつけたガキが2人。

「ちょ、タンマ!? 別に俺はお前等の事を取って食おうとは微塵も思っちゃいねぇよ!」

“……どうやら本当みたいね”

俺がそう言うと、突きつけていた破片を引っ込めて、俺から退いた。

「心を読んだのか。それに頭に直接響いてくるこの声……お前、精神感応者(サイコメトラー)か何かか?」

“……”

「だんまり、か……ま、俺にはどうでもいい事だけどな」

俺は立ち上がるとタバコを取り出して火を点ける。

「……それやめろ」

「ん?」

鼻を押さえながら敵意満々の睨み方をされた。確かに、地面に叩きつけたことは咄嗟だったとはいえ悪いとは思うが、ここまで睨まれるようなことをしているだろうか?

「そのお前が咥えている紙みたいな物をやめてくれって言ってるんだ! 何だか変な臭いがするんだよ」

「あぁこいつか。わりぃわりぃ、確かに、ガキの前でスーパッパしていいもんじゃねぇな」

俺は咥えていたタバコを手で握りつぶす。しかしこの威勢のいいガキ、鼻が異様に効くようだ。

「んで、お前等はこれからどうすんだよ?」

「……」

俺は唖然としてしまった。普通逃げるときにはまず目的地を決めてから逃げ出すものだ。とりあえず逃げるという選択肢は、逆に自分の首を締めかねない。

「何にも考えねぇで逃げたのかよ……まぁいいか。とりあえず出てこいよ。いい加減盗み聞きされんのもウザいんでな」

俺は屋上の入口の方に声をかけると、その中から看護婦が出てきた。

「貴方、さっきの!?」

「いきなり大声出すなよ……って何だ、知り合いか?」

少し気の弱そうな女の子が突然大声を出したから、驚いてしまった。

「さっきクレスが突き飛ばした看護婦さんです」

「看護婦……あぁ〜、そういえば怪我した奴がいたって言ってたなぁ。それで、その怪我をしたあんたが、一体何の用だ?」

「その子達が心配で、その……こちらに渡してもらえませんか?」

そう言う彼女の顔は少しだけ怯えた眼をして俺を見てくる。

「怖がらないでくれって言っても無理か……まぁ別にこのガキ共をどうこうする気はねぇからよ、心配しなさんな」

そう言って俺は看護婦の方に行くよう仕向ける。すると、メトラーのガキが話しかけてきた。

“行かない”

その言葉にどう返したらいいのか分からないが、相手が口を使わずに伝えてきたということは何かしらの理由があるのだろう。とりあえず頭の中で話す感じでいってみよう。

“何でだよ?”

“あの人、看護婦じゃない”

その一言に全身に緊張が走った。体からも看護師特有の薬品の匂いがしていた為、捜しに来た看護婦だと何の疑いも持たなかったが、しかし今にして思えば、子供の全力で走っている時の突進をまともに受けて、怪我をしていたとしても見た感じ外傷がわからないというのは確かに変だ。足を挫くとか、最悪頭をぶつけるくらいの怪我をしてもおかしくはないだろう。

「……わりぃ、やっぱ気が変わった。ガキ共は俺が預かろう」

「……何故ですか?」

その瞬間、俺の疑いは確信に変わった。看護婦の眼の色が変わった、とでも言えば理解してもらえるだろうか?

「いや、こんなガキ共の為に警備員まで動く大事になるんだ……コイツ等には何かあるとしか思えないだろ」

実際は理由なんぞ知っている。しかし、相手がもし魔法等で変装しているのだとしたら、その場合相手の本性を引き出すのが先決だ。幾ら外見を変えることが出来ても、中身まではどうにも出来ない。

「貴方には関係の無いことです」

「そう言うなよ。それに、俺の推測が正しいなら、お前がどう言おうが俺には関係あることなんだからな」

そう言うと、俺達は互いに向けて笑ってやる。俺はにやけて、看護婦は冷笑を浮かべながら。

「そうですか。でしたら……」

俺が瞬きをした刹那、俺の視界から看護婦が消える。

「ここで死ぬがいい」

その言葉が、紙一重で命の灯火が輝き続けた。俺は腰に挿してある刀を鞘ごと引き抜くと、後ろから迫ってくる俺の身の丈よりも大きなランスを鞘の腹の部分で受け止める。

「!?」

「わりぃが、俺の命はそんなに安くねぇんだよ。これでも、とある世界じゃ『最凶』なんて肩書き付いてんだ、簡単には死ねねぇな」

「ならば!」

そう言うと、美しい女性特有の華奢な体からは想像もつかない様な力で俺をぶっ飛ばした。

「ちょ、待て、バカ!? ここは屋――」

そうなれば当然空を舞うわけで、しかし世界には重力というものがあり、物体は放物線を描いて落下するわけで……、

「じょおぉだあぁあああ!!」

たった今、本日2回目の浪漫飛行が強制的に敢行された。

「あいっててて……って!?」

背面を強かに打ち付けた俺が見たのは、どこで着替えたのか鬼の形相でランスを構えながら降ってくるフルプレートの重甲冑に身を包んだヴァルキリーの姿。

「待て待て待て待てぇぇぇ!!」

ギリギリで体を転がしてその場から退避すると、轟音と共に目の前の地面が深々と抉られていた。

「くそったれ、俺が何したってんだよ!? てか、お前はあいつ等の何なんだ!?」

「答える義務はない。そして、あの子供等と接点を持っている時点で貴様は死ななければならない」

立ち上がりざまに吐き捨てるように言うと、突き刺さったランスを持ち上げて何とも物騒なことを言い出した。

「会ったばっかのお前に、何でそこまで恨まれなけりゃならねぇんだよ……って!?」

ブツブツと文句を言っている間に、どうやら相手の攻撃準備は整ったらしく、一気に突撃してきた。

「ガトリングランス!」

その言葉を合図に、全速力で突撃しながら高速の乱れ突きをするという、何とも器用な事をする。言うだけなら滑稽な話で済むわけだが、実際に受けるとなれば穴あきチーズになるのは必至だ。

「いやあああぁぁぁ!!」

誰もが死を感じるであろうこの瞬間、魔法に対して生身では防御さえ出来ない俺は当然ながら悲鳴をあげる。

……と、ここまでは俺のちょっとした猿芝居。随分と手間取らせてくれだが、ようやくガキ共から目線を外してくれた。これで心置きなく殺りあえるってもんだ。

「……な〜んてな」

俺は満面の笑みを浮かべながら、放たれていく突きを縫うようにして避けて相手の懐に入り込む。どれだけ破壊力のある得物を振りかざそうとも、それが使えないリーチまで近づいてしまえば、防御に邪魔なものでしかない。

「なっ!?」

「さぁ、ショウタイムの時間だ」

俺は進んでいく力を利用して、心臓があるであろう甲冑部分めがけて拳を打ち込もうとするが、そこを突かれるのは慣れているのか、武器自身を帯電させて無理やり横に降ってくる。その攻撃を何とか上体を反らして紙一重でかわし、そのままバック転で後退する。

「流石に、簡単には殺らせてくれねぇか」

相手は苦々しい顔をしながら俺のことを見ている。

「まぁいいさ……来いよ三流騎士、格の違いってもんを見せてやる」

俺が言うその言葉を待たずして、相手は再び突っ込んでくる。その眼の瞳孔は完全に開いており、放たれる気からは殺意しか感じとることが出来ない。

しかし、さっきの様な隙のある攻撃はして来ないで俺の目の前で急ブレーキをかけ、その勢いをそのままランスに乗せてきた。

「はぁ!」

「そらっ」

俺は避ける。

「ふん!」

「ほいっ」

避ける。

「でやっ!」

「よっと」

ただひたすらに避けていく。

「避けるな!」

「穴あきチーズは嫌なんでな」

俺がそう言うと相手は苦々しい顔をする。何せ俺はあれだけの大口を叩いておきながら終始避けの姿勢で戦い、奴の神経を逆撫して大振りな攻撃を誘っている。相手もそれは分かっている様で、突撃しないで動かずに突きしかしてこない。カウンターを狙っている俺としては、チマチマした格闘ではシールドで受け止められてしまう為、こうして泥沼な展開になっているわけだ。

(しっかし、こうも決め手がねぇとなぁ……)

このままでは確実に持久戦になり、体力差で俺が負けること必至だろう。敵はフルプレートの鎧にシールドまで使っている。つまりは殆ど動かずとも俺の攻撃を防御出来てしまうのだ。対して、俺は防御しようが何だろうが一撃喰らえばアウトなのでひたすらに避けるしかない。カウンター狙いなのもそれが理由。俺の腕で防御したところで魔法付きの攻撃を防げるとは到底思えない。回避に重点をおいた戦い方は、お兄さんにはちょっとキツイのだ。

「はぁ!」

「あらよっと」

横に大きく振ってきたランスを、華麗な側宙で避ける。

「……貴様、本当に人間なのか?」

「あぁ。それも、魔法も使えない只の一般人だ。まぁ――」

そこで一旦言葉を区切り、相手の懐に飛び込むつつ相棒のコルトパイソンを至近距離で顔面に突きつける。

「人の道は踏み外しちまったけどな」

当然、俺の人間離れした咄嗟の動きに対応できるはずもなく、相手の驚いている顔を見ながら悠然と引き金を引く。轟音と共に仰け反る体、そして顔面から噴き出す鮮血を、返り血を浴びながら目に焼き付ける。

「……終わりだ」

幾ら魔導師が強くても、流石に顔面裂破すれば死ぬだろう。

(面倒な存在は消しておかないと後々やっかいな事を引き起こすからな)

俺は血だらけになった相棒を仕舞いながら、タバコを取り出して火を点ける。ミッドチルダで買えるタバコはお世辞にもいい出来とは言わないが、それでも地球のタバコにはない深みのある濃厚な香りが存在する。勝利の余韻にはうってつけの――

「……何が終わるというのだ?」

口に咥えていたタバコが、どういうわけか地面に落ちてしまった。いや、どういうわけかは知っている。知ってはいるが……、

「おいおい、看護婦さんが騎士のゾンビって……ここは幽霊病院か何かかよ?」

顔面に俺が開けた穴が段々と塞がっていっている。『超再生』とかいうものだったか(俺の身近にいる奴もこれが使える)、とにかく明らかに馬鹿げたその能力に、俺は只々唖然とするしかなかった。そうしている内に、完全に治ってしまった。

「貴様の人間離れした動きに少し驚いてしまったが、それも分かったことだ。さて……」

相手が再び突撃の構えをとる。すると、それに呼応したかの様にランスから薬莢が射出される。

「その減らず口、二度と叩けないようにしてくれる!」

「責任転嫁もここまで来ると清々しいなぁおい!?」

大事なことだから2回言おう。ヤバい、ハッキリ言ってヤバすぎる。あんな反則技紛いの能力を使われたら、幾ら俺でも若干辛い。

……そう、辛いのだ。実は不死身とか何とかって言われている連中を殺す方法はちゃんと存在する。だがそれをするためには多大な時間と入念な準備が必要だ。幸いここは病院、必要な物は全て揃っている。だが、この女から目を離せばガキの方に行くのは当然だし、何よりそれ等を探し出して調合するのにも時間がかかる。はてさて、どうしたものか……。

「ヤマトさん!」

「フェイトちゃ……!」

俺を呼ぶ声に後ろを振り向くと、そこにはフェイトちゃんと、何故かあのガキ共までいる。俺は女を視界から完全に消すと、そのまま脱兎の如く走ってフェイトちゃんの後ろから付いてくるガキ共の頭に拳骨をお見舞いしてやった。その余りにも突然な事態に、女とフェイトちゃんは呆然としている。

「いってーなぁ、何すんだよこのバカ!」

クレス……だったか、とにかく威勢のいいガキが目に大粒の涙を溜めながら吼えてくる。他の2人は、まだ痛みから立ち直れてないようだ。

「バカはオメェ等だよ。たくっ、これじゃ今までの俺の行動が台無しじゃねぇか。……とにかく、お前等は後ろに下がってな」

吐き捨てるようにそう言って、頭を掻きながら女の前に戻っていく。

「折角熱くなってた所わりぃな。だがまぁ、これで形勢逆転だな」

俺は仕舞ったパイソンを取り出すと、弾が撃てるかをチラリと確認する。幸い大事な部分に血はかかっていないようで、ちゃんと動くみたいだ。

「テーゼ・ファルトマ、今日こそは貴方を逮捕します」

そう言ってフェイトちゃんもデバイスを構えて臨戦態勢に入る。その姿は、いつもの優しさに満ちた顔とは全く違っていた。

「ふん、管理局の犬如きに、この私が負けはしない」

その刹那、両者が一気に距離を縮めていく。互いの武器が唸りをあげて眼前の敵に向かっていく。だが、両者の得物は相手に傷を負わせることが出来なかった。何故ならそれは、1人の乱入者によって阻まれたからだ。

「……そこまでだ」

フェイトちゃんは驚いた顔をしている。そりゃそうだろう、何もなかった場所に、俺と同じくらいの大柄な男がいきなり現れたのだから。

「……おいおい、今度は何なんだ? 今日は随分と賑やかな日じゃねぇか」

「それはお騒がせした。申し訳ない」

男は俺を見て冗談交じりにそう言うとテーゼのほうを向く。勿論、フェイトちゃんの得物を握ったままだ。さっきから必死に引き抜こうとしているフェイトちゃんは、握られた得物を1ミリたりとも動かせないでいる。

「テーゼ、ここは一旦退くぞ」

「馬鹿な! そんな事が出来――」

「もうすぐ主がお目覚めになられる」

その一言を聞いた途端、テーゼの顔から血の気が引いていく。

「そういう訳だ、悪いが退かせてもらうぞ」

そう言うと、握っていたフェイトちゃんの武器を離す。離されたと同時に、フェイトちゃんは大きく距離をとって態勢を整える。

「おいおい、喧嘩吹っかけてきたのはそっちなんだぞ? ふざけたことぬかすんじゃねぇよ」

俺はパイソンを仕舞って男の方に向かう。

「確かに我々から仕掛けた戦闘ではあるのだが、出来るのならば、貴殿等と拳を交えたくはないのだ。ここは大人しく退いてはくれないか?」

「そう言われて『はいそうですか』とは、言えねぇよな」

ポケットに手を入れると僅かばかりの笑みを浮かべてやる。

「そうか……ならばいた仕方ない」

男はそう言ってため息を吐き、

 

 

 

 

「この場で息の根を止めるしかないようだな」

 

 

 

 

その刹那、俺の胸を何かが一閃する。それと同時に、ねっとりとした液体が口の中に溢れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごほっ!?」

私が見ているこの光景はきっと夢なのだろう、そう思えたらよかったのかもしれない。しかし、幾つもの戦闘を経験してきた私は、それを現実として受け止めてしまった。

「ヤマトさん!!」

「来るな!」

私の体が思考よりも速くヤマトさんのもとに駆け付けようとして、しかし、ヤマトさんの一喝によって混乱していた状態が一気に落ち着いていく。

「俺は平気だ、心臓握られてるだけだよ」

握っているだけでもかなり異常だと思うが、そんな中でも平然としていられるヤマトさんはすごいと思えた。

「フェイトちゃんはガキ共を見ててくれ。心配すんな、これくらい何時もの事だ」

そう言うが早いか、ヤマトさんは男の首を締めあげる。それでも、男は微動だにしない。

「……何のつもりだ?」

「簡単な事さ。お前が俺の心臓を握りつぶしたその瞬間、お前の首をへし折ってやる」

よく見ると、ヤマトさんの顔は笑っていた。その顔に、私は恐怖を感じた。テーゼも、さっきから警戒しながらも2人の行動を見ている。

「……テーゼ、どうやら貴様は噛みつく相手を間違えたようだな」

「何だと?」

「お前の様な未熟者では、この男には勝てないと言っているのだ」

その言葉に、テーゼの眉が吊り上がる。

「私がこんな男に負けるというのか! ならば貴様はどうなんだ、そこまで言うんだ、勿論勝てるのだろう?」

「勝てる。だが、それはこの様な奇襲をかける事が出来ればの話だ。今の我が正面からぶつかれば、勝てたとしても相討ちかそれ相応の負傷をしているだろう」

そう言う男の瞳に偽りというものは見えない。つまり、ヤマトさんはそれだけの力を有しているということになる。しかし、私から見ても別段何かを持っているようには見えない。

「おいおい、俺を置き去りにして勝手に話進めんじゃねぇよ。喉笛から握り潰すぞ?」

「挑発のつもりならば止めておけ。まぁ、本気だとしても我々には効かぬがな」

「あれか……確かに面倒だな」

その一言に男の眉が吊り上がる。

「……テーゼ。貴様、この者達に不死の力を見せたのか?」

「……」

その沈黙が、完全に答えだった。実際は、私は見てはいないが、話の流れ的にその方が有利だと判断できる。しかし、私達が何度か刃を交えたときは、相手を殺すような事はしなかった為、不死という事実には驚くばかりだ。

「任務とはいえ主が起きる前に勝手に館を抜けだし、更に子供相手の捜索に手こずり、挙句敵に我々の極秘事項を晒すとは……貴様、どこまで弱ければ気が済むのだ!」

その罵声にも似た一喝は、完全にテーゼの戦意を喪失させたようだ。完全に眼は揺らいでおり、唇をワナワナと震えさせている。

「……お怒りの所悪いんだが、説教垂れるんなら他所でやってくれ。このままじゃ俺の耳がイカれちまうよ」

「……これは悪いことをした。申し訳ない」

そう謝ると、胸を突き刺していた腕を抜き取る。その場所から、大量の血が吹き出してくる。

しかし、それでもヤマトさんは動じることなく、男の首を締めていた手を離す。

「今回は時間もないためここを去る。貴殿も、その怪我では戦うことは出来まい」

「怪我は平気だが、この怪我からの出血は少々マズイな。……いいぜ、さっきの話はOKしようじゃねぇか」

さっきの話とは、恐らく彼等を逃がすということだろう。私個人としては反対だが、状況を考えるとそうもいかない。

「強情な男だ。……我の名はオーレル・スレイヤー。貴殿の名を聞こう」

「俺か? 俺はヤマトだ。覚え易いだろ?」

「ヤマトか……貴殿の名、確かに覚えた」

そう言うと、テーゼと共に瞬く間に姿が消えた。

「……はぁ……疲れた〜」

そう言ってヘナヘナと崩れ落ちていく……!?

「ヤマトさん!」

「大声ださんでくれ……ちょっと眠いんだ……」

「寝ちゃだめですよ! しっかりして下さい」

慌てて駆け寄って穴の開いた傷口を手で塞ごうとする。子供達も駆け寄ってきて、最初は青ざめた顔をしていたが、すぐに傷口を塞ごうとした。しかし、出血は止まる気配を見せない。

「心配すんなって……俺ぁ……死なねぇよ」

 

 

 

 

死ねねぇんだ……あいつの為に……

 

 

 

 

「えっ……」

か細い声で何事かを言った後、ヤマトさんの眼はゆっくりと閉じていった。




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