「クロノ君、あの人まだ来ないの?」

「エイミィ、その質問を言うのは止めてくれないか? いい加減返す気が起きないんだが……」

疲れた顔でエイミィにそう言うと、「え〜」と言いながらも何とか静かになってくれた。

ヤマトさんと別れた翌日、1日休暇扱いになっている僕は子供達が少しでも喜んでくれればと、家でゴロゴロしていたアルフを連れて、家族で近くの海浜公園までピクニックに出かけた。だが、やはり慣れない事はするものではなく、子供達のハイペースについて行けず、結局途中でダウンして終始ベンチに座り込んでしまった。それでも、無理をした甲斐は大いにあり、子供達の成長をこの目でちゃんと見ることが出来たのは、ある意味でヤマトさんのおかげかもしれない。

だが、そんなヤマトさんから「月が南に登る頃に着く」という何とも曖昧な連絡を受けて、現在日本時間午前2時半を回ろうとしていた。

「……ねぇ、クロノく――」

「お〜い、来てやったぞ〜」

エイミィが我慢出来ずに僕に話しかけようとしたその時、聞き覚えのある、しかし明らかに酔ったような声がドアの外からした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜い、来てやったぞ〜」

俺がそう言うと、目の前のドアが開けられる。そこから、あの生真面目なクロノがムッとした顔をして出てきた。

「随分と遅かったじゃないですか? しかも随分と酒臭いですよ」

「いや〜、繁華街歩いてたらクラブのカワイコちゃん達に誘われちゃってさぁ。お前さんから貰った金でしこたま飲んじまったぜ」

俺はクロノにニヤけた顔でそう言いつつ、部屋の中へと入った。

「全く、私がいるっていうのによくもまぁ何人もの女の子を侍らせちゃって……見境ない男は嫌われるのよ?」

「貴方は?」

「初めまして、羅美阿よ。よろしくね、坊や?」

クロノの質問にウインクしながら答えた羅美阿。すかさず、クロノの目が俺に移る。

「心配すんな、コイツは俺の知り合いだよ。偶然鉢合わせしてな、面白そうだからってついて来た」

「面白そうって……」

「安心しろ、コイツは俺と同じくらい強ぇから。第一、コイツは俺と同類だよ」

そう言うと、クロノの目が再び羅美阿の方に移る。羅美阿はというと、クロノの視線に投げキッスを1発撃っていた。

「……兎に角、中に入ってください」

クロノは呆れた顔をしながら俺達をリビングへと案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁなんだ、とりあえず遅れて悪かったな。これやるから、水に流してくれよ」

そう言うとヤマトさんは、ボストンバックの中からタオルに包まれたワインを取り出してテーブルに置いた。

「随分と高級そうなワインですね」

エイミィはワインを受け取ると、ラベルを見ながら台所の方に持っていく。僕も一瞬だけ見たが、普通のお店では見たことのない物だった。

「高級そうじゃなくて高級なんだよ。11億は超えてるからなぁ、そいつは」

その言葉を聞いて、台所からエイミィがズッコケた音が聞こえた。僕だって開いた口が塞がらないくらい驚いている。

「……冗談ですよね?」

「冗談でそんな事言わねぇよ。そいつはイギリスのどっかの製造元が作った何かの記念品でよ、20本しか作られなかった特別な代物だ。勿論、表の市場には1本も出てない。その内の2本をこの前仕事の報酬として偶然GETしてな、ワイン好きのお前さん達なら美味しく飲んでくれるんじゃないかと思ってとっておいたんだ。どうだ、気に入ったか?」

ヤマトさんはさも当然の様に笑いながら言っているが、僕達からしてみたら体中押し潰されている様な気がしてならない。それはそうだろう。目の前に一億円ポンッと置かれて「これあげます」って言われたら、普通の人間なら萎縮してしまう。更に言えば、管理局が支払った額よりも多い金額を、僕達に渡すのはどうかと思う。

「そんな、受け取れませんよ」

「男が細けぇ事を気にすんじゃねぇよ。俺がくれてやるって言ってんだ、そこは素直に受け取るもんなんだよ。……それとも、俺からのプレゼントは受け取れねぇってのか?」

「そ、そんな事はありません!」

ヤマトさんのドスの利いた声に自然と背筋が伸びる感じがして、慌てて否定の言葉を言った。芝居がかった威嚇なら何とか対処できるが、本気で睨まれると迫力というものが雲泥の差だ。

「だったらいいじゃねぇか。別に見返りを要求する気なんてサラサラねぇんだし、俺の気まぐれでくれてやってんだから、有り難く受け取りな」

「は、はぁ……」

そんなこんなで上手く丸め込まれた僕は、結局そのワインを受け取ってしまった。どう考えたって開けることが出来そうにないそのワインは、恐らくセラーの肥やしになる事必至である。

「とりあえず、昨日出来なかった『久しぶりの再開』ってモンを祝って、乾杯といこうじゃねぇか」

そう言って、どっから取り出してきたのか泡盛をテーブルに置くと、エイミィにコップを持ってこさせて波々と注いで行く。

それから朝日が昇るまで、僕達は一升瓶の泡盛を(殆どはヤマトさんが)飲み明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、急いでよクロノ君。もうすぐ君の休暇の時間切れちゃうんだから」

「分かっているから急かさないでくれ」

羅美阿の肩に手を置きながらソファーで悠然と寛ぐ俺とは対照的に、クロノとエイミィは慌しく家中を動き回っている。

「しっかし、お前さんも酔いつぶれて時間ミスるなんて事するんだな。明日は雪になりそうだ」

「誰のせいだと思っているんですか!?」

「そんな言い方はねぇだろう。大体、泡盛3杯で酔い潰れるような弱い奴に、責任転嫁される筋合いはねぇよ」

そんな言い合いをしつつ、無事に支度の整ったクロノの後を付いて行って、本局行きの転送ポートの前まで来る。

「この家、見かけは普通の家と変わらないのに、中身は随分とハイテクなのね」

「まぁ、ここは管理局が地球を監視する為に用意した支部みたいなもんだからな。こういった一通りの機器は用意されてるみたいなんだ。とはいっても、今じゃ無駄にハイテクな家に成り下がってるし、ここの通行門だって、この家の住人か縁のある連中しか使わねぇけどな」

羅美阿の驚いた様な口ぶりに、俺は転送ポートの設定をいじくっているクロノに代わって説明をする。とはいっても、別にここの家について詳しいわけではないので、俺の主観たっぷりな説明になってしまっているが。

「これでよし……準備が出来たので、僕の近くまで来て下さい」

そう言われて俺は、辺りをキョロキョロして落ち着きのない羅美阿を引っ掴んで連れて行くと、クロノの近くまで行く。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「あぁ」

クロノとエイミィは別れの挨拶をすると、操作盤をエイミィが操作していく。すると、段々と視界が歪んでいく。

(……あ、そういえば俺、これ系は苦手だったんだっけ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウッ……マズい、吐きそう……」

「だ、大丈夫ですか?」

クロノが俺の顔を見て若干引いている。そりゃそうだろう。誰だって「吐きそう」とか言われたら距離を置きたくなる。

無事に転送で本局に着いた俺を待ち構えていたのは、重度の頭痛と目眩、そして吐き気だった。基本的にどんなにグロいモノを見ても気持ち悪いとはこれっぽっちも思わない俺が、唯一苦手としているのがこの『空間移動』というものだ。空間の歪みに対して俺自身は別に何とも思わないのだが、それを見ている視覚や情報を整理しているお味噌の方はそれについていけないらしい。

「これが大丈夫です、ってキッパリ言える顔かよ……トイレは?」

「あ、あっちです」

「あんがと」

そう言って俺は小走りにトイレに駆け込むと、個室の便器に腹の中のモノを思いっきり吐き出した。

「おえええぇぇぇ……ペッペッペッ……クソッタレ、二日酔いより質が悪いぜ……」

そんなこんなで幾分かスッキリとした気分になった俺は、クロノの元へと歩いていく。すると、桃色の長髪を靡かせた、制服に身を包んだ女が何やらクロノと話をしていた。だが、2人の顔を見る限りでは、あまりいい話ではないようだ。

「……どうかしたのか?」

とりあえず、横で暇そうにしている羅美阿に話を振ってみる。

「貴方がトイレに行ってる間に、敵と戦ってたフェイトちゃん……だったかしら、とにかくその子が応援をお願いしてきたみたいよ。……これはチャンスなの……痛っ!」

羅美阿の瞳孔が段々と開いていく。コイツがチャンスと言っているのは大方、人が殺せるとか考えているからだろう。どうやら早く人を殺したくてウズウズしているようだ。そんな羅美阿の頭を、俺はみなまで聞かずにグーパンでぶん殴る。

「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ。たくっ、コイツのこの性格が何とかなれば才色兼備の……?」

ふと横を見ると、俺達のやり取りを見ていたらしいツリ目が、こっちをジト目で見ている。

「……クロノ、さっきからいるコイツ等は何なんだ?」

「あ〜、彼等は僕の知り合いで、今回の事件解決に協力してもらっているんだ」

「そういうわけで、よろしく〜」

そう言って差し出した俺の手を握ることはおろか、目さえも合わせようとしない。このツリ目、顔には出さないが、俺みたいなタイプの人間に若干の嫌悪感を持っているようだ。

「……俺、嫌われたみたい」

「当然の結果ね。女の頭を拳で叩く人に、愛想振りまく女なんてそうそういないわ」

「お前に言われたくねぇよ。たくっ、どうして俺の周りの女はこうも面倒な奴しかいねぇんだよ……」

頭を掻きながらぼやいていると、「ヤマトさん」というクロノの声が聞こえた。

「早速で悪いんですが、仕事してもらってもいいですか?」

「そいつは別に構わねぇが、試験云々はいいのかよ?」

「あぁ……そうでしたね。本当は僕的にも試験は受けて欲しかったんですが、この非常事態にそれもないでしょう」

そう言うクロノの顔は若干ニヤついている。どうやら、始めっから試験なんてやらせるつもり無かったらしい。2日前といい今といい、この男、少し見ない間に嘘と三文芝居が出来るようになったようだ。

それに気づいた俺の顔も、クロノと同じく若干ニヤついている。

「そうか〜、そいつは仕方ねぇな。よし、じゃあ初仕事で結果出して認めてもらうか」

それから少し後で、俺は自分で言ったこの言葉を撤回したくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱお前を連れて来るんじゃなかったあああぁぁぁ!!」

俺は今、200mを超える高さからパラシュート無しで落下するという、前代未聞のありえない衝撃スタントをしている。何故こんな事になったか、それは遡ること少し前……

 

 

 

 

クロノとの話し合いの後、俺はフェイトからの応援要請があったミッドチルダに向かった。だが、その後が問題だった。

クロノから貰った情報では、フェイトのいる位置は北部にある旧市街地の廃ビル群。だが、俺達がいるのは西部の108部隊隊舎前。明らかに歩いていける距離ではない。

「……なぁ、ここからどうやって向かうんだ?」

「私に聞かないでよ。クロノ坊やから何か言われてないの?」

そう言われて必死で記憶の中を真探ってみたが、この状態を解決に導く方法は解らなかった。

「残念ながら俺の記憶にはねぇな」

「あらそう」

「……そういえば、お前空飛べたよなぁ?」

「飛べるわよ。羽が無い今の状態だから、そんなには無理だけど」

そう言って羅美阿は、少しだけフワリと体を浮かす。

「確か飛行行為は御法度だったような気はするが……背に腹は変えられんか」

「それで、私はどうすればいいの?」

フワフワと浮いた状態の羅美阿は某アニメの「〜だっちゃ」が語尾に付くヒロインを思い出させる。

「まずお前が俺の腕を持つ」

「ふんふん」

「そして俺がお前の腕を持つ」

「なるほど、それで?」

You can flying!」

そう声高に叫ぶと、羅美阿は勢い良く空に舞い上がり、俺の体は地上からグングン離れていく。

「フッ、我ながら名案だな」

「そうね。……でもこれ、私が手を離したり振り回したりしたら、貴方落ちるわよね?」

「……そうだったぁぁぁ!!」

ちくしょぉ、そこまで頭が回らなかったぁぁぁ!!

俺は冷や汗MAXな顔で上を向く。そこには豊満なメロンが2つあり、その上には明らかに妖艶な笑みを浮かべた羅美阿の顔が。

「おい! 絶対に手を放すなよ!」

「う〜ん、私的にはそれも有りなんだけど?」

「マジでやめてくれ! 敵とか味方とかそういうの差し引きしてもやめてくれ!」

そんな言い合いを続けていると、遠くから微かに建物が倒壊する音。

「あら、随分と派手に暴れてるわね」

「話を逸らすなぁ! 頼む、本気でやめてくれ!」

「でも……戦況を見ている限りではあまりいいとは言えないわね」

ふと言われたその言葉に、ヒートしてた俺の頭が一気に冷却される。

「……見えるのか?」

「当然よ。私を誰だと思ってるの?」

そう言われて俺は考え込む。あのフェイトちゃん応援を求める程苦戦する相手。だがクロノの顔には妹を心配する素振りはなかった。つまり、クロノとの通信の後でそれ程の相手と鉢合わせした可能性が高い。そしてもう1つ気がかりなのは、フェイトちゃんは管理局でもトップレベルのスピードを誇る。彼女が本気を出せば、並の相手なら振り切ることくらい雑作もないはずだ。それが出来ないってことはつまり……、

「それに、怪我してる子がいるわね」

それしか考えられないだろう。

幾らフェイトちゃんのスピードが速かろうと、人を抱えてMAXの速度が出せるとは思えない。ましてやミッド式魔導師の多くは魔法がなければ普通の人間と何も変わらない。いかにフェイトちゃんの身体能力が高かろうと、その要素は断ち切れない。

「……あ、いいこと考えちゃった」

突然、羅美阿から嫌な予感がプオンプオン臭う言葉が出てくる。

「……何を考えちゃったんだ?」

「ウフフ、……貴方、死んでみる?」

そう言って羅美阿は俺から手を離す。後は俺が手を離せば完全に自由落下の姿勢となる。

「やっぱりそうなるのかよ!」

「さぁ、後は貴方よ」

「誰が離すかぁ! 人の話聞いてた? 頼む、今すぐこの悪夢を止めてくれ!」

「もう、意地の無い人ね。分かったわよ」

分かった、この言葉に俺は少しだけホッとした。だが、それがいけなかった。

確かに羅美阿は俺の腕を掴みはした。しかし、それと同時に羅美阿は腕を上下に振る。そうなると、俺の体は必然的に振られるわけで、そうなると考えられる可能性はただ一つ。

「ちょっ待て!? 分かったんじゃねぇのかよ!」

「そうよ。だから貴方が飛べるように後押ししてあげるのよ」

まぁ結果は見えていたわけだが、こうして、俺が自由落下することが今まさに決定した。

「ふざけんなぁ!!」

「聞こえな〜い……さぁ行くわよ。32、……」

「聞こえてんじゃねぇか! くそったれ……いいか、これだけは言わせてもらう。有らん限りの力で声高らかにいってやる」

「……1、逝ってらっしゃ〜い♪」

羅美阿の腕が大きく前に振られた瞬間、アイツは掴んでいた俺の腕を離す。それと同時に、俺の体は重力に逆らうことなく斜め下に落ちていく。おそらくは、敵のいる戦場のド真ん中にダイブすることになるだろう。

「やっぱお前を連れて来るんじゃなかったあああぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だぁ、管理局でもトップレベルのスピードってのも、案外大した事ねぇんだな」

「くっ……」

私は斬られた肩を押さえながらバルディッシュを構える。目の前には剣型のデバイスを持った男が2人。そして、

「仕方ねぇだろ。お前が余計な奴を斬っちまったから、この姉ちゃん、そいつを抱えながら動かなきゃいけなくなっちまったんだから」

「……すみません、フェイトさん」

私の後ろには、腹部からボタボタと血を流すティアナの姿。一応応急処置はしたが、早く適切な治療をしないといけないのは傍目からでもよく分かってしまう。

ヤマトさんと別れた後、私は自宅謹慎を言い渡された兄さんとも別れてミッドチルダに蜻蛉返りをした時、ティアナと合流して捜査を再開した。そんな時、匿名のタレコミが108部隊に届き、またその内容が私達の探していた犯罪者と合致していたことから、2人で捕縛したのだ。しかし、その犯罪者の様子がおかしかった事もあり、自分達が付近の捜査をする為に、本局にいたシグナムに頼んで応援を呼んでもらった矢先に、背後から現れたもう1人に気づくのが遅れたティアナが怪我をして、今に至っている。

「謝らなくていいから、ティアナはそこでじっとしてて」

「クックックッ、美しき上下関係ですなぁ」

「確かに、いい絵になりそうな感じだな」

そう言って男達が薄気味悪い笑みを浮かべる。

「しっかし、局員殺そうと思ってやったタレコミで、こんな大物が釣れるとは思わなかったぜ」

……えっ?

「全くだ。コイツ等殺しゃあ俺等に敵はねぇな」

私は彼等が何の話をしているのかが解らなかった。いや、解りたくもなかった。

「……どういう、意味ですか?」

「あぁ? どうもこうも、さっき言ったまんまだよ。俺がタレコミをして、コイツが囮になる。そいでもってコイツを捕まえて油断している所に俺が乱入して殺すっていう計画だったんだよ」

……つまり、彼等はただ局員を殺す為だけにこんな大仰な事をしたというのか?

「どうして、そんな事」

「今や管理局の権威ってモンは完全に失墜してるからなぁ、俺達からしてみれば、今が暴れられる絶好の機会ってわけ。だからよ、早い内に優秀な奴は消しておかないと」

フェイトの頭は爆発寸前だった。確かに、今の管理局に信頼を寄せている人間なんてあまりいないだろう。それでも、彼等の言い分は明らかに常軌を逸していた。

「そんな、身勝手な理由で……」

「身勝手だろうが何だろうが別にいいだろう。これから死んでいく奴には――」

「……ぁぁぁぁぁあああああ!!」

その時、突然空から何か大きな物体が大声をあげて……って!

「ヤマトさん!?」

2人の男は勢い良く後ろに下がって、落下してくるヤマトさんを避ける。それはつまり、

「あああああああああ、がっ!」

もの凄い勢いで地面に激突して、そのまま反動で飛んでいく。

「ぐへっ、なっ、ちょっ、い、ぶへらっ……」

そして、廃ビルの壁に顔面から激突するという、何とも漫画チックな止まり方をしたわけだが、現実にそんな事を普通の人間がしたら確実に死んでいるだろう。

そう、普通の人間なら。

「あいっててて……うっ、こ、腰が〜……」

そう言ってヤマトさんは腰を抑えつつでばあるが、あんな事があった後とは思えない感じで立ち上がる。

「な、何だテメェは!?」

「ん? おぉ無事だったかフェイトちゃん。いや〜間に合って……ねぇか」

ヤマトさんは驚いている犯罪者を完全に無視して私達の方に近づいてくる。

「フェイトちゃんは大丈夫っぽいけど、後ろの嬢ちゃんはちぃっとばかしヤバめかもな」

「おい、人の話を聞いてんの――」

「ほほ〜、一応止血はしてあるみてぇだなぁ。まぁ、これだけちゃんとしてありゃ死ぬこたぁねぇか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェ、無視すんじゃねぇよ!」

「さっきっからギャーギャーギャーギャーうるせぇなぁ。発情した犬かよ、テメェ等は」

俺は突然後ろから声をかけてきた(さっきから何か吼えてはいたが)下衆共の方を、一応眼だけは向けてやった。幾ら下衆が好みではない俺でも、礼儀作法は知っている。

「俺は今この嬢ちゃん達と話してんだ、テメェ等はお家に帰ってオッパイでもしゃぶってな」

「なっ!?」

「さて、面倒な連中もいることだし、とっとと帰ろうぜ。……おい羅美阿、今の話聞いてただろ。そんな所にいねぇで降りてこい」

すると、上から羅美阿が急降下し、まるで重力を感じさせないかのような綺麗な着地を足からした。

「んもう、意地悪な人ね。少しは優しくしてくれないと私、貴方の事うっかり殺しちゃうわよ?」

「誰!?」

「初対面がいる前で物騒な事言うんじゃねぇよ。……心配すんな、こいつは俺の知り合いだ」

「初めまして、私は羅美阿よ。よろしくね♪」

「は、はぁ……」

そんな事を話していると、いい加減無視されるのに嫌気がさしたらしい下衆共が、今まで以上の殺気を振りまいてガン見していた。

「……おい、そろそろいい加減にしろよ?」

「俺達だってここまでコケにされたら腹がたつんだよ」

「あら、この醜いゴミ共は何なの?」

その言葉に、さも今気づいたかのようにしれっと言う羅美阿。

「只の人殺し好きだよ。良く言えば社会不適格者だな」

「それなら……殺してもいいのかしら?」

その言葉に慌てて羅美阿の方を見ると、明らかに瞳孔が開いている。

「いいわけねぇだろ! この嬢ちゃん達は下衆共を追いかけてたんだ、殺したら捕まえたれねぇだろうが!」

「そう、それは残念ね」

羅美阿は本当に残念そうにため息をついた。どうやら、それが下衆共の怒りを頂点にさせたらしい、互いの獲物を取り出して突っ込んできた。

「もらったぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤマトさん、危ない!」

私が言ったと同時に相手のデバイスが振り下ろされる。だが、よく見るとヤマトさんの体はどこも斬られてはいなかった。それどころか、

「う、腕……腕がぁぁぁ!?」

振り下ろした男の腕が、人間ではどう頑張っても動かせない方向に曲がっていた。

「悪いがなぁ、テメェみたいな下衆にくれてやる物なんて何にもねぇよ」

痛みに悲鳴をあげている男を、ヤマトさんは一瞥した。

「おい、そっちはどうだぁあ!?」

そんな時に、今度はヤマトさんが何とも言えない微妙な叫びをあげた方向を見た時、私は不思議な光景を目撃してしまった。

「うっ、ぐっ……

「何かしら?」

そこには、羅美阿さんの影から伸びた真っ黒で大きな腕が、もう片方の男を握りしめていた。伸びている腕は相当な力で握っているようで、男は痛みで呻いている。

「お前何やってんだよ!? そんなに強く握ったら体ペシャンコになっちまうだろ!?」

「ちゃんと加減してるから大丈夫よ」

悪びれた様子もなくそう言うと、影から伸びていた腕が、男を握ったまま影の中に戻っていく。

「なっ!? おいっ!」

「ゴミは綺麗に掃除しないとね

男は必死に抜け出そうともがいていたが、その努力も虚しく、完全に影の中に入ってしまった。

……正直言って、頭が混乱している。影とは普通、物理的な力とかそういった類を一切持っていない物のはずだ。それが、何をどうしたらああなるのかが分からない。

「これなら、帰る時に楽でしょ?」

「そりゃそうかもしれねぇがなぁ……お前、もう少し自重ってモンをしろよ。俺はいいけど、表にいる連中にはイミプーな能力なんだからよ」

私達の方を見ながら、ヤマトさんは言った。

「そんな事言われても、ゴミを自分の手で触るなんて嫌だもの」

「あっそ……たくっ、どうして俺の周りに集まる女ってのはこうも常識破りなんだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ、俺の腕が……何がどうなっていやがるんだよ!)

俺は痛みを堪えながら立ち上がると、目の前にいる自分よりも図体のでかい大男を睨みつける。

(あの男さえいなければ、あの男さえ……)

落としていたデバイスを拾うと、言い争いをしている大男の方に向かっていく。気配を消し、音を立てないように、慎重に、素早く。幸いにも、大男が壁になってこっちを向いているあの執務官達には見えてないようだ。

そして大男の背後まで近づくと、持っているデバイスを一気に前に突き出す。

「……死ねぇ!」

俺がそう言っている間にも、あの執務官達が気づいた瞬間にも、デバイスは刻々と大男の近くに向かっている。

そして、いよいよ目前まで来て勝利を確信したその時、

 

 

 

 

俺の視界の右側が、唐突に歪んだ。

 

 

 

 

「へっ?」

それと同時に俺が歪む視界の中で見たのは、俺の顔面にめり込んでいる大男の裏拳。

「下衆の分際で俺に『死ね』なんていう大言壮語をほざくなんてなぁ……」

その裏拳が振り抜かれると同時に、巨大な右足が俺に迫ってくる。

100年早ぇんだよ」

そして俺の視界は完全に黒く塗り潰された。




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