「クロノ提督、『あの男』を呼んで来てくれないか?」

「あの人をですか? それは構いませんが……何故です?」

通信相手の三提督が言った『あの男』という言葉に、クロノに緊張が走った。

「君の妹さんが追っている事件の背後に、この世界を根底から変える事が出来るほどの戦力を有する『ある組織』が関わっている事がわかったのだ」

三提督の1人が、淡々とした口調で説明をした。

「『ある組織』とは一体?」

「それはだな……

そして、この話を聞いたクロノは直ぐに本局にいたフェイトと合流し、『あの男』と呼ばれた者の所へと向かった。

97管理外世界【地球】の日本に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、信じない訳じゃないけど、本当にこんな所に人なんて住んでるの?」

「僕も最初は信じられなかったさ。だが、本当にここに住んでいる」

私は、目の前にあるコンクリート剥き出しの建物を見る。周りを港の倉庫に覆われた一角に建っているそれは、どう見ても人のいない廃屋とかを連想させるものだった。

本局で兄さんに会った後、まるで攫われるかのように連れてこられたその場所は、東京湾に面した倉庫街だった。だが、そんな事よりも気になったのは、自分の艦のメンテナンス中に、エイミィさんや子供達をほっぽってまで、険しい顔をしてこんな所までやってきた理由だった。何でも、ここに住んでいる人間に会うのが兄さんの目的らしいのだが、肝心の理由までは教えてもらえなかったのだ。

「ねぇ、これから私達が会う人って、一体どんな人なの?」

私は思い切って、今から会う人の事を聞いた。

「そうだな……簡単に言うと変わり者だ」

「変わり者?」

「あぁ。仕事の腕は超一流なんだが、性格的にかなり難があってな……。本当はフェイトを連れてくるのはやめようとも考えたんだが、今回依頼する内容にはフェイトが追っている事件にも関係しているから、連れてくるしかなかった。それに、あの人はその……女性の依頼した仕事しか引き受けてくれないんだ」

そこまで言われて、私はようやく状況を理解した。そして、どうして兄さんが険しい顔をしていたのかも。

予め兄さんから渡されていたその人のプロフィールは、その内容の多くが秘匿扱いになっていた。だが、今までにも何度か管理局や世界の危機を救った英雄という事だけは、兄さんからの話で聞いていた。

「それに、念を入れてある事をしたいんだ」

「ある事?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇だ……しかも金もねぇ……おまけに美人の依頼もねぇ……クソッタレ!……あ〜あぁ、どっかで世界滅亡でもしてくれねぇかなぁ」

そんな事をブツブツ言いながら、俺はソファに座ってタバコに火を点ける。目の前のテーブルには、

灰皿に山と積まれたタバコの骸がある。

先端から上がる紫煙の先を見つつ、空腹を我慢する為に何もする事のない日常を動くことなく終わらせる、こんな生活をして1週間が経つと、流石にあんな事も言いたくなる。

「仕方ねぇ、アレでも読むか」

俺はテーブルの上に乗っかっているAV雑誌を手にとる。このAV雑誌、買ったはいいが良かったのは表紙だけで中身はてんでダメだったのだ。表紙に釣られてホイホイ買ってしまった俺は、怒りのあまり編集者を消そうとも考えたが、結局それすらもする気になれず、ましてや簡単に捨てることも出来ずにこうしてしぶとく生き残ってしまった、ちょっとだけご利益がありそうな雑誌なのだ。

……ヤベェ、ここまで女に触れてないと、ぶっちゃけ2流の美人でもサオが立ちやがる)

そんな事を思っていた時、2インチの鋼鉄で作られた玄関扉を、これでもかと言わんばかりにノックする音が聞こえてきた。

「どちらさ〜ん?」

「クロノ・ハラウオンです。急で悪いんですが、話を聞いてくれませんか?」

俺は久しぶりに立ち上がって、窓の外から下を見る(俺の生活スペースは基本的に2階だ)。

「久しぶりだなクロノ。それに……フェイトまで一緒とはな」

金髪の女が驚いた顔をして俺の事を見ている。どうやら、俺が彼女の名前を知っていることが、そんなに驚くことだったらしい。

「どうして私の名前を?」

「おいおい、時空管理局でアンタの名前を知らねぇ奴はモグリか局員モドキだろうさ。……入れよ。話くらいは聞いてやるよ」

俺が入室を促すと、クロノは苦労してドアを開けてフェイトと共に中に入り、2階に上がってきた。

「失礼します……って、前に来た時よりも散らかってませんか? しかも前見た時よりも顔が痩けてるような気がしますけど」

「家のじゃじゃ馬娘が潜入の仕事で留守にしててな。仕事もねぇし、ここ1週間ソファから一歩も動いてねぇんだよ。……兎に角まぁ座れよ。家には今アルコールしかねぇから茶も菓子も出せねぇがな」

俺はソファ再びソファに腰掛けて、テーブルに散乱しているタバコを1本手に取り、火を点けないで口に咥えた。流石に、吸わない女の前でスーパッパは失礼というものだろう。

「失礼します」

そう言ってクロノは俺の向かいにある椅子に座る。フェイトも、クロノの後に続いて座る。

……さて、俺も久しぶりに会ったから聞きたいことは色々あるが、ここは手っ取り早く本題だけで済まそう。その方が、お前さん達も助かるだろ?」

「そうですね」

そう言ってクロノは一呼吸置いてから話しだした。

「僕達がここに来たのは、三提督からの依頼を貴方に届ける為です」

「あの老人会からってことは、何か退っ引きならねぇ状態にまで追いつめられたってことかよ?」

俺は、咥えているタバコを口で器用に遊びながら聞き返す。

「はい。現在の管理局は、JS事件によって表に出てきた不正を何とか正そうとしている状態です。自業自得といえばそうなんですが……それでも、僕達のやるべき事が変わるわけではないんです。しかし、一度落ちた信頼は中々取り戻せません。組織改革や事件の後遺症が酷いこの時を狙っての次元犯罪が後を絶たなくなりました」

「そりゃそうだろうな。今のお前さん達のいる場所は、警察のトップが総辞職して後釜がいません、みたいな感じだからなぁ、犯罪者からしてみたらこれほどのチャンスはないだろうぜ」

……そんな折、ある事件を発端としてとんでもないことが分かったんです。ここからはフェイトの方から説明してもらいます」

そう言ってクロノはフェイトの方に話を回す。

……1ヶ月前、ある犯罪組織の違法研究所を摘発した際に、多くの資料と共に3人の子供を保護したのがきっかけでした。その子達は、どの子も人間離れした能力を持っている事が分かったんですが、押収した資料から、この能力と同等の、或いはそれ以上の力を持った能力を、この組織は−−」

「何らかの方法でどっかの馬鹿に身につけさせた、とでも言いたいんだろ?」

……はい」

俺は上を向いて大きく息を吐いた。クロノや老人会の連中が何故俺に依頼をしてきたのかが分かってきた。それに、この2人、どうも様子が変だ。

「ハァー……クロノ、フェイトに俺の事は話したのか?」

「ですがそれは……

「兄さん、どういう事?」

仕方なく、俺は懐から相棒のコルト・パイソンを取り出すと、それを机の上に置いた。

……1つ聞いてもいいですか?」

フェイトの目が、少しずつ冷たいものになっていく。

「俺の知ってる限りでならな」

「日本では、一般人が拳銃を持つことは禁止されていますよね。……貴方は何故持っているんですか?」

「仕事柄、銃は必須アイテムでね。他にも火器全般にナイフに刀……武器と呼べる物は大方持ってるよ」

俺は涼しい顔をして答える。そんな俺に対して、フェイトの顔は完全に敵対心剥き出しだ。

……仕事というのは?」

「トラブルバスター、まぁ依頼屋みたいなもんだ」

俺の言った事に、フェイトはクロノの事を睨みつける。

「犯罪者と手を組んでいるって、どういう事ですか!?」

……確かに犯罪者と手を組んではいる。だが今はこの人の協力が必要なんだ」

そうフェイトを宥めると、クロノは脇に置いていたスーツケースをテーブルに置くと、それを開いた。そこには大量の福沢諭吉の顔が書かれた紙がギッシリと入っていた。

……どうやらモノホンみてぇだな」

「日本円で1千万円あります。上に乗っている封筒の中に資料が入っているので、読んでおいて下さい」

俺は言われた通りに資料を読んだ。御丁寧に封筒に入っている辺り、どうやらフェイトには内容を内密にしておいて欲しいらしい。

……ほほう、前金がそれで報酬はこれの100倍か……依頼内容を見る限りじゃあ明らかに足りねぇな」

「現在、我々が出せる金額はここまでです。……引き受けてくださいますか?」

……まぁ、俺は構わねぇがよ、お前の妹は良いと思ってないみたいだぜ?」

俺が顎でフェイトの事を示す。フェイトの顔は、さっきの話や金の話で、完全に俺の事を嫌悪しているようだ。

「当然です。貴方みたいな犯罪者、ましてや魔法も使えない人に依頼する気は私はありません」

……交渉決裂だな」

俺は立ち上がると玄関までの通路のドアを開ける。

「依頼をする気がねぇなら帰ってくれ。クロノ、残念だが今回はパスだ」

「ヤマトさん、お願いです! 考え直して下さい!」

そう言ってクロノは、俺に向かって教本にも載っていそうな綺麗な土下座をする。

「兄さん!?」

「どデカイ艦のトップが、そんな簡単に頭下げちゃって……お前、プライドってもんがねぇのか?」

「プライドなんて、護るべきモノの為になら喜んで捨てますよ。……お願いします。この仕事、引き受けて下さい!」

そう言われてしまうとちょっと弱い。交渉において、開き直りとはマラドーナの『神の手』並の反則行為だ。だが、それでもこの場合は相手をねじ伏せるのには十分なカウンターと言えるだろう。

「ハァ……受けてやるから、とりあえず家の汚ぇ床なんぞに顔に押し付けるのは止めてくれ。お前の母親から『息子の顔に泥塗った』って騒がれちまう」

そう言うとクロノはスッと起き上がり、あっという間に何時もの感じに戻った。よく見ると、フェイトの顔にもホッとした感じが見える。どうやら、2人に一杯食わされたらしい。

……俺を嵌めるとはいい度胸してんじゃねぇか」

そう言って、座ろうとしていた2人を思いっきり睨みつける。勿論、声のトーンもかなり低くする。これは、俺が相手を威嚇する時の常套手段だ。

「に、兄さん……

俺の迫力に飲まれたフェイトが、クロノに助けを求めている。だがクロノは、俺の威嚇に対して余裕たっぷりに構えている。

「残念ですがヤマトさん、貴方が本気で怒ってないのは分かっていますよ。それに、貴方ならあれくらい芝居だって気づいてたでしょう? だからこそ、あの芝居に乗ってくれた」

……チッ、これだから勘の鋭い奴は嫌いなんだ。……さて、両者互いに手の内を見せたところで、そろそろちゃんとした話に入ろうぜ」

俺は咥えていたタバコを捨てると、椅子に凭れかかって腕を組んだ。

「依頼内容はその紙に書いてある通り、『保護した子供からの情報入手』と『敵との交戦時の戦闘参加』です。契約金や報酬も紙に書いてあるとおりです。但し、今回は内容が内容の為、管理局から選抜された人物との戦闘をしてもらいます」

「戦闘って、殺し合いの事か?」

「まさか、只の試験みたいなものですよ。非殺傷設定でお互いに戦闘をしあい、それを今回捜査に加わっている魔導師に見てもらうだけです」

「なるほど、つまり俺の実力を確認しておきていってことだな?」

クロノは頷く。どうやら、今までコイツ等から頼まれた依頼なんかが、易しく見えるくらい面倒なものらしい。

OK、じゃあ1日だけ時間をくれ。内容が内容だからな、武器の準備やら何やらでちょっと時間が掛かりそうだ」

「分かりました。では僕達はこれで」

そう言うと、クロノとフェイトは帰ろうとする。

「あぁそうだ。悪いけどクロノ、お前は俺が来るまでこっちの自宅で待機な」

俺は、帰ろうとするクロノを呼び止めて言った。

「何故ですか?」

……護るべきモノとやらより、愛する妻と子供との時間も、少しは大切にしろ。子供の姿を見るだけでも、軍人ってのは心が洗われるもんなんだよ。そうすりゃ、お前の中にある霧だって、綺麗に晴れるさ」

俺は少しだけ真面目な顔でそう言うと、クロノの顔が驚きに満ちた表情になった。バカな奴だ、俺に隠し事なんざ100年早ぇんだよ。

「それと、明日エイミィに確認した時に一瞬でも仕事してたら、この依頼の話は無しな」

クロノの顔が引き攣っているのを見ながら、俺はニコニコ顔でそう言ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なるほど、それで久しぶりに旦那様は家族サービスに勤しんでいたと」

「聞こえが悪いな……どの道、艦の整備中は書類整理しかする事が無いし、今回家には帰ろうと思っていたから、丁度いいといえば良かったんだ。……まぁ、ヤマトさんのおかげで、休む為の大義名分がたったのも、大きな要因ではあるけどな」

そう言いつつ、台所からワインとグラスを持ってきて、エイミィと自分の分を注ぐ。

ヤマトさんの家から出て行った後、僕はフェイトと別れて海鳴の家へと直帰した。普通の人の言う事なら無視しても大した問題にはならないが、相手はあのヤマトさんだ。確実に依頼を受けてはくれないだろう。三提督も、その事に関しては若干顔を引きつらせつつ快くOKをくれた。こうして、僕は久しぶりの家族との時間を過ごすことになった。

「そうは言っても、ヤマトさんかぁ……あの人、JS事件でお世話になった後も、相変わらず無茶ばっかりしてたみたいだよ」

「そうなのか?」

エイミィは「うん」と言うと、グラスの中のワインをゆっくりと口に含んだ。

「美由希から聞いたんだけどね、何でもあの後だけで3回も死にかけてたんだって。全く、この平和そうな地球のどこに、そんな血どろみの戦場があるんだろうね」

そのエイミィの言葉に、僕は飲もうとしていたワインを口から離した。今飲んでいるワインは赤ワイン、血を連想するのにこれほどぴったりなものはない。

「ん、どうかしたの?」

「いや、何でもない」

そう言って立ち上がり、子供達のいる部屋に行く。そこには、スヤスヤと寝息を立てている子供達と、その2人に挟まれるように抱きつかれてうなされているアルフの姿があった。それを見ていると、局で働いている時に溜まった色々な問題が、遥か彼方に霞んでいくような感覚がした。

……ヤマトさんはきっと、この事を言っていたんだろうな)

そんな事を思いつつ、僕は部屋のドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、こんなもんかな」

テーブルの上に置いたボストンバックを見て、一息つきながら椅子に座った。

奴等が出て行った後、俺はそのまま出かける準備を、本当に1日掛かりでしていた。何故にボストンバックかというと、バックの中には分解された銃や油まで塗った刀がギッシリと入っている。

……ちなみに日用品は持っていかない。現地で調達出来る物は余計な物になるからだ。

「えぇっと、手榴弾にRPG-7にドラグノフにラハティ、それに弾薬と火薬の入ったケース……うし、全部入ってるな」

俺はバックを肩に下げると、太陽が深々と沈んている真っ赤な空を見ながら家を出る。そしてタバコを咥えて火を点け、家のドアに鍵を掛ける。

「あら、夜逃げでもするつもり?」

ふと、背中から女の声がした。

「誰がそんなことするかよ。仕事だ仕事、ビックマネーが俺を待ってんだよ」

「あらそう……でも残念。そのお金は貰えないわね」

「随分と回りくどい言い方をするようになったなぁ、羅美阿(ラミア)?」

そう言いつつ、俺は後ろを振り返る。そこには、モデルでさえも羨むようなボンキュッボンをした絶世の美女が1人。

「そういう貴方こそ、大分落ち着きというものを知ったみたいね。昔の貴方なら、既に刃を向けていたのに」

「何時の話だよ、たくっ……んで、今日は何の用だ? 殺し合い以外でなら、話くらいは聞いてやるよ」

俺は咥えていたタバコを指に挟み、口から大きく息を吐く。体内の空気と共に、肺の中に溜まったタバコ独特の煙が一気に外に押し流される。

「貴方が私との命のやり取りを不意にするなんて……そんなに面白い事なの?」

女は唇に手を当てて誘うような仕草を見せる。

「あぁ。それも、大義名分っていう腕章ぶら下げての殺し合いだ……こんな楽しみ、お前は捨てられるのか?」

恐らく、俺の顔は最高の笑みに満ちているだろう。それを聞いて、羅美阿の顔が歓喜に変わっていく。

「面白そうじゃない。……私も交ぜて頂戴」

「そう言うと思ったぜ……いつもならお断りなんだが、今回ばかりは願ってもない話だ。戦力は、多いに越したことはねぇ」

そう言って俺は歩き出す。それと同時に日が沈み、逆側からは月が登ってくる。

「ウフフ、嬉しいわぁ。貴方の傍らで多くの血が見られるなんて」

するとどうだろうか。見る見るうちに女の体から血の色をした鱗が現れ、指の先は鋭利な棘の様になり、蛇の頭を模した尻尾と、蝙蝠の様な翼が生えてきたではないか。その姿は、さながら御伽話に出てくるメデューサに似ていた。

「おいおい、あんまし興奮すんなよ。元に戻ってんぞ」

「あら失礼、血が見られると思うとつい」

そう言うと、羅美阿の姿はあっという間にさっきまでの人の姿に戻った。

「これでどうかしら?」

「少なくとも、最近巷を賑わせている『連続殺人鬼』には見えねぇな」

……何のことやら」

俺がニヤついた顔で言うと、羅美阿は俺から逃げる様に横を向く。

「昨今の言葉で言う『イケメン』ばかりが、血液全部抜かれて死んでんだよ。さて、お前に弁明の余地があるのかよ?」

「そう言うなら証拠を見せなさいよ」

「あぁいいぜ。まずはだなぁ……

こうして、1人の男と1匹の人に化けた妖(あやかし)は、ネオンに包まれた夜の街を歩いていく。これから始まるであろう壮絶な戦いを、まるで子どもが初めてのピクニックに行く様な気分で。




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